八月一日 午前八時四十二分


 また始まった。こうなると夢、というよりは繰り返しと表現した方が適切かもしれない。朝は前と同じく、対策を考える時間にしようと思ったけど、今回の朝はこれまでとは大きく違う点がひとつあった。

「おはようございます、先輩!」

 朝早くに鳴ったチャイムの音。訪れたのは天塚梨絵。いつも元気でお兄ちゃんのことが好きな、アホ毛標準装備の後輩だ。

「梨絵、どうしたの?」

 玄関先で梨絵と会話する。早朝に訪ねてきたのには驚いたけど、今までにないことだから何か意味があるかもしれないので、軽視するわけにはいかない。

「先輩、今は四回目であってますよね」

 疑問ではなくて確信を持った声で、梨絵はそう言った。私は突然のことに驚きながらも、はっきりと頷いておく。

「すみません先輩、あんなことになってるなんて知らなくて、私、これはこれで楽しいなんて気楽に考えてて……というわけで、お手伝いに来ました!」

「お手伝い?」

 場所は玄関先から中に移る。立ち話で済むような話じゃないのはこれまでの会話で何となくわかった。

「あ、智茂さん……そうですよね、家、ですし」

「お兄ちゃん、ちょっと席を外してほしいんだけど」

「先輩、ひどいです」

「いてもちゃんと話せるなら、ここにいてもらうけど」

 ちょっとだけむくれた梨絵は、私に指摘されて無言で答えた。この場合の無言が何を意味するのかは言うまでもない。一分後、リビングには私と梨絵の二人だけが残った。

「先輩は今の状況をどう考えていますか?」

 梨絵が最初に口にしたのはその一言だった。私は考えをまとめて質問に答える。

「ひとつの定められた結末がある一日を繰り返してる、ってところかな。もうひとつ大きな謎があるけど」

「なんですか?」

「梨絵のこと」

 これまでの記憶があるだけでなく、梨絵はそれ以上に色々と知っているようだ。そして、私が干渉しなくても前と全く違う行動をとって、朝早くに訪れた。よくよく思い出してみると、二回目、三回目にも梨絵だけは他の人とはちょっと違う反応をしていた。

「そうですね、簡単に説明すると、私は特別な存在なんです。イレギュラー、とでも言った方がいいでしょうか。だからこの状況を作り出しているものからの影響を受けないんですよ」

「でも、梨絵がこの状況を解決できるわけでもないんだよね」

 もしそうだとしたら、お手伝いではなく、私がどうにかしますとでも言うはずだ。いやそれ以前に、私に伝えることなく梨絵が勝手に動いて解決することだって可能だろう。

「その通りです。私は影響を受けないと同時に、影響を与えることもできないんです。もちろん、直接的にそうなだけであって、今のように間接的に与えることはできますけどね」

 梨絵はそこで話を打ち切った。どこがどう特別な存在なのか、ということについて説明する気はないらしい。気になることではあるけど、今はそれを聞き出すのが最優先ではない。この状況をどうにかしてから、ゆっくりと聞けばそれでいい。

「じゃあそろそろ本題に入りますね。先輩はもうわかってると思いますけど、行動するだけでは未来は変わりませんし、ずっと繰り返し続けるだけです。それをどうにかするにはある道具が必要になるんですけど、それっぽいもの見ませんでした?」

「見ませんでしたって、何かはわからないの?」

「実物は見たことないですし、本にも詳しく書かれてませんでしたからね。触れてみればわかると思うんですけど、心当たりはありませんか」

 私は何かないか考えてみる。程なくして、それっぽいものがすぐに見つかった。

「これかな」

 テーブルの上に置いてあったカードケースを手に取る。最初からずっとここにあって、私もお兄ちゃんも何かわからないもの。一日だけとはいえ、調べるのが得意なお兄ちゃんが手がかりさえ得られなかった七枚のカード。

 手渡された梨絵はカードを一枚一枚確かめてみる。そして一言。

「これですね。使い方はわかりませんけど」

「わからないの?」

「はい。ただ、先輩なら使えるんじゃないかと思います。色々試してみてください」

「色々、ね……」

 改めてカードを眺めてみる。七枚あるけど、色の描かれた三枚と、物の描かれていた四枚は別に分けらそうだ。分けられるということは、それらの中から選んで組み合わせてみる、というのはどうだろうか。

 一枚のカードに触れただけでは何も起こらないのは、前もそうだったし、今普通に分けられていることからも明らかだ。複数必要だというのは間違っていないはず。

 私はとりあえず、青っぽい色、お兄ちゃんが言うにはシアンのカードと、杖が描かれたカードの二枚を手にとってみる。けれど、持っただけでは何も起こらない。私は他に何かないかと考えて、少し祈ってみる。

 このカードで世界を変えたい。未希を救いたい。この状況から脱出したい。漠然とした祈りで、深く考えたものではない。だけど、その祈りは無駄にはならなかった。

 手に持っていた二枚のカードが光に包まれて、粒子となって空中に消えたのだ。よくわからないけど、カードを使えた、ということになるのだろうか。祈ったからか、それとも単純に使おうという意思を伝えたからか、はっきりとはわからないけど、カードが消えたという事実は変わらない。

「これで、未希は助かるのかな?」

「どうでしょう。でも、何かしらの変化はあると思いますよ」

「何かしらの……ねえ、もしかして」

 その変化がループからの脱出だったら、と考える。未希を救うことができずに、続く世界。それは正常といえるのかもしれない。けど、それはあまりにも辛すぎる。私は既に、三回も未希が死ぬ姿を見ているのだ。このカードは未希を救うためにあるのだと信じたい。

「大丈夫ですよ、先輩。未希先輩の死も繰り返しを構成する要素のひとつのはずです。別の要素であるという可能性もありますが、何も状況が変わらないまま脱出してしまう、なんてことはあってはならないんです」

 梨絵ははっきりとそう言い切った。間違いなくそうだとは言っていないけど、そうであってほしいと思うなら、結果が出るまではそれを信じていた方が気が楽になる。

「さてと、そろそろ私は帰りますね。今はこれ以上できることもないですし」

「それはそうだけど、せっかくだしお兄ちゃんと話していったら? それにほら、また繰り返すかもしれないんだし、この機会に練習すればいいんだよ」

「確かに、七枚もあるカードから無作為に選んで、一発で解決する可能性は低いですしね。わかりました、今回はそうしてみます。……毎回とは言えませんけど」

 最後の一言以外は淀みなく答える梨絵。最後までそうだったら良かったんだけど、それならとっくの昔に梨絵はお兄ちゃんに告白しているか、それでなくとも少しは仲良くなっていてもおかしくない。

 身支度を整えた私は、お兄ちゃんを呼んで家を出た。あとは梨絵のがんばり次第だ。私もがんばらないといけないのかもしれないけど、これまでのことを考えると、できるのはカードを使ったことによる変化を確かめることだけかもしれない。

 それでも、その行為を軽視するわけにはいかない。簡単に脱出できないとしても、それぞれのカードの効果を覚えておけば、組み合わせを推理するのに大いに役立つ。

「おはよう、聡美ちゃん」

「ん。おはよ、未希」

 挨拶をして、また一日が始まった。でも今までとは違う。私たちにとって良いことか悪いことかわからないけど、何かしらの変化が起こっているはずの一日だ。

 最初の変化はいつもの場所で梨絵に出会わなかったことだけど、これはカードとは関係ない別の理由だ。梨絵がお兄ちゃんを探しに街に出る理由はもうなくなっている。

 家電量販店では勇輝に会って、喫茶店ではお兄ちゃんに会った。まだ何も変化はないけど、きっと最後の部分や終盤にだけ変化があるのだろう。ちなみに、お兄ちゃんに梨絵とどんな話をしたのかを聞いたところ、ちょっとした世間話をしただけと答えた。

 喫茶店を出てから、私たちはどこにも寄らずに帰路に着く。私の行動で変えられないとしても、人の少ない住宅街の方が状況を把握しやすい。そして、最初にトラックが走ってきた場所に辿り着いた。

 念のために後ろを振り返る。トラックの姿は見えないし、車の音も聞こえない。

 何かしらの変化が起きている証拠だと、私は警戒を強める。今までにないようなことが起きるとしたら、何があるだろうか。どこかの家から人が出てくるとか、電柱が倒れてくるとか、そのあたりかな。それくらいなら、もしかすると対処次第でどうにかなるかもしれない。

 しかし、私たちを襲ったのは、そんな想像を遥かに超えるものだった。

「ねえ、聡美ちゃん、あれって……」

「竜巻?」

 よく晴れた日に、住宅街に現れる竜巻。竜巻が発生しやすい気象条件がどういうのか知らないけど、民家を巻き込むこともせず、道路を一直線に私たちに向かってくるなんて、普通は考えられない。

「逃げないと!」

「これ、逃げられるのかな?」

 竜巻は電柱を巻き込みながら私たちに向かってくる。私たちも巻き込まれたらあんな風に吹き飛ばされるんだろうなと思っていると、電柱が上から落ちてきた。それも何本も。

 とりあえず反対方向に走って逃げてはいるけれど、竜巻の速度はもっと速い。幸い、飛んできたものは当たっていないけど、竜巻本体はすぐ側まで来ていた。今の私にできることはせいぜい、未希の手を掴んで離さないことくらい。

 互いに強く手を握り合った直後、私たちの身体は空高く持ち上げられた。どこかに叩きつけられたら怪我どころじゃすまない。でも、今までの流れだと、私だけは助かっちゃうのかもしれない。

 気がついたら握っていたはずの未希の手がない。私はただ、目を瞑ってじっと耐えることにした。奇跡的に二人とも助かって脱出できる。なんて甘いことはありえない。


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