北は凍えて四季の花

第五章 『イリス』


「そういえば、四伝は決めたの? 白として動くか、黒として動くか」

 放課後の練習の最中、珊瑚から投げかけられた質問に四伝は首を傾げる。

「あ、話してなかったっけ。といっても、白とか黒とかは正式な分類ではないし、『タギ』の一員としてどちらかに所属しないといけないものではないから、あたしみたいに中立って選択肢もある。ただ、通ってるのが湖囲高校だから、白の方が動きやすいよね。稲穂もいるし」

 最後の一言と朗らかな微笑みに、四伝は苦笑いを浮かべながらも考える。

「一文字先輩から見て、どちらが向いてると思います?」

 考え続けつつ、軽く尋ねる。

「どっちも向いてない。四伝、小盾一つでどう戦うつもり?」

「ですよね。正直、戦える気がしません」

「ま、さっきも言ったように、必ずどちらかの一派につかないといけない決まりはない。しばらくは湖囲高校の『タギ』の一員として、それから恋する少年として……おっと」

 言葉が止まったので誰か来たのかと振り向くと、遠くに稲穂と四季花が並んで歩く姿が見えた。旧校舎前は開けているので、肩越しの視線でも遠くから来る人を見つけやすい。

 珊瑚は構えて、練習再開の合図。今日は彼女の振るう薙刀を、小盾で受け続ける練習。本気の攻めは速度も重さも凄まじいが、初めて珊瑚も武器を使っての練習である。攻撃方法はあとで考えるとして、まずはやれることをやる。身を守れるだけでも、偵察の任務はこなせる。

「四伝くん、今日もやってるね」

「おかげでお兄ちゃんはたくましくなりました」

 楽しそうな二人の声を耳にしながら、四伝は目の前に襲いかかる薙刀に、小盾を使って必死に応戦していた。その日の練習が終わるまで、ただひたすらに。

 前に見た夏の擬人の動きよりも、稲穂の動きよりも、鋭く速く、そしておそらく重い一撃。それが間断なく、的確に、四伝の持つ盾の近くを狙って放たれ続ける。隙があれば反撃してもいいと言われているが、隙なんてどこにも見当たらないどころか、隙を探す余裕さえ今の四伝にはないのだった。

      ―― 夢 ――

 陸道四伝は夢を見ていた。

 限界まで続いた練習を終えて、自宅に戻ってベッドに倒れ込む。その日の夢は、その直後に始まった。

「……誰?」

 誰かはわからないけれど、わかっている。やはり今日も、目の前にいるのは少女。

 夢の中なのに、どこかぼんやりする。きっとこの夢はすぐに覚める。続きは、きっと今日の夜か、明日の朝が近付く頃。

 だから四伝は、素早く短く言葉を告げる。「誰だ?」ではなく「誰?」、一文字さえも惜しい。それでも少女を認識するまでの時間は、僅かさえも省略できない。

 少女は微笑む。

 その質問には答えられない、答えないと。

 四伝も微笑む。

 この質問に答えは求めない、求めてはいなかったと。

「俺は……陸道四伝」

 なぜ名乗ろうと思ったのかはわからない。ただ、もうすぐ夢は覚めるから、質問しても意味がないと考えたのか、聞いてばかりでは自分を知ってもらえないと考えたのか。

 ともかく、その感覚は間違いではなく……夢は、覚めた。

 そしてまた、陸道四伝は夢を見る。

 夕飯に、お風呂と、日常を過ごしてからの二度目の睡眠。

 夢を見たのは眠りについてすぐなのか、眠りから覚める少し前なのか、夢の中の四伝にははっきりとわからない。けれど、今度の夢はすぐには覚めない。この夢は続きだから。

「……陸道四伝」

 それを証明してくれたのは、少女の言葉だった。

 少女の声で、夢の続きは始まった。

「……盾は好き?」

 続いたのは質問。長いのか短いのか、不思議な間から。

 四伝は考える。好きか嫌いか、考えたこともなかったから。

 フラグメント・ウェポンを装着して、使えるようになった武器。だから使いこなさないといけないし、練習もしている。ただそれだけで、好みかどうかなんて考えなくてもいい。

 しかし、それが武器にとって大事なら。分岐し、成長させるために必要なら。

 不思議と考えはすぐにまとまった。

 でも、夢の時間は曖昧だ。すぐに感じても、実際は時間がかかっていたのかもしれない。ただ、少女はずっと微笑んでいて、待ちくたびれた様子を見せなかったのは確かだ。

「好きだけど、小さな盾じゃ自分の身を守るのも大変だね。下半身まで盾は届かないし、回避はしても大きく動かないといけない。擬人から人を守る武器としては、頼りないかな」

 だけどその小さな盾は、自分の実力にはよく似合っている。だから親近感も覚えるし、はっきり好きだと断言できる。

 身を挺して守るにも、それだけの体格や筋力があるわけではない。もしも軽くて強力な盾だったとしても、それを扱う力は自分にはない。扱いきれずに結局、自分の身を守ることになるのなら、大きさは関係ないと思う。

「……そう」

 少女は表情を変えずに、ただ笑顔で返事をした。

「もしかして、今のは大事な質問? 答えによって使える武器が変わるとか……」

「変わらないよ」

 四伝が言い切る前に、少女がすっと言葉を差し込んできた。

「……じゃあ、今の質問は?」

「ふふ……」

 同じ笑い顔だけど、少し意味の違う笑み。ミステリアスで、可愛らしく、その笑みに四伝は何かを知っていると理解するが、それ以上はわからないし、考える気も起きない。

 夢の中だからなのか、それとも彼女の雰囲気がそうさせるのか。

「陸道四伝。あなたの武器は、定められている。分岐も全て、あなたのものとして定められている。それはこんな質問で変わるものじゃないし、変えられるものじゃない。何をしても、あなたの脈動は変わらない。

 だけど、その分岐を辿るのはあなた。どう進めるか、どう見つけるか、いつ進むのか、いつ見つけるのか。私は私、あなたはあなた。私はあなたを認めない。あなたを認めるのはあなただけ。それが私で、あなただけのもの」

 抽象的で、哲学的で、それでも四伝は言葉の意味を正確に理解した。

 それは夢だから。

 きっと、夢だから。

 言葉は気持ちを伝える道具であり、意味を伝える道具でもある。

 だけどそれは現実だから。夢の中では、言葉はただの音を伝える道具。少女が何かを伝えたいと思い、言葉を声にしたら、その声は意味となって四伝に伝わり、理解できる。

 ……こともある。

 今回だけは、そうなっただけ。

 全てが理解できるのなら、もう四伝は彼女の多くを理解している。

「フラグメント・ウェポン……分岐型武器」

 それはそういうもの。これは、そういうもの。

 少女は――。

 視界は途切れた。瞼に光が届いた。

 最後に少女がどんな顔をしていたのか、何か言葉を口にしていたのか、夢の終わりは得てして唐突なものだ。

「俺だけのもの、か」

 右腕で淡く輝いているフラグメント・ウェポンに、四伝は視線を落とす。

 いつもと変わらない……変わらない?

 フラグメント・ウェポンは普段から輝いているものではない。武器を生み出して、使うときに輝くものだ。それが目覚めたときから、輝いている。

 そして四伝は、優しい笑みを浮かべた。

 夢でなくても、意味は正確に理解できたから。

      ―― 夢、覚めて ――

 北凍市立湖囲高等学校、放課後の旧校舎前。今日もその場には、四伝と珊瑚、稲穂に四季花と四人が揃っていた。

 フラグメント・ウェポンから生まれた新たな武器を、四伝が披露する。

「見てくれ、これが――」

 何なのかは、よくわかっていない。ただ新しいものである、というのは理解していた。

「俺の新たな武器!」

 しかしここは格好付けて、披露してみたい。そう思った四伝はすぐに、その行動をちょっぴり後悔することになる。

 彼の左腕に生み出されたのは、盾。

 小盾よりも大きな盾。しかし、大盾と呼ぶにはまだ小さな盾。

「この大きさ、中盾ってところだね。ま、妥当かな」

 珊瑚が冷静に分析して、盾の名前を呼ぶ。そう、中盾だ。中盾としか言いようがない。

「四伝くん、扱える?」

「……ああ、やってみるよ」

 それから軽く、薙刀を手にした本気の珊瑚との練習。小盾でも中盾でも、同じ盾。基本的な扱いは変わらないので、四伝は最初から慣れた様子で攻撃を防ぐ。

 途中、何度も攻撃を体に受ける場面もあったが、それは単純に四伝と珊瑚の実力差。

「問題ないね。さて、今日も練習……といきたいところだけど」

「もう少し、四伝くんには実戦を経験してもらわないとね。珊瑚さん、お願いします」

「ああ、そうなると……今朝、涼乃先輩から指示された場所がいいね」

 そして話は進んでいく。このまま実戦というのは四伝にとって不安だらけだが、守るだけなら練習で鍛えられたし、春であるなら今の四伝でも対応できる。

 珊瑚と稲穂の会話を耳にしながら、四伝は四季花の方を見る。妹みたいな幼馴染みは、そんなことよりいつ告白するの? とでも言いたげな目でじっと四伝を見ていた。今朝の通学路では実際に言われたから、間違いない。

 北凍市北部地域。四伝たちが向かったのは、湖囲高校から離れた地域にあるショッピングモールだった。

 北部地域は鉄道が走り、美術館、図書館、博物館、主要な文化施設が集中している。湖囲高校のある中部地域、海岸沿いの丘陵地帯に広がる西部地域と並び、人口十六万の北凍市における中心地域の一つである。

 もちろん人も多く、人が多いなら学校もある。先日出会った黒の少年、稲穂の弟である南城小麦の通う、東雲私立学園高等学校もこの地域にある。

 北部地域のショッピングモールに擬人を複数確認した。春ばかりだったから、新人を育てるために俺たちも協力しよう。だから、黒としても動くのを急がない。

 そういう連絡を火山天岩から、炭石涼乃が受けたのは今朝のこと。黒の司令官である東雲私立学園の学園長にも話は通してある。黒でも白でも、対擬人集団として人が増えるのは歓迎であり、新人には早く使いものになってもらいたい。

 そこまでの情報は涼乃から珊瑚に伝えられて、今、珊瑚から四伝たちにも伝えられた。

「意外と仲、いいんですね」

 白と黒、立場の違いで色々ありそうだとは思ったが、こうして連絡を取り合う仲。さらに司令官という偉い人までそれを認めている。

「北海道支部はこんな感じ。関東支部や近畿支部ではこうはいかないって聞くよ。四伝くんみたいな新人にとってはいい環境だね」

「お兄ちゃんにとってはもっと大事なことがあるんだよ、稲穂ちゃん」

「四季花、余計なことは言うなよ」

 そもそもなんでついてきているのかという疑問は最初に口にしたが、珊瑚も稲穂も気にしていないようで、四季花は堂々と見学と応援についてきていた。

「あんまり危険な擬人はいないからって、いいんですか?」

 四伝は二人に問いかける。春ばかりといっても、複数の擬人がここにいるのだ。

「うん。四季花ちゃんは四伝くんと一緒にいたんだし、事情も知ってるから心強いよ」

「……心強い?」

 答えた稲穂に、四伝は大きく首を傾げる。

「いざというときの連絡役。涼乃先輩たちに伝えてもらうの」

「ああ……って、携帯電話は?」

 四伝は稲穂の電話番号を知らないし、涼乃や珊瑚の番号も知らない。彼には連絡できないが、稲穂と珊瑚と涼乃は『タギ』の一員。電話番号さえ知らないとは考えにくい。

「擬人によっては電波を妨害されることもあるんだ。鼓動を吸収している間に、電話で助けでも求められたら困ると考えたんだろうね。だからあたしたちの連絡は、基本的に直接会って行うのさ」

「擬人も進化してるんですね」

 四季花が納得した顔で言った。質問した四伝も納得したので、質問は終わる。

「ああ、いつからか詳しい記録は知らないけどね」

 いつからいたのかわからない擬人だが、いつでも鼓動を吸収する相手は人間。人間が自分たちにとって困る道具を使うなら、それを使えないように妨害する。だから擬人はどれだけ文明が進歩しても、人間に圧倒されることはない。

 到着したショッピングモールは非常に広く、とても一目で全てを把握できるものではない。四伝たちはゆっくりとモールを歩いて、四人分の視界で擬人を探すことにした。

 稲穂が心強いと言った理由には、この人数の増加もあったのだろうかと四伝は考えつつ、注意深く、かつ適度に気を抜いて擬人を探していく。これだけの広さだ、一点に集中していては複数の擬人を見落としてしまう。

「本当に複数……一、二、三、……四、ええと、七、十、二十?」

 とにかくたくさんの擬人がいた。最初はまだ数えられたが、集まっているところは正確な人数はわからない。

「珊瑚さん、涼乃先輩の話だと……」

「こんなにいるなら、複数じゃなくて多数って伝えるね。元々の連絡をしてきた人が、あたしたちと定義が違うだけかもしれないけど……」

 軽い調子だが、その声には真剣さが混じっている。

 その理由を四伝もすぐに理解する。春ばかりと伝えられた擬人。しかし、四伝に判断できただけでも、数人の夏が混じっていた。

 だが、不思議と前に見た擬人ほどの脅威は感じない。強さは変わらないはずなのに、どこか彼らは冷静というか、統率がとれているように四伝は感じていた。

「四伝くん、気付いてる?」

「……ああ、なんだか、変な感じがする。擬人も集団で動くのかな?」

 もしかすると自分が知らないだけで、珍しい出来事ではないのかもしれない。四伝の問いに、稲穂は少しだけ思案を巡らせてから答えた。

「動くよ。オータムが関わっているなら、ありえないことじゃない」

「オータム――秋か」

 秋――オータムの擬人。春よりも夏よりも強く、見分けるのが困難な擬人。慣れた『タギ』の人間、稲穂や珊瑚でも。当然、四伝や四季花が一目で見分けることなどできない。

 それでも手がかりくらいは見つけられないかと、より注意深く擬人を探していた四伝が見つけたのは、離れたところで同じように擬人を眺めている小麦の姿だった。

 彼は『タギ』の黒の人間。多少の被害が出ても構わず擬人を倒すはずだが、今回は擬人を見ているだけで派手に動く様子はなかった。

「稲穂さん、あれ」

「あ、小麦。やっぱり、黒でも動けないよね」

 四伝の声で弟の姿を確認した稲穂は、少しも不思議に思う様子はなく答えた。

「動けない?」

 四伝が尋ねる。

「私たちも同じだけどね。黒として動けば多少の被害では済まないし、白として動くにも数が多すぎて倒しきれない」

 見ると、小麦の近くには見知らぬ少年が一人立っていた。制服は小麦と同じで、背が高いから先輩なのかもしれない。彼が火山天岩であることを四伝は知らないが、知っている稲穂や珊瑚は彼の姿も見て彼らの状況判断を理解していた。

「あたしは白でも黒でもないからやり方にこだわりはないけど、この数、それにオータムが指揮しているとしたら、簡単じゃない。あたしたちだけじゃどうにもならないよ、稲穂」

「そうですね……でも、いい機会だと思いませんか?」

 稲穂の笑顔に、珊瑚も目を丸くしていた。けれどすぐに言わんとしていることを理解したのか、顔には微笑が浮かぶ。

「お兄ちゃん、私も手伝った方がいい?」

 心配するでもなく、気楽な様子で提案する四季花。

「武器もないのに手伝うなんて……そうか、涼乃先輩に伝えれば」

 珊瑚は『あたしたちだけじゃどうにもならない』と言った。ならば、もう一人増えれば状況は変わる。戦力を考えれば、自分も抜けた方がいいかもしれないが……。四伝は考えて、会話は聞こえていたであろう、稲穂と珊瑚の二人を見る。

「多分、逃がしてはくれないよ。四伝くん、四季花ちゃんは守れても、守りながら何体もの擬人を倒して突破できる?」

「四伝には一人でも難しいね。ま、ただ集めているだけなら話は別だけど、あたしたちが擬人を見つけたように、秋の擬人もあたしたちを見つけてる。待ち伏せしていたのなら、きっとあたしたちよりも早くに」

 それはつまり、逃げ道を塞ぐ時間は十分にあったということ。もしそうだとしたら、ここにいる擬人はここにいる者たちだけで倒して、解決しないといけない。

 もしかしたらと思って四伝は携帯電話を取り出してみたが、電波は届いていないし、そもそも涼乃の電話番号を知らない。ショッピングモールを歩く人々は普通の様子だ。携帯電話を持っているものは何人かいるが、通話はしていないし違和感を覚えている様子もない。

「あれも、擬人の記憶に関係が?」

「うん。さすがにこれだけいれば、電波が届かないことを認識させないくらいは簡単。そもそも、擬人は人の中にいても擬人だと気付かれないようにしている。その気になれば、もっと特殊な状況でも認識させないことはできる」

「そんな状況が起これば、あたしたちの誰かが確実に気付く。『タギ』にわざわざ狙われるようなこと、普通の擬人はしないよ」

「それは、オータムでも?」

 四伝の質問に、稲穂と珊瑚は同時に頷いた。今回のこれは、強い擬人のオータムが起こしたもので、さらにそのオータムは普通の擬人とは違う思考で動いている。

 つまりそういうことかと四伝は納得し、別のことを尋ねる。

「南城さん、いい機会って?」

「あ、四伝くん。今から私のことは稲穂って呼んで。そうじゃないと困るから」

「え? ……い、稲穂、さん」

 唐突な指示に四伝は困惑して、少し照れながらも稲穂の名前を呼ぶ。

「うん。それでお願い」

 稲穂の笑顔に四伝はさらに照れるが、彼女の表情は真剣だ。

「さて、じゃあ動こうか。いい機会だもの」

 稲穂は先頭に立って歩き出す。向かう先は、同じく擬人を眺めている二人のいる方向。南城小麦と、火山天岩。『タギ』の人間が二人いる場所だった。

「こーむぎー!」

 大きく手を振って、弟の名前を叫ぶ稲穂。

「……なに、姉さん?」

 慣れた様子で小麦は返事をする。隣を見ると天岩が微笑んでいたので、少しだけ恥ずかしい気持ちになったが、決して表情には出さない。

「小麦たち、困ってるよね? 私たちも困ってる」

「ああ、確かに」

 稲穂の言葉に、小麦は素直に頷く。その間に天岩は四伝に向けて、軽く自己紹介をする。

「俺は火山天岩。『タギ』で黒として動いている。あまり会う機会はないと思うが、よろしくな、四伝」

「はい。名前は知っているみたいですが、陸道四伝です」

 真面目に答える四伝に、天岩も真面目な顔で頷く。

 二人の会話はそこで終わったが、稲穂と小麦の会話は続く。

「白のやり方ではここにいる擬人を全て倒すことはできない。黒のやり方では後々処理できないほどの大きな被害が出てしまう。だから私たちも、小麦たちも困ってる。間違いない?」

「間違いない。それで? ……何となく予想はつくけど」

 会話の間も、珊瑚は擬人に動きがないか警戒を続けていて、自己紹介を終えた天岩と四伝もそれに加わっている。四季花も周囲を見ているが、動きを警戒をするには知識が足りない。

「私たちは同じ『タギ』の人間。協力すれば、どうにかなるよね?」

「黒と白で、一時的に共闘する……そういうことで、間違いない?」

 自信をもって口にされた小麦の言葉に、稲穂はゆっくりと首を横に振る。

「一時的じゃなくて、ずっと。黒でもない白でもないやり方で、この状況を解決する。私と小麦ならやれる。それから、四伝くんも気にしないよね?」

 不意に名前を呼ばれた四伝は、やや反応が遅れたが大きく頷く。

「俺は君と一緒にいたいだけだ。白でも黒でも、それ以外でもついていくさ」

「うん、ありがとう」

 四季花が呆れた目で四伝を見つめていたが、言葉にはしなかった。四伝もその視線に気付いていたが、もちろん言葉で反応はしない。わかってるよ、という視線を返すだけだ。

「珊瑚さんと、火山先輩もお願いします」

 稲穂の頼みに、最初に答えたのは珊瑚だ。

「あたしは中立を貫くよ。稲穂の言う白でも黒でもない色が何色かは知らないけど、その色に染まるつもりはない。あたしはただ、『タギ』の一員としていつも通りに動くだけさ」

 続けて天岩が答える。

「状況の解決には協力するぜ。だが、一時的な協力だ。俺は黒のやり方が気に入っているからな。だが小麦――お前の弟を引き留めるつもりもない。少し淋しいがな」

 二人の承諾も得られたことで、稲穂は満面の笑みを浮かべる。

「人数は四人、それに単独では行動できない新人が一人、それから……」

 戦力を確認する小麦に、稲穂はざっと周囲の状況を確認してから、作戦を伝える。

「四伝くんと四季花ちゃんは、私たちと一緒に。珊瑚さんと火山先輩は、いつものやり方でお願いします。とにかく数を減らして、引きつけて、その間に私たちがオータムを探します」

「それがいいね。見つからなくても、解決につなげることができれば……」

「俺もやりやすくて助かるな。すると……あそこの、擬人ばかりがたくさんいる場所か」

 簡単な説明で、彼らは迅速に行動を開始する。

 四伝はやや遅れながらも、稲穂、小麦、四季花と一組になって動き出す。ショッピングモールに多数集結した擬人、この状況を『タギ』の一員として解決するために。

 擬人が最も多く集まっている場所に、火山天岩は堂々と歩いていった。

「春だけじゃなく、夏も結構いるな。が、秋はいないか」

 声で数を確認して、場所も同時に確認する。ショッピングモールの中央、店と店の間の大きな通路。何人か人も歩いているが、数も少なく戦闘の邪魔になる人間はいない。

 天岩は大きく息を吸い込んで、擬人たちに向けて大きな声で宣言する。

「俺は火山天岩! 頭も良くて、肉体も強い! そこにいる擬人ども、俺がまとめて相手をしてやる! 誇りに思って、覚悟しろ!」

 彼に視線が集まるが、そこには擬人以外の視線も含まれる。的確に天岩は擬人の視線だけを把握して、隙のない動きで擬人の中に駆けていく。

 天岩のフラグメント・ウェポンが生み出すのは、鋭く長く強固な爪。すれ違いざまに一体、通り抜けた先でもう一体、待ち構えていたサマーも何やら武器を構えているが、天岩はそれには構わず他の擬人を相手にする。

 擬人は集団。中央を駆け抜けていけば、他の擬人が盾になる。天岩は両手の爪で擬人をひっかき、振り下ろされた剣か槍か、とにかく何らかの近接武器を受け止めては、身を翻す。

「これだけの数を集めて、近接武器ばかりとは……やりやすいが、数はいるな」

 武器を受け止めていた爪が消えて、擬人も改めて武器を振り下ろす。しかし一度止まった勢いは戻らず、先に放たれた天岩の蹴りが擬人の足を捉えて、転倒、消滅させた。

 フラグメント・ウェポンの生み出した靴。分岐の先の別の武器。それは元の靴を覆うように彼の足に装着されて、天岩の蹴りを擬人を倒す武器に変える。

「そこだ!」

 春は無視して、待ち構えている擬人に強く蹴りを放つ。斧のような大きな武器で擬人は蹴りを受け止めていたが、その受け止めた武器を踏み台にして、天岩は跳び上がる。

 空中からの蹴り。それは擬人の頭を的確に吹き飛ばした。

 風に流れるように頭から消えていく擬人を眺めながら、天岩は背後から襲いかかる武器に上半身だけを振り向いて、靴を消滅させて再び生み出した爪で受け止める。空中なので姿勢を崩されるが、軽い一撃では倒すには至らず、軽く吹き飛ばされて距離ができることで天岩に有利な状況となる。

「ゆっくり相手をしてやろう。この俺が、お前たちを殲滅する。火山天岩――その名を最後に刻んで、消えていけ!」

 駆けて突き出された爪は鋭く擬人の体を貫いて、また一体の擬人が倒されていた。

 一文字珊瑚は弓を片手に、ショッピングモールを移動していた。

「いた。逃げ道を塞ぐ……やっぱりね」

 見張るように動かない擬人。武器は手にしていないが間違いなくサマー。珊瑚はその擬人に気付かれないように近付いて、射程に入ったところで弓に矢を番え、一射で擬人の横から腕を狙って仕留める。

 擬人の体に明確な弱点はない。人のように心臓や頭を貫けば一撃というわけではなく、どこを狙っても威力は同じ。別の言い方をすれば、一定の威力があればどこを狙っても一撃。珊瑚の弓は、その威力を有する武器だった。

「まず一体。他にも出口はあるし、きっとここにいるのも一体じゃないはず」

 周囲を注意深く確かめながら、珊瑚は移動を再開する。

 『タギ』の一員として白でも黒でもない少女。白のやり方でも黒のやり方でも動けるが、白の指示にも黒の指示にも従わない。ただ『タギ』として擬人を倒す、それが珊瑚のやり方だ。

 今回もそれは変わらず、しかし先輩としてやっておきたいことはある。

「あたしが逃げ道を確保しておけば、稲穂たちも安心して動ける。それに……」

 珊瑚は見つけた擬人に弓を向けながら、

「オータムが逃げる道を、守る擬人もいなくなる。あたしが今度は、逃げ道を塞いでやるさ」

 言葉とともに矢を放った。それは遠くからでも擬人の腰を貫き、倒れ込むように風は流れて姿も消える。

 といっても、逃げ道を塞ぐ珊瑚は一人。運良くこちらにオータムが逃げてきて、遭遇できたら逃走を防げるというだけだ。ショッピングモールは広い、確率は十分の一にも満たない。それは出入口の数が多いからではなく、オータムが易々と、擬人だと見分けられる状態で逃げる可能性が低いから。

 そんな簡単な相手なら、秋――オータムとの呼称は必要ない。少しばかり頭のいい夏――サマーと呼べば事足りる。その程度の存在ではないから、オータムと呼ばれるのだ。

「……オータムかあ」

 一旦武器をしまって、珊瑚は声を漏らす。

 珊瑚はまだオータムに会ったことはない。少し強いサマーや、とても強いサマーと戦ったことはあるが、オータムがどういうものかは話に聞くだけだ。

 今日はそのオータムに、会えるかもしれない。珊瑚の心には期待感がいっぱいだった。

 だが、その期待感で冷静さを欠くことはない。機会があればオータムをこの目で確かめ、この武器で力も確かめたいけれど、この場の状況を解決することが最優先だ。オータムはあくまでも擬人を指揮する一体の擬人。もっと多くの擬人が、放っておくと危険な擬人たちが、このショッピングモールには集まっているのだから。

 珊瑚は薙刀を手にして、柱の裏から忍び寄り一体の擬人を斬り伏せた。

 まだまだ、擬人はたくさんここにいる。

 陸道四伝、南城稲穂、狼四季花、南城小麦の四人は、肩を並べてショッピングモールを歩いていた。左右を稲穂と小麦、中央には四伝と四季花が並ぶ。

「手分けして動ければ効率がいいんだけどな」

 小麦が四季花を挟んで右隣にいる、四伝を見ずに言葉をぶつける。

「俺にもできることはある、とは言わせてもらうけれど、同感だ」

 おそらくこの状況、稲穂と小麦の二人だけの方が動きやすいのだろう。それを四伝も理解しているからこそ、小麦の言葉を否定できない。

「四伝くんは盾になってくれるよ。盾にしかなってくれなくても、敵がオータムなら私たちにとってはとても助かる。小麦、わかるよね?」

 稲穂の声が四伝の右から響く。四伝にとって二人並んで歩いている状況は嬉しいものだが、この状況で浮かれている余裕はない。

「わかるが、実感はない。会ったこともないオータム、そこまで危険な相手なのか?」

 小麦は答えるが、やはり視線は稲穂を見ていない。それは他の三人もほぼ同じで、彼らの視線は視界に入る擬人たちに注がれていた。

 目的はオータムを探すこと。スプリングやサマーを指揮するオータムを探せば、状況は解決する。オータムを見つけることはできなくとも、退かせることができれば彼らの勝利だ。

「そうだね……危険性については、難しいかも」

 稲穂も擬人の様子を確かめながら、小麦の質問に答える。

「これだけの擬人を集めて、指揮――従わせることができている。人を無闇に襲わせないのは騒ぎを起こさないための判断としても、私たちが見つけるまで誰も襲わせないで待っていたなんて、とても危険には見えない」

「人を襲っていなかったかどうかって、どうやって判断したんだ?」

 話の途中で口を挟むのは悪いとは思ったが、これを聞かないと理解ができないとも思ったので四伝は疑問を口にする。

「擬人の鼓動を見ればわかる。吸収したあとなら、擬人は多くの鼓動を有している。お前ならもう見ただけでわかるはずだ。そっちの女は……わからないかもしれないが」

 淡々と小麦が答える。

「フラグメント・ウェポンを装着しているから――扱いに慣れたからか」

「そうだ。姉さん、続きを」

 簡潔に答えて、小麦は話の続きを促す。稲穂は微笑んで、続きを話し始めた。

「それから、私たちが現れてからもオータムは擬人たちを動かしていない。まるで私たちの動きを待っているみたいに、あるいは集まってという指示だけを出していて、オータム自身は既に遠く離れた場所にいるのかもしれないけど……」

 一呼吸おいて、稲穂は続ける。

「きっと、どこかで私たちを観察しているはず。今回は様子見なのか、それとも既に何らかの策は発動しているのか、そこまではわからない。これだけで危険と判断するには、確かに証拠が足りないね。

 オータム自身の攻撃性を示す――証拠はない」

「姉さんは考えすぎじゃないのか?」

「本当にそう思う? お母さんやお父さんの話してくれた、オータムとの戦いの話に比べて平穏だから?」

「……危険がないと判断しているわけじゃない。だが、オータムが数百もの擬人を率いて、母さんや父さんたち『タギ』の人間たちと、正面から激しい戦いが行われた――そのオータムに比べれば、俺たちを待っていたオータムは温和しい。ならば、各個撃破していけば時間はかかっても解決は早いんじゃないか?」

「それが罠ではないとする証拠は?」

「罠ではないとする証拠もない。どちらにも証拠がないなら、俺は姉さんの判断を信じる。信じるが……もどかしい。これでも黒として、それなりにやってきたからな」

 横目にも稲穂が笑顔を浮かべているのがわかる。四伝は二人の信頼関係に心が温かくなりながら、和んでいて大事な何かを見落とさないように気を引き締める。

「今の小麦は黒じゃない。黒のやり方はだめだよ」

「わかっている。四伝、お前はそこの女を守っておけ。それから俺のことは……」

「小麦でいいかな?」

「……ああ。苗字では紛らわしいからな」

 紛らわしいから、今から私のことは稲穂って呼んで。そうじゃないと困るから。

 四伝は稲穂の省略した言葉も理解して、小麦が全てを言う前に先に答えを口にする。

「四伝くん。オータムが動かないのは、なんでだと思う?」

「稲穂さん?」

 唐突に質問の相手が自分になって、四伝は呼ばれた名前を呼び返すだけしかできない。

「なんでだと思う?」

 繰り返された質問に、四伝は考える。なぜオータムが動かないのか。『タギ』の人間が集まるのを待っていて、動き出してもまだ動かない。それはなぜなのか。

「俺たちが動かないから、相手も動けない?」

「そう。それもあると思う」

 答えは正解。だが、正解の一つを当てただけだったらしい。

 四伝は再び考える。他に考えられる、オータムが動かない理由。何があるだろうか。

「私がフラグメント・ウェポンを装着していなかったから。お兄ちゃんが足手まといだから。温和しいオータムさんは優しいね」

 考えが答えに辿り着く前に、先に答えたのは四季花だった。

「うん。きっと、オータムは四伝くんと四季花ちゃんを見てる。これだけの擬人を一か所に集めて、待ち伏せするには時間も必要なはず。そしてそれはおそらく、四伝くんと私が出会う前から始まっていた。つまり、君たちはオータムにとって予想外の存在」

「予想外の存在……」

 四季花の答えは当たりだった。四伝は言葉を繰り返して、自分たちのことと理解する。

「だから迷ってる。巻き込んでいいのかどうか。二人の力が弱いことは当然、かなり早い段階で気付いているはず」

「擬人を知っただけの人間や、『タギ』に入ったばかりの新人まで、敵として襲うつもりはない……、稲穂さん、凄い推理力だね」

 四伝は感心して笑顔を見せる。知識の差もあるとはいえ、自分にはそこまで推測することはできなかった。それも擬人と戦うために必要な能力なのだと、彼は強く胸に刻む。

「あまり信用しないでね。私はただ、一つの可能性を推理しただけ。根拠はあるけど、証拠はない。事実として確かなのは、オータムは様子を見ている――それだけだよ」

 念を押す稲穂の言葉に、四伝は小さく頷く。

「姉さんの推理はあまり外れることはない。が、たまの外れが今日かもしれない。それと、そろそろ相手も痺れを切らしたようだ」

 視界に映っていた擬人たちが、人々の間をすり抜けるように移動している。散らばっていた多くの擬人たちが集まる先は、モール内のイベントで使われる広場。今日は特にイベントもないのか、あるいはイベントが終わったあとか、何もない会場に集まる人はいない。

 同時に、何人かの擬人は集団から逸れて、人の多い場所に向かっている。繁盛している店舗の中、便利な場所にあり利用者の多いエレベーターや、エスカレーターの前。複数の場所に散らばっていく擬人は、四手に分かれたとしても追いかけることは不可能だ。

 イベント広場に来なければ、彼らが人間を襲う。鼓動を吸収して、命を奪うほどに。全てスプリングであったが、オータムの指示があれば彼らでも行動を起こせる。

 オータムの意図は、並んで彼らの動きを見ていた四人ともが察知していた。

「四伝くん、四季花ちゃん、二人は散らばった方をお願い。あっちの戦いは、私と小麦に任せて」

「言っておくが……」

「心配はしないさ。その方が戦いやすい、足手まといだからな」

 自虐するでもなく、事実として。小麦が続きを言うより早く、四伝は笑顔で答える。きっとオータムの側としても、こういう行動を誘導しているのだろう。

 四伝にも対応できる、春。散らばった擬人は全て、春。夏はまだ早いと、秋からの配慮だ。

「でもお兄ちゃん、どうやって……」

「何とかするさ。盾だって、横にしてぶつければ剣みたいになるんだぞ」

 幅広すぎる剣で、短すぎる剣ではあるが、擬人を倒せる力はある。

 四伝と四季花、稲穂と小麦はその場で分かれて、それぞれの敵が待ち受ける場所に向かう。別れ際の稲穂の表情に心配はなく、四伝も自信に満ちた笑顔を返していた。

 四伝が最初に向かったのは、エレベーター前の擬人がいる場所。ずっと近くで待っているようで、幸い、エレベーターが上がった直後の今は周囲に人は少ない。

 擬人は四伝に気付くと、全速力で四伝に駆けてきた。春は武器を生み出せないし、戦闘能力もない。しかし、単純な突撃くらいなら春にだってできる。

 だが、単純な突撃こそ四伝がもっともやりやすい相手。フラグメント・ウェポンから生み出した中盾を構えて、突撃を受け止めた直後に、盾で押し返して押し飛ばす。こちらも単純な押し技だが、密着していたスプリングはその一撃で倒れる前にするりと消えていった。

「……よし」

 拳を握っても浮かれることはない。今のは相手が向かってきてくれたおかげで、簡単に倒せただけ。こちらから追いかけることになれば、武器としてのリーチの短さと、攻撃範囲の狭さで、容易に倒すことはできない。

「お兄ちゃん、よかったね!」

 四季花も喜んでいる。無事に倒せたことに、四伝も一時安堵する。

「さて、次だ。少しでもやれることをやらないと」

 四伝は中盾を消して、他の擬人が散らばった先を目指す。ここからでは遠く、時間はかかるがきっと動いてはいないだろう。相手の目的は時間稼ぎか、こちらの分散か、どちらにせよ彼らにできるのは相手の策に乗ることだけだ。

 次の戦いを考えながら歩き始める四伝の背中を、四季花は気楽な様子で追いかけていた。

 広場の前に着いた南城稲穂と南城小麦は、ステージの前に集まっている擬人たちを少し離れたところから見る。どうやらここが終着点で、ステージの上には上がらないらしい。

「小麦。やっぱり、やらなきゃ終わらないみたいだよ」

「もとよりそのつもりだ」

 フラグメント・ウェポンから大剣を生み出しながら、小麦が答える。

「あの上ならヒロインショーみたいで格好良いんだけど、オータムが戦いを望むなら受けて立つしかない」

 稲穂もフラグメント・ウェポンから小剣を生み出して、右手に構える。

 四伝一人では散らばった擬人を全て倒すには時間がかかりすぎる。珊瑚も自由に行動しているが擬人を殲滅するにはショッピングモールは広すぎる。天岩は黒のやり方にこだわりがあるから、自分たちが最後を決めなければいけない。

 だからオータムの望みは断れないし、断るつもりも最初からない。

「ざっと見て三十。武器は……どう?」

「準備しているのだけでも、投げ斧や投げ槍らしいものを持っているのが十五体。他は長槍と大剣で、一、二体は小剣もいるか。陣形も整備されているな」

「うん。私と同じ。小剣より大剣が多いのは負けた気がするけど、飛び道具の援護があるなら妥当な選択」

 稲穂と小麦は互いの認識に違いがないことを確認して、大きく息を吸ってから一直線に駆け出していく。狙いは擬人たちの奥にいる、飛び道具を使えそうな擬人たち。

「数は十五! 一気にいくよ!」

 稲穂が叫ぶ。

「中央は任せた。俺が壁を蹴散らして、ついでに右も狙う」

 接近してすぐ、小麦は大剣を振るって固まっていた擬人を吹き飛ばす。彼らの武器で防御されたので倒すには至らないが、道は開けた。

 そこを稲穂が駆け抜けていき、追いかけようとうとする擬人を小麦が牽制しつつ、右の奥にいて投げ槍を構えている擬人に向かい、迅速な撃破を狙う。

 何本かは投げられていたが、方向は全て稲穂の方向。だが、素早く駆ける稲穂には一本も当たらず、次の武器を生み出すまでの時間で小麦は接近に成功する。

 陣形は悪くない。だが、それは突破されない前提での陣形。一度強引にでも突破されてしまえば、飛び道具で攻撃するには味方が邪魔になり、狙いも定まらず威力も落ちる。投げ槍をかいくぐりながら、稲穂は小剣で華麗に、流れるように擬人を一体一体倒していく。

 中央の擬人を一掃したところに、左にいた擬人が投げ斧を飛ばしてくる。

「おっと。残りは五――小麦、任せたよ!」

 視界が開ければ飛び道具の狙いも正確になる。数もあれば威力も攻撃範囲も広く、稲穂は後方に跳んで射程外に退避する。

 そこにいた、右側の敵を殲滅した小麦が入れ替わるように駆けていき、大剣を縦に投げ斧を弾きながら前進していく。

「姉さんこそ、そっちにはまだ十五もいるんだ。気をつけて」

 すれ違いざまに聞こえた小麦の声に、稲穂は微笑み返し後方から挟み撃ちにしようとする、最初に小麦が蹴散らした擬人たちと、残っていた擬人に向かっていく。

「強いサマーはいるかな? いないなら――」

 小剣が閃く。淡い輝きを残像に、疾き剣が十五もの擬人を軽やかにいなして、斬っていく。遠距離攻撃の心配がなくなれば、十五の数は活かせない。稲穂を囲っても一点突破を防げるほどの壁を作るには十五では足りないし、突破を防げばその時々で相対する擬人の数は減る。

 だからこそ、稲穂と小麦は後方の敵を最速で倒した。全ての敵を迅速に、無傷で倒すため。

 稲穂が長槍を振り上げていた最後の擬人を倒した直後に、小麦も振り上げた大剣で最後の擬人を空中に飛ばして消滅させる。

「やったね、小麦」

「……姉さんに負けるつもりはなかった。けど、さすがだよ」

 相手が飛び道具を使い、接近に時間がかかったとはいえ……五体の敵を倒すより、十五体の敵を倒す方が早かった。小麦は素直に姉の強さに感心し、同時に悔しさも隠さない。

「褒めてくれるのは嬉しいけど、まだ終わってないよ」

「ああ。オータムが残っている」

 だからこそ、無傷で終わらせねばならなかった。これで終わり――なんて、甘い擬人がオータムなどと呼ばれることはないのだから。

 陸道四伝はまた一体の擬人を倒して、大きく息を吐いていた。中盾しかなくても、相手は春の擬人。時間のかかる相手もいたが、何とかここまではやれている。

「しかし……一体でこの苦労か」

「お兄ちゃん、盾しか使えないの? フラグメント・ウェポンは分岐型武器なんだよね。小盾から分岐して増えたなら、中盾の他にも何か使えるようになってないの?」

 四季花の指摘に、落ち着いた表情で四伝は答える。

「なっているとは思う。でも、中盾しか出せなかった。きっと何かきっかけが――例えば武器の種類を判別するとか――必要なんだと思う」

 盾をイメージしても盾しか出ない。だが、盾以外のもの――剣や弓、薙刀に大剣といった見たことのある武器――をイメージしても、それらは出てこなかった。

「お兄ちゃん、下手?」

「かもしれない」

 稲穂や小麦、珊瑚に涼乃、天岩……他の『タギ』の人たちの、最初がどうだったのか四伝は知らない。これが普通なのかもしれないし、扱いが下手だから遅いのかもしれない。もしかすると、ここでもう一つの武器が使えれば早いと驚かれるかもしれない。

 次の擬人はここから比較的近い場所にいる。ショッピングモール奥の通路で、出口から離れているため普段から人が少ない場所だ。

 そんな場所に逃げ込んだ擬人。人を待ち伏せするには格好の場所だが、見られている状態で向かうのは一般人を襲うための行動としては適さない。しかし、待ち伏せという点で考えると……四伝は警戒しながらその通路に踏み込んだ。

 果たして、待っていたのは一体の擬人。四伝は四季花を後ろで待たせて、フラグメント・ウェポンの中盾を構えて慎重に近付く。

 それに対し、彼らの方を見ていた擬人は全速力で駆けてくる。

 ――また突進する春か。

 四伝の一瞬の判断は、間違っていたと気付くときにはもう遅かった。

 突進してきた擬人は四伝の目の前で大きな斧を両手に生み出して、大きく振り下ろして油断していた四伝の中盾を弾く。衝撃に体勢が崩れたところで、今度は下からの一撃。四伝は中盾を構える腕を支えきれず、中盾は空中に弾き飛ばされた。

「夏!」

 咄嗟に声を出して追撃に身構えるが、夏の擬人は四伝を無視して四季花を狙って駆け出していた。

「四季花!」

「わ、こっち? ええと……お、お兄ちゃん!」

 逃げるのを促したつもりの四伝の声に反して、四季花は四伝の、擬人のいる方向に駆けていく。その行動に四伝は驚いたが、驚く間も足は動いていた。

「なんでこっちに――いや」

 言葉を言い切る前に四伝は気付く。今度の判断は間違いない。だって相手は初めての擬人ではなく、幼馴染の四季花なのだから。

 彼女は擬人が四伝を避けた方向とは逆の壁際を走り、気付いた擬人もそちらへ斜めに駆けていく。ショッピングモールの通路は広い。たとえそれが奥にあろうとも、広さはある。

「――間に合え!」

 間に合うはずだ。通路の分の横の距離。全速力で駆ければ、四伝は擬人と四季花の間に滑り込める。

 滑り込んでどうなるのか、大斧に対してどうするのか。弾かれた中盾は弾かれて消えてしまったが、再び生み出すことはできる。今度は確実に防げる。だが、大斧を持つ相手に今までのように中盾を武器に戦うのは難しい。

 守り続けて助けを待つか? どれだけ守り続ければいいのか?

 無理だ。稲穂たちがどれほど早く敵を倒したとしても、ここまではかなり離れている。四伝たちとは別行動をしている珊瑚や天岩が、たまたま近くにいて見ていた可能性もあるが、今この場にいないということは、見えていても遠くのはずだ。

「ええい……なるようになれ! とにかく、四季花を守る!」

 勝算はないが気合を入れて、四伝はとにかく滑り込むことだけを考える。

「四季花!」

「お兄ちゃん! 前!」

 とにかく中盾を生み出そうとした四伝だったが、擬人の大きな斧は既に振り下ろされていた。小盾ならともかく、中盾を持って走るのは慣れていないので速度が落ちてしまう。だから生まずに駆けてきたのだが、ここで生み出す余裕はないようだ。

 それだけではない。小盾を構えるにも、既に遅い。

 ここで守って、素早く反撃――盾ではどうしようもない。腕で受けて、弾き返して、そのまま拳を叩き込む。そんなことが擬人の武器に対してできるのか……できるとは思えないが、やるしかない。少なくとも、ただ直撃を受けるよりは威力を軽減できるはずだ。

「来い!」

 滑り込んだ四伝は右腕を前面に構えて、左手で四季花を後ろで抱くように守る。滑り込んだ際に正面を擬人に向けることができただけでも、成功と言うべきだろう。

 大きな衝撃を覚悟して振り下ろされる大斧を見る四伝。

 直後。

 淡く輝く光に包まれていく腕に、擬人の大きな斧は受け止められていた。衝撃はあったが、先程の中盾への一撃から予想していたほどの強さではない。

 何が起きたか――考えている暇はない。四伝はそのまま右腕で斧を弾いて、弾いた勢いを回転させてそのまま拳を叩き込む力に変える。回転するときに失われる力も大きいが、次に振り下ろされるよりも早く振り抜ければそれでいい。

 叩き込まれた拳が擬人に直撃するときに、四伝は自分の右腕に装着されているものに気付いた。叩き込んだ拳も素手ではなく、腕を守っていたのも服ではない。

 ――ガントレット。

 彼の右腕に装着されていたのは、フラグメント・ウェポンから生み出された新たな武器。中盾とともに分岐して、生まれていた武器――ガントレットだった。

「盾からガントレット……へえ、そう分岐したか」

 通路から抜けた四伝と四季花を待っていたのは、弓を片手に柱に背中を預けていた珊瑚だった。通路からは見えない位置だが、少し動けば通路を狙える位置だ。

「一文字先輩?」

「あたしも今到着したばかりだから、見ていたわけではないよ。四伝の手当てはどうしようかと考えながら、弓を構えていたんだけど……その必要はないみたいだ」

 珊瑚は手にしていた弓を消して、未だに警戒してガントレットを装着したままの四伝に笑いかける。

「はい、何とか……それより先輩は?」

「自分を助けるために見てくれていた、あるいは彼女を助けるために、とは思わない?」

「だったら、助けに来るのが遅すぎます」

 四伝の冷静な答えに、珊瑚は笑って大きく頷いた。

「いい判断だ。あたしはオータムを見つけて、ちょっと追いかけてたんだけど……近付く前に逃げられた。それで近付いたところに、四伝と四季花がいたというわけさ。なぜここにいたのかはわからないけど、オータムは君たちの近くにいた」

 それが意味することを、四伝が考えることはない。ただ、彼女の言葉を聞いて、力が抜けて床に座り込むだけだった。

「おーい! 珊瑚さーん! オータムは見つかりましたかー!」

 遠くから聞こえるのは稲穂の声。一目惚れした相手に見せたくはない格好だが、緊張が解けた四伝に立ち上がる気力はない。もしかすると、腕を真っ二つに――腕ごと体を真っ二つにされていたかもしれない。安堵してそれに気付くと、恐怖で立っていられない気がした。

 稲穂と一緒に小麦はいなかったが、少ししてから天岩を連れてやってきた。誰も急ぐ様子がないのを見て、四伝もオータムが去ったことを完全に理解して立ち上がる。

 もう、危険はない。ひとまずこの場は、切り抜けられたのだ。

 涼乃に報告すると言って去っていった珊瑚と、役目は終えたと帰宅した天岩。残ったのは、四伝と四季花、稲穂に小麦の四人だった。

「白でもない、黒でもない、私たちのやり方――上手くできたかどうかはわからないけど、オータムを退けることには成功だよ」

 稲穂が口を開く。表情は穏やかだが、声は真剣だ。

「退いた理由はわからないが、それがオータムか」

 小麦が答える。

 そこまで考えが読めるなら、『タギ』がオータムに互角の戦いをすることはない。圧倒とまではいかなくとも、常に有利な状態で立ち回れるはずだ。

「それでね、このやり方……どう呼ぼうか?」

 稲穂の声は真剣だ。しかしその話の内容は、そこにいた男二人の予想とは全く違うものだった。一人だけ予想外ではなかったらしい四季花が、待っていたかのように答える。

「白でもない黒でもないなら、やっぱり灰色?」

「定番だね。でも、ここはもっと綺麗に、虹色っていうのはどう?」

 どうやら最初から答えは用意されていたらしい。流れるように進む会話に、四伝と小麦は当惑しながらも耳を傾ける。

「虹……『タギ』の虹って、なんか、あまり綺麗じゃないよね?」

「そうだよね。四季花ちゃん、何かいい案ない? 四伝くんと、小麦も思いついたらどうぞ」

 話を振られたが、四伝と小麦に思いつくものはなかった。四季花はちょっと考える仕草を見せたあと、すぐに思いついたことを声にしていた。

「――イリス。虹の女神様の名前。ええと……何の神話か忘れたけど!」

「イリス……いいね、それ!」

 四季花から出た案に、稲穂は好感を笑顔で表現する。だが、何の神話かは彼女も出てこない。小麦も表情にこそ出さないが同じで、四伝は確かそうだったはずと思いつくのはあったが、自信がないので黙っていた。

「私たちは『タギ』の『イリス』――四伝くん、小麦、これからは一緒に、イリスとして行動していくからね」

 そして稲穂のその言葉で、白か黒かを本格的に考える前に、四伝の『タギ』でのやり方は決められた。白のやり方でも、黒のやり方でもない、白と黒の混ざり合った形。虹色の、女神の名を冠した『イリス』として、イリスのやり方で。


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