リシアが解放されてから三日目。昨日は少しだけゲームをするつもりが、思いのほかリシアが強くてもう一回を続けているうちに、和火葉も混ざって気が付いたら夕方だった。
リシア曰く、「開発者みたいなものだし、強くて当然でしょう?」とのこと。話し方はあまり変わってないように感じるけど、微妙な変化で相当楽になっているらしい。使っている口調から推測するに、出典のゲームを絞っているのは間違いない。
今日のリシアは朝から部屋にこもっている。また何かするつもりのようだけど、前と同じく詳細は不明。伝えられたのは朝食後で、今回は妹も一緒に聞いていた。
何をするつもりか分からないが、すぐに出てくる気配はなかった。なので、今日もいつものようにゲームをすることにする。何もゲームはリシアシリーズだけではない。夏休みにやろうと思っていたゲームはまだ何本か残っていた。
そして昼過ぎ。食事を忘れるくらいにゲームに熱中していたら、扉をノックする音が聞こえた。ジャンルにもよるが、熱中していれば昼食を抜いてもゲームに影響はない。
「ああ。少し待っていてくれ」
セーブをして画面にポーズをかけて、ノックした相手を迎え入れる。
「こんにちは。……忙しかった?」
扉を開けて入ってきたのは、予想通りのリシアだった。ちらりとテレビ画面を見たリシアに、ゆっくりと首を横に振って答える。今日からやっていたのは、複数の店舗を並行して経営するSLG。中毒性は高いが、ほぼいつでもセーブ可能だ。
「そう。だったら、その、優日に頼みがあるの」
もじもじとした様子で、ほんのりと頬を赤らめて、しかし真っ直ぐにこちらを見つめるリシアの姿には見覚えがあった。リシアシリーズの歴史において、時代が変わってもリシアはリシアであると知らしめた、恋愛ADV『学園リシア 遅刻と恋の伝承』の立ち絵そっくりだ。
男性向けでも女性向けでもなく、男性にも女性にも向けた恋愛ADVとしてヒットした、希少なタイトルである。
「優日は和火葉のこと、どう思ってるの?」
ちょっと予想外の質問が飛んできた。だが、それ以上の予想外が直後にあった。
「……ええと」
答えに迷うよりも早く、リシアが懐から三本の棒刺し板を取り出していた。長い棒の先についた板には、それぞれ文字が書かれている。
『和火葉は可愛い妹だよ』
『今はリシアしか見えてないよ』
『(好きな女の子の名前)を愛してる』
……この中から答えを選べ、ということだろうか。
「これは?」
でもこれはゲームじゃない。なので選択肢らしきものは無視して、尋ねてみた。
「せんたくし!」
「ああ。だよね……だよなあ」
「あいにく、三つ目は情報不足でごめんね。やっぱりこういうのも、必要でしょう?」
「それって再利用できるのか?」
どうやら答えを急ぐわけではなさそうだし、そもそも答えを求めていないかもしれないので、リシアに質問を続ける。
「魔法の棒と板を組み合わせた棒刺し板に、魔法のペンで書いてるから何度でも使えるよ。私はまだこの世界には不慣れだから、作ってみたの」
「なるほど」
「それで、答えは?」
話を終わらせられると安心する間もなく、リシアが答えを求めてきた。言葉は簡潔だけどポーズはとっても可愛く、格好よくて、無視できない魅力に目を離せない。
「い、今はリシアしか、見えてないよ」
そのままの気持ちを素直に答える。リシアは笑って、大きく頷いてくれた。ゲームなら、リシアシリーズなら十字ボタンの操作一つで、簡単に選べる選択肢。けれどそれを言葉にしようと思うと、想像以上に恥ずかしい。フラグがどうのとか好感度がどうのとか、そんなことを考えさせない絶妙な構成は、ゲームでも現実でも変わらないみたいだ。
それだけの魅力を発揮できるリシアは、間違いなく本物なんだと思う。
「じゃあ、次の質問をしたいんだけど……ちょっと待っててね」
言うとリシアは立てていた棒刺し板を下ろして裏返して、さっと手を振ってからどこかから取り出した魔法のペンを片手に、何度か思案の様子を見せながら文字を書き込んでいた。
何度も使える便利な魔法でも、そこは手動なんだなと思いながら、次の質問を待つ。数分後、リシアは棒刺し板を後ろに隠して口を開いた。
「いくよ? 優日、外に出かけたいな」
『今すぐに行こう』
『ちょっと待ってて』
『遠くへは行けないぞ?』
質問と同時に出て来たのは三つの選択肢。どれも承諾である。断るという選択肢がなかったけれど、俺も断るつもりはなかったから今回は問題ない。口調も合わせてくれている。
「今すぐに……ん、行こう」
答えは決まっていても、少し考えながら答える。今のリシアは私服で、その私服もゲームの中で見た私服のままだ。外に出てもリシアに似ていると思われるか、コスプレをしているかと思われるくらいで、多分それで騒ぎにはならないだろう。
「うん。私、ずっと行きたかったところがあるの」
そう言うリシアに頷いて、和火葉にも伝えてから俺たちは並んで外に出る。リシアに伝えられた行き先は近所にある、ちょっとお洒落な洋服店だった。
「これが、洋服……こんなにいっぱい! これ、可愛いね。こっちは……うん、良さそう」
洋服店に着いてすぐ――その前からわくわくした気持ちを隠してはいなかったが――リシアは店内を駆け回るように、何十着、何百着の服を楽しそうに眺めていた。
その様子を後ろから眺めながら、こういった場所に女の子と二人で来ることに想像以上にどきどきしている自分に気付く。初めてではないけれど、相手が相手なのだ。服を並べて、どっちが似合う? といった質問が来ないことに安堵しつつ、はぐれないようについていく。
「ふむ……うん」
一通り見終わったらしく、リシアがこちらにやってくる。
「服、そんなに見たかったのか?」
「ゲームの中では服なんて、数着しかないもの。それも決められたものだけで、私たちに増やすことはできないし、自由に選択することもできないでしょう?」
「ああ。なるほど」
確かにゲームにおいて、衣装のバリエーションは多いものではない。RPGでは武器ごとにグラフィックが変わるのは多くても、見た目が変わる防具を豊富に用意している例なんて、ごく一部の着せ替えにも特化したタイトルくらいだ。
リシアシリーズもそれは同じ……むしろ、他のタイトルより増加は抑えられている。作業量を考えると仕方ない面もあり、それを不満に思うユーザーはまずいないが、中から見ると不満がいっぱいであろうことは想像に難くない。
「じゃ、帰ろうか」
「何も買わなくて……ええと」
笑顔で視線を返すリシアに、どんな言葉を続ければいいのか考えるが、見つからない。
「ふふ、私が欲しいと思った服はたくさんあってね、値札もちゃんと確認したよ」
そう。リシアはこの世界で使えるお金を持っていないし、俺もたくさんの服を買ってあげる余裕はない。値札は見ていないけど、ひょっとすると一着でさえ難しいかもしれない。
「今日は見られただけで満足だよ。これ以上はいずれ、ね?」
「そうだな。帰ろう」
リシアの表情に悲しみの色はなかった、と思う。諦めもなく、希望を信じて疑わず、真っ直ぐに末来を見つめる。これもまた、少女リシアの持つ大きな魅力の一つだった。