日曜日。その夜のことである。
合宿にきた第一生物部の面々は昼前には自宅に帰り、合宿・自由施設に残っているのは、二人と一触だけになった。施設で使用した諸々の後始末があるという花見櫓恋凜と、気になることがあると残った、探偵刈霧正五とその友人・氷河の二人と一触である。
「合宿は楽しかったですね。みなさんもなかよくなられたようで、一昨日に出迎えたときと、朝に送り出すときでは、表情も雰囲気も打ち解けたものに変わっていました」
「そのようだな。まだまだ、大親友というほどではないようだが」
玄関を箒で掃除する恋凜と、彼女を眺めるように壁に背を預けている正五が言葉を交わす。
「さすが、探偵は人間観察もお得意ですね」
「君の料理の腕には負ける。ああ、レシピの準備は急がなくていい」
「レシピならもう用意してありますけど……」
ただ後始末を優先して、部屋から持ってきていないだけである。そのことを正五が気付かないはずもないし、彼が気付かないはずがないことも恋凜は見通している。
「そうだったな。今回の件、君は一切助力はしていない。施設の管理以外では。それはやはり間違いないのだな?」
「はい。最初に会ったときに、お話した通りです。私は合宿にきたみなさんのお世話をするためにここにきました。それ以外のことは、頼まれていないですから」
「頼まれていないことは、しなかった。そういうことだな?」
「そう、ですね。部分的にはその通りです。でも、私もみなさんと一緒に温泉を楽しんだのは、頼まれたことではないですね」
「日常的なことでは、何かをしたことはある。その中に、変異種としての食事は含まれるか?」
「閃穴は食べていませんよ。この施設にきてから、ただの一度も」
「変異種としての感知能力は健在のはずだ。人が歩いている人に気付くように、触手も浮かんでいる触手に気付く。氷河たち四触手以外の触手が、合宿期間中に現れはしなかったか?」
正五の質問に、恋凜はゆっくりを首を横に振る。
「わかりません。私が知っているのはあなたと同じ、この施設に様々なことを引き起こした閃穴は、四つではなく五つであるということだけです」
「ああ、そう――五つだ」
恋凜の微笑みとともに音となった言葉に、正五はゆっくり大きく頷いて言った。
「閃穴が起こす現象、施設内で不思議なことが起こった場所、それらから推測すると、閃穴が四つしかないのは不自然だ。だが、最後の閃穴は氷河でも見つけられなかった。それでも無事に事件は解決した。そうなると、可能性は……」
正五は壁から離れて、施設の中心、屋根のずっと真上を見つめる。彼の推理が正確なら、あのあたりにあったであろう、五つ目の閃穴。その場所に彼は強い視線を送っていた。
同じ場所に向けて、箒での掃き掃除を終えた恋凜も、箒を支えにするようにしながら視線を送る。その優しい視線は、消えてしまった五つ目の閃穴ではなく、そこにいたであろうまだ見ぬ触手へ送られたものだった。
「不思議ですね。私も調べていたら、また少し違ったかもしれませんが」
「そうかもしれないな。だが、閃穴はもう復活しない。その触手が何を思って俺たちに協力したのか、あるいは偶然同じタイミングで食べただけなのか、それを探る新たな手がかりはもう残っていないだろう」
「我も改めて探したけど、お手上げだね」
氷河が触手をすくめて、同じように視線を送る。彼の視線は強さと優しさが半々の、探求心と仲間への興味が混ざったものだった。
二人と一触が見つめる先には、暗闇と星々が広がるだけ。何もない空には、何者もいない。
全ての閃穴を同時に、光を吸収してふさぐ――刈霧正五の推理は的中した。しかし、その全ては四つではなく、五つだった――その点で探偵の推理は間違っていた。それでも事件は解決し、その間違いを知るものはまだ少ない。
それが他の者たちにも知られて、全ての真相を彼らが知るには、いま少しの時間を経る必要があるのだった。