八月一日 午前八時三十分


 カードの力で変化は起きた。けれど、あんなので助かるとは到底思えない。私は七枚のカードを眺めながら考えていた。あの竜巻の原因はおそらく、シアンか杖のどちらかだ。それを特定することから始めてみよう。

 私はシアンのカードとぬいぐるみのカードを組み合わせてみた。結果は変わらず、また竜巻に巻き込まれた。

 とりあえず、竜巻の原因はシアンであることが判明した。でも、もうひとつのカードに何の意味があるのかはわからないままだ。

 次はシアンに手帳。竜巻で吹き飛ばされた。一応、予め対処法を調べておいたけど、行動をとれないようなタイミングで竜巻に襲われてはどうしようもない。そもそも、それでどうにかなるなら何も苦労はしない。

 今度はシアンに楽器。確かハープだったっけ。今度も効果はない、と思いきやそうじゃなかった。竜巻は私たちの側に現れたけど、吹き飛ばされた私たちは近くに流れる川に落ちて、少なくともその時点では未希も私も無事だった。

 けれど、衝撃が全くなかったわけじゃない。私は何とか身体を動かせたけど、未希は意識を失っていた。助けに行きたくても、未希が落ちた場所は私から遠いところだ。水着を着ているならまだしも、服を着たまま素早く泳いで助けられるような技術は私にはない。

 そして、私の意識は再び闇に沈んでいった。

   八月一日 午前十二時十分

 街で梨絵と出会ったところで、私は今までの出来事を簡単に話す。未希は少し離れたところにいるけど、万が一にも聞こえないように声はかなり抑えている。

「というわけなんだけど、ひとつ相談」

「なんですか?」

 シアンが竜巻、というよりは自然に関係していて、楽器があればそれに対処できる、らしいことはわかった。多分、同じようにマゼンタやイエローを確かめることもできるだろう。実際に、今回はマゼンタと杖を組み合わせて、調べる準備はできている。

「調べるのはいいんだけど、記憶力にはそこまで自信ないんだよね。何かないかな?」

「そうですね……じゃあ、何かわかったら私に教えてください。私ならメモで残すこともできますし、忘れないと思います」

「わかった。じゃあそうするね」

 梨絵がどうやって繰り返しの中でメモを残せるのかはわからないけど、どうせ話してはくれないだろうから聞かないでおく。そんなことより、未希を待たせているのが問題だ。私は話が終わるとすぐに彼女のもとへ戻った。

 その後、喫茶店を出るまではいつも通りの展開。シアンでもマゼンタでも、ここまでの展開は変わらないようだ。住宅街に着くと、トラックもこなければ竜巻も発生しない。

 もちろん、だからといって何も起きないと断定するわけにはいかない。警戒は緩めず周囲に気を配る。いつもならこのタイミングで何か兆しが見えていた。なのに、今回はそれがない。見落としているだけなのだろうか。

 ふと、隣を歩いていた未希の足音が止まった。どうしたんだろうと思った直後、彼女の体が前に倒れそうになる。

「未希、危ないよ」

 私は未希を支えながら考える。転んだ、にしては倒れ方が変だ。もしかすると、どこからか狙撃でもされたのだろうか。普通ならあり得ない展開だけど、シアンのカードでは竜巻が発生した。どんな可能性も否定はできない。

 でも、未希の身体から血が流れている様子はないし、傷さえも見当たらない。けれど、ただひとつだけはっきりとわかることがあった。心臓の音が聞こえない。

「未希? ねえ、未希、大丈夫?」

 返事がない。支える力をほんの少しだけ緩めてみると、重さがはっきりとわかる。身体に力が入っていない証拠だ。同時に、ぼんやりと意識が薄れていくのを感じる。

 また繰り返す。何もわからないままだけど、それだけは確かなのはありがたかった。

 目を覚まして真っ先に考えたのは、前回のこと。結果は今までと同じ。だけど、どうしてそうなったのかわからない。だけど今なら対処もできる。シアンに対して楽器が効果を示したように、マゼンタにもそのようなカードがあるはずだ。

 杖がダメだとして、おそらく楽器でもない。残りはぬいぐるみと手帳。順番にひとつひとつ調べるのもいいけど、私は手帳のカードを選ぶ。くまさんのぬいぐるみよりはこっちの方が役に立ちそうだ。マゼンタと手帳、二枚のカードが光となって消えていく。

 これで何も起こらなければそのときはそのときだ、次はぬいぐるみを使えばいい。

 梨絵と出会ったときには何か話そうかと思ったけど、不確定な情報を覚えておいても仕方ない。勇輝と会って、お兄ちゃんのいる喫茶店。このあとが重要だと思っていたけれど、今回の変化はそれより少し前に起きた。

「お兄ちゃん、ケーキ食べたい。イチゴショート」

「あ、私はチョコレートケーキでお願いします」

「あれ、チーズケーキじゃないんだ」

「うん。今日はそういう気分なんだ」

 未希がお兄ちゃんにケーキを頼むときは、いつもチーズケーキだ。ごく稀に違うケーキを頼むこともあるけど、少なくともこの繰り返しの中ではチーズケーキ以外を頼んだことはない。

 けれど、少し経った今、テーブルの上にあるのはイチゴショートとチーズケーキ。残念ながらチョコレートケーキは品切れだったのだ。そしてそれからの展開は、前回と全く変わらなかった。

 手帳、ではなかったのかなと今度はぬいぐるみを組み合わせてみた。その次は念のために楽器だ。でも結果は杖のときと同じ。マゼンタに対して何らかの効果があったのは、チョコレートケーキだけだった。

 これでマゼンタのカードとの組み合わせは全て試した。次はイエローと杖だ。だけど、その前にマゼンタが解決していない。それを考えるのが先だ。

 ケーキの種類が変わることで未希の命が助かるとすれば、何があるだろう。冷静に考えてみると、答えはひとつしか思いつかなかった。

「毒?」

 ケーキに毒が入っていた。それも都合よく、いつもの時間に効果を発揮する毒だ。そんな毒物が存在するのかどうかはわからないけど、存在しなくてもカードの力があれば作り出すことは容易いはずだ。

 じゃあ、マゼンタは毒、なのだろうか。多分違う。シアンが竜巻ではなく自然であるなら、これももっと広い何かだろう。毒で死ぬということは毒殺。毒殺といえばミステリだ。ホームズとかポアロとか、そういう感じの。謎、と一言にしたほうがわかりやすいかな。

 私はイエローと杖のカードを光へと変える。マゼンタの問題はこれでいいだろう。

 もちろん、間違っている可能性も否定はしないけど、それならシアンや他のカードについても当てはまる。全て私の推論で、確かな答えが得られたものはないのだ。

 でもそれは当たり前だ。すぐに答えがわかるようなら、ここまで考えるまでもなく問題は解決している。

 私は未希との待ち合わせ場所へと向かう準備をする。シアン、マゼンタは終わった。残りのイエローの効果を調べれば、きっと解決への手口が見つかるはずと信じて。


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