三話

オカルティックな女の子

クロリアは第三精神体


   ヒロインの目

 鈴鳴木立は自室でベッドに寝そべっていた。

「シルフィムさんにリリさん、二人とも強くて可愛くて綺麗だなー。私も……」

 綺麗で可愛くて強い女の子になりたい、と木立は思い、ころんと転がり仰向けになる。学校から帰って、着替えて、ふわふわゆるゆるの私服姿で、ベッドに飛び込んでから彼女はそんなことを考えていた。

「……ふにゅ」

 ころころ妄想と想像を広げていた木立は、静かに口を開く。

「……ふにゅ?」

 部屋の中に聞こえてきた女の子の声。幼い声は、部屋の中から聞こえたような気がした。気が抜けた自分から漏れた声かもしれないと同じ言葉を口に出してみたが、明らかに違う声である。

「んー……。何も、ないよね? いないよね?」

 部屋の中に視線を飛ばして、ちょっとだけ探る仕草を見せる木立。

「うん。いないよ」

「そうだよねー。……いるよね?」

 はっきりと返ってきた答えに、改めて尋ねる木立。しかし、今度は一切の声も言葉も返ってはこなかった。

 仰向けの状態では首は傾げられない。木立は部屋の中で起きた不思議な出来事に、少しだけ目をつむって、開いた目でもう一度だけ部屋の中を見回して、何もいないことを確認するのだった。

   探偵の視点

「部屋にいると、たまに幼い女の子の声が聞こえる、か」

「そ。最初は寝ぼけてたのかもと思ったけど、何度もあったんだよ」

 ある日のこと、木立は僕にそんな相談をしてきた。「奏水は探偵だからわかるでしょ?」とのことだが、木立が僕を探偵として頼りにするのは今回が初めてだ。それくらい、今回の現象は不可解で、困っているのだろう。

「危害はないのか? 声だけで」

「今のところはね」

「幼い女の声か。そうか、そうか……」

「あのさ、そーすい、また」

 僕は木立の顔を見て、小さく首を振る。その言葉の続きはいらない。

「ああ、犯人は声優だ! その声、幼女ボイスを扱うのは声優の得意技。歳を重ねても、幼い声を出すことができる存在――それが声優だ。

 犯人は声のままの、幼女などではない。大人の人間であるなら、どこかで隙を見つけて木立の部屋に侵入し、盗聴でもすれば木立の言葉に声を返すことはできるだろう。そして必ずしも返ってこないのは、そのときには木立の声に注意していなかっただけだ。必要な機材をいつ仕掛けたか、どのように侵入したかは、現場の調査を必要とするが……僕に任せておけ」

「え? やだ、奏水、女の子の部屋を調べるなんて、とてつもない変態」

 そこまで言われる筋合いはないが、まあいいとしよう。

「調べられるのはいやか? 放置するのか?」

「うーん。いや、放っておくのもちょっと、怖いんだけど、今すぐじゃなくても」

「甘い。木立、声優の成長力を甘く見てはいけない! やつらの成長力は凄まじい。現役の中学生が中学生役のアイドルを演じ、最初はたどたどしい演技も見られた少女声優が、一年もすれば演技が著しく上達し、二年三年とした頃には、そのシリーズのレジェンド声優、レジェンドアイドルにまで上り詰める! さらには、他の作品でも主役を演じる大活躍だ!

 主役を演じた声優に、半年も渡せばそれは急激な成長を認めるということ。これが声優としての活躍であるうちはいいが、犯罪になるととてつもない驚異だ。今は盗聴だけかもしれないが、すぐに盗撮、潜伏、お前の身に危害が加えられるのも近い未来の話になる」

「……えー。そんなに長く放っておくつもりはないけど」

「最速ならワンクールもあるが。まあ、これは稀な例だろう」

 ワンクールとはアニメ約十三話分、十二話のパターンもあるが、一週間で一話だから、三か月の間での成長ということになる。

「部屋を調べられるのが困るなら、別の案を提示しよう。シルフィムとリリの話で反応したのだろう? ならば、彼女たちをお前の部屋に連れていく。そこで行動を起こした犯人を、僕たちの手で捕まえる。これならどうだ?」

「それなら、まあ、いいけど」

 部屋を探られるわけではないとなって、木立の抵抗も弱まった。少々不確実な方法ではあるし、逃げられる可能性もあるが、成長の余地を与えるよりはいいだろう。

 ちなみに木立の部屋には僕も入ったことがあるので、正直なところ、つぶさに調べなくても怪しい場所の目星はついているし、そこだけを重点的に調べればいい。とはいえ、侵入経路まで調べるとなると、少々深い調査が必要になるだろう。

「では、そうしよう。……そろそろ、家に着く頃だ」

 帰り道の会話が終われば、僕の家だ。今日も部屋で読書に耽っているか、庭で剣の腕を鈍らせないようにしているか、どちらにせよシルフィムもリリもすぐそこにいる。

 シルフィムとリリを連れて、僕たちは木立の家までやってきた。「今から木立の家に行くぞ」とだけ伝えて、道すがらに簡単な説明をする。

「見えない敵を斬るのは初めてだ。加減ができないかもしれない」

「部屋の中ですと、私の魔法は派手に使えませんわ。補助系は得意ではないのですが、逃がさないだけならお手伝いできるでしょう」

 また今日も物騒なことを言うシルフィムと、頼りになるようなならないような曖昧なリリだが、二人とも異世界の少女で、先日は僕が太刀打ちできなかった敵を簡単に追っ払っている。犯人はこの世界の声優であるから今回の心配は無用だが、犯人の狙いが木立ではなくシルフィムやリリなのだとすれば、身を守るのを止める理由はない。

「ここが私の部屋だよ! シルフィムさん、リリさん、初めまして!」

 楽しそうな木立だが、彼女は目的を忘れてはいないだろう。二人がいることで恐れも困惑もなくなっているようだが、未知の相手が潜む領域になっているかもしれないのだ。

「やっほー、連れてきたね。初めまして、私はアスリト・ム・クロリア。クロリアって呼んでね、シルフィム・グランクランツェちゃん、サイデン・リリー・リリちゃん」

 部屋の中にシルフィムたちが足を踏み入れた瞬間、その声は僕たちの耳に届いた。

「弦楽奏水くんも、ありがとう。でもごめんね、私、声優じゃないんだ」

 その声は木立の話に聞いた通り、プロの声優でもトップクラスのロリボイスだった。これだけの技術力がありながら、声優ではないとは信じがたいが、それよりも、声だけしか聞こえない謎を解かなければならない。

 声はすれども姿は見えず。非常に残念なことだが声優でなくとも、犯人であることに変わりはない。道を外れた声優がいなかったことは喜ばしいが、それに安堵するのは事件を解決してからだ。

「そうか、だが侵入者であることに変わりはない。お前は何者だ?」

「生の幽霊だよ、奏水。声しか聞こえないもん」

 幽霊に生も何もあるのかはわからないが、確かにそれが一番しっくりくる考えではある。オカルト探偵は僕の本分ではないが、僕はオカルト否定派ではない。

「幽霊……うん、それに近いかな? ちょっと待っててね、姿を見せてもいいけど、私の本体は今ちょっと遠くにあるから、戻るまで――うん、十二秒」

 そこで一旦声は聞こえなくなった。十二秒という時間は短いが、こうして秒数を意識して待つ十二秒は意外と長く感じるものだ。

 何となく木立の部屋を見回して、シルフィムとリリが閉じた部屋の扉を見る。よもやこの扉から入ってくるわけでもないだろうが、相手は幽霊のようで幽霊ではないのだから、扉を開けるかすり抜けるかして現れるかもしれない。

 あるいは、窓からだろうか。そちらの方にも注意を向けて、ここから現れるのも幽霊らしいと考える。

 そうして見回している間に時間は過ぎ、クロリアは現れた。

 青いラインの入った服装が特徴的な、声の幼さよりもやや大人な姿の少女は、突然木立のベッドの上に現れた。体はほんのりベッドから浮いていて、こちらの文化に合わせてか正座でそこに浮かんでいる。

 僕たちの全員が気付いたと見ると、彼女は立ち上がってベッドの中に足をすり抜けさせる。身長は百五十一センチといったところか。木立の部屋なら見慣れているから、床すれすれまで足が届いているとすれば、ほぼ誤差はない。

「待たせちゃったね、私がクロリア。第三精神体――といっても説明に時間がかかるから、幽霊みたいなものね。私の世界でも、心霊と呼ばれることはあるんだ。これだって」

 見た目よりも幼い声でクロリアは声を発して、懐から何かを取り出す。小さな画面のついた機械のようなものだが、こちらの世界で言うと似ているのはPDAだろうか。

「心霊デバイスと呼ばれてるからね」

「不思議な形だね。携帯でもゲーム機でもないような……」

「携帯情報端末――PDAに近いな」

「PDA?」

「僕も実物はほとんど見たことはない」

 会話を聞いていたクロリアは小さく微笑んで、言葉を続けた。

「そうだよ。けどちょっと違うね。これはO‐PDA――オカルティック・パーソナル・デジタル・アシスタント。和訳するなら、精神式携帯情報端末かな?」

 オカルトを直訳したら精神にはならないと思うが、意訳なのだろう。しかし、異世界の少女である彼女から、和訳という言葉が出てくるのには驚いた。シルフィムやリリと違って、この世界の知識を既に学んでいるらしい。

 クロリアはそっと体を動かして、ベッドの上にある木立の枕に手を伸ばす。その手は枕をすり抜けて触れられない。そこで一瞬間をおいて、手元にあるO‐PDAを操作する。

 すると、彼女の周囲から半透明のアームのような触手のようなものが伸びて、その腕が枕を潰さないように、優しく持ち上げていた。

「私の枕ー」

「これで物質への干渉ができるんだ」

 木立の枕は元の場所に戻されて、クロリアは笑顔で木立の方を見た。

「私はこの世界に興味がある。特にこの世界の人、木立ちゃんのことが気になるんだ。異世界と縁のある人と出会う運命って言うのかな? そんな力のあるあなたに」

「私?」

 木立は僕を横目にして、それからシルフィムとリリを一瞥してから、クロリアに向き合った。

「ハーレムの主は奏水だよ?」

「誰が主だ」

「ハーレムと運命は違うよ。けど、私から言うことじゃない、かな」

 そう微笑むクロリアの言葉に、僕は小さく息をついた。

「そういえば、まだ聞いてなかったな。一人増えたことだし、改めて尋ねるとしよう」

 我が母を。我が母に――『ごめんね、奏水。まだあなたには話せないの』――その言葉の続きを、後回しにされた秘密を、話してもらうとしよう。

「もちろんクロリア。お前にもついてきてもらう」

「いいよ。あ、でも」

「お前は木立の家にいたいんだろう? その話は木立とやるといい」

 僕はそれだけ言って、早速自宅に戻ることにした。後ろで木立とクロリアの声は聞こえてこないが、僕の家まで向かう道でも、一通り聞き出したあとでも、二人が話をする機会はあるだろう。

   一段落


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