雪触手と空飛ぶ尻尾

安土塔からの帰還――佐宮菊花の手記・四


 ツイナの家でいっぱい遊んで、家に帰る頃にはすっかり空は赤く染まっていた。

「楽しかったね、俊一」

「ああ。まあな」

「でも、ちょっと残念だなあ」

「なにがだ?」

「私、俊一に負けっぱなしだった」

 初戦こそ私が勝ったけれど、さすがゲーマーは伊達じゃない。二回目は接戦での敗北、三回目以降は俊一の圧勝と、私にいいところなしだった。

「菊花はスキルに頼りすぎなんだよ。わかりやすい」

「あはは、そうかもね」

 ちなみに私も俊一も、クーリやツイナには一度も勝てなかった。汎用カードでバランスを調整しても負けたのは、完全に頭の差だ。でも、俊一はツイナとクーリに善戦していたから、やっぱり私より強いのは間違いない。

「わらわとしては、再戦できなかったのは心残りだな」

 くりぐるみになったクーリが、白うさぎの首と手足をふるふると動かしながら言った。

「まあ、菊花が楽しかったのなら、わらわも嬉しいが」

「クーリは楽しくなかった?」

「ふむ。楽しくなかったと言えば嘘になるが、やはりメス尻尾風情は気に入らんな」

「そっか」

 そのことについて深くは追求しない。雪を溶かされたことについて根に持っているだけかなと最初は思っていたけど、今日の二人の様子を見ると、それを抜きにしても二人はすぐに仲良くなれるようには思えなかった。

 相性が悪いというわけではなくて、何かのきっかけがあればとても仲良くなれそうなんだけど、そのきっかけがなければずっとこのまま。二人の関係はそんな感じだ。

「と、またな、菊花。それと一応、クーリも」

「うん。またね、俊一」

「さらばだオス人間風情」

 私たちは曲がり角で別れる。こっちもこっちで仲良くなれないかなあと思うけど、俊一もクーリも嫌っているわけではなさそうだから、そのうち仲良くなるだろう。

「ただいまお姉ちゃん」

「おかえりなさい。侵略者の住まう塔からの無事な帰還、喜ばしいことね」

「あれ、なんで知ってるの?」

 ツイナの家に行くことは伝えたけど、彼女の家が塔であることは今日初めて知ったから、お姉ちゃんは知らないはずだ。

「ふふ、私にも私の情報網があるということよ。なんて、単にツイナのお姉さんに聞いただけなのだけど」

「そっかー」

 詳しいことはわからないけど、お姉ちゃんもお姉ちゃんでツイナのお姉さんと仲良くしているみたいだ。ポニーテールのポーニャさん、だっけ。今度ツイナにも聞いてみよう。

 夕食を終えて、私はクーリと一緒にお風呂に入っていた。

「それにしても……」

「どうしたの、クーリ?」

 湯船の中、尻尾の先っぽをお湯に沈めて、体を水面にたゆたわせながらクーリが言った。

「ああ。オス人間風情について、少し気になることがあってな」

「ふーん」

 どうやらクーリは俊一に興味がおありのご様子。

「魔法のことだよね?」

 クーリは水中の触手で水面を弾いて返事をする。多分、肯定の動作だ。

「菊花、俊一について不思議な話はなかったか?」

「うーん。どうだったかなあ」

 幼馴染みとしての俊一。彼との思い出を出会った頃まで溯ってみる。お姉ちゃんや遥ちゃんと四人で過ごした記憶。雪の中で遊んで、みんなで一緒にお風呂に入って、ちょっと窮屈だけど楽しかった記憶。

 佐宮家と檜山家は私が産まれたときから近くにあったけど、私たちの家ができたのはお父さんとお母さんが結婚してから。檜山の家はずっと昔から利音市に住んでいて、色々と教わることも多かったと聞いている。

 今の檜山の家は俊一と菊花の両親が建てたものだけど、その前は木造の家だったそう。もっとも、その家は取り壊されていて、私たち四人で見たことのある人はいない。

「檜山の一族はこの地に住んで長いみたいだよ」

 考えた末に、私はそのことをクーリに伝えた。

「ふむ。俊一本人には?」

「うーん。強いて言うなら、お姉ちゃんに告白しないのが不思議かな」

 俊一は小さいころからお姉ちゃんをよく見ていた。気になって尋ねたら、お姉ちゃんに憧れているとも答えた。なのに俊一は、まだお姉ちゃんに告白はしていないのだ。

「その不思議は今は関係ないな。よくわかった、感謝するぞ菊花」

「あ、うん。これくらいでいいなら」

 大した情報は何もなかったけれど、クーリは満足したらしい。よくわからないけど、彼女がいいのならよしとする。きっと触手族ならではの知識があるに違いない。


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