メダヒメ様に祈りと信仰心は恋心

第四話 本選トーナメント 準決勝


 宿で目覚めたミコトたちに、朝早くから来客があった。二枚の紙を持ってやってきたのは、大きな帽子をかぶった受付衛士である。

「準決勝以降のトーナメント表をお持ちしました。どうぞ」

「ありがとうございます。受付の衛士って、忙しいんだな」

 ミコトの言葉に受付衛士は苦笑して、曖昧に頷いてから答えた。

「正確には衛士見習いです。衛士は表と裏でもっと忙しいですよ。それにしても……」

 受付衛士見習いは、懐にもう一枚の紙を持っていた。既に一枚は別の参加者に渡して来たらしく、ここでミコトとサクヤに渡したことで残るは一枚。

「何か?」

「いえ、ちょっと困ったことがあって。ミコトさん、その、今日の相手ですが」

「ああ……ふむ」

 言われてミコトは紙に目を通す。宿の中ではサクヤとコノハが一緒にメダヒメに祈りを捧げていて、忙しいからとミコトが一人で応対していた。

 新たに北と南に振り分けられた、準決勝の組み合わせ。北ブロック――カタヒナ・ミコト、なのの。南ブロック――ヤマブキ・サクヤ、イチノミヤ・リオネ。

「あいつとは当たらなかったか。で、受付衛士見習いさん」

「その呼び方はちょっと……リータ・リコリッタです」

「リコリッタさん、なののが何か?」

 ミコトは言い直して、改めて尋ねる。彼の質問に受付衛士見習いリコリッタは逡巡するような素振りを見せてから、意を決したように言った。

「昨日みたいな無茶はさせないでもらえますか? 私からも一応、言ってはみたのですが、その、効果は薄いと思いますので」

「彼女のこと、知ってるんだな。了解です」

「よろしくお願いします。では、私はこれで」

 リコリッタは深く礼をしてから、綺麗な所作で踵を返して去っていった。扉を閉めて振り返ったミコトの前に、サクヤが立って待っていた。

「珍しいわね、あんたにしては随分と丁寧な言葉遣いで」

「そりゃ、大会でお世話になってるんだし、ある程度はな」

 ミコトの答えに、サクヤは訝しげな視線を向けて言葉を続けた。

「あの人、巨乳ではないけど胸が大きめよね。レイミーも彼女ほどじゃないけど、それなりの大きさだったし、なるほど、それがあんたの好みってわけね。私もそこまで差はないと思うけど、一定の大きさが必要なのかしら」

「俺が好きなのはコノハだ」

 ちなみにコノハはまだ一人でお祈りをしている。リコリッタとの話の内容を聞いて、サクヤだけがこちらにやってきたようだ。

「一定の小ささが必要なのかしら。だとするとメダヒメ様も好みの……あんた、メダヒメ様で変な妄想したら許さないわよ? していいのは私だけなんだから」

「お前はしてるのか?」

「聞きたいの? どうしようもない変態ね」

「そこまで言われるほどの妄想をしてるのか」

 ミコトとサクヤがそんな話をしていると、お祈りが終わったらしいコノハも二人のところにやってきた。

「お姉ちゃん、ミコトさん、そんなことより試合の準備はいいの? 想定していた人が対戦相手じゃないんだから、準備しないと」

「私なら大丈夫よ。誰が相手でも、対応は考えているわ。それにこいつだって、ここまで来たんだもの。ね?」

「まあな」

 サクヤに視線を向けられて、ミコトは軽く答える。二人の答えにコノハは安堵の表情を浮かべて、それから姉の顔を見て申し訳なさそうに言葉を口にした。

「先に言っておくね、お姉ちゃん。ミコトさんの結果次第では、お姉ちゃんの応援はあまりできないかもしれないから、ごめんね」

「気にしなくていいわよ。治療が遅れて決勝が不戦勝なんて、私もつまらないしね」

 サクヤは気楽そうに返事をしながらも、鋭い視線をミコトに向けていた。「あんたは勝つんでしょ?」という意味の込められた視線に、ミコトは小さく、だが確実に頷いて答えた。

 王国競技場の参加者控え室に、ミコトとサクヤが着いたのは二番と三番だった。既に待機していたのはリオネ一人と彼の同行者。準決勝を控えた三人が合わせるのは視線だけで、誰も言葉を発することはない。

 しばらくして、なののも到着する。彼女は三人の参加者を順番に見てから、今日の対戦相手であるミコトの方に歩いていった。

「最初の試合、わくわくですね!」

 緊張感も何もなく、気さくに話しかけてくるなののに、ミコトはほんの少し考えてから答える。

「俺は三日目だけど、お前は初めてか」

「はい。静かだった競技会場が、突然盛り上がる感覚……昨日は凄かったです」

 純粋に楽しんでいる様子のなののを見て、ミコトは今朝の会話を思い出していた。『昨日みたいな無茶はさせないで』――つまり、最初から本気で戦わせればいい。

「こっちは最初から全力で戦う。お前はどうするんだ?」

「ええと、それは情報を引き出そうと?」

 なののから返ってきたのは当然の反応。ミコトは曖昧に首を横に振って答える。彼女の情報を引き出そうとしているのは確かだが、それは決して戦いを有利に進めるためではない。

「無茶はしないで、と今朝誰かに言われなかったか?」

「いつの間に盗み聞きを! ……あ、リコリッタ。そう、ですね……あなたの全力次第で考えます。どうせ明日には、隠す意味もなくなりますし」

 なののは最後に小さく笑ってから、ミコトから離れて他の参加者に挨拶をしていた。サクヤとは楽しそうに会話をし、一人話しかけるなという雰囲気を漂わせているリオネにも、彼女は躊躇なく話しかける。

 そうこうしているうちに時間は過ぎて、時間がやってくる。扉越しに聞こえる歓声は昨日以上に弱まり、大歓声の準備の気配が控え室まではっきりと伝わっていた。


準決勝 第一試合 カタヒナ・ミコト 対 なのの


 競技会場に入場したミコトは、昨日以上の大歓声を浴びる。それでも最初に入場するのは今日で三日目。この感覚は慣れたもので、大きく驚くようなことはなくなっていた。

 続いてなののが入場し、歓声が届くよりも早く大きく手を振って声援に応える。

 試合開始を告げる笛の奏でる調べは、昨日よりもはっきりと分かる荘厳な音色。長さこそ大きく変わってはいないが、大会も準決勝まで進んだことを象徴する荘厳な調べだった。

「行くぞ!」

 ミコトは掛け声とともに、いきなり大技を放つ。吹雪とともに、無数の小さな波による波状攻撃。相殺しようと放たれたなののの雷光は、小さな波と雪の粒に吸収される。範囲も広く、疾走して逃げることもできない全力の一撃だ。

 サクヤに初めて見せたのとほぼ同じ技だが、サクヤに比べて防御が不得手ななののにはより有効な攻撃になる。少なくとも、二枚のメダルで対処する限りは。

「わあ! だったら……これで!」

 全ての攻撃がなののに当たる直前、雪の花が散り、ミコトの海と雪を白銀に輝く小さな結晶が貫いた。

 一瞬の消滅にミコトは驚かず、素早く疾走して接近するなののに対応する。彼女は雷光によってミコトの逃げ場を奪い、風雅な花の槍をミコトに向けて放つ。準備していた海水の壁にそれは防がれるものの、なののは笑顔で一旦ミコトから距離をとっていた。

「今のがお前の……第三段階か」

「はい。ふふ、少し待ちましょう」

 激しい攻防に歓声で沸き立つ観客席だが、その中にはざわめきも混じっていた。参加者席で二人の試合を見ていた、リオネからも驚きの声があがる。

「あれは、まさか……」

 少し離れたところで、サクヤはそんなリオネを横目にコノハと会話する。

「お姉ちゃん、分かった?」

「そうね。随分変わったメダルだけど、第三段階の『雪月花』じゃないかしら」

「……え? でも、それって」

 競技会場で対峙するミコトも、薄々対戦相手のメダルには気付いていた。そしてまた、そのメダルを持っていることが何を意味するのかも、はっきりと理解している。

「このざわめきは、勘違いじゃないよな?」

「はい。私の三枚目は『雪月花』です。城からこっそり持ってきました」

「お忍び出場、ってわけか」

 メリトリアーズの国民なら、誰もが知っている事実。第三段階『雪月花』のメダルは、王家の証。メリトリアーズ王家の証である。

「メリトリアーズ王家、第一王女――メリトリア・ナノ。それが私の本名です」

 言葉とともに、ナノの背中には美しい月と雪の花が生まれる。攻撃のためではなく、観客にも他の参加者にもはっきりとメダルの力を示すための行動。

 その行動にざわめいていた競技会場は一瞬静まり、すぐにまた大歓声に包まれた。他国との中立を保つゆえに、メリトリアーズの国民でも一般に顔を知るのは王と王妃だけ。名前しか知らないお姫様の登場に、特に国民の歓声は大きなものだった。

 それは決して、可愛らしいお姫様への興奮ではない。彼女がこの実力者の集う大会で準決勝まで進み、王家として相応しい実力を示していたことに対する興奮である。

 比較的平和な現代も、争いの多かった時代も、常に中立を保ってきたメリトリアーズ。東西の大陸間に浮かぶ唯一の島として、大陸間侵攻の拠点として狙われることもあったが、それを退けたのはメリトリアーズ王家の力と、募集された衛士たちの力である。

 そしてその衛士募集こそが、競技メダル大会のきっかけなのだから、その歴史は国外にも広く知れ渡っている。だが争いがなくなれば、王家の者が戦いに出る機会もなくなる。特に国民においては、その実力を伝説のものとしてしか認識していない者も少なくはなかった。

「お姫様でも、手加減はしないぞ?」

「こちらこそ。ここからは、本気で!」

 雷光を纏い疾走するナノ。それを見切って防御するだけなら難しくはないが、問題はもう一枚の『雪月花』である。力の正体は判明しても、力の全ては判明していない。全てを明かしていないのはミコトも同じだが、明かした割合では倍以上の差がある。

 ミコトは冷静に海水を操り、ナノの動きを制限しつつ防御に徹する。雪月花はともかく、疾走を制限すれば足を鈍らせられることに変わりはない。

 ナノは雷光を纏った体当たりで海水の壁を破り、ミコトの眼前に再び接近する。雪月花を警戒して吹雪で視界を奪い、厚い雪の壁で道を塞ごうとするミコトに、ナノは疾走する方向を変えて寸前で回避する。

 速度により翻弄し、的確な一撃を放つ――これまでの戦いでも見せた戦い方だが、その一撃の威力が飛躍的に高まれば効果も変わる。

「月の矢!」

 ミコトの周囲を一定の距離をとって疾走しながら、ナノは白く輝く月色の矢をミコトに向けて放つ。当然、彼女の動きを把握しているミコトは最小限の力で対応。海水を固めた矢を当てて相殺する。

 続けて雪の塊で反撃を仕掛けたミコトに、ナノは笑顔を見せて低く跳躍した。

「固まれっ、雪!」

 足元に細く固めた雪の道を作り、その上を滑るように疾走するナノ。その速度は地面を疾走するときよりも僅かだが速く、その僅かな差によってミコトの放った雪の塊は全てナノの後方を過ぎ去っていく。

「お返しっ!」

 雪の道が途切れても疾走を続けながら、ミコトの頭上に雷光を放つナノ。直接的ではない攻撃に、ミコトは頭上に雪を吹雪かせて雷光を防いでみせる。

 防いだ雷光から小さな粒のようなものが落ちてきて、ミコトの周囲で花開く。

「広がれ、私の花!」

 三方から開いた花びらが、ミコトを切り刻むように襲いかかる。唐突で素早い攻撃に防御は間に合わないが、花びらの威力は低いためミコトは次の攻撃に備える。

「吹き飛べっ!」

「させる……か!」

 雷光を纏い疾走。全力で体当たりをしてきたナノに、ミコトはナノと同じように後方を広い雪の道で固めて、さらに海流を走らせて滑るように体当たりの衝撃を逃がす。纏っていた雷光の力は衝突の瞬間に吸収し、ミコトは距離をとりながらナノの攻撃をその身に受ける。

 離れたミコトにナノは足を止め、ミコトは残った雪と海流で二人の間の足場を埋める。弱い力ではあるが、強力な一撃を放ったナノの追撃を防ぐには十分な力だ。

 見事な攻防に歓声で沸き立つ競技会場。一見すると互角にも見える戦いに、観客席からの声援は双方の名を響かせていた。

「あれが雪月花……雪に、月に、花。全部使えるなんて」

「使えるだけで力は弱いわよ。単体で使う限りは、ね」

 重い雰囲気を漂わせて呟いた妹に、姉は軽い調子で声を返す。

「まだ本気は出してない?」

 横目に訊ねてきたコノハに、サクヤは笑って小さく頷く。

「そうよ。問題は、その状態であいつが押されてるってこと」

「え?」

 コノハの疑問にはすかさず、妹が自分に顔を向けるよりも早く答える。

「今の攻防であいつはダメージを最小限に抑えた。そこは上手くやったと言えるわ。でも、あいつの反撃は一度もナノに当たってない。今のあいつじゃ勝てないわよ」

「そんな……でも、ミコトさんなら」

 断言されてもミコトを信じるコノハに、小さく肩をすくめてサクヤは言った。

「根性や気合で勝てる相手じゃないけど……そうね。私の目から見ても、二人に絶望的な差があるわけじゃない。見せてもらうわよ――今のあんたが、今のままで終わるのかどうか」

 サクヤの見つめる先で、ミコトは大きく息をついてから笑っていた。先程の攻防で、彼も実力差は理解していた。本気を出していない相手に押されている。だがそれは雪月花の全てを見せていないだけで、ナノの戦い方に手加減はない。

 攻防の中で見えた弱点はただ一つ。雪月花が最大の威力を発揮するのは、至近距離であるということくらい。そしてまた、その見せた弱点が罠である可能性も消えてはいない。

「強いな。でも、やれる!」

 実力差は見えた。だが、その差は絶望する程ではない。だったらやることは一つ。この戦いの中で成長して、目の前の強敵を破るだけ。

 残った雪と海が弱まった瞬間、真っ直ぐに疾走して近づいて来るナノ。ミコトは海流で雪山を運び、ナノの周囲で海を荒れさせて雪を崩す。前方と左右から襲いかかる雪崩を前にしてもナノは微笑んでいて、輝く月の光を受けた雪の花でそれら全てを相殺してみせた。

 開けた両者の視界。飛んでくる連続の雷光を、ミコトは海流の上に乗せて固めた雪の板に乗って横に回避する。疾走するナノに追いかけられながらも、速度はほぼ同等。先に動いたミコトに、ナノもすぐには追いつけない。

 とはいえ、競技会場は円形。雷光で少しずらすだけでも距離は縮まり、ミコトは固めた雪を崩して守りを固めつつ着地する。

 近距離で向かい合うミコトとナノ。反撃の隙を窺い攻撃をしてこないミコトに、ナノは笑顔でそれに乗った。

「巡る季節は雪月花――月に輝け雪の花!」

 言葉とともに、何十、何百といった雪月花がミコトを取り囲むように放たれる。上空から襲いかかるものは粉雪で軌道を逸らし、海水の柱で落としていく。本命と思しき前方から襲いかかってくるものには、厚く固めた雪の壁を。

「そこ!」

 しかしその壁は、鋭く尖らせた雷光によって貫かれた。ミコトは咄嗟に移動して回避したが、一瞬でも遅れていれば雷光が肩に直撃していた。

 雪月花を本命と見せかけての、雷光による攻撃。壁の裏で疾走を始めるナノを視界で捉えたミコトは、水柱を崩しながら吹雪を混ぜて放つ。

 視界を奪う程度の吹雪。海水もナノに届く頃にはほとんどなくなっていたが、代わりに舞う雪が増えているように見えた。疾走しながら冷たくない雪を頬に受けて、ナノはその意味を理解する。

「……塩?」

 海水から水分を吸収して、雪に混ぜられて飛んできたのは海の塩。攻撃力は高くない。けれど何らかの意図があるのかも。そうナノが考えた一瞬の隙に、ミコトは攻勢に出る。

 雷光を纏って疾走するナノが接近するのに合わせて、大量の海水を空から降らせ、地上には緩やかな雪山を築く。纏った雷光が海水を相殺するが、柔らかい雪に疾走する足は止まる。雪月花による力も弱まるよう、吸収の力も込められているようだった。

 ナノの周囲に落ちた海水と雪が幾本もの細い矢や槍となって、全包囲からナノを狙って襲いかかる。力を入れて雪月花や雷光で強引に突破すれば、その隙を狙ってさらなる攻勢が続けられる。――ここまではミコトの狙い通りだった。

 その読みが外れたのは――外されたのは、ナノが足元に描いた月の軌道。レールのような一本の軌道の上を、ナノは慣れた様子で疾走していた。

「そんなことも……」

 ミコトは驚きの表情を色濃く浮かべる。想定していなかった、あの状態からの空中への回避。そこから雷光を纏って急降下するように、体当たりを仕掛けてきたナノをミコトはその身と吸収の力のみで受け止める。

 念のために守りの余力を残していたのもあって、威力は相当軽減することができた。だが今回も、ダメージを受けたのはミコトだけで、ナノはほぼ無傷。吹雪で若干体温を奪うことはできたかもしれないが、あれだけ疾走していればその程度はすぐに回復する。

 体当たりの衝撃で軽く吹き飛ばされたミコト。その表情は苦しそうだったが、諦めの色は全く見せていなかった。

「ミコトさん……」

 参加者席ではコノハが不安そうに、ミコトの名を呼ぶ。

「ま、力を引き出すことには成功ね。問題はどう破るかだけど……」

 ミコトは自らの周囲を包み込むように、大量の吹雪を巻き起こす。両者の視界を遮る吹雪ではあるが、一回戦で戦ったヒトキとナノでは戦い方が違う。吹雪を払って一気に攻めてこないのなら、期待できる効果は時間稼ぎのみ。それでも、メダルの力を高めて強力な攻防の準備をするには十分だ。勝負はそこからの、読み合いである。

 吹雪が晴れた。ナノはミコトの正面で笑顔を見せていて、溜めた雷光を極太の光線としてミコトに放つ。

 それをミコトは厚く長く高く集めた海水の壁で、完璧に雷光を吸収する。

「へえ! 疾走するとは思わなかった?」

「疾走はするんだろ? これから」

 ミコトが言い切るより僅かに早く、ナノは疾走してミコトの横をすれすれに駆け抜けていく。

雷光も纏わず、雪月花も使わず、ただ疾走しただけのナノをミコトは黙って見送った。

 二人とも、完璧に敵の動きを読み切った攻防。準備の時間は十分。一撃でも当たれば勝負は大きく動くだろう。問題はそれをどちらが先に、確実に当てられるか。観客席から響く大歓声の中、二人は同時に次の行動を開始する。

 振り返りざまに雷光を放ち、やや斜めに疾走するナノ。鋭く小さな吹雪をナノの移動先に放ち、雷光を少量の海水を散らして勢いを弱め、寸前で回避するミコト。

 ナノはミコトとある程度の距離を保ちながらすれ違い、雪の花を散らして攻撃する。見た目は小さな雪の花だが、威力は最大に近い。ミコトは海と雪の壁を重ねて、全ての雪の花を相殺していく。牽制のように見える遠くのものであっても、全てを。この距離で牽制はしてこないと見ての的確な対応である。

 その間にナノは描いた月の曲線軌道を疾走し、直角以上に角度を変えて速度は落とさずに再びミコトに接近していく。単体でも速い疾走の速度を、さらに速める雪月花の力。

 雷光を纏ってもう一度ミコトの近くを疾走して、再び軌道を変えての体当たりをミコトは足を止めたまま迎え撃つ。疾走が可能な程度の海水を薄く広げ、構わず疾走してくるナノを狙って最大の吹雪を放つミコト。

 吹雪に紛れて雪月花も使っているのか余裕の表情を見せるナノ。しかし、少し進んで違和感に気付いて、僅かに瞳に疑問の色を混じらせる。

 硬い雪、柔らかい雪、粉のような雪。様々な雪質の吹雪は見た目以上に雷光の力を吸収していた。そしてまた、薄く広げた海水も確実に疾走の力を吸収する。だがそれは勢いを止めるには至らず、至近距離まで接近したナノはひとひらの雪の花を飛ばす。

「いけ!」

「止める!」

 ミコトは広げた海水を集めて、残った吹雪も集めて、その全てを雷光を纏い疾走してくるナノに向けて結集する。同時に、襲いかかる小さいが強烈な威力を秘めた雪月花の一撃は、その身を後ろに倒して寸前で回避してみせた。

 ミコトの体が地面に倒れる音が響いたとき、雪と海の混ざった攻撃が直撃したナノの体は軽く後ろに吹き飛ばされていた。

 そしてそのまま、ナノは膝を落とす。彼女が立ち上がるよりも早く、ミコトは倒れたまま海流を操り、ナノ目がけて連続して放っていく。狙いは甘いが確実に力を吸収し、反撃を許さない決着の連撃だった。

 その大半を受け、一部は雷光で防いだものの、ナノは苦笑して二枚のメダルを落とす。疾走と雷光、降参の合図。

 勝者の決定に競技会場が歓声に包まれる。そんな中で、ナノは微笑みを見せて声を発した。

「負けですね。あれを避けるとは、ちょっと油断しました」

「ああ。何とか避けきれた」

 力の差を理解し、誘導し、全てがぎりぎりの勝利。無事に立ってはいるがミコトもすぐにはメダルの力を扱うことはできず、僅かな余力をも残さない全力の攻防だった。

 参加者席で決着を見ていた二人――コノハは満面の笑みを浮かべて、サクヤは小さな笑みではあったが満足したような表情を浮かべていた。

「コノハ、あいつの治療しっかりお願いね。私と戦うときに、疲れが残ってたからなんて言い訳をさせる気はないから」

「うん。もちろんだよ」

 競技会場のミコトをうっとりと見つめながら答えたコノハを尻目に、サクヤは自信に満ちた顔で控え室への階段を下りていった。


準決勝 第二試合 ヤマブキ・サクヤ 対 イチノミヤ・リオネ


 しっかり手を繋いでコノハに癒されながら、ミコトは競技会場に入場した二人の参加者を眺める。体力、気力、メダル力――消耗した力は大きいが、この戦いも見逃せない。

「ミコトさん、辛くない?」

「コノハがいれば大丈夫さ。俺はコノハのために、サクヤを倒すために勝ったんだ。あいつが見てたんだ、俺も見るのが公平ってものだろ?」

「……リオネさんが勝ったら?」

 やや驚いた顔で、少しの間を置いてから素朴な疑問を口にするコノハ。

「リオネが何を隠しているかは知らないが、サクヤは負けないさ。あいつの自信が過剰じゃないってこと、妹のコノハが一番分かってるんじゃないか?」

「えーと、私、戦いはあまり詳しくなくて……でも、メダヒメ様を誰よりも愛していることは一番よく知ってる」

 笑顔を見せたコノハに、ミコトも笑顔を返して、二人は競技会場に視線を集中する。未だ歓声に軽く応え続けるサクヤとリオネの頭上で、笛の奏でる音が荘厳に響いていた。

「さて、と。まずはあなたの三枚目、さっさと出してもらおうかしら?」

「そちらこそ、出し惜しみはしない方が――」

 リオネが言い切るより早く、声とともに放たれた見えない衝撃がリオネを狙う。気配を察知したリオネは空に軽く飛んで、見えない衝撃を紙一重で回避してみせた。

「あなたが一回戦と二回戦でやったこと、今度は私がやってあげる。そこから動かないで」

 声とともに大きな桜色の衝撃が放たれ、さらにリオネの体は空中で動きを止める。

「――半月」

 しかし、リオネは冷静に半円の軌道を背後に描き、自らを縛る力を月で打ち消し、急降下して地上に降りながら完璧に回避する。

「君のメダルは『声』であって、『言葉』ではない。層をなして敵を柔軟に縛る衝撃、見事な技ではあるが」

「ふーん、それを見抜くだけの実力はあるみたいね」

 昨日の段階では見破るのは困難だったサクヤの技を、リオネは攻撃を受けた瞬間に全てを理解し即座に対処してみせた。その実力を素直に評価する声とともに、紅葉色の衝撃が孤を描くように上下左右からリオネに襲いかかる。

 リオネは空を飛んで、複雑な動きで襲いかかる衝撃をまたも完璧に見切ってみせる。競技会場に響く声援に応えるは、風格の漂うメダル競技者の背中。

「――下弦」

 足元に描いた銀の軌道から、鋭い銀の矢が地を這うように放たれる。

「――月下」

 煌めく銀の月が追いかけるように落ちていき、サクヤの頭上へと急降下。足元と頭上、二方向からの攻撃をサクヤは軽やかなステップで踊るように回避する。リオネがそうしたように、彼女も完璧に攻撃を見切っていた。

「――朧月」

 リオネの体が霞み、月は淡く輝く。捉えにくい姿となったリオネに対して、サクヤは心を込めた蹴りで彼の体を確実に捉える。霞が晴れて、姿を現したリオネはサクヤから少し離れた場所ですかさず次の攻撃を放っていた。

「――朧月」

「また同じ?」

 サクヤは声とともに、今度は桜色と紅葉色の衝撃で霞に隠れたリオネを確実に貫く。見えない衝撃を声として扱う彼女にとって、リオネの朧月は単なる威力の高い速度に優れた攻撃に過ぎない。

 衝撃の中から姿を露にしたリオネは、同時に孤を描く軌道でサクヤを攻撃していた。無言で放たれた「――三日月」を、サクヤは余裕の表情で身を低くして回避する。

 そのままサクヤは前進し、リオネの体に素早く左腕を伸ばす。反射的に防御の構えをとったリオネの右腕を優しく掴むと、彼女は小さく笑って声を発した。

「本気で来ないなら、このまま一気に決めるわよ!」

 掴んだ右腕を衝撃によって固定し、それを支えにサクヤは心を込めた回転蹴りを放つ。右脚と左脚、連続する蹴りは適度な衝撃により加速され、二発目が直撃した瞬間に縛りを解いてリオネの体を大きく吹き飛ばす。

 腰に手を当てて笑顔のサクヤは、競技会場に響く大きな歓声と、少なくないどよめきを耳に響かせながらリオネが体勢を整えるのを待つ。

「とんでもないな。いとも簡単に、やってくれる。だが……」

 参加者席で呟くミコトの視線の先、リオネは即座に体勢を整えつつ伸ばした片腕で真円を描き、「――満月」によってサクヤの追撃を防いでいた。

 もちろん、本気で追撃をしようとすればサクヤもさらなる追撃が可能だが、守りを固める敵への追撃は効率的ではない。そして何より、今はメダヒメ記念大会の真っ最中だ。

「さてと、猶予は与えたわよ? ちゃんと、盛り上げてよね?」

 開いた口から発せられるのは言葉だけ。効率的でなくとも、有利な状況での追撃はいずれ確実な勝利へと繋がる。

「一人のメダル競技者として、感謝しよう。役目は果たす」

 リオネは高めたメダルの力を一気に解放する。激しい輝きが彼の体を包み、競技会場には驚きの声が響く。輝きの色は薄い黄色。それは月のようでもあり、ナノが纏っていた雷光のようでもある。だが、その本質はどちらでもない、別の力であった。

「盛り上げよう――この『覚醒』の力で」

 瞬間。リオネは低空を高速で飛行し、サクヤの後方に回って九つの孤月を描く。

「――三日月・乱閃」

 速度、威力ともに著しく上昇した本気の攻撃。それは心によって守りを常に万全にしているサクヤの体を大きく吹き飛ばし、競技会場の壁まで打ちつけようとする。

「――上弦・無尽」

 壁を蹴って反転しようとするサクヤに向けて、無数の銀色の矢が降り始める。

「傘!」

 衝撃を生み、頭上を守るサクヤ。しかし、空から降り続ける矢の雨はすぐには降り止むことなく、守りの衝撃を貫いてサクヤの体を地に落とす。

 嵐のような歓声を受けながら、リオネは一定の距離を保って中空からサクヤを見下ろす。

「君も、これ以上の出し惜しみは――」

「二度言わせないで。あなたがここまでの試合でやったこと、今度は私がやってあげるって言ったでしょ? 心配しなくても――勝つのは私よ」

 心を込めた声で、サクヤはリオネの言葉を遮った。

 直後、鋭い衝撃がリオネのいる空に向けて飛んでいく。色は山吹色。リオネ程ではないにしろ、速度も威力もこれまでの衝撃を遥かに上回っていた。

 リオネは無言の小さな「――満月」で衝撃を受け流すと、すかさず反撃を開始する。

「――月下・流星」

 星が落ちるように鋭く、速く、リオネの月は降下する。先程の声で見えない衝撃が放たれていないことを確認して、最短距離を真っ直ぐに。

「遅い!」

 サクヤは声とともに、地面に向けて衝撃を放つ。その反動で空中に飛び上がり、月も含めた急降下の勢いで機敏な旋回はできないリオネの攻撃を、最適なタイミングで回避する。

「さあ、こっちよ!」

 声を出して衝撃の準備をしつつ、地上のリオネを挑発する。リオネはそれに言葉で答えることなく、勢いが完全に消えたのを確認してから追いかけるようにゆっくりと上昇する。

 それを避けるように、周囲を回らせるように維持していた桜色の衝撃を細かく放って、その反動を利用して空を移動するサクヤ。追いかけるリオネを避けて繰り返す移動は直線的ながらも、距離を絶妙に調整していてリオネを翻弄する。

 だが、リオネが使うメダルは『空』。得意分野に対して、空中に居続けるだけでも多くのメダル力を使用しての挑発と回避に、リオネは速度を落として言葉を放つ。

「見事な空中移動だ。だが、それだけのメダル力を消耗して、そこまでしたところで何の意味がある?」

「あら、それはあなたも同じだと思うけど。その『覚醒』のメダル、凄い力だけど……今のあなたは凄い力しか出せないんでしょ? 完璧に使いこなせてるとは思えないわね」

 サクヤは答えながら、その声で次の行動の準備もする。桜色と紅葉色、二色の衝撃が彼女の周囲を回り続け、衝撃による緩やかな固定を広げての空中浮遊。

「凄まじい攻撃力を発揮するには、凄まじい防御力も発揮しないといけない。もちろん逆だってそう。ま、それだけ凄いメダルだってのは認めるけどね」

「時間稼ぎのつもりか?」

 サクヤが声を出している限り衝撃は止まらない。しかしその力は今は攻撃に使われることなく、防御と空中浮遊のために使われていた。

「そうねー、私のメダル力はきっとあなたより上だから、それでも勝てそうだけど……そんなつまらない試合をやる気はないわよ。ただ、ここにいればあんたの技のいくつかは使いにくいでしょ? 下弦に月下、だったかしら。高度が同じなら素早い遠距離攻撃も、高威力の突進攻撃も使えない。それに、疑問を抱かせてこうやって声を出す余裕もできた。これだけで最後まで戦えるんじゃないかしら?」

 三色目の衝撃――山吹色の衝撃も彼女の体を周回し始める。

「随分な自信だな」

 リオネは空でサクヤの声に答える。彼女が語っている間、攻撃がないとみたリオネは空の力だけで空中に浮遊していた。覚醒の力を温存しての行動であり、またもう一枚のメダルの力を十分に高めるための行動でもある。

「――三日月・一矢」

 縦に描いた銀の軌道。同時に覚醒の力も放出し、その三日月の弦から一本の高速の矢がサクヤ目がけて放たれる。

「っと」

 サクヤは意表をつかれたような顔を見せながらも、冷静に守りの衝撃を放って飛来する矢を消滅させる。

「――月下・彗星」

 さらに続けて、淡い銀の輝きを纏ってリオネはサクヤに向かって直進する。高速かつ高威力の突進攻撃である。

 今度はサクヤも全く驚いた様子は見せず、僅かに上昇するだけで回避する。

「――朧月・反映」

 間髪いれずに追撃するリオネ。霞が拡散し、霞むリオネの姿がサクヤを取り囲む。上下左右前方後方斜め、全包囲に現れた彼の分身に、サクヤは黙って空中浮遊を続けていた。

「――半月・八方」

 そしてそこから放たれるは、半円を描く銀の月たち。対するサクヤは桜色の衝撃を全て解放して、霞を払うように、半円を砕くように、見事に相殺してみせた。観客席からの歓声に笑みを浮かべつつ、今度は彼女から動く。

「こっちからもいくわよ!」

 紅葉色の衝撃をまとめて、霞が晴れて姿を現したリオネに放つ。場所は前方、やや上空。距離は近いが至近距離ではなく、サクヤは半分の衝撃は遅らせて、時間差で攻撃する。

「――満月・鏡花」

 最初の衝撃が届く直前、リオネは鏡のように薄く輝く銀の真円を描いた。到達した衝撃はその薄い月に反射され、遅れて届いた衝撃は同じ衝撃によって止められる。

「お姉ちゃんの衝撃が!」

「全て放っていれば防ぎきれないが、それなら残りは避ければいいだけ。あいつもやるみたいだが、次はどうする?」

 リオネの活躍に声援は大きくなり、妹からも心配するような声があがる。しかしミコトはサクヤではなく、リオネの方を心配するような視線で見つめていた。

 笑顔とともに放たれた、山吹色の衝撃。十の衝撃が順番に、全ての衝撃がリオネに真っ直ぐ飛んでいく。威力、速度ともに高めた、心を込めた衝撃の連発。

「――双月」

 二つの満月が並び、届く衝撃を防御する。最初の衝撃が届いた瞬間に空を飛行して回避もするリオネに、後半の三つの衝撃が追尾していく。

 縦横無尽に空を飛び回り、完璧に回避していたリオネに、四つ目の衝撃が届く。だがそれさえもリオネは完璧に回避してみせたが、さらに五つ目の衝撃も飛んできていた。

「やはり、全ては防ぎ切れないか。だが――」

 五つ目の衝撃も、リオネは完璧に回避する。二つの満月で全てを防げないのは予想していたからこその、回避行動。このまま回避を続ければいずれ衝撃は弱まる。声が遠くに届けば小さくなるように、声から生まれた衝撃も長い距離を移動すれば力はどんどん落ちていく。

 競技会場に響く声は観客席からの歓声だけで、サクヤの声は響かない。響いたとしても、リオネはサクヤから離れるように飛行しているから、次の攻防も準備は万端だ。

「甘いのよ。私の計算が、狂ったと思った?」

 そんなサクヤの声が届いた瞬間、六つ目、七つ目、八つ目の衝撃がリオネに届く。

「――な」

 リオネは驚いた顔でその衝撃を回避しつつ、無言で生み出した満月で防ごうとする。しかし衝撃はそれを回避するように機敏に動き、いくつかは防ぐことに成功しながらも、予想以上の衝撃に全ては回避しきれず、三つの衝撃がリオネの体に直撃した。

 地上に落ちたリオネを、サクヤは衝撃の反動で素早く追いかける。

「……あれを、二つで?」

 地面に落ちる直前で体勢を立て直したリオネは、近くの地面に着地して見上げるサクヤに対して呟きを漏らす。

「そりゃそうよ。同じ色だから威力も同じなんて思ってたのかしら?」

 無言で見下ろすリオネは僅かに表情を変化させる。その表情からサクヤは全てを理解し、声にして彼に伝える。

「ここまでとは思ってなかった、かしら? 甘いわね。私のメダヒメ様への心を込めた声がその程度なんて思ったの?」

 声は出しているが衝撃は生まれない。リオネはその声を耳にしてから、口を開いた。

「――三日月・乱閃無尽!」

 近距離で放たれる、無数の三日月による全力攻撃。サクヤはそれを回避することはせず、衝撃を反動に高く跳び上がって迎え撃つ。

「降参しないのは競技者の誇り――ね。なら、倒してあげる!」

 声とともに放たれた山吹色の衝撃で三日月の攻撃から身を守りつつ、サクヤは跳び上がっての全力の蹴りでリオネの体を吹き飛ばす。覚醒の力により肉体の防御が高まっているリオネであっても、彼女が深く心を込めた一撃を受けては地面に倒れるしかなかった。

 一瞬の沈黙が競技会場を支配したあと、勝者に向けての大歓声が競技会場を一気に包み込んでいく。それに右腕を上げて応えながら、サクヤは倒れたリオネを見て笑顔を見せていた。

「私は壁まで飛ばしたつもりだったけど……最後の最後で力を高めるなんてやるじゃない」

 その声は歓声の中、遠く離れたリオネには届かなかった。が、意識はしっかり残っていた彼の目には、はっきりとサクヤの笑顔が映されていた。


 準決勝の全ての試合が終わり、ミコトとコノハはサクヤと参加者控え室で合流した。少し先に戻ってきたリオネは真っ直ぐな視線をミコトに向けて、小さく頷いたミコトに小さな笑みを見せてから、同行者とともにベッドのある治療室へと歩いていった。

「で、あんたはいつまでコノハと手を繋いでるの?」

「治療が終わるまでだ」

「おかしいわね。コノハの力なら、もう終わってるはずよ」

 怪訝な表情を見せたサクヤに、ミコトは首を傾げ、コノハは露骨に目を逸らした。

「……コノハ」

「うう……はい」

 姉に呆れた視線を向けられて、コノハは渋々といった様子で全力で『癒し』の力を使う。

「これは……」

 コノハが本気で治療したことにより、ミコトに残っていたダメージは全て癒された。観戦中にも凄いと感じていた癒しよりも、さらに強い癒しの力に思わず言葉がこぼれる。

「コノハ、君も凄いんだな」

「えへへ、お姉ちゃんには負けるけど……私もメダヒメ様のことを大切にしているから」

「私もコノハも、メダヒメ様への信仰心だけで二枚とも第二段階にしたのよ」

 メダヒメへの信仰心とメダル力を高めることで、メダルは第二段階に変化する。だが高い信仰心があれば、メダヒメ信仰だけでも第二段階に変化させることは可能だ。

「そうか。そういえば」

「あ、おめでとうございます!」

 ミコトの言葉を遮ったのは、廊下から参加者控え室に戻ってきたナノだった。治療室での治療を終えたらしい彼女は、元気いっぱいな様子で二人に賞賛の声をかけた。

「あら、お姫様」

「ナノか。……ナノ様、と呼んだ方がいいか?」

 二人の言葉にナノは困ったような顔を見せて、ゆっくりと首を横に振った。

「いえ、ナノでお願いします。同じ参加者なんだから、立場なんて関係ないですよ。それで、お二人にお話があるのですが……夕方、競技会場の前に来てもらえますか?」

「ああ、俺は構わないが」

 笑顔で頼んできたナノの言葉に、ミコトはすぐに返答する。

「大丈夫です。今はメダヒメ記念大会の開催期間中……私は姫でも、準決勝進出者。そしてお二人は二人だけの決勝進出者に、その同行者。人は集まらないですよ。ただ……」

「ただ?」

 聞き返したミコトに、ナノは廊下の方を見やってから言葉を続けた。

「もう一人いたら、少し事情が変わりますね」

 そのもう一人が誰を指すのかは、その場にいる誰もが理解していた。ナノと同じ準決勝進出者であり、王国競技場のトップまで揃っていれば、さすがに気になる人も増えるだろう。

 ナノと別れたミコトたちは、街で昼食をとってから夕方までゆっくりと街を見て歩く。三日連続になるが、ここはメリトリアーズで最も賑やかな広い街。特に競技場周辺には様々な店や施設が多く存在するため、とても三日――それも試合が終わってからの午後のみで、観光客も普段より多い状態――では見て回れない場所も多い。

 今日は昨日や一昨日よりも早く試合が終わったため、ミコトたちは競技場から少し離れたところにある高い塔に登って街を眺めたり、噴水広場で見かけたメダヒメ五姉妹の彫像の出来にサクヤが文句を言ったり、自由気ままに観光を楽しんでいた。

 そして夕方。競技会場の前で待っていたのはナノ一人だった。ただ競技会場の受付にはリコリッタがいて、黙ってナノの様子を見守っていた。

「お待ちしていました」

 ナノは一言そう言ってから、彼らの視線がリコリッタに向いたことに対して説明を加える。

「リコリッタは王家に仕える衛士見習い兼メイドです。こっそり見守られていますが、彼女に権限はないから大丈夫」

 微笑んで言ったナノは、ミコトたちが頷くのを見てさっそく本題に入る。

「さて、お二人にお話です。準決勝で戦った者同士、仲良くなるために秘密の温泉にご招待しようかと。リオネさんには断られてしまいましたが……あ、もちろんそちらの同行者の方もご一緒に」

「温泉?」

 ミコトの疑問にナノは頷いて、言葉を続ける。

「はい。今回のメダヒメ記念大会を開くきっかけとなったメダヒメメダルが見つかった島で、温泉が沸いたのです。お母様が整備をしていたのですが、それが今日終わったので……私がこっそり参加していたこともリコリッタが伝えていたらしく、せっかくなので誰かを誘ってみようかと思いまして」

「王家所有の八つの島か。今夜となると、内海の南の方か? 確か、王家の修行地だと聞いているが」

「はい。いかがですか?」

 再度のナノの質問に、ミコトたちは一度顔を見合わせてから答える。

「私はいいわよ。メダヒメ様のメダルが見つかった島……行ける機会を逃すなんてもったいないわ。ただ、その温泉って観光用に整備したわけじゃないわよね?」

「ええ。混浴になりますね」

「……心配ね」

 サクヤが視線を送るのは、もちろん隣にいる唯一の男であるミコトだ。

「そうだな。サクヤは好みじゃないからどうでもいいが、ナノと一緒というのは少し。もちろんコノハが好きな気持ちに変わりはないが、魅力的な女の子と裸で一緒というのは問題があるんじゃないか?」

「あはは、そうですよね。リオネさんにもそれで断られました。『君のような美しいお姫様とご一緒なんて畏れ多いこと、俺にはできない』と。別に見られたくらいで減るものじゃないと思うんだけど、気になりますか?」

「ミコトさんも男だもんね。じゃあ、私がずっと傍にいれば大丈夫?」

「コノハが傍にいてくれるなら、邪な気持ちは消えそうだな」

「お二人って、もしかして……」

 ナノが何かに気付いたように口を開くと、すかさずサクヤが遮った。

「ミコトが私を倒したら、どんな関係もお好きなようにって約束よ。今はまだ、ただの仲良しの二人だから、それ以上は認めてないの。……ま、とりあずこの様子ならいいんじゃないかしら。案内してもらえるんでしょ?」

「はい。でもその前に、お食事も一緒にどうですか?」

 今度の問いにはミコトたちも軽く頷いて、四人での夕食を終えてから、ナノに案内されて目的地へと向かうのだった。


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