寒季が終わり、暖季の始まり。四の月三の週六の日。兄妹がグレストスから旅立ち、セントレストに到着してから数日が経過していた。装備や食糧を整え、英気を養って、やるべきことはただひとつ。
「よし、今度こそ突破するぞ!」
「いいけど、少し不安」
目的地は前回突破できなかった大きな古代遺跡。粘液の剣の力を使いこなせるようになったコーヴィアなら、あの壁を壊すことも少々時間はかかるが難しくない。
しかしそれ以降もどれほどの罠が待ち受けているのかわからない。壁が自動で復活するのなら稼げる時間も増えるから、更に上にも強力な擬似魔法がある可能性が高い。それもおそらくは、今まで以上の強敵が。
かつての神の力を持ってして突破できる壁の先にいる敵が、他の擬似魔法と同じ強さのはずがない。
「自信がないのか? 俺は自信たっぷりだぜ!」
「お兄ちゃんが自信過剰で突っ走らないか不安」
強いといっても所詮は術者のいない擬似魔法。戦闘ならユィニーが負けることはない。しかし、突出したコーヴィアを守りながらとなると、思わぬ苦戦を強いられるかもしれない。
意気揚々と早足で宿を出るコーヴィアの後ろを、ユィニーはゆっくりと歩いてついていく。そうすれば兄は妹に速度を合わせてくれるので、少しは安心だ。
「やあ、君たち。これからお出かけかい?」
「やっぱり、今日も遺跡探索?」
町の中心の喫茶店。カフェテラスからの声が、兄妹を呼びとめた。
「ああ、今日は大仕事だ!」
軽い朝食をとっている二人の少女――リリファとマセリヤに、コーヴィアは大きな声で答える。テンションの上がり具合にユィニーはまた不安を強める。
「ほう。よければ、私たちも手伝うよ。君たちとは色々と情報交換もしたいところだ」
「もうすぐ終わるから、ちょっと待ってもらえる?」
「ふむ……よし、そうしよう」
時間が惜しいと一瞬思うコーヴィアだったが、冷静に考え直して提案に承諾する。遺跡探索に協力してもらえるなら心強いし、探索時間も短くできる。擬似魔法という厄介な時間制限がある以上、探索時間の短縮はとても重要だ。
離れた古代遺跡へ向かうという兄妹の話を聞いて、リリファとマセリヤは一度宿に戻って準備を整えてから、町の出口付近で合流する。
距離があるので情報交換は歩きながら。兄妹は遺跡で出会ったロゼックとリッセの兄妹のこと。遊撃の女王ユイキィ、氷海の女王ヒヨと出会ったことを中心に。リリファとマセリヤはトフィン王国での出来事を中心に兄妹に話した。
「ユイキィにヒヨだって! 羨ましいな、君たちは」
「やっぱり、憧れるか?」
「当然だ。剣と氷、二人に稽古をつけてもらえれば、私はもっと強くなれる」
「震電の剣に破砕の剣。片方は、ユィニーが持ってるんだね」
「うん。預かってるだけだから、いつでもリリファにあげる」
「いや、それは遠慮しておこう。その剣は君を認めたのだ。いずれ力を貸してはもらうだろうが、剣をもらうわけにはいかない」
「予想はしてた」
剣士として反対されるとは思ってはいなかったが、受け取らないだろうという予想は見事に当たりだった。
「じゃあ、これで八本だね」
「順調すぎて怖いくらいだな。私の持つ氷結の剣。マセリヤの持つ天空の剣。コーヴィアの持つ粘液の剣に、ユィニーの持つ破砕の剣。すぐにでも力を貸してもらえるこちら側に四本」
「あとは、ロゼックの持つ樹木の剣。それと、ミレナの持つ闇夜の剣に、スースエルの持つ光華の剣か。目的から協力関係にあるみたいだし……」
「ああ。互いの願いが相容れない以上、屈服させて従わせるだけだな。人間を絶滅させるにせよ、支配するにせよ、そんなことをされては私が困ってしまう。なにせ、女王の血を消せば私も人間になるのだからな」
「私も手伝うよ。せっかく母上が長年かけて友好を築いたのに、そんなことされたら困るもの」
「俺もこれを失うと遺跡探索に支障が出る。降りかかる火の粉は払わせてもらうぜ」
「襲ってくるなら、返り討ちにする」
四人とも、それぞれの事情で避けられない戦いへの決意を表明する。
「そして遊撃の女王の持つ震電の剣だが……こちらの方が、厳しい戦いになりそうだな」
「がんばってねー」
「あいつは強いからな、気をつけろ」
「うん。女王は伊達じゃない」
剣の適応者を探しているユイキィから剣を受け取るには、適応者であると示すのが一番だが、氷結の剣の適応者であるリリファには難しい。一つの剣に対し、一人の適応者という明確な決まりがあるわけではないが、可能性はほぼないと言ってもいいだろう。
「剣士としての私が戦いたいだけで、戦わずに借りるという手もあるけれどね。一定以上の実力を示し、適応者探しを手伝えば、彼女の性格からして貸してくれそうだ」
「柔軟だね、リリファ。でも、あっちはそうもいかないでしょ?」
戦乱続く東大陸の三乳の女王。十一本の剣を集めるには、彼女たちの力も必要だ。
「情報はあるのか?」
「ああ、母から聞いている。残りの三本。一本は貧乳の女王ぺたもちの持つ灼熱の剣。もう一本は普乳の女王ふにりゃんの持つ水幻の剣。最後の一本、巨乳の女王ぱうっきゅの持つ地底の剣」
「当然、最初はぺたもち?」
「そうだな。貧乳の女王というからには、彼女も私と同じか、私以上の貧乳なのだろう。同じ貧乳同士仲良くなれるかもしれない……って、また君は!」
「巨乳を敵としての貧乳同盟だねー」
「大きさでいうなら、ユィニーやマセリヤも仲間に入れるな。どうかな、一緒に貧乳の女王との同盟を組むのは……って、真面目に頼めるかな?」
胸の話で盛り上がる三人の乙女の会話をコーヴィアは黙って聞いていた。そんな彼に、リリファが話を振る。
「おや、君はやらないのかい? 一度だけなら付き合うよ」
「やめとくぜ。結果は見えてるからな」
「つまらないな。君にはもう少し度胸があると思ったのだが」
「む……いいぜ、なら覚悟しとけ、貧乳剣士!」
「そうそう、私の胸は小さいから……って、酷い事を言うんだね君は。一度本気で戦って二度と逆らえないように力の差を見せつけてあげようか?」
「お兄ちゃん最低」
「ちょっと待て、俺はまだ始めてないぞ!」
想像以上に素早い反応に、コーヴィアは慌てて仕切り直しを提案する。
「いいけど、私が付き合うのは一度だけ。次は二度目になるけど、いいかい?」
「いきなり剣を抜きはしないな?」
「当たり前じゃないか。抜かなくても、色々と手はあるんだよ?」
それでも度胸がないと言われたのが気になっているのか、コーヴィアはどうするべきか悩んで口ごもる。そんな彼を見て、マセリヤが一言。
「あはは、コーヴィアは挑発に弱いねー」
「困りもの」
ユィニーも同調する。熱くなるのは構わないが、せめて時と場所を考えてほしい。
「ふふ。コーヴィアで遊ぶのはこれくらいにして、東大陸の問題は本当に大変だ。乗り込むなら、誰かの協力は欲しいところだね」
「私はちょっと難しいかな。一応、これでも王女様だから。条件が整えば別だけど」
少なくともこの大陸にある八本の剣が安定しない限りは、他の大陸まで様子を見にいくことはできない。戦乱の地に足を踏み入れたら、すぐに戻ってくるのは難しい。
「俺の条件も変わらねえ。付き合うのは残り一本になってからだ」
「私もお兄ちゃんの護衛だから。でも、お兄ちゃんが貧乳の敵だとわかった以上、考え直す余地はあるかも」
「ユィニーは悩んでないだろ。それに俺も、別に貧乳が嫌いってわけじゃないぜ。あれは単なる愛称みたいなもんだ」
先程の話題を引っぱりだすユィニーに、コーヴィアは真面目に答える。
「ほう。君は貧乳マニアだったのか。これは別の意味で気をつけないといけないな」
「貧乳大好きなコーヴィアに質問! 私も守備範囲?」
「あー、えっと、可愛いとは思うぞ、うん」
曖昧に受け流しながら、コーヴィアはユィニーを見る。困った顔の兄に助けを求められても、ユィニーは黙って微笑むだけだった。フォローしようと思えば簡単だが、そうすると遺跡のことを思い出してまた熱くなってしまう。熱くなりがちな兄を制御するのも、護衛としての、妹としての大事な役目である。
そんなこんなで、四の月三の週八の日。二日を野宿で過ごしてから、コーヴィア一行は無事に目的の古代遺跡に到着した。野宿の最中にも何度かコーヴィアで遊ばれることもあったが、次第に彼も慣れてきて、すぐに挑発に乗ることはなくなっていた。
「それじゃあ、俺についてきてくれ」
遺跡の入り口は正面にあるが、そこから入れるのは地下二階。兄妹で以前探索したときに見つけた一階への近道に、コーヴィアはリリファとマセリヤを案内する。
遺跡の裏にある壁に、コーヴィアは剣を振る。一撃で壊れた壁の先には広い部屋。
「ここから入れる。少し急いでくれ」
階段と壁しかない広い部屋。一行が侵入した壁は小さな擬似魔法によってゆっくりと修復されている。
「ほう。ここまでは探索済みというわけか」
「ああ。ここからは、以前は突破できなかった。が、今の俺なら!」
コーヴィアは階段から真っ直ぐ先に伸びた壁に、粘液を滴らせる。ある程度石を粘液で浸してから、剣で一突き。粘液の染み込んだ壁は一瞬で崩れ落ちた。
「それ、なかなか面白い使い方だね」
「ああ。時間はかかるが、それだけの価値はあるぜ」
コーヴィアを先頭に、広い廊下を突き進む。短い廊下に擬似魔法やその他の罠はなく、正面には壁があるだけ。迷わないようにコーヴィアは紙に簡単な地図を記載しながらゆっくりと前進する。
地下からだと擬似魔法との戦闘を考えて急ぎがちだが、一階から進入した彼らにその心配はない。あの部屋の外へと通じる壁は脱出口兼入り口であると同時に、力に任せて突破しようとする冒険者への罠としての意味もあるのだろう。
壁の前についたところで、コーヴィアは粘液の剣を抜く。再び先ほどと同じように粘液を滴らせようとした彼の横から、ユィニーの触手が伸びてきた。
「どうした、ユィニー?」
「お兄ちゃん遅いから」
「手伝ってくれるのは嬉しいが、どんな心境の変化だ?」
この前はやらないと言っていた妹に対して、コーヴィアは驚いた顔を見せる。
「何も。強いていうなら、装備の変化?」
触手が石の壁に触れただけで、厚く硬い石壁は一瞬で破砕される。
「壊したよ」
「……ああ、さすが、だな」
破砕の剣を使いこなせば、この程度の石壁を壊すのは造作もない。せっかく色々と工夫して、短時間で突破する手段を確立させたコーヴィアの、苦労が報われたのは先程の一回だけ。ややショックは受けたが、探索時間を早めるに越したことはない。
「じゃ、これからは頼むぜ」
「うん」
何枚もの壁に阻まれた遺跡の中を、コーヴィア一行は慎重に進んでいく。他に罠がある様子はなく、しばらくして階段が目の前に現れた。
「なるほど。となると、最短ルートは……ユィニー、念のために確認を頼む」
「了解」
兄に指示された壁を的確に壊していくユィニー。全ての壁が壊れた先には、一行が侵入してきた最初の部屋があった。
「読み通りだ。登ろう」
三人は頷いて、彼のあとに続いて階段を登っていく。
(探索の腕はだいぶ向上しているようだね)
リリファは微笑みながら、そんなことを思う。熱さは残っていながらも、探索する様子は冷静。今の彼なら、先頭を突っ走って罠にひっかかることは滅多にないだろう。
二階に到達した一行が辿り着いたのは小さな部屋。残るは二階層。
「ここも壁を……いや!」
正面の石の壁が、彼らが触れるまでもなく音を立てて崩れ去り、それらの石は人型の巨人となって再構成されていく。擬似魔法により生みだされた石巨人が二体。どちらも非常に硬そうな巨体であった。
「核を隠しているというわけか。面白いじゃないか」
「どうする? 私が剥いでもいいけど……」
「それには及ばない」
ユィニーが伸ばした触手は二体の石巨人の腹部に触れて、一瞬で装甲を破壊する。砕けた先にはさらなる石の壁と、土の塊があった。擬似魔法の土であることはわかったが、どうやら核ではないようだ。
触手を抜いてすぐに崩れた石は修復されて、巨体は元の姿を取り戻す。
「核を潰さねばすぐに修復される。ますます面白い。どうかな君たち。一体は私とコーヴィアに任せてもらえないか?」
「じゃ、もう一体は任せて」
「さっさと倒しちゃおう!」
二手に分かれて、それぞれの石巨人の前に立ちはだかる。
「コーヴィア、君の粘液を腹部に集中させてくれ。あとは、私が一気に仕留める」
「それくらいなら御安い御用だ!」
巨体の動きは遅い。コーヴィアは攻撃を回避しながら、言われた通りに粘液を飛ばして石巨人の腹部を粘液まみれにする。
「準備はいいぜ!」
「こちらも整っている。下がって!」
リリファは氷を纏わせた刺突剣をタクトのように操る。二拍子に合わせて形成された小さな氷の種は、粘液で脆くなった石を貫きながら、巨人の体内に潜り込む。
「さあ、咲くといい。氷の花よ」
指揮が止まったのと同時、氷の種は一気に育って花開き、石巨人の全身を凍りつかせていく。体内のどこに核があろうと、問答無用にすべてを凍らせる、氷結花。石巨人の巨体は崩れ去り、そこに残るのはただの瓦礫だけだった。
「竜巻よ、吹き飛ばしちゃって!」
「涼しくて気持ちいい」
もう一方の石巨人は、ユィニーとマセリヤのコンビに翻弄されていた。破砕の剣の力で壊された石を、天空の剣の力で増幅した魔法の竜巻が吹き飛ばしていく。修復も間に合わずに土の塊が露になり、核が無防備になるまで時間はかからなかった。
「そこっ!」
「えい」
追い風とともに舞うように、細剣で核を斬るマセリヤ。それに合わせて、先端を鋭い槍のようにしたユィニーの触手が核を貫く。
風が収まると、粉々になった石の破片は部屋の隅に固まって落ちていった。呼吸が苦しくならないように、最後に少しだけ制御した結果である。
「あんたらと一緒に来て良かったぜ。ありがとな」
兄妹だけでも倒せない相手ではないが、二人ではこんなに短時間で二体を倒すことはできなかっただろう。
「感謝は手伝いという形でお願いしたいね。残り三本くらいまで条件を緩和してもらえると私としては非常にありがたい」
「どういたしまして。私も珍しいものが見られて楽しかったよ。こういうのばかりだったら、私も遺跡探索してみようかなー」
笑顔で応えるリリファとマセリヤに、コーヴィアも笑顔を返す。しかしそれも一瞬。コーヴィアは真面目な顔に戻して、壁の崩れた小部屋の先を見据える。
「これだけの守りの先、何があるのか気になるが……まずは罠に集中だ。浮かれるのはまだ早いぜ!」
自戒しながらも、思わず頬が緩んでしまうコーヴィア。
「頬、緩んでる」
ぱしーんという高い音を立てて、コーヴィアの頬に触手ビンタを食らわせるユィニー。かなり手加減はしているので、音は響くが痛みは少ない。
「……っと、気を引き締めないとな!」
頬をさすりながら、コーヴィアは今度こそ真面目な顔をして歩き出す。
「はは、楽しいね君たちは」
「いい音なるんだねー」
普通の人間の前ではなかなかできないことだが、彼女たちの前なら二人きりのときのように自由に触手を扱える。顔にこそ出さないが、ユィニーもほんの少しだけ、いつもよりテンションが上がっていた。
二階は一階のように壁で道が隠されていることはなく、代わりに多数の石巨人の罠が仕掛けられていた。小さいものから大きいもの、中には球体となって襲いかかってくるものもいたが、どれも彼らの敵ではなかった。
厄介だったのは、それらの出現する部屋や廊下に設置された落とし穴や弓矢などの古典的な罠で、快調ではあるが短時間で突破するには至らなかった。
遺跡の端に設置されていた階段を登り、一行は三階――この古代遺跡の最上階へと到達する。
三階にはこの部屋しかないのではないかと思うほどの、とても広い部屋。ずっと遠くに壁が広がり、天井も高い。広い空間が彼らを待ち構えていた。
「最後の番人の守る部屋、ってところか」
その番人の姿はまだ見えないが、真っ直ぐ正面の壁には大きな石の扉が見えた。コーヴィアたちのいる場所からは小さく見えるが、扉は壁の一番上、天井近くまで届いている。ぼんやりとだか装飾も施されているようで、奥に何かがあるのは間違いない。
数歩進んだところで、部屋の中心に光が集まってくる。急速に大きさを増したそれは、天井まで届くほどの巨大な光の塊となって彼らの道を塞いだ。
複数の小さな光の弾を周囲に生み出し、纏わせ、彼らに向けて狙いをつける。
「動かなければ襲いはしない、か。ユィニー、核は?」
コーヴィアは妹に聞く。彼にも核を見抜く程度の実力はあるが、目の前の巨大な光のどこに核があるのかは見つけられなかった。
「見えない」
「ふむ。君もかい?」
「眩しいから、ってわけじゃなさそうだよね」
他の三人の反応に、コーヴィアはやや驚いた顔をする。自分が未熟だから把握できないのだろうと思っていたら、彼より実力が上回る三人も把握できないという。驚くのも無理はない。
光は確かに眩しいが、大きさの割には輝きは控えめ。直視できないほどではない。
「多分、擬似魔法を作るための魔力が大きすぎて、核をぼかしてるんだと思う」
「なるほど、そのパターンか」
コーヴィアが核を見抜けず、ユィニーが核を見抜けた擬似魔法と同じ状況だ。それと比べて遥かに規模が大きいだけで、未知の擬似魔法というわけではない。
「ま、力尽くで突破すれば問題ない」
「そうだな。マセリヤ、コーヴィア。守りは任せよう」
「任せときな!」
「協力してみようか?」
コーヴィアが剣先から滴らせた粘液を、マセリヤの風が運び、一歩前に進み出たユィニーとリリファの周囲を守る盾となる。
動きに反応して飛んできた光の弾は、粘液と風に阻まれて一瞬でかき消された。
粘液は簡単に相殺されるため、直接攻撃には向かない。それは同時に、粘液そのものに攻撃を相殺する力があるということ。コーヴィア一人なら自身の周囲を守るのが精一杯だが、マセリヤの天空の剣が生みだす風がそれを補っていく。
粘液の量には限界があるため、攻撃が集中する場所の守りに使い、隙間はマセリヤの風魔法が埋める。光と風、力勝負で打ち消すことになるため魔力の消耗も激しいが、天空の剣で増幅しつつ、サポートに徹するだけなら長時間でも戦える。
ユィニーは姿勢を低くして、足元から迫る光の波を触手で薙ぎ払いながら前進。
リリファはコートを脱いで体に巻きつけると、大きな透明の翼を広げて、空から接近する。床と天井の中間、回避するには最適の位置。
最初は順調に近づいていった二人だったが、光の塊が近づいたところで速度を落とす。その光で直接攻撃しても、届く距離。激しい攻撃がユィニーとリリファを襲う。
それを見て二人は微笑むと、回避は最低限に、ユィニーは触手を、リリファは氷を、それぞれの武器を構えて強引に突破を試みる。守りは粘液と風。激しい攻撃の前には短時間しか保たないが、それで十分だった。
「見えた」
「そこだ!」
自らを構成する光で激しい攻撃をする。それは同時に、核をぼかしていた魔力を放出するということ。特定した核に、触手と氷の槍が多方向から同時に襲いかかる。
最後に一瞬、眩い光を放つ巨大な光の塊。思わず目を覆った四人が再び目を開くと、先程まで部屋を埋め尽くしていた光は跡形もなく消え去っていた。
「よし、行くぞ!」
「あ、ちょっとー」
マセリヤを置いて、全速力で駆け出すコーヴィア。巨大な擬似魔法を撃破して、一息ついていたユィニーとリリファにも構わず、一直線で扉を目指す。
「ま、ここまできたらいいかな」
「元気なことだね」
一応、扉の前に最後の罠が仕掛けられている場合を考慮して、ユィニーはゆっくり歩きながら触手を這わせておく。さすがに扉が爆発でもしたらどうしようもないが、そのときはそのときだ。
幸い、扉の前には他の罠はなく、コーヴィアは全力で石の扉を押していた。大きな石の扉は見た目ほど重くはなかったが、片手で押して開けるほど軽くもなかった。
大きな石扉の先には小さな部屋がひとつ。中央には石の台があり、その上には一冊の本が置いてあった。周囲は淡い光――弱い擬似魔法で守られていたが、侵入者避けのものではなく、本の劣化を防ぐためのもの。コーヴィアが触れると、光は彼の手に僅かな暖かみを与えただけで、ゆっくりと消えていった。
(大事に守られた本、か。さて、中身は……)
コーヴィアは手に取った本を、ぱらぱらとめくっていく。文字は現代のものとは違う、古代文明の文字。今の人間が使う文字は古代文明の文字を元にしている。初めてなら解読は困難だが、古代遺跡探索を趣味とするコーヴィアにとっては常識だ。
しかし、書かれていた内容は今までに見たこともないもの。今までの古代遺跡で見つけた本は、ちょっとした恋日記や、料理のレシピ、戦術書など。
今回、彼が見つけたのは歴史書。かつて神々と戦った人間の記した、戦いの歴史。この周辺の戦いだけで、全体についての歴史は書かれていないようだったが、当時を知るには貴重な史料であることに変わりはない。
「お兄ちゃん、それは?」
追いついてきた三人に、コーヴィアは軽く本の内容を説明する。
「ほう、そんなものが」
「人間はかつての戦いで、高度な文明とその記憶を失った。戦いに関する記憶も近いものだから一緒に失われたはずだけど、記録は残っていたんだね」
「みたいだな。しかしその話って、有名なのか?」
「女王と親しい人なら知ってる人は知ってるんじゃないかな」
「私も人間を襲う理由を尋ねたときに少しくらいは聞いたが、詳しくは知らないな」
「そうか。で、トフィン王国の第二王女としては、これは俺が持っていてもいいものなのか? だめと言われても渡さんが」
仮に人間の手に渡ってしまったら、混乱が起こる可能性は否定できない。特に戦乱の地である東大陸の人間が読めば、大きな混乱となるだろう。
「気にしなくていいよ。母上が心配してるのは十一本の剣だけ。仮にそれが広まったとしても、解読しようなんて人は少ないだろうし、いたとしても……」
「女王を倒そうなんて思わない、か」
今の人間の文明では、女王には絶対に勝てない。全力でかかれば一体くらいなら勝負になるかもしれないが、十一体全てと人間では、女王側の圧勝だ。
「よし、なら心配はねえな。さっさと帰ろうぜ」
「だね。お腹空いた」
ほとんど圧勝だったとはいえ、擬似魔法との連戦での消耗は少なくない。リリファとマセリヤも同意を示し、コーヴィア一行は古代遺跡を脱出した。
セントレストで再会した、女王の血を引く四人。神の力を受け継ぐ剣を手にして、それぞれの目的を持つ四人。古代遺跡の探索で絆を深めた一行が、再び別れる日はまだもう少し先になるのだった。