カレンダーの日付は八月一日。無事に私たちは戻ることができたようだ。朝早いこの時間、私の家にはさっきと同じように未希と梨絵が集まっていた。
カードケースには七枚のカードが入っている。これを使うには私と未希の二人がいればいいけれど、戻る前に未希は推理を話さなかったので、梨絵が気になるのも当然だ。未希は丁寧に七枚のカードを並べると、落ち着いた声で語り始めた。
「私たちが今までに見つけた色の組み合わせは、シアン、マゼンタ、イエロー、青、赤、緑、黒の七色だよね。それに組み合わせられる杖、ぬいぐるみ、手帳、楽器のカードは二枚までしか同時に使えない。これだけだと、どうやっても唯一の回答は導き出せない。
だから、唯一の組み合わせを作るには、前提条件から考え直さないといけなかったの。つまり、別の色を作り出すってことなんだけど、シアン、マゼンタ、イエローの三色を組み合わせても他の色はできない。けど、この三色を使うとしたら、もうひとつなくてはならない色があるんだよ」
「その色を乗せるキャンパスの色――白ですね」
「そう。だから作り出すべき色はそれしかない。問題は当然、いかにしてその色を生み出すかだけど、そのヒントは最初からカードに描かれていたんだよ。現物がないから記憶違いだったらという可能性もあったけど、今ならその可能性は否定できる」
未希は杖やぬいぐるみが描かれた四枚のカードを示す。それらのものが描かれているカードの背景は白だ。
「でも、白が見つかったとしても、問題が二つ残る。ひとつめはどうやって使うかだけど、これはそんなに難しくない。色のカードを使わなければそれでいいはず。念のために確認するけど、聡美ちゃんは試したことないよね?」
「うん。そんなの使ったことないよ」
「じゃあ次の問題。白ができたとしても、唯一の組み合わせを作るには足りない。それでしかできないような、完璧な組み合わせにならないといけないもの。それを実現するには、物の描かれたカードを三枚同時に使うしかない。できるという確証はないけど、それ以外の方法がないならそれが正解と考えるしかないよね。
その前提で、それぞれのカードを組み合わせるとこうなる。全ての色の効果に対して、反する力が上回る唯一の組み合わせ」
振り分けられたカードの片方はぬいぐるみ、手帳、楽器の三枚。もう片方はシアン、マゼンタ、イエロー、杖の四枚。
色にすると、白にぬいぐるみ、手帳、楽器の組み合わせと、黒に杖の組み合わせの二つだ。
「色は三つ混ぜることで薄まっているから、ぬいぐるみ、手帳、楽器の反する力はその時点で上回っている。それらを一人で組み合わせたわけじゃないけど、二人の関係は対等だから効果は発揮される。肝心の白の効果だけど、これは単純に空白を意味すると考えてもいいと思う。もう一枚使うための枠ってことだね。
ぬいぐるみ、手帳、楽器のカードはそれぞれ対応するカードが既にあるから、単体の杖が白に反する力という可能性については、ひとつのカードが二つの効果を持っていることになるから否定される。だからこの場合の杖の役割は、シアン、マゼンタ、イエローの三枚だけでは効果を発揮できないから、それを発揮させることだけ。
なんて、そういう可能性が一番高いと思うけど、推論だから根拠はないんだよね。でも、唯一となる完璧な組み合わせはこれ以外にない、という事実は変わらないよ」
未希は全てを言い切って、そこで軽く息をついた。私と梨絵は何も口にせず黙っている。言葉に圧倒されたわけではなく、その推理が正しいかどうかを考えているのだ。結果、特に穴がないと思った私は梨絵を見る。梨絵も同じ結論に達したようで、小さく頷いた。
「さすが未希だね。それじゃ、やってみようか」
「その言葉はまだ早いよ。試してみて失敗したら恥ずかしいじゃない」
言いながら、未希は四枚のカードに手を伸ばす。私が使うのはもう一方の組み合わせだ。今回の場合はどちらがどのカードを使っても、展開に変化はない。もし変化があるとすれば、この答えが間違っていた場合だけだ。
「これでどうなるか楽しみですね。きっと、凄いことになりますよ」
梨絵が楽しそうにそう言った。これが繰り返しに囚われている状態なら楽しんでいる場合じゃないと言うところだけど、今は違うから私は別の言葉を口にする。
「なりますよって、まるで知ってるみたいじゃない」
「全部は知りませんけど、先輩方より詳しいのはもう説明したじゃないですか。私はそのカードに対してイレギュラーなんですよ」
「ふーん。ねえ未希、使う前にちょっといいかな?」
未希は私がカードを手に取るのを待っているのか、四枚のカードを使う様子はない。これならまだ試すことができる。
私は一枚のカードを手に取って、勢いよく破ってみた。描かれたくまさんのぬいぐるみの絵は、頭と胴体に分かれて無残な姿になっている。この場にマスコットがいたらきっと怒りだすことだろう。だけどその姿が晒されたのは、ほんの短い時間だった。
破られたカードは眩い光に包まれたかと思うと、一瞬の後には元の綺麗なカードの姿に戻っていた。
「なるほどね。梨絵、これは私たちにはどうにもならないの?」
「今のところは私にもどうにもなりませんよ」
梨絵は特別な感情を込めず、淡々と答える。でも今はその言葉だけで充分だった。
「そっか。今のところは、ね」
未希は私の突然の行動に驚いた顔をしていたけど、少し考えて意味を理解したのか、特に疑問を口にすることはなかった。
「それじゃ、使おうか」
「うん。そうだね」
私たちの祈りに応じて、七枚のカードは光の粒子となり、空を舞う。やっぱりその輝きは今までと変わる様子は無く、見慣れた光景だ。といっても、一週間くらい見ていないからやや懐かしさを覚える光景でもある。
そしてその光に対する感情もちょっと違う。綺麗な光だけど、その綺麗な光を生みだしているカード自体は、きっと私たちにとっては綺麗なものでもなんでもないからだ。
時計の針はもう五分もすれば十時を指すだろう。でも急ぐことはない。未希の話が何となく長くなりそうなのはわかっていたから、既に出かける準備は万端だ。
今回は一体どんなことが起こるんだろうと考えながら外に出ると、いきなりペガサスが空を舞っていた。ゆっくりと飛ぶペガサスの背には、くまさんのぬいぐるみが乗っていた。マスコットなら空を飛んで逃げられるはずだから、あれはきっとただのぬいぐるみだ。
けれど、商店街に着いてからは今まで通りの展開で、特に大きな変化はまだなさそうだ。梨絵とは出会っていないけど、朝出るときに、今日は会う必要ありませんよね、と言っていたから不思議ではないし、そもそも彼女にカードの影響は及ばない。
そしておそらくは、今回の一番大きな変化に出くわしたのは午後。白銀勇輝に出会う家電量販店でのことだった。
「……やはり来たか」
私たちの姿を見て、勇輝が最初に口にした言葉はそれだった。彼も記憶を残している、ということはないはずだけど、どういうことだろう。
「貴様たちが来るのを待っていたぞ」
妙に低い声でそんなことを言う。態度は普段のままの勇輝だけど、台詞の内容が変だ。
「勇輝くん、変なものでも食べたのかな?」
「寝ぼけてる、にしては目が冴えてるよね」
「じゃあ、何かに乗っ取られたとか?」
「まさかそんな……ありえない、とは言えないけど」
勇輝に聞こえないように私たちは言葉を交わす。しかし、普段と様子の違う彼の耳にはちゃんと言葉は届いていた。
「ほう、すぐに見破るとはやるではないか。だが、その程度で私を封印することは叶わんぞ」
「……封印ってなんだろうね?」
「勇輝、じゃないみたいだけど、教えてくれる?」
ひそひそ話をしても意味がないとわかったので、私たちは堂々と疑問を口にする。さっきは自ら勝手に語り始めたし、聞いたらきっと答えてくれるはずだ。
「よかろう。我は遥か昔に忌まわしき天使どもに封印された魔王の魂。肉体は滅んだが、貴様たちのおかげで復活を果たすことができた」
「魔王だって、聡美ちゃん」
「凄いの出てきたね」
ちなみに、私たちの周囲に人はいない。今回だけ特別というわけではなく、今までもそうだったから特に変化はないと思う。
「……緊張感を持てとは言わないでおこう。だが、貴様らも馬鹿なやつだ。あの世界を享受しておけば、このような事態にならなかったものを。もっとも、我の作戦通りではあるがな」
「……ねえ未希、こいつを倒したらいいのかな?」
「よくわかんないけど、そうなんじゃない?」
直接的な単語は出ていないけど、内容を把握するには彼の言葉だけでも足りる。ただ、どうにかするにしても、どうやったらいいのかはわからない。
「ひとつ聞いていい? 勇輝の身体は人質か何か?」
勇輝の中の人は首を横に振った。それからなんだか小難しい説明をしていたけど、要するに彼が中に入っている状態で勇輝の身体を傷つけても、勇輝自身に影響はないらしい。
「しかし、貴様らに我を倒すことはできぬ。魔法の力を発揮できないその状態で、できることなどありはしないのだ!」
声を少し大きくしたかと思うと、魔王は手をかざして光の弾を発射した。それは私たちの頬を掠めて、後方で小さな爆発を起こす。確かに、これは私たちにはどうにもならなそうだ。彼の言う通り、祈ってみても魔法が使える気配はない。
私たちは頷きあって、さっさとその場から逃げ出すことにした。余裕をみせてか、それとも乗っ取った身体に慣れていないのか、魔王は歩いて追ってくるので逃げる時間は充分。
そして外に出たところで、慌てて喫茶店から出てくるお兄ちゃんの姿を見つけた。
「二人とも、無事かい! 今、何かすごい音がしたけど……」
爆発の音は外まで響いていたらしい。私たちは詳しいことは省いて、お兄ちゃんに事情を説明する。魔王なんて言われて信じてくれるかどうかはわからないけど、店から現れた魔王がまた爆発を起こしたので、信じてくれたみたいだ。
「俺は周囲の人を逃がしてくるよ。二人の方が、詳しいんだろ?」
「うん。お兄ちゃん、気をつけてね」
「それはこっちの台詞だよ」
お兄ちゃんは笑って答えた。直接対峙する私たちが一番危険なのは、自分でもよくわかっている。でも、詳しく知らないお兄ちゃんよりは、少しは動きやすいはずだ。
私たちはゆっくりと歩いてくる魔王の様子をうかがいながら、対処する手段を考える。
「考えたところで無駄だ。我のカードを滅することもできない貴様らには、我自身を倒すことなど不可能。もっとも、我が出たことによりカードの防御は消えてはいるが、それをどうにかしたところで我がいれば再び世界は繰り返す」
状況は絶望的、ではないと思う。彼の言葉を聞いてそれは確信できた。やり直させるのは彼の力ではなく、彼の存在そのものなのだ。
ただ、彼の余裕を見ると、やり直せばそれでいい、という簡単な解決は通じないのだろう。そう思って私が彼に目を向けると、聞かれる前に自ら口を開いてくれた。
「我の出現はもう確定した。繰り返そうと、それは変わらぬ。繰り返しは厄介だが、時間さえかければ脱出することは容易。そして、完全に復活した我は天使を討つ。貴様らとはその準備が整うまで遊んでやろう」
「逆に言えば、この繰り返しに囚われている間は、完全な力を出せなくて、天使を討つことはできないってこと?」
魔王は無言で肯定する。だが、彼は余裕たっぷりの笑みを浮かべていて、そんなことなど問題にもならないと言いたげだ。この一日の間に天使たちが地上にやってきて、魔王を倒すなり再び封印するなりすることはできない、といったところだろう。
「聡美ちゃん、梨絵ちゃんはどこかな?」
「梨絵がどうかしたの?」
「もう、忘れたの? 梨絵ちゃんの言葉」
「あ、そっか」
魔王とやらに意識を向けすぎていて、すっかり忘れていた。梨絵はカードに対してイレギュラーな存在。だけど、それはあくまでもカードに対してだ。
私たちが梨絵を探そうと辺りを見回したのと、彼女の暢気な声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
「そろそろかなと思って来たんですけど、ちょっと遅れました?」
梨絵はくまさんのぬいぐるみを持って現れた。手足が動いているからマスコットになっているらしい。そういえば、最初にあのぬいぐるみを持ってきたのは梨絵だったから、あれは元々彼女の持ち物だったのだろう。
「僕の本当の力を二人に見せてあげるよ!」
「正確には私の力を預けているだけなんですけどね。盗まれたときはちょっと困りましたけど、幸い、未希先輩の推理が正しかったのでどうにかなりました」
「……貴様ら、我を無視するな!」
言葉と同時に、光の弾を放つ魔王。その光は今までにない大きさで、直接私たちを狙っている。当たったらひとたまりもないことは容易に想像できるけど、恐怖はなかった。
「正解じゃなかったら、こんなことはできなかったんですよね」
梨絵が軽く手を振ったかと思うと、光の弾は一瞬で消える。もう片方の手は、くまさんのぬいぐるみに触れていた。
「先輩、預かっていてください」
マスコットは力を失ってただのぬいぐるみに戻っていた。私が手渡されたそれを受け取ると、梨絵は魔王に相対する。
「魔王、でしたっけ?」
「……貴様、まさか」
「残念でしたね、天使が空から助けに来るのは確かに間に合いませんが、ここにいれば話は別です」
「馬鹿な! 天使どもは既にここは忘れて、放棄しているはず!」
「いつの世にも物好きはいるものです。私の生活を守るため、さっさと退治させてもらいますね」
魔王の顔から余裕の色は消え失せていた。その代わりに、浮かんでいる感情は動揺。けれどそれもやがて消え、怒りが顔に現れた。
「……くく、ふははは、はーはっはっは! 天使といえども、相手は一人! 今の我でも、それくらいなら倒せる!」
「昔ならそうだったでしょうね。ですが、今はちょっと事情が違うんですよ。あっちも色々あって、地上に降りるにはそれ相応の力がないといけないことになりまして」
今どき珍しいというか、創作物でさえもあんまり見かけない三段笑いで戦意を高揚させる魔王に対して、梨絵は至って冷静だ。
一瞬の沈黙。これ以上語ることのなくなった二人は、互いに相手をじっと見つめたまま動かない。どちらも隙がなくて動けないのではない。力を溜めて大きな攻撃を仕掛けようとする魔王を梨絵が待ち受けているのだ。
さっきは簡単に攻撃を防いだ梨絵だけど、あれだけ多くの力を至近距離で放出されれば同じようにはいかないのだろう。かといって、溜めている隙に攻撃するにしても、距離があるから簡単ではない。
もちろん、梨絵も飛び道具を持っていたり、遠距離攻撃をできるかもしれないけど、わからないのは相手も同じだ。魔王と名乗るくらいなんだから、複数の攻撃手段を持っていてもおかしくはない。
力を溜め終えた魔王が空に手を掲げて、攻撃を放つ。空中に向かって大きな光が浮かび上がり、爆発したかと思うと無数の光の矢が地上に降り注いだ。
「様子見しておいて正解でしたね」
梨絵は動かず、私たちを守るように不可視の盾を生み出し、矢を防いでいく。
「戦えないものを狙うなんて、正々堂々戦ったらどうですか?」
「貴様こそ、様子見などせずにさっさと近づいて来たらどうだ?」
盾で消えなかった光の矢は、地上に落ちることなく再び光にも戻り、魔王の上に集まっていった。集まった光は姿を変え、光線となって梨絵に向かう。
梨絵は確実に盾を作ってそれを防ぐ。その気になれば私や未希を狙うこともできたんだろうけど、魔王は梨絵一人を狙っていた。
「お返しです」
防いだ光は反射されて、魔王のいた場所に向けて戻っていく。しかし、魔王もそれを予測していたのか、反射されるより前に回避行動をとっていた。
梨絵は魔王に向かって駆け出していく。相手も同じく駆け出し、二人の距離はすぐに縮まった。放たれる魔王の蹴りや至近距離での爆発を、梨絵は余裕で回避している。ただ、魔王も上手い具合に二つの攻撃を使い分けていて、反撃する隙は作らせない。
逆に言えば、それだけ一撃の威力が低いことになるんだろうけど、魔王なんだからこれくらいの力は使い続けても疲労したり、魔力みたいなものが尽きたりはしないのだろう。
「……随分と慎重ですね」
「この距離で強力な攻撃を反射されては困るからな。じわじわ削らせてもらおう」
どうやら魔王は以前に私がペガサスを倒した方法を警戒しているらしい。けれど、あの盾の力が梨絵の力であるとすれば、もうひとつ彼女に使える魔法があるはずだ。
「反射する必要なんてありませんよ」
隙を狙うまでもなく、梨絵は特大の光を魔王に向けて放つ。もちろん、相手もそれを忘れているはずがなく、素早く防御行動をとっていた。
攻撃は防いだものの、その隙を狙って梨絵が反撃に転じる。魔王も最初は余裕で回避していたが、徐々に押されているのは誰の目にも明らかだった。
「……く、さすがは天使、といったところか」
その声には悔しさも怯えもない。むしろ、顔には笑みさえ浮かんでいる。
「だが、これならどうだ!」
言った瞬間、魔王――勇輝の身体が輝き始める。それは梨絵に対しての攻撃ではない。
「ここへ来て人質ですか」
「意味もなくこの男を選ぶわけがなかろう」
よくわからないけれど、梨絵が攻撃を止めたところを見ると、このまま魔王を倒すと勇輝の身体にもダメージが及ぶのだろう。距離をとった梨絵に、魔王は追撃をしない。いや、できないといった方が正しいのかもしれない。
勇輝の身体は人質であると同時に、魔王が力を使うための器でもあるのだ。人質にするために融合か何かを弱めたとすれば、彼が使える力も弱くなるのは道理だ。
「先輩、こういうときの勇輝先輩はなんて言うと思いますか?」
梨絵は焦らず冷静に聞く。勇輝と梨絵は直接会ったことはほとんどないけど、勇輝のことを梨絵に話したことも、その逆もある。
「勇輝ならって、ねえ未希?」
「うん。勇輝くんが言う台詞はひとつだよ」
私たちは頷きあって、声を揃えて言った。この場面で勇輝が必ず言うであろう台詞を。
「俺のことは構わず、こいつを倒せ!」
「……だそうです」
梨絵は魔力を溜めて、魔王へ攻撃しようとする。その動作に、魔王は言葉で説得しようと試みる。最善の行動だと思うけど、その説得が効果を成すことはなかった。
「無駄です。完全に離れない限り、勇輝先輩の身体は傷ついても死ぬことはない。彼を人質に選んだのが失敗でしたね」
その言葉は真実だった。もし他の私たちに近しい人物――お兄ちゃんが選ばれていたら、こうも躊躇なく行動を起こすことはできなかっただろう。
梨絵の手から放たれた光に、魔王は出せる限りの力で防御する。しかし、攻撃を止めるには至らない。僅かに届くのが遅れただけで、光は魔王の魂と勇輝の身体を包んでいく。光が消えたその場には、傷ついた勇輝が倒れていた。
「その台詞、自分で言えなかったのが、心残り、だ……」
ボロボロになっていた勇輝は、最後にそんな台詞を残した。最初からなのか、魔王が離れようとしてからかはわからないけど、何にせよ彼が今の状況を理解しているのは確かだ。
商店街には戦いの跡がそこかしこに残っているけど、そこまでひどい有様ではない。ちょっと大きめの台風が過ぎ去ったくらいだ。それでも、ある程度の騒ぎになるのは間違いない。私たちは、倒れている勇輝を連れてそそくさと立ち去ることにした。時間はかかるけど、三人いれば運ぶのも難しくない。