メダヒメ様に祈りと信仰心は恋心

第二話 本選トーナメント 一回戦


 早朝。ミコトとサクヤ、コノハはメダヒメ浮遊橋を渡っていた。北メリトリアーズの王都と、南メリトリアーズの王国競技場を繋ぐ、メダヒメの奇跡の一つでもある長い橋。ふわふわメダヒメに吊るされた橋は、木と石と鉄と透明な素材で彩られた、橋の中の橋。

 城下町からしばらく歩くと、まず目に入るのは一億メダリクスの広大な競技場。そして競技場の周りに広がる大きな街。競技場の発展とともに広がった街は、国内一の大都市である。

 普段から人の多い街だが、今日はそれ以上の人が集まっている。今日から四日かけて行われるのは、実力者の集まるメダヒメ記念大会。観客も多く集まる。当然、数多くある宿もほぼ埋まっているが、予選通過者には王国の指定した専用の宿がいくつか用意されている。

 宿に荷物を置いて、王都にいた人と同じ受付衛士に案内され、三人は競技場の中に入る。裏を通る専用の廊下を抜けて、参加者の控え室へ。ここから競技場の中心――競技会場へ出られる他、試合を観戦できる参加者席とも直結し、以降の試合に備えることもできる。

 中で待っていたのは五人の参加者か同行者。その中にはリオネとヒトキの姿もあった。競技者の多くは競技場周辺に住んでいるので、他の参加者より移動は容易だ。

 ミコトたちも宿に移るのに多少の時間を要したが、今ここにいる五人は前夜のうちに移動したか、今朝、ミコトたちより早く移動を開始したかのどちらかだろう。二人の競技者は軽く体を動かして、試合の準備をしているようだった。彼らの到着には気付いても、特に大きな反応は返さない。

 他にいたのは女性が三人。一人は可愛いヘアピンセミショートの少女。淡い緑の髪に深い緑の瞳。身長は五十一メダル。ミコトも見たことのある、旅人仲間だ。

「やっぱりレイミーはもう到着していたか」

 レイミーは笑顔を見せて、ゆっくりと頷く。隣にいる見知らぬ二人には不思議な顔を見せたが、いつものように言葉を口にすることはなかった。

 もう一人は部屋の隅で、ぼんやりと部屋を眺めている。漆黒の髪はセミショートカットに、眺めるは暗闇の瞳。四十五メダル。どこか神秘的で、物静かな雰囲気を醸し出す少女だった。

「あの子には挨拶しないの?」

「知らない女の子だからな」

「ふーん。じゃあ、彼女がミルティアね」

 大会の参加者の中で、ミコトが出会ったことのない女性は一人。名前を聞いただけの旅人は他にもいるが、いずれも男性だ。

 最後の一人は、リオネとヒトキに近い壁際で待機している。傍らに置かれた箱は小さな治療用と思しき箱。おそらくはコノハと同じ、同行者だ。王国競技場のトップ2、第二段階も扱う専属の治療者がいても不思議ではない。

 ミコトも競技を見たことはあるが詳しくは知らず、サクヤとコノハも同様だ。断定はできないが、黙ってリオネとヒトキを観察していることから、その可能性が高いだろう。

 他の参加者も続々と集まり、控え室には十六人の参加者と、幾人かの同行者が揃った。先程の女性が同行者で間違いないことは、途中で聞こえたヒトキとの会話で判明した。

 大会の一回戦は、北、南、西、東の順に二試合ずつ行われる。そして北ブロックの第一試合は、ミコト対ヒトキ。もちろんミコトも、コノハと話しながら試合の準備をしていた。もっともこちらは、試合に備えた体調の確認ではなく、楽しい日常会話であったが。

 複数の参加者が参加者席へと移動を始め――その中にはサクヤとコノハの姿もある――ややあって大きな歓声が響いた。大会開催の合図に、観客が反応した声。

 競技会場への大きな扉が開き、歓声がより大きく響く。同時に係員がミコトとヒトキの名を呼んで、入場を促した。先にヒトキが、次いでミコトが。

 こういった雰囲気に慣れているヒトキは平然と手を振って入場する。

 ミコトは一歩踏み出した瞬間、目に入った大勢の観客と四方八方から響く歓声にやや驚いたが、足は止めなかった。彼もメダル旅人、慣れない場所での活動は慣れたものである。


一回戦 第一試合 カタヒナ・ミコト 対 クワキリ・ヒトキ


 二人の対戦者が入場する様子を、サクヤとコノハは参加者席から眺めていた。

「始まるわね」

「うん」

 姉の言葉に、コノハは笑顔で答える。視線は後から入場したミコトに、たまにヒトキの方も確認する。一定の距離をとって対峙する二人。準備は完了し、あとは試合開始を待つだけ。

 笛の奏でる音が二人の耳に届き、観客の歓声が微かに弱まる。

 最初に動いたのはミコトだった。吹雪とともに、海から生まれた小さな無数の波。サクヤに見せたのと同じ攻撃だが、今度はあのときのように油断はない。

 襲いかかる吹雪を防ぐのは、ヒトキの頭上から降り出した大量の雨粒。襲ってくる波は目前まで引きつけて、両手を伸ばして小さな範囲で蒸発させていく。

「そいつがお前のメダル――『雨』と『熱』か」

 防がれたことには驚かず、ミコトは次の行動の準備をしながら言った。

「見慣れてはいないが、知識はあるようだな」

 同じくヒトキも、次の行動の準備をしながら答える。

「まあな。競技会の元トップ、さすがに知ってるさ。年下の後輩に抜かれて、世代交代が起きたときの騒ぎも耳に入ったしな」

「ほう」

「若くして衰えたのか、あいつが強すぎたのか……ま、どっちでもいいけどな」

 海の波に乗せて、小さな雪山を流していくミコト。直線的だが範囲も広く、ヒトキの右側は追い抜いた海流が塞いでいく。そのまま回避できるのは左側のみだ。

「俺に勝てたなら、教えてやろう」

 雪山に向けて雨が降る。熱の雨は一瞬のうちに雪山を溶かしていき、溶けた雪は海に溶けて水量を増すが、高さは相当低くなっている。

 跳躍してやりすごそうとするヒトキに、ミコトは雪の溶けた海を操り、大きな波を起こして反転させる。自然の海ではなく、メダルの力による海。第二段階であれば、自在に操るのは容易である。

 もっとも、予測していなければこれほど機敏には操れない。そしてその予測は、ヒトキの予測を上回っていた。

 背後からの波に襲われて、空中のヒトキは前に吹き飛ばされる。勢いは弱まっているため威力は低いが、そこに用意されていたミコトの追撃が襲う。

「雪よ――積もり、閉ざせっ!」

 降り積もる雪がヒトキの全身を覆い、動きを封じていく。もちろんヒトキも熱で溶かそうとするが、全てを蒸発させるには時間がかかる。一瞬で溶かした熱の雨も、自分が真下にいる状況では効果が薄い。

 歓声が止まる。勝負が決まったのか、姿が見えないヒトキの様子は誰にも分からない。

「お姉ちゃん」

「そうね。脱出したとしても、あいつは次の準備も万全」

 参加者席から彼らを見下ろす、二人の姉妹もそれは同様だった。詳しい姉に状況を確認する妹に、サクヤは推測も含めて答える。

「次で決まるわね。隠し玉が何もなければ――だけど」

 サクヤが小さな笑みを浮かべた、そのときだった。

 突如として起こった熱の渦が積もった雪を溶かし、中からヒトキが現れたのは。

「……今の」

 ミコトは呟き、用意していたさらなる雪山を頭上から落とす。大量の雪は熱の渦に溶かされ吹き飛ばされながらも、その大きな力で渦を消滅させた。

 競技会場に大きな歓声が響く。普段の競技会で見慣れているナンバー2の見せた、見たことのない技に。普段の彼を知らない者も、不利と思われた状況からの大反撃に。

「まだだ。ここで、負ける気はない!」

 降り出した雨は渦を巻き、竜巻となってミコトを襲う。

「三枚目――第三段階か」

 その強力な一撃を、ミコトはこちらも用意していた厚い海水の壁で防ぐ。本来はこれも含めて攻撃に使い、勝負を決めるはずだった海を、ミコトは防御の力として行使した。

「第三段階『回転』のメダル。リオネを倒すための力だ」

 手にした三枚目のメダルを放り投げ、回転させてキャッチする。雨水を背後に溜めながら、ヒトキは強く地面を蹴ってミコトに接近する。

 放たれた拳を、ミコトは両手で受け止める。が、その重さに彼の体は押し込まれていく。

「これは……そうか」

 先程の雨水を思い出し、ミコトはこの重さの理由を理解する。水の力によって、羽根車を回転させて、生み出される力――水車の力だ。

「それだけでは、ない!」

 放たれた左の拳を、ミコトは雪の壁で防ぐ。雪を貫いて放たれた重い拳はミコトの胸を捉えたが、壁によって威力は半分以下に抑えられた。それでも、体は軽く吹き飛ばされる。

「今度は熱で回転させた、ってわけか」

 ミコトの粉雪による反撃を、ヒトキは熱の渦で一掃する。

 歓声はさらに大きくなり、その中にはヒトキを応援する声も多く混じる。王国競技場のナンバー2、その人気を考えれば当然の声援だ。

 遠くからの攻撃は熱の渦で消され、接近すれば水車と熱車の力で重い二撃が襲う。

 ミコトがじっとしていると、ヒトキは再び接近して拳を放とうとする。

「いつまでも――耐えられるかっ」

「無理だな。だから――」

 吹雪が巻き起こる。それはヒトキを狙うものではなく、ミコトの周囲を包む吹雪。どれだけ重い拳であろうとも、吹雪の中に放っても雪の結晶が砕けるだけ。

 そしてその吹雪は、二人の視界を奪う。ヒトキは左の拳から小さな熱の渦を放ち、吹雪を掻き消していく。視界を奪う雪さえ払えば、状況は元に戻る。

「――こっちから、決めさせてもらう」

 晴れた視界。ミコトは一枚のメダルを右手に、静かな声で叫んだ。

「海よ――集まり、貫けっ!」

 吹雪の端。小さな渦の外側に広げられた海水が、何本もの太い海流となってヒトキに集中する。断続的に襲いかかる槍のような海を、熱の渦で防げたのは最初だけ。残った海にヒトキの体は呑まれていき、競技会場の壁に強く叩きつけられる。

 倒れたヒトキに向けて、ミコトは小さく固めた多数の雪玉を、海流で加速させて放とうとする。

「――降参だ」

 その声が響いたのは、雪玉が放たれる直前だった。起こした上半身。両手から三枚のメダルを地面に落とし、歓声の中でもよく通る声でヒトキは声を発した。

 放たれた雪玉は壁にぶつかり、海流も収まる。降参宣言に歓声は一瞬止み――そしてまた、大きな歓声が競技会場を包んだ。勝者を称える、大きな歓声が。

「いいのか?」

 意外な声で尋ねるミコトに、ヒトキは頷いて答える。先程の声とは違い、ミコトにしか聞こえないような普段の声で。

「これ以上続けても、俺に勝ち目はない。実力差のある相手との戦いは、普段の競技会で慣れてしまったからな」

「リオネか」

 ヒトキは小さく頷き、真剣な顔で言葉を続ける。

「競技者のナンバー2として、俺は衰えてなどいない。それほどリオネの強さは、競技者の中でも飛び抜けている。俺の強さが普通の競技者と考えるのは構わない。事実、予選に参加した他の競技者は、皆直接対決で敗北した。メダル旅人との実力差――お遊び、だったか」

「お前の実力は、並のメダル旅人よりは上に感じたさ」

 ミコトは素直な感想を口にする。第三段階を含めて、三枚のメダルを自在に扱う高いメダル力。並のメダル旅人には、そこまでの実力者はいない。

「ふっ、そうか」

 笑みをこぼして、ヒトキは立ち上がってみせた。

「リオネは、俺よりも遥かに強い。そして誇りも高い。降参はしてくれないぞ?」

「望むところだ」

 ミコトも笑顔を見せる。横に並んだヒトキに肘で促されて、ミコトは手を振って歓声に応える。記念すべきメダヒメ記念大会、一回戦第一試合の勝者として。


一回戦 第二試合 ステッチ・リリィ 対 ゴラン・ゴウラ


 競技会場に先に入ってきたのは、七十メダルの大男だった。スキンヘッドに動物の羽根や毛でできたもこふわ装飾。全身についた筋肉が装飾の下で輝いている。

「へえ。凄いわね。こっちには七百平メダルって書いてあるけど」

「民族の文化らしいな。……それよりお前、まだここにいていいのか?」

 ミコト、サクヤ、コノハの三人は参加者席から次の試合を眺めていた。大きく消耗したわけではないので、ミコトは参加者席で観戦しながらコノハの治療を受けようとしたのだが、そこにはサクヤの姿もあった。

 彼がここに来られたように、会場整備などで次の試合がすぐに始まるわけではない。が、よほど激しい戦いでもない限り、会場整備に時間はかからない。

「そうだよ。お姉ちゃんの試合、次でしょ?」

「そうだけど……あ、二人目」

 次に入場したのは、五十四メダルの麗しき旅人の少女。髪は月色、瞳は太陽色。可憐なリボンで左に結った髪はサイドテール。歓声に大きく手を振るゴウラとは対照的に、リリィは小さく手を振ってみせるだけだった。

「ふーん……そうね、移動するわ。この試合、すぐに終わりそうだし」

 サクヤはそう言い残すと、さっさと参加者控え室に戻っていった。残されたミコトとコノハは肩を並べて、仲良く試合を観戦する。

「ミコトさん、怪我はないですか?」

「大丈夫だ。にしても、すぐに終わるか」

「メダヒメ様に聞いたんでしょうか?」

「いや。多分、あいつの勘だ。俺には見抜けないが、リリィが面白いのは知っている」

「面白い?」

 コノハの疑問に、ミコトは見れば分かると笑顔で競技会場を見下ろす。コノハはミコトに寄り添い、右手を握ってほんのり『癒し』のメダルで治療しながら観戦することにした。

 始まった戦い。最初に動いたのは大男――ゴウラだった。

「はっはっは! まずは、これを受けてみろ!」

 大きな声とともに、ゴウラは握った拳から五枚のメダルを投げる。そのメダルはリリィの頭上で大きな岩となって、勢いよく落下した。

 しかし狙いの甘い攻撃。リリィは落下地点を冷静に予測して、無傷で岩を回避する。

「第一段階、ですね」

「ああ。それにあの飛距離、投げるのに第二段階も使ってるな」

 参加者席からミコトとコノハが分析する。ミコトにとっては、この戦いの勝者が次の二回戦の相手となる。実力を確かめる貴重な機会を無駄にはできない。

「第一段階でも戦えるんですね」

「第一段階ならあんな風に、大量のメダルとして使えるからな。相応のメダル力があれば、十分に通用するさ」

 競技会場ではゴウラが再び、握った拳から十枚のメダルを投げていた。今度は頭上ではなく水平に。リリィの近くで大岩に変化し襲いかかるが、やはり狙いは甘く当たらない。

「第一の『岩』に、第二の『拳』ってところか」

 ミコトが呟く。そこで、ここまで回避に徹していたリリィが反撃に出た。

 左手に握った一本の棒で、右手から放り投げた何枚ものメダルを弾いていく。ゴウラの周囲に散らばるように飛んだメダルは、鉄の銃となって銃弾を連続して放つ。

「おおっ! だが、構わんぞおっ!」

 ゴウラと違い狙いの正確な銃撃。棒で弾かれ、放たれ続けるメダル、銃から放たれる銃弾をその身に受けながら、拳を握ってひたすら前進するゴウラ。

「我が筋肉は伊達ではない! その程度では、貫けぬぞ!」

 接近して放たれた拳の一撃を、リリィは後方に下がって回避する。同時に何枚かのメダルを地面に落として、ゴウラの足元を狙って銃撃。最後の一撃は股の間を狙っており、さすがのゴウラも足を止めて回避に徹していた。

「第二の『棒』に、第一の『銃』ですか?」

「俺も最初はそう思ったんだが……」

 足を止めたゴウラに、リリィは再び棒でメダルを弾く。十枚近いメダルが連続して放たれるが、ゴウラはやはり構わずに前進する。

「根気比べなら負けんぞ!」

 握った拳でメダルを投げ、岩でリリィの弾くメダルを妨害しながらゴウラは前進する。側面や足元を狙うメダルは逸らされ、正面の銃弾は拳で受け止める。ただの筋肉ではない、メダルの力を加えた筋肉。第一段階の銃ではそうそう貫けるものではない。

「根気で、それは防げますか?」

 ゴウラの喉元を狙って、一枚のメダルが弾かれていた。構えた拳の隙間を縫うような的確な一撃だが、ゴウラは気にせずに前進していた。

「はっはっは! そんな鉄の弾など、我が筋肉の前ではおもちゃに過ぎん!」

 メダルはゴウラの喉元付近まで、メダルのまま飛んでいた。銃に変わらないことにゴウラが疑問を顔に浮かべた直後、そのメダルは棒となってゴウラの喉を突いた。

 苦悶の表情を浮かべたゴウラだが、足は止まらない。

「今のって」

「そう。第一の『棒』に、第一の『銃』――リリィは、第一だけで戦う稀有な旅人さ」

 一歩、二歩と踏み出すゴウラの足元に、リリィは何十枚ものメダルを転がす。

「銃撃など、急所さえ守れば問題はない!」

 左の拳で下半身を守り、右の拳に力を込めて前進するゴウラ。しかし、彼の足元にあったメダルは銃ではなく、棒となって転がっていた。

「な、お、おおっ!」

 転がる棒を踏みつけて、バランスを崩すゴウラ。拳の守りも崩れ、急所が曝け出される。

「隙あり、ですよ」

 リリィは右手に銃を握り、ゴウラの腕を狙って銃弾を放つ。僅かに開いた拳。その周辺目がけて再び棒でメダルを弾き、隙間を狙って正確射撃。ゴウラの拳から弾き出された一枚のメダルに、さらなる銃撃を浴びせて空中へと舞い上げる。

「くっ! メダルなくとも、我が拳は!」

 なおも接近を試みるゴウラに、リリィは弾いたメダルを棒に変えて、男の急所目がけて突き刺した。一本ではなく、二本、三本、四本、五本の棒が、ゴウラの急所を直撃した。

 ゴウラは地面に倒れ、弾かれた拳のメダルも空から落ちてきた。華麗かつ圧倒的な勝利に競技会場は歓声に沸き立ち、リリィは入場したときと同じように小さく手を振っていた。

「凄い、ですね」

「ああ。威力が低い第一段階でも、ああして混ぜられると着実に削られる。強敵だよ」


一回戦 第三試合 ヤマブキ・サクヤ 対 フロリア・リアス


 起き上がったゴウラが退場してすぐ、サクヤが大きく手を振って入場した。

「お姉ちゃんの番ですね」

「ま、勝負は見えてるが……リアスだからな」

 首を傾げるコノハ。ちなみに傾げたのはミコトの方で、二人はさらに密着する。

 次に入場したリアスは、花吹雪とともに笑顔で入場した。身長は五十九メダル。さらさらでふわふわの淡雪色の髪には、絶妙に落ちないように花びらは舞っている。

「さあ! 僕たちの舞、観客のみなさんにお見せしよう!」

 リアスが花束をサクヤに投げたのと同時に、笛の音が奏でられる。

「いいわね。見せてあげましょう」

 花束を受け取ったサクヤは、その声とともに桜色の衝撃を放った。リアスは大量の花びらでその衝撃を受け流し、笑顔を見せる。

「あいつ……」

「お姉ちゃんもパフォーマンスですね」

「だったら、いいんだけどな」

 桜色の衝撃で花が舞い、戦いは華麗に美しく進む。リアスが慣れてきたところで、反撃に転じようとした瞬間、彼の腕を衝撃が襲った。

 桜色の衝撃に混ぜた、見えない衝撃。見えるものと見えないものを混ぜることで迷わせる狙いがあるのは、これまでの彼女の戦いを見ていたミコトはすぐに気付いていた。

「ならば僕もお見せしよう! 花吹雪よ!」

 衝撃を吸収しながら、凄まじい量の花吹雪が競技会場を埋め尽くす。

「効かないわよ!」

 それをサクヤは守りの衝撃と、心で受け止める。

「ふふ、ふふふ……ならば、今度はこれはどうかな?」

 リアスは何十枚ものメダルを放り投げ、それを花吹雪に乗せて届ける。花吹雪とともに放たれたメダルは、その全てが途中で消えていた。

「へえ。面白いわね」

 サクヤは衝撃で正面からそれを受け止める。さらに後退し、切り刻もうと襲いかかる何十枚もの花びらをまとめてかわした。

「あの、リアスさんのメダルって」

 不思議な彼の戦い方に、コノハは隣のミコトを見上げて尋ねる。

「メダルは『花』だ」

「第二から第一に変わったように見えたんですが、一日かかりますよね?」

「ああ。メダヒメに祈って、一日が経たないと変えられない」

 メダルは本人の素質によって柔軟に姿を変える。メダヒメへの信仰とメダル力を高めることにより、第一段階から第二段階に変化。戦略に合わせて第一段階に戻すことも可能である。刻まれる文字も祈りにより変更することが可能だ。

 授かるメダルは本人にとって相性のいい力を秘めているものだが、素質がある者なら相性のいいメダルも多い。

「あいつは『花』が特に相性がいいみたいでな。二枚とも『花』にしてるんだ」

「ああ、なるほど」

 第一段階の『花』と、第二段階の『花』を扱うリアス。それは主にパフォーマンスのためでもあるが、花に紛れた花を見分けるのは簡単ではない。

 それをすぐに見破り、見分けてみせたサクヤは、ゆっくりとリアスの方に歩いていく。リアスは両手を広げてそれを待ち受け、彼女の歩く道を花で飾っていた。

「へえ、綺麗ね」

「だろう? さあ、僕を華々しく散らせてくれたまえ。勝ち目のない戦いでも、全力で観客を楽しませる――それが僕の流儀なのさ」

 リアスの言葉に、サクヤは思案する。彼が実力差を理解して、そんなことを言ったのは理解できる。だが、華々しく散らせる方法を考えるのは面倒……そう思っていたところで、サクヤの目にミコトとコノハの姿が映った。仲良く肩を並べて観戦する、相思相愛の二人の姿が。

 心は決まった。サクヤは心を込めて、リアスを全力で蹴り飛ばす。

「えいっ」

 勢いよく吹き飛ばされたリアスは、花びらを巻き散らしながら飛んでいく。競技会場の端、参加者席の方へ向けて。

 花が散るように、何枚ものメダルをばら撒きながら。散ったメダルは花となり、華麗に散っていくリアス。その中の一枚のメダルが、衝撃で軽く弾かれた。

 弾かれたメダルは花びらに。参加者席にいたミコトの頬を掠めるように抜けていった。

 リアスが地面に落ちる音と、歓声を耳にしながら、ミコトは無言で歓声に応えるサクヤの姿を見つめる。見つめられたサクヤは、ミコトに向けて微笑んでいた。

「ふっ……見事な強さだ。そして、容赦も……」

 真下から聞こえてきたリアスの声は、そこで途切れていた。


一回戦 第四試合 ミルティア 対 ララ・リティアード


 競技会場に先に入場したのは、リティアード。セミロングの薄い青の髪に、深い青の瞳。メダル飾りのカチューシャをつけた、五十六メダルの細身の女性である。

 次いで入場するのは、少女ミルティア。二人とも歓声には軽く応えるだけだが、先程のリアスが派手に散ったのもあって、盛り上がりの余韻は残っている。

「リティアードって旅人よね。情報は?」

 ミコトの左隣に立ったサクヤが聞く。参加者席にやってきた彼女は、迷わずミコトの左に収まると、彼の左腕に腕を絡ませて引き寄せていた。

「それより、腕」

「二人きりで随分仲良くしてたみたいね。コノハに変なことしてない?」

「他の参加者もいるし、お前こそ治療は」

「必要に見えたなら、あなたの視力と頭が心配ね」

 サクヤが引き寄せたことで、ミコトとコノハの距離も少し広まっている。

「で?」

「見れば分かるさ」

 二人が話している間に、競技会場の戦いも始まっていた。最初は黙って見つめ合っていたが、ミルティアは受けに回るつもりのようで、リティアードだけが攻撃の準備を進めている。

 メダルを散らばらせて、可愛らしい人形に変化させる。散らばったメダルは二枚ずつだったが、人形が生まれたと同時に二枚のメダルは力に形を変えていた。

「あの人も、第一段階を二枚ですか?」

「リリィとはだいぶ違うけどな」

 多数の人形が動き出し、ミルティアを目指して走り出す。

「お人形さんたち、突撃ー!」

 リティアードは笑顔で声を出すだけで、その人形たちを指揮している様子はなかった。

「第一段階の『人形』に『自動』ね」

 こっそりコノハの方に肩を寄せようとしたミコトを引き寄せながら、サクヤが言った。ミコトは頷きながら、不満そうな顔は見せない。

 何体もの人形が襲いかかってきても、ミルティアは全く動じることなく薄く笑っていた。

「効かない……ですよ」

 一体の人形がミルティアに触れようとした瞬間、その人形は崩れて壊れた。続く人形たちも同じように、ミルティアに触れる事さえもできずに壊れていく。

「もう一回、お人形さん!」

 その間に生み出していた人形たちが自動で襲いかかる。今度は合わせてリティアード本人も動き、手に生み出した長い縄を振って直接ミルティアを狙う。多くの人形が壁となり、逃げ場の少なくなったミルティアは、縄の先を掴んで徐々に解くように崩していった。

「今の……」

「第三段階の『縄』だな」

「第二段階の代わりってことね。一般的な第一と第二より、手数で勝りそうね」

 サクヤの言葉通り、リティアードは大量の自動人形を展開しながら、縄を枝分かれさせてミルティアを攻撃する。第三段階の力が込められた強靭な縄。ミルティアも全てを防ぐことはできないが、守りの弱い人形を崩壊させれば脱出は簡単だった。

 反撃に出ようとするミルティアに、リティアードは縄で掴んだ人形を投げつけて妨害する。数十本の縄が人形を投げ続けるが、リティアードは人形を生み出すだけで攻撃は止まない。

「まだまだいくよー! お人形さん、もっと突撃ー!」

 第三段階のメダルとはいえ、これほどの縄を自在に操るのは簡単ではない。通常なら気力もメダル力も消費するはずだが、リティアードの顔に疲労の色は一向に見えなかった。

「ふむ……では、一旦」

 ミルティアは足を止めて、リティアードの人形を壊すのも止める。彼女が気付いたのと同じく、参加者席から観戦するミコトとサクヤも理解していた。

「縄の動きを自動化して、メダル力を節約して正確無比な人形投擲……やるわね」

「ああ。でも、それに気付いた彼女も……」

 縄に縛られながら、ミルティアは平然とした様子で接近するリティアードを待つ。しかし、リティアードも途中で足を止めて、縄の締め付けを強めていた。

「見破られますよね」

 ミルティアを縛っていた縄が崩れるように解けると同時、彼女の頭上に熱い塊が輝いて縄を焼き尽くしていく。その輝きは――太陽。

「今度は、逃がさないよー!」

 ばら撒かれたメダル。自動化した人形が突撃する。

「効かないと……」

 崩壊した人形から何枚ものメダルが落ちて、ミルティアの顔や体に落ちる。そのメダルが消えると同時にリティアードは縄を伸ばし、抵抗のないミルティアを吹き飛ばした。

 競技会場に歓声が響く。その中には驚きも混じっているが、気付いた者もそれなりにいる。

「敵に直接、自動のメダルか」

「第一段階では――第二や第三でも変わらないでしょうけど――操ることはもちろんできないけど、抵抗するのに僅かな隙ができる。上手いわね」

 自由になったミルティアに、再び複数の人形が襲いかかる。縄の自動投擲も絡めて、落ちたメダルが触れれば隙が生まれる。

「それが全て……ではなくても」

 ミルティアは視界を埋め尽くす攻撃を正面に、熱き太陽を生み出して防御する。力の弱い人形やメダルは溶けて消えるが、縄や後方から迫る人形たちの足は止まらない。

 生み出した太陽を天高く上げて、ミルティアはそれを崩壊させる。輝く太陽の欠片が後方の人形を的確に貫き、リティアードにも襲いかかる。

「当たらないよー!」

 自らを襲う欠片を縄で弾いて、すかさず人形を生み出して反撃を狙うリティアード。ミルティアは小さな太陽を自らを中心に周回させて、近づく人形を貫かせながら接近する。

 太い縄を横に振って防御するリティアード。ミルティアは身を屈めて縄をかわしつつ、地面に手を触れた。足が止まったのを見てリティアードは疑問の顔を浮かべるが、それはすぐに驚きに変化した。

 地面に一本の亀裂が走り、リティアードの足を支える地面が崩れていく。枝分かれさせた縄で素早くバランスをとったリティアードだったが、彼女にできた一瞬の隙をミルティアは見逃さない。

「飛べ」

 衛星のように周回していた小さな太陽を放ち、高速の飛来物がリティアードに直撃する。

「いたっ。痛いなー、もう!」

 反撃のために伸ばした縄をミルティアは右手で掴み、ふわりと縄の上に乗りながら左手から二個の小さな太陽と、一個の中くらいの太陽を放った。

 小さな太陽は両脚を狙って、中くらいの太陽は縄の上を滑るように飛んでいく。

 ミルティアも縄の上を駆けて、リティアードが動かした瞬間に足場の縄を崩壊させて、リティアードの目前に着地。襲ってきた小さな太陽を人形で防ぎ、中くらいの太陽は回避した彼女を守るものは、何本かに枝分かれする縄のみ。

 中くらいの太陽はリティアードの後ろでゆっくりと爆発し、ミルティアが生み出した新たな太陽は、崩壊して無数の欠片となって襲いかかる。

 残った縄を自在に操ってそれらを防ごうとするが、この距離では間に合わなかった。

「とどめは……不要ですね」

「うん。降参するよー!」

 密着したミルティアに両腕を掴まれて、リティアードは握っていた縄のメダルを崩れて荒れた地面に落とす。人形と自動のメダルの元はポケットの中にあるが、主力のメダルを落としただけでも降参の合図は成立する。

 勝者が確定し、歓声が大きく響く競技会場。二人の戦いを眺めていたサクヤは、戦いの決着にさして驚いた様子は見せず、感想を口にする。

「『崩壊』と『太陽』ね。メダヒメ様?」

 サクヤの声に応えて、彼女の胸でメダルが輝き、メダヒメがミコトとサクヤの間、参加者席の手すりの裏に登場する。

「場所は自由なんだな」

「お姉ちゃんの近くなら、どこでもいいみたいです」

 メダヒメは手すりの裏から顔だけを出して、会場を見つめながら答えた。

「そうですね。今のところ、特に変わった様子はないみたいです。ですが……」

「はい。私が戦って、確かめて、優勝します。メダヒメ様のためにっ」

 サクヤの答えに、メダヒメは笑顔を見せて消えていった。


一回戦 第五試合 イチノミヤ・リオネ 対 ウィンディ・ウィック


 その参加者の入場に、競技会場は大歓声に包まれた。王国競技場のトップに君臨する、メダル競技者イチノミヤ・リオネ。

「あいつか」

「トップの人気、凄いわね」

 次いで入場するウィックにも歓声はあったが、リオネに比べると明らかに小さい。リオネの名は地元だけでなく大陸にも広まっているから、当然の差だ。それだけに、リオネを破れば大きく目立つことになる。ウィックの顔には自信が溢れ、気圧された様子はなかった。

「ウィンディ・ウィック。四つの風の一人よね」

「ウィンディ四兄弟の次男……烈風のウィンディか」

 昨日の自己紹介と、資料の内容を思い出してサクヤとミコトが言う。髪型は烈風を表し、顔は覚えていなくても風を覚えていれば思い出せる。

 戦いが始まった瞬間、ウィックは大きな声で名乗り口上を響かせた。

「某は烈風のウィンディ! 四つの風は、兄弟より託されし力! 受けてみよ!」

 ウィンディの右手には二枚のメダル。左手にも二枚のメダル。合計四枚のメダルを手に、彼は突風と烈風と疾風と旋風を、リオネに向けてまとめて放つ。

「――満月」

 銀色に輝く真円。リオネの正面に薄く輝く半透明の月が生まれ、四つの風を受け止める。

「驚きね。四つの風を、一人で使うなんて」

「他の兄弟も使えるんだろうが、あいつが一番得意ってことか」

「私とコノハじゃできないし、素質と努力の賜物かしら」

 不思議そうなコノハの視線を感じて、ミコトは解説する。

「あいつのメダルは、『疾風』『烈風』『突風』『旋風』の四枚。第二段階を四枚だから、他の兄弟のメダルも借りてるみたいだな」

「じゃあ、凄く強いんですか?」

「四枚を同時に扱うメダル力もある。弱くはないだろうが……」

 突風がリオネの正面から襲いかかり、疾風となってウィックは競技会場を駆ける。烈風が側面からリオネを切り刻もうとし、旋風は背後から巻き上げようとする。

 リオネは迫る四つの風を見据えて、背後に輝く銀を放つ。

「――半月」

 烈風と旋風を受け止める、水平の月。突風とともに接近するウィックは、防がれるのは予想通りとばかりにさらに速度を増していく。

「某は疾風。そして烈風となり、旋風とともに!」

 先を行く突風と同化し、疾風、烈風、旋風も合わせた、神速の風となるウィック。

「――三日月」

 リオネは剣を振るように、鋭く輝く三日月の軌道が風を断つ。四つの風は止み、鍛えられたウィックの五十八メダルの体が、大きな音を立てて地面に落ちた。

 直後、入場したときよりも大きな歓声が競技会場を包み込んだ。圧倒的な勝利に届けられる声援。リオネは高く手を上げて、その声に笑顔で応えていた。

 その光景を参加者席から眺めていた三人も、それぞれの反応を返す。コノハは純粋な驚きだけで、サクヤは平然と楽しそうな様子で、ミコトは真剣な表情で。一枚のメダルで勝利してみせた実力者の姿を、無言で眺めていた。


一回戦 第六試合 コルトレット・レイミー 対 キルグラード・エルバート


 競技会場に入場した二人の姿を見て、ミコトたちは話をしていた。

「レイミーの出番か」

「相手は大陸の騎士。鎧もばっちりね」

「あれ、いいの?」

 妹からの疑問に、サクヤは即座に答える。

「あれもメダルの力よ。第二段階の『鎧』でしょうね」

 競技メダル大会に、メダル以外の武器や防具の持ち込みは禁止されている。持ち込んだところでメダヒメの加護を受けたメダルの力の前には、棒切れと薄布も同然だが、棒切れと薄布でも人間の視界を奪ったり、転ばせたりするくらいはできる。

 第三段階のメダルも使用できるメダヒメ記念大会も、競技メダル大会。メダルの力と鍛えた体のみで戦うのが、競技としての原則であるのは変わらない。

「にしても地味ね。あの騎士」

 鎧を装備したエルバート。枯れ葉色の落ち着きヘアーに、六十三メダルの長身。笛の音に合わせて握った『剣』を構えるも、やはり地味な印象は拭えなかった。

 対するレイミーは左手に丈夫な盾を生み出して、右手に何枚ものメダルを握りながらエルバートの動きを待つ。剣と鎧。彼が近接攻撃を主体とするのは、火を見るより明らかだ。

「ゆくぞ」

 エルバートは駆けて、レイミーに近づいて剣を振り下ろす。彼女はそれを盾で受け止めて、右手から数枚のメダルをエルバートに投げつけた。鎧に衝突したメダルは、大きな音を立てて炸裂する。

「む」

 盾の隙間から笑顔を見せるレイミーに、エルバートは少し後退する。至近距離での炸裂も盾があれば怖くはない。同様に、エルバートの鎧も傷がついただけで、本人はダメージを受けていなかった。

「第一段階の『炸裂』に、第二段階の『盾』ね」

 レイミーは大きく一歩を踏み出し、剣を振り下ろすエルバートから距離をとる。その瞬間に数枚のメダルを地面に落とし、エルバートの足元で炸裂する。

 だが、エルバートの鎧は脚も守る全身鎧。兜はないので顔は剥き出しだが、隙はない。

「その弱き力で、この鎧を破れるか?」

 自信とともに、速く重い剣を振り続けるエルバート。レイミーはやや苦しそうな顔を見せながらも、的確に盾で攻撃を防いでいく。

「我が剣は――その盾を破れるぞ」

 防戦一方のレイミー。攻撃手段も第一段階の炸裂のみ。強烈な反撃の危険はないと判断したのか、エルバートは両手で剣を握って高く振り上げた。

 その動きを見て、レイミーは小さな笑みを浮かべる。エルバートは怪訝な顔をしながらも、力を込めて剣を振り下ろす。構える盾を目がけて振り下ろされた剣に、裏から飛んできた一枚のメダルが衝突、炸裂する。

 微かに逸れた剣の軌道。レイミーは大振りの一撃を盾で受け流して、半歩前に出ながら右手を突き出した。重ねた十枚のメダルを手に、鎧の上に固定する。

 満面の笑みを浮かべるレイミー。直後、重なったメダルがまとめて炸裂し、エルバートの体が僅かに揺らぐ。

「く……だが、この程度」

 再び剣を握り、揺らいだ体を立て直すエルバート。その瞬間、十枚のメダルが炸裂した鎧の一部が、砕けて落ちた。

「決まったな」

 参加者席からミコトが呟く。鎧を修復するため、剣を振って時間を稼ごうとするエルバートだが、自ら作った弱点が消える前にレイミーは次の行動を開始していた。

 剣は盾で受け流しながら、砕けた鎧の隙間目がけて十五枚のメダルを正確に投げつける。鎧の隙間でメダルは重なり、大きな音を立てて炸裂した。

 優しい表情を見せるレイミーの目の前で、エルバートの体は大きく揺れて、地に倒れた。

「散り方も地味ね。あの騎士」

「派手に散るやつなんて、リアスくらいだろ」

 歓声に朗らかな笑顔で応える勝者レイミーを見下ろしながら、参加者席ではそんな会話が繰り広げられていた。


一回戦 第七試合 なのの 対 ロブスター・ハント


 六十五メダルの大きな男が競技会場に入場する。ベリーショートのちくちくヘアー、元軍人の経歴を持つ旅人のハントだ。

「メダヒメ様を壊そうとする変態ね」

「メダルを壊して、一時的に無力化する。合理的ではあるが……」

 メダルはメダヒメの加護を人の目に見えるように形にしたもの。壊れても数十分もあれば復活し、失われることはないが、一対一の戦いで数十分も大きな力を失うのは敗北を意味する。

「ハントは、それ以外を狙わないからな」

 無力化を考えるともっともスマートな戦法。元軍人らしいといえばらしいが、旅人になった今でもそれのみを狙うため、いくら相性のいいメダルがそれに向いているとはいえ、旅をする上では柔軟性に欠ける。

 だが、今回は一対一の競技大会。彼の戦い方が有効なルールでの戦いである。

 二番目に入場したなののは、大きく手を振って観客にアピールする。未だに黙って対戦相手を見つめるだけのハントと違い、大会を楽しんでいる様子が観戦する者にも伝わってくる。

「少女が相手でも、私は手加減はしないぞ」

「こちらこそ。さっきの二人も速かったけど、どうせなら一番で勝たせてもらいます」

 素直な笑顔を見せてなののは言った。挑発ともとれる彼女の言葉にも、ハントは微塵も動じることはなく顔を引き締めていた。

 笛を奏でる音が響き、ハントはすぐに攻撃を開始する。細い針を何百本も飛ばしつつ、競技会場内に広がるように糸を張る。

「第二段階の『針』に『糸』ですね」

「ああ。コノハも分かってきたな」

「えへへ。ミコトさんに褒められちゃった」

 呆れた顔で戦いを見下ろすサクヤ。ハントが全ての準備を終える前に、なののも攻撃を始めていた。疾走して針を回避し、ハントに向かって接近する。

 その素早い動きにハントは行動を中断し、なののが向かってくる道に太く束ねた糸を仕掛ける。さらにそこから何十本もの糸をほつれさせ、周囲には何千本もの長い針を展開させ、追撃の用意を見せていた。

「ふう。それじゃ、これで決めますよ!」

 しかしなののは糸を回避することなく、疾走しながら右手に握ったメダルを強く握る。

「糸も針も、まとめて!」

 眩い雷光が真っ直ぐに伸びて、ハント目がけて襲いかかる。だが、束ねられた糸と何千本もの針によってその雷光は相殺され、ハントには届かない。それどころか、残った千本近い針がなののを狙って襲いかかる。

「雷光とともに! 疾走して、もう一回!」

 ハントの放った攻撃を、なののは雷光を纏って疾走し、彼に向かって体当たり。ぶつかる瞬間、左の手のひらからも眩い雷光を放って、ハントの体を競技会場の壁まで吹き飛ばした。

 崩れ落ちるハントが動かないのを見て、なののは笑顔を見せた。遅れてくる歓声には大きく手を振って応え、参加者席の方を向いてはもう一度、最高の笑顔を届ける。

「あの子、相当強いわね」

「みたいだな。烈風のウィンディみたいに、速いだけじゃない」

 速く、鋭く、そして隙がなく力強い。あの体当たりは、リオネの「――三日月」であっても互角といったところだろう。もっとも、正面からぶつかればの話だが。

 素性不明の実力者は、なおも歓声に応えて手を振り続けていた。


一回戦 第八試合 サンドリア・サン 対 レア・フレック


 一回戦最後の試合。ここまでの激烈な戦いに競技会場は盛り上がり、会場の盛り上がりは最高潮になっていた。

 最初に入場したのは四十九メダルの少年、サンドリア・サン。灼熱の髪の旅人で、彼は入場すると同時に拳を高く上げて、歓声を浴びながら自信満々に歩いていった。

 次いで入場したのは五十五メダルの壮年の男、レア・フレック。こげた茶色の髪の旅人で、こちらは大きな歓声に深い笑みを返しながら、ゆっくりと歩いていた。

 響いた笛の音は戦いの合図。二人の対戦者は互いに、メダルの力を発揮する。

 サンは弾いた一枚のメダルを火に変えて、フレックに向けて放つ。対するフレックも、右手にメダルを輝かせて、真っ赤な火でそれを相殺する。

「熱血レアボーイと、ウェルダンダンディね」

「ベテランの火炎使いに、同じく火を得意とする若手か」

 小手調べを終えた競技会場では、サンがフレックに向けて声を発していた。

「火炎使いのフレックさんと一回戦で当たるなんて、嬉しいね。俺の火がどれだけ凄いか、先輩を倒せば一目瞭然って寸法だ」

「同じ火の使い手として、君の名は聞いている。若き力を見せるがいい、少年よ」

 フレックは右手から鮮やかな火を、左手から燃え盛る炎を、敵に向けて次々と放っていく。

「言われなくても、見せてあげますよ!」

 サンは放たれた火に向けて、大量の砂を放つ。火を囲むように砂を操り、鮮やかな火を囲んで一瞬で消していく。炎の方には同じ数のメダルを飛ばす。メダルは小さな火となって、炎に取り込まれるように消えていった。

「第一段階の『火』に第二段階の『砂』、それに第二段階の『火』に『炎』ですか。ウェルダンさんの方が強い気がしますけど……」

「レアの方も甘く見ない方がいいわよ。あえて第一にしてる意味、すぐに分かると思うわ」

 コノハが首を傾げていると、消えずにサンを狙って飛んでいた炎は彼に当たる直前で勢いを落としていた。それどころか、逆にフレックの方に向かって飛んでいく。

「え、今のって……」

 フレックの放った別の炎が、反転して飛んでくる炎にぶつかる。二つの炎は勢いを失いながらも、さらに大きな炎となってゆっくりとフレックを目指していた。

「火は炎を吸収して、さらに大きな火となる。サンも考えたな」

「ええ。似た力だからこそできる戦い方ね」

 驚きと不思議の表情を浮かべるコノハに、ミコトとサクヤが答えた。二人の言葉でコノハも理解し、戦いの次の展開に注目する。

「見事だ、少年よ。だが、決め手はどうする?」

 フレックは両手の火と炎を混ぜ合わせ、火炎として前方に放つ。フレックの炎を吸収して大きく成長したサンの火も、凄まじい火炎の前には呑み込まれて消えるのみ。

「この火炎、受けてみよ!」

 サンに向けて、さらなる火炎が襲いかかる。サンは楽しそうな表情を浮かべ、目の前に砂の壁を作って火炎を受け止める。さらに側面にも砂の壁を生み出し、左右から回り込んでくる火炎も全て防いでみせた。

 攻撃を防いでも砂の壁は消えず、サンはさらに砂を集めていく。壁に阻まれて姿の見えない相手に、フレックも火炎の準備をするだけで様子を窺っていた。

 大量の砂が集まり、できたのは観客席まで届く建造物。そのてっぺんにサンは立っていた。

「これが俺の砂の城だよ! フレックさんの火炎も、ここまでは届かない!」

 フレックが上空に向けて放った火炎は、崩れた城の砂が覆って勢いを止める。崩れた部分はてっぺんにいるサンがすかさず砂で修復し、堅城砂の城は落とされない。

 さらにサンは何枚ものメダルを放り投げて、小さな火の玉を落下させていく。並の火や炎であれば吸収して、大きな火の玉となる小さいが厄介な攻撃。それを防ぐのに強い火炎を放てば、天守の上にいるサンへの攻撃が弱まってしまう。

「様子を窺ったのは失敗だったね。このままじっくりと、削らせてもらうよ!」

 第一段階の火を打ち消すのに、二枚のメダルを合わせた火炎を使えば消費するメダル力の差は大きい。回避に徹して守りを固めれば、今度は砂の城が攻撃に転じるだろう。時間をかけて築かれた砂の城は、簡単には尽きない大量の砂で構成されている。

「ふ……確かに、火炎は届かないようだ」

 フレックは呟いて、サンの主張を半分認める。準備していた残りの火炎はそのままに、サンの投げるメダルを避けるように、多数の火を城の上に向けて連発する。

「む。でも、それなら!」

 既に投げたメダルの軌道は修正できない。だが、大量の砂を動かせは火は上部まで届くことはない。細かく分けた砂がフレックの火に触れて、一瞬で消えていく。

「もう一度だ」

 再び放たれる多数の火。サンは余裕の表情で、再び砂を動かして消そうとする。防戦一方でも、メダル力の消耗が少ないのは変わらずサンの方。長期戦に持ち込めるなら、その形は問わないのである。

 再び砂がフレックの火を消そうとした瞬間、後方から放たれたフレックの炎がいくつかの火に衝突する。火にぶつかった炎は融合し、火炎となって熱く燃え上がる。

「こちらからも、言わせてもらおう。余裕を見せるのもいいが、勝勢の判断は正確に行わねば思わぬ反撃を受けるぞ――このようにな」

 天守に届いた複数の火炎が、交差するようにサンに襲いかかる。サンも咄嗟に城の砂を盛り上げて、数枚のメダルをまとめて火に変えて防ごうとするが、防げた火炎は半分程度だった。

 焼き焦がす強き火炎が体を直撃し、サンは苦悶の表情を浮かべて天守に崩れ落ちる。砂の城も音を立てて崩れていくが、ただの砂の山となっても彼の生み出した砂は残っていた。

「こっちこそ、まだ終わりじゃないよ!」

 砂の城を形成していた大量の砂が、波打つようにフレック目がけて襲いかかる。

「その闘志、悪くない。だが――少し遅かったな」

 準備していた火炎を盾とし、フレックは砂の波を受け止める。量は多いが直線的な反撃。全てを受けきることはできないが、回避する時間だけなら問題なく稼げる。

 サンが立ち上がり、次の攻撃を準備するより早く、フレックは火炎を放って勝利を決定付ける。吹き飛ばされたサンから一枚のメダルが零れ落ちて、サンは悔しそうな顔で倒れたまま立ち上がることはできなかった。

 同じ火の扱いで上回り、勝利したフレックの耳に大歓声が届く。

「最後も、いい戦いだったわね」

「ああ。明日は、今日みたいにはいかないぞ」

 ミコトの言葉はサクヤに向けて、そして自分にも向けた言葉だった。


 全ての試合が終わった夜。ミコト、サクヤ、コノハの三人は余韻で盛り上がる街を歩いていた。明日の試合に備えて準備は万全。そのまま宿にこもっていては退屈なので、街の様子を見てみようと発案したのはサクヤである。

 一回戦の勝者である彼らに声をかける者も何人かいたが、何人かに過ぎない。一回戦を勝利した時点では、彼らも実力者の一人。そしてまた、王国競技場の傍に広がるこの街では、今回のような競技メダル大会は日常茶飯事。参加者を賞賛し、声をかけるのは、優勝者が決まってからという暗黙の了解もある。それでも声をかけるのは、初めて競技会を見る観光客か……。

「ヒトキを破って、浮かれているわけではないようだな」

 同じ参加者かの、どちらかである。

「お前こそ、鮮やかな勝利に浮かれてはいないみたいだな」

 声をかけてきたリオネに、ミコトは同じような言葉を返す。二人は一瞬目を合わせたあと、小さく笑って互いに視線を外した。

 何事もなかったかのように歩みを再開したミコトに、サクヤが言う。

「今度は突っかからないのね」

「もう本選だからな。決着は試合でつければいいさ」

 さらに歩いていると、露店で一人ジュースを飲んでいるレイミーと出会った。彼女はミコトに気付くと軽く笑みを見せて、同席しないかと手招きする。

「お誘いよ。どうするの?」

「ミコトさん、レイミーさんと仲がいいんですか」

「悪くはないけど、俺が好きなのはコノハだけだ」

「……はい」

 二人の会話に呆れた顔を見せるサクヤ。そんな三人の様子に、レイミーはくすくすと笑いながら、ジュースを一口飲んでいた。

 レイミーの誘いを断って歩きながら、ミコトとサクヤは気配に気付く。後方から誰かがつけてきている。数は二人、気配を隠すどころか、そこそこの実力者なら誰でも気付ける程に分かりやすくしていた。

 広場についたところでミコトとサクヤは足を止め、それに気付いたコノハも不思議そうな顔をしながら足を止める。振り返った三人に、追跡者が声をかけてきた。

「こんばんは。あなたが次の対戦相手の……サクヤさんですね」

 優しい声で挨拶をしたのは、サクヤの次の対戦相手ミルティアだった。後ろには同行者らしき小さな女の子がいるが、ミルティアの影に隠れてよく見えない。

「ええ。後ろの人は、初めてみたいだけど」

 髪型や体型から、辛うじて女の子らしいことは分かる。だが、それ以上のことは三人の誰にも分からなかった。

 ミルティアはほんの少し顔を引き締めて、小さく笑ってから言う。

「次の試合、私が勝たせてもらいます。そのことだけ、伝えておこうかと」

「へえ。宣戦布告? 無名の私にわざわざ、あなたは何者なのかしら? それとも、あなたたちと言った方がいい?」

 サクヤの言葉に、ミルティアは笑顔を見せてから、踵を消した。今度は同行者が前を歩き、やはり正体は掴めない。二人が去る背をしばらく眺めて、見えなくなったところでサクヤはメダヒメを呼んだ。

「メダヒメ様、あの同行者は?」

「分かりません。ミルティアさん、でしたね。メダルの力は使っていませんが、魔法で妨害していました」

「魔法?」

 メダヒメから出てきた言葉に、ミコトが口を開く。

「ちょっと、メダヒメ様との愛の会話を邪魔しないでくれる?」

「愛じゃないので構わないですよ。旅人でしたら、聞いたことはありますよね」

「ああ。メダルの力によらず、世界の力を扱う――マホヒメの力だってことくらいは」

 素質に左右されるメダルの力と違い、魔法の力は才能を必要としない。ただしどれだけ素質がない者でも、魔法を極めるよりメダル力を高めた方が基本的に強くなれる。メダルの補助に魔法を学ぶ旅人と出会ったこともあるので、ミコトも名前くらいは知っていた。

「つまり、ミルティアって子はメダヒメ様だけじゃなくて、マホヒメ様も信仰してるってことよ。メダヒメ様も妨害できるくらい極めてるってことは、意外と厄介かもしれないわ。よかったわね、あんたの相手が彼女じゃなくて」

「まるで、俺なら負けるみたいな言い方だな」

「そこまでは思ってないわよ。あんたなら、辛勝ってところかしら。あくまでも今日までの戦いを見た限りだけどね」

 隠している力は考慮しないとの意味を込めて、サクヤは笑顔でそう言った。ミコトもそれ以上の反論はせず、三人は明日に備えてそろそろ宿へ戻ることにしたのだった。


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