Sister's Tentacle 11

九本目 四天王の妹が震えた


 四の月三の週七の日。コーヴィア一行が古代遺跡に向かって野宿していたのと時を同じくして、セントレスト北の小さな遺跡に四天王が集っていた。

 古典的な罠は解除し、擬似魔法の罠のない安全な遺跡。人目につかずに作戦を立てられる、大陸にいくつかある彼らの拠点の一つである。

「今回はすぐに集まったようだな」

 遺跡の中の大きな部屋。四天王リーダーのロゼックが、二人の少女――ミレナとスースエルを前に口を開く。リッセはロゼックの隣に控え、黙って三人の会話を聞く。

「あら、いつもは集まらないみたいな言い方を致しますね」

「この前の情報交換には三の月を丸ごと費やした」

「そんなこともありましたわね。それより、リッセさんを少しお借りしても?」

「今回の話が終わったら好きにするといい。妹が許可するかどうかは知らないがな」

「愚かな兄さん、さっさと話を進めてください」

「ふ、そうしよう。ミレナ、スースエル。貴様たちが出会った女王の娘のことは覚えてるな?」

「当然です」

「マセリヤさんが近くにいらっしゃるのですね? でしたら、早速襲いにいきますわ!」

「少し待つといい。貴様たちと俺たちの出会った女王の子たちが、セントレストにいる情報を得たのは事実だ。何があったのかは知らないが、それなりに仲良くしている様子だ」

 情報収集の担当はリッセ。軽めの精神支配で旅人から情報を引き出して、記憶を残さずに解放する。

「なるほど。今回集めたのは、決戦を致すための作戦会議なのですね」

「その通りだ。彼らは現在、四本の剣を持っている」

「あら、四本ですか?」

「不思議ですわね」

「事情は知らないが、氷海の女王から剣を受け取ったらしい。東大陸の三本を除くと、残るは遊撃の女王の一本のみ」

 ロゼックはリッセ、ミレナ、スースエルの三人を順番に見てから、再び口を開く。

「そこで四天王のリーダーとして、貴様たちに問おう。セントレストの彼らとの決着はつけねばならん。しかし、破砕の剣の適応者が増えたなら、戦力的に不安が残るのも事実。それでも挑むか、こちらも準備を整えるか。どちらを選ぶ?」

「いつもながら、強制は致さないのですね?」

 小首を傾げるミレナに、ロゼックは微笑みを返す。

「準備を整える……ふふ、その言葉、どのような意味かお尋ねしてもよろしくて?」

「想像する通りだ。成功するかどうかはわからないが、いずれ辿らねばいけない道。順番が前後しても問題はなかろう?」

「面白いですわね。居場所はわかっていらして?」

「ある程度の動きは予測済みです。おそらく、そろそろこの近辺に」

「ちなみにセントレストのやつらは急ぐことはない。別に、まとめてやる必要はないからな。しかし……」

「仮に力を示して受け取るとすれば、四人いても足りないですわね」

 スースエルは少しだけ真面目な顔をして言った。

「さて、どうする?」

 質問が終わったのを見て、ロゼックは改めて問う。

「準備を整えると致しましょう」

「私もそちらを選びますわ」

 ミレナとスースエルの意見を聞いて、ロゼックは小さく頷いてから妹の方を見る。

「二人の意見は一致したようだ。リッセは?」

「同意します」

「ならば、俺も異存はない。リッセ、予測について詳しく頼む」

「はい」

 ロゼックが一歩下がり、代わりに一歩前に出たリッセ。彼女は目標と定めた相手、遊撃の女王ユイキィの情報について話し始める。

 ミレナやスースエルの意見をまとめるのは、四天王のリーダーであるロゼックの役目。彼がリーダーであるのは、決して実力で優れているからではない。戦闘能力という点でいえば、四人の中でロゼックが一番下だ。

 そんな彼がリーダーを務める理由は一つ。性格に癖のある彼女たちを、上手く制御できるからに他ならない。彼がいなければこの四人が協力することはなかっただろう。

 主にその手腕はミレナとスースエルの両名を、仲間に引き入れるときに発揮され、それ以降もときたま発揮されている。とはいえ、彼が二人の心を掌握しているわけではなく、その関係は協力関係の域を出てはいない。

「話は終わりました。移動します」

「よし。ではそうしよう」

 ユイキィの目撃情報は現在、セントレストの北に集中していた。彼らは遺跡を出て、固まって移動する。遊撃の女王の目的は、震電の剣を扱える者を探すこと。ロゼック、ミレナ、スースエルの三人は既に剣を持っているので、彼女から接近してくる可能性があるのはリッセ一人。

 潜伏、そして俊足の女王に対して、こちらから探すというのは利口な策ではない。ゆっくり探せるのは、剣が十本揃い、他の問題が全て排除されてからだ。

 勝率という点でいえば、剣の本数に差があるコーヴィアたちを相手にした方が遥かに高い。女王の実力がどれほどのものか、知らない者は彼らの中には一人としていない。しかし勝てずとも、強敵との戦いは自らを高めることに繋がる。

 セントレストの遠く北方にはスースエルの故郷である峡谷があるが、そこまでは平原や丘、他に遺跡や小さな村々が広がるだけ。

 ユイキィはそれらの村を転々として、震電の剣の適応者を探しつつ、見所のある若者には剣を教え、実力を試そうと挑んでくる者は剣技のみで打ち倒し、相変わらず女王として宿屋には恐れられている。

「リッセ、有力な場所はどこだ?」

「愚かな兄ですね。それくらい自分の頭で考えてください」

「ふむ……」

 歩く速度を緩めて、数秒ほど考えてみるロゼック。

「わからん」

「当たり前です。遊撃の女王は神出鬼没、ただ……」

「ただ?」

「一度訪れた村に、短期間で再び訪れる可能性は低い。愚かな兄といえ、周辺の地図は頭に入っていますね。集めた情報を一つ一つ報告します」

「消去法というわけか。頼んだぞ、リッセ」

「……ここから北西、半日ほどで到着する中くらいの村です」

「む?」

 直接目的地を示されて、ロゼックは呆気にとられた顔をする。リッセは表情を変えずに兄の姿を見て、言葉を付け加える。

「場所は既に特定しています。そんなに考えたかったですか?」

「そうか、ならばさっさと向かうとしよう」

 ロゼックとリッセ。二人の兄妹の会話を、後ろからミレナとスースエルが眺める。初めて出会ったときから、この兄妹はいつもこの調子である。

「仲が良くて羨ましいですわね。ミレナさん、私たちも仲良くしませんこと? そう、たとえばそのあたりの草むらで!」

「遠慮致します。あなたも、相変わらずのご様子で」

 ミレナとスースエル。同じく四天王に属する身ではあるが、単独行動が主のため会話をする機会は少ない。だが二人とも気は合うようで、共同でとある作戦を実行したときの成果はロゼックやリッセの予想を遥かに超えていた。

「ところでリッセさん、女王は何か?」

 会話が一段落したのを見計らって、ミレナが尋ねる。女王とは遊撃の女王のことではなく、意識の女王のこと。四天王のリーダーはロゼック。だが、四天王を束ねるのは兄妹の母である、意識の女王スィーキアだ。

「特には。東大陸に乗り込む際は相談を、と言っていたくらいです」

「俺たちの指揮権は一応、母にあるのだがな」

 しかしその母が直接指揮することはないので、代理であるロゼックとリッセの兄妹が実質的な四天王の指揮官である。

「女王の余裕といったところですわね」

「私としては気楽で良いのですが」

「否定はしないな」

 女王は不老であり、今の人間はかつて神々を倒したほどの力を持たない。神の力を受け継ぐ十一本の剣を集めて、人間を完全に支配し管理する。その復讐を果たすための時間はたっぷりとある。

 仮にロゼックやリッセが失敗したとしても、また時間をかけてやり直せばいい。自身の目的を伝えた際、やりたくないのならやらなくてもいいと兄妹に伝えたほどである。

 ロゼックやリッセが動いているのも、自分がそうしたいから。兄のロゼックはやたらと感化されて復讐を胸に誓っているが、単純に彼がそういう気質なだけで、スィーキアがそうなるように育てたわけではない。

 リッセはリッセで、人間を支配し管理するのは自分にとっても得になるから従うだけ。ミレナやスースエルにしても似たような動機である。

 しばらくしてロゼック一行は目的地に到着した。

「そこの村人、少しいいか?」

 ロゼックはたまたま見かけた村人に、遊撃の女王がまだ来ていないことを確認する。最近噂になっていたこともあってか、名前を出しただけで答えは返ってきた。

 中くらいの村ということもあってか、一応の宿はあったので彼らはそこに泊まる。ユイキィを待つためには宿屋を拠点とするのが一番だ。多少目立つことにはなるが、今回はその方が都合がいい。

 そしてその村に遊撃の女王が現れたのは、翌日のことだった。

「リッセの予想通りだな」

「運が良かっただけです」

 平然とした様子でそう答えるリッセ。確かにこの村が最有力ではあったが、他にも訪れていない村はいくつかある。場所が合っていても一日、二日の差で入れ違いになる可能性もあった。

「神の残滓たる女王の血と、神の力を宿す剣。それらが惹かれあうといったところか」

「運命に導かれた旅路、存分に楽しむと致しましょう」

 ユイキィの登場に騒ぎになっている村を歩き、ロゼック一行は女王の姿を探す。ユイキィが村に到着したのはつい先ほど。得意の潜伏と俊足を利用して広い村を見て回っているらしく、場所は特定できない。

 宿屋で待機するというのも手だが、ユイキィが宿に向かうのは決まって夕方。黙って何時間も待っているよりは、こちらから探しに出た方が早い。

 程なくして遊撃の女王の姿を捉えたロゼックは、他の三人を待機させて一人で近づいていく。長身の女王の周囲に人間の姿はない。

「貴様がユイキィだな」

 ロゼックに後ろから声をかけられて、ユイキィが振り向く。

「おや、少年。私に迷わず声をかけるとは、なかなか……ん?」

 ユイキィは彼の腰に添えられた剣を見て、そのまま視線は後方に待機する三人に。一瞬で姿を消してリッセたちの側に現れ、彼女たちをざっと眺めてから再びロゼックの前に戻ってきた。

「場所を移そうか、スィーキアの子よ。それがお望みだろう?」

「ああ」

 ロゼックは頷いて後ろの三人に合図を送ると、移動するユイキィについていく。彼女が向かったのは村から離れたところにある草原。途中に林があるため、ここなら村人の目を気にすることなく落ち着いて話ができる。

「さて、少年たちの目的は何かな?」

「貴様の持つ震電の剣を渡してもらいたい」

「ふ、この剣の適応者がいるなら、私はいつでも譲ろう。だが、そうでない場合は渡す気はない。その場合、君たちはどうするつもりだい?」

「決まっている。戦って勝ち取る。俺たちの総力をあげてな」

「ほう。女王に挑むか。面白い、気に入ったぞ少年」

 ユイキィは微笑んで、腰から震電の剣を抜いてみせる。

「まあ、それはそれとしてだ。まず少年から試してみるといい。次はそちらの少女たちにも試してもらおう。もっとも、ルカイの子やクーファの子、そして少年には望みが薄いだろうがな」

 その言葉通り、ロゼック、ミレナ、スースエルの三人が震電の剣に触れても何も感じることはなかった。そして最後にリッセが剣を手にとる。

「少女よ、どうかな?」

「そう、ですね……」

 リッセは軽く剣を振ってみせる。刃が抜けた空気は震えるように裂かれ、かすかに電撃が空に散った。

「こんな感じでいかがでしょう」

「ほう、これは……面白いな」

 震電の剣に秘められた神の力。それを初めて目にしたユイキィは笑みを浮かべる。

「よし、確認がとれたところで、少年たちの力を見せてもらうとしようか」

「待て、なぜその必要がある?」

「スィーキアの目的は私も知っている」

「認めるわけにはいかない、そういうわけか」

 樹木の剣に手をかけたロゼックに、ユイキィはゆっくりと首を横に振る。

「せっかちだな少年。確かに、彼女が直接動けば私も対立するかもしれない。しかし、君たちが動いているだけなら咎めはせんさ」

「ならば……」

「ただ、こうして適応者が見つかってみると、すんなり渡すのは寂しくてな。それなりの試練を与えてみるのも一興かと思ったのだ。弱き者に与えて、あっさり失くされては困るからな」

「そんなものに俺たちが付き合う道理はないな」

「少年の意見は聞いた。少女たちはどうかな?」

 ユイキィはリッセ、ミレナ、スースエルの三人に視線を向ける。

「遊撃の女王とお相手致せる機会をみすみす逃すなど、やめていただきたいですね。強者との戦いは私の望み。ロゼックさんは下がっていても構わないですよ」

「私も手を貸しましょう。女王の肢体を私のものに……できるのはまだまだ先ですが、力の差は一度確かめておきたいですわ」

「戦いに備えて、力を高めるのは有用と判断します。遊撃の女王相手に、二対一では勝負にならないでしょうから、私も参加します」

 三人の意見を聞いてから、ユイキィは微笑とともに再びロゼックを見る。

「貴様たちがやりたいのなら、勝手にするがいい」

 ロゼックは諦めたようにそう言うと、ゆっくりと後方に退いていった。

「では、この剣は一旦お返しします」

「私はなくても構わないが、少女よ、武器はどうする?」

「問題ないです。愚かな兄さん、お願いします」

「任せておけ」

 ロゼックは樹木の剣を地面に突き立てて、小さな樹木を成長させる。成長した木の先端は硬く鋭い剣となって、彼は大剣でその根元を払い剣を分離する。

「リッセ!」

「感謝します」

 樹木の剣から生み出された、木の剣。武器としてはさほど強くはないが、安物の剣よりは遥かに優れた武器で、ロゼックが再び力を注げば再生するので耐久力は抜群。

 リッセは木の剣を、ミレナは短剣――暗闇の剣を、スースエルは曲剣――光華の剣を構え、対峙する遊撃の女王、ユイキィは震電の剣を構える。

「準備はできたようだな。三対一、私も力を存分に使わせてもらう。全力でかかってくるがいい!」

 構えた姿勢のまま動かないユイキィに、少女たちは距離をとったまま剣の力を扱う。潜伏と俊足という女王の力に加え、剣術にも優れる相手に対して、仕掛けもなしに動いては一撃を当てることさえ叶わない。

「光よ、疾風よりも速い彼の者を止める枷を。エンジェルボム!」

 何本もの光のリングを纏った光の球体を、剣で示した先に飛ばしていくスースエル。球体には大きな力が収束されており、リングに触れた途端に炸裂して、触れた者を敵味方問わずに襲う。

「ふふ、それで終わりではあるまい?」

 この技の主な用途は、逃げる敵を追いつめたり、待ち伏せして罠として仕掛けたりするといったもの。三対一を活かすことで、普通の相手なら有効に活用することもできるが、ユイキィには通じない。

「当然です。闇よ、彼女の視界を塞ぎなさい」

 ミレナの突き付けた短剣の先から闇が走り、ユイキィの視界を奪っていく。狙って当てるのが難しい技だが、当たったときの効果は非常に高い。

「行きます」

 準備が整ったところで、仕掛けられたエンジェルボムを避けながらリッセが接近する。視界を闇に包まれたユイキィに正面から近づいて、大きく剣を横に振る。

「ふ、甘いぞ、少女よ」

 ユイキィは一歩退いて、悠々と剣を回避する。足音に呼吸の音、じっと相手の動きに集中していれば、彼女ほどの実力者なら避けるのは簡単だ。

「狙い通りです」

 リッセの言葉に、微笑んで見せるユイキィ。

「それを含めて、甘いのさ」

 大振りな連撃を回避しながら移動するユイキィ。彼女は剣を避けるだけでなく、仕掛けられたエンジェルボムも的確に回避していた。

「あれだけ大きな力の塊、視界を塞がれたとて肌でわかる」

「でしたら、これはどうです?」

 スースエルはエンジェルボムに触れない程度の高さまで浮遊し、安全に接近しつつ曲剣を下から上に大きく振る。

「エンジェルカッター!」

 光速で飛び抜ける光の刃がユイキィの側面を狙う。回避をすれば、そこに待ち受けるのは光の爆弾。

「弱い!」

 遊撃の女王は剣を一振りしただけでその刃を切り裂き、ついでに近くにあった爆弾をも破壊した。光の爆発が襲いかかるよりも速く女王は姿を消し、再び現れたのは一番遠くにいるミレナの背後だった。

 ミレナは動じることなく、振り向きざまに短剣を振って、女王の突き出した波立つ剣を受け止める。女王の力を考えると、死角からの攻撃は常に想定している。

 振り返ったミレナは笑顔を見せたが、それも一瞬。ユイキィの目がはっきりと彼女を見つめている事に気付き、驚愕の表情を浮かべた。

「そんな」

「ついでに闇も払わせてもらった。確かにあれは有効だが、女王に対して長時間効果を発揮し続けられるとは思わないことだ」

「なら、次の手を使うと致すまでです」

 ぶつかりあった二本の剣の間から闇が噴出し、二人の姿を覆っていく。闇は薄く視界を奪う力は弱いが、それでも十分にミレナにとって有利な環境となる。

 闇に紛れて連続攻撃を仕掛けるミレナ。その攻撃を軽くいなしながら、ユイキィは距離をとって闇からの離脱を図る。

「面白い。が、潜伏は私も得意技だ」

 後方、側面、様々な方向から襲いかかる一撃を、全て余裕で防いでいく。自らが得意とする戦法。その特性は彼女もよく理解している。

「でしょうね。ですが、時間は稼げました」

 ミレナは闇を払う。払われた闇の中から一筋の光が伸びて、女王の体を狙う。

「エンジェルウィップ。捕らえましたわ!」

 光が曲がり、何周もして女王の体を縛りつける。闇の中から突如現れたもう一人の相手に、ユイキィも回避が間に合わなかった。

「そこから出てくるとは、意外だったな」

「そこです」

 そして女王の背後。忍び寄っていたリッセが木の剣を振り抜く。光の鞭ごと一気に振られた剣は遊撃の女王の体に触れる――直前、女王の体が消えた。

「む」

 リッセが微かに眉をひそめる。振った剣は空を切り、手応えは感じない。

「遅い。鞭ごと斬ろうとしたのが間違いだったな、少女よ」

 背後に現れた気配に咄嗟に剣を向けるリッセだったが、ユイキィから飛んできたのは剣ではなく蹴りの一撃。足元を崩され、リッセは剣を振り抜けない。

「おっと、そちらの少女たちも、油断している暇はないぞ」

 僅かに驚いた隙を逃さず、ユイキィはミレナとスースエルにも足払いを決める。浮遊しているスースエルはバランスを崩さなかったが、蹴りの威力も高く痛みは残り、ユイキィは一瞬で姿を消したため反撃に転じる時間はなかった。

「休ませはせん!」

 ようやくバランスを整えたリッセに襲いかかるユイキィ。真っ正面からの攻撃に、リッセは冷静に対処していたが、受けるので精一杯。反撃の隙は見えなかった。

「三対一なのをお忘れ致したのですか?」

「逃げ道は塞ぎましたわ」

 側面からミレナが襲いかかり、彼女が逃げる場所にはスースエルが待ち構える。

「逃げ道? 甘いぞ、少女たちよ」

 襲いかかる二人に、ユイキィは蹴りと剣の連撃を叩き込む。

「ふっ、はあっ!」

 声とともに放たれた重い二撃。短剣が届くよりも早くその蹴りはミレナの体を吹き飛ばし、攻撃を受けるリッセの木の剣は波立つ剣により真っ二つに折られた。

「次!」

 スースエルは構えて後方、側面、上空、様々な方向に注意を配る。しかし、どこにもユイキィの姿は現れなかった。

「一体どこに……ぐっ」

 鋭い蹴りの一撃が放たれたのと、ユイキィが姿を現したのはほぼ同時。衝撃を受けて吹き飛ぶスースエルに、上空からユイキィが剣を振り下ろす。

「く、させませんわ!」

 咄嗟に曲剣を構えて防御するスースエル。空中に浮遊する彼女なら崩れた体勢でもある程度の力は発揮できるが、剣は守りのための武器ではない。一撃の重さに耐え切れず、彼女の体は地面に叩き伏せられた。

「さあ、私の力はこの程度ではないぞ。少年、君も参戦するか?」

「断る。ここで怪我はしたくない」

「それくらいの手加減はするさ。まあいい、少女たちもまだやる気のようだからな」

 リッセ、ミレナ、スースエルの三人は会話している間に立ち上がっていた。折れた木の剣はロゼックの力ですぐに修復され、再度戦う準備は万全だ。

「面白いですわ。本当に、面白いですわ!」

「今度は油断致しません。お二人とも、行きますよ」

「はい。私たちも、この程度ではないということを教えます」

「その意気だ。さあ、いつでもくるといい!」

 それから、すっかり辺りが暗くなるまで女王と少女たちの戦いは続いた。結局、少女たちは女王に一撃も加えることはできず、完全に敗北したのだが、何度か攻撃をかすらせることができたのは女王も褒めていた。

「力は十分に見せてもらった。では、これを渡そう」

「ありがたく頂戴します」

 リッセは鞘に収まった震電の剣を受け取ると、そっと腰に添えてみせた。彼女も疲労しているが、薄緑のレース服から覗く白い肌には傷一つついていない。

 それは他の二人――ミレナとスースエルも同じ。遊撃の女王ユイキィが手加減していたのもあるが、怪我をさせないようにロゼックが樹木の剣の力で守っていたのも大きい。おかげで直接戦闘していないロゼックも疲れたが、少女たちに比べれば遥かに元気だ。

「ユイキィ、貴様はこれからどうするんだ?」

「そうだな、目的は果たした。一旦道場に戻って趣味に没頭する予定だが……なんだ、少年も熱い戦いを見て、稽古をつけてほしくなったか?」

「冗談ではない。ともかく、暇なのだな。ならば頼みがある」

 ロゼックは稽古の誘いを即座に否定して、話を進めた。

「少年よ、私がつけるのは剣の稽古だけだぞ」

「詳しくは宿で話す。今晩は泊まっていくのだろう?」

 からかうようなユイキィの言葉を無視して、ロゼックは言った。

「リッセ、ミレナ、スースエル。帰るぞ。辛いなら運んでやる、さっさと決めろ」

 ミレナとスースエルはその申し出を受け、リッセだけは断って自分の足で帰路につく。無理をしているなら強引に運ぶところだが、妹がまだ余力を残していることを兄である彼はよく理解していた。

 ロゼックは樹木を成長させてミレナとスースエルを支えて、先頭に並ぶユイキィとリッセのあとに続く。頭の中では宿での頼み事について、色々と考えを巡らせながら。


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