カゲカケラ

第十一話 小さな島で超えた英雄


 六人の少年少女が槍斧の領主を倒してから、二日が経過していた。三体の領主を倒した名もなき英雄の情報は、瞬く間に日本中に広がる。支援部隊を通じて流した情報によるもので、それ自体は槍の領主や斧の領主を倒したときと変わらないが、今度の状況は違っていた。一部に流しただけの情報が、国民たちの間で勝手に広まっていったのである。そしてその情報は海を越えて海外にも広まり、その快進撃は人々にこう評された。

 新たな英雄は、かの英雄を超えた――と。

「困るよね、まだ影を全て追い払ったわけじゃないのに」

 その情報を聞いて、緑はにやついた顔でそう言った。英雄に憧れた彼にとって、これほど嬉しい情報はない。言葉に嘘はなくても、その感情を顔に出さないのは難しかった。

「そうね。影の根源に動きはまだないみたいだし」

 訓練を終えた夕方の娯楽室で、六人はくつろいでいた。これまでの敵と違い、影の根源は彼らにも察知するのは不可能に近い存在。阿裏奈によると「根源様のことだから、不意討ちは仕掛けてこないわよ。動くのを待てばいいんじゃない?」ということで、彼らは敵が動くのを待って日々を過ごすことにした。

「影の根源って、凄く強いんだよね? 勝てるかな?」

「今のあたしたちじゃ無理ね。どんな手を使っても」

 水樹の質問に、阿裏奈は冷静に答えを返す。

「ま、もう少し訓練したら負けないくらいにはなるでしょうし、あとは実戦で引き上げるしかないわよ」

「そっかー」

 気の抜けた声で答えた水樹に、茜がすり寄ってきて囁いた。

「水樹さん。最後の戦いになるかもしれないんですよね。不安なら、みんなで勇気という名の性交渉をしておきませんか?」

「うん、じゃあ勝ったら考えるね」

 茜の囁きを水樹は軽くあしらう。茜がやってきてから何日も経過して、水樹も彼女への対応は慣れたものだ。だがもちろん、それで黙るような茜ではない。

「私、怖いので水樹さんに慰めてもらいたいです。これならいいですよね?」

「お兄ちゃんにやってもらいなさい」

「……ふむ」

 水樹の返しに茜は小さく声を発してから、早足で兄の傍まで歩いていく。

「お兄ちゃん、して」

「こうか?」

 可愛い妹に頼まれた兄は、安心させるために頭を撫でてみる。それでも不満顔の妹を見ると、今度は空いた手で茜を優しく抱きしめてみた。すると、茜は微笑みを浮かべたものの、口からはさらなる要求が飛び出した。

「嬉しいけど、違うよお兄ちゃん。私の慰めてはそういう意味じゃなくてー」

「うん」

 緑はとぼけることなく、とりあえず頷いてみせる。

「脱がして中に……あ、お兄ちゃんが好きなら、私からでも」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! そこの変態兄妹!」

「あれ?」

 なんで自分も混ざってるんだろうと疑問に思いながら、緑は慌てて駆け寄って止めてきた水樹を見る。茜も彼女を横目で見ながら、兄に対して言葉を続けた。

「だって、怖いのは本当だし、その、最後に一回だけでも……えい」

「はい、そこまでにしておきなさい」

 密着した状態で強引に兄の服を脱がそうとした茜を、織乃が抱きかかえて離す。

「な、なにするんですかー」

 手足をじたばたさせる茜だったが、脇の下から腕を回されて、地が足についていない状態では抵抗もむなしい。

「ま、私は別に一回だけならいいんだけどね。あなた、絶対に一回じゃ終わらないでしょ?」

「そ、それは……そうかもしれませんけど」

 茜は咄嗟に否定しようとしたが、途中で言葉を止めて織乃の指摘を認めた。

「訓練に支障が出るのは困るの。聖歌」

 織乃はそのまま茜を聖歌のところまで運び、優しく床に下ろす。聖歌が笑顔で手招きすると、茜はふらふらと彼女に近寄り、柔らかく抱きしめられておとなしくなった。普段にも増して積極的な茜であっても、大好きな聖歌の前では落ち着くようだった。

「じー」

 そして戻ってきた織乃は、露骨に声を出して緑を見つめた。

「なにかな?」

「緑にとっては残念だったかもと思って」

 疑問を口にする緑に、無表情で織乃が言う。

「織乃」

 名前を呼んで微笑むだけの緑に、織乃も微笑みと無言を返す。そんな様子を眺めていた阿裏奈が、大げさに肩をすくめてから口を開いた。

「あんたたち、本当に元気ね。根源様は気持ちだけで勝てる相手じゃないけど、あたしにもその元気、分けてもらえるかしら」

 顔には微笑を浮かべて、阿裏奈は言った。

「阿裏奈ちゃん……」

 優しい顔で見つめる茜。他の五人にも視線を向けられても、阿裏奈は平然とした様子で視線を返していた。

「その代わり、あたしは根源様に教えてもらったことを、全部あんたたちに教える。細かいことまで全て教えるんだから、まずはあたしに追いついてみなさい。ま、今のあんたたちなら時間は要らないと思うけど」

 阿裏奈の言葉に、五人は笑顔で頷いてみせた。

「任せてくれ」

「がんばるよ!」

「当然よ」

「了承しました」

 四人が言葉でも同意を示す中、茜は一人、阿裏奈を見つめたまま黙っていた。

「阿裏奈ちゃん、元気の分け方について相談があるの」

「あたしに追いついたら、ね」

「考えてくれる?」

 茜が聞くと、阿裏奈は小さく肩をすくめて、妖艶な笑みを浮かべて答えた。

「茜の望むままで、あたしはいいわよ。あ、お兄ちゃんの許しは得ておいてね」

 素早く兄の顔を見た茜に、緑は苦笑しながら答える。

「茜の好きにするといいさ」

「うん!」

 嬉しそうな顔を見せる茜に、緑はふと他の三人の顔を見る。水樹は困ったような顔で視線を彷徨わせていて、織乃と聖歌は驚く様子もなく平然としていた。

 そして彼らは訓練を続けて、三日と経たずにその実力は阿裏奈に追いつき――もちろん影の塊と欠片の差による影の量は変わらないが――それからさらに五日間の訓練を終えた頃。施設に戻って休んでいた彼らに、睡蓮からの連絡があった。

「みなさん、訓練の調子はいかがですか?」

 といっても、睡蓮とは訓練内容を報告するときに毎日会っている。しかし今日は、彼らがモニターを起動して連絡するより早く、睡蓮からエントランスのモニターを起動していた。いつもの微笑で、モニター越しに顔を見せる睡蓮。

「睡蓮さん、動きが?」

 睡蓮から連絡があるということは、緊急事態、もしくは重要な情報があるとき。それをわかっている彼らは、気を引き締めて彼女の話を聞くことにした。

「緑くんはせっかちですね。ふふ、隣の織乃ちゃんには負けるみたいですけど」

「用がないなら、さっさと報告済ませていい?」

 織乃の催促に、睡蓮はほんの少しだけ真剣な表情を滲ませて、微笑みは消さずに彼らに一言を告げた。

「明日です」

 短い言葉。その言葉に六人に緊張が走る中、睡蓮は笑顔で言葉を続けた。

「明日は私のとっても大事な記念日なので、是非ともみなさんに盛大にお祝いをしてもらいたいなと思いまして」

 続いた言葉に何人かの緊張が解ける。だが、睡蓮にとってはこれもいつも通り。これで話が終わるとも思えず、緑や茜は気を引き締め直し、織乃に聖歌、阿裏奈らは緊張を維持したままだった。

「ということで、私にも準備……はありませんけど、みなさん、今日はゆっくり休んでくださいね。ええと、訓練の報告は結構ですので、おやすみなさい」

「ちょ、睡蓮さん?」

 緑の声に睡蓮は笑みを返してから、あちらからモニターを消してしまった。訓練の報告が不要という、今までになかったことに困惑する六人だったが、阿裏奈は無言でモニターの前に近づいていって、こちらからモニターを起動していた。

「待ちなさい」

「あ、駄目ですよー。今着替えてるところでー」

 モニター越しに現れた睡蓮は言葉通り、上半身が下着姿になっていた。緑は一瞬驚いたが、視線は逸らさずにモニターに映る女性を見ていた。

「あれ、緑くん。ついにお姉さんに興味が……えっち」

 最後の言葉には少し照れてしまったが、緑は視線を逸らさず睡蓮の目を見つめていた。

「あはは、わかってますよ。でも、そうですねー、私、嘘は言ってないですよ? だから、今日はゆっくり休んでもらえますか。みなさんにたくさん話したいことはあるんですけど、やっぱり大事なことは直接話すべきですよね?」

 睡蓮はその場にいる六人の顔を、いつもの微笑みで見回しながら言った。

「どんな事情で?」

 緑の質問に、睡蓮は視線を空に向けてから、一秒で戻して答える。

「お姉さんの秘密です。心配しなくてもいいですよ、明日になればわかります。では、おやすみなさい。あ、今度はモニターをつけても無駄ですよ?」

 そしてまた睡蓮からモニターが消される。すかさずモニターの傍で待機していた阿裏奈がモニターを起動したが、睡蓮は既に部屋から姿を消していた。残されていたのは、脱いだばかりと思われる上下の下着。

「なんであれ、残ってるのかな?」

「緑のえっち」

「気になるのね」

「お兄ちゃん、ここには中身がいっぱいだよ?」

「早脱ぎですね」

「あんたたち……ま、いいけど」

 その光景にそれぞれの反応を示す緑たち。それから、緑が弁解をするのに数分。いつものように夕食をとって、彼らは睡蓮の言葉通りに今日はゆっくり休むことにしたのだった。


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