八月一日 午前十一時七分


 今回の変化はシアンやマゼンタよりもだいぶ早くに表れた。次の店に行こうと一旦外に出たとき、私たちは見慣れないものを見かけた。

 街を白い馬が駆けていた。これだけなら見慣れないとはいえ、見かけてもおかしくはない。けれど、その馬には大きな翼が生えていた。空想上の生き物、ペガサスである。翼が作り物という可能性も考えたけれど、少しして天を駆けたのでその可能性は否定される。

「仲良くなれば乗せてくれるかな?」

「そうなるといいよね」

 ペガサスを目撃していた人はたくさんいたけど、大きな騒ぎは起きていない。人に害を成すイメージがないから、驚いても恐れるようなことはないのだろう。星座にもあるくらいだし、未希のように驚いてさえもいない人だって何人かいた。

 もっとも、あまりにも現実離れしすぎていて驚きを通り越しているだけかもしれないけど、余計な混乱が起きていないのは喜ぶべきだ。

「天駆ける馬が現れし理由、探る必要があるな」

 聞き覚えのある声がしたと思ったら、既にその声の主はペガサスを追いかけていた。ゆっくり飛行しているので、速度だけを見れば走っても追いかけられるだろう。

「勇輝くんが仲良くなったら紹介してもらおうね」

「うん。そうだね」

 何となく意味深な言葉を口にしたけど、あれは彼の癖みたいなものだ。私のように、本気でその理由を探ろうなんてしているわけではない。

 お昼になって私は梨絵にマゼンタの効果を報告した。ついでにさっきのことも聞いてみようかと思ったけど、先に口を開いたのは梨絵の方だった。

「先輩もペガサス、見ましたか?」

「うん。あれもカード、なのかな?」

「かもしれません。気をつけてくださいね」

 私は頷いて未希のところに戻った。ペガサスがどれだけ神秘的で、害を成さないように見えても、今までの経験から危険はないと楽観視することはできない。むしろ危険なものとして警戒するのが最良だ。

 その後、家電量販店の前で息を切らした勇輝と遭遇した。当然ペガサスは近くにいない。いくら勇輝に体力があるとはいえ、障害物の多い地上を走る人間が、空を飛ぶペガサス相手に追いつける道理がない。

 喫茶店ではお兄ちゃんに今回もケーキをおごってもらった。聞いてみたところ、お兄ちゃんはペガサスを見ていないらしく、私たちが話してもすぐには信じてくれなかった。信じてくれたのは、あとからやって来た他のお客さんも同じ話題を口にしたからである。

 そして喫茶店を出ると、再びペガサスが私たちの前に現れた。天駆ける馬は、口から火の玉ようなものを吐いて辺りを荒らしていた。

 ペガサスって火を吐けたっけ、と考えたけどそんなことはどうでもいい。外は騒ぎになっていたけど、大怪我した人もいなければ、何かが壊されているわけでもない。見た目は派手だけど威力は大したことないのかも知れない。

「なんで暴れてるのかな? 私、説得してみる!」

「ちょっと未希! 危ないよ!」

 私は慌てて未希を引き留めようとしたけど、間に合わなかった。放たれた火の玉は未希の身体に直撃する。威力は低く、一撃で死ぬようなことはない。けれど、連発されればそれだけ威力も高まる。

 吹き飛ばされた未希を抱きとめ、私は再び意識が遠のくのを感じた。

 イエローとの組み合わせはぬいぐるみ。今までの結果から、これで何らかの変化が起きるのは間違いないだろう。

 そしてその予想は見事に的中して、ペガサスに襲われる場面でその変化は起きた。

 未希に放たれるペガサスの火。注意深くしていても未希を引き留められなかった私は、未希を守って欲しいと強く願った。そしてその願いは叶えられた。

 見えない盾のようなものが未希の前方に展開されたみたいに、火の玉は未希に当たる直前で弾かれていった。しかし、火の玉の数は多い。その盾が強度を失うのは時間の問題だった。その間に未希を救えればと考えたけど、どうやらこの盾は私が生み出しているらしく、出している間はその場からほとんど動くことができなかった。

 そしてまた、私の意識は薄れていく。途中から数えるのを止めたけど、少なくとも十回は経験しているだろう繰り返し。シアン、マゼンタ、イエロー。三つの効果を確かめたけれど、希望はまだ見えてこなかった。


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