カゲカケラ

第四話 融和


 静かな朝、今日の訓練の準備を整えた三人はエントランスに集まっていた。

「睡蓮さん、今日の訓練も外でいいですか?」

 モニター越しに確認をとる緑。睡蓮は笑顔を見せながらも、すぐには頷かなかった。

「それは構わないのですが、みなさんに一つお知らせがあります。今朝、支援部隊から本部に連絡がありまして……」

「支援部隊?」

「なにそれ?」

「支援部隊、ねえ」

 互いに顔を見合わせる緑と水樹。対して織乃は一人だけ理解を示しながらも、怪訝そうな表情を見せていた。

「あはは、そうなりますよね。支援部隊は八年前にできた、影の兵士から人々を逃がし、守るための部隊です。といっても、最初のうちは試験運用の部隊でして……」

「支援なんてほとんどできない、ただの観測部隊だったわね。今は頼りになるの?」

 織乃の質問に、睡蓮は大きく頷いた。

「はい。五年前にようやく頼りになる人材が確保できまして、彼女のおかげで今はそれなりの活躍をしていますよ。もっとも、彼女がいてこその支援部隊。この広い日本をカバーしきるには至っていませんが……みなさんが育つまでの時間稼ぎという最大の支援は、十分にこなしています」

「へえ。一度会ってみたいものだね」

「うん、感謝しないと」

「それで、報告って?」

「はい。支援部隊の報告によると、影の兵士が一体こちらに向かっているそうです。目的は偵察か侵略か不明ですが、欠片の力を使えば確実に察知されるでしょうね」

「じゃあ、施設内でやった方が?」

 緑が聞いた。

「万全を期するなら。でもこの島にはみなさんを保護するため、様々な機器が設置されています。影の兵士を察知するものから、緊急用に連絡するための設備まで――どこでも立体映像で私が危機をお知らせできますよ!」

「ねえ水樹、技術を使うところ間違ってない?」

 胸を張って最新鋭の技術の凄さを披露した睡蓮に、織乃は素朴な疑問を口にする。

「そうかもね。でも遊び心がいっぱいで楽しいと思うよ」

 呼びかけられた水樹は同意を示しつつも、違った感想を口にした。

「つまり、それから逃げても間に合うってことですね」

 緑が確認する。

「ええ。影の兵士といっても、実力は一律ではないと学んでいますよね。今回の影の兵士は並の実力と見られていますので、接近すればこちらが先に察知できます」

「それ、間違いないの?」

「はい。影の兵士はわかりやすいですから。もっとも、あちらに先に察知されたとしても、みなさんを守る手段はいくつかありますが……」

「ふむ」

「うーん……」

「そう、ね」

 睡蓮からの話を聞き終えて、緑は顎に手を当てて正面をじっと見つめる。水樹は俯いたまま視線を彷徨わせ、織乃は腰に手を当てて、そんな二人の様子を落ち着いて眺めていた。

「もう、緑くん。いくらお姉さんが綺麗だからって、そんなに見つめられると困っちゃいますよー。私だってまだ若い女の子なんですからね」

「睡蓮さん」

「は、はい!」

 見事なタイミングで声をかけられて、肩を一度だけ小さく震わせる睡蓮。緑はやや申し訳なさそうな顔をしながらも、彼女に言った。

「勘違いしてるところ悪いですけど、その」

「あはは、半分冗談ですよ。みなさんの言いたいことはわかってます。でも、気をつけてくださいね。多少の猶予はありますけど、それだけでどこまでいけるかは未知数です」

「いいんですか?」

「止めないのね?」

 僅かに驚きの色を込めて尋ねた二人に、睡蓮は微笑みとともに答える。

「ふふ、それはもちろん。訓練も大事ですけど、実戦が何よりだと私は考えています。どれだけ最新鋭の技術を集めても、影そのものには及びませんから」

「実戦……影、か」

 影という単語に、声のトーンを落として呟く緑。

「少し緊張するね」

 水樹は微笑みながら、織乃の方を見る。彼女は小さく頷いて同意を示しつつ、

「でも、私たちはそのためにここにいる。さ、急ぎましょう」

 冷静な決意も示してそう言った。最後の一言には緑が答える。

「ああ。少しでも試しておきたいしね」

「では、私はいつでも連絡できるように待機していますね。近づけばみなさんにもわかると思いますけど……念のために脱出路も確認しておきます」

「ありがとうございます」

 緑が言った。

「当然のサポートですよ。みなさん無事のお帰りをお待ちしていますね」

「はい! じゃ、行ってこようか!」

 水樹の言葉に他の二人が頷き、彼らは今日の訓練へと向かった。

 昨日と同じ道を歩き、小さな湖を抜けて開けた岩場へ。辿り着いてすぐに、彼らはそれぞれの欠片の力を使ってみることにする。緑は小さな球を、水樹は翼を、織乃は剣を。

「……ふむ」

「あたしたち、できてる?」

「今のところは、問題ないみたいね」

 以前であれば干渉し合って消えていた距離。それでも、三人の欠片から生み出された力は干渉し合うことなく、融和し力を維持することができていた。

「緑。それ、こっちに投げてみて」

「ああ、ほら」

 軽く放り投げられたボールを、織乃は剣で軽く上に弾いてみる。斬るのではなく弾くだけ。直接触れ合った剣とボールは消えることなく、そのままの形を維持する。

「攻撃性能は?」

「ゴルフボールと同じくらいはあるよ」

「そう。じゃ、はい」

 織乃は剣の上で何度か弾ませていたボールを、勢いよく水樹の方へ弾く。勢いのついたボールを水樹は片手で受け止めたが、直後にボールは消滅してしまった。

「ありゃ? 消えちゃったね」

「危険を感じたら干渉し合う、ってところかな」

「あたしは突風でも吹いたら危ないかもって思っただけなんだけど、やっぱり、成功には一応がつくみたいだね」

「どれほどのレベルに達しているのかはわからない。でも、戦うことはできそうね。敵もまだみたいだし、可能な限り練習してみましょう」

「ああ。できることとできないこと、確認しておかないとね」

 訓練を開始して数十分。彼らが訓練を続ける岩場に、影が差した。太陽の光に照らされた明るい場所。その中心を横切るように、ひとつの大きな影が差していた。

 三人はその影から距離をとり、敵の出現を待つ。数分前に気配は察知していたから驚きはない。徐々に影が形を作り、人のような形を作っていく様を黙って見つめる。織乃は剣を握る手に力を込め、半歩踏み出していた。

 ぼろぼろの剣を右手に持った、背の低い暗い影。現れた影の兵士は、辛うじて正面がわかる程度の顔をゆっくりと彼らの方に向ける。

「来たわね。私が先陣を切る。後ろはお願い」

「あ、おい……水樹」

「うん。まずはその方向で」

 緑の制止も聞かずに前進する織乃を、二人はサポートするように動く。

「影……はあっ!」

 低い姿勢から振り上げられた漆黒の剣を、影の兵士は素早い動きで自身の剣で受け止める。影の兵士の持つ剣はぼろぼろで、とても切れ味が良いとは思えない。それでも、影は鋭い漆黒の剣を軽々と受け止めていた。

 影の兵士の素早い反撃を、織乃の目は見切り、紙一重の距離で回避する。干渉と融和。訓練の成果で武器に影響はないが、届かなければ意味がない。

「重い……それに、速い」

 織乃が距離をとったところで、彼女の後方から銀の矢が放たれる。緑の作った影の武器。影の兵士はぼろぼろの剣で放たれる矢を弾く。

 その間に空から回り込んでいた水樹が、影の兵士の背中に拳を叩き込む。

「せいやっ!」

 直撃。渾身の一撃を受けた影の兵士は、体を僅かも揺らすことなく平然としていた。

「……なにこれ、凄く硬い」

「なら、もう一撃!」

 その隙に一歩踏み込み、織乃は剣を振り下ろす。影の兵士はそれを剣で受け止めることなく、その身に受けてみせた。

「……うそ」

「効いてないわけじゃない、だけど……」

 離れたところから矢を放ち、二人が距離をとるのをサポートする緑が呟く。矢は影の兵士に直撃しているが、兵士の動きを止める効果はほとんどなかった。

 三人の攻撃は確かに効いている。しかし、その攻撃は影の兵士の服を切り裂く程度に過ぎない。決して影の兵士の、防御力が高いわけでも、体力が高いわけでもない。ただ衝突する瞬間に、彼らと兵士の影が干渉し合っているだけだ。

 純粋な影そのものである影の兵士と、影の欠片の力を使っている彼らの影。意識せずとも維持できる者と、意識しないと維持できない者。どちらの力が先に弱まるかは自明である。

「これが、影の兵士……これで、並とは厄介ね」

 距離をとりながら、炎の翼を生み出す水樹。彼女の翼から放出される炎は影の兵士を包み込むも、剣の一振りでその炎は全て払われてしまった。

「これでも駄目、と。見た目や範囲の問題じゃないみたいだね」

 自らの攻撃をあっさり防がれながらも、笑顔を見せる水樹。

 影の兵士は空に逃げる水樹は追わず、織乃に襲いかかる。が、彼女の〈目〉の前に攻撃は全て回避される。影の扱いという点では勝っていても、単純な戦闘技術では劣っていない。もっとも、それは一対一におけるもので、多対一の戦闘技術となると彼らも慣れてはいない。

「だったら、俺の特別な矢で――」

「緑。その〈特別〉、私にもらえる?」

 後方で弓を構える緑に、織乃が言った。緑は構えた姿勢のまま、視線を影の兵士から織乃へと移す。

「融和、ってことか。けど、大丈夫か?」

 直接、二人の欠片を融和する。融和による力を引き出すには最適な手段だが、干渉し合えばその瞬間に織乃の剣は消えてしまう。彼女の目でも、武器がなくては回避に限界がある。

「わからない。でも、やらないと勝てないでしょ?」

「じゃ、あたしは万が一に備えて待機してるね。緑、織乃、任せたよ!」

 冷静な分析を口にする織乃に、水樹は空から声を送る。干渉し合ったときの時間稼ぎ。何度も繰り返せるものではないが、何度も繰り返すようでは成功の見込みはないので問題はない。

「じゃ、緑。私が斬る瞬間にお願い。一撃で終わらせましょう」

「わかった。俺が織乃の剣に、特別な切れ味を与えてやるさ。わかりやすくて助かるよ」

 織乃と影の兵士の距離は、やや離れている。全ての攻撃を回避された影の兵士から距離をとったもので、織乃は動いていない。何らかの飛び道具を隠している様子はないが、表情の見えぬ影の兵士。何をしてくるかは読めない。

 しかし読めなくても、彼女の目に見える限り大きな問題ではなかった。

「緑!」

「ああ、準備はできてる!」

 大きく跳躍して、一気に織乃との距離を詰めてくる影の兵士。人間では考えられない高さと距離。視界の外へ飛び出すような動きを、織乃の〈目〉はしっかり捉えていた。

 飛びかかってくる影の兵士に、織乃は緑の〈特別〉が込められた剣を向ける。敵の剣を紙一重で回避し、敵の勢いも利用して胴体を斬る、強烈な一撃。

「……足りない、けど」

 胴体から真っ二つに斬り裂かれた影の兵士は、斬られた部分を元の影に戻して復活しようとしていた。それでも今の一撃が与えたダメージは大きく、一瞬でというわけにはいかない。

「緑ー、次はあたしのこれに頼める?」

 空から見下ろす水樹の翼は、赤い炎の翼。彼女はゆっくり降下しながら、翼から生み出される炎を大きく広げていた。

「炎でいいんだな? 焼き尽くす……いや、包み込む炎か」

 影の兵士の傍に降り立つは、赤く大きな翼を持った少女。彼女の姿を見て、緑は与える特別を考え直す。

「水樹、準備完了だ!」

「うん。お願い!」

 二人の欠片の融和によって完成した、包み込む炎の〈特別〉な〈翼〉が静かに影の兵士を包み込んでいく。ある程度は動けるようになった影の兵士は、一度そうしたように炎を払おうとしたものの、その剣ごと炎は優しく包み込んでいく。

 全てを包み込み、炎が消えたとき。そこにあった影はとても薄くなっていた。辛うじて人の形を保ってはいるが、その手に剣は握られていない。

「最後だけってのも締まらないけど、向かってくるなら仕方ないね。新たな英雄への第一歩にさせてもらう!」

 影の兵士が狙ったのは、後方から支援していた緑。しかし、戦いの中でその役割になっただけで、彼も接近戦が不得手というわけではない。迷わず突進してくる影の兵士に対し、緑は豪華な装飾の槍を両手に、兵士の身を貫いた。

 薄れていた影はさらに薄れて、岩場には太陽の光が戻ってくる。差した影は、影の欠片を持ち、欠片の力を融和した三人の手によって追い払われた。

「どうにか、やれたわね」

「ああ。相手が一体じゃなかったら、危なかったけどね」

「でも、あたしたちの第一歩としては上出来だよ。でしょ?」

 水樹の言葉に、二人は大きく頷いてみせた。初めての融和、初めての戦い。それを彼らは、初めての勝利で飾ることができた。無事に、誰一人怪我をすることもなく。


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