すいすずユズリ

九話 可愛い妹たち


告白に告白

 ホカゼと出会って数日、私たちと美々奈の関係は少しだけ変わった。それをきっかけに返事を求めるようなことはしなかったし、できなかったけれど、素直に告白してくれた彼女に対して、私もちゃんと告白しないといけないとは思っていた。

「昨日、ホカゼという若き神と出会ったんだ」

 そして、そのことを告げたのは部活動の最中。妹たちやまもりは少し驚いた顔をしていたが、それ以上に驚いていたのは当然、美々奈だった。

「ホカゼって、その、というか、若き神って」

 動揺する美々奈に、私は昨日のことを詳しく話して、聞かれるままに私たちはユズリやヒサヤのことも話すことになった。この流れで話さずに終わるとは考えていなかったので準備はしていたが、私の他の四人はそうではなかった。

 動揺したり困惑したりする鈴や翠、まもりに美々奈をまとめるのはやや苦労したが、大きかったのは美々奈だけで、他の三人は比較的冷静だったのは救いだった。

 妹たちと親友は、ユズリとヒサヤのことで一度経験していたのが大きかったのだろう。しかしさすがに、たまたま入部したと思っていた美々奈が、ということには驚かざるを得なかったらしい。

 ともかく、そんなことがあれば、私たちの関係が変わるのは自然な流れだ。『若き神と仲良くなる部』としての結束も高まり、霞先生への活動報告で悩むこともなくなったのは部長としても、兄としても嬉しい限りだ。部員五人、全員が実際に若き神と出会い、仲良くなっているのだから。

ひとつの提案

 その事件が起こったのは、ある日の昼休みのことだった。色々話しやすい関係になったとはいえ、恋愛関係では全く進展のなかった私たちの関係が、動きかねない出来事。もっとも、近いうちにその日が来ることは予想に難くないことではあったのだが。

「お兄様、あーん」

 翠の差し出す玉子焼きを口にする。食べ終わる頃を見計らって、笑顔で差し出された鈴の玉子焼きもおいしく頂く。やはりユズリの手作り料理は最高の出来だ。

 今回、一緒にいるのはまもりだけではなく、美々奈も一緒に集まっている。彼女からの提案で、私に断る理由はなかったのだが、まもりはちょっとだけ躊躇していた。

「……これ、毎日やってるの?」

 その理由はそのときはわからなかったが、今の彼女の呆然とした様子を見た今なら理解できる。私たちとしてはいつものようにしているだけとはいえ、彼女にとっては刺激が強かったのだろう。

「礼人もいきなりこの光景を見せつけるなんて、酷なことするよね」

「この程度で酷になるなら、先が思いやられますね」

 まもりの言葉に、翠が静かに答える。鈴も真面目な顔で何度か頷いていた。

「知ってはいても、やっぱり近くで見ると……でも、負けない!」

 美々奈は力のこもった声でそう言うと、私におかずを差し出してきた。彼女のお弁当に入っていた、トマトを一切れ。

「あ、あーん……」

「……ふむ」

 妹たちは黙認しているようなので、私はそれを口に入れる。新鮮なトマトの酸味と甘味が舌に広がり、いい味だ。しかし、食べてから何を言えばいいのかよくわからない。

「これは?」

 もしかすると家で作った野菜なのだろうかと思って、一応尋ねてみる。

「八百屋さんのトマト。その、料理にはあんまり自信がないから、切っただけ」

 その割には、お弁当に入っているおかずはどれも美味しそうに見える。慌てて間違えたわけでもないだろうしと、じっと見ていると彼女は言った。

「他はお母さんの」

「なるほど」

 私は納得して小さく頷いて、食事を再開する。私たちのお弁当はユズリが作ったものであることは、部活中の会話で彼女も知っているので改めて言うことではない。

「私もやりたいな。はい、あーん」

 小さなイチゴを両手でつまんで、まもりは手を差し出す。右手を翠に、左手を鈴に。いつもの位置にいる私の妹たちに向けての、あーんである。

 鈴と翠は口を開いて、その甘いくだものを受け取る。

 ふと見ると、美々奈は不思議そうな顔でまもりを見ていた。当然のことに私も説明しようと思うが、ややこしくなるので今はやめておくことにした。

 まもりは緩んだ表情で鈴と翠を見つめている。彼女に対してはやはり注意した方がいいのかとも思うが、いくらなんでも美々奈の前でいきなりいつものように動く事はないだろうと思ったので、黙っておくことにする。

「……やっぱり妹っていいよね、礼人」

「ああ、そうだな」

「うん。だからちょっと貸して?」

「却下する」

 まもりはいつも通りだった。なるべく刺激しないように気をつけていたのだが、一度こうなってしまったらちょっと止めるのが面倒である。

「じゃあ美々奈、礼人と二人きりにしてあげるから、私に協力して!」

「え、二人きり? ……えっと、それは魅力的だけど、まだちょっと心の準備が」

「なら、勝負って形はどう?」

「勝負?」

 まもりの言葉に答えたのは美々奈だけだが、両隣の妹たちもその言葉に興味を惹かれたようだ。二人の食事を進める手が僅かに鈍ったのを見逃す兄ではない。

「そう。鈴、翠、美々奈の三人が、少しの時間二人きりで何かをして、礼人に誰が一番か決めてもらうの。美々奈だって、ずっとこのままでいいとは思ってないんでしょ?」

 正論である。自身のための行動であるのは、美々奈を除く私たちにとっては明白だが、これでは止めるのが難しい。まもりはしっかり計画していたのだろう。もしかすると、ヒサヤの入れ知恵もあったのかもしれない。

「私は構わないが、まもりには審判をお願いする」

「……む」

「二人きりになると、私も少々自制が効かなくなるかもしれないからな。ちゃんと見張っていてくれ」

「それはもちろん、美々奈に?」

「ああ、そうなるな」

「……え? あの、それって……」

 美々奈が顔を真っ赤にしている。まあ、本気で自信がないわけではないのだが、その可能性がないとも言い切れないので、嘘ではない。正論で勝負しようとするまもりに対しては、こちらも見かけ上は正論で挑む必要がある。

「わかった。それじゃ、方法を決めようか」

「そうしよう」

 こうして、私の親友にして幼馴染みである、まもりの一声によって、三人によるちょっとした勝負が始まることになるのだった。

兄と妹と想い人

 勝負の内容は単純明快だった。今すぐに始めて、昼休みの間に終わらせる。となれば、単純な内容になるのは仕方のないことである。

 一人に与えられる時間は五分。その間に、とにかく私に甘えてみせる。たったそれだけの勝負だ。妹たちにとっては日常でしかない行為だが、美々奈にとっては初めてのこと。当然、私にとっても初めてなのでやや緊張する。

「順番はどうするんだ?」

 さすがに私が決めるわけにもいかないだろうと、尋ねる。

「時間もないし、年齢順でいいんじゃない?」

 まもりの言葉に、鈴がこくりと頷く。

「異存はないです」

「うん、それで」

 翠もそれに続き、意外にも美々奈もあっさり同意した。

「いいのか?」

「恥ずかしいし、自信もないけど……見てからだと、もっと自信なくなりそうだから」

「健気だよね。礼人、変なことしちゃだめだよ?」

「言われるまでもない」

 美々奈を見ると、深呼吸をして心を落ち着かせているようだった。

「……うん。準備できた」

「じゃ、私たちは離れてるから」

「ああ。まもり、変なことはするなよ?」

「わかってるって」

 不思議そうに首を傾げて私たちを見つめる美々奈には、あとで説明するとしよう。きっかけはどうあれ、私には審査する役目があるのだから、今はそちらに集中するべきだ。

 妹たちが木の影に隠れたところで、美々奈の時間が始まる。ちなみに他の生徒の姿はほとんどない。僅かにいる生徒も、周囲を見ていないような恋人同士の生徒なので、私にしても美々奈にしても、視線が気になるようなことはないだろう。

美々奈の甘え方

 ベンチに座る私に、美々奈は早速、肩が触れ合いそうなところまで寄り添ってきた。触れ合いそうな、といったところに遠慮や照れを感じるが、そういうところも初々しくて可愛らしいと思う。

 二人きりのデートであるなら、ここで私が手を伸ばして彼女を引きつけるべきなのだろうが、そうではないから私はじっと彼女が動くのを待つ。

 なんだかとても緊張する。動けない、というのがここまで緊張するものだとは思わなかった。女の子と二人きり、というのが初めてというのもあるのだろう。妹たちやまもりで慣れているつもりではあったが、妹は妹だし、まもりは親友であり、私に恋愛感情は抱いていない。

 しかし、美々奈は違う。私にはっきりと、好きだと伝えてきた。愛しているという言葉をもって。そのことが私を少なからず緊張させていた。

 ややあって、美々奈の肩が私に触れる。体温が伝わる、というには些細な触れ合い。何か言ってくれれば少しは緊張も紛れるのだが、彼女は無言で私に寄り添っていた。そしてそのまま時間が過ぎていき、五分経過の合図がまもりから送られて来るまで残り僅かといったところで、美々奈が口を開いた。

「……私、もっと一緒にいたい」

 その言葉に私は美々奈の方を向いて、何かを言おうとする。しかし、言葉が出ないままに合図が送られてきて、同時に美々奈はすっと私から離れていった。

 彼女は私から顔を逸らして、そのままベンチを立って言った。

「交代、しないと」

「そうだな」

 私はそれだけしか言えず、ゆっくりと歩いていく彼女の後ろ姿を見守ることしかできなかった。

 心臓の鼓動がいつもより速く感じる。しかし、次は鈴の番。私は妹が到着するまでに、深呼吸して心を落ち着かせて、切り替えることにした。もう少し長かったら、そう簡単にはできなかっただろうから、五分と設定したまもりに少しだけ感謝しよう。

鈴の甘え方

 やってきた鈴は、すぐに私の体に抱きついてきた。正面から胸に抱きついて、鼓動の音を確かめるように耳をあてている。

 数秒そうしたあと、鈴は私を見上げて微笑んだ。ふんわりとした、柔らかい笑み。可愛い鈴をぎゅっと抱き締めたくなる感情を必死に抑えて、私は彼女の甘えるままにさせることにした。今回は甘える勝負。私から愛でるわけにはいかない。

 顔を下ろした鈴は、私の胸に顔を埋めてすりすりしてくる。こんなに可愛い妹に手を触れてはいけないとは、まもりも鬼畜なルールを考えたものである。支えるためなど自然な範囲で手を触れるくらいなら問題ないとはいえ、今のところその機会はない。

 鈴は体を反転させて、私の足の間に滑りこんでくる。僅かに顔を上げてこちらの顔を窺う様はとても可愛らしくて、頭を撫でてやりたくなる。

 しかし、甘えさせるためには撫でられない。私が鈴を愛でたい感情を必死に抑えているうちに時間は過ぎていき、まもりからの合図が送られてきた。

 別れ際、じっと私の目を見つめる鈴の頭を軽く撫でてやる。

 途端、鈴の顔には、今日一番の笑みが浮かび、私は妹の体を抱き締めたくなる感覚に囚われた。が、今は我慢だ。今は勝負の最中であり、もう一人の大事な妹も待っている。

翠の甘え方

 翠は私の前で立ち止まって、困ったような顔ですぐにこう言った。

「お兄様、今回はわたくし、棄権してもよろしいですか?」

「……ふむ」

 棄権という言葉が出て来るとは思ってもいなかったが、ある程度は予想していた言葉に驚きはしない。

「やっぱり、恥ずかしいか?」

「当たり前です。まもりや鈴、美々奈さんにまでじっと見られている中で、好きなようにお兄様に甘えるなど、わたくしには無理です。悔しいですが、今回は鈴に勝利を譲ります」

「そうか」

 いつもなら、ここで私がフォローして甘えやすいようにしてやるのだが、今回ばかりはそうもいかない。かといって、このまま立って会話をするだけで五分間を消費するのもいけないと思う。

「私も構わないし、鈴も納得してくれると思う。しかし、美々奈はどうだろうな」

「……それは、その」

 翠は俯いて小さな声で言った。彼女が恥ずかしがりながらも、勇気を出して甘えていたのは、妹たちもちゃんと見ていたはずだ。

「わ、わかりました! 少しでしたら、甘えさせていただきます」

 翠は言って、私の体に飛び込んできた。軽く抱きつきながら、胸に顔を埋めて、そのままたまにもぞもぞと動きながらも、顔はずっと埋めたまま。私は当然、遠くで見ているまもりたちにもその表情は見えないだろう。

 そして、制限時間の五分が経過するまで、翠はずっとそのままだった。

勝負の結果

「みんな終わったところで、はい、礼人! 結果発表!」

「鈴の圧勝だな」

 即座に答えた私の一言に、鈴は当然といったように大きな喜びは示さず、小さな笑みを浮かべて軽く頷くだけだった。他の二人にも落胆している様子はなく、彼女たちにとっても予想通りの結果だったことが窺える。

「予想通りの結果……と言いたいところだけど、礼人、美々奈はどうだった?」

「どうだった、と言われてもな」

 妹たちやまもりとも違う感覚にどきどきしたのは事実だが、それがどういう感情によるものなのかはわからなかった。はっきりとした恋愛感情でないことはわかるが、僅かにもそういう感情が芽生えたかどうかは、初めてのことだからよくわからない。

 ただ、ひとつだけ言えることはあったのでそれだけを答えておく。

「可愛かった、とは言えると思う」

「か、可愛い……」

 私の素直な感想に、美々奈は僅かに目を逸らした。

「お兄様、わたくしは?」

 問いかけてくる翠に合わせるように、鈴もじっと私の目を見つめて返事を促してくる。

「もちろん、鈴や翠も可愛かったよ」

「礼人、私は?」

「まもりは参加してないだろう」

 まあ、見た目は可愛いとは思うが、そういうことをいま口にする意味も必要もない。

「じゃ、教室に戻ろうか」

 まもりはあっさりと話を切り上げた。その言葉がなくとも、もうすぐ昼休みは終わる。このまま中庭で、じっくりと余韻に浸る時間は元々なかった。

姉と妹

 その日の部活の始まりは、ちょっとだけ不思議な空気が流れていた。まもりはいつも通りで、妹たちも変わらないのだが、美々奈と私の二人が昼休みのことを意識して、ややぎこちない雰囲気になっていた。

 といっても、元から仲良しであったわけでもないので、本来なら告白されてすぐに訪れるであろう空気が遅れて訪れただけなのだろう。

 今日はこの空気をどうにかすることから考えないといけない、と思っていた矢先に、その空気を破る存在が部室に現れた。

「仲間が増えたと聞いて!」

 大きな声とともに勢いよく扉を開けて入ってきたのは、溌剌としたショートカットの若き水の神、ヒサヤだった。

「ちょっとヒサヤ、ここ学校」

「でもこの部屋はあたしたちのために用意された部屋でしょ? 顔パスならぬ、神パス」

 まもりは黙ってしまった。その事実を持ち出されては、さすがに反論のしようがないようだ。

「で、えっと、その子が美々奈さん?」

「はい。ヒサヤというと、若き水の神の?」

「そう。ユズリにも声をかけたんだけど、神社の仕事が忙しいからと断られちゃって、あたし一人で挨拶に来たんだ」

「……そうですか」

 美々奈の態度はどこか戸惑っているように見えた。しかし、彼女が出会った若き神がホカゼだけだというのを考えると、その反応は自然なのだと思う。私たちが初めてヒサヤに会ったときも、ユズリからは想像もできないような、気さくな態度に面食らったものだ。

 ちらりと視線をこちらに向ける美々奈に、私は肩をすくめて答える。まあ、ユズリはともかくとして、ホカゼも結構いい性格だったから、彼女ならすぐに慣れるだろう。

「まりもから話は聞いてるよ。礼人を好きな人が現れて、チャンスかもしれないって」

「チャンス?」

「ほう」

 最近の様子から何となく想像はついていたが、やはり間違いではなかったようだ。

「うーん、いきなりは困惑するだろうから黙っていようかと思ったんだけど、話しちゃってもいいかな?」

 不思議そうに首を傾げる美々奈をよそに、鈴と翠が私に椅子を寄せてくる。まもりと美々奈は並べた机の向かいにいるので、ここにいれば危険は少ない。

「美々奈、私ね。鈴と翠のことが好きなの!」

「えっと、どういう意味で?」

 ヒサヤの衝撃を受けた直後というのもあってか、美々奈は意外と冷静だった。とりあえずここは彼女に任せることにして、私はまもりが変な動きをしないか見張っていることにしよう。

「それはもちろん、妹として。私もあんなに可愛い妹が欲しい!」

 両手を広げて抱き締める仕草をしながら、笑顔で言うまもり。

「そう」

 美々奈は私を横目に言った。

「ライバル宣言、ではないよね?」

「あ、それは大丈夫。礼人には異性として全く興味ないから」

 いつもながらはっきりと言ってくれる幼馴染みである。もっとも、私もまもりを女の子として理解はしていても、意識したことはないから文句はない。

「ならいいけど……なるほど、だから協力を」

 呆れたような顔をしながらも、納得したように頷く美々奈。

「うん。礼人、なかなか触らせてくれないから」

「まもりは何をするかわからないからな。全く、昔はこうじゃなかったんだが」

「そうだねー。私もこうなるとは想像もしてなかったよ」

「わたくしたちも、まもりに狙われるとは思ってもいませんでした」

 私たちの言葉に同意するように、鈴も大きく頷く。

「そうなんだ。何かきっかけでも?」

「うん。少し長くなるけど、興味があるなら話そうか? ちょうど、ヒサヤもいることだし」

「聞いてもいいなら、聞かせてほしい。礼人の大切な人のことなら、私も知っておきたいから」

 聞く人によっては誤解を受けそうな台詞だけど、幸いここには私たちしかいないので問題はない。まもりは居住まいを正して、そのきっかけについて語り始めた。

若き水の神のお姉さん

「きっかけといっても、色々あるんだけど、まずは簡単に私とヒサヤの出会いから話しておくね」

 言って、かいつまんで話すまもり。重要なのはただ一点、出会ったときの願いによってヒサヤは火宮ヒサヤという、まもりの姉として生活することになったことだ。

「そして私には姉ができました。突然のことで、最初はどう接すればいいのかわからなかったけれど、ヒサヤの性格が性格だから、打ち解けるまではそんなに時間はかからなかったんだ。美々奈も、何となくわかるでしょ?

 それはそうと、ヒサヤは姉として色々私にしてくれて、私は妹としての経験も少し得られた。そうしているうちに、ぼんやりと考えるようになったことがあったの。もし私にも妹がいたら、どうだったんだろうって。礼人が鈴や翠を愛する気持ちも、今ならわかるんじゃないかなって。そこで私は礼人に相談したのです」

「思えば、あれを断ればこうはならなかったんだろうな」

「そうかもね。でも、機会はあのときだけじゃなかったし、時間の問題だったかもしれないよ?」

「否定は、できないな」

「と、続けるね。私は礼人に対してこう言ったんだ。

『礼人、鈴と翠を一日貸して欲しい』

 まあ、そんなことを言っても、礼人は当然のようにすぐには承諾してくれなかったんだけど、朝から夕食の時間まで一緒に遊ぶことは許可してくれました。

『鈴や翠と一緒に寝る権利は兄の私だけのものだ』

 なんて言ってね。私も、さすがに最初からそこまでするつもりはなかったんだけど。

 そして次の休みの日、私の家に鈴と翠がやってきました。私の家には、私と鈴、翠の三人だけ。ヒサヤも迎えるときはいたけれど、ずっとはいなくてちょくちょく出かけてたんだよね。あとで聞いた話では、何かが起こる度にユズリや礼人に報告をしていたって」

「まさかあんなことになるとは思ってもいなかったんだけどねー。面白そうだから放っておいたけど!」

「……ホカゼと気が合いそう」

 ぼそっと口にする美々奈。ホカゼとは少し会話したくらいに過ぎないが、私も同感だ。

妹萌えの目覚め

「さて、鈴と翠をお家に迎えた私は、とりあえず家にあるゲームで遊ぶことにしました。私たちは元々そんなに好きってわけじゃなかったけれど、ヒサヤがハマっちゃってね。その影響を受けて、そこそこできるようになったんだよね。そのときにやったのは簡単なボードゲーム。複雑なのもあったけど、ヒサヤや礼人がいないと楽しめないから。で、それが終わったあとは、アナログの次はデジタルだってことで、四人対戦もできる対戦アクションパズルゲームを。三人しかいなくてあんまり盛り上がらなかったから、すぐに一対一の交代制になったんだけど、私たち三人だと翠が飛び抜けてるから、これはすぐに飽きちゃった。

 そうしているうちに、そろそろお昼の時間。ということで、私たちは協力してお昼ご飯を作ることにしました。カルボナーラのお洒落なパスタ! といっても、パスタは乾燥パスタを茹でただけで、ソースも缶詰から出して温めるだけだったから、難しいことはしてないんだけどね。頃合を見て麺を一口入れて、しっかり茹で加減を確かめたくらいで。

 食事を終えて、後片付けも三人で手早く済ませて午後の時間。ここへきて、ようやく私は本格的に行動を開始することにしました。それ自体は短時間で済むのに、一日用意してもらったのは、そのための心の準備に必要な時間だったのです。

 私は鈴と翠を呼んで言いました。

『ね、一回私のこと、お姉ちゃんって呼んでみて』

 首を傾げる二人に、私は慌てることなく続けます。

『ヒサヤがお姉ちゃんって呼んで、って言うから、前に呼んであげたんだけどね。なんか凄く喜んだの。だからその、どういう感覚なのか、私も試してみたいなって』

『なるほど』

 そうしたら、鈴と翠は頷いて納得してくれたみたいで、すぐに呼んでくれたんだ。

『こほん。お姉様?』

『まもりお姉ちゃん』

 そして走った衝撃! そう、そのときの感覚はまさに」

「と、いうことで目覚めたそうだ。美々奈、もういいかな?」

「あ、ちょっと礼人! 私の話はまだ終わってないよ!」

「これ以上は必要か?」

 前に私が聞いたときは、このあとに続くのは妹の良さについて延々と語るという、私にとっては何を今更と言いたくなるような話ばかりだった。

「美々奈も妹の良さがわかれば、将来二人が義妹になったときに楽しめると思う」

「楽しむって何のことだ?」

「それはもちろん」

「いや、聞いた私が悪かった」

「お兄様、それくらいに」

 翠が言葉で制する。鈴も私の手を引いて、視線で美々奈の方を示す。

「……私、ついていけるのかな」

「大丈夫じゃない? この場ですぐに逃げ出さないだけ素質あるよー」

 話を聞いていた美々奈は弱気な声を出して、ヒサヤに慰められていた。さすがの彼女でも、ここまで連続で色々聞かされたらついていけなかったようだ。私とまもりは顔を見合わせて、小さく頷いてから言った。

「礼人、今日の部活はこれくらいにしとこうか?」

「そうだな。時間も必要だろうし」

 こうして、その日の部活は早めに終わることになった。まあ、美々奈のことだから、おそらく時間が解決してくれるだろう。ホカゼと会ったことを話したときも、大きく動揺したのはそのときだけで、翌日にはいつもの調子に戻っていた美々奈だ。妹が大好きな私を好きでいてくれる彼女なら、まもりの趣味もきっと理解できることだろう。理解しすぎて共感されたら困るが、多分大丈夫だと信じよう。


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