Sister's Tentacle 11

十本目 剣を巡る戦いが始まり終わった


 五の月一の週十一の日。週の終わりとなるその日に、セントレストに宿をとるコーヴィア一行への手紙が届けられた。コーヴィアは先日入手した歴史書について、セントレストに残る文献や、リリファやマセリヤからの情報を参考に解析を進めていた。特にやることのないユィニーは、剣士や姫と仲良くセントレストの町で遊んでいた。

 兄妹が旅に出てから、移動期間を除くと、これほどの間、古代遺跡に向かうことなく町に滞在するのは初めてのことである。

 手紙の届け主は二人の女王、ユイキィとヒヨ。宿の一室で解析を進めるコーヴィアの元に、彼女たちは直接やってきた。案内した宿屋の主人は遊撃の女王の来訪にやや震えていたが、隣にヒヨがいたこと、ユイキィが泊まりに来たわけではないことを知ると、安心して女王たちに笑顔を返していた。

「わざわざ二人でこんな手紙を、どうしたんだ一体?」

「なに、元々受け取ったのは私さ。その途中でヒヨに出会ってね、内容について話したら面白そうだからと彼女も同行したまでさ」

「ふーん。読んで良かったのか?」

 コーヴィアは話を聞きながら、手紙の封を切る。ちょうど一休みしていたところだったので、気分転換にはちょうどいい。

「……ふむ」

 手紙の文面は以下の通りである。

『剣を持つ者たちよ、我ら四天王は貴様たちに勝負を挑む。

 場所はセントレストの南。広い古代遺跡。遺跡探索を趣味とする貴様なら細かい場所の説明は不要だろう。

 日時は貴様たちに任せる。準備を整えてから届け主に伝えるがいい。

 拒否するのは自由だ。だが、もし拒否するなら、我らは我らの都合だけで襲う時期を決めさせてもらう。貴様にとっても、悪い話ではないだろう。

四の月三の週八の日

ロゼック』

「ご丁寧に手紙まで送ってくるとはな」

「少年よ、それだけ少年も本気ということだ」

「ユイキィ、わかりにくいです」

「しかし、この日付……」

「ああ、ヒヨと遊んでいたら楽しくて、うっかりしていた。だが安心するといい、彼らが返事がなかったら動くと言っていた期限は今日までだ。私の足なら間に合う」

「そうか。それじゃ、ついでに妹たちを探してきてくれるか? 俺一人で勝手に決めるわけにはいかないからな」

 程なくして戻ってきた三人も交えて、コーヴィアたちは話を再開する。

「解析はもう数日あれば終わる。俺としては、来週の六の日あたりがいいが……」

「私に異存はない。君に合わせよう」

「私もそれでいいよ」

「お兄ちゃんがいいなら」

「時間はどうする?」

「お昼過ぎがいいかなー。朝は眠い」

「俺もそれでいいぜ」

「私に異存はない。君たちに合わせよう」

「同じく」

 こうしてあっさり決まった日時を、コーヴィアたちは二人の女王に伝える。

「ところであんた、剣はどうしたんだ?」

「震電の剣ならリッセという少女のものだ」

「うわ、それじゃ今すぐにこれ返せない」

 面倒ごとになる前に破砕の剣を返そうと考えていたユィニーだったが、戦力差を考えると今はできないと諦める。

「元々、今すぐ返してもらう気はないです。まだ預かっていてください」

「それはそうと、私にも是非剣の指南を。氷海の女王にも学びたいことがある」

 リリファが身を乗り出して、二人の女王に教えを請う。日時を決めないとということですぐに言うのは我慢していたが、決まってしまえば我慢の必要はない。

「私は構わないぞ、イークァルの子よ。伝える役目もあるので、一時間ほど待ってもらうことになるが、そのあとなら三日三晩でも大丈夫だ」

「私もいいですよ。わざわざ氷海まで乗り込んで来る方はなかなかいないですから」

「感謝する。君たちはどうだ?」

 一緒に稽古に参加しないかと、他の三人を誘うリリファ。コーヴィアは考えるまでもなく即答する。

「俺には解析があるから、やめとくぜ」

 ユィニーとマセリヤは少し考えてから、それぞれ答えを返した。

「暇つぶしにやるくらいなら」

「私も剣はいいかなー。でも氷は気になるから、ちょっと見せてもらいたいな」

 話がまとまったところで、ユイキィはさっさと宿を出て行った。俊足ではないヒヨは宿に残り、戻って来るまでの間、リリファやマセリヤから受ける質問に答えを返していた。

 そして五の月二の週六の日。

 指定された古代遺跡にコーヴィア一行と、ロゼック一行、さらに遊撃の女王と氷海の女王が揃った。

 草原の先に広がる広大な古代遺跡。小さな建物が点在していて、地下に入れる場所も複数。かつては特別な拠点として使われていたと推測される場所で、銅貨程度しか見つからなくてもコーヴィアにとって興味が尽きない場所だった。

 当然、擬似魔法もちらほらと出没するのだが……。

「では、私とヒヨが立ち会いを務めよう。震電の剣や破砕の剣の行く末も気になるところだからな。少年少女が戦いに集中できるよう、擬似魔法は退治しておいた」

「私の分身が見張っているので、長引いても問題はないです。ただ、少々邪魔になるかもしれないので、分身の多い場所で戦うなら気をつけてください」

 擬似魔法に関しては、二人の女王が対処しているので彼らの戦いに影響はない。

「で、どうやって戦うんだ?」

 落ち着いた様子で、離れたところにいるロゼックに尋ねるコーヴィア。

「俺としてはこのまますぐに戦うのが楽だと思うのだが……この二人は一対一を望んでいるようなのでな」

 ロゼックに言われて一歩前に進み出たのは、ミレナとスースエルの二人。

「はい。私はリリファさんと、二人だけで戦うのを所望致します」

「私はマセリヤさんを屈服させて、そのまま……というわけで、他の方の邪魔の入らない場所でお願いしますわ」

 指名された二人も前に出て、返事をする。

「君の望むままに」

「身の危険を感じるけど……ま、私が勝てば問題ないよね」

「ふむ。ではリリファとミレナは西に、マセリヤとスースエルは東に向かうといい。そこなら戦闘中に邪魔が入ることはないだろう」

 頷いた四人が、ユイキィに指定された場所に歩き出す。その後ろ姿を眺めてから、コーヴィアはロゼックに尋ねた。

「あんたは? 俺としてはあんたと一対一でも構わないぜ? あんたの妹を相手にするのは御免だがな」

「別れる必要もあるまい。このまま戦うとしよう。そして貴様たちを倒し、剣を渡してもらう。復讐に協力するというのなら話は別だがな」

「そんな面倒なこと、お断りだぜ。それより、俺たちが勝ったらどうするんだ? 俺には、ほどほどに戦って逃げるって手もあるんだぜ」

「ふ、言うだろうと思っていたぞ。もし俺たちが負けたら、貴様たちの言うことをなんでも聞いてやる。悪くない条件だろう? もっとも、手を出すなという要求には期限をつけさせてもらうがな」

「了解だ。決着がつくまでに考えさせてもらうぜ」

「ふん、いつまで余裕でいられるか、楽しませてもらうとしよう」

 互いに剣も抜かずに会話を続ける兄たちに、二人の妹は冷ややかな視線を送っていた。

「お兄ちゃん、さっさと始めるよ?」

「愚かな兄ですね。喋ってる暇があるなら、動いてください」

「……わかったよ。ユィニー、俺が先に出る!」

「ならば、貴様の相手は俺だ。完全に封じ込めてやろう!」

 二人が駆け出したのを見て、ユイキィとヒヨは姿を消す。ヒヨはユイキィに掴まって二人で安全な場所で。それぞれの戦いの様子は分身を介して眺める。

「ユイキィ、どちらが勝つと思います?」

「少年と、少女だな」

「わからないです」

「だろうな。実際、少年少女の実力は拮抗している。ただ……」

「ただ?」

「今のままでは、兄妹は負けるだろうな」

「だから、わからないです」

「ふ、なに、彼らも若い。戦いの中で成長すればわからんさ」

 二人の女王が呑気に会話をする中、静かに戦いは始まった。

 コーヴィアの抜いた長剣と、ロゼックの抜いた大剣がぶつかり合う。反動で二人とも僅かに後退り、同じタイミングで不敵な笑みをこぼす。

「ふん、やはり剣では貴様が僅かに上か。だが、これはどうだ?」

 長剣と大剣、重さを考えれば大剣の方が勝つ。互角で弾き合ったのは、コーヴィアの技術がロゼックのそれを上回ったからに他ならない。

 樹木の剣を地面に突き刺したロゼックは、足元で樹木を成長させる。ロゼックの体は成長する樹木に合わせて上昇し、剣を構えて距離をとるコーヴィアを見下ろしていた。巨大な樹木のてっぺんで、ロゼックは声を張り上げる。

「ふはははは、どうだ! ここまで貴様の攻撃は届くまい! だが……」

 地面から伸びた樹木が足元を狙い、揺れた木から葉っぱが落ちて視界を奪う。

「俺の攻撃は届く! 当然、登ろうとしても無駄だ!」

「登る? そんな必要はねえよ。あんたにこの剣の力を見せてやるぜ!」

 コーヴィアは高所からで狙いの甘い攻撃をかわしながら、樹木に向けて剣先から粘液を飛ばす。粘液が触れた樹木はじわじわと溶けていき、少しだけ木が傾いた。

「く……やるではないか。だが、修復すればいいだけのこと!」

「だったら、それより早く溶かすまでだ!」

 大樹を介して睨み合うコーヴィアとロゼック。彼らの戦いを後ろで見ていた妹たちが、ゆっくりと歩き出した。

「二対二のはずなんだけど……お兄ちゃん」

「愚かな兄です」

「ま、あっちは放っておいて、私たちも始める?」

「そうしましょう。少々不安は残りますが、お相手します」

 両手を触手に変化させて構えるユィニーに、リッセは震電の剣を抜いて対する。兄妹の戦いが本当に始まりを告げるのは、もう少し先になりそうだった。

 中央から場所を移して、古代遺跡の西側。移動を終えたリリファとミレナが、刺突剣と短剣、それぞれの武器を構えて相対していた。

「君とは久しぶりだね。さて、早速始めるとしようか?」

「よろしいのですか? 何も聞かなくても」

「そんなもの、終わってから聞けばいい。それに君も、早く戦いたくてうずうずしているのではないかな?」

「ふふ、お見通し致していたのですね。でしたら、これ以上の言葉は不要。まずは勝敗を決めると致しましょう」

 マセリヤは短剣を空高く掲げて、呟く。

「闇よ、喰らいなさい」

 地を這うように襲ってきた闇の塊に、リリファは刺突剣をタクトのように振る。氷の爪と氷の鉤爪を生み出す、六拍子。コートは既に脱いで腰に巻きつけている。闇が到達する直前、透明な翼を生やしたリリファは大空に飛び上がった。

「手加減はしない。行くよ!」

 急降下しながら爪と鉤爪で襲いかかるリリファの攻撃を、ミレナは短剣で受け流しながら直撃を回避する。しかし、空からの攻撃を全て防ぎきるのは難しい。

「空は厄介ですね。では、こちらも手を尽くすと致しましょう」

 急上昇して様子を見つつ、次なる攻撃に転じようとするリリファを見上げて、闇夜の剣をゆっくりと掲げる。

「闇よ、空を包みなさい」

 一気に広がった闇が彼女たちの周囲を包み込む。

「暗いな。だけど、見えないほどではないね」

 広範囲を覆う代償として、闇の密度は薄くなる。怪鳥の女王の血を引くリリファだが、鳥目というわけではない。かといって夜目が効くわけでもないので、この闇の中では多少は狙いが悪くなる。

 急降下してミレナに攻撃を加えるリリファ。攻撃が当たると思った直前、ミレナの体は闇に溶けて視界から消えた。

「これは……」

「闇は私の領域。視界を奪うだけではありませんよ?」

 背後からの斬撃を、リリファは上昇することで回避する。しかし、その速度より早く追いついたミレナが短剣を突き出し、受け止めたリリファの氷の爪を破壊した。

 左手の爪だけで対応しつつ急速に上昇する彼女をミレナは追えない。闇に紛れて跳ぶことはできても、さすがに飛ぶことはできない。

「闇よ、空を制する者を包みなさい」

「これは、ふふ、やるじゃないか!」

 威力は低いが、無数の闇に襲われてリリファは自由に空を舞うことができない。闇に紛れて襲いかかる闇の塊。

「どうですか? もっと高くまで逃げて致してもよろしいのですよ? 飛び道具ならあなたもお使いになるのでしょう?」

 氷結の剣の氷。今は爪と鉤爪にしているが、遠くに飛ばすことも可能だ。

「それもいいけれど、やめておくよ」

 リリファは闇の中を低く飛び、ミレナから離れたところにふわりと降り立つ。闇に潜むミレナが接近するのを感じながら、リリファは氷の爪と鉤爪を彼女のいるあたりに飛ばしてみせる。牽制としての狙いは薄く、ただ捨てることが目的だ。

「私の奇襲は見事に防がれた」

 刺突剣を抜いたリリファは、構えた剣に氷を集めていく。集まった氷は透明で美しく、細く長い剣の形になり、彼女はすっとそれを薙ぐ。

「ならば、私は剣を抜こう。覚悟することだね、私の剣は鋭いよ?」

 一振りで彼女の前を覆っていた闇が払われ、潜伏していたミレナの姿が露になる。続けて振り上げられた氷剣は、空を覆う闇を一瞬で払っていった。

 リリファは背中の翼を小さな羽にして、ミレナに対して半身で構える。

「翼を封じる……手加減、というわけではないようですね」

「大きいと動きにくいからね。便利だろう?」

「ええ。その小さな胸なら、とても動きやすそうで羨ましいです」

「ああ、邪魔な脂肪はない方が効率的で素晴らしい……って、あのね!」

 いつもの対応に合わせて、リリファは氷の刺突剣を突き出す。先端から飛び出した氷の槍をミレナは身を翻して優雅に回避する。

「冗談ですよ。では、こちらから参ると致しましょう」

 闇を纏って駆け出すミレナ。深い闇には攻撃の力も守りの力もないが、体の動きを隠すことで行動の予測を難しくする。剣先は見えていても、足捌きや体捌きは見えない。

 リリファは素早い短剣の連撃を後退しながら弾き、一瞬の隙をついて鋭い突きを放つ。強力な突きを左に回避したところに、氷の剣が横から襲いかかる。しかしそれは予想済みで、ミレナは後方に跳んで大きく距離をとる。

 互いに一進一退の攻防。しかし、激しい攻撃にミレナは少しずつ押されていた。

「……く」

「ありがたいね。場が味方してくれたようだ」

 狙ったわけではない。しかし、ミレナの後ろには遺跡の壁があった。まだ少しの距離はあるが、このまま後退していけばいずれは背が触れるだろう。機動性が重要な短剣使いにとって、動きを制限されるのはとても危険だ。

「はっ!」

「お受けいたします」

 接近するリリファ鋭い突きを、ミレナは短剣で受け流す。辛うじて受け切ったものの、弾かれた氷の破片で纏っていた闇は払われ、離脱は難しい。

「君の間合い、かな?」

 リリファは刺突剣を突き出したまま、微笑む。確かにこの距離では短剣の方が素早く攻撃が届く。しかし、短剣で力を受け流せたのは一部。ミレナの短剣を持つ腕は、大きく後ろに弾かれてしまっていた。

「ええ。ですが……」

「今なら、間に合う!」

 リリファは弾かれた氷の剣を、ミレナに向けて振る。氷結の剣が纏った氷は、本来刺突剣が不得手とする斬りの威力をも飛躍的に高める。力がこもっていないので威力は落ちるとはいえ、痛手を与えるには十分だ。

「間に合いませんよ」

 ミレナに氷の刃が触れる直前、左から突如襲いかかった衝撃に、リリファの体は吹き飛ばされた。咄嗟に受け身はとったが、二人の距離は離れてしまった。

「今のは……そうか」

 リリファはミレナの姿を見て、状況を理解する。彼女の両脚は鱗の輝く尻尾に変わっていて、その尻尾がリリファに不意の一撃を浴びせたのである。

「海魔の女王の一人娘、お忘れ致したのですか? もっとも、陸上ではあまり役に立たないのですが」

 立ち上がるリリファを見つめながら、ミレナは尻尾を人間の足に戻して壁を背にする位置から移動する。彼女の一度きりの奇襲は見事に成功した。

「ああ。二度は通じないよ?」

「はい。でも、問題はないのです」

「……む?」

 気がつくと、リリファの剣には無数の闇が集っていた。闇は鋭い槍の形となり、彼女の持つ氷の剣――その氷の刃を砕き散らす。

「闇の槍、あなたの武器は砕かせていただきました」

「なるほど、それが君の狙いか」

「ええ、相当な魔力を使っているご様子。再生にはお時間を要するのでは?」

 ミレナは優雅な笑みを浮かべて、短剣を構えてゆっくりとリリファに近づいていく。砕け散った氷の破片は空を舞い、ゆっくりと地面に落ちていく。

 纏っていた氷が消えただけで、氷結の剣は無事。しかし、刃を破壊した闇の槍はミレナの周囲に集まり、再び攻撃を仕掛けようとしていた。ミレナ自身の短剣に加え、一斉に攻撃されたら刺突剣では防ぎ切れない。

「そうだね。再生には、時間がかかるよ」

 リリファは認めながらも、氷結の剣を構えたまま動かない。顔には笑みを浮かべて、ミレナに視線を送り続ける。

(まだ何か策が? いえ、これはただの時間稼ぎ……考えては思う壺です)

 負けを認めたにしては余裕の態度に、ミレナは惑わされてはいけないと精神を集中させて、闇を操る。確実に、逃げ場なく槍を放ち、短剣で追撃する。反撃手段を封じ、一気に勝負をつけるために。

 リリファの逃げ場をなくすために、素早く周囲を確認したミレナは気付く。

「しまっ……」

「氷の剣よ、舞え」

 彼女がそれに気付いたときにはもう遅かった。砕け散ったは氷の破片は、地面に落ちても溶けることなく残っていた。完全に破壊したのであれば、あり得ないはずの現象。

 砕けた氷の破片が空を舞い、全包囲からミレナの体を切り刻んでいく。短剣と闇である程度は受け止めたものの、上半身を守るのが限界。下半身に鋭い氷の刃が襲いかかり、彼女は脚の痛みで地面にくずおれた。

「気付くのが遅かったね。ここまで近づいては、守り切れないだろう?」

 氷の破片は空を舞いながら、再び刺突剣に集まる。しかし氷の剣にはならず、氷の刃は剣の周りをくるくると回っている。

「そのための魔力、だったのですね」

「そうさ。もっとも、剣の力を相当使うから、他に氷を生み出せなくなるのが弱点だけどね。距離をとられると少し危なかったかもしれない」

「ふふ、それでも、勝つ自信はお有り致したのでしょう?」

「ああ。そのときは、これを使うだけさ」

 リリファは透明な羽を、大きな翼に変化させてみせた。飛行しながら、中距離を飛び回る氷の刃を振り回されては、どの道ミレナに勝ち目はなかっただろう。

 二人の実力は拮抗している。しかしそれは、二人とも自分の力を余すことなく使えた場合に限る。海魔の女王、そしてその一人娘であるミレナの持つ能力は、水棲。水中を自在に泳げる彼女の力は、陸上では発揮されない。

「さて、これで終わりでいいかな? 命を賭しても戦う、そのつもりはないだろう?」

「そうですね。私にそこまでする動機はありません」

「では」

 倒れるミレナに、リリファは剣を持たない左手を差し出す。ミレナはその手を受け取って体を起こすと、リリファに肩を借りて立ち上がる。

「剣は、そのままなのですね」

 ミレナを助けながらも、リリファは剣を収めなかった。怪訝な視線を向けられて、剣士は自らの武器を構えて言った。

「私が勝っても、私たちが負けては困るからね。念のため、さ」

 リリファは微笑む。他の三人は、彼女のように圧勝とはいかないだろう。特に心配だったのはマセリヤとスースエル。彼女の見立てでは、二人は実力が拮抗している。自分たちのように、地がどちらかに味方するということもない。

 彼女の目にも勝敗の見えている兄妹とは状況が違っていた。両者の間には僅かな、それでいて決定的な差がある。もっとも、戦いが始まる前は、という条件は付くのだが。

 古代遺跡の東。西で戦いが始まったのと同じ頃。マセリヤとスースエルの二人は、剣を抜かずにゆっくりと移動していた。

「始まったようですわね。戦いの空気を感じますわ」

「そうだねー。中央はまだまだみたいだけど……ねえ、この辺でいいんじゃない?」

「まだですわ。もう少し遠くに。楽しむ時間はたっぷりと!」

「や、勝つことを前提にされても困るんだけど。というか、剣はいいの?」

「そんなもの、ついでですわ。私が求めるのは、あなたのような強く気高く、可愛らしい女の子だけ。うふふ、ついに、ついにこのときが……あ、そろそろいいですわ」

「なんで私の相手はこんな変態なんだろ……」

「聞こえてますわ。褒めても容赦はしませんわよ?」

 二人は足を止めて、少しの距離をとって剣を抜く。マセリヤは細剣を、スースエルは曲剣を。神の力を宿す、天空の剣と光華の剣。

「変態なのに、強いし」

「当然ですわ。変態だからこそ、それは自らを高める強い動機となるのです。あなたと出会ってから我慢し続けた性欲、ぶつけさせていただきますわ!」

「やだー! 絶対に勝つから、死んでも後悔しないでね!」

 見つめる瞳こそ戦いの目ではあるが、それを全く感じられない本気の言葉に、マセリヤは決意を固める。自らの貞操を守るため、その身に宿るすべての魔力と、天空の剣に秘められた神の力――その魔力をも全て引き出して、この勝負を制すると。

 魔法の風を纏うマセリヤに、スースエルは浮遊して武器を構える。

「エンジェルウィップ」

 光の鞭を生み出し、目の前に構えるスースエル。

「エンジェルリング!」

 鞭を振るい、何枚かの光の輪を瞬時に作り、まとめて飛ばす。

「風よ、竜巻となりて全てを巻き込め!」

 天空の剣を振り下ろし、マセリヤは増幅した風を放つ。光の輪を巻き込み、そのままスースエル目がけて前進する竜巻。光の鞭と増幅された竜巻がぶつかり合うと、光と風を爆発させて、どちらも消滅してしまった。

 爆発の影から何本もの輪を纏った光の球――エンジェルボムを飛ばしてくるスースエル。マセリヤは風の槍で的確にそれらを狙い、仕掛けられる前に全てを爆発させる。

「さすがですわ。ここまで完璧に防がれてしまうとは」

「あなたこそ。あの距離で風圧に耐えられたら、私も困っちゃうよ」

「でしたら、近づいてあげますわ」

 真っ直ぐ突撃してくるスースエルに、マセリヤは纏った風を研ぎ澄ませる。鋭く激しい風の刃。安定した空中浮遊を崩せないなら、直接攻撃を仕掛ければいい。

「風よ、切り刻め!」

 スースエルを覆うように、正面だけでなく上下左右から同時に刃となった風が吹きつける。個々の威力は落ちるが、当たりやすさは格段に上昇する。

「エンジェルレーザー!」

 大きく振った光華の剣。その先から幾本もの光の筋が伸び、縦横無尽に曲がって襲いかかる風を相殺していく。それでも全てを防ぐことはできない。が、狙いは的確。彼女は服を切られただけで、肌には傷一つついていない。

 ただでさえ露出の多い衣装が切り刻まれ、さらに露出の増えたスースエルだが、肝心なところは完璧に守っている。

「ああ、いいですわ……この感覚。口では否定しておきながら、欲望のままに私の服を剥いでいく……」

「そんなつもりないから。避けられたでしょ?」

 エンジェルレーザーの相殺によって襲いかかる風の刃は激減していた。肌に傷を受けなかったのは彼女が避けたためで、その気になれば服も守れたはずだ。

「つれないですわね。エンジェルキス」

 淡い光を纏って、再び突撃してくるスースエル。

(キスって……)

 単なる突進にしか見えないが、何かあるかもしれないと警戒するマセリヤ。彼女は風を増幅させて、触れた者を縛る風の盾を生成する。

「風よ、私を守り、彼の者を封じよ!」

「気合と性欲で突破しますわ!」

 厚い風の盾に衝突したスースエル。纏っていた淡い光はすぐに吹き飛び、彼女の体は風に縛られた。動きが鈍りながらも、どうにか突破しようとするスースエル。

「いいんだよね?」

 変態はマセリヤの目の前。姫はやや躊躇しつつも、細剣を振るってスースエルの肌を斬る。容赦なく首筋を狙ったが、彼女は衝撃を受けて吹き飛ぶだけだった。

「今のって、なんだったの?」

「身体能力を強化し、あなたの初めてを奪う……そのための技ですわ」

 地面に落ちたスースエルは、ゆっくりと立ち上がりながら質問に答える。

「内部に込められた魔力で、天使のキスを受けたものは一瞬で絶頂に達する……今回は残念ながら、身を守るのに使い切ってしまいましたが」

「それじゃ、今度は確実に仕留めてあげるよ」

 マセリヤは周囲に暴風を纏い、広範囲に風を増幅させていく。逃げ場を封じつつ、激しく切り刻む風。抵抗しなければ並の人間なら一瞬で絶命するほどの風を、全てスースエルに向けて集中させる。

「エンジェルシールド」

 光の盾を生み出し、全包囲からの風を防ぐスースエル。しかし、襲いかかる風の強さと量は凄まじく、彼女の盾では防ぎ切れない。

「あ、無理ですわね」

 スースエルはあっさりと盾を解除し、暴風を身に受ける。彼女は風に巻き上げられながら全身を切り刻まれ、地面すれすれの位置にふわりと落ちた。

 おもむろに立ち上がったスースエルは空中に浮遊している。服はぼろぼろで色々と見えてはいけない部分まで見えそうになっていたが、相変わらず肌には傷一つついていない。

「あ、守られた」

「当然ですわ。あなたに舐めてもらうこの肌は美しく。守り切ってみせますわ」

 マセリヤは驚くことなく、元気なスースエルの姿を見つめる。彼女は露出した背中の肌から、白く大きな翼を生やして悠然と構えている。顔には優しい微笑みが。

「その翼……」

「白翼の女王の翼は飾りですわ。最後に、見せておこうかと思いまして」

「そう。じゃあようやく、本気で戦えるね」

「うふふ、久しぶりですわ。私が本気で戦える相手……やはりあなたは最高です」

「できれば、その前に終わらせたかったけど」

 スースエルが力を抑えて遊んでいるのは最初から気付いていた。

 マセリヤが本当に容赦なく、最初から最大の一撃で、殺す気で攻撃していれば遊んでいるうちに決着は付いただろう。しかし、彼女にそれはできなかった。貞操を守るために全力を出すとはいえ、この場所には殺し合いに来たのではないのだから。

 大きく広げた白翼を小さな羽に戻し、優しい微笑みは消える。代わりに浮かぶのは、心から戦いを楽しむ少女の笑み。

「天使ごっこはおしまいです。行きますわよ!」

 幾本もの光の筋を生み出し、四方からマセリヤを狙う。その間も光華の剣からは光が生み出され続け、光の鎧がスースエルの周りに形成されていく。

「厄介だね……その前に、一気に!」

 必要最低限の動きと風で光を防ぎつつ、マセリヤは左手の先に魔力を凝縮させていく。右手の天空の剣は守りに集中。増幅させるのは、最後にまとめてやればいい。

「風よ、炎よ、水よ、地よ……全ての魔力を凝縮し、全てを破壊する力とせん。貫け!」

 四つの魔法が凝縮された魔力の塊を放り投げ、天空の剣で払う。風、炎、水、地の魔法は四方に分散して、孤を描いてスースエルに飛んでいく。空中で鋭く長い槍に形を変え、完成しつつある光の鎧に直撃した。

 鎧に触れた魔法は少しずつ鎧に食い込んでいく。が、それもどんどん動きは鈍り、魔力の槍は霧散してしまった。

「惜しいですわね。もう少し早く動いていれば、間に合いませんでしたわ」

 スースエルは光の鎧を纏い、笑顔で立っていた。破れた服や肌は光の裏に透けている。

「次は私の番ですわ」

 空中を自由自在に移動し、マセリヤに接近するスースエル。浮遊であるため高さに限界はあるが、動きは素早い。孤を描き、蛇行し、ときには直進する光の筋を放ちながら近づいてくる彼女に、マセリヤは回避に徹することで対抗する。

「そこですわ!」

「させない!」

 光華の剣で斬りかかってきたスースエル。マセリヤは天空の剣でそれを受け止め、回避しながら剣の周りに凝縮させていた風を鎧の内側目がけて放つ。

 が、鎧と肌の境目に触れるより早く、その風は何かと衝突して消えてしまった。

「やっぱり、見た目だけじゃないかー」

「当然ですわ」

 鎧を出す前に、盾もない状態で身を守っていたことから予想はしていた。

「この鎧に弱点はありませんわ。あなたの力、全てぶつけなさいな!」

「言われなくても!」

 お互いに小細工無用。魔力が尽きた方が先に倒れる、持久戦。二人の得意とする能力からすると、両者が本気を出せばこうなるのは目に見えていた。

 魔法を増幅できるマセリヤが有利のようだが、空中浮遊で速度に勝るスースエルも決して引けはとらない。的確に牽制を続ければ、増幅する時間を削ることになり、魔力の差などすぐに縮められる。

 風の刃や槍が光の鎧に直撃し、その間に曲剣がマセリヤを襲う。剣技の面でも両者は互角。だが、速度の乗ったスースエルの方が一撃は重い。

 魔法の補助で押し負けないようにすれば、それだけ魔力を消耗する。剣戟を続ければ不利になるのは自分。マセリヤは回避に力を入れて、常に一定の距離を保つようにする。

「まだまだですわ!」

「こっちこそ!」

 剣とぶつかる音と、魔法のぶつかる光が遺跡に広がる。長く続いたその音と光がやや弱まったのは、互いに疲れが出始めた数十分後のことだった。

 マセリヤの纏う風は弱々しく、スースエルの光の鎧は服以上に面積が減っている。

「そろそろ、限界ですわね」

「だねー。でも、負けないから」

 どちらかの魔力が尽きれば勝負は決まる。それだけでなく、体力も尽きかけていた。

「行きますわ」

「風よ、疾風となれ!」

 正面から突撃するスースエルを、疾風が迎え撃つ。風にぶつかっても速度は落ちず、それでもマセリヤは風を弱めない。二人が接近し、鎧が完全に消えたのと、風が止んだのはほぼ同時。

 しかし、マセリヤの纏う風はまだ残っていた。スースエルは剣を収めて、微笑む。

「負けましたわ」

「ふう、危なかったー」

 勝敗を決めたのは僅かな差。もう一度やれば結果はまた変わることだろう。それほど二人の実力は拮抗していた。

「敗者は勝者の言うことをなんでも聞く……この勝負はそういう勝負ですわ。さあ!」

「やだよ」

「マセリヤさんに思うがままにされる動けない私……ああ、想像するだけで」

「しないでいいから」

 マセリヤも風と剣を収めて、大きく息をつく。そしてぼんやりと、西の方角に視線を向ける。戦っている途中に感じた魔力からすると、一方はもう決着がついたようだった。未だに戦闘が続いているのはもう一方、兄妹の残った中央だけである。

 古代遺跡の中央。コーヴィアとロゼックが地味な戦いを続けている横で、ユィニーとリッセも戦いを始めていた。

 ユィニーの伸ばした触手を、リッセは震電の剣で斬る。電撃を纏った波立つ剣に、一本の触手の先端を斬り落とされても、ユィニーは平気な顔をしていた。

「効いていないみたいですね」

「ま、ね」

 彼女の触手に感覚はあるが、痛覚はない。正確には彼女がどんな触手を生み出すかで変化するのだが、役に立たない痛覚を持たせることは特殊な場合のみだ。

「その剣、当たったら痛そう」

「あなたの触手も、危険ですね」

 あっさりと斬った触手には、破砕の剣の力が込められていた。軽い一撃でも、当たれば見た目以上の衝撃が体を襲う。当然、重い一撃を受ければ、深手を負うのは避けられないだろう。

「ま、別にこれはなくてもいいんだけど……それがなければ」

 破砕の剣の力を使っているのは、あくまでも震電の剣の力に対応するため。攻撃に向いた力だが、相殺目的に使うのなら防御の力としても優秀だ。

 ユィニーは先端を鋭くした触手を二本伸ばし、三本の触手を鞭のようにしならせて側面や足元を狙う。他の触手は拘束、防御用に待機。リッセは波立つ剣を振りながら後退するも、間断なく放たれる触手に対応が追いつかない。

 震電の剣の力で電撃とともに一撃を放つが、破砕の剣の力で強化された触手は一本を落とすのが限界。後方から忍び寄った触手が、彼女の両腕と両脚を拘束するのに時間はかからなかった。

「捕まえた」

「そのようですね」

「降伏する?」

「しませんよ」

 絶対的に不利な状況にも拘らず、リッセは表情を変えない。もっともそれはいつものことではあるのだが、負けを認める気がないのは事実だった。

「そう……じゃあ、どうしよっか」

 ユィニーはレース服の中に細い触手を一本差し入れて、同時に拘束する触手に破砕の剣の力を込める。

「今なら骨くらい簡単に折れるよ。苦痛がだめなら、あんまり得意じゃないけど快楽で堕とすから」

「どちらもお断りします」

 リッセはユィニーの瞳を見て、精神を集中させる。

「ん……そんなことしても、無駄」

 心に何かが入ってくる感覚。精神支配であることは明らかだが、効果があるのは人間のみ。人間の血も引いているとはいえ、女王の血を引くユィニーに精神支配は通じない。

「そうでしょうか?」

「……う、ん?」

 何かが震えるような感覚。心か、体か、よくわからない感覚がユィニーを襲い、触手での拘束に集中することはできなくなっていた。

 その隙にリッセは拘束を解いて、再び拘束されないように射程外に移動する。

「支配は難しいですが、これくらいなら可能です」

「今の、そっか。それ、厄介だね」

 震電の剣の力で精神支配を強化する。ただの人間に対しては不要な行為だが、女王の血を引くユィニーには有効な反撃手段だ。

「でも……」

「そうはさせません」

 拘束した瞬間に、あるいは拘束するまでもなく、すぐに攻撃してしまえば精神支配は意味を成さない。多少動きが鈍っても、長時間の持続が無理なら影響は少ない。

 リッセもそれを理解していて、素早く移動を開始する。向かった先は二人の兄が戦いを続けている場所。樹木の裏にリッセは駆けていった。

「ユィニー、あいつは……」

「お兄ちゃん、少し離れてて」

「うむ」

 ユィニーは太い触手を刀のように鋭く研ぎ澄まし、大樹に向けて横に振る。

「邪魔だから、どいて!」

 一刀両断。樹木は一気に倒れて、慌てた様子のロゼックが落ちてくる。咄嗟に作った木のネットで衝撃を緩和したものの、すぐには立ち上がれない。

「リッセ、これはどういうことだ?」

「愚かな兄ですね。兄さんの力が必要だから、来たまでです。いいですね?」

「そうか。なら、預けよう」

 ネットから降りて立ち上がったロゼックの背に、リッセが手を触れる。そして数秒後、ロゼックは大剣を構えて静かに前進する。

「かかってくるか。あいつの相手は任せろ!」

「あ、お兄ちゃん。……ま、いっか」

 何かに気付いたユィニーだったが、既にコーヴィアは駆け出していた。

 ロゼックは無言で大剣を構え、コーヴィアと対峙する。振り下ろされた大剣が地面を叩き、樹木が周囲に広がってコーヴィアを狙う。

「む、こいつは……」

 一歩踏み込んで放たれたコーヴィアの一撃を、ロゼックは大剣を構えて最低限の動きで緩和する。直後に育てた樹木が左右から襲い、コーヴィアは大きく後退せざるを得ない。

「ユィニー!」

「わかってる。お兄ちゃんは守りを重視して」

 明らかに動きの違うロゼックに、コーヴィアは迷わず妹を頼る。

「さっきとは全く違う……何かされたのか」

「精神支配、だと思う」

 樹木を払いながら守りに徹し、ユィニーは触手を伸ばしてロゼックを攻撃する。兄が突出したため距離がありすぎて威力は低いが、距離を縮めるまでの牽制としては十分だ。

「その通りです。愚かな兄も私と同じく、意識の女王の血を引く者。私が精神を支配することにより、安定した実力を発揮できる。あれでも、身体能力は高いですから」

 リッセは震電の剣を構えて、静かに歩き出す。

「ふん、それで?」

 距離が近づいて押され気味になるロゼック。彼を守るように突入してきたリッセと、コーヴィアの剣がぶつかる。震電の剣から放たれる電撃は、粘液が全て防ぎきる。

「二人の力を合わせた私の連係に、勝てると思うのですか?」

 後ろから樹木が襲い、前にはリッセが。ユィニーがロゼックに触手の槍を伸ばして攻撃は止めたが、一度成長した樹木はその場に残る。

 コーヴィアは震電の剣を受けながら後ろに粘液を飛ばし、弱った樹木をユィニーの触手が薙ぐ。その先端は兄の足を捕まえて、そのままリッセの上に放り投げた。

「乱暴な回避ですね」

「違うな。これは、攻撃だ!」

 コーヴィアは剣を下に構えて、リッセ目がけて突き出す。

「そんなもの……え?」

 回避しようとするリッセだったが、彼女の脚はユィニーの触手で拘束されていた。慌ててロゼックが大剣を構えて切断に向かうが、精神を支配するリッセの動揺が反映されているのか動きは鈍い。

 震電の剣を構えてどうにか受け止めるが、上空からの勢いは止まらない。全力で直撃を避けるために弾き返し、自らを拘束する触手を切断するリッセ。

「これで……」

「休むのは早いですよ」

「あ……きゃあっ!」

 太い触手がしなり、リッセの体を吹き飛ばす。その先には別の触手が十数本待ち構えており、両腕と両脚に加え、腰や肩、多くの場所を拘束されて、彼女は完全に身動きがとれなくなる。

 再び触手を切断しようとするロゼックはコーヴィアが止める。動揺して動きの鈍いロゼックなら、コーヴィアが苦戦することはない。

「あんたもそろそろ理解したか? これが本当の連係ってやつだぜ!」

「そういうこと。降伏して」

 震電の剣で強化された精神支配は、二人同時にかけると力が分散して効果が弱まってしまう。ユィニーに集中してさっきのように拘束を弱めたとて、コーヴィアがいては脱出は不可能。両者にかけても数本の拘束を解いたくらいでは意味がない。

「……連係」

「ああ。信頼さえあれば、支配なんていらねえんだぜ?」

「私だって、別に信頼していないわけでは……」

 リッセは呟く。同じ血が流れているからといって、精神支配をするのは簡単ではない。ロゼックがそれを素直に受け入れ、リッセがその信頼に応える。それがあってこその二人で一人が成立する。

「だったら、もう少し任せてみてもいいんじゃねえか? このまま負けるのが嫌ならな」

「お兄ちゃん、甘い。そんなことしなくても……」

「少しだけだ。いいだろ?」

「仕方ないね。でも、少し経ったら決めるから」

 ユィニーは諦めたように小さく肩をすくめて、微笑むコーヴィアに任せることにした。

「兄さん」

「……む、これは?」

 ロゼックが声を発する。大剣を振り回し、自らの体の自由を確認する。しかし彼は同時に、精神支配が完全に解けていないことも理解していた。

「最低限の手伝いをします。兄さんは自由に」

「ふん。絶望的な状況だが、この俺が切り開いてやろう!」

「やれるもんならやってみな! 俺はともかく、ユィニーは手強いぜ!」

 不慣れながらも、かなり動きの良くなったロゼックはコーヴィアを圧倒する。完全に支配されていたときよりはやや劣るが、リッセの状態に影響を受けなくなった分、彼は自由に行動できる。

 コーヴィアは剣を弾かれそうになり、そこに大剣が振り下ろされる。それを受け止めたのはユィニーの触手。数本の触手で剣を絡めとり、武器を封じ込める。

「ふん、ならこれで……」

「いいけど、また今度でいい? 勝負、つけさせてもらう」

 二対一、これ以上続けても結果は変わらない。ユィニーは迷わずリッセを拘束していた触手に、破砕の剣を力を込めて、放つ。

「あ……う、うああっ!」

「リッセ!」

 骨がきしみ、折れる痛みにリッセは悲鳴をあげる。関節を中心に破壊されて、動きは完全に封じられる。痛みにロゼックの精神支配は完全に解けて、彼は感情のままに妹の名を叫んだ。

「貴様、何もここまで……」

「そんなこと言われても。こうしないと諦めない、でしょ?」

「と、とうぜん……ぐ……です。に……さんとの、仲を、ごか……い、されたまま……」

「ね?」

「……リッセ」

 ロゼックは俯く。今回の勝負の結果がこうなったのは、自分にも原因がある。いざとなればリッセが精神支配でカバーしてくれるからと、鍛錬を少なめにしていた自分に。

「にしても、全部やることはなかったんじゃねえか?」

「でも、まだ降伏の言葉を聞いてない。諦めた?」

「……認め、ます……う、くっ……」

「よろしい。お兄ちゃん、その人連れてって。動けない敗者には敗者への扱いを」

「ああ。ロゼック、行くぞ」

「待て、貴様、リッセに何を……」

「心配すんな。俺の妹は、どっかの誰かさんみたいに変態じゃねえからよ」

 コーヴィアに腕を引かれて、ロゼックは遠くに連れられていく。それを見て、ユィニーもリッセを拘束したまま、遺跡の物陰に連れていった。

「な、に……を……」

「痛そうだから、今度は気持ちいいこと。癒してあげる」

「それ、って……や、やめて!」

 苦しみながらも抵抗するリッセの服を、触手で優しく脱がしていくユィニー。すぐに下着まで脱がされ、生まれたままの姿になったリッセはユィニーの顔を睨みつける。

「……この、はなし……っぐ」

「黙ってて、痛いんでしょ?」

 ユィニーはリッセの白い肌の上を、優しく触手で撫でていく。

「ふ……やっ、いや……んんっ!」

「どう、調子は?」

「な……あなたは、そんなことまで……ひゃんっ! そ、こは……だめ、やめて、くださ……ふあっ! はあ……んぅ」

 柔らかな触手に全身を触れられて、リッセは敏感に反応する。彼女の反応を見て、ユィニーは小さく頷いて、やや激しく触手を動かし始めた。

「や、だめです! はげ、しっ……いやっ! はなして、はな、してっ!」

 リッセは目に涙を浮かべて必死に抵抗するも、緩やかに、それでいてしっかりと拘束された触手は振りほどけない。

 ユィニーは構わずに触手を動かし続けて、リッセの細く引き締まった両腕や両脚、肘や膝の表から裏まで、手首や足首、微かな膨らみに、滑らかな腰回り、震える左肩に、力なく閉じられた左腋、右腕を上に伸ばされ露になった右腋――至るところに太い触手を這わせていく。細い触手は小さな手足の指の間に絡みつき、関節を執拗に追いかける。

「ん……ふあ……くっ……は、いやっ、ほどけ……ほどいて!」

「落ち着いて。もうすぐだから」

「もう、すぐ……まさか、そこまで……そんなの、ぜったい、に……ふっ、んん……」

 拘束していた触手が力を弱めて、リッセを遺跡の壁にもたれかからせる。ユィニーは立たせたつもりだったが、リッセは力なく腰を落として座り込んだ。

「終わり。えーと、服は自分で着れる?」

「あ、当たり前です! あなたに任せたら、どうせまた……」

 渡された服を素早く着ながら、リッセはぶつぶつと呟く。

「最低です。全身の骨を何箇所も折りながら、さらにはこんな辱めを……本当に……」

 そこまで口にして、リッセはふと大きな違和感に気付く。

(骨折、したはずですよね? それなのに、今の私は……)

「あの」

「体は順調?」

「はい。もしかして、さっきのは……」

「うん。治療。私の触手は力を吸うのが一番得意だけど、力を与えることもできる。ちょっと時間はかかるけどね」

 癒しの力であるがゆえに、吸うときのように女王の血で防がれることもない。時間がかかるのは、女王の子は人間より丈夫で体力も魔力も高く、与える力が多くなるためだ。

「脱がす必要は?」

「直接肌に触れないと、効率が悪いから。なに、もっと楽しみたかった?」

「楽し……あなた、知っていたのですね」

「……大怪我したお兄ちゃんにやったときは別に何もなかったんだけど。続き、言う?」

「言わなくていいです」

 リッセは顔を真っ赤にして、黙々と着衣に集中する。

 服を装着したリッセを連れて、ユィニーは二人の兄を呼びにいく。遠くの方を見ると、戦いの終わった気配に気付いたのか、それとも女王たちが知らせたのか、東西で戦っていた四人の姿も見えた。

「リッセ! 何をされた」

「治療してもらいました。以上です」

「そうか。それだけか?」

「それだけです」

 努めて冷静に答える妹に、ロゼックは安心したようだった。

「愚かな兄ですね。心配しすぎです」

「しかし、仕方ないだろう」

「……そうですね」

 兄との会話を終えて、リッセはもう一組の兄妹――そちらの兄に目を向ける。

「コーヴィアさん、ありがとうございました。兄さんのこと、今回の件でよく理解できた気がします」

「礼はいらねえぜ。同じ兄妹として、ちょっと気になっただけだ」

「ふふ、そうですか」

 コーヴィアの言葉に、リッセは優しい笑みを浮かべる。その笑みはとても可愛らしく、その場にいた何人かは笑顔に見とれてしまった。

「あんたの妹、笑うと可愛いんだな」

「貴様、俺の妹に手を出すなら、容赦はせんぞ」

「そうですわ! その可愛い笑顔は私のもの! 今すぐ襲いたい……むぐっ!」

 マセリヤを置いて突撃してきたスースエルの口に、ユィニーは迷わず触手を突っ込む。

「ふぐ……ふむぅ……はむっ」

「ちょっと、噛まないで!」

 素早く彼女の口から触手を引き抜くユィニー。

「あら、私、奉仕もできますわよ?」

 不満そうなスースエルを無視して、ユィニーは触手を普通の手に戻した。

「さて、決着はついたわけだが……なんでも言うことを聞くんだったな?」

「ああ、その通りだ」

 コーヴィアは集まっていた他の四人のうちの二人、リリファとマセリヤを見る。二人も頷いたところをみると、話は理解しているようだ。

「そうだ、言い忘れていたが……直接敗北した者に限るぞ。俺は別に構わないのだが、ミレナとスースエルはそれしか認めないそうだ」

「了解した。俺とユィニーは決まってる。二人は?」

「ああ、考えておいた」

 話を振られたリリファが先に答える。マセリヤはまだ考えている様子だった。

「ミレナ。君には私と一緒に、東大陸へ向かってもらいたい」

「あら、私でよろしいのですか?」

「君の腕なら頼りになる。目的にも合致すると思うが、拒否はできないのだろう?」

「ふふ。できたとしても、拒否は致しませんわ。お引き受けします」

「さて、私たちはこれで解決だ。マセリヤは?」

 マセリヤの仕草は変わらない。しかし、言うべきことに迷っているわけではなかった。

「スースエルの故郷って、北の峡谷なんだよね」

「そうですわ」

「じゃあ、そこに私を案内して。北の方のことも知っておかないとね」

「つまり、あなたを私の母に紹介して欲しいと……嬉しいですわ。歓迎します!」

「や、違うって……あー、ま、いいかな」

「あちらはまとまったようだな。で、貴様は?」

「俺たちは簡単だ。ちょっと付き合ってほしいところがあるんだ」

 五の月三の週。戦いが終わって数日。兄妹はもう一組の兄妹と一緒に、ある古代遺跡を探索していた。

「行くぜ、ロゼック!」

「任せろ!」

 現れた擬似魔法。火の球を飛ばしてくる大型の鳥に、ロゼックは樹木を伸ばす。枝にはコーヴィアの粘液がついていて、火の球を防ぎながら擬似魔法の核を貫く。

「貴様の粘液、役に立つではないか」

「あんたのもな。さながら、樹液コンボってところか」

 コーヴィアが頼んだのは、一緒に古代遺跡を探索してほしいというものだった。

「いいのか? 俺たちはまたすぐに、剣を奪いにくるかもしれんぞ?」

「好きにしな。そのときも、今回みたいに返り討ちにしてやるぜ」

 そんなやりとりこそあったが、遺跡探索中は仲間同士。最初はぎこちなかったものの、戦い始めたらすぐに意気投合し、二人での連係技を生み出したのは探索を開始して十分と経たない頃だった。

「いいですか」

「なに?」

「触手と粘液の連係はしないのですか?」

「うーん、私の触手は強靭だから、あんまり効果的じゃ……」

 戦闘を兄二人に任せて、気楽な様子の妹たち。リッセの質問に答えながら、ユィニーははっとして足を止め、申し訳なさそうな顔でリッセに言った。

「ごめん。もしかして、目覚めた?」

「なっ……そんなわけないでしょう。失礼なことを言わないでください!」

「そう、ならいいけど」

 頬を赤らめたリッセを置いて、ユィニーはさっさと歩き出す。リッセも慌ててそのあとを追い、四人の姿は古代遺跡の奥に消えていった。

 彼らを巡る大きな物語は、互いに全力をぶつけた戦いを経て、幕を閉じる。彼らが再び大きな物語に巻き込まれるのかどうか、それは兄妹にも、女王にもわからない。だが、彼らが女王の血を引き、剣を持ち続ける限り――そう遠くない末来に、新たな物語の幕は開かれることだろう。


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