私たちが彼女に出会ったのは、ぬいぐるみに入ったクーリを初めて学校に連れていった日。その放課後のことだった。
「ぬいぐるみ?」
「うん。クーリだよ」
「ふーん、それじゃあ、くりぐるみだね」
クーリの入ったぬいぐるみの名前は、真美の思いつきで「くりぐるみ」と呼ばれることになった。特に不満はなかったみたいで、くりぐるみは手足を動かして喜びを表現していた。
「佐宮菊花、それはなに?」
朝のホームルーム。担任の竹山先生にくりぐるみが見つかった。机の上に置いていたから見つかるのは当然。私は素直に答えた。
竹山先生は、細身で長身の若い女性。長い髪は特に整えていなくて伸ばしっぱなしという感じで、化粧もしているようには見えない。担当教科は数学。常に眠たげだけど、仕事はちゃんとするし綺麗な人なので、生徒からの信頼や人気は大きい。
「ま、授業の邪魔にならないなら好きにしていい。ホームルーム始めるぞー」
こうしてくりぐるみは先生にも認められて、僅かな間ちょっとした人気者としてクラスメイトの注目を集めることになった。本当に僅かな間だけだったけれど。
そして放課後。今日の図書委員の仕事も終わり、私は俊一と一緒に下校していた。
登校時は昔から一緒だけど、下校時に二日連続で一緒に帰るのは久しぶり。両親を亡くしてからの俊一は、いつも先に帰って遥ちゃんと一緒に過ごすことが多かった。
「そんなに警戒しなくてもいいのに」
「しつこいオス人間風情は嫌われるぞ」
「誰かが警戒してないと、いざというとき菊花を守れないだろ」
帰り道は人がいないので、クーリも喋り放題だ。
「私なんかより遥ちゃんを守ろうよ。守られても私、えっちなお礼はしないよ?」
「求めてねーよ!」
「それより菊花、少し出ていいか?」
「うん、今なら大丈夫だよ」
クーリはチャックの中から先端を伸ばして、するりとぬいぐるみの中から抜け出した。彼女が向かった先は近くの雪山。尻尾の方から穴を掘って、雪山に潜っていく。
雪の中から出ている先っぽを雪の上に垂らして、ころころと転がすクーリ。
「気持ち良さそうだね、クーリ」
「うむ。雪というのは心地がいい。ひんやりして、ふわふわして、最高だ」
しばらくして、クーリは体についた雪を溶かしてぬいぐるみの中に戻った。私も俊一も驚きはしなかったけど、俊一の目は少しだけ鋭くなっていた。
「俊一、昨日は何をネタに慰めたの?」
「答えられるか!」
そんな何気ない会話をしながら、ゆっくりと雪道を歩く私たち。その頭上に影が差す。今日の天気は快晴で、雲一つない青空。その影は高速で移動して、目の前の地面に着地した。
影の主は、一人の女の子。あれだけの速度で落ちながら、雪の上に音も立てずに降り立ったのは、煌びやかなロングツインテールの女の子だった。身長は私と同じくらいで、のちに比較したら一センチという僅差で私が勝っていた。
服装はどこかの制服といった感じで、とても近代的で色彩豊かなデザインだった。
彼女は強くて鋭い視線を私たちに向けて、こう言った。
「あなたたちがこの星の人? 弱そうね」
「弱い? そんなことないよ。俊一の性欲は強いよ」
「変なところで張り合うな!」
彼女はツインテールを揺らして、俊一を蔑むように見ていた。今度は私にもその視線を向けてきたから、性欲に反応したわけではなさそうだ。
「これなら楽に終わりそうね。喜びなさい、あなたたちには特別に自己紹介をしてあげる。あたしはツイナ。テール族の日本部隊幹部。この星はテール族が侵略してあげる!」
ふんぞり返ってツイナは言うと、近くの雪山に右のテールを向けて、光線みたいなのを発射して一瞬で雪を昇華させてみせた。あれはただのツインテールじゃない。
「あたしのテール力を見て驚いた? ふふ、安心しなさい。テール族は殺戮を好まない。あなたたちが抵抗しなければ、殺しはしないわ」
「……ふん、メス尻尾風情が、少し黙っていろ」
クーリがくりぐるみの背中から先っぽを出して、鋭い触手をツイナに向けていた。
「あら、あたなは……へえ、そこの人間族とは違うみたいね」
「わらわの大事な雪を溶かしたこと、謝っても許さんぞ」
「見たところ、あなたは侵略の障害になりそうね……いいわ。始末してあげる!」
ツインテールを輝かせるツイナに、クーリは触手の先っぽに光を集めて戦う構えをとっていた。激しい戦いの予兆に、私と俊一は彼女たちから距離をとる。
「なんなんだよ、あれ……菊花、俺の後ろに下がってろよ」
「うーん、大丈夫だと思うけど」
私は真後ろではなく、俊一の斜め後ろに隠れた。ここからなら戦いの様子も確認しやすい。
ツイナは飛んで上空へ。地表のクーリに向けてツインテールの先から光線を放つ。クーリは触手で包み込むようにそれらを受けて、吸収するように消滅させていた。一見すると激しい攻防に見えて、二人――でいいのかわからないけど――とも周囲に被害が出ないように気を遣っていた。
空に向かって突撃するクーリを、ツイナは身を翻して回避する。上空での戦いなので、長く見ているとちょっと首が痛くなりそうだけど、戦いはすぐに終わった。
「やるわね……あたし一テールで相手するには辛いかも」
「ふん。わらわは触手族の姫たるクーリ。たかが一手とはいえ、その実力は並の触手族より遥かに上だ」
テール族はテール、触手族は手(しゅ)で数えるらしい。ほとんど使う機会はないと思うけど、これも一応記しておこう。
ふと見ると、俊一はクーリやツイナではなく周囲を気にしていた。
「どしたの?」
「いや、騒ぎになってないなと思って」
「あ、そういえば」
このあたりは人が少ないとはいえ、あれだけ激しい戦いなら人が集まってもおかしくない。私たちの疑問に答えてくれたのは、テール族の少女だった。
「騒ぎにならないように、対策しているから当然よ。そっちの方も、小さいから目立たないだろうし……破壊による侵略はテール族の趣味じゃないから」
「ほう。では、どういうのが趣味なのだ? 雪を溶かすのが趣味か?」
クーリはまだ根に持っていた。ツイナも謝る気はないようだ。
「あなたたちにはいずれ話す機会もあるかもね。でも、あたしは触手族について報告しないといけないから、忙しいの。また会いましょう!」
ツイナは言い残すと、ふわりと飛んで私たちの前から消えていった。
「俊一、スカートの中は見えた?」
「見てねーよ!」
戦いの中で白いものは何度か視界に入ってきたので、ものすごく疑わしかったけれど追及はしないであげた。そんなことよりも、テール族の女の子のことが気になったから。それについては家に帰るとすぐにわかったのだけど、私が記すのはここまでにしておこうと思う。