カゲカケラ

第四話 斧


 第二訓練施設に合流した宮聖歌。彼女の部屋は茜の部屋の隣に決まり、彼らは訓練を再開していた。出会ったときと同じく神秘的で、寡黙な巫女少女。その神々しいような雰囲気に、緑や水樹は声をかけにくく、織乃はいつも通り。彼らだけでは仲良くなるには時間がかったかもしれないが、もう一人の少女、茜は聖歌によく声をかけていた。

「聖歌さん、巫女さんなんですか? 名前もそれっぽいですし」

「十年前、神社にいた私は影に襲われました。神主や巫女さんとは仲が良く、着せ替え用に頂いた巫女装束……それを着ています」

「でも、十年前ですよね? 聖歌さんも成長してると思いますけど……」

「はい。今着ているのは、頂くはずだったものです」

「どういうことですか?」

「ほとんどが影に染まった神社の中、巫女装束は運良く呑み込まれずに残っていました。新しい二着の巫女装束。大きさからして、成長した私のためのものだったのでしょう」

 普段は言葉の少ない聖歌から、茜はよく言葉を引き出していた。それがきっかけで他の三人とも仲良くなり、最初は何となく聖歌さんと呼んでいた他の三人も、二日が経った頃には聖歌と呼び捨てにするまでになっていた。

「きつくないですか?」

 よく二人が会話をしているのは食堂や、娯楽室で休んでいるとき。娯楽室の柔らかいソファに座り、低いテーブル越しに向かい合って、茜はそんなことを尋ねていた。

 同じ部屋にいた緑は飲んでいた珈琲を噴き出しそうになり、彼と対局していた織乃は黙って将棋盤を見つめていたが、彼女の手番でも駒を動かす様子はなかった。水樹はそんな緑を微笑ましく思いながらも、視線はやや離れたところで会話をする二人へ。

 聖歌は小首を傾げて、何のことかと黙って茜を見つめ返す。

「おっぱいですよ!」

 緑は驚いたが、珈琲は口に含まないでいたので噴き出す心配はない。しかし、彼の手番で指した一手は完全な悪手だった。織乃は微笑み、水樹は将棋盤と離れた二人を交互に見る。

「はあ」

 聖歌は言葉の意味は理解したようだが、質問の意味は理解できていないようだった。

「きつくないんですか?」

 改めて尋ねる茜。お風呂は女の子が先で、次に男の子の緑という順番が基本。だが、聖歌は水樹や織乃、茜たちと一緒に入ることはなく、緑のあとに一人で入っていた。他の誰よりも温泉を好む聖歌。短くとも二時間、彼女は長く温泉に浸かるので、緑を待たせないための配慮である。緑が先にという案も出たが、特に不都合はないので順番はそのままだった。

 つまり、彼女の胸の大きさは茜や水樹も知らない。当然、男である緑が知るはずもなく、こんなところでの質問に戸惑いながらも、気になる気持ちは隠しきれなかった。

「はい。見ての通り」

「見ての通り?」

 聞き返した茜に、聖歌は黙って頷く。

「聖歌の胸は茜より小さいわよ。当然でしょう?」

 代わりに答えたのは、緑の悪手を咎めて優勢を確実なものにした織乃だった。

「そうなのか……って、なんで織乃が知ってるんだ?」

「気になってちょっと透視しただけよ。気にしないで」

「……織乃」

「緑は見ないわよ。それより、あなたの番よ」

 疑いの眼差しを向ける緑に答えてから、織乃は彼の手を促す。局面は織乃優勢ではあるが、まだ中盤戦が始まったばかり。勝勢というにはまだ早い。

「見ての通り……じゃあ、AAAですね」

 笑顔で言った茜に、聖歌は小さく頷いて返した。

「茜はよく服の上からわかるね」

 もちろん緑の目にも小さいということは判断できるが、そこまで正確なカップ数を言い当てることはできなかった。

「それはもちろん、大好きな聖歌さんのことだから。毎日見てるもん。あ、もちろんお兄ちゃんも大好きだよ!」

 茜はうっとりと聖歌を見つめながら、はっきり答えた。

「はは、そうか」

 緑は笑顔を見せる。妹が聖歌と初めて出会ったときから、彼女に見とれていたのは彼も気付いていた。予想通りの答えに緑は安心して、ついでに水樹も安堵の表情を見せる。

「茜ちゃんは聖歌さんが好き……ということは、あたしはもう」

「あ、水樹さん。練習はいつでもいいですよ!」

 水樹の呟きに、茜はすぐさま反応する。

「一途、ではないみたいね」

 織乃は肩を落とす水樹を横目に、盤の上では着実に優勢を広げていく。

「もちろん織乃さんも!」

「そうね。緑がこの状況を覆せたら、考えてもいいわ」

 軽く返事をする織乃。二人の棋力は拮抗しているが、終盤に差しかかっても劣勢の緑が、この局面を打開するのは簡単ではない。それでも考えた末に指した特別な一手で、逆転の可能性を秘めた罠を仕掛けることはできたが、織乃がひっかかることはなかった。

 結果、勝利したのは織乃。茜は一瞬残念そうな顔を見せたが、結果は見えていたので兄を責めることはなく、表情も笑顔に変わっていた。

 その後、織乃は聖歌と対局し、緑と茜、水樹の三人は部屋に備えられたダーツを始める。将棋は終盤の僅かな差で聖歌が勝利し、ダーツでは緑と茜がトップを争い、最終的に緑が数点の差で勝者となったのだった。

 五人がその報告を受けたのは、聖歌が仲間に加わってから四日後のこと。

「みなさん、影の領主が確認されました。この島に向かって真っ直ぐ、明日には到着すると思われます」

 訓練の終わり、睡蓮は淡々と事実を告げた。

「ついに来たか。兵士は?」

「領主のみ、と見られています。聖歌ちゃん、今の支援部隊が領主を見つけて、兵士を見逃す可能性は?」

 睡蓮の問いに、聖歌は小さく首を横に振って答えた。

「領主でも、今のあたしたちなら大丈夫だよね。五人に増えたし」

「聖歌さんもいるし、お兄ちゃんもいる。あとは、水樹さんが応援してくれたら完璧です」

「がんばって、茜!」

「……はい!」

 簡単に受け流されたことに茜は僅かに言葉を失いながらも、次の瞬間には元気に返事をしていた。言葉だけの応援でも、茜には効果的である。

「緑くんと織乃ちゃんはどうですか?」

「どうって、新たな英雄としては、やるしかないよね」

「そうね。不安はあるけど、領主一体なら勝てると思うわ」

 今日までの訓練で、聖歌との融和も高まっている。彼女からの一方通行ではなく、五人での融和も問題なくできるようになっていた。特に、茜と聖歌の融和は既に、兄妹の融和に匹敵する段階にまで到達している。

「では、到着したらお知らせしますね」

 睡蓮の言葉に五人とも頷いて、明日への戦いに備えて休みをとる。

 そして、そのお知らせが来たのは翌日の朝食後。到着は一時間半後と、ちょうどいい時間にやって来てくれた影の領主に、彼らは万全の準備を整える。

「みなさん、無事の帰還をお待ちしています。美味しいごはん、用意して待ってますよ!」

「美味しいごはんって……」

「ま、そこからも動かせるんでしょうけど」

 睡蓮の言葉に緑は苦笑し、織乃は呆れた顔でそう言った。和やかな雰囲気の中、彼らは戦いの場所へと移動する。影の領主が目指しているのは、島の外れの荒れ地。欠片の力を使って移動するとはいえ、時間にそれほどの余裕はなかった。

 荒れ地で待ち構える五人の前に、赤い影が差したのは到着して数分後のことだった。赤い影が形作るのは、戦士のような容姿の熱き影。曖昧な影でありながらも、はっきりと表情のわかる顔を持つ領主。一メートル八十七の身長に、纏う赤の影は二十代の雰囲気。何より目立つのは、領主の体躯と同じくらいの大きさの、巨大な斧だった。

 斧の領主――かつての槍の領主と同じく、特徴的な武器を持つ影の領主。

「よお、出迎えご苦労さん。お前らが、槍のおっさんを倒したってやつらだな?」

 荒々しく斧を振り下ろし、地面を揺らしながら声を響かせる斧の領主。体躯ほどの巨大な斧を振るうのは、左手一本。影の武器の威力は質量に比例しないとはいえ、それを軽々と振るう様は威圧感を与えるには十分だった。

「……うん? ああ? 三人って聞いてたんだけどな……五人に増えてるじゃねえか」

 ゆっくりと彼らを見回して、人数を確認する斧の領主。

「こっちにも色々あってね」

「ちっ……まあいいけどよ。増えてくれた方が、楽しめそうだ」

 苦笑する緑に舌打ちしてから、斧の領主は不敵な笑みを浮かべる。

「俺も雑魚を潰すのは好きじゃねえ。お前ら、一つ忠告しておいてやる。俺が槍のおっさんと同じとか、次に強いとか、そんな風に思ってるならすぐに潰すぜ? 俺はな……」

 斧の領主は軽々と斧を振り上げて、声を張り上げる。

「戦闘に限っては、最強の領主! さっさと覚悟するんだな!」

 言い切ったかと思うと、影は一瞬で距離を詰めて、彼らに向けて全力で斧を振り下ろした。重い一撃を受け止めたのは、聖歌が軽く振り上げたほうき。

「へえ、やるじゃねえか。俺の全力の一撃を受け止められるやつがいるとはな! 元々手加減なんざする気はねえが、手加減なしにやれそうだぜ!」

 声とともに左右から、高速で襲いかかる斧を聖歌は全て一本のほうきで受け止めていく。彼女の力は純粋な影の力。真っ向勝負であれば、受けるのは難しくない。

「後ろのやつら! 油断してると、すぐにやられるぜ!」

 もちろん、斧の領主もそのまま単純な攻撃を続けはしない。素早い動きで聖歌を跳び越え、巨大な斧を中央にいた緑と織乃の前に振り下ろす。地面が揺れ、その揺れが収まるより早く駆ける。

 襲いかかる斧を、緑は小さな盾で受け流し、織乃は漆黒の剣で弾く。高めた融和の力でも、真っ向勝負で受け続けるのは彼らには難しい。

 空には赤い翼を広げた水樹がいて、腕の中には茜を抱いている。

「今度はこっちから! 茜ちゃん!」

「はい! 行きますよ!」

 二人の融和により生み出されるは、三体の炎の龍。上空から影を追尾するように放たれたそれを、斧の領主は楽しそうな表情で見上げていた。

「くく……いいぜ、燃えてくる!」

 大きく振った斧からは派手な火の粉が飛び散り、三体の炎の竜は風圧で消し去られた。翼の力をひとつに集約し、妄想を合わせた一撃を、たった一振りで。

「なるほどな。はは、お前ら、悪くねえ。悪くねえが……」

 緑の放った金の矢を斧で弾き、織乃と聖歌の挟み撃ちは高く跳んで回避する。

「でっけえ隙が、弱点だぜ!」

 空中の水樹目がけて、手に持った斧を投げ飛ばす領主。思いもよらぬ行動に水樹は驚くが、機敏に反応した茜の合図で上下に分離して、攻撃は回避する。

「あ、ありがとう?」

「えへへ、こちらこそ」

 茜の合図は、水樹の胸を軽く揉むというもの。妄想でふわりと地上に降りた茜に、水樹は素直に述べてもいいのかと迷いながらも、感謝の言葉を伝える。

 投げられた斧は戻ってくることなく、影を薄れさせて消えていた。薄れ始めた頃には斧の領主の手に同じ斧が握られていて、彼を真似して大きめの斧を片手に攻めてきた緑の攻撃を軽々と受け流していた。

「増えたのに、結構苦戦するね」

「何言ってるの? 増えたから、でしょ?」

 緑と聖歌が斧とほうきで正面からぶつかっている間に、低空で織乃と合流する水樹。彼女の言葉に、織乃は冷静に答えを返した。

「どういうことですかー!」

 地上を駆けて反対側に回り込みながら、茜が尋ねてくる。

「はっ、わかってるやつもいるみてえだな! 時間稼ぎしてるお前らも、わかってんだろ?」

 大振りの一撃を二人で受け止めながら、緑は苦笑して、聖歌は微笑みを返す。

「そうだね。今の俺たちは、五人の融和を活かせてない」

「三人の方が、強かったんじゃねえか!」

 緑だけを狙って振り下ろされた斧を、緑は正面から受け止める。聖歌との融和を高めて、力を高めた〈特別〉な斧。戦いの中で少しずつ高めた力を、彼は随時武器に反映させていた。

「最初は、というのを付け加えてくれるかな?」

「隙、ありです」

 受け止められたことに僅かな驚きを見せた斧の領主に、聖歌は軽やかにほうきを振る。七色に輝く光の粒が舞い、領主の体にふわふわと近づいて、衝突する。

「こいつは……やられたな」

 七色の光――白、赤、青、水色、緑、黄色、黒。聖歌の〈力〉だけでなく、水樹の〈翼〉の力も合わせた、美しく華麗な、強力な一撃。

 ほんの少しだけ影を薄れさせた斧の領主に、回り込んでいた茜が立ちはだかる。

「次は、私です!」

「だが、まだ足りねえな! お前らの隙は、まだ残ってるぜ!」

 聖歌と同じように七色の龍を放ってみせた茜。だが、その龍はたった一振りで払われる。

「うそ」

 驚く茜。その隙を逃さず、斧を振り下ろす領主。

「茜!」

 声とともに駆け寄り、素早く抱き上げて彼女を救出したのは織乃だった。

「大丈夫?」

「は、はい。すみません」

「気にしないで。ここであなたに倒れられたら、私が困るだけだから」

 漆黒の剣を構えて斧の領主と対峙する織乃。力では勝っていても、隙のない守りの構えを見せる織乃に影もすぐには動かない。

「確かに、三人の方が強かったでしょうね。でも、五人じゃなければきっともう私たちはあなたに負けていた。正直、槍の領主より遥かに強い領主が来るとは思っていなかったわ」

「油断ってやつだな。よかったじゃねえか、まだやれてよ」

 余裕の笑みを浮かべる斧の領主に、織乃も同じ笑みを返して答える。

「ええ。おかげで、勝機が見えた。私たち五人の融和を、三人のときのように高めれば――何とか勝てるわ」

「ほう……俺は、待ってやらねえぜ? 根源からの命令は、今日ここでお前たちを倒すこと」

 距離を詰めて、守りを打ち破る強烈な一撃を放つ斧の領主。斜めに振り下ろされた斧を、織乃は緑の〈特別〉と、水樹の〈ぜんぶ〉、そして聖歌の〈力〉を合わせた漆黒の剣で受け止める。

「それじゃあ……足りねえぜ?」

 じわじわと、確実に斧に押されていく剣。織乃は腕に力を――欠片の力を込めながら、後ろの茜に叫ぶ。

「茜! あとはあなただけ。力を貸しなさい!」

「は、はい。やってますけど……」

 茜も当然、戦いが始まった頃から欠片の力を融和している。もちろんそれは織乃も承知済みだ。その上で、彼女はさらに言った。

「もっとよ。斧の領主に勝てたら、あなたのしたいことに付き合ってあげるわ。だから、全力で来なさい」

「え? ほ、本当ですか! えっちなこともし放題でいいんですね!」

「……ま、程々にね」

「はっ! そんな本気かどうかもわからねえ口約束で……くっ」

 織乃の剣は斧を押し返していた。じわじわと、そして一気に。

「残念ね。私は〈本気〉よ。影への復讐が成せるなら、私に……躊躇はないわ」

 決意を込めた暗い瞳で、冷徹なまでの意志を込めて、織乃は漆黒の剣で斧を弾いて、さらに一振り。領主の斧を砕き、赤い影を薄れさせ、消し去ってみせた。

「く、くく……やるじゃねえか。けど、まだ終わりじゃねえぞ!」

 斧の領主は再び巨大な斧を生み出し、一振りで織乃を吹き飛ばす。剣で受けたもののその一撃は強力で、織乃は体勢を崩していた。

「ふう。一撃じゃ、やっぱり無理みたいね。水樹、頼んだわよ」

「た、頼んだって、それって」

 空から隙を窺っていた水樹は、戸惑いの表情で地上の茜を見る。

「水樹さんとも、帰ったら……そんな、嬉しいですけど、でも」

「うう……緑ー」

 もじもじとする茜の様子に、水樹は彼女の兄を見る。

「はは、大丈夫だよ。茜なら多分……」

「いえ、水樹さんには、こんな形で受け入れてもらうわけにはいきません。そう、もっとお兄ちゃんへの愛が高まったその日に、堂々と、我慢できなくなって!」

「ああもう、恥ずかしいからそこまで! 聖歌!」

「はい」

 水樹は聖歌の傍に降り立って、大きな白い翼を広げる。斧の領主の攻撃は緑が受けていて、茜も織乃に守られつつ、大小さまざまな水の玉を投げて援護していた。

「恥ずかしいから、緑に目隠ししといて!」

「了承しました」

 ほんの数秒。水樹の準備が整うのを待って、聖歌はほうきの先から的確に闇の目隠しを飛ばして、僅かな間だけ緑の視界を奪う。

「ええと、水樹、確実に頼むよ!」

「お兄ちゃんのフォローは任せてください!」

 茜が緑をかばうように動く。斧の領主の猛攻の前に長くは保たないが、既に水樹の準備は整っている。融和した力で、水樹は〈目〉で確実に標的の姿を捉える。

「あたしの〈ぜんぶ〉を、優しい風に込めて」

 広がる白い翼は、七対十四枚の翼。その〈特別〉な〈翼〉から放つは、天使のそよ風。優しくも鋭く、包み込んでは蹂躙する、水樹の恋する気持ち――〈妄想〉の〈力〉を高めて、可愛らしい笑顔とともに、斧の領主に流れていく。

「こいつは……ああ? ええと、緑……」

「い、言うなー!」

 天使のそよ風は烈風となり、あっという間に斧の領主の持つ巨大な斧を真っ二つに切り裂いていた。そのまま影は薄れ、斧の領主は再び赤い影から斧を生み出すことはできない。

「……大好き」

「む!」

 風が斧の領主の体を切り裂き、影を薄れさせた。手加減なしの本気の一撃である。

「待ちなさい」

「でもー」

 織乃の制止に、不満を見せる水樹。

「心配無用です。彼の特別をお借りして、音も一緒に遮断しました」

 微笑む聖歌の言葉に、水樹は翼を収めて荒ぶる天使の風を鎮めた。

「そ、それなら……いいかな」

 水樹が見ると、緑の視界を音を奪っている闇はまだ残っていた。聖歌がほうきを軽く振って闇を祓うと、緑はすぐに視界と音を取り戻した。そして目の前の状況に安堵する。

「は、はは……はははっ! 俺が、こんな攻撃で倒されちまうとはな」

 大きく笑って、斧の領主は声を響かせる。天使のそよ風から聞こえてきたのは、水樹の緑に対する気持ち。近くにいた織乃や茜にもその声は聞こえていて、闇の目隠しがなければ緑にも筒抜けだっただろう。

「やるじゃねえか。油断したつもりはねえんだがな……いや、ちっとは油断したか。あそこで正面衝突にこだわりすぎなきゃ、いや、そこまで読まれた俺の完敗だな」

 斧の領主は冷静に分析した上で、敗北を認めて苦笑した。

「最強の俺を倒したこと、お前ら、誇っていいぜ。けどな、次の相手は俺よりも上だ。覚悟だけじゃ勝てねえぜ?」

「最強の領主より、上って……影の」

「外れだ。根源じゃねえよ」

 緑の言葉に、予想通りとばかりにすかさず否定する斧の領主。

「お前らは影の欠片と融合してんだろ? 融和で欠片の力を高めて、影の塊である領主を二体も倒した。それも槍のおっさんだけでなく、戦闘最強の俺までだ。本当に、兵士と同じ欠片なのかって驚くくらいのとんでもねえ強さだ。だったらよ」

 不敵な笑みを浮かべて、ほんの僅かに言葉を止める。

「影の欠片じゃなくて、影の塊と融合したら……どうなる?」

「それ、って……」

「もしかして」

 緑が呟き、水樹も呟く。他の三人も声には出さなくとも、影の言葉の意味を理解する。斧の領主はこれ以上の言葉は不要とばかりに、不敵な笑みを浮かべたまま赤い影を薄れさせ、荒れ地から姿を消してしまった。

 彼らは無言のまま、斧の領主がいた場所をしばらく見つめていた。最初に視線を外し、他の四人に視線で促して、施設へと歩き出したのは聖歌だった。

「みんな、戻るわよ」

 三人の動きが鈍いので、織乃が言葉で促す。それでも動きが鈍かった緑は、茜が引っ張っていく。さすがに妹に引っ張られるのは恥ずかしいと思ったのか、ようやく緑も普段の速度で歩き出した。

 そうして帰還した五人を待っていたのは、豪華なハンバーグランチ。炭火焼のハンバーグに野菜がプレートに並んだ、お店で出てきそうな料理である。

「どうですか!」食堂のモニター越しに、睡蓮が胸を張っていた。「睡蓮とっておき自慢のお手製ハンバーグランチ……ええと、みなさん?」

 モニターから見えた彼らの様子に、睡蓮は首を傾げる。斧の領主に勝利して喜んでいるかと思えば、真剣な顔や、深刻そうな表情を見せる少年少女。

「睡蓮、お昼の前に簡単に報告します」

 いつもと変わらない様子で、聖歌が一人モニターの前に近づく。

「はい、お聞きします」

 真面目な顔で睡蓮は答えた。ほんの少しだけ残念な色も混じっていたが、彼らに渾身の冗談を流されるのはよくあること。彼女は真剣に聖歌からの報告を記録する。

 ちなみに、用意された豪華なハンバーグランチは五人とも綺麗に食していた。


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