後世へとこの不可思議な出来事を伝えるため、私、佐宮桜は詳細に記す。と、そこまでの使命感は特になくて、菊花に頼まれたから記しているのが嘘偽りのない真実である。
さて、私が彼女――ポーニャと出会ったのは、可愛い妹の菊花が、彼女の妹と出会うより少し前のこと。図書委員の仕事があるから、授業が終わってまっすぐに帰れば私の方が下校は早い。それが私たち姉妹の日常だった。
妹とは違う通学路。固く積もった雪の上を歩く。途中で家へ向かう道から逸れて、大きな総合ショッピングモールへ。時間に余裕のある私の役目を果たすための寄り道である。
野菜や納豆、卵などをかごに入れて、食料品売り場を歩いて回る。途中、レトルト食品の棚の前でしゃがみ、いくつかの商品をかごに入れている、見知った女の子の姿を見つけた。彼女も私と同じく、時間の余裕から買い物を担当している。出くわすのはよくあることだ。
「こんにちは、遥」
「あ、桜さん。こんにちはー」
声をかけると、元気な挨拶が返ってくる。檜山遥(ひやまはるか)、幼い頃から馴染みのある四人の一人。ショッピングモールの少し先にある、小学校に通って四年目となる女の子。身長は百四十二センチと日々成長中。菊花と並ぶと同い年に見えなくもないのだけど、活動的なセミショートのストレートヘアーから滲み出る幼さは隠せない。
「レトルトカレー?」
「はい。この新商品、少し気になっていて。シーフードを中心に数種類のキノコが入って、この価格。こういったカレーはルーや粉から作ると二人では食べ切れないですから、でも」
「やっぱり、大好きなお兄ちゃんには手作りのカレーを食べてもらいたい、でしょう?」
「はい。どちらかだけなら同じ値段で……ううん、もっと安くできるはずなんですよ」
「そうね。同じ値段なら、少し上質な素材も選べると思うよ」
こういう会話もよくあること……とまではいかないけれど、たまにあること。
そのまま私たちは一緒に歩きながら話し、別々の売り場へと向かう。目的の物を全てかごに入れてレジに向かうと、遥もちょうどレジへ向かっているところだった。かごの中には何種類かのキノコが並んでいた。
ちょうど同じタイミングで買い物を終えたので、遥と一緒に並んで帰宅する。エコバッグを両手に軽快に歩く遥の様子は微笑ましい。
もうすぐそれぞれの家への分かれ道。彼女が現れたのは、その三叉路の中央だった。長く美しいポニーテールを揺らして、まっすぐにこちらへ歩いてくる。優しげな瞳は私たちをはっきり捉えていて、口には微かな笑み。近代的で色彩豊かな制服に身を包んではいるけれど、私の知るどの学校のものでもなく、何より彼女は手ぶら。肩や背に負うものもない。背は私よりも少し高い。のちの調査では百六十七センチと判明したから、差は五センチだ。
「こんにちは。少しお時間、よろしいですか?」
「どうしたんですか?」
遥が素直に答えると、彼女は深く一礼をしてから言った。
「私はポーニャと申します。しばらくこの地を拠点に日本を侵略しようと思うので、近隣の方にご挨拶を」
「しんりゃく?」
日本に慣れない外国の人にしては流暢な日本語。私たちへの悪意や害意は感じられないものの、侵略という言葉は聞き逃せない。ぽかんとしている遥に代わって、私は質問する。
「詳しい説明、お願いできる?」
「構わないですよ。ただし、なるべく他言無用でお願いします。この星の多くの人間に知られると、私たちも動きにくくなりますから」
「宇宙からの使者さん、なぜ私たちに?」
「あなたなら私たちテール族についても、多少は理解が早いと思いまして。触手族のクーリさん、でしたっけ? 障害となりかねない存在として、上陸前に少し調べていたのです」
「そう。他言無用の件は、了解したよ。菊花たちは別として、他の人には黙っています」
「うちゅう? てーる? しょくしゅ?」
疑問符とともに単語を呟く遥。クーリのことを彼女はまだ知らない。混乱する彼女のフォローも必要だけれど、今は目の前の彼女に質問することを優先したい。
「侵略といっても手法は様々、範囲と規模も重要。単純なものでは武力行使。けれど、あなたの態度、そして容姿から察するに……」
「お察しの通りです。テール族の侵略は、知略による侵略。世界各国の中枢に忍び込み、あくまでも合法的に侵略を終えます。武力行使に頼らざるを得ない地域もありますが、テール力の前には人間など圧倒されるのみです。殺戮は最小限に止めるつもりですよ?」
「中枢を狙うにしては、あなたがここにいるのが不思議ね。日本の中枢はもっと南にあるのだけど。別働隊?」
「いいえ。私はテール族日本部隊隊長。隊員一テール、総勢二テールの小規模部隊ですが、テール族の中でも最強のポニーテールと、次に強いツインテールの二テールであれば、作戦遂行に支障はありません」
「作戦についても教えてもらえる?」
「いいですよ。作戦は簡単です。調べたところ日本は食糧の大部分を輸入に頼る国。他の国を制圧し日本への輸出を止め、国内有数の食糧基地である北海道を制圧すれば、この国は自然に崩壊する。ゆっくりと、でも確実に。それを防ぐには降伏する以外の道はない。非常に楽なお仕事です」
「気長な作戦ね」
しかし有効な作戦だ。国民すべてを対象とした兵糧攻め。生きるための糧を封じられては、抵抗にも限界がある。
「それで、侵略してどうするの?」
「どうもしませんよ。テール族にとっては侵略することこそが楽しみ。もっとも、ゲームを終えたらまた別の星を目指すので、その後のあなたたちには関与しませんが」
「社会の作りを変えるだけ変えて、管理はしない。人類史上、最悪の侵略者ね」
「私たちはテール族ですから、人類ではないですよ。確かにあなたたちと姿は似ていますし、それを利用もしていますが、自然災害とでも捉えるべきではないでしょうか」
「あのー、桜さん?」
会話が落ち着いたところに、少しは混乱が落ち着いたらしい遥の声。
「つまり、どういうことですか?」
「遥のお兄ちゃんに彼女ができました。遥は妹として一緒にいたいけど、相思相愛で入る余地はありません。それくらいの危機が世界に迫っているよ」
私は遥にわかりやすいように、譬え話で説明する。
「それは……大変ですけど、どうしようもないですね」
「ええ。だから遥はカレーに集中しているといいよ。私もそうするから」
「はい。そうします」
ポーニャたちテール族に、作戦を遂行するだけの力が本当にあるのかは確かめていない。けれど、彼女たちが別の星からやってきたとなれば、それだけでも人類を上回る技術力の証明となる。強力な衛星兵器一つでもあれば、核をいくら積んでも武力では敵わない。
「落ち着いていますね」
「運命は巡り、世界には未知が溢れている。私はただそれを受け入れるだけ。これでも多少は驚いているよ」
「そうですか。では、挨拶はこれでおしまいです。また会いましょう」
ポーニャは出会ったときと同じように再び深い礼をして、ふわりと空に浮かんでみせた。低く空に浮いて、ゆっくり下降しながら積もった雪の裏に消えていく。優雅な飛行姿を、私たちは黙って見ていることしかできなかった。
そして私たちは帰宅し、しばらくしてまた別の事実を知ることになった。菊花と俊一の出会ったテール族の少女、ポーニャの妹であるツイナのことを。