三
魔女が記すは人族に受け継がれし伝承。
それは歴史の断片。
魔女が受け継ぐは気高き魔法の力。
それは始まりの歴史。
ラスマールの名を継ぐは一人の魔女。
それはイルナルヤの魔女。
それは可憐な魔法少女。
太陽とともに、今日も元気に目覚める魔法少女ファリッタっ。月も太陽も全ての自然は魔法少女の力の源っ。星色のリボンで素早く髪の毛を左で結んで、ステッキ片手に魔法少女の服に着替えて、ファリッタの朝が始まるよっ。
魔法少女は可憐で可愛く、油断なんてしちゃいけないのっ。だからもちろん、ファリッタに近づく誰かの気配だって、髪を結んでいる間に気付いたよっ。
玄関先で待っているはずの誰かさんに、こちらから出向くのもファリッタの役目っ。危険な気配は感じなかったし、感じた質から魂魄族――野生の動物さんたちじゃないみたいっ。こんな時間に尋ねて来るのはどんな人かなっ。
わくわくした気持ちでファリッタは扉を開けるよっ。そこでファリッタを待っていたのは、緑の瞳の可愛い小さな女の子っ。
「魔法少女ファリッタのお家にようこそっ、可愛いお嬢さんっ。お話の前に、君の名前を教えてくれるかなっ」
名を知ることは相手を知るには大事なことだよねっ。初めましてのご挨拶っ。
「わたしはイスミです。あの、よくわかりましたね」
イスミちゃんはちょっと驚いた顔でファリッタを見たよっ。
「ふふんっ。ファリッタは凄い魔法少女だからねっ。これくらいの距離なら、魔法を使わなくても自然が教えてくれるのっ。もしかすると、君が教えてくれたのかもしれないけどねっ」
ファリッタは笑顔で答えてあげるよっ。魔法の力は自然の力、世界の力。だから熟練した魔女ならこれくらいは当然って、母上の教えっ。ファリッタは魔法少女だけど、魔女の家系の魔法少女なんだからっ。
「トーファリッタさん、凄いんですね」
「うんっ」
元気に答えてふと気付いたよっ。ファリッタ、魔法少女ファリッタしか言ってないよ? それなのにトーファリッタと呼んだイスミちゃん……わくわくする展開だねっ。
「とりあえず、中に入って続ける?」
「はい」
ファリッタはイスミちゃんを家に招いて、お話の続きは座ってゆっくりっ。彼女が頷いてくれたから、ちょっとした立ち話で終わる用事じゃないのは確実だねっ。
「トーファリッタさんは、魔女の家系なんですよね?」
イスミちゃんはそうやって話を切り出してきたよっ。ファリッタは大きく頷いて、それを認めますっ。魔法少女はファリッタで、家系は魔女だからねっ。
「ラスマール・トーファリッタ。代々イルナルヤ村の魔女として暮らしてきた一族だねっ。正確には、大樹と湖の傍に、だけどっ」
魔女が暮らして、人が集まって村ができたっ。魔女の家に生まれたファリッタじゃなくても、イルナルヤ村に暮らす人ならみんな知ってる事実だねっ。自然の力、魔法の源……それがどういうものかまで知ってる人は少ないけどっ。
そして次のイスミちゃんの質問は、今の魔女についてだったよっ。
「魔法少女、というのは……」
ファリッタは笑顔で答えていくよっ。まだ彼女のお話は聞けてないけど、お話の前にファリッタについて確かめないといけないみたいっ。
「貴方らしい魔女になりなさい……そう先々代に言われたのっ。でもでもっ、可愛い見た目に心配無用っ。魔女の知識は全て頭にっ、魔法の扱いもとっても上手なんだからっ」
と、ファリッタは自信満々にそこまで言ったけど、次の言葉は苦笑いを浮かべるのっ。
「ラスマールの魔女が暮らし始めて五百年近く、全てがはっきり伝わってない伝承もあるんだけどねっ」
「イルナルヤの伝承、ですね」
「そうだよっ。イスミちゃんのお話はそれ?」
ファリッタが聞いたら、イスミちゃんは曖昧に頷いたよっ。お話の一つだけど、全部じゃないみたいだねっ。そうでなくちゃ面白くないから、望むところだよっ。
「家にある資料を調べれば、もっと詳しいことも分かると思うよっ。たくさんあるから、何日かかっちゃうけどねっ」
ファリッタのお家は街の図書館みたいに広くないから、多くの資料は天井高くまで山積みにされて保管されてるのっ。魔法で守ってるから痛むことはないけど、魔法で調べることもできなくなっちゃうから、手で探さないといけないんだよねっ。
イスミちゃんは奥の方をちょっとだけ見てから、ファリッタの方を向いて言うよっ。
「トーファリッタさん――魔法少女ファリッタさんにお願いがあります」
「何かなっ?」
待ってましたっ。ファリッタは笑顔でイスミちゃんのお願いに耳を傾けるよっ。魔女の家系で魔法少女をやっていると、こういうお願いはよくあることっ。だけど、こんな不思議な状況は滅多にないから、わくわくするよねっ。
魔法少女ファリッタの大活躍っ。ついにその日がやって来たのかもっ。
「その伝承について、今日中に調べられませんか? できれば夕方までに、もちろんわたしもお手伝いします。無理ですか?」
「二人だけじゃ無理だねっ」
イスミちゃんの問いに、ファリッタはすかさず回答っ。お家のことはファリッタが一番よく知ってるから、二人じゃどれだけがんばっても断片を見つけるので精一杯っ。
「運が良ければ間に合うかもしれないけど、夕方に間に合わせるには人手が欲しいかな?」
重い資料を運ぶくらいなら、人に魔法をかければ補助は簡単っ。最低でも四人、人手は多ければ多いほど早く資料を運べるねっ。でもでもっ、運ぶだけじゃ足りないのっ。
今のイルナルヤ村で、伝承の断片を知ってるのはファリッタだけっ。魔女の家に秘密の知識はないけど、調べる力も重要だねっ。運ぶ人とっ、調べる人っ。どっちも集めなくちゃいけないねっ。
「何人ですか?」
「イスミちゃんは調べる側として、最低でも三人は欲しいねっ。もちろんっ、探す時間も短くしなきゃいけないから、保証はできないよっ」
「わかりました。その、心当たりなら少しあります」
「そう? だったら、すぐに行動開始だねっ」
どんな心当たりがあるのかとか、ファリッタだけじゃなくて他の人のことも詳しいんだねとか、聞いてみたいことはあるけど後回しっ。夕方までに調べるなら、急いで人を集めなくちゃいけないのっ。
ファリッタとイスミちゃんは手分けして人を……探せればよかったけど、やっぱりそれは難しいみたいだねっ。ファリッタはイスミちゃんに案内されて、目的の場所に到着っ。彼女が連れてきたのは、アミィリアのおにぎり食堂だよっ。
ファリッタもよく行く場所だけど、開店前に行くことはほとんどないねっ。食堂の入口に立って、イスミちゃんが正面の扉をこんこんっ。ファリッタは後ろで見守るよっ。
「どなたですか? ……トーファリッタ?」
扉を開けて出てきた、茶色の瞳のお姉さんアミィリアっ。イスミちゃんを見てから、ファリッタの方を見て説明を求められたよっ。でもっ、ファリッタにも分からないから、小さく首を横に振ってイスミちゃんの言葉を待つよっ。
「少しここで待たせてください、アミィリアさん。ライカさんとヒノカさんを」
ライカとヒノカも知ってるなんて、ますます気になるねっ。突然の提案にアミィリアも驚いてるかな? 様子を確認っ。アミィリアは確かに驚いてたけど、その驚きはちょっと変な感じだねっ。唐突な提案そのものじゃなくて、提案の内容に驚いてる?
「待つのはいいけど……必ず来るかは分からないよ?」
困惑したような、何かを気にしてるような、不思議な顔のアミィリアっ。
「はい、分かってます」
こうしてライカとヒノカを待つことになったファリッタたちっ。準備の邪魔をしないようにしながら、ファリッタの口から事情を説明っ。
「……ということで、人を集めてるのっ」
「そう。イルナルヤ村に伝承なんてあったのね」
「隠してるわけじゃないけどねっ」
魔女の家にはたくさんの伝承や歴史が記録されてるのっ。神魔大陸に関係するものが多くて、イルナルヤの伝承もその一つっ。たくさんの中のたった一つとも言えるねっ。
「ところで、カラッドは?」
「今日は用事があるって。多分、いつものだと思うけど」
「なるほどねっ」
おにぎり食堂でお手伝いするカラッドは、赤の瞳のアミィリアに恋する幼馴染みっ。村の柵が壊れたって話があったから、それの修繕と点検だねっ。
「だったら、頼んでも大丈夫かな?」
「ええ。でも、戻ってくるのはお昼だから、そっちは大丈夫?」
アミィリアはファリッタと、イスミちゃんを順番に見て尋ねるよっ。三人もいれば人数は足りるけど、お昼からだと時間がちょっと心配だねっ。
「夕方までは絶対かなっ」
「絶対ではないです。でも、夜になると時間はほとんど……」
時間はあるけどちょっとだけみたいだねっ。日が落ちるまでとして計算し直してみても、やっぱり待っていたら間に合いそうにないよっ。
「……夜」
ファリッタたちが相談してると、聞こえてきたアミィリアの呟きっ。
「私もお手伝いしたいけど、食堂があるから無理ね」
「心配しないで、アミィリアっ。ファリッタに任せておけば大丈夫だよっ」
何かを聞くより考えるのが優先っ。だけど、魔法少女として困った村の人を安心させるのも大事な役目だよっ。
「ええ。お願いね」
「あ、でもでもっ、アミィリアにもやってもらいたいことがあるよっ」
「なに?」
ファリッタとイスミちゃんの二人で、ライカとヒノカを待って、カラッドを見つけてお願いっ。それを解決するには、役立つものを頼んでおかないとねっ。
「お手紙書いてくれる? カラッドにっ」
「了解よ」
開店までもうちょっとっ。アミィリアはカウンターの下から紙を取り出して、簡単なお手紙を書いてくれたよっ。
「それで、イスミちゃんっ」
これで準備は整ったよっ。二手に分かれてイスミちゃんがここでライカとヒノカを待って、ファリッタがカラッドを探してお手紙を渡すっ。でもでもっ、ライカはともかくヒノカは簡単じゃないから、最後はやっぱりファリッタの役目っ。
「それとアミィリアっ。ライカは任せたよっ」
「はい」
「ええ」
イスミちゃんとアミィリアが頷くのを見てから、ファリッタは外に出てカラッドを見つけるよっ。ライカとヒノカが来るかどうか分からないけど、そこはイスミちゃんを信頼っ。事情は分からなくても、イスミちゃんはスーミゥと同じ自然なる者っ。詳しく調べる時間はなかったけどっ、だったら心配は要らないよねっ。
「カラッド発見だよっ」
村を歩き回って、柵を修理しているカラッドを見つけたよっ。
「お前が俺を探すなんて珍しいな。大工――を継ぐ気はないけど、その依頼じゃなしに」
ファリッタは大きく頷くよっ。それならいつも食堂で、暇そうにしてるカラッドを見つけた方が早いもんねっ。緊急事態でもファリッタは魔法少女だから、二、三日の時間を稼ぐくらいなら簡単っ。
「カラッドにお願いがあるのっ」
ファリッタはアミィリアに書いてもらったお手紙を渡すよっ。しばらく黙って読み終わるまで待ち待ちっ。カラッドなら文字を見るだけで分かるよねっ。
「ふーん、で、俺の手を借りたいってわけか」
「カラッドなら力仕事も得意だよねっ」
「そりゃ、一応、親父から学んでるし……けどなあ」
ちゃんと話は伝わったみたいっ。でもでもっ、やっぱりカラッドは乗り気じゃないみたいだねっ。夕方までひたすら重い資料運びっ。だからこそファリッタの説得が重要だねっ。
「アミィリアへの告白、本気でお手伝いするよっ」
「……おい」
「人はいないから大丈夫だよっ」
腕を伸ばして周囲を見せて、笑顔で一言っ。危険な魔法を扱うこともあるしっ、魔法少女はこういうこともしっかり気をつけないとねっ。
「別に手伝わなくても、告白は俺のタイミングで……」
「そんなことをずっと言い続けて、いつまで経っても告白しないカラッドを、魔法少女ファリッタが応援するよっ。お礼じゃなくても、頼んでくれたらいつでもお手伝いするけどねっ」
そう考えるとお礼としては弱い気がするけど、強引にでもお手伝いを認めさせるのもファリッタの応援の形っ。自然に任せるのもいいけどっ、小さい頃からずっとこれだと心配しちゃうよねっ。
「あー、よし、分かった。お礼は別にして、手伝ってやるよ」
「ありがとっ」
お礼についてははぐらかされちゃったけど、ともかくカラッドに頼むことは成功したよっ。
カラッドと一緒にお家で待っていると、イスミちゃんがライカを連れてやってきたよっ。
「手伝いに来たよ、トーファリッタ」
「待ってたよっ。次はヒノカだねっ」
黒の瞳のお兄ちゃんライカっ。あっちも無事に説得は成功したみたいだねっ。ライカの性格を考えると心配はしてなかったけどっ。
ファリッタはライカの傍に歩いていって、早速ヒノカを呼ぶよっ。
「ありがとうっ。魔法少女からのお礼は、キスでいいよねっ」
優しく両肩に手を置いて、ライカの顔に接近っ。ファリッタの方がちょっとだけ年上だけどっ、身長は同じだからこういうことをするには楽でいいねっ。
「ちょ、ファリッタっ。そういうお礼はっ」
ライカは顔を背けて避けようとするよっ。でも、肩に込めた力は強いから逃がさないっ。その気になれば魔法で顔の向きも変えられるけど、そこまでする必要はないねっ。
「ちょっと、お兄ちゃんに変なことするのやめてよね?」
「ヒノカも待ってたよっ」
聞こえてきた声に、ファリッタは優しくライカを離して答えるよっ。お家の陰から黒い瞳でファリッタたちを見てたのは、妹ヒノカっ。狙い通りだねっ。
「……む」
ヒノカに笑顔を向けると、彼女は怒ったような目でファリッタを見つめるよっ。
「お兄ちゃんへの説明が大変だから、こういう呼び方はやめてよね。妹として、お兄ちゃんの様子がおかしいから調べてたら、見たことのない女の子についていって心配してただけで、別にお兄ちゃんを守ろうとしたわけでもなんでもないから、分かったお兄ちゃん?」
それからその目はお兄ちゃんライカにっ。ファリッタと違って、幾分か優しい目にはなっていたけどねっ。
「ごめんねっ。事情は分かってるよね?」
ファリッタはすぐに謝って、ヒノカにも協力を頼むよっ。こういう呼び方はファリッタとしてもあまり使いたくないけどっ、夕方に間に合わせるためには仕方ないのっ。
「大体は。アミィリアさんに聞いたから」
「うん。それじゃ、早速始めようっ」
揃ったところで、ファリッタたちは伝承の調査を開始っ。ライカとカラッドが運ぶ人っ、ファリッタにヒノカ、イスミちゃんが調べる人っ。夕方には確実に間に合わせるよっ。
太陽が高く昇った頃に、調査を中断して休憩っ。午前中のうちに見つかったのは無関係の資料だけっ。お家にある資料はある程度把握してるから、ここまでは予想通りだねっ。
ファリッタたちはアミィリアの握ったおにぎりを食べて、体力気力魔力を復活っ。食堂を出る前にイスミちゃんがもらったおにぎりだよっ。カラッドと一緒に、アミィリアにもお礼をしてあげなくちゃだねっ。
ファリッタが不思議な気配に気付いたのは、午後の調査を開始してすぐだったよっ。他のみんなは気付いてないけど、運ぶ人の補助に魔法をかけてるファリッタは敏感っ。
「イスミちゃんっ」
「どうしました?」
「ファリッタねっ、不思議な魔法の流れを感じたのっ。大樹の近く、湖の傍だねっ」
ファリッタが言うと、イスミちゃんは驚いた顔でこっちを見たよっ。ヒノカも不思議そうにこっちを見てるけど、驚きはないみたいだねっ。
「詳しくお願いできますか?」
「詳しいことはファリッタも知らないよっ。調査が遅れちゃうけど、見に行く?」
「ええ、と……」
イスミちゃんは少し迷ってるみたいだねっ。ファリッタは文献に目を通しながら、彼女の答えを待つよっ。
「ファリッタさん、見に行ってもらえますか?」
「いいの?」
魔法は午後にかけ直したばかりだから、ファリッタがいなくても数時間は持続するよっ。調べ方だって、午前中にヒノカとイスミちゃんに教えたから大丈夫っ。でもでもっ、魔女の家の資料は魔女のためのものだからっ、最後はファリッタが見ないといけないけどねっ。
「はい」
「了解だよっ。確認したら、すぐに戻ってくるねっ」
「あ、待ってください。気になるようなら、最後までお願いします」
早速出かけようとしたファリッタに、イスミちゃんの意外な言葉っ。ファリッタは足を止めて、念のためにもう一度確認するよっ。
「本当にいいの?」
そこまでしたら、夕方に間に合わないかもしれないよっ。その意味を込めて改めて聞いたファリッタに、イスミちゃんは大きく頷いたよっ。ファリッタも頷き返して、すぐに出発っ。事情は分からないけど、依頼主が了解してるなら迷うことはないよねっ。
ファリッタのお家の傍にある林を抜けて、目指すは湖っ。分かりやすい道はないけど、その場所はイルナルヤの魔女にとって大切な場所っ。ラスマールの家系に伝わる魔法の目印もいっぱいあるから、迷う心配はないよっ。
気配を慎重に探りながら、ファリッタは林を歩いていくよっ。感じた不思議な気配は、ファリッタの知る魔法だけじゃないからねっ。人族の知らない魔法っ。それに、ファリッタもよく知るレコラリルムの気配っ。それもこの純粋な感じっ、レコラリルム鉱石じゃないよっ。金属として精錬されたレコラリルムだねっ。
そんなものを普通の旅人が持ってるはずはないから、とっても気になるねっ。駆け出したいところだけど、何をしているのか確認してからじゃないとねっ。
感じる気配は大きいから、近づけば段々はっきりしてくるよっ。お家からじゃ分からなかったけど、大きな気配は二つあるみたいっ。かなり近いから、お話してるかっ、武器や魔法をぶつけ合ってる可能性が高いねっ。
派手に自然を荒らすような真似をしてるなら、イルナルヤの魔法少女として急いで駆けつけないといけないねっ。でもでもっ、流れからするとその心配はなさそうだねっ。
大樹の近くまで到着っ。ファリッタが様子を見ると、二人の人が何かを話していたよっ。男の人と女の人っ。危ない人なら聞かせてもらうけどっ、今のところは大丈夫かな?
多分あの人たちもファリッタの気配に気付いてるはずっ。ファリッタは黙って二人が動くのを待つよっ。
しばらくすると、二人は湖の前で別れたみたいっ。ファリッタはどうすればいいか迷っちゃうねっ。一方は村の方にっ、もう一方は林の奥にっ。どっちを追うかは明白だねっ。
林の奥に向かったのは男の人っ。朱の瞳で一瞬ファリッタの方を見たけどっ、気にした様子はないみたいだねっ。彼自身に魔法の力は感じないよっ。強く感じるのは、彼の持っている剣からだねっ。
ファリッタは少し急いでその人に追いつくよっ。まずはお話しないとねっ。
「こんにちはっ。こんなところでどうしたの?」
「……ふむ」
彼は黙ってファリッタを待っていてくれたみたいっ。それからファリッタの全身を眺めるように見て、もう一度同じ言葉を呟いたよっ。
「ふむ」
「やだっ、えっちな目で見ちゃいけないよっ」
「君は、ここの魔女か」
照れたファリッタのことなんか気にせずに、その人は聞いてきたよっ。剣の質や重心の取り方から腕は立つみたいだけど、女心はあまり分からないみたいだねっ。
「ファリッタは魔法少女だよっ」
「そうか。ここの魔女はそう呼ばれているのか」
呼ばれてるんじゃなくて、ファリッタが名乗ってるんだけど、今はいいやっ。それよりもこの人に色々聞いてみないとねっ。
「リグルだ。勇者とも呼ばれている」
「なるほどねっ。だったら、その剣も納得だよっ」
竜殺しとか霊祓いとか、そういう噂で有名な勇者さんっ。だったら普通じゃない凄い剣を持っていても不思議じゃないねっ。
「さっきの人は?」
「魔王だ。自然を荒らさないよう気をつけていたが、ここに長くいるのは問題か?」
「普通なら問題ないよっ。でもでもっ、そんな武器を持ってるとファリッタ以外にも寄ってきちゃうよっ。無闇に魂魄さんを殺すのはよくないからねっ」
ファリッタが答えると、リグルは小さく頷いてから返事をしたよっ。
「魂魄族……この辺りだと、狼か」
「うんっ。剣を預ける、ってわけにもいかないよね?」
「ああ。この剣は大事なものだ」
ファリッタが剣を見つめていると、リグルはさらに説明してくれたよっ。女心は分からなくても、こういう勘は鋭いみたいだねっ。さすが勇者さんっ。
「竜霊剣ミリーネ。やはり、魔女なら興味があるのだろうな」
魔女って言ったっ。魔法少女って言ったのに魔女って言ったっ。ファリッタはすかさず訂正を求めようとしたけど、その前に別の声が林に響いたよっ。
「呼びましたね勇者様っ!」
「呼んでない」
「剣が喋ったっ」
リグルの腰から響いた声っ。突然のことにファリッタもちょっと驚いちゃったっ。声の響き方から魔法で遠くから声を届けてるんだねっ。
「はっ。今の声……女の子と一緒にいるんですか勇者様っ。緊急事態ですね、これはこちらとしても準備をして……」
「心配は無用だ。俺が話しているのは魔女の一族だ」
慌ただしい女の子の声と、冷静な勇者さんの声っ。剣の事情は分からないけど、リグルと女の子の関係は何となく予想できるねっ。
「魔女様ですか?」
「魔法少女ファリッタだよっ」
「ミリーネです。勇者様とは本当に何もないのですね。ミリーネとリグルは婚約関係にあるのですよ」
声は聞こえるけど、リグルは魔法を使ってないみたいだねっ。剣に込められた魔法も調べたいけど、ファリッタには他にも大事なことがあるから今日はここまでっ。とりあえず、不思議な気配の正体ははっきりしたからねっ。
「分かったよっ。これからもリグルと仲良くねっ、ミリーネっ。魔法少女ファリッタも、勇者とお姫様の恋を応援するよっ」
「はい。ありがとうございます」
優しい声が返ってきたよっ。その間、リグルはずっと困り顔っ。調べ物がなければお手伝いしてあげたいけどっ、ファリッタはお家に戻るよっ。イスミちゃんが待ってるからねっ。
お家に戻ったファリッタは、イスミちゃんと他のみんなに見てきたことを伝えるよっ。
「勇者に魔王……あの、お姫様というのは?」
イスミちゃんだけじゃなくて、他のみんなも気になってるみたいだねっ。ライカとカラッドはまじまじと、ヒノカはこっそりとファリッタの方を見ているよっ。
「ミリーネはサンサリアのずっと北、トレスト王国のお姫様だよっ。勇者と知り合いであの魔力――トレスト・シーレム・ミリーネその人で間違いないねっ」
剣が凄い剣でも、遠く離れた人とあんなにはっきり会話するのは簡単じゃないよっ。魔女の一族に匹敵する、あれほどの魔力っ。王国の人は凄いって話は本当みたいだねっ。
「さ、それより続きだよっ。イスミちゃん、それでいいよね?」
「あ……はい。お願いします」
イスミちゃんに確認をとって、イルナルヤ村の伝承を調べるファリッタっ。集まってた資料に目を通している間にも、新しい資料が増えていくけど、ファリッタなら大丈夫っ。
「お姫様なんて想像もつかないよ」
「凄いよな。これは勇者の噂も本当じゃないか?」
運んでいる男の子たちは、そんなことを話しながら作業を続けてるよっ。お姫様って言葉はこの村じゃ聞かないから、珍しいよねっ。
「お兄ちゃん、興味あるの?」
ヒノカが質問するよっ。手は止まってないみたいだから放置するけど、ちょっとだけ心配だねっ。いつでも止められるようにファリッタは待機っ。
「珍しいからね。ヒノカはどうなんだ?」
「よく分かんない。でも、勇者さんの剣は便利だと思う。私も欲しい」
ファリッタの方を見られたけど、ファリッタは首を横に振るよっ。
「あれはファリッタの魔法でも作れないよっ。魔力の方は別にして、人族の魔法じゃないみたいだからねっ」
魔法の力は凄いけど、ファリッタ一人にできることは限りがあるからねっ。母上がサンサリアで魔法剣を売っているのも、魔女の知識だけじゃ無理だもんっ。父上の鍛治の技術があってこそだからねっ。
「そう。お兄ちゃん、お話は終わり」
「そうだね。急ごう」
ヒノカに言われて、ライカが頷いたよっ。ちょっと真面目な顔をしていたのが気になったけど、ファリッタの仕事は同じっ。イルナルヤの伝承を調べないとねっ。
あっという間に夕方っ。みんなが手伝ってくれたおかげで調査は快調っ。ファリッタの知識と合わせて、ある程度はイルナルヤ村の伝承が分かってきたよっ。
「うんっ。いい調子だねっ。けど、もうちょっとかかるかな?」
ファリッタは笑顔でみんなに言うよっ。肝心の伝承が記された文献は見つかったけど、魔法が弱っていたのか紙が破れてたのっ。それを魔法で修復して解読しても、全部を読むにはもう少しかかっちゃうねっ。ファリッタのかけた魔法じゃないから調べることもいっぱいだよっ。
「そうですか。あの、分かってるところまででいいので、お願いできますか?」
「いいよっ」
イスミちゃんの言葉に、ファリッタは元気に答えるよっ。修復と解読に必要な魔法は使用済みっ。必要なのは時間だけだから、ファリッタは自由だよっ。
「湖濁りしとき 大樹は枯れ 自然なる力は失われる 大樹の実 湖に力を与え……解読できたのはここまでだねっ」
みんなが興味深く聞いていたよっ。ファリッタはイスミちゃんの反応を窺っていたのっ。でもでもっ、真っ先に反応したのはライカっ。
「トーファリッタ、大樹の実って?」
「さあ? 伝承の意味まではファリッタも分からないよ?」
ファリッタはすぐに答えるよっ。落ち込んだ顔を見せるライカだけど、まだ魔法少女の話は途中だよっ。
「ただ、自然なる者が関わってるのは確かだねっ。伝承もそうだけど、イスミちゃんっ」
「はい」
「その様子なら、話せるみたいだねっ」
今のイスミちゃんは隠すつもりはないみたいだねっ。調べ終わるまで黙っていたことには、多分理由があるんだろうけど、そこまではファリッタには分からないよっ。
「わたしはイルナルヤ村の澄んだ湖から生まれました。自然なる者……分かりますか?」
みんなの表情を見れば答えは聞くまでもないねっ。イスミちゃんがこっちを見たから、ファリッタが説明するよっ。
「簡単に言うと、自然が生み出す神秘の存在だねっ。詳しいことは魔女の一族でも分かってないんだっ。人族はまだまだ若い種族だからねっ。でもでもっ、イスミちゃんがここにいるってことは、きっと何か意味があるはずだよっ」
「気になるね。ちょっと湖を見に行ってくるよ」
ライカはそう言って、すぐに家を出ていっちゃったよっ。伝承を聞いて気になったからにしては素早すぎる動きだねっ。やっぱりライカは何か知ってるねっ。
「お兄ちゃんが行くなら」
もちろんヒノカもお兄ちゃんについていくみたいっ。ファリッタはどうしようか迷うねっ。
「ファリッタさん」
そんなファリッタに、イスミちゃんが声をかけてきたよっ。
「わたしについてきてもらえますか?」
「了解だよっ。カラッドっ、お礼はまた今度ねっ」
「いや、だからお礼は……というか、今夜やるつもりだったのかよ」
呆れた顔のカラッドを促して、ファリッタたちは家を出るよっ。イスミちゃんはどこに行くのかな? 彼女はほんの少し歩いて、林とは反対の方向にファリッタをつれていくよっ。
カラッドもついてきたけど、こっちの方向は村への近道でもあるよっ。急な坂だし、急ぐ必要もないのにねっ。
「カラッド、あとは魔法少女に任せてよっ」
「いいのか? そろそろ月も……」
「魔法少女ファリッタは凄いからねっ。でも、もう遅いかなっ」
カラッドは首を傾げていたけど、叫び声を聞いてすぐに状況に気付いたみたいだねっ。
「狼か!」
「追い払わないとねっ」
「分かった。俺は一応、村に伝えてくる!」
林の中から聞こえてきた狼の声っ。聞こえてきたのは一匹だけど、気配は数匹だねっ。ライカやヒノカの方じゃなくて、ファリッタのお家に近づいて来るみたいっ。
リグルの影響も少しはあったのかもしれないけど、多分それだけじゃないねっ。ファリッタは右手のステッキを構えて、狼さんたちをお出迎えっ。
「ファリッタさん、危ないです。逃げましょう」
「ふふんっ、イスミちゃんは魔法少女が守ってあげるよっ。安心してっ、魂魄族を追い払うのはファリッタの魔法なら簡単簡単っ」
飛び出してきた狼さんは五匹っ。そこでファリッタは気付いたよっ。
「ん? あの子たち、いつもと違うねっ」
何か強い力の影響を受けてるみたいっ。さっきの伝承からすると、自然の力が乱れてるのかもっ。魔法も使えず知能も低い魂魄族っ。狼さんたちでも、自然の影響は受けるからねっ。むしろ、他の種族より自然に近いから、影響も強いはずだよっ。
狼さんたちはファリッタたちをゆっくり取り囲むよっ。普段のイルナルヤの狼さんなら、一匹くらいはファリッタに突撃してきたり、威嚇してきたりするのっ。人族と魂魄族っ。その魔法の力と知能の差を理解して、奇襲や見せかけでの対応だねっ。
それをしないってことは、狼さんたちが受けてる力は相当なものだよっ。種族の知能を上回るものといえば、自然そのものの影響しか考えられないねっ。
こんなになった狼さんたちを、いつものように追い払うのは難しいよっ。
「危ないです。わたしも、こんなことまでは……」
「うーん、どうしよう?」
ファリッタは少し考えて、イスミちゃんを見てみるよっ。彼女は狼さんに怯えているみたいだけど、襲われそうだからという怯えじゃないみたいっ。
「うんっ、仕方ないね」
ファリッタは決断するよっ。魂魄族は繁殖力が高いから、五匹なら大丈夫だよねっ。お肉の処理がちょっと大変だけど、村のみんなに配ればこっちも大丈夫っ。
「狩りは魔法少女の趣味じゃないけどっ、生きるためだよっ。ごめんね狼さんっ」
「え? あの、逃げないんですか?」
驚いた声のイスミちゃんに、ファリッタは笑顔で振り向くよっ。凄く心配そうな顔をしているけど、ファリッタなら大丈夫っ。
ファリッタは狼さんに向けて、ステッキをびしっと突き出すよっ。
「とりあえず、丸焼きっ!」
ステッキから放たれるのは、狼一匹をまるごと焼いちゃう熱い炎っ。
落ちてた大樹の枝を削って、握り手には魔法の力をよく通すレコラリルムっ。普通の杖よりちょっと重いけど、魔法少女ファリッタの大事な道具っ。扱えないわけがないよっ。
距離があるから狼さんたちは散開っ。ファリッタ目がけて突撃してくるけど、ファリッタは構わずに炎を出し続けるよっ。ファリッタの魔力を増幅した炎は、とっても凄いんだからっ。逃げられないよっ。
「まずは一匹っ、それから……きゃっ」
狼さんに炎が命中っ。と思ったら、横から飛び出してきた狼さんがファリッタの右手に体当たりをしてきたよっ。
力が抜けて放り出されたステッキを、他の狼さんがくわえて持っていっちゃったっ。
「ファリッタさんっ」
残った三匹の狼さんが、ファリッタ目がけて突進っ。
「もうっ。ずるいよ狼さんっ」
魔法少女ファリッタ大ピンチっ。イスミちゃんにはそう見えてるみたいだけど、まとめて来てくれるのはファリッタにとっても都合がいいねっ。
ファリッタは懐から木製の小剣を抜いて、構えるよっ。本来は加工用だし、可愛さと派手さに欠けるから使いたくなかったけど、ファリッタも負けられないからねっ。
「狼さんっ。君たちが悪いんだよっ。星の刃で、心臓突いちゃうんだからっ」
ファリッタは小剣を振って、軽く突いてみるよっ。小剣の先から三本の煌めく刃が伸びていって、狼さんたちに命中っ。狙いも完璧で、狼さんたちは沈黙したよっ。
「鍛冶屋の娘、舐めないでよねっ」
大樹の枝を湖に浸して、力を高めたファリッタ特製の魔法剣っ。母上と父上から教わって作った、ファリッタ専用のものだよっ。
残った一匹の狼さんには、小剣の先端から魔法を一発っ。光の鎌で狼さんを引き寄せて、首を落としてステッキを取り戻しちゃうよっ。
「おしまいっ。イスミちゃん、終わったよっ」
笑顔で振り向くと、イスミちゃんはファリッタを驚いた顔で見ていたよっ。
「ファリッタさん、凄いんですね」
それから、ファリッタの傍で倒れた狼さんの死体を見て、さらに尋ねてくるよっ。
「捌いたんですか?」
「捌かないと食べられないよっ」
狼さんのお肉も全部食べられるわけじゃないからねっ。倒すついでに捌けるなら捌いておかないとだよっ。
「……どうしましょう。ええと、その……」
イスミちゃんは困った顔で視線を彷徨わせていたよっ。可愛く決められなかったけど、魔法少女ファリッタの大活躍っ。彼女にとっては、予想外の展開だったみたいだねっ。
それからしばらくしても、ライカとヒノカは戻って来なかったよっ。何があったのかは分からないけど、多分そのまま二人の家に帰っちゃったんだねっ。
その代わりに、ファリッタのお家にお客さんが一人来たよっ。
「こんばんはー。狼さんは何匹?」
「五匹だよっ」
やってきたのは琥珀の瞳のタヤナさんっ。
「了解。それにしても、いつもながら手早い仕事ねー。可憐な魔法少女らしくないけど」
「むう。気にしてるのにっ」
「あはは、ごめんごめん。でも、ちょうど良かったでしょ?」
ファリッタは頷くよっ。カラッドから聞いてすぐに来てくれた、行商人のタヤナさんっ。狼さんのお肉は新鮮なうちにっ。丸焼きにした一匹はファリッタのお家で食べるけど、残りは彼女に売って引き取ってもらうよっ。イルナルヤの人は狼肉をあまり食べないからねっ。
「タヤナ。どうしましょう」
「あれ、あたしのこと知ってるの?」
「当然です。どうしましょう」
イスミちゃんは困った表情のまま、淡々とタヤナさんに声をかけてたよっ。ファリッタもタヤナさんを見ると、彼女はもっと困った顔で肩をすくめたよっ。
「引き取るのは四匹ね。お金は出せるけど、あたしも明日出発だから、それまでトーファリッタの魔法で保存しといてくれる? できれば……」
「うんっ。三日でいいよねっ。それ以上はファリッタも大変だし、銅貨一枚追加だよっ」
「ん。それじゃ三日で、商談成立!」
無事にお肉の行方が決まったところで、しばし黙っていたイスミちゃんが声を発したよっ。
「どうしましょう。タヤナ。今回は予想外のことが二つもありました」
「そうなの? というか、あたしに相談されても困るんだけど?」
「タヤナに相談するのは当然です」
不思議な会話だねっ。イスミちゃんはタヤナさんのことを知っていて、タヤナさんはイスミちゃんを知らないっ。タヤナさんが記憶喪失、ってわけでもないのにねっ。
「イスミちゃんっ。ファリッタも手伝うよっ」
「ええと、それはその、わたしからは言いにくいというか、まだ早いというか……不確定要素を確認してからじゃないと、終わらなくなるかもしれなくて」
要領を得ない答えだけど、要はまだファリッタには全部話せないってことだねっ。
「タヤナさんっ。どうするの?」
「あたしこそ、どうしようだよ!」
みんなが困ったこの状況っ。魔法少女として華麗に解決してあげたいけど、情報不足じゃファリッタも動けないよっ。でもでもっ、言うべきことは言わないとねっ。
「イスミちゃんっ、ファリッタにできることは本当に何もない?」
ファリッタが聞くと、イスミちゃんはファリッタの方を見たよっ。
「今はないです。時間もないですし、でも……」
イスミちゃんは丸焼きの狼さんや、他の狼さんだったものを見てから、言葉を続けるよっ。
「そのときは、またお願いできますか?」
真剣な目でファリッタを見つめるイスミちゃんっ。彼女が何を求めているのかははっきり分からないけど、女の子の頼みは断れないねっ。
「うんっ。任せてよっ」
ファリッタは笑顔で、大きく頷いたよっ。返ってくるイスミちゃんも笑顔っ。タヤナさんは困った顔をしてたけど、微笑みも浮かべていたよっ。
それから懐から何枚かの銀貨を取り出して、ファリッタに手渡しっ。
「それじゃ、はい。あたしはスーミゥのところに戻るから、また明日ねー」
「また明日っ」
「スーミゥ?」
イスミちゃんは疑問を口にしたよっ。名前そのものというより、名前が出てきたことに対する驚きみたいだねっ。
「イルナルヤに宿はないからねっ。タヤナさんが滞在するときは誰かの家に泊まることが多いんだよっ」
「ああ、そういえば……わかりました」
イスミちゃんが何を分かったのかまでは、ファリッタもさすがに分からないよっ。
「あの、ついていってもいいですか?」
「え? あたしはいいけど……」
タヤナさんはファリッタの方を見たよっ。イスミちゃんのことを話すのは時間がかかっちゃうから、ファリッタは笑顔で頷くのっ。
「そ、だったらいいよー」
「トーファリッタさん、今日はありがとうございました」
イスミちゃんはファリッタにお礼を言ったよっ。タヤナさんと一緒に離れていくイスミちゃんを見送って、ファリッタは手早く狼さんの新鮮なお肉の処理をするよっ。ファリッタの魔法なら一晩くらい外に置いても大丈夫っ。
月が出てからまだ少し、ファリッタも眠くなってきたよっ。いつもよりちょっと早い気がするけど、今日は色々あったから多分疲れたんだねっ。このままベッドに倒れ込もうかと思ったけど、優秀な魔法少女ファリッタはそこで気付くよっ。
この眠気は普通の眠気じゃないねっ。でもでもっ、だからこそ抗えない眠気っ。ファリッタはベッドに辿り着く前に、その眠気に負けちゃったよっ。くーくー。