八月一日 午前九時四十二分


 久しぶりに二度寝をした。今回の組み合わせは大体決まっている。問題は、その組み合わせが実行できるかどうかがわからないことだけ。それを試すのに多くの時間はいらない。でも念のために、身支度を素早く済ませてちょっとした余裕は作っておく。

 今回試すことは二つ。ひとつめは、シアン、マゼンタ、イエローの三枚を同時に使えるのかどうかだ。色の三原色を混ぜれば黒になる。マゼンタとイエローの赤、イエローとシアンの緑は後回しでもいい。青で全く別の効果が表れたとしたらやった方がいいけど、混ぜただけなら試さなくても予想できる。

 もうひとつは杖だ。このカードの効果はわからないけど、何らかの意味はあるはずだ。でも単体で使ってもダメなのはわかっている。なら他のカードと同時に使えばいい。

 色のカードが二枚同時に使えたのだから、物の描かれたカードも同じように使えるかもしれない。私は杖のカードと一緒に、ぬいぐるみのカードを手に取った。

 右手にはシアン、マゼンタ、イエローの三枚。左手には杖とぬいぐるみの二枚。合計五枚のカードを手に、私は祈る。数が多いので心配していたけど、カードは今まで通りに光の粒子となって消えていった。

 私はぼんやりと光の消えたあとを眺める。そして数秒後には出かける準備をしていた。カードを使った私にできるのは結果を見守ることだけ。自由に行動はできても、それで未希を救えないことは身に染みてわかっている。

 その日、最初に起きた変化はイエローの魔法。私たちは昼前にペガサスを目撃した。勇輝はまた追いかけている。

 次の変化は喫茶店。未希の前にはチョコレートケーキがあった。未希が頼んだのではなく、チーズケーキが品切れだったのだ。この変化は今までにないものだし、予想していた変化とも違う。今回は手帳のカードは使っていないのだ。

 でも杖のカードは使ったから、それが何らかの影響を与えているのかもしれない。

 喫茶店を出ると、ペガサスが炎を吐いていた。火の玉より強そうだけど、射程は短くなっているみたいだ。ついでに竜巻も襲ってきた。けれど、私たちを襲う前にペガサスが竜巻を炎で消滅させてしまった。

「あれって、ペガサスの皮を被ったドラゴンなんじゃ……」

「えー、ペガサスの方がかわいいよ」

 思わず口から出た言葉に、未希が答える。私は注意深く未希の行動を見ていたけど、今回はペガサスに向かっていくことはなかった。これも今までにない変化である。

 だからといってまだ安心はできない。あちらから襲いかかってくることも考えられるのだから。少しして、ペガサスがこちらを見た。私は身構えて、動向を探る。

 ぬいぐるみが効果を発揮しいてれば私が何かできると思うんだけど、前と同じように念じてみても何も起こらない。一瞬の後、ペガサスが空高く飛び上がり、私たちに向かって急降下してきた。速度はゆっくりだったので避けられたけど、炎でも出されたらひとたまりもない。

「先輩! これ、使ってください!」

「梨絵? どうしたの?」

 走ってきたのは梨絵だった。手にはくまさんのぬいぐるみが握られている。カードに描かれていたのと同じデザインのようだ。

「話は後です! 急がないとまた来ますよ!」

 くまさんぬいぐるみを勢いよく投げつける梨絵。私は受け取ったはいいものの、それをどうやって使うのかわからない。とりあえず、ペガサスに投げつけて攻撃してみよう。

 まだペガサスは遠くにいるので、いつでも投げられるように待機しておく。すると、未希でも梨絵でもない声が聞こえてきた。

「ちょ、ちょっと! ぼくを投げるのはやめて! 死んじゃう!」

 子供のような声。なんか物凄く近くから聞こえてきたけど、近くには未希しかいない。

「聡美ちゃん、くまさんだよ」

「これ?」

 未希に指摘されて、私は手に持ったぬいぐるみを見る。くまさんは頷いた。普段なら見間違いだと思うところだけど、今の状況を考えるとそれくらいあっても不思議じゃない。

「投げて使うんじゃないの?」

「ちがうよ! 魔法にぬいぐるみみたいなぼく! これでわかるでしょ?」

 録音された音声というわけじゃなさそうだ。言いたいことは何となく想像できるけど、いくらなんでもこの状況でそれはないと思う。こういうのって、最初は人がいないところでやるべきなんじゃないだろうか。

「サポート役、というのも悪くないな。人払いは任せろ!」

「俺も手伝うよ。聡美、がんばれよ」

「勇輝……お兄ちゃん……」

 勇輝は商店街にいたし、お兄ちゃんも喫茶店にいたから、騒ぎになってここにいるのはよくわかる。順応性が高すぎるのは気になったけど、くまさんと話している間に近くに来ていた梨絵から説明されて理解する。どうやら彼女が伝えていたらしい。

 未希を見るとなんだか期待の眼差しで私を見ている。人払いもスムーズに完了したようだ。そしてペガサスはというと、さっきよりも高いところから私たちを目がけて急降下している。今度は炎つきだからかわすのは難しいだろう。

「さあ、はやく叫ぶんだ!」

「……変身、でいいの?」

 この状況だとこれしかないと思うんだけど、いきなり叫べと言われてもちょっと困る。けれど、実際には言葉だけで良かったらしく、数秒後には私の身体を包む衣装は妙に可愛らしいものになっていた。

 数秒の間は一応変身シーンになるみたいだけど、見ている人からすればともかく、本人にとってはよく見えないからあんまり魅力的なものでもない。

「まさかこんな展開があるなんて……」

 私は急降下して来るペガサスに、いつの間にか持っていた杖を向けながらそう呟く。そして杖から何かが出るイメージをすると、不可視の盾が私の目の前に現れた。

 それがわかったのは、ペガサスの炎が空中で反射したからだ。その炎はペガサス自身の身体を焼き尽くし、淡い光とともに消えていく。どうやら倒したらしい。

 特に言葉もなくイメージするだけで変身解除して、私は未希の様子を確認する。戦っている間に怪我しているということもなく、未希は元気に私を迎えてくれた。ふとさっきのくまさんを見ると、こっちも笑顔だ。

「聡美ちゃん、すごいよ!」

「やりましたね先輩!」

 勇輝とお兄ちゃんも遠くで満足したような表情を浮かべている。私は未来と梨絵の言葉に素直に頷いた。なんだかとんでもない展開になったけど、梨絵の言葉通り私はやったのだ。未希の命は助かった。そしてきっと、繰り返しもこれで終わる。

 こんな状態で終わったらあとが大変そうだなあと思いつつ、私は眠気を感じていた。意識が薄れていく感覚に近いけど、魔法少女に変身して戦った疲れが出たのだろう。考えるのも面倒だったので、私は静かに眠って身体を休めることを選んだ。


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