メダヒメ様に祈りと信仰心は恋心

第三話 本選トーナメント 二回戦


「ひけ! すべてのにんげんよー! しりぞけ! へんたいどーもよー!」

 二回戦を控えた宿の朝、ミコトはそんな歌声で目を覚ました。

「めだひめさまは わたしのものよ ずっと きっと いっしょーにいたい」

 移動が必要だった前日と違い、今日は周辺の宿から王国競技場に向かうだけ。試合開始の時間は変わらないが、出発時間には相当な余裕がある。

「わたしのこころは あなたのとりーこー はじめてだってー ぜんぶささげちゃう(めだひめさま!)」

 宿の柔らかいソファに座って歌う声の主を、ミコトはベッドの上から見つめる。

「こえかけられたらー どきどきしちゃってー ずっと もっと すきにーなっちゃうのー」

 歌っているのが誰かは分かりきっている。耳に心地よい歌声だが、こんな独特な歌詞を考えつく人物は、一人しか知らない。

「お姉ちゃんの、メダヒメ様への祈りの歌です」

 二つ隣のベッドで寝ていたコノハが、ミコトのベッドに潜り込んで言った。普通なら気付いてサクヤが止める行為だが、彼女は祈りの歌に集中していて、目を瞑っていた。

「とどける! わたしのいのーりー! しんこうしんはー こいごーこーろー どーんーどーんーたーかーまーってー どーん!」

 胸元で広げた両の手のひらには、メダヒメメダルが一枚。メダヒメも現れていて、サクヤに背を向けて祈りの歌を聴いている。彼女も同じように目を瞑っていた。

「あっ! だめですめだひめさまー! きゃっ! そんなところはずかしい……」

「お姉ちゃん、そこまでだよ!」

 二番らしき歌詞に入ったところで、コノハがベッドの中から飛び出した。サクヤとメダヒメが目を開いてコノハを見るも、言葉は無視して祈りの歌を続けようとしていた。

「めだひめさまと べっどのうえで ずっと そっと らぶらぶー……むぐ」

 コノハは迷わずに姉の口を塞いで、強制的に祈りを終わらせる。抵抗する姉、全力で口を塞ぐ妹。メダヒメは頭上で起こるそんな光景を気にした風もなく、ミコトに挨拶をしていた。

「おはようございます、ミコトさん」

「ああ。おはようメダヒメ。明日からは俺も止めるけど、いいか?」

「ええ、構わないですが……」

 祈りの歌を諦めて、ようやくコノハから解放されたサクヤがミコトを見て言った。

「ふっ、あんたに止められるかしら。私が本気を出せば、必ず最後まで……」

「お願いします、ミコトさん」

「ああ。……そうだ、コノハ」

 そこでふと、ミコトは思い出したように彼女の名を呼ぶ。ベッドに潜り込まれたときに言おうとして、言えなかった言葉をコノハに伝える。

「そろそろ、敬語はやめにしないか?」

「そろそろってあんた、まだ出会って何日も……」

「え? でも、お姉ちゃんが許してくれるかどうか……」

 コノハは姉を見つめて、懇願するような瞳を向ける。サクヤは妹の視線にため息をついてから、ミコトに向けて乱暴に言い放った。

「分かったわよ。二回戦に勝ったら、好きにするといいわ」

「よし。勝つぞ」

「全力で応援しますね、ミコトさん」

 笑顔で見つめ合う二人を見ながら、サクヤは再び大きなため息をつくのだった。

「……するの」

 ついでに、中途半端なところで終わった祈りの歌の続きを口にして。その続きは、ミコトとコノハにきつく睨まれて歌わせてもらえなかった。

 競技場の参加者控え室には八人の参加者と、幾人かの同行者が揃っていた。敗退した者でも別の道から参加者席には入場できるが、控え室に入れるのは試合の勝者のみ。

 扉越しに聞こえる歓声は昨日よりは落ち着いているが、それも試合が始まるまでのこと。競技会場に参加者が入場したとき、昨日よりも大きな歓声を届けるための大事な待機だ。

 最初の試合を戦うミコトは控え室で待機し、サクヤとコノハは参加者席から観戦、応援に回る。八試合が行われた一回戦と違い、二回戦は四試合。昨日にも増して激しい戦いが繰り広げられるであろう、競技会場の整備などに用意された時間も少しだが伸びる。

 三人は微笑み合うだけで言葉は交わさず、競技会場内で別れた。それぞれの目的のために、必ず勝利するという意思だけを伝え合って。


二回戦 北ブロック決勝 カタヒナ・ミコト 対 ステッチ・リリィ


 ミコトが入場した瞬間、競技会場に大歓声が響いた。二回戦にして、北、南、西、東それぞれのブロックの決勝でもあるこの試合。所詮はブロックの決勝であるが、予選を突破した十六人の中の四人となれば、もう実力を疑う者はこの王国競技場にはいない。

 昨日の勝利は相手が良かったのか、実力相応の結果なのか、それがはっきりするのが今日の二回戦である。

「……凄いな」

 ミコトも想像はしていたが、大会三日目、本選二日目の歓声は本当に凄いものだった。

 続けて入場したリリィもその歓声に驚いたようで、ミコトに向けて苦笑してみせた。メダル競技者なら歓声に慣れているのかもしれないが、メダル旅人である二人にはこれほどの歓声は初めて経験するものである。

 笛の奏でる調べは、昨日よりもほんの少しだけ荘厳で、ほんの僅かに長くなった音色。それでいて、注意深く聴かなくとも感じ取れる絶妙な変化である。

 試合開始の合図に、ミコトとリリィは構えて見合う。互いに同じ旅人仲間として、また昨日の試合で、戦い方をある程度知っている間柄。奇襲で勝負が決まる相手ではないと理解しているからこそ、すぐには動かなかった。

 リリィが右手のメダルを放り投げ、棒で弾き始めた瞬間、ミコトは素早く動く。空中に雪の塊をいくつか生み出し、弾かれたメダルに対して的確に放っていく。

 棒によって勢いよく弾かれたメダルからの、縦横無尽の連なる銃撃。メダルであることを最大限に利用した遠距離攻撃だが、メダルのうちに対処することができれば攻撃は届かない。

 無論、リリィも黙ってそれを見ているわけではなかった。一回戦のときと同じく、弾くメダルの種類を『棒』と『銃』の二種類に変え、棒で雪を妨害しながら何発かの銃撃をミコトの近くに届けていく。

 対してミコトは海を操り、細かい海流によって威力の低い銃弾を流していく。届く銃の数が少なければ、最小の力で全てを防ぐことも簡単だ。

 最初の攻防が終わり、距離を保ったまま対峙するミコトとリリィ。

「様子を窺うのはここまでね。コノハ、動くわよ」

「うん」

 参加者席でサクヤとコノハが会話する。コノハが頷いた直後、戦いが動いた。

 激しい海流を盾に、ミコトがゆっくりと前進する。進行を止めようとするリリィの攻撃も激しく、駆けて近づけば背後からの銃撃も防ぐことになる。海流は広がり近くのメダルも逸らしつつ、ミコトはゆっくりと確実に接近する。

「これも、防げますか?」

 ある程度まで近づいたところで、リリィは攻撃方法を変化させる。大量のメダルを上空に放ち、弾いたメダルの銃撃によってミコトの後方へさらに弾く。

「防げるさ。少しならな」

 ミコトは笑って、後方に向けて高い波を銃弾を防ぐ壁として生み出す。見えない後ろを海流で守るのは難しいが、距離が短いなら全てを防ぐ海を放てばいい。

「そっちこそ、どうやって防ぐ?」

 ミコトはほんの少し速度を上げて、近い距離まで接近したところで雪雲を生み出して、大量の雪を降らせていく。リリィの左右と後方を埋め尽くすように雪の壁を作り、逃げ場を失くしてから鋭く固めた雪を前方から放っていく。

 リリィは棒でメダルを弾き、大量の銃と棒の二つでそれらを的確に防いでいく。攻防が一転した――それだけのことだが、この距離であれば攻める側のミコトの方が圧倒的に優位だ。

 防御に使っていた海流を、固めた鋭い雪に続けてミコトは放つ。海と雪、二つの第二段階のメダルの力を、第一段階の二枚のメダルでは容易には防げない。

「では、これで」

 リリィは右腕を折り畳んで、素早く横に振り抜く。瞬時に生み出された刀が鋭い雪をまとめてなぎ払い、返す刀は次に襲いかかる海流に向けられた。

「刀、か」

「いいえ、『名刀』です」

 一刀両断。幾本もの海流は一本の名刀により縦に割れ、斬撃の風圧がミコトの頬を撫でる。

「凄い切れ味だな」

「凄い切れ味ね」

 ミコトがその威力に感嘆した瞬間、参加者席のサクヤも同じ言葉を口にしていた。観客席は歓声で沸き立ち、さらなる盛り上がりを期待してか両者への声援を競技会場に響かせていた。

「お姉ちゃん。ミコトさん、大丈夫?」

「そうね。リリィは第三段階のメダルも使った。それも第一段階ではカバーしにくい至近距離での戦闘を得意としつつ……」

 競技会場ではリリィが名刀を振るう度、ミコトは身を屈めたり、雪や海水で防御したりしていた。見た目以上に広い斬撃が彼に届いているのは、防御に使われた雪が蒸発するように溶けて消えて、海水が割れる様子から一目瞭然だ。

「近距離での戦いも可能。あいつもその可能性を考慮して、至近距離までは接近しなかったんでしょうけど、あの顔――予想以上のものが出てきたって感じね」

「じゃあ、このままじゃ」

「負けるわよ。このまま戦う気なら、ね」

 一歩下がったミコトに、リリィは一度名刀を消して、同時に右手に生み出したメダルを空中に投げ上げる。それらを素早く左手の棒で弾きながら、右手に再び名刀を生み出して大きく一歩踏み出し、振り下ろす。

 メダルの力により生まれた名刀だからこそできる、素早い切り替え。弾かれたメダルはミコトから離れた場所に届けられ、名刀による攻撃を補助してミコトの逃げ場を奪っていく。

 ミコトが一歩下がれば、リリィが一歩踏み出す。ミコトが二歩下がると、リリィも二歩踏み出していく。常に一定の距離を保ちつつ、激しい攻撃は継続される。

「ま、安心しなさい。あいつと同じく、リリィも警戒してるわ。そして多分、その警戒は無駄じゃない」

 競技会場の壁際まで追い詰められたミコトは、地を伝うように海水を流して反撃する。しかしそれらは全て、名刀の前に一刀両断。斬撃から放たれた力も届かないが、もう一歩近づけばミコトに逃げ場はない。

「そろそろ、見せてもらいますよ」

 リリィは一歩。大きく踏み出して、名刀を振り上げた。

「やっぱ、油断はしてくれないか」

 自らに向けて襲いかかる斬撃を前に、ミコトは苦笑するだけで動かない。しかし、彼の体に届いた斬撃は、ダメージとなっては届かなかった。

「お姉ちゃん、今」

「そうね。あいつが何かした、ええと、もう一度見れば分かると思うわ」

 同じことをリリィも考えていたのか、その場から動かずに再び名刀を振る。ミコトに届いたはずの斬撃は、やはりミコトには効果がなかった。

「第三段階の『吸収』ね。多分、彼女も見抜いたでしょうし、どう動くかしら」

 リリィは右手からメダルを投げて、一点を狙うように棒で弾いていく。前方から散弾のように襲いかかる銃撃を、ミコトは海水を壁にして防いでみせた。

 それにも構わずリリィは接近し、銃撃で牽制しながら至近距離まで到達する。壁際のミコトは逃げられず、振られた名刀は柔らかい雪で受け止める。

 勢いを吸収する柔らかな雪。名刀であっても、一撃ではそれを崩せなかった。

「そう、ですか。なら」

 リリィは距離を詰めたまま、数枚のメダルを地面に落として銃撃を放つ。ミコトは同じように、海水で勢いを吸収して防いでみせた。

「っと」

 その間に、再び名刀の一振りが柔らかい雪を崩して、ミコトを襲う。海水の流れで防いだミコトだったが、その一振りで守るものは全てなくなった。

 だが、リリィが次の攻撃に移る前に、ミコトも反撃に出る。軽い拳の一撃だったが、リリィは大きく一歩下がって回避した。吸収の力を込めた拳――当たっていたら、見た目以上に体力や気力、あるいはメダル力を吸収されていただろう。

 ミコトは吹雪を放って、リリィに攻撃する。見た目はこれまでの吹雪と変わらないが、全ての雪には吸収の力が込められ、リリィの棒や銃による反撃も届かない。数を重視した小さな雪の結晶では名刀の攻撃こそ防げないが、少しは弱まるので海水で守ればいい。

 途中からリリィは名刀の攻撃だけに絞り、吹雪を裂くように斜め上に斬撃を飛ばした。

 ミコトは顔に警戒の色を浮かべて、リリィの動きを注視する。彼女は棒で大量のメダルを弾いて、そこに向けて再び名刀の斬撃を放っていた。メダルは棒に変化し、細かく斬られた鉄の塊がミコトの頭上から落ちてくる。

 しかし、ミコトはその攻撃に対して防御はせず、それどころか守りに使っていた海水までもまとめてリリィに向けて放っていた。

「海よ、雪よ――届けっ!」

 やや驚いた顔を見せたリリィの名刀による一振りを、海水は迂回して前進する。その動きにリリィもミコトの狙いに気付き、素早くメダルを弾いて銃弾の雨を降らせようとする。

「反撃……ん」

 吹雪はリリィの両腕を包み込むように襲いかかり、続けて海水が同じく両腕を狙う。二つの攻撃にリリィは両腕の力を吸収され、用意していた反撃は満足に届かない。

 そこにミコトはさらなる一撃。勢いよく放たれた海流に雪の粒を乗せて、僅かに弾かれた銃撃をその身に受けながら、勝負を決める一撃を放った。

「……負け、ですね」

「何とか、な」

 集中して銃撃された首筋をさすりながら、ミコトは小さく笑ってみせた。腕の力を吸収したのは一時的なもの。腕の力が回復したリリィは、一枚のメダル――『名刀』のメダルを地面に落とした。

 そして、競技会場には勝者を称える歓声が響く。

 一瞬の隙をついての、守りを捨てた全力の攻撃。激しい攻め合いを制したミコトに、参加者席の二人はそれぞれの反応を返した。

「長期戦になれば不利になると踏んだのね。いい判断だわ」

「ミコトさん、早く治療しないと!」

「そうね。全力でいいわよ。私はあいつみたいに、ぎりぎりの戦いはしないから」

「うん。お姉ちゃんも、応援するね。ミコトさん――み、ミコトと一緒に!」

 勝利が決まったと理解した瞬間に朝の約束を実行した妹に、サクヤは呆れた顔で小さく笑ってから参加者控え室へと向かうのだった。


二回戦 南ブロック決勝 ヤマブキ・サクヤ 対 ミルティア


「コノハ」

「ミコトさん、今すぐ治療するね」

 ミコトは右手を、コノハは左手を。両手を繋いで『癒し』のメダルによる治療をしながら、競技会場に入ってくる参加者の姿を二人は眺めていた。

 姉の前では呼び捨てにしてみたが、本人の前では変わらずミコトさん。だが、そのあとに続く言葉から敬語はとれていて、普段姉と接するのと同じ口調でコノハは話していた。

 サクヤは一回戦と同じく、大きく手を振って入場する。昨日より大きな歓声にも、彼女は全く動じる様子は見せなかった。続いて入場したミルティアも、一回戦と同じく歓声には軽く応えるだけ。こちらも態度は微塵も変えず、大歓声にも平然としていた。

 笛の音とともに、サクヤが威勢よく声を張り上げる。

「さあ、かかってきなさい!」

 声とともに、紅葉色の大きな衝撃がミルティア目がけて飛んでいく。

「参ります」

 ミルティアは二つの小さな太陽を両手から放って、一つを衝撃に当てて相殺、もう一つをサクヤの眼前まで勢いよく飛ばす。サクヤはそれを片手で受け止めて、握り潰してみせた。

 二人の少女は笑みを見せ、互いに前方へと駆け出していた。心を込めて振り抜かれた凄まじい蹴りを、崩壊の力を込めた左手が受け止めて、両者の力は拮抗、相殺される。

「ふーん。あなた、強いけど……それで私に勝てると思ってる?」

「さあ、どうでしょう?」

 声とともに放たれたいくつかの紅葉色の衝撃を、ミルティアは自身を周回させる太陽で崩壊させていく。小さな衝撃と小さな太陽がぶつかり合って、それでも二枚のメダルの力を込めた太陽は消えず、サクヤの顔面を狙って飛んでいく。

 サクヤは右手を盾にして再び受け止めようとしたが、小さな太陽は直前で軌道を変えてサクヤの胸に勢いよく衝突した。

「お姉ちゃん!」

 戦いが始まってすぐの直撃に、コノハが声をあげる。

「大丈夫だ。けど、今の鋭い動き……」

 太陽が衝突したサクヤはよろめくこともなく、平然と立っていた。彼女を守る力は、彼女の心。手で受け止めるのはあくまでも、観客にも分かりやすくするための配慮にすぎない。

「お姉ちゃんが、驚いて読みを外したんじゃないの?」

「いや、あれだけ鋭く変化できるなら、前の戦いは圧勝できたはずだ。多分、魔法の補助で変化を強化してるな。で、多分あいつは……」

 参加者席からサクヤを見つめるミコトとコノハ。サクヤは胸をさすりながら、笑顔でミルティアに声をかける。

「今のがあなたの魔法ね。威力にはさほど影響はないかしら」

 ミルティアは笑顔を返すだけで、言葉は返さない。派手な攻防の中でも無傷の二人に、観客席からの歓声は徐々に大きくなっていく。笑顔で睨み合う二人に微かに歓声が落ち着き始めた頃、二人の攻防は見計らったように再開された。

 攻防の再開が本当に見計らったものだと気付いたのは、参加者席から観戦する戦い慣れた実力者と、毎日競技会場に出入りする熱心な競技メダル大会マニアくらいなものだ。

「そういうのなら、私にもできるわよ?」

 声とともに、紅葉色の衝撃が縦横無尽に、細かく軌道を変えながらミルティアを襲う。

「こちらも、そういうことはできますよ」

 ミルティアは太陽も出さずに、自らに触れた衝撃を崩壊させていく。衝撃は彼女にぶつかる直前にほんの僅かだが勢いを弱められ、その僅かな遅れを利用しての崩壊による防御。

 サクヤが衝撃を細かく操ったのも、ミルティアが衝撃を崩壊させたのも、どちらも効率的とは言えない戦い方。そこにあるのは目の前の敵への対抗心であり、発端はミルティアだがサクヤもそれに乗っていた。

「さて、観客はもう十分に楽しんだかしら。次は本気で、受けてみなさい!」

 声とともに襲いかかる二種類の衝撃。紅葉色の衝撃に、見えない衝撃。ミルティアは大きな太陽を頭上で輝かせて、その揺らめきで衝撃を炙り出すように打ち消していく。

 その間にサクヤは駆けて、跳躍し、守りの太陽を蹴り飛ばして破壊する。破壊された瞬間に崩壊して、数多の欠片となった太陽は、先程ついでに放っていた見えない衝撃――守りの声で弾き返して、ミルティアの後方に着地する。

 弾き返された太陽の欠片はミルティアの寸前で全て逸れて、地に落下する。魔法による的確で正確な防御だった。

 激しい攻防に沸き立つ観客席。今度はその歓声が落ち着くのを待つことなく、サクヤとミルティアが同時に動き出す。

「やるじゃない。でも、残念ね。あなたは私に勝てない。見せてあげましょうか、私の声の真髄を。あなたと、参加者席から私を見ている変態どもに!」

 桜色の大きな衝撃と、中くらいの太陽がぶつかり合って、大きく弾ける。

「私の蹴りは、私の心の力」

 その中をサクヤは真っ直ぐに駆けて、防御の構えをとるミルティアに接近する。

「そして私の声は、あなたの守りを崩す!」

 その声がミルティアの耳に届いた瞬間、彼女の構えが僅かに緩んだ。ミルティアが意外そうな表情を浮かべている間に、サクヤは心を込めた全力の蹴りを放つ。

「終わりよ!」

 咄嗟に生み出した小さな太陽も間に合わず、力の弱い太陽を砕きながら、サクヤの蹴りはミルティアに直撃する。低く遠くに蹴り飛ばされたミルティアは、辛うじて転倒は回避したが大きくよろめいていた。

「お姉ちゃん!」

 競技会場が大歓声に包まれる中、コノハは喜びの声をあげる。

「あいつ、あんなこともできるのか」

 ミコトは真剣な顔で競技会場を見下ろし、サクヤが見せた声の力を冷静に分析していた。

「あなたの声、衝撃だけではないのですね」

「衝撃だけなら、勝てると思ったのかしら?」

 サクヤの言葉に、ミルティアは無言の微笑みを返す。それを肯定と受け取ったサクヤは、さらなる声とともに決着をつけようとした。

「今度は、耐えられないわよ!」

「――降参です」

 サクヤが桜色と紅葉色の衝撃で逃げ場を封じ、もう一度蹴りを放とうとしたとき。ミルティアは両手から二枚のメダルを地面に落とし、微笑みながら負けを宣言した。

 潔い負け方にさらなる歓声が競技会場を包む中、サクヤは蹴ろうとしていた脚をゆっくりと地面に下ろして、とりあえずは大きく手を振って歓声に応えることにした。ミルティアは優しくメダルを拾って何事もなかったかのように、サクヤと観客席に小さく礼をしてから退場していった。


二回戦 西ブロック決勝 イチノミヤ・リオネ 対 コルトレット・レイミー


「お姉ちゃん」

「余裕で勝ったみたいだな」

「一応、ね」

 参加者席で手を繋いだまま迎えた二人に、サクヤは淡白に答えた。そのまま黙ってミコトの隣に並び、無言で競技会場を見下ろすサクヤに、ミコトとコノハは揃って首を傾げる。

「何かあったのか?」

 コノハの疑問も一緒に、ミコトが尋ねる。

「何もなかったのよ。拍子抜けするほどにね」

 サクヤは答えてから、小さく笑って言葉を続けた。

「それより、あんたは試合に集中しなさい。決着をつけたい相手の試合よ」

「……ああ。レイミー相手に競技者がどう戦うか、気にはなるしな」

 競技会場には既に二人の参加者が入場していた。やはり声援は王国競技場のトップに君臨する競技者リオネに対するものが大きいが、レイミーに対する声援も少なくはない。

「あんたの目から見て、どっちが勝つと思う?」

「レイミーの真価が発揮されるのは自然の中での戦いだ。有利な状況で勝てないようなら、リオネは口だけだったってことになるな」

「確かに、あの炸裂――この平らな競技会場では罠としての効果は期待できないわね」

「レイミーもその上で綿密に策は練っていると思う。俺と違って競技者への対抗心も強くないから、競技メダル大会の観戦もしている。二枚目のメダルも知っているだろう。ただ、な」

「ただ?」

「策に自信があるなら、レイミーは外でジュースは飲まない。彼女はそういう女だ」

 はっきり言い切ったミコトに、サクヤとコノハの視線が向けられる。

「詳しいわね」

「やっぱり相当、仲いいの?」

「旅人として一緒に戦うときの相性はいいが、それだけさ」

「だったらミコトさん、今夜それを証明して?」

「ちょっと、コノハに変なこと言わせないでよね」

 サクヤに小突かれて、ミコトは沈黙する。ここで何を言ってもややこしくなるだけと判断したのもあるが、試合の始まりを奏でる笛の音色が耳に届いたからである。

 試合はすぐに動き、先に仕掛けたのはもちろんレイミーだった。何枚かのメダルを周囲に放り投げて、盾を構えてその場に待機する。

 リオネは前進歩行しながら、右手を軽く振って月の軌道を描く。

「――三日月」

 炸裂のメダルを破壊して、真っ直ぐに前進するリオネ。レイミーは微笑み、今度は数十枚のメダルをまとめて前方に放り投げる。仕掛けられた罠に構うことなくリオネは前進を続け、再び描いた銀の軌道でメダルを払う。

 さらにリオネが数歩進んだところで、彼の踏んだ地面が炸裂した。

「っ」

 軽い一撃。しかし不意の一撃に、リオネは僅かに驚きの色を顔に浮かべて、ほんの少し横に移動する。その地面を踏んだ瞬間、彼の踏んだ地面が崩れて大きな穴となり、今度はリオネもはっきりと驚きの表情を浮かべていた。

 観客席からも驚きと歓声が響く中、その穴の中にレイミーは何十枚ものメダルを落とす。大量のメダルが炸裂した音が競技会場に響き、包む声は歓声が大半を占めるようになった。

「第三段階の『穴』かしら。最初から全力ね」

「平地でも穴の中に隠せば罠になる、か」

 もっとも、リオネにも迂回するという選択肢はあったはずだ。走るだけでも仕掛ける時間を削ぐことはできる。

「競技者らしいな」

 競技メダル大会は観客を楽しませるものでもある。そのためには、互いの力を全て見せ合った上での勝負がふさわしい。

 レイミーはさらなる追撃はせず、ある程度の距離をとって盾を構え、炸裂のメダルを準備する。リオネには脱出する手段があると、確信しての行動だ。

「なかなかの実力だ。一回戦のように、簡単にはいかないか」

 穴の中からリオネは浮き上がるように上昇し、そのまま地上を離れ、空からレイミーを見下ろしていた。無傷の彼の姿に、競技会場が沸き立つ。

 レイミーは優しい笑顔を見せるだけで、顔に驚きの色は見えなかった。

「――上弦」

 リオネは空中に銀の軌道を走らせる。空に向けられた弓のような、上弦の月。そこから銀色の矢が大量に放たれ、レイミーの周囲に矢の雨が降る。

 そのまま空を駆けるように、リオネはレイミーに近づいて再び月を。

「――下弦」

 先程とは逆に、足元に走らせた銀の軌道。降ってくる矢の雨の死角をカバーするように、何本かの銀の矢が地を這って同時にレイミーを襲う。

 レイミーは数枚のメダルを上空に放り投げて、炸裂させたメダルで降ってくる矢をある程度吹き飛ばし、残った矢は盾で弾いていく。地を這って襲いかかる矢は、レイミーの付近で見えない穴に吸い込まれて消えていった。

 見事な攻防に観客席は盛り上がり、参加者席からも驚きの声があがる。

「へえ、遠距離攻撃もあったのね」

「みたいだな。それに、あの動き」

 リオネは急降下して、盾を構えるレイミーに接近する。

「――半月」

 半円を描く月が盾に衝突し、レイミーは力を込めて受け止める。その直後、空が炸裂してリオネの背後を直撃した。

「――三日月」

 リオネは背後からのダメージに構わず――それどころか、その炸裂の勢いを利用して孤を描く軌道でレイミーの盾を貫き、強烈な一撃を届けようとする。

 しかし、その軌道は途中で穴に吸い込まれ、リオネは再び空に飛翔した。

 空と地上。見上げるレイミーと、見下ろすリオネ。表情は互いに笑顔だが、リオネのものは小さくて、レイミーのものはとても優しく、ほんの少しだけ困ったような笑みだった。

「――月下」

 リオネは再び急降下。銀の煌めきとともに落下するように、レイミーの盾を狙って高速の月が下りていく。レイミーはリオネの突撃を盾で受け、受け流してみせた。

 あまりにも綺麗すぎる受け流しに、響く歓声。しかし、レイミーの表情は苦しそうだった。

「――朧月」

 淡く輝く銀の中、リオネの体が霞み、直後に大きな炸裂音が響いた。レイミーの体はその炸裂で大きく吹き飛ばされ、霞の中から現れたリオネはほぼ無傷でその場に立っていた。

「リオネさん、あんなことも?」

 大歓声の中で、コノハが尋ねる。

「いや、あれはレイミーの炸裂だ。……終わったな」

 ミコトが最後の言葉を口から出した瞬間、レイミーは二枚のメダルを――『盾』と『穴』のメダルを落として降参を示した。最後の炸裂を間近で見たリオネも予想していたようで、レイミーが降参した瞬間に大きく手を上げて観客からの歓声に応えていた。

「避けられないと見ての緊急回避、旅人らしい行動かしら?」

「今みたいに、常に治療者がいるとは限らないからな」

 もっとも、今はメダヒメ記念大会の試合。レイミーも普段と同じように少しの炸裂で脱出するのではなく、あえて大量の炸裂で観客を驚かせてから脱出していた。

 大きな炸裂には誰もが気付いても、炸裂による衝撃を穴で吸収して威力を緩和していたことにも気付いたのは、普段の彼女の緊急回避を知っている何人かの旅人だけ。対峙したリオネにも気付かれずに、鮮やかにレイミーは大会を盛り上げていた。

「『月』に『空』……か。口だけじゃないみたいだな」

 ミコトは呟き、慣れた様子で歓声に応え続ける若い競技者を見つめていた。


二回戦 東ブロック決勝 なのの 対 レア・フレック


 競技会場に、なののが元気に手を振って入場する。続いて入場するフレックも、小さく手を振って歓声に軽く応える。両者とも笛が響くまで、なののは満面の笑みで、フレックはやや気恥ずかしそうにしながら、声援に応え続けていた。

 戦いが始まり、フレックは火と炎を合わせた火炎を素早く準備する。なののも音色とともに疾走を始めていて、雷光を纏って真っ直ぐにフレックに向かっていた。

 放たれた火炎を、なののはぎりぎりでステップして回避し、さらに疾走を続ける。しかしフレックの周囲には火の海ができており、空中にはいくつかの炎が――跳躍しての接近を防ぐように配置されていた。

「うわ……女の子にも容赦しないんですね」

「私も長く旅をしている。強敵の見極めは慣れていようぞ」

 なののとフレックは言葉を交わし、さらなる火炎を準備するフレックに、なののは楽しそうな笑みを浮かべた。

「うーん、凄い人みたい……でも、面白いです!」

 なののは足を止めて雷光を放ち、道を塞ぐ火と炎をまとめて吹き飛ばす。フレックはすかさずそこに火炎を放ち、弱った雷光を貫いてなののを狙う。

 火炎が届く前になののも疾走し、次の火炎が放たれるより僅かに早く雷光を放ち、少しずつ障害を消しながら雷光を身に纏い、火炎の準備が間に合わないと見るやすかさずフレックに向かって全力で疾走する。

「少女よ。無謀な突進は、その身を焦がすぞ」

 フレックに接近したなののの前に、今までにない巨大な火炎が放たれた。熱く、大きく、燃え上がる火炎。なののは一瞬びっくりしたような顔を見せたが、一瞬の後には爽やかに微笑んでいた。

「吹き飛べ!」

 疾走の勢いとともに、身に纏った雷光を目の前の火炎に放つ。叫んだ言葉のままに、火炎は吹き飛んで、なののは再び疾走してフレックに向かっていった。

 その彼女の前に、二つの火炎が立ちはだかる。一つは疾走を邪魔するように真っ直ぐに放たれ、もう一つはフレックを守る城砦のように。それを目で捉えてすぐに、なののは放たれた火炎を雷光で貫き、フレックの横を駆け抜けていった。

「これがあなたの、真の火炎ですか」

 なののは足を止めて反転し、身に纏った火炎をさらに大きくするフレックを見た。

「凄い……火炎……」

 参加者席でコノハが驚きの声を口にする。同じような驚きは観客席からも、歓声に混じって大きく響いている。その身の何倍にもなろうかという大きな火炎は、フレックに近づく者を全て焼き尽くすかのように燃え盛っていた。

「あのウェルダンダンディ、凄いのを隠してたわね。火炎使い……だったかしら」

「驚いたな。まさか、三枚目の『火炎』のメダルを持っていたなんてな」

「二つの派手な火炎でメダヒメ様の気を引く気かしら、変態火炎使いね」

 フレックの火炎はさらに大きくなる。第二段階の『火』と『炎』を合わせた火炎に、第三段階の『火炎』も合わせた強力な火炎。燃え盛る火炎は少しずつ地面の方に広がっていき、競技会場の全てを埋め尽くそうとする。

「その程度で、私の足は止まらないですよ!」

 疾走と雷光。なののは火炎を蹴散らしながらフレックの後方に回る。そこに向けて、フレックは全ての火炎を一気に放ってみせた。

「って……きゃっ」

 巨大な火炎に襲われて、なののは競技会場の壁まで吹き飛ばされる。咄嗟に放った雷光を壁にはしたものの、放たれた火炎は三枚のメダルを合わせた大きな力。ダメージを防ぐには限界があった。

「いたた……むう」

 頬を膨れさせるなののに、フレックは再び火炎を広げて放っていた。

「少女よ、隠している力があるのならば、すぐに使った方が身のためだぞ」

 なののの左右に火柱を立てて逃げ道を塞ぎ、その間には炎を走らせいつでも火炎に発展できるようにする。扱えるメダルの力を余すところなく使い、反撃の隙を与えぬ猛攻だ。

「こっちにも事情があるんですよ。でも、大丈夫です」

 なののは向かってくる火炎に雷光を放ちながら、紛れるように身を低くして疾走する。

「使うのは!」

 フレックの火炎をかいくぐるように、細かく方向を変えながら接近するなのの。フレックは火柱を壁に道を塞ぎ、目の前に火炎、後方に炎と四方を塞いでいく。

「最後だけで!」

 なののは雷光を地上に走らせ、その上を駆けるように疾走する。走った雷光を身に纏いながら、強引に火炎の中を突っ切ってフレックへと接近する。

 その動きはフレックもやや予想外だったようで、僅かだが対応が遅れた。

「どうしました? 反応が遅いですよ」

 それでもフレックは動揺を見せず、自らの身に火炎を纏いながら、近づいてくるなののに向けて低速の火炎を放ち、動きに合わせて自在に操ってみせる。

「わざわざ、そこを突っ切るか」

「相当な自信がないとできないわ。あの子、やっぱり強いわね」

 火と、炎と、火炎。第二段階と第三段階、もちろん火炎の中を突っ切るのが一番危険で、ダメージも大きい。それゆえにフレックの反応も遅れたのだが、次がなければ意味がない。

「ミコトさんも似たようなことしたよね?」

 一進一退の攻防に観客席が盛り上がる中、コノハが尋ねる。

「ああ。多分あいつにも、切り札があるはずだ」

 その切り札――三枚目のメダルの力を見逃さないように、ミコトとサクヤは競技会場の戦いに集中する。次の戦いに備えて力を確認するのは重要なことだ。

 ある程度の距離まで近づいたところで、なののはフレックを正面に見据えて足を止める。フレックの放った火炎はやや遅れて届くことになるが、その程度の動きはフレックにとっても想定内である。

「疾走からの急停止……そこから、どうする少女よ?」

「そんなの……決まっています!」

 なののは迷うことなく、雷光を纏ってフレックに疾走する。放たれる巨大な火炎は、二つの火炎を合わせたもの。それにも構わず、なののは火炎の中を抜けていった。

 フレックは驚いた顔を見せながらも、黙って火炎を燃え上がらせる。纏った雷光だけでは限界がある。火炎の中を抜けたなののは相当疲弊した様子であったが、それでもなおフレックに向けて疾走した。

「ここまでは届かぬぞ、少女よ」

 そこにフレックは、用意していた最大の火炎を壁として放つ。先程のように中を抜けることはできない、熱き火炎。未だに隠している力を見せない敵に、フレックは油断することなく冷静に対処していた。

「そう思いますか? ふふ」

 なののは笑顔で、人差し指を立てて可愛らしくポーズをとる。足を止めたことにフレックは警戒して左右にも火炎を広げたが、動かないなののを見て火炎の力を高める。その火炎はなののをゆっくりと包み込み、もうすぐ勝負が決まるだろうと観客の多くが思い、歓声は一時的に弱まっていた。勝者を称える歓声を、より大きく響かせるために。

 そして、火炎が揺らめき、決着の時が訪れた。

「とおっ!」

 大きな掛け声とともに、火炎の中を疾走したなののが、フレックを掠めるように突き抜けていく。その身には微かに雷光を纏っているが、彼女が見せたのは体当たりではない。

 掠める瞬間に見えたのは、風雅に咲いた雪の花が散る光景。

「……ふ、やる、ではないか……少女、よ」

 花びらが地面に落ちると同時に、フレックが膝をつき、そのまま前に倒れ込んだ。決着に僅かに遅れて、観客席から大歓声が響く。勝者を――なののを称える大きな歓声が。

「今の、分かったか?」

「第三段階のメダルね」

 それは分かっていると視線を向けたミコトに、サクヤは小さく肩をすくめて答える。

「メダヒメ様には聞かないわよ。フェアじゃないしね」

「聞いてもらうつもりはないさ」

 未だに驚いた顔で競技会場を見ているコノハを横目に、ミコトとサクヤの二人は小さく笑って、同じように競技会場を眺めた。未知の第三段階のメダルを使って火炎使いに勝利したなののが、観客席と、そして参加者席にも大きく手を振る様を。


 二回戦の全ての戦いが終了した。控え室に戻ったミコトたちを待っていたのは、別室での治療を終えたレイミーと、彼女に付き添っていたリリィだった。可憐なリボンで右に結ったサイドテール。リリィの平常時の姿である。

 彼女たちはミコトの姿を見つけると、真っ直ぐに彼の前に歩いていった。笑顔のレイミーの隣に、澄ました態度のリリィが続く。

 そして彼の目を見て、レイミーが真剣な表情で言う。

「ミコト。次も勝って」

 リリィも彼女に続いて、真摯な言葉を一緒に伝える。

「お願いします」

 二人の言葉に、ミコトは大きく頷いてから答えを返す。

「そのつもりだ。仇ってわけじゃないが、な」

 ミコトの答えにレイミーは優しく微笑むと、踵を返して控え室から去っていった。

 リリィも小さく笑い小さく手を振って、二人は肩を並べて控え室を去っていく。

 しばらくその後ろ姿を眺めてから、サクヤが口を開く。

「あの子の声、初めて聞いたわね。女の子から応援されて嬉しい?」

「嬉しいの?」

 最後の言葉をコノハが繰り返す。

「嬉しいというか、負けられない、だな。コノハのためでもあるが、準決勝まで勝ち進んだメダル旅人は俺だけ。メダル競技者とどちらが上か、示す時はもうすぐだ」

 ミコトは真剣な表情で、姉妹の問いに答える。コノハは照れた表情で微笑んで、サクヤは少しの間を置いてからあっさりと言葉を返した。

「そういえば、あんた一人しか残ってないのね。競技者も一人、旅人も一人、メダヒメ様への愛の差よね」

 胸を張ってそう言ったサクヤに、遅れて参加者席から下りてきたリオネが声を発した。

「おかげで大会は盛り上がっている。無名の少女が一人に、謎の少女が一人。正直、この展開は俺も予想はしていなかった」

「怖じ気付いた、なんて言わないよな?」

 振り返ったミコトの言葉に、リオネは表情一つ変えずに即答した。

「当然だ。明日の試合、誰と当たろうと俺は勝つ。ただ、できるならば……男同士の決着を先に済ませたいものだがな」

「同感だ。俺の決勝の相手は、こいつに決まってるからな」

 リオネの答えに、ミコトは隣のサクヤを見て言った。言葉を交わしたミコトとリオネは小さく笑い合い、数秒の間真っ直ぐに見つめ合っていた。

「盛り上がってるわね。私もあの子と盛り上がりたいところだけど……ま、夜まで待ちましょうか」

 フレックに勝利したなののが試合で受けたダメージは大きい。最後の試合だったこともあり、今はおそらく別室で治療を受けているはずだった。

 今日も街を散策しながら、ミコトとサクヤとコノハは夜を待っていた。準決勝の試合の組み合わせが発表されるのは明日の朝。ここで待っているのはもちろん、まだ競技場から出てこない最後の参加者である。大会の治療者が扱うメダルは第一段階。あれだけのダメージを癒すには、相応の時間がかかるものだ。

「うーん、遅くなっちゃったなあ……あれ?」

 競技場から出てきたなののは、ミコトたちの姿を見つけて首を傾げる。

「こんばんは。同じ準決勝進出者として、声をかけておこうと思ってね」

「ああ。でも、私なんて一番ぎりぎりですよ?」

 軽く返したなののに、サクヤは呆れた顔で答えてみせた。

「あなたが出し惜しみしなかったら、もっと楽に勝てたでしょ? 一番時間がかかったのはこれよ」

 サクヤは乱暴にミコトを親指で指し示す。

「これ、って」

「お姉ちゃん……」

「否定はしません。でも、それでも私は三番ですよ? サクヤさんとリオネさんのお二人は、二枚のメダルだけで突破したんですから」

 笑顔で答えたなののに、サクヤも同じく笑顔で対応する。

「そうね。それはもう、私はメダヒメ様に愛されし、そしてメダヒメ様を誰よりも愛する存在だから、強いのは当たり前よ。あなたなら、私も本気で戦う必要がありそうだけど」

「ふふ、それはリオネさんにも言ってあげてください」

 自分だけ無視されたことに、ミコトはあえて何も言わなかった。彼女の言っていることに間違いはなく、二回戦で一番苦戦していたのは自分でもよく理解していたから。

 微笑みを見せてなののが去ってから、しばらくして。サクヤの胸が光って、メダヒメが彼女の首横に現れた。

「サクヤさん。私は特に愛しているわけではないので、勘違いはいけませんよ」

 メダヒメはサクヤの耳元で囁くと、すぐに姿を消した。

「ああ、つれないメダヒメ様……でもそんなメダヒメ様も大好きです」

「ミコトさん」

「早く連れて帰るか」

 このまま放っておくと何を言い出すか分からないサクヤを連れて、ミコトとコノハは並んで宿泊する宿へと戻るのだった。


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