カゲカケラ

第二話 干渉


 緑、水樹、織乃の三人は約束通り、施設の前に集まっていた。訓練施設内にも力をぶつけ合える部屋はあるが、互いの特性を確認するには広い外の方がいい。直接力をぶつけ合わなくとも、近くで欠片の力を使うだけで干渉し合うことは、先程証明されたのだから。

「まずは、それぞれの欠片の力を確認したいんだけど、それでいい? 特に、一人よくわからないのがいるし」

 織乃は視線を緑に向ける。向けられた緑は苦笑しながら、自身の力について話した。

「俺の〈特別〉は言葉の通りさ。見ればわかるってものじゃないんだけどね」

「それじゃ、わかりやすいあたしから」

 水樹は言って、背中から翼を生み出す。それは他の二人が見たことのある白い翼ではなく、灼熱の赤、炎の翼だった。

「と、あたしの〈翼〉はこんなこともできるんだ。炎の他にも色々できるけど、ま、基本的に空を飛べるのは共通してるね」

 水樹が翼を収めたのを見て、二人が感想を口にする。

「飛行能力か。俺もできなくもないけど、常時はちょっと大変かな」

「ふむ。じゃあ次は私の〈目〉ね。動体視力の強化に、千里眼みたいなのもできるわ。あとはそうね、透視もできるけど、総じて地味な力よ。だから、基本的にはこれで戦ってる」

 言うと、織乃は漆黒の剣を生み出して、軽く振ってみせた。細く長い剣。それが見かけ倒しでないことは、剣に凝縮された欠片の力を感じればすぐにわかる。

「さっきも見たけど、凄い武器だよね」

「安定して出せるんだよね?」

「当然よ。それじゃ、最後、お願いできる?」

「うーん……それじゃ、こんなのはどうかな?」

 織乃に促され、緑は自らの欠片の力を披露する。伸ばした右手から綺麗で豪華な花束を生み出し、遅れて振り上げた左手からは輝く雪の花びらを。

「特別なパフォーマンスだ。荷物を置いてから考えたんだが、悪くないだろ?」

「……なるほど。それで、どう戦うの?」

「戦うときは戦うときで、また考えるさ。そのときに最適な特別を、好きなように」

「おお! 万能だね!」

「はは、万能にするには相応の準備も必要だけどね」

「それじゃ、特別な盾でも作ってみてくれる?」

「それくらいなら、ほら!」

 緑は目の前に美しい装飾の散りばめられた、大きな盾を生み出す。特別で豪華な盾。儀礼用のものにも見えるが、その強度は並の盾を遥かに凌ぐものだ。

「えい」

 その盾が出現した瞬間、盾を突き刺すように剣を突き出す織乃。剣と盾は瞬間的に干渉し合い、一瞬で消滅してしまった。

「なるほど。咄嗟に作っても、強度は十分みたいね」

「緑、もう一回作れる?」

「ああ」

 再び盾を生み出す緑。同時に水樹は炎の翼を生み出し、その翼から盾を覆い尽くすような巨大な炎を放つ。それは緑に届くことなく、盾と炎は干渉し合い消えてしまった。

「やっぱり、防がれちゃったね」

「これも干渉ってことか。……防げなかったら熱そうだったな」

「あはは、ごめんね。でもそのときはそのときで、避けれるでしょ? あたしたちはそれだけの訓練を積んできたんだから」

 水樹の言葉に、緑と織乃は同時に頷く。

「こういうことを続けて、融和を目指すわけか」

「大変そうだけど、やるしかないね」

「ええ。やれるだけやってみましょう。駄目でも体術の訓練くらいにはなるでしょうし」

 それから、三人はそれぞれの影の欠片、その力を時間の許す限りぶつけ合った。島に到着したのは正午過ぎ。夕方まで彼らは訓練を続けていたが、結果は芳しくなかった。ごくごく弱い力であれば辛うじて融和することもできたが、本気を出せば干渉するのみ。完全な融和は遠い目標であった。

 多少の疲労を感じながらも、彼らは施設の中へと戻る。欠片の力をぶつけ合うだけの単純な訓練ではあったが、干渉して消えて生み出してを繰り返せば消耗もする。

「これ、毎日やるのか?」

「他にいい方法、ありそうだよね」

「具体的には?」

「うーん、まだ思いつかないけど」

「じゃ、案が出るまではこのままね」

「緑の特別でどうにかならない?」

「あいにく、特別な訓練は欠片の力じゃどうにもならないね」

 そんな会話をしながら廊下を歩き、食堂で簡単に食事を済ませる三人。十人弱は座れそうな大きめのテーブルが半分以上を占め、壁際には棚やモニターなど、残る三分の一を占めるのは同じ部屋にあるキッチンだ。

 三人ともキッチンには立ったが、調理を担当したのは主に緑である。簡単な炒め物に、炊いてあったご飯、冷蔵庫に入っていた漬物を並べるだけなので、やろうと思えば一人でもこなせる量だ。三人が動いたのは、各々の料理の実力を確かめる意味合いが強い。

 そして判明したのは、緑は火の扱いと盛り付けが得意で、水樹は苦手ではないが特別に得意な料理はなく、織乃は包丁の扱いだけが得意であるということ。その結果、今後の料理もメインは緑が担当することに決まった。

「むむ、女の子として負けた気分だけど、美味しいご飯の方がやる気出るしね」

「適材適所というやつね」

「兄として当然の嗜みさ。いつか妹に食べさせるため、色々意見をくれると助かるよ」

 それに対して緑は特に不満を訴えることもなく、食後にはその他の家事を含めての分担が決まった。配分はやや緑が多かったが、サポートも受けられるので負担は大差ない。

 それから、今日の訓練の結果について簡単に睡蓮に報告してから、彼らはそれぞれの部屋に戻ってゆっくりと休むことにした。手探りの訓練は、まだ始まったばかりである。

 翌日、翌々日と融和を目指す訓練は続く。訓練施設内の部屋で、的や人形といった訓練用の設備を利用したり、施設から離れて林の中や湖のほとり、岩場など場所を変えてみたり、試行錯誤を重ねたものの、結果は初日とほぼ同じ。ごくごく弱い力が、ごく弱い力に成長したくらいである。

「うーん、何か妙案が必要かもしれませんね」

 三日目の夜。訓練を続ける三人から報告を受けた睡蓮は、顎に手を当てて思案の仕草を見せていた。

「このままだと、何年かかることやら……影の侵略も緩やかですし、今のところ時間はありますけど、欠片の融和は最終訓練の最初の段階ですからね」

「私としては、ぎりぎりでも問題ないわ。どうせ、全て私が追い払うんだから」

「でも織乃、それじゃ影の被害が広がっちゃうよ」

「そうだね。英雄を目指す以上、英雄と呼んでくれる人々は助けたい」

「そんな事情、私には関係ない。私はただ、全てを奪った影への復讐を成すだけ。理解してとは言わないけど、二人と違って誰かを守るためにここにいるわけじゃないから」

 自らの決意を、冷たい決意を改めて言葉にする織乃に、その場の誰もが僅かに言葉を失う。

「復讐しても、失ったものは取り戻せませんよ?」

 冷静に、素朴な疑問を口にするように。言ったのは睡蓮だった。

「そんなの、わかってるわ。でも、私はやると決めたの。七年前、全てが奪われたその日に」

「……そう、ですか」

「ちょっといいかな、織乃」

 言葉を継げない睡蓮に代わるように、緑が口を開いた。

「なに?」

「影を追い払うのは〈私〉だけじゃない。〈私たち〉にしてくれないか?」

「そんなの、当然でしょ。緑は怠けるつもりだったの?」

「ならいいんだけどさ。なんだろうな、やっぱり俺たちは、もっと仲良くならないといけないのかもしれない」

「そういえば、一昨日以外はずっと訓練訓練だったよね。あたしたち、お互いのことを知らなさすぎるんじゃないかな?」

 緑の言葉を継いで、水樹は織乃に問いかける。織乃は少しの間黙ってから、おもむろに口を開いた。

「具体的には?」

「趣味とか、得意なこととか、弱点とか、あ、異性の好みなんかも楽しそうだね」

「……それ、本気で?」

「もちろん。ということで、明日は訓練はお休みにして、外で遊んじゃおうよ!」

「はは、それもいいかもね。睡蓮さん、どうかな?」

「ちょっと待って。訓練を休むなんて、私はまだ……」

 慌てて止めようとする織乃。彼女の言葉を遮ったのは、許可を求められた睡蓮だった。

「わかりました。本部には事後承諾になりますけど、私が命令します。緑くん、水樹ちゃん、織乃ちゃん。明日はみなさん、三人揃って自由に遊んでください。いいですね?」

「了解」

「やった!」

「ちょ、二人ともただ遊びたいだけじゃ……」

「あはは、いいじゃないですか織乃ちゃん。仲良くなるのは大事ですよ?」

「ああもう、わかったわよ。これで何も変わらなかったら、明後日は厳しい訓練に付き合ってもらうからね。緑、水樹、それでいい?」

「望むところだ」

「もちろん。訓練も大事だよね」

 こうして、第二訓練施設に集った三人の休日は、誰もが思っていたよりも早く訪れることになった。翌朝、訓練休暇という名目がつけられることになる、初めての休日である。


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