まじかるゴースト


一月二十八日 午前七時二分 研究棟一階 食堂


「では、皆さん了解、ということですね」

「実行は朝食後、午前九時としよう。僕に晴人くん、それから八雲さんが魔法連絡塔へ向かう。瑠那嬢に、美晴さん、熾月さんはここで待機。一時間で起動、二時間で戻る予定だが、遅れた場合は屋上から様子を確認してくれ」

「はい、お嬢様」

 八雲さんの手から、瑠那に双眼鏡が手渡される。昨日のうちに倉庫で発見したもので、魔動式の特別な双眼鏡だそうだ。魔法連絡塔を含む、周囲の状況を把握するのに使われていたものというのが、八雲さんと沢登さんの推測。

 必要とする魔力量は極めて少ないが、通常の観測の他に、魔法観測や倍率調整など、操作はやや複雑なため操作方法の説明も同時に行う。瑠那は理解が早く、すぐに使いこなしてみせた。

「確認したら、状況に合わせて魔法による補助、連絡を頼むよ」

「はい。わかりました」

 この役目は樹さんが。魔法連絡塔はその名の通り、魔法による連絡を行うための塔。この距離なら熟練を必要とせずとも、施設から塔へ魔法を届けることは簡単だ。

『ふぁいんも頼むぞ』

「任せといて!」

 さらにもうひとつ、施設にはふぁいんもいる。魔法連絡塔の起動に失敗しても、二人がいれば安心だろう。迫る死の危機、何かが起こるとすれば起動後――それが俺とふぁいんの共通した見解だった。

 いつもと変わらない朝食を終えて、休み、行動開始の時間がやってくる。危険を認識しているのはみんな同じだが、死の危機を認識しているのは俺とふぁいんだけ。

 注意しなければならないが、かといって気負いすぎるのも良くない。一体何が死の危機に繋がるものなのか、はっきりとはわかっていないのだから。これに違いないと決め付けて、他への注意を疎かにしてしまっては、待っているのは最悪の結果。それだけは絶対に避けなければいけない。


一月二十八日 午前九時〇分 研究棟一階 玄関


 出発の時間になった。先頭を歩く八雲さんに、俺と沢登さんが続いて研究棟から外へ出る。三式の防寒魔法をかけて、魔法連絡塔目指して雪原を歩いていく。

「こちらです。晴人さん、維持の方は?」

「大丈夫です」

「了解しました。では、足場に気をつけて参りましょう」

 防寒は魔法でどうにかしたとはいえ、雪の積もった足場は悪い。魔法連絡塔は八雲さんが目覚めた場所。魔法連絡塔と施設を繋ぐ道に深い雪は積もっていないが、施設で見つけた雪道用の靴がなければ、他の魔法の補助も必要になっていただろう。

「……にしても、凄いですね」

 魔法連絡塔と施設を繋ぐ道は、綺麗に人一人分の幅。左右を囲む雪の壁も崩れる心配がないように、なだらかに整備されていた。八雲さんが魔法で整えたのは間違いない。

「計算は得意ですから」

「ふむ。僕から見ても、これはかなりのものだね。八雲さん、君の魔力量は極めて少ないと聞いていたが……」

「はい、ロリコン伯爵」

「それでこの距離だ。よほど正確な計算の上で魔法を使わないと、一日で辿り着くのは難しかっただろうね」

 またも八雲さんの口から出た呼び名が気になったが、沢登さん本人が気にしていないようなので、俺からは何も言わないでおく。

 同じく魔力量の少ない一人として、彼女からは色々学べることもありそうだ。見返りに色々求められそうな気もするが、機会があれば尋ねてみることにしよう。そしてその機会を作るため、俺は魔法連絡塔への雪道を歩き続けた。

 三十分くらいは歩いただろうか。途中、数日の間に雪が崩れて、歩きにくくなっていた場所を何度か補修しながら、俺たちは無事に魔法連絡塔に到着した。

 魔法による雪道の補修は沢登さんの役目。技術的には俺や八雲さんでも十分に可能だが、いざというときのために少しでも魔力は温存しておきたい。施設にあった防寒具は、雪靴などのごく僅かなもの。突然の吹雪など、万が一のときに頼りになるのは魔法だけだ。

 魔法連絡塔は雪の中でもやや目立つ、白銀色の高い塔だった。四方を壁に囲まれた、四角い塔の裏には扉があり、内部にはその名の通り、外部に連絡するための設備がある。

「動作までは確認していませんが、見た目には故障している様子はありませんでしたよ」

 というのは、沢登さんが二人で相談しているときに八雲さんが口にした言葉。

「ふむ……確かに、そのようだね」

 というのは現在、沢登さんが軽く動かしてみて、故障がないかを確認し始めたときに出た言葉。同時に魔法連絡塔の起動方法も確かめるため、俺と八雲さんは彼の指示で動き、各所を確認していた。

 といっても、設備の数はそれほど多くはない。が、設備のあるのは地上に近い一階と、長い階段を登った塔の最上階。外見と登ってみた感じからすると、七、八階くらいはありそうだ。俺と八雲さんが確認に行った最上階には、小さな設備と地上との連絡用の魔法道具があった。

 八雲さんが調べて、俺が沢登さんに連絡する。そして調べ終わった結果、設備は問題なく動きそうだということが判明した。しかしもちろん、この魔法連絡塔の設備は全て魔動式。その動力をいかに確保するかが、喫緊の問題であった。

「残念ながら、ここまでお嬢様の魔力は届いていないようです」

「魔力さえ届いていれば、起動するのは簡単なのだけどね」

 とはいえ、それは施設を出るときにわかっていたこと。多くの魔力を必要とする地上階の設備に魔力を注ぐのは沢登さんで、少ない魔力で済む最上階は俺と八雲さんの二人が動かす。数日の間、魔法連絡塔を起動して存在を知らせるだけなら十分だ。

 しかしそうなると、俺と八雲さんの魔力はほとんど尽きてしまう。起動した後のことを考えるとやや不安だが、帰りの防寒魔法を使うだけの魔力は残る。

「では、始めてくれ」

「はい。八雲さん」

「了解です」

 細かい操作は特に必要なく、指定された場所に魔力を注ぐだけ。生きた施設なら頻繁に注ぐ必要のない細かい設備にも、今回は魔力を与える必要がある。なので多少の時間はかかったが、作業は無事に終了した。

 設備の一部が光を放ち、魔法連絡塔が起動する。外から確認できる道具はないが、八雲さんと沢登さんも納得したような顔をしていたので、問題はないだろう。

「では、すぐに帰りましょうか」

 八雲さんの言葉に、俺たちは素直に同意する。

「はい。こちらでは何もないようですけど……」

「あちらでは、わからないからね」

 この魔法連絡塔は独立したものではなく、魔法研究施設の設備のひとつ。こちらを起動したことで、あちらで何か変化が起きている可能性もある。

 もっとも、何かあったら樹さんから連絡が来るはずだし、彼女にそれが難しいなら、ふぁいんが伝えにきてくれるはずだ。塔の最上階から見た研究施設におかしな様子はなかったが、いくらゴーストのふぁいんでも一瞬でここまでは来れない。

 三式の防寒魔法をかけている間、待ってはみたがふぁいんが来る様子はない。少なくとも、目に見えてわかるような異変は起こっていないと考えていいだろう。

「帰りは僕が先頭を務めよう。二人とも、念のために……」

「わかっています」

「はい。注意は怠りません」

 再び雪原を歩く。天候に変化はなく、風も弱い。しかし、何があるかはわからない。俺たちは周囲に気を配りながら、沢登さんの後についていった。

 そして、それらが俺たちの前に現れたのは、研究施設がはっきり見えた頃だった。

「ふむ、あれは……」

 それらがいたのは、研究施設の屋上。実験棟ではなく、研究棟の上に。小型の機械が六体ほど、屋上の端に配備されていた。小型とはいえ、ここからはっきり見える程度の大きさはある。

 とはいえ施設を出たときには、屋上などはっきりと見てはいなかった。なので、八雲さんにも確認してみる。

「あんなの、いなかったですよね?」

「ええ。いたら最初に報告しています」

「僕も見覚えがないね。あんなに目立つもの、見落とすはずがないよ」

 魔法連絡塔で目覚めて、研究施設にやってきた八雲さん。実験棟の屋上で目覚めて、研究棟の屋上も確認したであろう沢登さん。二人も見ていないということは、あれらは突然現れた物と考えるのが妥当だろう。

 そしてそれらは、六体とも研究施設の外に向けて配備されている。何のための機械であるのかは、それだけでなんとなく理解できた。

「ふむ……簡単に帰れるわけではなさそうだね」

「そうですね。セキュリティが作動した、といったところでしょうか。魔力管理室はお二人が調べたはずですが、気付かなかったのですか?」

「はい。俺は何も……」

「僕もだね。それだけ立派なセキュリティということだ。誰もが入れる場所を調べたくらいで、見つけて解除されては役目を成さない」

「それより、どうするんですか? 中に連絡すれば……」

 幸い、六体の機械はまだ動く様子はなかった。この距離なら魔法で連絡することも可能だが、問題はそれでどうにかなるか、である。

「解除は難しいだろうね。ここはやはり、力尽くで通してもらおう」

「仕方ないですね。晴人さん、戦えますね?」

「はい。でも、俺と八雲さんは魔力が……」

 言葉を言い切る前に、八雲さんが俺の方を向いて、微笑みとともに言った。

「あれらは全て魔動式の機械です。そしてお二人が気付かなかったということは、おそらく……ここまで言えば、わかりますね?」

「……なるほど」

 俺は少し考えて、彼女の言いたいことを理解した。気付かなかったものに魔力は注げない。つまり、あの六体の機械は全て、瑠那の魔力だけで動いている。三日前に施設の設備を動かした、彼女の魔力だけで。

 ならば、その魔力がなくなるまで回避し続ければいい。それだけなら、魔法を使うまでもない、簡単なことだ。

「僕が四体を相手にしよう。君たちは一体ずつでいい。それからは、動き次第だ」

 俺と八雲さんは頷いて、一歩一歩、慎重に近づいていく。機械が動き、雪原に飛び出してきたところで、俺たちは回避に徹する。足場の悪さから回避も難しい中、空を飛び、魔法で攻撃してくる高度な機械。強固なセキュリティだが、それゆえに必要な魔力も多い。

 速度は遅くないが、特別に速いわけでもない。全力で作動していたら危なかったが、少ない魔力だけで作動している六体の機械。一体程度なら、魔法が使えなくても相手にするのは容易だった。四体を相手にする沢登さんも、防御魔法を駆使して見事に対応していた。

 しばらくして、六体の魔法機械はゆっくりと地に落ちた。雪に埋もれるように視界から消えて、再び動き出す様子はない。

「さて、帰るとしようか」

「助かりましたね」

「ええ。高度すぎるセキュリティのおかげです」

 こうして、俺たちは無事に魔法連絡塔を起動し、魔法研究施設に戻ることができた。


一月二十八日 午後一時二分 研究棟三階 個室(一ノ木晴人)


「やっぱり、まだ終わりじゃないみたいだな」

 帰還してから外で起きたことを皆に報告し、いつものカレーライスで体を暖めて、自由時間。俺たちは個室に戻って、二人きりの会話をしていた。

「うん。みたいだね」

 先ほどの死の危機は樹さん以外の全員ではなく、俺、八雲さん、沢登さんの三人だけに訪れたもの。突破できなければ凍死の可能性はあったが、魔法連絡塔は起動したし、施設の中にいるみんなは無事に生還できたはずだ。

 そして何より、戻ってもふぁいんはふよふよしていて、これが原因でないことはわかりきっていた。

「でも、まだ安心はできない、か」

「そうだね。何があるのかはわからないけど、私、消えそうな感じしないし」

「実は消えるまで意外と時間がかかる、ってこともないよな」

「ないね。少しくらいなら粘ることはできそうだけど」

 ゴースト本人がそう言うのだから、おそらく間違いないだろう。魔法連絡塔は起動し、救助を求める魔法は放たれた。直接救助を求めるものではなく、存在を示すだけのものではあるが、数日もあれば確実に救助が到着するはずだ。

 それまでに、死の危機がある。その原因に心当たりはないが、とても危険なものであるのは間違いないだろう。

「ふぁいん。念のために確認するが……」

「ないよ。手がかりなんて」

「だよな」

 一応聞くだけ聞いてみて、俺たちの会話は終わった。何が原因なのかは未だにわからないが、今日のセキュリティのように、この研究施設には他にも未知のものが存在するかもしれない。気を張りすぎて疲れない程度に、なるべく気をつけるとしよう。


登場人物

一ノ木晴人:いちのき はると

ふぁいん:ゴースト

魔堂瑠那:まどう るな

樹美晴:いつき みはる

降谷熾月:ふるや しづき

沢登鋭一郎:さわのぼり えいいちろう

八雲妹:やくも まい


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