朝食を終えた私の家には、前回と同じく未希がいた。
「今回の組み合わせはこれにするね」
言って、未希は七枚のカードを振り分ける。片方にはイエロー、杖、ぬいぐるみの三枚。もう片方には残りの四枚、シアンとマゼンタ、手帳、楽器。
「この組み合わせって……」
それぞれに無駄のない組み合わせ。私が未希を救って、脱出したときの組み合わせと同じパターンだ。未希を信じてはいるけど、素直に受け入れるのはちょっと抵抗がある。表情からそれを読み取ったのか、私が聞く前に未希は説明してくれる。
「それぞれのカードを組み合わせたときに、色を混ぜると元の色が薄まって、杖をつけると反する力が強くなるってところまではいいよね。――ん、じゃあ続けるね。でも聡美ちゃんが一人のときダメだったのは、色が足りないからなんだよ。私たちの前にあるカードが脱出のために必要なのだとしたら、カードが余る使い方は全部間違ってることになる。
だから、カードが余らないように完璧な組み合わせを作れば、それが正解……だと思うんだけど、ちょっと気になることがあるんだよね」
私も気になることがあった。未希の気になることとは別だと思うけど、その前にこれを確かめておかないと気分が落ち着かない。
「その前にひとついい? 全部使わないといけないってことは、そもそも私一人で解決するのは不可能だったってことで間違いないんだよね」
「そうじゃないかな?」
「そんなに軽く言わないでよ」
私はちょっとふてくされたように言う。
どうせ一人では解決できないのなら、私がやってきたことは全部、徒労だったことになる。二人いないと解決できないなら、最初からそうすれば良かったんだ。そこまで考えて、ひとつの疑問が浮かぶ。本当にそんなことは可能だったのだろうか。
可能だったとしたら徒労なのは決定的だ。けれど、もし不可能だとしたら、私の行動なくしてこの状況は作り出せないことになる。
もちろん、可能だとしてもカードの効果を知らなくては始まらないから、一人でやることが無駄だったということにはならない。
「未希はどう思う?」
ここまでの考えは口にしていない。けど、私が黙って考えている間、未希が何も言わなかったのは、私がこの考えに気付くまで待っていたからだと思う。ならこの一言で伝わるはずだ。
「最初から二人でできるんだとしたら、梨絵ちゃんが知ってるんじゃないかなと思うんだ。そしてもしそうなら、それを隠す理由なんてないよね」
「そうだよね」
徒労ではなかったと気付いて、次に浮かんできた感情は怒りだった。こんな状況を生み出した何者かに、私は怒りを覚えていた。でもこれほどのことを普通の人にはできないから、人じゃなくて世界や、それともまた別の何かかもしれない。
ただひとつだけわかっているのは、怒りをぶつける相手がいないこと。そしてもうひとつ決めているのは、これが誰かの仕業だったときの対処だ。
犯人がいるなら許さない。私や未希をこんなことに巻き込んだ者には、それ相応のお返しをする権利はあると思う。相手がわからない以上、具体的な内容は決められないけど。
「聡美ちゃん、怖い顔してるよ? 気持ちはわかるけど、まずは脱出してからにしようよ」
「ん、そうだね。そうしないと何も始まらないしね」
私は微笑んでみせる。許すも許さないも、犯人か何かを突き止めるのも、まずこの状況から脱出しないことには始まらない。
「そうだ。未希の気になってることって、何?」
忘れかけていたけど、未希がさっきそんなことを言っていた。
「さっきの組み合わせは完璧だって言ったけど、ちょっと自信ないの。だって、同じような完璧な組み合わせは他にもあるんだよ」
確かに未希の言う通りだ。推理が正しいと仮定すれば、完璧になる組み合わせは他にも二つ存在することになる。
「七枚全てを使う必要があるなら、唯一の答えがあって然るべきだと思うんだけど」
私も納得して頷く。でも、そんな唯一となる組み合わせが存在しないこともわかっているから、未希はちょっと考えすぎているんじゃないかと思う。
「もし失敗したらそのときに考える。それでいいんじゃない?」
「それもそうだね」
未希はあっさりと答えた。私たちがカードを使うことにリスクはない。推理が外れたらやり直しができないというなら慎重に考えないといけないけど、今の状況は推理が外れてもまた繰り返すだけだ。やり直せるなら、やや不安があっても試すことを優先した方がいい。
「さてと。それじゃ、次の問題だね」
「次? 他にも何かあるの?」
他にも気になることがあるのかと思ったけど、未希は真剣な表情をしながらもどこか楽しげだ。ということは、答えはわかっているけど決められない問題である可能性が高い。
今の状況でそれに当てはまる事といえば、おそらくこれしかない。
「どっちが魔法少女になるか、だね」
三つある完璧な組み合わせの中から、わざわざこの組み合わせ未希が選んだのはこのためだったのだ。
「うん。魔法少女になれる機会なんて、滅多にないんだよ」
「そうだね。じゃあ、未希が選んでいいよ」
「……選んでからやっぱり変えて、って言うのはなしだからね?」
「わかってるよ」
魔法少女になるのはちょっと楽しかったけど、強くなりたいというほどの気持ちはない。なら、魔法少女になりたいと思う未希を邪魔する理由はない。
「じゃあ、私はこれね」
言って未希が選んだのは、青と手帳に楽器の組み合わせ。魔法少女になれない方だ。
「あれ?」
「聡美ちゃんの魔法少女姿、楽しみだなー。自分がなるのもいいけど、やっぱり見るのが楽しいよね」
にこにこと笑顔を見せる未希。予想外の展開に、私は思わず口にしてしまう。
「えっと、変えてっていうのは……」
言った瞬間、未希の表情が曇った。そして、なってくれないの、とでもねだるような視線を向けて来る。そこまでされて断れる私ではないし、そもそも別に魔法少女になるのは絶対にいやってわけじゃないから断る理由もない。
「なし、だったよね。じゃあ、使おうか」
笑顔の戻った未希と一緒に、私はカードを光に変える。粒子となった光は空気に溶けるように消えていく。その様子は今までと同じく、変わらない。
光でわかれば楽なのにと一瞬考えたけど、それはそれで困るからこれでいいと思い直す。成功したならそれでいいけど、失敗したとわかった上で一日を過ごすことほど辛いことはない。
時計の針は十時十分前を指していた。そろそろ出かける時間だ。
その日の展開は今までとほとんど変わらなかった。私のケーキはイチゴショートではなくなり、戦闘中に現れた竜巻は、炎を吹く二体のペガサスがどうにかするまでもなく、私たちを避けていく。変身する私と、喋るくまさんのぬいぐるみもそのままだ。
あとは私がペガサスを倒すだけ。カードの効果を考えると、私の勝利は確定している。とはいえぼーっとしていたらペガサスが勝手に消えるわけでもないし、手を抜いて戦ってあっさり勝ててしまうというようなこともない。
つまり私は本気で戦うしかない。そうすれば勝てるはず。だけど、私は今までになく苦戦していた。必殺技で跳ね返した炎も相殺されてしまうと、あのペガサスも学習しているのではないかと思ってしまう。
いや、もしかすると本当にそうなのかもしれない。マスコットであるくまさんのぬいぐるみも、前回の記憶を持っていた。ならば、敵であるペガサスも同様に覚えていても不思議ではない。
「聡美ちゃん! 来るよ!」
ペガサスは交互に炎を吐いて攻撃してくる。それも、空を自由に飛び回りながら、色んな方向から来るのだ。私が必殺技で炎を全方向に反射したのと同じように、相手もそれを相殺するために広範囲に強い炎を放ったから、間違いなく疲弊はしている。
万全の状態なら、炎を吐いたまま飛び回っていたことだろう。もし私だけが疲弊していたなら、それを防げずに倒されるのは時間の問題だった。
「打開策はないの?」
「必殺技が効かないなんて……そんなことって……」
隣のマスコットは役に立たない。でも、さっきからぶつぶつ呟いているのでうるさい。
「……投げてみようか」
「どうしよう……どうし……うわあっ!」
抵抗されたらやめようと思ったけど、掴まれても気付かなかったから私はマスコットをペガサスに投げつけた。二体のペガサスは突然目の前に現れた障害物へ向け、反射的に炎を放つ。
「燃やされるー!」
「大丈夫。作戦だから」
私はマスコットを守るように盾を展開させ、炎を反射する。距離が離れていればペガサスも回避するなり、相殺するなりする時間があったことだろう。けれど、マスコットがいるのはペガサスの近くだ。
マスコットとの距離が違うため同時ではなかったものの、反射された炎で自らの身体を焼き尽くされ、ペガサスは消えていった。そして、落ちてくるくまさんのぬいぐるみ。
「うわあ! 落ちるー!」
「飛べるでしょ」
なんか叫んでいるけど、マスコットはふよふよ浮いていたから、高くはなくても空を飛べるはずだ。ただ、私に指摘されるまでそのことを忘れていたらしく、マスコットが浮いたのは地面に衝突する直前だった。
私は変身を解いて、未希のもとに駆け寄る。未希も私も無事で、あとはこのまま意識が途切れることがなければ、また繰り返すことはない。
未希と手をつないでじっと待っていても、私たちの意識が薄れていくことはなかった。そして、遠巻きに私たちを眺めていた梨絵から一言。
「午後四時二十三分。二十二分を過ぎて繰り返さないなら大丈夫ですよ」
こうして、長かった私たちの一日はやっと終わりを迎えた。あれだけ動いたから、疲れてちょっと眠くなってきたけど、このまま寝てしまっても次に起きるのは今日の夜か、明日の朝になることだろう。