雪触手と空飛ぶ尻尾

雪、クーリ――佐宮菊花の手記・一


 十一月の終わり。積もった雪を踏みしめて、私は一人、帰り道を歩いていた。北海道の西側は雪の降りやすい土地だけど、この時期にここまで積もるのはちょっと珍しい。

 けれど、昨日に比べれば雪は結構溶けていて、大雪の名残はところどころで見かける雪山くらいなものだ。帰る途中に降りだして、髪が濡れて冷たかったからよく覚えている。私はセミロングだからまだいいけど、もっと長いお姉ちゃんは大変そうだった。

 ふと、近くの雪山に目が止まる。表面がもこもこと動いている。

「もぐら?」

 土の中といえばもぐら。雪の中なら雪もぐら。私の知識にはそんな動物はいないけど、所詮中学二年生の知識。知らないこともいっぱいだ。

 私は雪山に近づいて、もこもこ動く何かをじっと見つめる。無闇に掘りだしはしない。雪もぐらは危険な武器を持っているかもしれないし、臆病で気配に気付いたら逃げてしまうかもしれない。ここは慎重に様子を見るべきだ。

 ぴょこん、と雪もぐらが顔を出した。正確にはしゅっと飛び出してきたのだけど、雪もぐらと思っていた私にはそう感じた。

 真っ白ですべすべした、丸くて長い体を持つ生物。雪もぐらにしては雪から出ている部分が長い。雪みみずにしては太いから、きっと雪へびだろう。

 雪へびがこちらを見た、と思う。先っぽをこちらに向けてはいるけれど、そこに目はついていないし口もない。進化の過程で不要な器官は退化するもの。寒さの中でも機敏に動ける爬虫類なら、思いもよらない進化をしていても不思議はない。

「こんにちは、雪へび?」

 私は微笑んで雪へびに語りかける。自信がないので疑問系だ。

 当然、雪へびは何も言葉を返さない。ただじっと私の方に頭の先っぽを向けるだけ。少し動く様子は私の体を眺めているようにも感じられる。

「……ふ、こんにちは? メス人間風情が、馴れ馴れしい。わらわを誰だと思っている」

「雪みみず?」

 言葉を返さなかったのは言葉を考えていただけだったみたいだ。雪へびもとい雪みみずは、可愛らしい声で高圧的な言葉を返してきた。

「ん……いや、今の地上の人間はわらわたちのことを知らぬのか。よかろう、ならばわらわから名乗ってやる。わらわはこの星の最上位種たる触手族の姫、クーリだ」

「佐宮菊花です。よろしくね、クーリ」

「うむ。礼儀はわきまえているようだな。メス人間風情にしてはなかなかのものだ」

 名乗り返したら褒められた。色々とよくわからないことだらけだったけど、ともかくそれが私とクーリの初めての会話だった。

 雪の中から全身を出したクーリは全身が真っ白で、とても綺麗な姿をしていた。

「触っていい?」

「変なことをしないなら、許可してやろう」

 許可をもらったので私は手袋を脱いで、クーリの体に触れてみる。すべすべしていて、軽く力を入れてみるとぷにぷにして柔らかくて、とても気持ちいい。

「さて、わらわには尋ねたいことがある。そこのメス人間よ、地上についての知識はあるな?」

「人並みにはあると思うよ。代わりに、私からも色々聞いてもいい?」

 上位種とか触手族とかよくわからないことばかりだったので、私はそう答えた。

「よかろう。わらわとしても、話は円滑に進めたい」

 外でずっと話していると寒いので、私は手袋をはいてクーリを家に案内した。お姉ちゃんは高校生だからまだ帰ってきていない。私よりちょっと前を進んでいたクーリは、雪の上を這っていたので下半身は雪まみれだった。

 玄関で彼女の雪をほろって、とりあえず二階の私の部屋に案内する。雪をほろう際に触れた感覚から、汚れているようには感じなかったのでそのままでも大丈夫だろう。

「簡単に説明すると、わらわたち触手族は人間より凄い」

「うん」

「以上だ」

「あれ、終わり?」

「人間風情の学問ではわらわたちの存在は分類できぬからな。鳥や魚に対して、人間の学問で説明しても意味がないだろう? それと同じだ」

「そんなに凄いクーリが、なんで地上に出てきたの?」

「気まぐれだ。わらわは地上がどんなところか見てみたかった。触手族は地球の中で暮らしているが、退屈なのだ」

 クーリは頭にあたるであろう触手の先っぽを、ゆっくりと揺らしてみせる。それがやれやれといった態度を示すジェスチャーであるのは何となく理解できた。

「そこでだ、わらわは拠点が欲しい。メス人間風情の家を借りさせてもらう」

「条件が二つ」

「食事や寝床の心配なら要らぬ。わらわは触手族。そのような行為をせずとも生命活動の維持に影響はない。触手力を確保する必要はあるが、余程のことがない限りはじっとしていれば回復する」

「じゃあもうひとつ。私のことは菊花って呼んでね?」

「メス人間風情の名をわらわに呼べと?」

 私の要求に、クーリは先端を少しねじって返事をした。不快のジェスチャーなのか考えている仕草なのかよくわからない。

「……まあ、よかろう。だが勘違いはするな。わらわはメス人間風情と仲良くする気はない。名前で呼び合ったとて、あまり馴れ馴れしくはせぬことだ」

「うーん、それは期間次第でもあるけど……なるべく善処するね」

「して、菊花よ。ここには貴様一人で住んでいるのではあるまい? 可能ならば許可を取りたい」

「お姉ちゃんならもうそろそろ帰ってくると思うよ。お父さんとお母さんは、ロシアにいるから気にしなくてもいいかな」

 北海道から近い、北の大国ロシア。私の両親はそこで働いていて、別々に暮らしているので家に戻ってくることは滅多にない。特に急いで説明する必要はないと思う。

 こうして、雪の中から出てきたクーリは私の家で暮らすことになった。彼女が触手族とやらで何か凄いことは理解しつつも、そのときの私は可愛い妖精さんを見つけて連れてきたような感覚だった。女の子向けアニメによくあるような展開だ。

 けれど、それがまさかあんなことになるとは、当時の私には予想もできなかった。そしてそれだけのことが起こったのなら、記録は残しておいた方がいいと思う。

 私は出会いのときを思い出しながら、こうして手記を残している。幸いにも、最初の騒動が起こったのはそれから数日のこと。思い起こすのに苦労はなかった。

 翌日、いつものように私は登校していた。昨日、お姉ちゃんにクーリのことを紹介したら、お姉ちゃんはすぐに理解を示してくれた。さすが私のお姉ちゃんである。

 クーリは家で資料を片手に目を通し、色々と勉強中だ。触手の尻尾の方で持っていたのを片手と表現していいのかわからないけど、とにかく地上についての知識を家にある本を中心に学んでいる。

「それでね、俊一も会ってみない?」

 通学途中、隣を歩く幼馴染みに私はクーリのことを話していた。彼は檜山俊一。学年は私と同じ中学二年生で、お姉ちゃんと一緒に仲良くしている。

 ショートヘアーで私より背が高い。けれどお姉ちゃんにはちょっとだけ負ける、成長期と思春期真っ盛りの少年である。

「触手族って……菊花、そいつ、大丈夫なのか?」

 話を終えると、俊一はすぐに口を開いた。いつもより早口で声もちょっとだけ大きい。

「大人しいのは最初だけで、突然豹変して菊花たちに襲いかかるかもしれないだろ!」

「それ、お姉ちゃんにも心配されたよ。あ、お姉ちゃんは落ち着いてたけど。必死な俊一と違って」

 私は微笑む。俊一がすぐに納得しないのは話す前から予想していた。

「クーリは女の子だし、心配はないよ?」

「何かがあって、そいつの触手力とやらが尽きたときも大丈夫なのか?」

 俊一はなかなか納得してくれなかった。クーリがこの場にいないから、彼女に直接説明されたお姉ちゃんより理解が遅いのは仕方のないことだ。私はそのときに、クーリの言っていた言葉を彼に繰り返す。

「『わらわが人間風情を襲う? ふ、わらわに敵対し、命を狙おうとする者たちであれば、力尽くで排除させてもらうが……』と、クーリは言ってました」

「そうか。でも、そっちは安心でも、もうひとつの方はどうなんだよ?」

「もうひとつ?」

 彼の言いたいことはわかっているけど、私は聞き返してみる。

「その、あれだよ、触手っていったらほら、ちょっとえっちな漫画やアニメだと……」

「うん。私の体を触手でいじられて、種付けされないか心配?」

「ああ……って、またそんなことを堂々と!」

 俊一は顔を真っ赤にして大きな声を出した。今日もまたいい反応をする。

「『ふむ。そういった性的嗜好を持つ者もわらわの仲間にいないこともないが、他種族の、それも同性を好んで襲うような者は知らぬな。人間風情にとってはそれが普通なわけでもあるまい?』と、クーリは言いました」

「信じていいのか?」

「信じないなら、私は俊一をその辺を歩いているオス猫に発情する変態と疑うけど、違うよね?」

「んなわけあるか!」

「でしょ?」

 即座に否定する俊一。つまりはそういうことだ。何も心配はない。

「それにしても、俊一はいつまでも初心だね」

「知識だけは、誰かさんのおかげで入ってくるけどな」

「ひどいよ、私をえっちなこと大好きな女の子みたいに言って。私、色々と知識はあるけど処女なんだよ」

「処女言うな」

「まあ、俊一の頭の中では、何度も処女喪失させられてるかもしれないけど……」

「なっ!」

 少し声のトーンを落としてそう言うと、俊一が足を止めた。

 私は俊一を放っておいて歩き出す。彼が早足で追いついてきて、私の隣に並んだところで再び質問する。

「何回したの?」

「し、してねーよ!」

 足を速めたまま私を追い抜いて、否定する俊一。慌てるところが怪しいけれど、彼はいつも最後のガードが固い。

「わかってるよ。俊一が好きなのはお姉ちゃんだもんね。私なんてオプション、たまの複数プレイのときにしか登場しないんでしょ?」

 彼の背中に声を投げかけると、俊一はようやく速度と落として私の隣に戻ってきた。

「あ、あのなあ……そろそろ学校が近いんだから、控えろよ」

「うん。わかってるよ」

 残念だけど、今朝はここまでだ。二人きりのときでもしっかり守る俊一が、他に人のたくさんいる学校でうっかり答えてくれるとは思ってない。私たちの将来のため、いずれははっきりしてもらわないと困るけど、急いで進展させる必要はない。

 そうして私たちは学校に到着した。私立永松久島学園。ここ利音市の郊外にある、唯一の私立で中高一貫教育を行う学校だ。中二の冬といえば、早い人なら既に受験勉強を始めている時期。でもエスカレーターな私たちにとってはあまり関係がない。

 中高一貫ではあるものの、元々近くにあった私立中学の永松学園と、私立高校の久島学園がひとつになったもの。なので二つの校舎は、同じ家から出た私とお姉ちゃんが別の通学路を使うくらいは離れている。

 ひとつになった際、二つの校舎の間に大きな学園図書館が造られた。外観内装ともに美しく蔵書数にも優れた、学園のシンボル。中学校の玄関からでもよく見える。

「おはよ、お二人さん!」

「おはよう、真美」

 教室に入ると、中から挨拶の声が飛んできた。彼女は日比野真美。セミショートのポニーテールが可愛らしい、女子薙刀部の次期エースだ。

「よっ、来たな俊一」

「おはよう。今日もいい朝だね」

「ああ。おはよう、健人、陽太」

 真美の後ろにいた二人、山崎健人くんと田中陽太くんが俊一に挨拶する。健人くんは中高合同オカルト研究部の部員で、ミディアムストレートの髪がいい雰囲気を出している。陽太くんは中高合同科学部部員。セミショートの頭がいい秀才だ。

 並ぶと俊一が一番低くて、健人くんが一番高いけど差は数センチ。小さい順に百六十、百六十三、百六十五と今後の成長次第では逆転もありそうだ。

 私の隣に並んだ真美は、百五十八センチ。私は百四十七センチと十センチも差があるので、成長しても逆転は難しいだろう。来年にはお姉ちゃんの百六十二センチを越えてもおかしくないくらい、彼女は日々成長している。

 三人は幼馴染みで、私たちと関係は似ている。知り合ったのは中学に入ってからだけど、そのこともあってか仲良くなるのはすぐだった。

 今日もいつもと変わらない一日が始まる。そして放課後まで、平和な一日は続いた。

「俊一、クーリのことだけど」

「ああ。会えるのか?」

「うん。でも」

「わかってる。待てばいいんだろ?」

 放課後は図書委員の仕事がある。広い学園図書館には司書さんもいて、職員も何人かいるけど学園図書館。図書委員の存在は必要不可欠だ。

 私が受付でたまに訪れる人の対応をしている間、俊一は図書館で適当な本を読みながら時間を潰している。私も暇なときは読書で時間を潰すのだけど、時間を忘れて没頭してしまうこともよくあるので今日はやめておいた。

 しばらくして、担当の時間も半分を終えた頃。長い髪をまっすぐに下ろして、高校の制服に身を包んだ綺麗な女の子がやってきた。俊一を中心に、一部男子の視線がそちらに向く。

「菊花、会いに来たよ」

 しなやかに歩いて、涼やかな声を発するお姉ちゃん。佐宮桜。彼女がここに来るのは珍しいことではない。私と俊一、お姉ちゃんは入学当初からここによく集まっていた。

「優しく積もった雪の中、静かに現れし運命の姫。彼女について、俊一にはもう?」

「うん。終わったら連れていくつもり」

「そう。なら、私は家で待っていましょう。彼女にとって、そして菊花にとっても大事なことを伝えるには、俊一という理解者の存在は心強い味方となる」

「大事なこと?」

「ことであり、ものである、といった方が正確かしら。ふふ、あなたたちが帰ってくるまでには仕上げます。楽しみにしていて」

「うん」

 お姉ちゃんは踵を返して、静かに学園図書館から去っていった。

 図書委員の仕事が終わり、私と俊一は寄り道せずに帰宅する。北海道の冬は日が沈むのも早い。私たちが外に出たときには既に日は沈みかけていたが、時刻は午後四時前だ。

「ただいまー」

「お邪魔します」

「うむ。帰ってきたな」

 玄関で私を出迎えたのはクーリだった。突然の登場に、俊一は動きを止めている。

「ん? そこのオス人間風情は誰だ?」

「お姉ちゃんから聞いてない?」

「桜ならわらわに挨拶をしたら、すぐに自分の部屋に入ってしまったぞ」

「そう。じゃあ私から紹介するね。ほら、俊一。部屋に行くよ?」

 じっとしている俊一を促して、クーリを連れて私の部屋に移動する。彼女の様子を見ると、地上についての学習は終わったようだ。

 部屋でクーリに俊一のことを紹介すると、クーリはじっと彼に先っぽを向けていた。彼女の見つめる動作。全部はまだだけど、この動きの意味くらいは理解している。

「俊一か……オス人間風情でいいな? わらわのことはクーリと呼んでもいいぞ」

「菊花や桜みたいには呼んでくれないのか?」

「ふ、恩義のある二人の幼馴染みとはいえ、ただのオス人間風情の名を呼ぶほどわらわは暇ではない」

 恩義なんて言葉を口にしたクーリに少し驚いた。勉強の成果だろうか。

「まあ、いいけどさ。……危険は、あまりなさそうかな」

 クーリの姿や態度を見て、俊一は警戒を解いたみたいだ。完全に解けてはいないみたいだけど、朝みたいに必死に止めてくることはもうないだろう。

 そのとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。私が返事をすると、お姉ちゃんが静かに扉を開けて入ってくる。

「揃っているみたいね。クーリ、あなたにこれを」

 お姉ちゃんは白いうさぎのぬいぐるみを手に持っていた。

「ふむ。これは?」

「あなたは触手族のお姫様。けれど、それを知らない人間はその姿を見れば驚き、無用な混乱を生むこともあるでしょう。それを防ぐために、身を隠す道具はなくてはならない」

 白いうさぎの背中にはチャックがついていた。クーリは触手の先端から見えない力か何かを出して、チャックを開ける。中には空洞が広がっていて、クーリが入るにはちょうど良さそうだった。

「お姉ちゃん、いつの間に」

「この子は少し前に縫ったもの。綿を抜いてチャックをつけただけです。一晩と、ちょっとあれば間に合うよ」

「ふむ……なるほど。成長したら窮屈かもしれないが、そのあたりは空間を拡張すれば問題はなさそうだな……桜、感謝する」

「どういたしまして」

 クーリはぬいぐるみを気に入ったようだ。

「というわけで菊花、私は学校を見てみたい」

「うん、いいよ」

「おい待て、いいよじゃないだろ」

 私がすぐに承諾すると、即座に俊一が咎めてきた。

「そのためのぬいぐるみなのだろう、桜?」

「ええ。でも、若い彼の反応も想定済み。必要なら説得は手伝うよ」

 いざとなればお姉ちゃんのサポートもある。私は気楽に俊一の相手をすることにした。

「大丈夫だよ。うちの学校、校則ゆるいから」

「いや、そういう問題じゃなくてだな」

「危険がないことはわかったでしょ?」

「けどなあ……」

「うるさいぞ、オス人間風情が。わらわも目立たぬようにはするが、ぬいぐるみに入っておけば、異世界から来たマスコットとでも名乗れば問題ないだろう」

「だよね」

「ええ」

「いや待て、えーと……」

 俊一は反論しようと口を開いて、何も言わずに口を閉じた。

「わかったよ。ただ、監視はさせてもらうからな。クーリのこと、まだ俺は完全に信じたわけじゃないんだ」

「無駄な労力を使いたいのなら、好きにするがいい」

 こうしてクーリの学園行きが決定した。

「じゃ、俺はもう帰るぜ。妹が待ってる」

「うん、じゃあね」

「ほう、妹がいたのか」

 コートを着て帰る準備をする俊一に、クーリが声をかける。

「……手、出すなよ?」

 俊一はクーリを睨んで言うと、そのまま部屋を出て行った。お姉ちゃんが見送りに出て、部屋には私とクーリの二人きり。人、でいいのかわからないけどよしとしよう。

「ふむ。やや調子が気になるが……やつと妹の間には何かあるのか?」

「鋭いね。俊一はね、遥ちゃんと二人で暮らしてるんだ」

「菊花とは違う事情か?」

「二人の両親は三年前に、事故で二人を庇って死んじゃったの。俊一と遥ちゃんの二人が生き残っていたのが奇跡だってくらいの大きな事故。お金はたくさん残してくれたみたいで、生活に影響は少なかったんだけど、当時は家事を教えるので大変だったよ」

 私たちの両親はずっと前からロシアにいて、二人暮らしには慣れていた。隣というほどではないにせよ、家も近いから教えるのは自然な流れだった。

「そうか。少し気になることはあるが、まあいいだろう」

「お金のこと?」

 クーリは触手の先っぽを縦に振った。確かに、当時は誰も気にしなかったけれど、しばらくして冷静に考えてみると、十分なお金を残しているのは不思議に思えた。保険金をかけていたわけではなく、資産としてそれだけ残していたのだ。当然、家は一括購入で、ローンも残っていない。

 遺書もごく普通のものだったみたいだし、それだけ俊一と遥ちゃんのことを考えていたのかなと結論付けたけど、真実は本人にしかわからない。

「菊花、夕食が待ってるよ」

「あ、うん。今いくね」

 扉越しに聞こえた声に、私はお姉ちゃんと一緒に一階に降りる。クーリはお姉ちゃんからもらった白うさぎのぬいぐるみに出たり入ったりしていた。中からチャックを開け閉めできるのは、触手力が凄いってことなのだろう。


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