カゲカケラ

第十一話 三人


 残りの三日、彼らは普段通りの訓練をしていた。槍の影との決戦はもうすぐ。特別な訓練をして一気に高めることはできないが、着実に融和の力を高めることはできる。

 昨日と一昨日に行った、二人きりのデート。その結果、三人は以前より仲良くなった。しかし、その効果がどれほどのものかは、三日間の訓練中にはいまいちわからなかった。いつもと変わらぬ様子の水樹に、緑も告白を意識することはほとんどなく、織乃もそんな二人を眺めて冷静に訓練をこなす。

 そして約束の日を明日に控えた、訓練終了後の夜。三人はエントランスに集まり、モニター越しの睡蓮と話をしていた。

「みなさん、いけそうですか?」

 心配するでもなく、発破をかけるでもなく、睡蓮は笑顔でただ確認する。

「いけそうな気はするよ。未来の新たな英雄としては、いけるさ! と格好つけたいところだけど」

 緑は左右の二人を順番に見る。水樹、織乃と視線が動き、再び視線が睡蓮に向いたところで、織乃が言った。

「今日までの訓練でそこまでの自信をつけたのだとしたら、過信でしかないわね」

「あはは。あとは実戦でどこまで高められるか、だよね。あたしもいける気はするよ」

「そうね。そこは私も同意しておくわ」

 微笑む水樹には、織乃も微笑んで返す。今の実力で勝てるという根拠はない。しかし、欠片の融和が最も高まるのは実戦。影の欠片を、影に直接ぶつけることこそが最上の訓練。彼らは言葉ではなく、これまでの戦いでそれをはっきりと理解していた。

 無論、だからといって実戦で高めればどうにかなると、訓練に手を抜くことはしない。訓練でここまで高められたなら、実戦では最低でもここまでは高まる。その最低で〈いける気がする〉というのが三人の共通認識だった。

「わかりました。では、敵が到着したらすぐにお知らせします。奇襲を仕掛けてくる可能性は低いと思いますが、念には念を入れないとですからね」

「お知らせって、できるんですか?」

 緑は目を丸くして聞いた。毎回、唐突に現れた槍の影。それを事前に察知することは最新鋭の設備でも不可能で、影の欠片と融合した彼らの誰にもできないことだった。

「ふふ、今回は大丈夫ですよ。みなさんが訓練している間、支援部隊も槍の影を察知するために彼女を中心に色々やっていたんです。島に現れたときのデータも十分ですし、彼女もいますからきっと活躍してくれますよ」

「よかったね。今日はゆっくり休めるかな?」

「ええ。早朝に攻めてくるのはやめてほしいところだけど」

 支援部隊が察知して、睡蓮に連絡が来れば起こしてもらえるとはいえ、睡眠時間が短くなるのと、起きてすぐに準備を整えないといけないのは変わらない。

「では、みなさん。明日は無事に帰って来てくださいね」

「ああ。約束するよ」

 勝ってきてとは言わない。もちろんそれが最上ではあるが、影との戦いを考えると、引き分け以上に持ち込めれば成果は上々である。そうなれば敵も撤退する可能性が高いのだから。

 緑、水樹、織乃の三人はいつもと変わらない速度で、廊下を歩いていく。槍の影に備える最後の訓練は終了したが、彼らにはまだ夕食の準備とその他の家事が残っている。大事な戦いの前だからといって、全てをサポートに任せるつもりは誰にもなかった。

 睡蓮に支援部隊からの連絡が来たのは、太陽が昇り始めてさほど時間が経たない頃だった。

「みなさん。すぐに準備をお願いします」

「……はは、敵もまた、やってくれるね」

「そうね。狙ってだとしたら、文句を言わないと」

「うう……朝ごはん……」

 彼らが睡蓮からの連絡を受けたのは、食堂のキッチン。三人とも目を覚まして、ちょうど朝食の準備を始めようとしていた頃だった。槍の影の到着予測時刻は、今から約五分後。急げば朝食の準備は間に合うが、朝食をとっている時間はなかった。

 朝食の準備はそのままに、三人は戦いの準備を始める。槍の影が向かっているのは、施設の目の前。食堂からエントランス、外へ出るだけなら歩いても十分に間に合う。

 施設の前、彼らは慌てることなく静かに武器を準備する。水樹は青い翼を広げ、織乃は鋭い漆黒の剣を右手に、緑は短い投げ槍を両手に一本ずつ握り、隙のない構えで待機する。

 青い影が差し、彼らの目の前に槍の影が姿を現したのはそれから一分と経たない頃だった。

「ほう。我を待ち受けるか。少年少女の他にも力を持つ者がいるようだな」

 影は槍を構えて地上に降り立ち、既に戦闘準備を整えている三人をゆっくりと見回す。

「では、すぐに始めようではないか。まずは……小手調べといこう」

 影は微笑むような表情を見せてから、槍を突き出して槍先から水の槍を放つ。人一人を呑み込むような太い水の槍を、五本同時に。

「水なら、負けないよっ!」

 水樹も広げた翼から五本の水流を生み出し、影の放った水の槍にぶつける。水樹の方がやや細いが勢いは強く、ぶつかり合った十本の水は一瞬で弾けて消えた。

「ふふん。どう?」

「……ふ」

 今度ははっきりと、笑みを伝える槍の影。しかしそれは一瞬で、すぐに厳しい表情に戻して言葉を発した。

「どうやら、我と戦えるだけの力はあるようだ」

「その前に、一つ聞いていいかな?」

 緑が聞いた。もちろん構えは解かないまま。

「よかろう。少年少女よ、貴様たちにはその力がある。もっとも、全てを答えるには更なる実力を示してもらわねばならぬがな」

 槍の影は快諾する。緑は小さく頷いてから、影に質問をぶつけた。

「さっきの水の槍、あれも、そちらの本気だよね?」

「然り。貴様たちに見せた水の槍は、本来は侵略用の技。広い範囲をまとめて影に染めるための技よ。この世界、影ではない全てに対しては絶対の力となるが……」

「影の欠片と融合した俺たちには、効果的じゃない」

 緑の言葉に、槍の影は無言で肯定を示した。

「飛び道具がないなら、単純明快ね」

「ああ。搦め手は不要みたいだよ」

「正面から拳を叩きつけるよ! みんな、やろう!」

 低空に浮いた水樹のかけ声に、緑と織乃は同時に頷く。

「来るがいい、少年少女よ。我が力の前に、すぐには果てぬことを期待するぞ」

 意気込む三人に対し、槍の影は余裕の態度で立ちはだかる。構えた槍の先は誰を捉えることもなく、彼らの動き次第で臨機応変に対応できる万全の構え。

 その影に対し、先陣を切るのは織乃。漆黒の剣を下段に構え、ゆっくりと駆け出す。じっと動かない影に接近し、槍を弾くように剣を振り上げる。狙いはそこからの追撃だが、それは叶わなかった。

 槍の影は微かに動かした槍で織乃の剣を受け止め、完全に防御していた。この状態では織乃も追撃を狙えない。だが、戦っているのは彼女一人ではない。

 右から回り込んでいた緑が、二本の投げ槍を槍の影目がけて投げつける。同時に、空から回り込んでいた水樹は上空から雷氷を放つ。雷を纏った一本の極太の氷柱。水色と黄色の四枚翼から放たれる強力な一撃だ。

 二人の攻撃が自らに近づき、命中する直前。影は槍に力を込めて織乃の剣を弾き、そのまま槍を回転させて空からの雷氷を相殺する。緑の槍を受けるのは、騎士の鎧で。騎士姿は見せかけではなく、戦いのためのもの。影の鎧が欠片の力に干渉し、緑の投げ槍を消し去った。

「そこっ!」

 僅かに作られた隙を狙って、至近距離にいる織乃が剣を振る。弾かれた剣を戻す反動を、そのまま攻撃の勢いに。牽制を主とした緑の投げ槍とは違う、彼女の作った至高の武器は、槍の影の鎧を一部ではあるが砕くことに成功する。

「ほう。……だが」

 しかし、砕けた鎧は一瞬のうちに修復される。織乃が次の一撃を放つよりも早く、槍の影は元の騎士姿を取り戻していた。それを目で捉えた織乃は、攻撃を中断して一旦距離をとる。

 彼女のいたところに放たれた槍は、地を掠めるほどの強い衝撃とともに。風圧が織乃を襲うが、衝撃に比べると弱く傷を負うことはない。

「やっぱり、簡単にはいかないわね」

「一応、一撃は入れられたけどね」

 槍の影は影そのもの。鎧は一瞬で修復されたとはいえ、修復するためには多少の力を必要とする。だがもちろん、同じような攻撃を続けても倒すのは難しい。

「だったら、次はあたしが!」

 水樹が空で言葉を発したのと、槍の影が音もなく動き出したのは同時だった。地上にいる緑と織乃、二人を狙っての連続の突き。水樹の方が隙はあるが、空中戦ともなれば翼を持つ水樹の方が若干ではあるが有利である。

「残念だけど、通さないよ!」

 緑は特別な盾を生成し、激しい攻撃を防ぐ。透明で大きく、巨大な壁のような盾は緑と織乃だけでなく、空にいる水樹までをも守るもの。

 影の槍はその盾に攻撃を続けて、破壊したのは一秒後。

「ほう」

「どうかな、俺の特別は?」

「悪くない。やるではないか」

 槍の影が見つめるのは緑ではなく、空の上。緑の特別な盾は守りのためではなく、次の攻撃に繋げるためのもの。守りに使った力は最低限。一秒間、準備が整うまでを稼げればいい。

 空で翼を広げるのは水樹。三人の融和で高めた欠片の力を、全て翼に注ぎこむ。少々の時間を要しながらも、完成した翼は七対十四枚の七色の翼。

「あたしの〈ぜんぶ〉――受け止めてみてっ!」

 風、炎、水、氷、土、雷、闇。全てが融和した、水樹の全力の一撃。逃げ場のない強烈な一撃が槍の影目がけて落ちていく。

 中心がどこかもわからない、そもそも中心があるかどうかもわからない水樹の力に、影は槍を向けて一撃を放つが、勢いは止まらない。最大の一撃は槍の影に直撃し、風と炎と水と氷と土と雷と闇が、一気に弾けた。

「えへへ、やったかな?」

「尋ねなくてもわかるでしょ?」

「……ううー、いいじゃない。見た目だけでも倒した気分味わっても」

 姿を現した槍の影は、鎧をぼろぼろにしながらも健在だった。そしてそのぼろぼろの鎧も数秒で修復され、構える白銀の槍も依然として鋭く輝いている。

「なかなかのものだ。我にこれほどの傷を負わせるとは」

「参考までに、今のでどれくらい削れたか尋ねてもいいかな?」

 駄目元で聞いてみた緑に、槍の影は即座に答えを返した。

「今のを含めて、十発。だが、我に同じ手は通用せぬぞ?」

「……だってさ」

 緑は小さく肩をすくめて、他の二人に声をかける。

「力だけなら出せるけど……」

 影の言葉が真実なら、今度は回避される可能性が高い。仮に牽制してそれを防いだとしても、せいぜい当てられるのは一発か二発といったところだろう。

「じゃ、緑と織乃に任せるよ」

 水樹はほんの少しだけ考えてから、笑顔でそう言った。笑って任せられた二人も同じく笑みを見せて、彼女に答える。

「了解」

「任せなさい。私が八発、緑が一発。これで二人は平等よ」

 水樹の全力、彼女の〈ぜんぶ〉は派手で強力、広範囲の影の兵士をまとめて倒すことも可能な反面、準備にも攻撃を届けるにも少々の時間を必要とするため、今回の戦いには不向きだ。一体の相手に、より素早く、同じ威力の一撃を放つなら、他の二人の方が適任である。

「ちょっと待った。未来の新たな英雄として、それは困るね」

 織乃の言葉に、すかさず反応したのは緑だった。

「あたしも、拳で一発くらいは決めるよ!」

 水樹も彼に続いて声をあげて、空で握り拳を見せる。翼は変えぬまま、高さは二人に合わせて低いところまで下降している。

「好きにしなさい。三人の融和を限界まで高めたら、長くは戦えない。早い者勝ちよ」

 微笑みながら行われる三人の会話は軽い調子で。融和を限界まで高めるための、ちょっとした戦意向上。呼吸を合わせて、無駄なく高めて、その状態を可能な限り長く維持する。

 敵と同じく槍を構えた緑と、剣を構えた織乃が槍の影に接近する。その動きは今まで以上に速く、二人は一瞬で槍の影に到達する。

「二発目!」

「三!」

 槍と剣。左右からの攻撃は槍の影の鎧に直撃する。そしてその間に、後ろに回り込んだ水樹が拳を一発。欠片の力を込めた、全力の一撃だった。

「これで、四発目!」

 三連続の強烈な一撃をその身に与えて、砕けた鎧を修復される前に、彼らは次の攻撃を放とうとする。しかし、影の動きはそれよりも速かった。

「上出来だ。が、足りぬ!」

 槍を大きく振り回し、三人をまとめてなぎ払う槍の影。高く跳んで緑と織乃の頭上を越えながら、身を翻して空中で反転。二人が振り向くより早く、次の攻撃を放つ。

 防戦する緑と織乃。水樹が後方から炎で援護するが、影は槍で払うこともせず、修復した鎧で受け止める。訓練で鍛えた水樹の力。炎だけでも威力は相当上昇しているが、槍の影の防御はそれを遥かに上回る。仮に百発当てたとしても、全力の一発には届かないだろう。千発でも当てれば話は別だが、それほどの攻撃を当てるには時間がかかりすぎる。

 緑と織乃が距離をとり、さらに放たれる炎は回した槍で払い、そのまま突進。

「くっ」

「これは、でも!」

 速く、重く、鋭く、激しい攻撃に、限界まで融和を高めた彼らは防戦一方になる。隙を見つけては反撃を試みるが、全てを槍で受け止められて攻撃は届かない。

「織乃!」

「わかってる!」

 水樹の〈翼〉か生み出した闇に紛れ、織乃の〈目〉で正確に敵の動きを捉え、緑の〈特別〉を込めた武器で左右から同時の一撃。瞬時に後退した槍の影に直撃とはならなかったが、鎧の一部、二箇所を削ることはできた。守りの薄れた隙間に闇が流れ込み、追撃。

「これで、五発! ……かな?」

 水樹は元気に宣言してから、小さな声で疑問を加えた。三人合わせての攻撃で、一発分。大体ではあるが、槍の影の様子を見ると間違いはなさそうだった。

「はは。残り五発、か」

 緑は苦笑して、攻撃の緩んだ槍の影を黙って見つめる。

「ふう……でも、残り時間は十秒もあるかしら」

 その十秒で、残りの五発を槍の影に当てる。どう考えても不可能な行為に、織乃は肩をすくめてみせた。しかし、その目に宿った闘志は消えていない。

「ふむ」

 その言葉を真実と判断したのか、槍の影は攻撃を止めて守りの構えをとる。あの状態の槍の影には、有効な一撃を当てることさえ困難だろう。そして十秒が経てば、疲弊した彼らには防ぎ切れない猛攻がやってくる。

「なら、やるしかないよね」

「でしょうね。気がするだけでやるのは避けたいけど、そうしないと届かないなら」

「うん。今よりもっと、融和を高めるよ!」

 三人は顔を見合わせて、集中する。今の限界で届かないなら、その限界を超えるだけ。今の限界は、訓練中に安定して到達できた限界。それ以上の融和を目指し、失敗して干渉したら勝負はそこで決するだろう。

 集中することを考えると、槍の影が守りを固めているのは好都合だった。水樹は十四枚の翼を広げ、緑は周囲に彼女の欠片の力を纏わせる。そして織乃がそこに漆黒の剣を向けて、その剣に全ての力を宿らせた。

 両手で剣を握り、織乃は槍の影に向けて上段に構える。

「あたしの〈翼〉を、あたしの〈ぜんぶ〉を!」

 漆黒の剣が七色の光を薄く放つ。白、赤、青、水色、緑、黄色、黒――その光を纏った剣を構えて、織乃が槍の影に向かって歩み出す。

「〈特別〉に速く、〈特別〉に鋭く、〈特別〉な隙を!」

 彼女の隣を駆け、追い抜いていくのは緑。その手には欠片の力を込めた透明な玉を、大小様々な武器を、次々に生み出しては槍の影に向けて放っていく。足元を中心に、両手を、上半身を、頭を、動きを封じるための全力の攻撃。

 影は槍を振るってそれらを全て払い、近くまでやってきた織乃に対峙する。緑の手にはまだ透明の玉が生み出され続けていた。受け止めなければ再び動きを封じる――ただそれだけのために。

「私の〈目〉が捉えた、あなたの中心。一気に……外さない!」

 攻撃に合わせて突き出された槍に、織乃は全力で剣を振り下ろす。槍先と剣先。白銀のそれを目がけて、漆黒の刃が光とともに襲いかかる。

 三人の欠片の力。全てを融和した最強の剣が、白銀の槍を砕く。

 槍先が破壊された槍は青い影となって、ゆっくりと影を薄れさせていった。

「……ふ、五発分、か」

 槍の影が呟いた。織乃の剣から七色の光は失われ、右手に握られた剣先は槍の影の首元に向けられている。

「槍の影……その名の通りね」

 影は再び槍を生み出さない。いや、生み出せなかった。槍の影が最も多く影の力を注いでいたのは、その体でも鎧でもなく、武器となる槍。白銀で手入れのされた、長い槍だった。影を察知するだけでは判断できない、織乃の目だからこそ見えたもの。

 弱点というには強靭で、相応の一撃でなければ破壊することは叶わなかっただろう。

「我が敗れるか。さて、どうする少女よ?」

 槍の影の体も徐々に青い影となって薄れている。このまま織乃がもう一撃を与えれば、すぐに倒すことも可能であった。

「随分、あっさりしてるのね」

 織乃は剣を突きつけたまま、動かす様子を見せずに答える。

「ま、急ぎはしないわ。でしょ?」

 こちらに歩いてくる緑を尻目に、織乃は言った。そして彼女の隣までやってきた緑は、織乃を横目に大きく頷いてみせた。

「あなたには色々聞かせてもらうよ。兵士を束ねる特別な影。未来の新たな英雄として、そして何より、俺と同じく〈特別〉を名乗る者として!」

「あはは、緑ってば……ま、あたしも気になるけどね。聞かせてくれる?」

 威勢よく喋り出した緑に、水樹は苦笑しながらも同意を示す。槍の影は黙って彼らの顔を見回してから、厳かに口を開いた。

「よかろう。しかし少年少女よ、我は一度も名乗ったことはないぞ。〈特別〉とも、槍の影とも。貴様たちが勝手につけた呼び名であろう」

「……そうだったわね」

 織乃はほんの少しだけ視線を逸らして、素直に影の指摘を認める。

「我は槍の領主。影の間ではそう呼ばれている」

 そして槍の影が――槍の領主が口を開いた。

「領主の影は塊であり、その欠片が兵士となる。我ら領主が影の兵士を束ねられるのも、それによるものが大きいが、彼我の力の差は絶大。他の領主の生み出した兵士であろうと、束ねることは可能よ」

 槍の領主の言葉に、緑たちは静かに耳を傾ける。語っている間にも領主の影はどんどん薄れていて、あまり時間がないのは明白だった。

「そして我ら領主を束ねる存在――影の根源。我が貴様たちを見逃したのも、全ては根源様の命令によるものよ。もっとも、今回ばかりはその命令を果たせぬが……少年少女よ、よく成長したものだ。だが」

 槍の領主は言葉を止めて、再び彼らの顔を見回してから最後の言葉を口にした。

「我が倒れたと知れば、他の領主も、そして根源様も貴様たちを捨て置きはしまい。新たな英雄を目指すのなら、復讐を果たしたいのなら、より精進するがいい」

 微かに笑みを見せてから、槍の領主は青い影を完全に薄れさせて消えていった。

 沈黙が三人の間を包む中、最初に口を開いたのは水樹だった。

「……あれ、あたしは?」

 真面目な顔で、素朴な疑問を。沈黙を破って放たれた第一声の内容に、他の二人からは笑みがこぼれる。

「そこじゃないでしょう」

「影の根源、か……気になるけど」

「まずは帰って朝ごはん! それから報告だね!」

 水樹の元気な声に、緑と織乃も頷いて同意を示す。三人は微笑み合うと、肩を並べて施設の中へと戻っていった。戦いの中で少し移動したとはいえ、施設はすぐ傍である。


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