探偵の視点
宮丘町には若者向けの娯楽施設も多く、このゲームセンターもその一つだ。置いている筐体は最新のものから、レトロなものまで幅広く揃っている。
「パンチで倒せ……剣ではダメか?」
「だめだ」
落ち込んだ表情で素手のパンチを繰り出したシルフィムは、最高記録を叩き出してゲームをクリアしていた。あれは相当レベルが高いと聞くが、やはり本物の前には形無しだ。
「ああ、おお……私も斬りたい。斬りたい……」
「木立、なぜこれをやらせた」
「えへへ、やりたそうにしてたから」
ちなみに胴体切断をされているのは、シルフィムの操作キャラクターの方だ。どうやら格闘ゲームは苦手らしい。まあ、比較的コマンド入力が少ない、強斬りで大ダメージを与えられるゲームとはいえ、初見で格ゲーに触ったら大体のプレイヤーはこうなるだろう。
再度プレイしようとしたシルフィムの肩を叩いて、これ以上の散財は防ぐ。我が母から受け取った軍資金はそれほど多いものではないのだ。
「それは僕の家にもある。続きはそれでゆっくり楽しんでくれ」
「……羨ましいな。ああ、どうしたら斬れるんだ」
家でやらせるのもまずいかもしれない。だがひとまず、そこから離れさせることはできた。「おい、あれ、見たか?」
「ああ、初めて見る女の子だが……どこのゲーマーだ?」
歩いていると、そんな声がちらほら聞こえてきた。彼らの歩いてきた方向にはギャラリーの集まる筐体があり、そこでは一人の女の子が、ぷよぷよした生き物を魔法のようにどんどん消しいる姿があった。
最終ボスまで余裕の表情で撃破したところで、少女は一息つく。この界隈には彼女に立ち向かえるほどの実力者はいない。そもそも、レトロ筐体なので対戦する台もないのである。
もしこれがレトロ筐体でなければ、もっと多くのギャラリーが集まっていたことだろう。彼女は確かに上手かったが、プロと戦えるほどの技術だったようには見えない。ただひたすらに判断が速く、判断にミスがない、それだけで戦っていたのである。表情こそ余裕だったが。最終ボスとの戦いは僅差の勝利だった。
緑色のリボンが可愛らしい女の子は、フリルのついた可愛らしい服を着ている。ゲームを終えて立ち上がり、振り返った少女は、僕たちの方に視線を向けた。
「あら、いいところに。私、困っているのですわ」
少女はそのまま歩き出そうとして、隣に座っている壮年の男性に礼をしてから、歩みを再開した。
「気にするこたぁねえ、嬢ちゃん。俺の目に狂いはなかっただけよ」
「ふふ、私ですから当然ですが、簡単ではありませんでしたわ」
話の内容から推察するに、隣の男性からゲーム資金を借りたのだろう。
「……ふ。たったの一プレイであれができるやつがいるたぁ、俺も負けてらんねぇな」
ちなみにその壮年の男性はこのゲーセンでは有名なゲーマーで、見込みがあると判断した者にはお金を恵んでくれるという人物である。本人の実力はどのゲームもボスまでは辿り着ける程度で、クリアしている姿は誰も見たことがないが、彼が見込んだプレイヤーは三回以下のプレイで必ずゲームをクリアするという伝説が今も続いている。
僕や木立もその光景を何度か目にしたことはあるが、どれだけ上手な人でも二回、一回のプレイで最終ボスまで倒したというのは初めて見る。一回でクリアできるような実力者は、大半が経験者だから、彼からお金を恵んでもらう必要はないのだ。
少女は僕たちのところまで辿り着き、その頃にはそこそこ集まっていたギャラリーは散らばっていた。ゲームをクリアした時点で半数以上は散っていたし、残っていた者もプレイ回数を知ったところで、驚きの反応を見せてから去っていった。
「場所を移しましょう。人は減りましたが、ここは騒がしいですわ」
ゲームセンターとはそういう場所だ。話をするには向いていない。
「近くに広い公園がある。そこでいいか?」
少女は頷いて、僕の他の二人に視線を向けた。
「私もいいけど、今日は家に連れ込まないんだ?」
知らない人が聞いたら誤解を生みそうな発言だが、幸い、ゲームセンターの喧噪がそれを防いでくれている。
「少し遠いからな。それに、シルフィムとは状況が違う」
「どんな状況なのか、興味がありますね」
少女は微笑む。その言葉はシルフィムに向けられたもので、向けられたシルフィムは困惑する様子もなく、何かを理解しているような顔で言葉を返した。
「私も君に興味がある。奇遇、でもないかな」
その態度が気にはなったが、すぐにわかることだ。それ以上の会話はなく、僕たちはゲームセンターから少し離れたところにある公園に向かった。
ゲームセンターの正面から裏手に回り、交差点を二つほど抜けたところに、その広い公園はある。宮丘町にある学校の通学路からは少し外れており、生徒も多くは集まらない。だが、広くて静かな空気と、木々や草花の生む景色が美しく、いい雰囲気で様々な話をするのに人気の公園だ。
多くは告白場所としての利用だが、木立と出会って仲良くなったのもこの公園である。広くて人の目も少ない公園は、必殺技の真似をするにはぴったりの場所だったのだ。
「まずは名乗りましょう。私はサイデン・リリー・リリ。そちらの――シルフィムさんでしたね――彼女と同じく、他の世界から来た者ですわ」
僕たちも名乗り、互いに自己紹介を終えたところで、話は本題に入る。
どこかのお嬢様のようなリリの服装、僕たちを選んだこと、シルフィムの態度、そういう話になるのは推理通りだ。だが、ここからは推理が通用しない領域。僕たちは黙って彼女が言葉の続きを口にするのを待つ。
「まずお聞きしたいのですが、シルフィムさんは自ら望んで別の世界へ向かったのでしょうか?」
「私は偶然だよ。その口ぶりからすると、リリ、君は違うんだね」
「ええ。私、魔法は得意ですから、魔法とは違う現象でも不可思議なことには強いのです。おそらく、ここを潜ればこの世界のどこでもない場所に辿り着く――それくらいはわかっていましたわ」
いきなり男狩りに斬りかかったシルフィムと違い、リリはどこか落ち着いた様子だったが、状況の違いが生んだものらしい。お金などは持っていないようだが、理解した上で来たのであれば、あのようなことは起こらないだろう。
「それで、次はこの世界のお二人にお聞きします。この世界は何か大きな脅威に晒されてはいませんか? 例えば、大国に攻め込まれているとか、異世界からの侵略者に襲われているとか、そういった戦いを必要とするものに」
「他国ではないこともないけど、少なくともこの国にはないし、他の国にしてもそこまで大きな脅威はないな」
「……え?」
一瞬だったが、はっきりと見えた彼女の困惑の声に、僕たちも困惑する。しかし、困惑を見せたのも一瞬のことであり、すぐに笑顔を見せた彼女は軽い調子でこう言った。
「国は複数あるのですね。では、とりあえず最も軍事力のある国に戦争を仕掛けて、いえ、それよりは全ての国を相手取り、統一国家の建国のお手伝いを……」
「ちょっと待て」
「何か? だめですか、やっぱり?」
「だめだ」
「そうですか。はあ。せっかく戦いを求めて他の世界まで来たのに、これでは……ま、元の世界でも同じことですし、いいのですけど。残念ですわ」
「ところでリリは蘇生魔法は使えるかな? 私にはとても必要な魔法なんだ」
「その話はあとにしてくれ」
「いえ、私が使えるのは攻撃魔法が主です。回復は簡単なものしかできませんわ」
止めても無駄だった。そして、どうやら僕は読み違いをしていた。彼女もまた異世界の人間であり、この世界の常識で判断してはいけないと。
「なんだか大変そうだね。それよりリリさん、泊まるところないでしょ? いいところがあるんだけど、紹介してあげる」
「それは助かりますわ。この世界のこと、もっと知りたいですから」
何のために知りたいのかはあえて尋ねるまでもない。それより気になることを木立に尋ねると、彼女は悪戯っぽく笑って答えた。
「いいところ?」
「奏水もよく知ってるところだよ」
ということで、僕たちは僕の家に帰宅した。そしてリリも僕の家に住むことになった。
僕たちが新たな女の子――リリを連れて戻ってくると、木立が母さんに紹介して、母さんが快諾してそうなった。どういうことかはわからないが、木立は確信を持ってそう行動したのはわかっていた。
まあ、一人でも二人でも変わらない。僕としては構わないのだが、探偵としてはその謎が気になるものだ。だが、そんなことを推理するより先にやるべきことがある。
「リリ。勝手に宣戦布告や攻撃は、何があってもだめだ。それだけは覚えておいてくれ」
増えた異世界の少女に、この世界の最低限の常識を叩き込む。シルフィムと違って、リリは大規模な攻撃が可能な女の子だ。シルフィムとは違った意味で気を付けなくてはならない。
探偵の視点
その日、学校ではある話題が広まっていた。一昨日と昨日と出会った少女たちに関係があるかはわからないが、事件の匂いを感じ取った僕は、その情報を校内で集めていた。
この場合、まず訪ねるべき男は決まっている。報道部の水内人次〈みずうちひとじ〉である。一年先輩の二年生で、頼りがいのあるナイスガイだ。学外の情報までは詳しくないが、学内の情報なら彼がよく知っている。噂の元もきっと知っているだろう。
「おう。やっぱり来たな。うっし! 俺に任せとけ、と言いたいところだがなあ」
勢いを見せた人次だったが、言葉尻は頼りない。
「人次もわからないということは、元は学外か」
彼との縁が生まれるにはちょっとした事件が関わっているのだが、今は置いておこう。それより、話すべき重要なことがある。
「そういうこった。俺が知ってる話なら、奏水もきっと知ってるぜ。怪しい男が最近この街をうろついている、ってな」
「その男の語尾には特徴がある。そして、その特徴は誰に聞いても一致している」
「ああ、それ以上のことはわからない」
「そうか。何かあったら情報は提供する」
「期待しないで待っておくぜ」
僕は廊下を抜けて、階段を降りて、これ以上の情報はここにはないと帰路につくのだった。
ヒロインの目
奏水が学校に行っている間、異世界の少女たち――シルフィムとリリは彼の家で遊んでいた。といってもそれは彼女たちにとっての遊びであり、部屋を傷付けないように庭で剣を振るうシルフィムと、小さな炎や水や光や、あらゆるものを魔法で生み出しては消していくリリの姿は、多くの人には何かの鍛錬をしているようにしか見えないだろう。
「この世界でも魔法は使えるようですね。でも……」
リリは小さな火の玉を飛ばして、飛んできた火の玉をシルフィムは美しい剣で斬る。魔法を斬ってもなお輝くその剣は、普通の剣ではないことが窺える。
「これが君の本気とは思えないな」
「もちろんですわ。それより、その剣、魔法も斬れますのね。私の世界でも、そういった剣はなかなかありません。どういった剣なのでしょう」
片手の上に魔力の流れを集めて、魔法の力を練りながら、リリは別の世界の剣士に尋ねる。
「妖精の加護を受けた聖剣さ。ただ、今はその加護の力を使ったわけじゃない」
軽く剣を振り上げて、シルフィムはリリに見せつけるように剣を構える。
「素材そのものが魔法に強い――違いますね」
口にした言葉をすぐに撤回して、リリは小さく首を横に振る。
「ああ、私の技術だよ。魔法くらい斬れなくては、斬れない悪も出てしまうからね」
「そうですか。ただ……」
「ああ、気軽に斬ってもいい悪がいない。私も殺しが趣味ではないんだ」
「ええ、困りましたわね。私もこの力をもっと振るいたいものですが」
二人の言葉に困惑はないが、諦めもない。今はただ、来たるべき日のためにその力を維持して、鍛えて、いつでも武器とできるようにする。それが今の彼女たちにできる最善にして精一杯だった。
探偵の視点
僕は木立の通う都宮中学校にやってきていた。放課後のいつもの行動、というわけではないが、よくする行動の一つである。
「あ、奏水」
今日の授業が終わる時間は把握している。校門の近くで待ち始めて五分と経たずに、木立は校舎の外に出てきた。
そしてこちらはいつもの光景で、木立の傍には一人の女の子がついている。
「おー、木立の彼氏さんだ」
「彼氏じゃないよ。奏水はただの仲間だから」
「と言ってますけど、彼氏としてはどうですか?」
気さくに話しかけてくる少女の名は、鹿平奈北〈しかひらなきた〉。木立の親友であるということはよく知っているが、僕と彼女の関わりは、ほぼこの場所での短い会話だけであるから、彼女の好みや趣味など詳しいことは知らない。
部活は陸上部で、引き締まった身体は魅力的だが、やはりまだ中学二年生――アスリートの身体というにはまだ若い。
「残念だが、木立に彼氏はいない。仲間として保証しよう」
「む。それもなんか失礼だよ、奏水」
「僕が知らないだけで、彼女ならいるのかもしれないが」
木立の声には小さく肩をすくめて、ちらりと視線を奈北に向ける。
「お、うまいこと返されちゃった。やーん、彼女だって、照れちゃう」
「え? むしろ奈北が彼氏で、私が彼女じゃないの? はっ! まさか奏水、私のおっぱいは偽物だとでも」
「ああ、じゃあ行くぞ木立。追いつけるうちについてこい」
女子校というわけではないが、中学校の校門前でする話ではない。僕がそのまま背を向けて歩き出すと、木立と奈北は数回言葉を交わしてから、手を振る奈北に見送られて木立がとてとてと歩いてきた。
ゆっくりした歩みだが、僕はそれよりも遅く歩いていたので、追いつくのは簡単だ。すぐに僕の隣に並んだ木立と一緒に、今日も放課後の帰り道を進んでいく。
「木立、近頃この街をうろつく怪しい男の話は聞いているな?」
「うん。奏水が護衛してくれるの?」
「さあな。情報が足りない。だが状況と情報からすると、一つの推理は成り立っている」
「そーすい、また……」
何やら呆れたような声色が混ざっているが、いつものことだ。僕もいつものように、木立に推理を披露する。
「特徴のある語尾、そして声だけが印象に残る男――簡単すぎる答えだ。一体どんなキャラを演じているのかはわからないが、声一つで強く印象に残るもの。そう、犯人は声優だ!」
「あー」
「この街をうろつく怪しい男。目的はこの街から、日本中、あるいは世界中に混乱を引き起こすことだろう。今はその下調べ、行動に移すときまではわからないが、その男は僕たちも見かけている。ふん、声が聴ければその場で取り押さえることもできたが、やはり犯人は周到だ。シルフィムの武器を見て、疑われてはまずいと逃げたのだろう」
そう。だからまだ証拠はないが、特徴的な語尾については話に聞いている。もしそいつが僕の目の前で声を発したなら、そのときが捕らえる機会だ。
「で、なんで声優さん?」
「声優の技術は声だけで何もかもを演じ、人を惑わす高等技術だ。売れている声優でも、売れていない声優でも、その技術を悪用し、犯罪を行うのは簡単なことだ。僕はそれを未然に防ぎたい。探偵として、やらねばならないことだ」
「そうだよね。奏水ならそう言うと思った」
「何度も言ってるだろう?」
このやりとりは何度目になるかわからない。それくらい慣れたやりとりだが、木立にも呆れるばかりでなく感心してもらいたいものだ。まあ、僕が傍にいるうちは、特に問題はないのだが……。
「それで、犯人の目星はついているとして、どうやって捕まえる気なんだい、ワトスン君」
「簡単だ。囮を使うのさ。……うん?」
「あ、ホームズがよかった?」
くすりと笑ってみせる木立に、僕は大げさに肩をすくめる。僕はホームズでもワトスンでもなく奏水なのだから、どちらも正確ではない。それでもあえて呼んでほしい呼び名を挙げるとするなら、決まっている。
「名探偵、がいいな」
「犯人もビシッと当てる、名推理をしたらいつでも呼んであげるよ」
「見ていろ。その日は近いぞ」
僕たちは帰路を歩く。実行は今日ではない。囮をするにも準備が必要だし、犯人は捕らえる必要がある。
「つまり、私を餌に誘き寄せた悪人を、この剣で斬って、悪人の血で濡らしていいということか?」
「相手が抵抗するなら仕方ないが、殺してはだめだ」
男が見ていたのはシルフィムだ。つまり、その男の計画にとって、理由はわからないがシルフィムは大きな障害であるということ。彼女が一人で歩き、襲撃しやすい状況を作れば、排除のために犯人は動くはずだ。
「では、とどめは私がやってよいですね。塵も残さず燃やし尽くしてあげますわ」
にっこりとそんなことを言ったリリは無視する。出会って何日も経っていないが、シルフィムと違って彼女は殺すことを当たり前と捉えている節はない。戦いの中で結果としてそうなることに抵抗はないそうだが、無益な殺生はするつもりがないのだ。
「リリさん、そんなことできるんだ」
「ふふ、上手くいけばできますわ」
「それも冗談ならいいが、冗談でないならあまりお前に頼らない方がいいか?」
貴重な遠距離攻撃を失うのは痛いが、シルフィムの強さなら、他の手を考えることもできる。僕たちも動けないわけではないし、捕らえるだけなら逃げ道を消して、囲んでしまえばいい。
「頼ってくださいな。捕らえるだけならそこまでする必要はないでしょう。少し加減を間違えても、腕が一つ吹き飛ぶくらいで済みますわ」
「もしそうなったら、もう片方の腕は私がもらってもいいのかな?」
「……片腕でも強敵になるほどの手練れなら、な」
シルフィムの発言には、少し考えてから答える。考えにくいことだが、考えられる可能性ではある。無視するべきではないだろう。銃や蹴りがあれば、腕をなくしても抵抗力が急速に弱まることはない。
「無力化する方法はお前たちに任せる。さて、その状況を確実にするために、他にも決めなくてはいけないことがある」
それから、用意した地図を使って作戦の場所を伝える。囮といっても犯人の行動範囲が正確に判明しているわけではない。候補となるいくつかのポイントに、目印の駒を置いて、場所ごとに誘導する場所を決めていく。
地理に明るくない二人の補助は僕たちがして、二人の戦闘能力はその都度確かめて、この地形なら可能かどうかを確かめる。
そうして大きなところから、細かいところまで捕獲作戦を練っていき……。
実行当日になった。
といっても、日は何日も経っておらず、土曜日の早朝に僕たちは動き出した。
相手の実力如何によっては、激しい戦闘が行われる可能性もあるので、彼女たちがそれに驚かれない存在であるとしても、周囲に人が多くては怪我人が出るかもしれない。
シルフィムには僕たちから離れたところで、剣を構えながら敵を探すように歩いてもらっている。普通なら囮以前に目立ちすぎてできない行動だが、彼女ならそれが成立する。目立たないがゆえに犯人が認識するのも遅れてしまうが、美人の女の子がああして歩いていれば、変に思われずとも多少は話題になるだろう。
僕と木立とリリは別行動で、僕と離れているがよく見えるところに木立とリリがいる。シルフィムの場所を把握しやすく、犯人の接近に気付きやすい場所に僕が陣取り、遠距離からの攻撃に適した場所にリリが待機する。準備は万端だ。
僕の家に集合して歩き始めて、都宮高校の近くを通り、ゲームセンターやゲームショップのある方向に向かう。そこから都宮中学の方へ向かい、再び高校を抜けて宮丘町の北東にあるロープウェーを目指す。
この近辺で情報が集まっていることから、犯人の行動範囲は宮丘町が中心と見られるが、都宮市全体を行動範囲としているなら、宮丘町に二つあるロープウェーの周辺も行動範囲に入っているだろう。
北西の都宮小学校がある側にもロープウェーはあるが、目撃情報が多いのはゲーセン周辺だ。宮丘町に住む若者がよく集まる場所に、あるいは人が多い場所に、犯人はよく現れる。そうなると、丘の下の都宮駅や都宮大学周辺も怪しいところだが……少し距離があるので、後半の探索場所としている。
注意深く観察しながら移動していると、都宮中学から高校を抜け、ロープウェーに向かおうとしたところで、一人の男が立っているのが見えた。
大人ではあるが身長は低く、目測では百五十五センチ前後の、小柄な男だ。服装は軽装に見えて、防寒防暑機能の高そうな高価な服を着ている。どんな地域にも出向きやすい、旅をするには最適の装備だ。
男はシルフィムの歩く先に待ち構えるように立っており、僕たちが近づいていくと、待っていたかのように口を開いた。
「お前たち、何をしているね! 少し邪魔ね。それとも、邪魔をしてるね?」
たちという言葉が鎌をかけているのか、気付いて言っているのかはわからない。しかし、僕たちのいる場所まで聞こえるように、シルフィムが近づくのを待って彼が声を発したのは事実だ。
「どこの声優かは知らないが、そこまでだ!」
こうなったときの行動も決めてある。茂みから出た僕は、犯人を指差して大きな声でそう言い放った。
「む! 声優って、何のことね? 僕はただの旅人ね」
「……なに? 違うのか?」
「違うね。けど、邪魔する気なのはわかったね。この世界にも、鋭いやつがいたものね!」
男は笑っているが、余裕の表情だ。またも声優でなかったことにショックを受けても、そこで動きを鈍らせることはない。まずは何よりも、敵意を見せる相手ならば、捕らえることが先決だ。
「この世界は我らが支配するね。お前には勝てないと思うが、かかってくるね! 力の差を見せつけて、平伏させてやるね!」
どうやら敵のご指名は僕らしい。彼の言動から察するに、シルフィムやリリに任せるのがいいと思うが、僕も腕に覚えがないわけではない。探偵として、犯人を捕獲するのも大切な能力だ。
シルフィムが剣を握ってうずうずしているが、敵からの指名とあって、勝手に動き出すつもりはなさそうだ。遠くのリリも、まだじっとしている。
果たして犯人がリリと木立にも気付いているのかいないのか、それはまだ確かめられていないが、気付いていないのだとすれば奇襲の機会は残っている。もし気付かれたのなら、まず僕だけが出て、木立とリリの潜伏は隠す。木立に気付かれていたとしても、リリまで隠れていることは悟られないようにする。それが今回の捕獲作戦だ。
「ふん。いいだろう。お前がどの世界の何者かは知らないが、怪我をしても知らないぞ」
僕は半身で構えて、『かかってくるね!』の言葉通りに動かず待っている男に、ゆっくりと距離を詰めていく。遠距離攻撃は持っていないか、持っていても使わないだろう。少なくとも、僕が初撃を放つまでは。
もう一歩進めば拳が届く距離まで近づいても、男からは何もしてこなかった。このまま組み技に持ち込んでも動かないのかもしれないが、柔軟性が高い相手なら簡単に動きを封じることはできないだろう。背後まで回り込めれば状況も変わるが、少し横に動くと男も正面を向けてくるから、さすがに背後をとらせる気はないようだ。
ならば、正面から動くしかない。僕は拳を引いて、突き出す勢いに合わせて、男の膝を狙う蹴りを放つ。右の拳より速く届く、右足の蹴り。左足を前に出した半身からの踏み込み蹴りは、拳が届かない距離からでも相手に届く鋭く速い攻撃だ。
「ふっ」
息を吐いて放った渾身の蹴りは、男の膝に直撃した。
「おっと、驚いたね。そこから届くとは思わなかったね」
直撃した高威力の蹴りにも、男はびくともしない。いや、攻撃が当たった瞬間、僅かに体は揺れていたかもしれない。だが、よろめくというには程遠い、壁を蹴ったら壁が振動した、程度のものだ。
返ってきた予想外の反応に、驚きはしない。あれだけ自信があったのだ、この一撃で終わるような相手でないのは想定済みだ。しかし、見た目ノーダメージとは想像以上である。
「ならば……」
そのまま接近したのを利用して、横から回り込むように次の一撃を狙う。
「遅いね」
が、相手の動きはもっと速かった。回り込んだ僕が攻撃を放つより速く、僕の懐に軽く踏み込み、腹部に向けての頭突きが飛んでくる。
たかが頭突き、と言えるような一撃ではない。踏み込んでの頭突きは体重を乗せた重い一撃であり、そもそもが強力なのだ。視界が悪く、外したときの、あるいは受け止められたときの隙が大きいだけで、その一撃で動きを止められるなら、普通の体当たりよりも速く重い一撃となる。
「ごふっ」
声が漏れる。動きが止まる。足は動く。だが、踏み止まるので精一杯だ。
「どうしたね。これで終わりね?」
目の前の男は拳を構えている。そして同時に、片足も上げて鋭い蹴りを放つ準備もしていた。蹴りには蹴りで、だがその威力がどれだけ違うのか、今の僕にはよくわかっている。
「ああ、終わりだ。リリ! シルフィム!」
掛け声より早く、きっと彼女たちは動いていた。危険な状態になったら、勝手に行動して無力化してくれ。そういう作戦は、細かい作戦を伝える前にに伝えてある。
「ようやくね。お前たちを倒したら、我らの障害はなくなる――ね!」
リリの遠距離からの魔法が男と僕の間を襲い、シルフィムが剣を持って僕の横を駆け抜ける。そして、リリの炎が僕の目の前で弾けると共に、男の蹴りが僕の胸部に直撃し、その足を狙ってシルフィムの鋭い剣が振り下ろされた。
「馬鹿な……ぐはっ」
だが、吹き飛ばされる中、はっきり見えた。シルフィムの剣は男の足を膝下から切り落とし、鮮血が飛び散り――飛び散らない光景を。
「おや? 血が出ない……」
「……よ、容赦ないね。お前、人殺しに抵抗ないね!」
「君は悪人だろう?」
「ふ、ふふ……」
シルフィムの言葉に、男は笑いながら距離をとる。落とされた足も気にしないような素早い動きで、吹き飛ばされた僕が倒れそうになり、駆け寄った木立に支えられるよりも速い動きだった。
「確かにそうかもしれないね。だったら、こっちも容赦しないね!」
そう言う男の背後から、リリの魔法が炸裂する。大きな光の爆発で、威力こそ大きくはないが、男はそれ以上の後退を不可能とされた。最初に魔法を放った位置から、いつの間にあそこまで移動したのか、それとも魔法の軌道を変えたのか、僕からは見えない――認識できなかったのかもしれない――高度な戦いだ。
そして、その隙を逃すシルフィムではない。
「ふむ。では、一度死んでもらおうか」
袈裟に斬られた男の体は地面に崩れ落ちるが、やはり血は出ない。そして、真っ二つにはなっていないが、普通の人間なら致命傷の一撃を受けた男は、そのまま喋り出した。
「くっくっく……無駄ね! 僕の本体はここにはないね。ここでこの肉体が倒れても、我らは復活するね。けど、お前たちは予想以上に強いみたいね。ここは一旦退く――あいた、痛いね!」
話の途中で、顔だけを残して、倒れている男にシルフィムは躊躇なく剣を振るう。腕、足、四肢を切り落とすのではなく、表面だけを掠めるように無数の傷を全身に与えていく。
「つまり、殺し放題とということだな。最高の敵だよ、君は!」
「ちょ、待つね、死なないけど、いた、痛みはあるね!」
「シルフィム。そのくらいにしましょう。もう少し情報を引き出したいところですわ。そうでしょう、奏水?」
リリが止めてくれた。だが、彼女も彼女で炎やら雷やら、小さな魔法を男にぶつけながらの発言である。こちらはシルフィムと違い、さほど威力はなさそうだが……。デコピン程度の威力でも、あれだけぶつけられれば痛みはあるだろう。
「ふん。渡すわけないね! これ以上、肉体がもたないね!」
言うが早いか、男の体は小さな爆発とともに吹き飛んでしまった。シルフィムの振った剣はその爆発をも斬り裂いていたが、当然そこに男の体はない。
「おっと、やりすぎたみたいだ」
「これでいいさ。相手が普通の人間でないことは、よく理解できた」
「奏水簡単にやられちゃったもんね。鍛錬が足りないよ」
「そうだな」
木立の言葉は軽く飛んできたが、それは真実だ。敵の力量を見誤り、蹴りを止められてもなお無謀な追撃をした。それがなければ、少なくとも次の一撃は回避できて、より注意深く男の姿を観察することも、シルフィムやリリの動きを見ることもできただろう。
「気を付けてよ、奏水。奏水が怪我したら、私……」
そっと支えていた手を離して、僕が振り向くのを待ってから、木立は言った。
「ここから家まで、奏水を運ばなきゃいけなくなっちゃう。シルフィムさんに任せてもいいけど、大変だよ」
美しい笑顔でそう言ったのである。
一段落