駆け抜けせくすてっと

本編


第五話 放課後延長戦

   ――新緑の表す季節に(執筆者 柳文月)

「なんでこんなことになってるんですか?」

「そもそも、僕たちは場違いな気がするんですけど」

 放課後、私たちいつもの六人は学校近くにある夕吹第二公園に集まっていた。夕吹市の中では比較的大きな公園で、中心部には小さいながらも美しい、長方形の噴水もある。自然も多いものの、夕吹市には他にも魅力的な公園が多いため人は少ない。けれど、これからすることにはその方が都合が良かった。

「クラスメイトにも声をかけたけど、集まらなかったんだ」

「みんな、部活やら勉強やらで忙しい」

「それ以前に、単なる私闘だからな」

 後輩二人からの質問に、優弥たち三人が答える。そう、これから行われるのは私闘。クラスのためになるわけでもなく、学校のためになるわけでもない、単なる私と、これから戦う相手による私闘なのだ。

 そうであれば、本当なら誰も巻き込まずに一対一で戦うのが一番、というのは私もよくわかっている。けれど、今回の私闘は、両者ともに人数がいなくては始まらないのだ。

「……私闘、というか、遊びですよね?」

「けいどろ、って聞きましたけど」

「でも、それなりに戦略が必要な遊び、でしょ?」

 微笑んで、私は後輩二人にもう少し詳しい事情を説明することにした。

 事の発端は、今日の昼休み。たまたま一人で昼食をとることになったのだけど、そのとき近くにいた女子生徒と会話が弾んだ。その内容は他愛ない、昨日テレビでやっていた、サッカーの試合の戦略についてだった。

 あの戦略ではだめだ、という点については一致したものの、より良い戦略を考える、という部分で私たちの意見は真っ二つに分かれた。

「だから、あの場合はもっと守りに力を入れるべきだって」

「違うよ。あの場面では防御を捨ててでも、攻めるのが正解」

 などと、議論は平行線。そして、じゃあ実際に試してどちらの戦略が優れているか勝負しよう、と言ったのはほぼ同時だった。といっても、サッカーをするには集める人数が多すぎるし、何より戦略を実行できる技術もない。

 ということで、けいどろで勝負することになったのである。

「話はわかりましたけど、相手は誰なんですか?」

「まだ来てないみたいですけど」

 瑠美奈と一羽が続けて言ったちょうどそのとき、昼休みの議論の相手であり、今日の対戦相手が現れた。

「あ、ごめんね、ちょっと遅れちゃった?」

「ううん、大丈夫。ちょうど事情の説明が終わったところだから」

「そっか。こっちもちょっと説得に時間がかかっちゃって……苦労したよー」

 現れたのは、小柄な身体で短い髪の可愛らしい少女だった。名前は橋羽雪乃。同学年で、クラスは隣の二組だ。後ろには三人、彼女の仲間であり、友人が並んでいる。

「……なんで私まで」

 着いて早々不満を口にした、おそらくは説得に時間がかかった当人であろう彼女は、夕坂胡桃。私、沙由、胡桃の三人は去年同じクラスだったから、彼女の性格はよく知っている。

 残りは男子二名。どちらも名前は知らない。一人は長身で、やや長い髪で耳が半分ほど隠れている。身体つきもよく、運動神経もよさそうで、容姿も大人びていて格好いい。

 もう一人の方は、決して悪くはないが、容姿もそれなりであまり特徴がない。ただ、胡桃と一緒にいるということから、それなりの精神力を持っているのは確かなので油断はしないでこう。

「胡桃、それは俺にも言わせてくれ」

 特徴がない方の男子が言った。もう一人の男子は、眠そうにしながらもやる気は満々のようだ。

「それより、まずは自己紹介からだね」

 橋羽さんのその言葉で、私たちは互いに自己紹介をする。長身の方は雨宮静海、特徴がない方は栗本松弥という名だった。そのときにわかったのだけど、優弥と朱通は栗本くんとは去年同じクラスだったそうだ。

 それなりに親しかったようで、彼の性格や実力をある程度知ることはできた。頭もそれなりに良く、運動神経もそれなりに良い、ついでに、人付き合いもそれなり。

 それだけを聞くとあまり脅威ではないが、こちらの戦力と比較すると人数の差はアドバンテージにはならず、ちょうどいいハンデになると考えた方が良さそうだった。

 優弥はスポーツ嫌いではないが苦手で、私も戦略だけで運動は不得手。沙由はそこそこだけど、あの性格からこの状況でそれ以上の力を出させるのは無理。朱通は全般的に得意だけど、体力がないという大きな弱点がある。それらの情報が相手に知られていなければいいが、去年は同じクラスだったこともあり、おそらく知られているだろう。

 対する相手、胡桃は沙由と同等、話から判断するに、栗本くんも同じくらい。未知数なのは残りの二人だけど、橋羽さんはともかく、雨宮くんが単なる見かけ倒しでないのは、ちょっと知識があれば普段の動作から判断できる。

 ただ、こちらにも未知数はいる。特に頼りになりそうなのは一羽だ。一羽の身体能力は高いし、瑠美奈も体力や肺活量には自信がある。複雑なルールのスポーツだとそれだけでは足りないけれど、単純なルールのけいどろなら、それだけあれば充分だ。

 とはいえ、成長期である高校生において、一年の差は大きい。他の三人はともかく、雨宮くんに当てると不利になる可能性が高い。

「それじゃ、あたしたちが警察で、そっちが泥棒、でいいかな? 牢屋は噴水で」

「ええ、人数が多いのはこちらだし、選択に文句を言う権利はないわ」

 身体能力の差はあっても、大抵のスポーツや遊びなら、人数が多い方が有利になるものだ。

「牢屋番は雨宮くんです」

「なるほど、ね。了解」

 勝負は一回。時間は公園の時計の、長針が一周するまで。それまで逃げ切れれば私たちの勝ち、全員捕まれば相手の勝ちだ。

 一番の強敵が攻めて来ないのは、単騎で次々と捕まえられる危険がなくなる、という点だけを見ればこちらの有利にも見えるけれど、決してそうではない。それだけの相手が牢屋を守っているということは、一度捕まったら救出はほぼ不可能に近い、ということにもなる。人数の差を埋めるには適切な配置だろう。

 開始は十分後。その間に、両者は作戦を考えて、私たちは二分前になったら逃げておくというわけだ。

 少し離れたところで互いに作戦を考えた末、時間が来て私たちは散らばった。どちらの戦略が上回るか――その勝負の火蓋が切って落とされたのである。

 けいどろ開始五分後、私は噴水の前にいた。試合開始早々、三人に囲まれて捕まってしまったのだ。各個撃破は守りが強固であれば、どんなに運動神経が良い相手でも逃げるのは難しい、上等な手段。しかし、逃げる側に見つかりやすいため、囲むために接近するのが困難という弱点もある。

 だから相手も、ずっとこの手段を使い続けるという可能性は低い。最初にその戦法を使ったのは、司令塔である私を捕まえて臨機応変に指示を出させないようにする算段だろう。

 もちろん、それはこちらからも予想できるものだったので、私は予めいくつかのパターンに合わせて指示を出していた。そしてそれだけではない、捕まってからの行動もしっかり考えている。

 私は噴水を背に、牢屋番である雨宮くんに見えない位置で手を動かす。その動作は残りの三人の動きを、逃げている仲間に伝えるためのものだ。動かせる位置が限られるし、逃げる五人は物陰に隠れていて、全員に伝えることは難しいが、それは伝える役目が私だけだった場合に限られる。

 見ている者がまた別方向に、素早く伝達していけば、全員とはいかずとも多くの仲間に伝わることだろう。

 それが功を奏してか、二十分が経過した今になっても、噴水にいるのは私だけだった。相手は捕まえられないどころか、見つけることさえほとんどできていないのを不思議に思っているようだ。

 ここまでは作戦通り、上手くいっている。問題はこれからだ。橋羽さんのことだから、もうそろそろ私が何かをしていることに気付いているだろう。時間もなかったので私の動作も単純だし、見破られている可能性は高い。

 雨宮くんに見せないようにして、すぐに伝わり看破されないくらいの時間は稼げたけれど、相手の誰にも見つからないよう、全方向から隠すことは当然不可能である。

 ここで取ると予想される行動は二つ。雨宮くんに監視させるか、泳がせるかだが、前者は外への警戒が緩まるため得策ではない。そこで後者となるわけだけど、その場合はほぼ確実に、その指示を逆手に取られるだろう。

 そうとわかっていながら、私は情報を伝え続ける。仮に逆手に取られたとしても、追う人数と追われる人数の差から、全滅することはない。

 程なくして、優弥が捕まった。概ね予想通りの展開だ。

 時間は二十五分を過ぎた。残り時間を考えると、まだまだ油断はできない。

 私は当初の予定通り、誰か一人が捕まったのを機に指示を出すのをやめた。ここからは、事前に出していた作戦に従って動いてもらうことになる。けれど、それだけでは作戦が見破られたらこちらが不利になるのは目に見えている。

 だからこそ、私は五人それぞれ別の指示を出しておいた。

 先ほど捕まった優弥には、私が相手の動きを伝えるから、それに従って逃げて、という単純なもの。見破られるかもしれない、ということは一切伝えていなかった。だからこそあっさりと捕まったのである。

 沙由と瑠美奈には見破られる可能性もしっかり伝えておいた。私の伝えた情報だけでなく、自身でも動きを見て判断して欲しい、という指示を出している。

 朱通にはどちらの情報も伝えていない。体力がないという弱点がある以上、逃げ続けているだけでは情報があっても捕まるのは時間の問題だ。だからこそ、彼の役目は、ある場所に潜伏して、時が来たら動いてもらう、というだけのものだ。見つからないように逃げるにしても、動きは最小限で。当然見つかる可能性もあるが、少なくとも私が動きを伝えている間、捕まらなければ無駄にはならない。

 そして最後の一人、一羽には一切指示を出していない。けいどろのルールに関する質問に答えた程度で、あとは彼の自由にさせることにした。一羽の身体能力なら、それが一番だ。

 一羽のような身体能力が高い人が何人かいれば、ある程度の作戦を指示した方がより力を引き出せるだろうけど、一人しかいないのであれば取らせられる行動が制限されてしまい、作戦の幅が狭まるし、そうなれば相手に見破られる可能性も高まってしまう。

 時計の長針はさらに動き、三十分が経過したことを伝えていた。

 そろそろいい時間だ。作戦通りに行けば、これで私たちが圧倒的な優位に立てる――が、そう簡単にはいかなかった。

「……捕まっちゃったか」

「戦略は読み合うのが一番の楽しみ、でしょ?」

「そうだね。こんなに簡単に終わったら、こっちもつまらない」

 橋羽さんに捕まったのは朱通だった。時間になったら、捨て身で私たちの救出へ向かう。体力がなくても、短時間なら雨宮くんとも対等に渡り合えるだろう。その後、捕まることになっても私たち二人を解放できれば、時間稼ぎにはなる。

 もし救出が難しそうでも、雨宮くんが遠くまで追うことはできないから、この場合もある程度の時間を稼ぐことができる。

 しかし、そのどちらも、朱通が捕まってしまえば意味を成さない。失敗した原因、となると考えられるのはひとつだ。おそらく、橋羽さんは既に朱通の姿を発見していて、動き出すのをじっと待っていたのだろう。動きがわかっていれば捕まえるのは簡単だ。

 橋羽さんは微笑んでいるだけで答えず、私も直接は何も聞かなかったが、先程の会話と、連れてきたのが橋羽さんであることを考えれば、ほぼ間違いないだろう。見つけたのが誰か、というのは他の人の可能性もあるけれど、些細な問題だ。

 残り時間は三十分。追う側と追われる側の人数はどちらも三人。そして、私たちが解放される可能性もほぼなくなった。ここまでの戦略は互角で、これからも拮抗するはずだ。けいどろの本番はこれからである。議論が白熱し、事の発端となったスポーツ――サッカーで例えるなら、前半戦終了といったところだろうか。

 私は噴水の周辺から公園内を見渡す。そこには仲間の姿もなければ、相手の姿も見えない。どうやら全員、ここから離れたところ――おそらくは木々に遮られた公園の端近くにいるのだろう。

 ここまで来ると、私たち捕まった者たちにできることはほとんどない。せいぜい、誰かが助けに来た場合に、すぐに気付いて動けるように準備をする程度だ。もちろん、それも怠る事はできない重要なことではあるが、助けに来るのはリスクが大きすぎる。

 ここから姿が見えないとはいえ、噴水周辺の警戒はされているはずだ。いくら雨宮くんの運動神経が良くても、三人同時に攻められれば防ぎきるのは不可能だ。

 逆に言えば、三人同時に近づいて救出に向かうことができれば、解放は容易とも言えるが、今捕まっている私、優弥、朱通の三人を助けても、一時的な混乱を引き起こすのが精一杯だ。それによる時間稼ぎが有効なのは確かだが、全員で救出に来てしまってはその効果も薄れてしまう。

 時間稼ぎの目的は、そこに人を集めることで遠くにいる仲間の安全を確保すること、または近くの仲間を遠くへ逃げさせること、のどちらかだ。だから、救出に向かわない仲間が、最低でも一人はいなくてはならない。

 時計を見る。残り時間は二十五分。今のところは誰も捕まってはいないみたいだ。

 ふと、遠くが騒がしくなった。見ると瑠美奈が橋羽さんと胡桃に追われている。二対一。体力のある瑠美奈ならすぐに捕まる事はないけれど、時間の問題だろう。追う二人の動きから推測するに、最初に見つかったのは橋羽さん一人で、その逃げた先に胡桃がいた、というところか。

 瑠美奈は二人に捕まらないように、開けた道を逃げ続ける。二人とも同じ方向から追いかけているのであれば、人数の差は問題にならない。その分、相手を撒くことも難しくなるが、挟み撃ちにされる危険性もなくなるので、体力が尽きるまではほぼ確実に逃げられるだろう。

 ただ、追いかける相手は三人。もう一人、栗本くんが気付いたら逃げ続けるのは困難だ。

 後方から誰かが駆けて来る音がした。おそらくは、反対側の捜索をしていた栗本くんが気付いて、あちらへ向かう途中なのだろう。瑠美奈たちの姿はいつの間にか見えなくなっていたが、大体の方向がわかれば問題はない。

 そう思って振り返った直後、私たちに声が届いた。

「先輩! 今のうちです!」

「わかってる。ほら、優弥と文月もぼーっとするな」

 届いた一羽の声に、朱通が冷静に答える。朱通だけの反応が早いのは不思議ではない。一羽が駆けてきた方向は、朱通が見張っている方向だったからだ。

 私たちは慌てて走る準備をする。一羽と雨宮くんは噴水周辺で対峙している。伏兵の可能性を考えて動きにくい雨宮くんと、救出するため進行方向が限られる一羽。どちらもすぐには動けない状況だった。

 しかし、ずっとそうしているわけにもいかない。一羽がじっとしている間に、瑠美奈が捕まる可能性もあるし、栗本くんが噴水近くに来る可能性もある。先に動くのは一羽……と思っていたが、動いたのは雨宮くんだった。

「……松弥、頼む」

「ああ」

 二人の側面から現れた栗本くんの姿を捉えたのは、一羽も同じ。けれど彼はその場から退避するのではなく、あくまでも救出に専念する様子だった。

 怪訝な表情で栗本くんは後方に回り、前方からじりじりと詰めてくる雨宮くんと挟み撃ちにしようとする。一羽は二人が動いた瞬間、体勢を低くして雨宮くんの懐から抜けようとする。

 しかし、雨宮くんの反応も早く、一羽は一旦右に方向を変え、円を描くように駆けていく。栗本くんも追いかけるが、後ろではなく横に逃げられたため、挟み撃ちが成立せず簡単には捕まえられない。

 そうやって、一羽が隙を探りつつ長期戦に持ち込んでいるうちに、時間はどんどん経過していく。そうなる理由は考えればすぐにわかることだ。円のように移動した場合、内側にいる方が動きが少なくて済むので、圧倒的な身体能力差がない限りは、内側の方が有利となる。今回の場合、一羽が栗本くんを振り切って逃げるのは容易だけど、雨宮くんが一羽を防ぐのも同じくらい容易になっているのだ。

 一羽の目的が救出である以上、その状況を打破するのはここにいる誰にもできない。だからこそ、経過するのは時間だけ。全員の身体能力が同程度なら状況も変わるが、雨宮くんはともかく、栗本くんとの一対一なら一羽は負けないだろう。

 そうしているうちに、残り時間は十五分となった。この状況をずっと維持できればこちらが勝てるわけだけど、追う側は彼ら二人だけではない。

「なんかやってるんだけど」

「やってるねー」

「さすが一羽くん、作戦通りだね」

 現れたのは、橋羽さんと胡桃、胡桃に連れられた瑠美奈の三人だ。

「こんなリスクの高い戦法、柳さんは使わないと思ったんだけど……読みが外れたかな」

 作戦という言葉に橋羽さんはほんの少し動揺しているようだった。そして、私は同時にこれまでの行動の意味を理解する。

 瑠美奈が二人に追われていたのは、偶然ではなく彼女が――彼女と一羽の二人が意図したことだったのだ。噴水周辺から見えたのは偶然かもしれないが、開けた場所を逃げ続けたのは一羽に気付かせるため。

 それから一羽が救出に向かおうとして、栗本くんを噴水周辺に引きつける。成功すれば、逃げ続ける瑠美奈の体力が続く限り、時間を稼ぐことができるというわけだ。

 ただ、栗本くんが噴水周辺に現れるとは限らない。瑠美奈の周りにいたら時間をほとんど稼げず、二人とも捕まってしまうだけのリスクの高い作戦だ。橋羽さんの言う通り、私だったらこんな戦法は使わない。

「自由にさせた、ってところかな?」

「ご想像にお任せするよ」

 私に聞いた橋羽さんに、私は肩をすくめて答える。

「どうでもいいけど、雪乃も動いて。彼、素早いから二人じゃ大変」

 頷いた橋羽さんが動くと、一羽はちょっとの抵抗の末、捕まった。ちょっと、といっても一羽は本気で抵抗したため、捕まった時点で残り時間は十二分となっていた。

 捕まっていないのは沙由一人。しかし、さっきの時間稼ぎのおかげで、きっと沙由は遠くにいることだろう。残り時間を考えると逃げ切れる可能性は充分にある。

 その予想通り、残り時間が五分になってもまだ沙由は捕まっていなかった。その代わり、噴水周辺には橋羽さんが戻ってきている。

「静海くん、ここはいいから一緒に探そうよ」

「いいのか?」

「うん。残り時間も少ないし、まずは捕捉する事が何より重要。そうすれば、噴水周辺に近づけないようにしつつ、着実に追い詰めていけば捕まえられる」

 救出されなければ私たちは逃げ出すことはできない。それはつまり、牢屋番がその場にいなくてもいい、ということになる。

「橋羽さんらしい作戦だね」

「リスクはあるけど、ね」

 言って、橋羽さんと雨宮くんは駆けていった。リスクはある。けれど、残り時間を考えると物凄く高いリスクにはならない。もっとも、サッカーで例えるならゴールキーパーを含めて全員攻撃するようなものだから、決して低いリスクでないのは言うまでもない。

 それから二分後のことだった。沙由が噴水周辺に現れたのは。

 それも、遠くから駆けてきたのではなく、噴水からやや離れたところの茂みの中から、あくびをしながら出てきたのである。

「……一羽、これも作戦通り?」

 一応聞いてはみたが、ここにいる五人は皆一様に驚いていたのはわかっていたので、その問いかけはすぐに否定された。

「……トイレにでも行った?」

 雨宮くんの姿がないのに気付いて出てきたらしい沙由は、ゆっくりとこちらに近づきながらそんなことを言った。機を見計らって出てきたわけではない、というのは明らかだ。

「とりあえず、助けるね」

 沙由が私たちに触れたことで、全員が自由になった。残り時間は二分。すぐに散らばれば、こちらの勝利はもう揺るがないだろう。けれど、あまりにも突然すぎて私たちはその場から動けなかった。

「文月、沙由にはなんて指示を?」

 朱通の質問に、私は沙由に出した指示を答える。すぐに彼は納得したように頷いて、沙由に聞いた。

「沙由、草や土は落としたか?」

「当たり前。それに、なるべく汚れない場所を選んだ」

「……あの、どういうことですか?」

「僕たちにも説明してほしいな」

 瑠美奈と優弥に聞かれ、朱通に目で促された沙由が答える。

「自身で判断しろ、って言われたから寝てた。誰も来なかったみたいだし」

 残り時間一分というところで、一人噴水周辺に戻ってきた胡桃が、沙由の姿を見つけて驚いていた。足取りが遅いことから、残り時間の短さから諦めて戻ってきたのだろう。

「で、なんで沙由がいるの?」

 私たちの方へ駆け寄ってきて、すぐに胡桃が聞いた。駆け寄る、といっても私たちを捕まえるためではないため、その速度は早歩きと大差ないものだ。

「寝てた、って」

「……そう」

 沙由のことを知っている胡桃は、それだけで理解したようだった。

 それから、残りの三人も戻ってきて、やっぱり三人とも驚いた様子を見せた。

 こうして、一応、今回の勝負は私たちの勝利、となったわけだけど、どちらの作戦が上回るかという点については決着はつかなかったし、再戦をして決着をつけよう、という話にもならなかった。

 沙由が一人になって捕まらなかったのは、橋羽さんたちが遠くを中心に探していたからに他ならないが、それまでの間、ずっと捕まらなかったのは運が良かったからである。一応、眠っていたから余計な動きがなくて見つかりにくかったからとか、低い体勢でいたから見落とされたとか、それらしい理由もつけることはできるが、運というのが一番しっくりくる。

 そういうわけで、私たちの結論はこうなった。

 どんなに綿密に立てられた作戦でも、運の影響を排除することはできない。だから、どちらの作戦が優れているかは、一回や二回の勝負では判断できない。何十回もやればいいが、さすが私闘でそんなにするわけにはいかない。

 なので、再戦しないというのは今回のようなことを再びしないというだけの意味であって、またいずれ他のことで競い合おう、という約束はちゃんとしておいた。どんな勝負になるのかはまだわからないけれど、これだけははっきりと言える。次に勝負するときは、お互い今回よりも友好的な態度で勝負することなるだろう、と。

      ***

 ――更なる出会い。それはもう一つの物語への二つ目の布石。


第四話 柔らかな枕と一緒へ
第六話 頼られ日和へ

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