「へえ、それは面白そう!」
図書美術博物館広場。浴衣が昨日の話を茜とオルハにしたところ、真っ先に反応したのは茜だった。
「七不思議、二人は他に知らないの?」
「なぜ興味津々?」
質問に答える前にと、オルハが尋ねる。浴衣も同じ気持ちで茜の答えを待っていた。
「オルハちゃんがいるからだよ。あまり派手に動けないし、暇潰しついでに弱点を探るにはいいかなって」
「そう」
笑顔の茜に、オルハは小さく答えた。弱点探しについては一方的なものではなく、オルハが茜の弱点を見つけることもできる。迷惑にならない暇潰しを、彼女も邪魔するつもりはなかった。もちろん、浴衣も同じ気持ちである。
「俺たちが知ってるのは、魔衣さんも言っていた広場の彫像の下にある秘密基地と……」
「彫像って、あれのことでしょ?」
茜が中央にある大きな彫像を指差して、浴衣と織羽は頷く。
「他に、三つは知ってるけど、全ては知らないな」
浴衣が目配せすると、オルハも同意を示して頷く。
「ふむふむ。じゃあそれはあとで聞き込みするとして、知ってるのだけ教えてくれる?」
「ああ。構わないよ」
浴衣は大きく頷いて快諾した。一度オルハと目を合わせてから、浴衣が口を開く。
「まずは、未確認飛行物体の目撃談。よく聞くUFOのことだけど、未来でも通じるか?」
「うん。未来ではほとんど確認されてるけど、通じるよ」
「その未確認飛行物体が、握清町では結構見られるらしいんだ。個別の話までは覚えてないけど、形や色は様々だったと思う」
「ふむふむ。次は?」
「断崖に暮らす氷の精、だな。この街の地理はどれくらい理解してる?」
「山に峡谷や渓谷、岬と断崖に面する街――魂流市の中心街から鉄道で二駅。握清コンサートホールや魂流図書美術博物館ができるまでは、険しい地形に囲まれた寂しい街だった。だけど今ではそれらのおかげで訪れる人も少し増えて、未来では……」
少しためを作った茜に、浴衣とオルハは視線を向けて答えを待つ。
「あ、ごめん先に進めて。これ以上話すと、オルハちゃんに情報教えちゃう」
「悪いこと?」
オルハの確認に、茜は笑顔で頷く。それ以上は二人とも何も言わない。
「早朝、断崖やその周辺の海で氷を目撃したって証言が複数あるんだ。もちろん、握清町には流氷は届かないし、原因は不明だ」
「これで三つ目、と。他は?」
「もう一つは、握清高校に浮かぶ光の話。淡く明るい小さな光が、握清高校の敷地内で見られるという話だ。時間は深夜二時頃。色々な証言もあるけど、それは?」
「あとでいいよ。オルハちゃんは、他に知らない?」
まずは七不思議の全てを知ること。それを優先した茜は、オルハに尋ねる。
「七不思議は知らない。答えなら一つ知ってる」
「あ、それなら私もちょっとだけ。それで、他はどうしようか?」
ここまでに判明した七不思議は四つ。残りの三つは、浴衣もオルハも、当然茜も知らないものだった。
「七不思議? 君たち以外のだと、一つは知ってるよ」
図書美術博物館の人に聞いてみよう。という浴衣の発案で、彼らは館内を巡っていた。最初に訪れたのは、図書館。答えたのは図書館担当の司書学芸員、ほんだまきた。
「本の田んぼに、真冬の真に北方の北で、本田真北です。よろしくね」
というのは、初対面の茜への自己紹介。それから七不思議の話を茜がして、かけていた眼鏡を直しながら真北は答えた。知的な仕草で、知的な雰囲気を醸し出す伊達眼鏡を動かす。彼女がよくやる仕草である。ちなみにサイズはぴったり合っている。
「近くにコンサートホールがありますよね? 完成して三年、話題をこの図書美術博物館に奪われた恨みから、夜になると客引きの歌を歌うって噂です」
彼らが次に訪れたのは、美術館。担当の司書学芸員は、ほんだほくと。
「本の田んぼに、北の都と書いて、北都」
これが茜への自己紹介。
「真北さんの……お兄さん?」
「真北とは赤の他人だ」
茜の質問が終わる前に、北都が被せた。多少長さは違えど、髪型は同じショートストレート。そして二人とも眼鏡をかけている。北都の眼鏡は本物だが、同じ苗字だったので初対面のときには浴衣とオルハも二人の関係を尋ねた。
「ああ。それなら、ここの司書学芸員が常に若い、というのも七不思議らしい。真北は二十三歳、僕が二十七歳、南は二十四歳。それから、五葉の楓も二十五歳で、椛は二十二歳だ。僕たちが雇われたのは大体一年前……その頃から、なぜか僕だけが真北との関係を聞かれる」
七不思議の質問には、北都はこう答えた。
「穂野絵さんは?」
「年齢不詳だ。穂野絵さんの歳は、多分本人しか知らない」
茜は頷いて、彼らは次の館を目指す。
「博物館の博に、北都くんと同じ本田の田。北の反対の南で、博田南です」
司書学芸員、はくたみなみ。博物館担当。セミロングウェーブの髪が特徴の、中性的な男性である。茜に問われて自己紹介、初めましての言葉だ。
「七不思議ですか? 俺が知ってるのは北都くんが知ってるのと、他には……みなさんと同じものだけですね。お役に立てず、すみません」
南の答えは以上である。彼からは七不思議の新情報は得られなかった。
五葉カフェでも聞き込みをしたが、楓と椛も新たな情報は持っていなかった。
「聖地アクセイ、って知っていますか?」
広場に戻った彼らの前に、通りがかった総合司書学芸員――倉穂野絵がそう言った。
「七不思議を聞いていらしたようなので、きっと他のみなさんは知らないと思いますが……」
「詳しくお願いします」
すぐに答えた茜に、穂野絵は小さく頷いてから話し始めた。
「聖地アクセイとは、握清町の古文書の記された名前です。『悪と正義が袂を分かつ、聖地アクセイ』。古文書は当館に所蔵されているので、許可をとれば閲覧もできますよ」
「許可をとるのに、時間は?」
「私の管轄ですので、すぐにでも。どうします?」
「今日はいいです。それ、結構時間かかりそうですし」
「わかりました。では、またお会いしましょう」
微笑んで、穂野絵は去っていった。
「聞き込みの結果、七不思議は全部判明! 一応、二人に確認してもいい?」
茜の言葉に、浴衣とオルハも頷く。ベンチに座るのも待たずに、立ったまま茜は七つの不思議を整理した。
「一、彫像の下の秘密基地。二、街の空に浮かぶUFO。三、断崖に暮らす氷の精。四、握清高校に浮かぶ淡く明るい小さな光。五、埋もれたコンサートホールの怪。六、フレッシュ図書美術博物館の不思議。七、聖地アクセイの謎。この七つで、間違いないよね?」
「ああ」
「同意する」
誰にも聞き間違いや、覚え間違いはない。それを確認したところで、茜は続けた。
「このうち、彫像の下の秘密基地は未来で存在を確認済み。偶然入り口が開いて見つかったものだから、じゃあ入ってみたいと言われても困るけど」
途中で浴衣とオルハの視線が動いたのを察知して、茜は小さく肩をすくめて苦笑しながら付け加えた。
「では」今度はオルハが声を発する。「二つ目の未確認飛行物体は、私たちがやってきた乗り物。おそらく、迷彩が一部分だけ剥がれて地球の人にも視認可能になった」
「剥がれる迷彩なのか」
「はい。その方が安価で、長期間。私のでいいなら、今度ゆかたんに見せてあげる」
「私にはオルハちゃん?」
「悪いことをしないと誓うなら」
「さて、問題は他だね」
一瞬たりとも迷った様子は見せずに、茜は話題を切り替えた。
「未解明の七不思議は六つだよ」
「五つ、じゃなくて?」
「秘密基地はもっと詳しく調べないと、不思議はいっぱい残ってるよ。確認したのは存在と使用形跡だけ。使用者も使用時期もわからないんだよ。私たちが、一時的な拠点として利用している間も、誰も来なかったから」
「茜でもわからないってことは……」
地球の技術ではないのかと、浴衣が視線を向けるより早くオルハが答えた。
「私たちも知らない。侵略もしないのに、そんな基地は作らない」
「ま、とりあえずは入口を探しますか! 浴衣くん、とりあえず精液かけてみて!」
「おい、大声で言うな」
小声で咎めた浴衣に、茜は小さく笑ってみせた。
「人がいないのはちゃんと見てるよ?」
「というか、そんなので開くわけないだろ」
「それはどうかな? 可能性は、ゼロじゃないよ」
「だとしても」
「む。私、冗談で言ってるんじゃないよ? 浴衣くんは魔法は使えないけど、魔女の血を引いてるんだから、その体液が鍵となる可能性はあるでしょ? でも、血を出させるのは痛いことだし、どうせなら気持ちいいことの方が……ね?」
茜は潤んだ眼差しで頼み込む。
「ここは外だし、人もいる」
そんな彼女の眼差しにも、浴衣は動じることなく即答する。
「仕方ない、じゃあ夜に忍び込むとして……他には……」
貴重な展示物もある図書美術博物館。夜でも簡単には忍び込めないだろうと、浴衣は安堵しつつも気は抜かない。未来のあれこれで、簡単に入れる手段はあるかもしれないのだ。
「叩いたり壊したりするのは怒られちゃうし、かえって見つけにくくなっちゃうよね。彫像であることに意味があるとすれば……うーん、今はいいや。続きは夜!」
「夜って」
「忍び込めたら忍び込む。でも、他にも夜の七不思議はあるでしょ? それから、早朝もあるから、休日にでもみんなで調べようよ。私一人でもいいけど」
「ついていこう」
「あなたを深夜に一人にするのは、危険」
「……なんか気に食わないけど、まあいいや!」
こうして、魂流市握清町の七不思議調査の続きは休日の夜にすることになった。