八月一日 午前八時五十分


 目を覚ましてからも、どうやったら未希を救えるのか考えていた。けれどどうやったらいいのかがわからない。自然を意味するシアン、謎を意味するマゼンタ、そしてイエローはおそらく魔法を意味するのだろう。

 ペガサスの存在と、私が使った力の両方を同時に説明するには、この言葉が一番しっくりくる。ペガサスは神話に登場するし、魔法も神話ではよく見かける。色んな神話がごっちゃになってるような気がするけど、大体あっていればいいので気にしないことにする。

 そしてそれぞれ、シアンには楽器、マゼンタには手帳、イエローにはぬいぐるみが一定の効果を示した。けれど、それだけである。あくまでも効果は一定で、未希を救うまでには至っていない。

 これで手詰まり、というわけでないのはわかっている。まだ一枚だけ、効果が全くわかっていないカードがある。杖のカードだ。どの色と組み合わせても効果がなかったこのカード。フェイクの外れカード、という可能性は考えにくい。

 この杖のカードがきっと、何か重要な効果を持っているのだろう。問題は、どのようにすればその効果を発揮させることができるのか、だ。

 そこでふと、ひとつの考えが頭をよぎる。シアン、マゼンタ、イエロー。この三色は色の三原色だ。ということはつまり、組み合わせれば別の色になるのではないだろうか。

 シアンとマゼンタのカードを手に取る。これで色は青になる。それだけでは何も起きなかったので、もう一枚カードを選ぶ。効果がありそうなのは二つあるけど、私はシアンに対応する楽器を選ぶことにした。

 そして今までと同じように祈る。すると、カードは光の粒子となって散らばり、溶けるように消えていった。

「できた……」

 喜び、と同時に私はため息をつく。光明が見えたのはいいけれど、組み合わせの数は増えているのだ。ある程度の効果はわかっているとはいえ、二枚まとめて起こる変化次第ではまだまだ先は長いかもしれない。

 それにもしかすると、それ以上になる可能性だってある。もっとも、それについては今回調べることはできないので、後回しにするしかない。

「でも、やるしかないよね」

 呟いて自らを奮い立たせる。繰り返しにちょっと慣れてきたけど、ずっとこのままでいいなんて思いはしない。でもそれは、最後の結末が悲劇だからかと思うと、ちょっと複雑な気持ちになる。これがもし最後まで幸せな日々を繰り返すのだとしたら、脱出するのを諦めていたかもしれないのだ。

 そんな仮定は意味がないとわかっていても、全くの無駄にはならなかった。このままでいいと思わないからこそ、未希を救って脱出しようと考える。今なら梨絵の『未希先輩の死も繰り返しを構成する要素のひとつ』という言葉は、それがわかっていたから出てきたのだとはっきりと理解できた。

「おはよう、聡美ちゃん」

「おはよ、未希」

 そしてまた一日が始まる。同じような一日。だけど、今までとは明らかに違う変化が起きている、そんな一日。

 青の効果はどうやらシアンとマゼンタの効果を混ぜたようなもののようだ。現に、帰り道で竜巻に襲われるまでは何ごともない一日だった。梨絵がそろそろ脱出できそうですか、と聞いてきたのは違いといえば違いだけど、彼女はイレギュラーだからカードとは関係ない。

 竜巻に襲われた私たちは川辺の草むらに落ちた。少なくとも、この段階では私たちは生きている。未希は気を失っているようだけど、楽器の効果は前よりも強く現れているように感じられたのは気のせいではないだろう。

「未希、大丈夫?」

「……ん。聡美ちゃん?」

 目を覚ましたのを見て安堵する。このまま無事にいければと思うけど、そうはならないだろうなと思う。案の上、再び竜巻が私たちに襲いかかろうとしていた。

「立てる?」

「……無理かも」

 未希は足を動かそうとしていたみたいだけど、怪我をしたのか苦笑いを浮かべながらそう答えた。私も未希ほどではないけど足が痛んでいる。それでも私は未希の身体を抱えて立ち上がる。けれど、それが限界だった。

「やっぱり重いや」

 呟く。私、そんなに重くないよ。なんて言葉が返ってくるかなと期待していたけど、いつまで経っても未希の返事はなかった。でもなんとなくそんな気はしていたから驚かない。

 感傷に浸っている暇なんてない。そう思っていてもやっぱり、大事な親友が死んだとわかると無心ではいられなかった。ただ、それは悲しみというより、怒りに近い感情だ。何で未希だけがこんな目に遭わなくちゃいけないのか、そんな気持ち。

 私が代われるなら代わってあげたい。でもその願いは叶うはずもなく、私はただ再び意識が薄れていくのを待つしかなかった。


次へ
前へ
夕暮れの冷風トップへ