第五節 時風〈ときかぜ〉(二)

二章 遺跡の中の二人の再会


 イセカが遺跡を調べるのは二度目ですが、今回は単独です。仲間の術気に頼ることはできないため、イセカ自身の力のみで調べることになりますが、異世界研究者である彼にとって単独での調査も慣れたものです。

 まずは前回の調査で探索済みの、地下三階まで下りていきます。念のため、一階と二階と三階の各部屋も簡単に調べましたが、サーワの姿はどこにもありませんでした。

 三階から階段を下りて、到着したのは地下四階です。大きな部屋と、いくつか並んだ柱が目立ちましたが、それ以外のものはなく儀式めいたものを感じさせる階です。しかし、奥に祭壇のようなものはなく、儀式的な様式は見当たりません。

 イセカは声をかけますが、返事もなく人影もなかったことから、次の階に進みます。どこまで調べるかは決めていませんが、一階一階入念に調べていくより、他の階も調べて遺跡全体の構造を調べるのが先決です。

 サーワがこの遺跡にいるのかはわかりません。けれど、いるとしたらきっと、奥深くにいるか遺跡の構造を理解しないと行けない場所にいるでしょう。

「これだけの遺跡だ。きっと隠し部屋の一つや、仕掛けで閉じられた扉や通路の一つはあるはずだね」

 イセカは地下五階への階段を下りながら呟きます。それから、同じように到着した地下五階を見て回りました。小さな部屋が多くある階でしたが、地下四階と違って特に儀式めいたものは感じられません。居住空間にしては狭く、牢屋にしては一覧性が低い――扉は全て地下三階で見たものと同じで中が見えませんでした――不思議な画一的な部屋です。

 全ての部屋に椅子と机はありましたが、ベッドはありません。しかし机は一人用としては大きく、壁に隣接するように置いてあります。

「何かの作業部屋として使われていたのかな?」

 イセカはそう推測しましたが、それよりも一つ気になることがありました。

 イセカは上を見ます。地下四階の儀式めいた部屋には、何もありませんでした。地下一階はビーダらも利用していた居住空間で、地下二階は大広間、地下三階は大人数が集まる部屋と食堂、地下五階は多くの小部屋が並ぶ作業場、と彼は推定しました。

 地下四階は地下二階と似ていますが、なぜか四階には柱があります。ここまでの遺跡の構造を見るに、天井は壁に支えられて柱は必要ないように見えます。それに、並んだ柱の位置も階段側に集中していて、支えるとしても不自然です。

 何かがあるとしたら、地下四階です。地下六階や七階を見て比較する前に、イセカはもう少し四階を調べてみることにしました。

 他の階の推定が当たっているかどうかは重要ではありません。地下四階だけ、儀式めいた部屋という以上の推定ができないことが重要なのです。奥に祭壇の一つでもあれば、儀式部屋として推定できたのですが、それに類するものの一つもなかったのですから。

 階段を上り、地下四階に戻ったイセカは、柱の間を抜けて儀式めいた部屋の奥へ向かいます。近くに柱はなく、何かがあるとしたらこの周辺だと彼は予想しました。

「さて、僕の術気で足りるかどうかはわからないけど、やれるだけやってみようか」

 イセカは少ない術気を体の周囲に放出します。変化はありませんでした。

「ここじゃない。とすると、この空間に意味があるわけじゃない。だったら……」

 今度は奥の壁に近付いて、壁に触れながら伸ばした腕の先に術気を放出します。変化はありました。

 イセカが触れた目の前の壁が、大きく二つに割れるように横に動いたのです。動いた壁は並んだ柱と同じ間隔まで静かに開き、彼の目の前に大きく広い通路を生み出しました。

「なるほど。あの柱は、通路の広さを示す指標として扱われていたんだね」

 現れた通路の中も、ここまでの部屋や階段と同じく明るい空間でした。暗くないのであれば、同じように調査が進められます。

「少し下っているみたいだ。階段ではない、大きなスロープだね」

 イセカは慎重に周囲を確認して、長いスロープの先へ歩み出します。足元を気にせず歩けるだけの明るさはあっても、最後に行き着く先は暗闇に包まれていて、ぼんやりとも見えません。

 それだけ長い下り坂なのか、それとも行き先に壁があるのか、あるいは到着した先が暗闇に包まれているのか、イセカは全ての可能性を想像し、警戒して歩みます。

「罠ということはなさそうだけど、随分な長さだね。この先は、地上で考えると……これだけの距離があると推定も難しいね。遠くとも、海の下までは続いていないのは間違いないけれど」

 イセカは微笑みながら、さらに歩いていきます。この先にサーワの姿があるかはわかりませんし、視界の先の暗闇は暗闇のままです。しかし、確かにその暗闇はイセカの目の前に、一歩一歩進む度に近付いているのです。

 そして、暗闇が目前となりました。そこまで近付けば暗闇の正体もわかります。長く大きな下り坂の先には、暗い空間が広がっていました。

 さらに進んで暗闇の中に入ると、遠くにこれまでと同じ明るさがいくつか見えてきます。点在する明かりはその周辺だけを輝かせ、視界に入る多くは暗闇です。

「とても広い部屋だね。けど、これだけ暗いと……」

 明かりを持たないイセカには探索が困難です。しかし、そんな彼に助けを与える声がありました。

「ルエは明かりも持たずにここに来たのか? アチのように術気は使えずとも、たいまつくらいは用意できただろう」

 聞こえてきた声に、イセカは一瞬驚きながらも、平然と言葉を返します。

「そういうのは専門外でね。遺跡内は明るいと思ったんだけど、それよりサーワ、姿を見せてくれないかな?」

「気配ぐらいは自分で探れ。そう遠くにはいない」

「……了解」

 姿を見せない少女の居場所を探るため、イセカは部屋内の気配を探ります。この世界に来てから鍛えられた能力と、元の世界にいた頃からも鍛えていた能力です。

「一つ、小さな気配と、もう一つ、とても大きな気配があるのだけど、小さい方が君で間違いないかな?」

「ああ。大きい方は竜獣だ。迂闊に近付くなよ。死ぬぞ」

「了解」

 イセカは近くの小さな気配に向かって、暗闇の中を歩きます。しばらく歩くと、小さな明かりが見えました。空中に浮いた小さな光は、遺跡の明るさではなく白円錐の明るさです。

「それができるなら、先にやってほしかったね」

「なに、竜獣についても気付いてもらおうと思ってな。ところで、ルエはなぜここに来た?」

「なぜって、君が戻ってこないから、何かあったのかと思ってね」

「アチを心配しての行動か。確かに、何かあったのは間違いないが、心配は無用だ。ここにいる竜獣は初めて見るものでな、ここに潜んで調べていたのだ。暗闇の中で調べるのは時間がかかるが、明るくしすぎると襲われてしまうのでな」

「襲われたのかい?」

「ああ。それから隠れているのだが、なかなか動きを見せてくれない。ルエもいることだし、戦闘調査に移行するのも考慮している」

 言葉を言い切ると同時に、サーワの手にある白円錐から光が広がっていきます。その光の中で、イセカは大きな気配があったところにいる竜獣の姿を確認します。明るくなったといっても広がった光は拡散して弱くなっているため、はっきりと姿は確認できません。

 遺跡の高い天井の半分はありそうな巨体と、四本の足、尻尾がついていることと、背中にも何か小さな角のようなものがあること――イセカが確認できたのはそれだけです。

「これ以上明るくすると、敵と判断して襲ってくる。だが、暗くして距離をとればまた元の場所に戻る」

「縄張りに侵入する敵だけを撃退する、防衛行動だね」

「ああ。まだ名付けてはいないが、そのためにも調べたいことがある。だができることなら、弱らせるだけで殺したくはない。他にも気になることがあるのだ」

「僕と君の二人で達成できる可能性は?」

「低い。しかし、これはアチの研究だ。疲れているなら、ルエは見ているだけでもいい。助けを呼んできてもいいのだが、加減できない者もいるだろう?」

「僕なら問題ないよ。せっかく無事な状態で見つけたのに、怪我をした状態で連れて帰るなんてことはしたくないさ」

 イセカが笑顔を見せると、サーワは小さく笑って頷きました。

「いいだろう。だが、最初は見ているだけの方がいい。必要になったら合図を送る、助けに来てもらおう。まずは奴がどんな攻撃をしてくるのか、ルエにも把握してもらいたいからな」

「予想外の攻撃が来る可能性は?」

「高い。だが、案ずるな。距離をとっていれば簡単にやられはしないさ」

 白円錐から漏れる光が徐々に強くなり、遺跡全体を大きく強く照らします。イセカの見てきた地下五階までの遺跡内と全く同じ明るさになったところで、サーワは白円錐を懐にしまって遠くの竜獣に近付いていきます。

 壁際にいた大きな竜獣は、明るくなってすぐにのそのそと四本足で明かりの主に向かっていました。俊敏な動きではありませんが、その顔と目はしっかりとサーワを捉えています。

「来るぞ! 避けろ!」

 その声がイセカの耳に届いた直後、大きな竜獣の口から赤い炎の息吹が吐き出されました。それは微かに広がりつつサーワに向かって伸びていき、近くにいたイセカも動かなければ焼かれていたことでしょう。

 壁まで届いた炎の息吹を驚いた表情で見つめながら、右に回避したイセカは、左に回避したサーワに声をかけます。

「見ているだけの方がいいと言ったけど!」

「ああ、避けながら見ていろ! 奴の攻撃範囲は、この部屋の全てだ!」

「先に、言ってほしかったね!」

 イセカは文句を言いながらも、大きな竜獣の動きに気を払います。先程の炎は強烈な熱さを伴っていましたが、特別に早いものではありませんでした。この距離ならイセカでも見てから避けることができるでしょう。それに、竜獣の目は、明かりを生んだサーワに向いています。

 再び吐き出された炎をサーワが軽やかにかわすと、今度は青い水の息吹が竜獣の口から吐き出されました。激しい水流は壁に届くと弾けて拡散し、飛沫が遺跡の天井までを濡らします。

「サーワ!」

「これが二つ目だ! アチが確認したのは三つだから、三つ目を確認したら白円錐をルエに投げる! 合図はちゃんと受け取ってくれるな?」

「合図じゃなくて、的の変更な気がするね! でも、わかったよ!」

 イセカの答えに頷いたサーワには、大きな竜獣が接近しています。息吹で攻撃しながら少しずつ近付いていた巨体での体当たりに、サーワは動じることなく回り込むように回避します。竜獣はゆっくりと彼女の逃げた方向に振り向くと、再び口から水の息吹を吐きました。

 今度の水の息吹はサーワの逃げ道を塞ぐように地面に沿って流されます。しかし、予期していたサーワは高く跳躍して水を避けつつ、水流の先まで跳んで着地します。

 その間も、竜獣が次の息吹を準備しているのをイセカは見ていました。狙いの場所にサーワがいなくなったため向きを調節するのに少しの時間を挟みましたが、着地先で正面を向けて立っているサーワに向けて、今度は岩の息吹が竜獣の口から吐き出されます。

 いくつもの大きな岩が息吹となり、遺跡の壁へと叩きつけられます。間にいたサーワにも当たるかと思われましたが、彼女は慣れた様子で全ての岩を寸前で回避していました。

 直後に、サーワは懐に入れた手で白円錐を掴み、遠くのイセカに向けて投げようとします。ですが距離がありすぎると判断したのか、少しだけイセカに向かって駆け出しながらそれを投げつけました。

 その間に、再び吐き出された岩の息吹がサーワを襲いますが、その目は白円錐を追っています。サーワが回避する姿を横目に、イセカは次は自分が狙われると準備をします。

 合図を受け取った瞬間に、大きな口から竜獣は息吹を吐きました。炎の息吹がイセカの頭上を抜けていき、続けて吐き出された水の息吹が足元を襲います。

 ここに岩の息吹が来たら、避けられません。そう思って低く跳躍して回避したイセカに向けて、竜獣は風の息吹を吐き出しました。鋭く速い息吹は烈風となって、空中にいるイセカを吹き飛ばして壁へと叩き付けます。

「――ぐっ、たた」

 幸い、壁までの距離があったため、イセカへの衝撃は大きくはありませんでした。しかし、ここで追撃を受けたらたまったものではないと、イセカは白円錐を遠くに放り投げます。

「僕からの合図だよ!」

「ああ、上出来だ!」

 かなり距離があるため、白円錐はサーワの手までは届きません。遺跡の地面に転がった白円錐に向けて、竜獣は風の息吹を吐き出します。白円錐は壁まで届いて大きな衝撃音を響かせますが、壊れることはなく地面に転がり落ちました。

 竜獣は目をサーワとイセカに交互に向けて、二人の距離を確認しながら壁際までのそのそと後退します。体は正面を向けたままで、背中を見せることは決してありません。

「サーワ、背中が弱点と考えてもいいのかな?」

「少なくとも、息吹は届かないだろうな」

 イセカとサーワは竜獣の動きを見ながら、近付いて話をします。これまでの息吹から、これだけ離れていれば二人は狙われないであろう距離を保ちますが、次に竜獣が吐き出したのは霧の息吹でした。

 髪や皮膚や服が湿るだけで、攻撃力のほとんどない霧の息吹ですが、二人を包むどころか竜獣の正面の全てを包むように霧は広がっています。

「聞こえるか?」

「うん。気配はまだ遠くにあるけど……」

 霧に包まれて二人の姿は見えなくなります。もちろん、相手の竜獣にとっても視界は明快ではありませんが、それは問答無用とばかりに炎の息吹を霧の中に吹きつけました。

 狙いは甘く、鋭さもありませんが、やや広めに吐かれた炎の息吹は、霧を散らしながら二人の頭上や側方、正面に連続して吐き出されます。

「五つ目か。イセカ、近付くぞ!」

「そうは言っても、少し待ってもらえるかな!」

 イセカの周りにはまだ霧が残っていて、視界は不明瞭です。彼の言葉に一瞬足を止めたサーワに向けて、竜獣は蔦の息吹を吐き出しました。

「……ほう。搦め手も豊富なようだ」

 何本もの蔦がサーワを捕らえる網のように、飛来します。回避するのは困難と判断したサーワは、その一本一本を正確に叩き切って、さらに前進します。その頃にはイセカも霧の外まで脱出し、二人は竜獣に全速力で近付いていきました。

 これだけの連続攻撃をすると竜獣も疲れたのか、息吹を吐くことなく二人が背後に回るのを許します。しかし、彼らはまだ勝利を確信はできませんでした。

「角だと思ったけど、違うみたいだね」

「背中に腕、か。頭が弱点であるのを示しているようだな」

 竜獣の背中には、二本の腕が生えていました。背中に上ったイセカとサーワを待ち構えるように――背中に上らせた二人を迎え撃つために、二本の腕が構えています。

「この竜獣に弱点があるのかい?」

「頭を叩けば、息吹は吐けない。ただ、なるべくなら避けたいところだが……」

「そうも言っていられないかな?」

「ああ。全てを確かめるには、こちらも全力で戦わねばならぬようだ」

 腕から離れたところで、イセカたちは様子を伺います。話が終わって二人が一歩進んだ瞬間、竜獣は口を上に向けて蔦の息吹を吐き出しました。

「……便利な息吹だね」

 イセカが苦笑します。吐き出された蔦は二本の腕に握られて、振り回された長い蔦がイセカとサーワの足元を狙います。二人は跳躍しつつ接近しますが、そこに竜獣は岩の息吹を空に向けて吐き出し続けました。

 自分の背中に当たるのも厭わず、空から降ってくる岩の雨に二人は回避に徹します。さらに近付けば腕があり、蔦も振られて、当然足場も竜獣の背中ですから不安定です。

 振り落とされないようにしつつ、岩の雨を避け、さらに腕の間を突破して竜獣の頭を叩く――簡単なことではありません。ですが、サーワには不可能なことではありませんでした。

「六つの息吹――ムイブキと名付けるとしよう。七つ目があれば困りものだが、イセカ、そのときはアチを担いで逃げてくれ」

「なかった場合は?」

「ふ。少々、解剖を手伝ってもらう。きっとそちらの方が大変だぞ!」

 サーワは軽やかに竜獣の背中を駆けていきます。振り落とそうとする竜獣の動きも、振り回される蔦も、落ちてくる岩も、サーワには何一つ当たりません。既に研究と調査を終えた竜獣の動きでは、サーワを捉えることはできないのです。

 その様子に竜獣も焦ったのか、霧の息吹を吐き出してサーワの視界を遮ろうとしましたが、もうサーワは二本の腕を蹴り飛ばして、上に向いた口から霧を広げている竜獣の頭の近くまで到達しています。

「すまないな。ルエも逃がす気はないのだろう。だが、アチも死なずに研究を続けなければならない。だから――その口、閉じてもらおう」

 跳び上がったサーワは竜獣の口を上から蹴り潰し、そのまま踏みつけた脚を再び高く振り上げて、今度は竜獣の頭に叩き込みます。激しい連撃にも竜獣は耐えましたが、口を閉じられ、背中の腕も届きません。再び開けばサーワも息吹をかわせませんが、彼女は二度と口を開けさせることはありませんでした。

 何度目なのかイセカも忘れるくらいの連撃が放たれたあと、竜獣――ムイブキは巨体をよろめかせ、音を立てて崩れ落ちます。

 倒れるムイブキの頭に乗りながら、地面に倒れる直前に軽やかに飛び降りたサーワを、よろめいた段階で飛び降りていたイセカが感嘆して眺めます。

「さて、早いうちに調べるぞ。まずは体内がどうなっているのか、温かいうちに調べねば」

「休む暇もくれないね。けど、命の危険がないだけましかな?」

「どうかな。体内に別の竜獣がいて、共生していた可能性も否定はできんぞ」

 微笑むサーワに、イセカは肩をすくめて付き合います。術気を駆使して調査を進めたところ、ムイブキの体内に他の竜獣がいることはなく、全てムイブキ自身が生み出した息吹であることがわかりました。

「一体、何を食べたらあんなものが出せるんだい?」

「こいつは鉱石を食べていた。おそらく、その鉱石から生み出した六つの息吹だ。体内には残っていなかったが、そこを見てみろ」

 サーワが指さした方向に、イセカは顔を向けます。そこにはムイブキが吐き出した岩とは違う、大きな岩が山のように転がっていました。

「あの中に入っているのが、その鉱石だ。ここは奴の食糧庫でもあったようだな」

「だから、君を襲いはするけど、深追いはしてこなかったんだね」

「ああ。さて、鉱石を回収して外に出るとしよう。ムイブキの肉も、食べられそうな部分は簡単に処理しておいた。続きは洞窟だ」

「これ、持ち出せるのかい?」

 簡単に処理しておいたというムイブキの肉は、その全身の半分以上もありました。

「持てるだけでいい。ああ、あそこと、そこのは、アチが研究に使うから食べるなよ」

「了解」

 イセカとサーワは鉱石とムイブキの肉を持てるだけ持ち、遺跡の外へ出ようとします。しかし、彼と彼女が足を踏み出した方向は全く逆の方向でした。

「あれ?」

「ん?」

 その動きに、二人は同時に疑問を口にして、もう一人の顔を見ます。

「僕はこっちから来たんだ」

「アチとは別の入口だな。すぐに外に出られるか?」

「いや、遺跡の中をしばらく歩くよ。スロープの先は遺跡の四階さ」

「ならば、ルエもこちらから出るといい。この先はすぐに外だ。外に出れば奴の領域だから、余ったムイブキの肉を土産にくれてやろう」

「はは、無駄がないね。じゃあ、そうしよう」

 イセカは踵を返して、サーワと同じ出口から遺跡の外へ向かいます。その出口はイセカが通ってきた入口よりは狭い通路でしたが、人が十何人も並んで歩けるくらいの広さはありました。こちらも同じくスロープになっていましたが、勾配はイセカが歩いてきたスロープよりもやや急です。

「ここは、外から見るとどのあたりに出るんだい?」

「遺跡の傍に滝があるだろう。あの滝の下、しばらく歩いたところだ。入り口が瓦礫に覆われていたのを、アチがどかして潜入した」

「瓦礫はまだあるのかい?」

「最初はアチが通れる程度にしか動かしていなかったが、調査が長引きそうだから途中で全てどかしておいた。たまには、リアの光を浴びたいときもあったからな」

 通路の長さはイセカが歩いてきた道よりもやや短いものの、通路は完全な直線ではなく若干横に曲がっているため、直前まで外の光は見えません。全てを合わせて四分の一周くらいの緩やかな回転を終えたところで、外の光が目に入ります。

 夕暮れのリアが地上の遺跡を赤く照らし、その光の下に二人は続いて顔を出します。そこでイクが輝くまで待っていると、自らの領域を見回っていたビーダが空から姿を現しました。

「おお、ビーダ。中に余った肉があるから、好きにするといい」

「中? ……そこか。お前たちはこのまま洞窟に戻るのか?」

「いや、アチは少しここで休んでいく。簡単な調理ならここでもできるからな」

 ビーダがイセカの顔を見ると、イセカも同意を示して大きく頷きました。

「遺跡の部屋は使わないんだな?」

「ほとんど中にいたからな。外が恋しいのだ。それに、上まで登るのも疲れるだろう?」

「そうか。好きにするといい。ここは僕の領域だ。竜獣の心配はしなくていい」

「世話をかけるな」

「僕はいつもと同じことをしているだけだ。だが、そうだな……あまり、研究者仲間を心配させるのはやめておけ」

「……ふ。次からは、書置きくらいは残してやろう」

 二人の会話を、イセカは微笑みながら黙って聞いていました。ビーダが去って、ムイブキの肉を簡単に調理したものを腹に入れて、寝て、夜が更け、朝を迎えます。

 イセカはサーワを見つけて、サーワは新たな竜獣――ムイブキの研究を進めて、揃った二人はリアが高くなる前に自分たちの住む洞窟へと戻っていくのでした。


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