緑、水樹、織乃の三人は約束通り、施設の前に集まっていた。訓練施設内にも力をぶつけ合える部屋はあるが、互いの特性を確認するには広い外の方がいい。直接力をぶつけ合わなくとも、近くで欠片の力を使うだけで干渉し合うことは、先程証明されたのだから。
「まずは、それぞれの欠片の力を確認したいんだけど、それでいい? 特に、一人よくわからないのがいるし」
織乃は視線を緑に向ける。向けられた緑は苦笑しながら、自身の力について話した。
「俺の〈特別〉は言葉の通りさ。見ればわかるってものじゃないんだけどね」
「それじゃ、わかりやすいあたしから」
水樹は言って、背中から翼を生み出す。それは他の二人が見たことのある白い翼ではなく、灼熱の赤、炎の翼だった。
「と、あたしの〈翼〉はこんなこともできるんだ。炎の他にも色々できるけど、ま、基本的に空を飛べるのは共通してるね」
水樹が翼を収めたのを見て、二人が感想を口にする。
「飛行能力か。俺もできなくもないけど、常時はちょっと大変かな」
「ふむ。じゃあ次は私の〈目〉ね。動体視力の強化に、千里眼みたいなのもできるわ。あとはそうね、透視もできるけど、総じて地味な力よ。だから、基本的にはこれで戦ってる」
言うと、織乃は漆黒の剣を生み出して、軽く振ってみせた。細く長い剣。それが見かけ倒しでないことは、剣に凝縮された欠片の力を感じればすぐにわかる。
「さっきも見たけど、凄い武器だよね」
「安定して出せるんだよね?」
「当然よ。それじゃ、最後、お願いできる?」
「うーん……それじゃ、こんなのはどうかな?」
織乃に促され、緑は自らの欠片の力を披露する。伸ばした右手から綺麗で豪華な花束を生み出し、遅れて振り上げた左手からは輝く雪の花びらを。
「特別なパフォーマンスだ。荷物を置いてから考えたんだが、悪くないだろ?」
「……なるほど。それで、どう戦うの?」
「戦うときは戦うときで、また考えるさ。そのときに最適な特別を、好きなように」
「おお! 万能だね!」
「はは、万能にするには相応の準備も必要だけどね」
「それじゃ、特別な盾でも作ってみてくれる?」
「それくらいなら、ほら!」
緑は目の前に美しい装飾の散りばめられた、大きな盾を生み出す。特別で豪華な盾。儀礼用のものにも見えるが、その強度は並の盾を遥かに凌ぐものだ。
「えい」
その盾が出現した瞬間、盾を突き刺すように剣を突き出す織乃。剣と盾は瞬間的に干渉し合い、一瞬で消滅してしまった。
「なるほど。咄嗟に作っても、強度は十分みたいね」
「緑、もう一回作れる?」
「ああ」
再び盾を生み出す緑。同時に水樹は炎の翼を生み出し、その翼から盾を覆い尽くすような巨大な炎を放つ。それは緑に届くことなく、盾と炎は干渉し合い消えてしまった。
「やっぱり、防がれちゃったね」
「これも干渉ってことか。……防げなかったら熱そうだったな」
「あはは、ごめんね。でもそのときはそのときで、避けれるでしょ? あたしたちはそれだけの訓練を積んできたんだから」
水樹の言葉に、緑と織乃は同時に頷く。
「こういうことを続けて、融和を目指すわけか」
「大変そうだけど、やるしかないね」
「ええ。やれるだけやってみましょう。駄目でも体術の訓練くらいにはなるでしょうし」
それから、三人はそれぞれの影の欠片、その力を時間の許す限りぶつけ合った。島に到着したのは正午過ぎ。夕方まで彼らは訓練を続けていたが、結果は芳しくなかった。ごくごく弱い力であれば辛うじて融和することもできたが、本気を出せば干渉するのみ。完全な融和は遠い目標であった。
多少の疲労を感じながらも、彼らは施設の中へと戻る。欠片の力をぶつけ合うだけの単純な訓練ではあったが、干渉して消えて生み出してを繰り返せば消耗もする。
「これ、毎日やるのか?」
「他にいい方法、ありそうだよね」
「具体的には?」
「うーん、まだ思いつかないけど」
「じゃ、案が出るまではこのままね」
「緑の特別でどうにかならない?」
「あいにく、特別な訓練は欠片の力じゃどうにもならないね」
そんな会話をしながら廊下を歩き、食堂で簡単に食事を済ませる三人。十人弱は座れそうな大きめのテーブルが半分以上を占め、壁際には棚やモニターなど、残る三分の一を占めるのは同じ部屋にあるキッチンだ。
三人ともキッチンには立ったが、調理を担当したのは主に緑である。簡単な炒め物に、炊いてあったご飯、冷蔵庫に入っていた漬物を並べるだけなので、やろうと思えば一人でもこなせる量だ。三人が動いたのは、各々の料理の実力を確かめる意味合いが強い。
そして判明したのは、緑は火の扱いと盛り付けが得意で、水樹は苦手ではないが特別に得意な料理はなく、織乃は包丁の扱いだけが得意であるということ。その結果、今後の料理もメインは緑が担当することに決まった。
「むむ、女の子として負けた気分だけど、美味しいご飯の方がやる気出るしね」
「適材適所というやつね」
「兄として当然の嗜みさ。いつか妹に食べさせるため、色々意見をくれると助かるよ」
それに対して緑は特に不満を訴えることもなく、食後にはその他の家事を含めての分担が決まった。配分はやや緑が多かったが、サポートも受けられるので負担は大差ない。
それから、今日の訓練の結果について簡単に睡蓮に報告してから、彼らはそれぞれの部屋に戻ってゆっくりと休むことにした。手探りの訓練は、まだ始まったばかりである。
翌日、翌々日と融和を目指す訓練は続く。訓練施設内の部屋で、的や人形といった訓練用の設備を利用したり、施設から離れて林の中や湖のほとり、岩場など場所を変えてみたり、試行錯誤を重ねたものの、結果は初日とほぼ同じ。ごくごく弱い力が、ごく弱い力に成長したくらいである。
「うーん、何か妙案が必要かもしれませんね」
三日目の夜。訓練を続ける三人から報告を受けた睡蓮は、顎に手を当てて思案の仕草を見せていた。
「このままだと、何年かかることやら……影の侵略も緩やかですし、今のところ時間はありますけど、欠片の融和は最終訓練の最初の段階ですからね」
「私としては、ぎりぎりでも問題ないわ。どうせ、全て私が追い払うんだから」
「でも織乃、それじゃ影の被害が広がっちゃうよ」
「そうだね。英雄を目指す以上、英雄と呼んでくれる人々は助けたい」
「そんな事情、私には関係ない。私はただ、全てを奪った影への復讐を成すだけ。理解してとは言わないけど、二人と違って誰かを守るためにここにいるわけじゃないから」
自らの決意を、冷たい決意を改めて言葉にする織乃に、その場の誰もが僅かに言葉を失う。
「復讐しても、失ったものは取り戻せませんよ?」
冷静に、素朴な疑問を口にするように。言ったのは睡蓮だった。
「そんなの、わかってるわ。でも、私はやると決めたの。七年前、全てが奪われたその日に」
「……そう、ですか」
「ちょっといいかな、織乃」
言葉を継げない睡蓮に代わるように、緑が口を開いた。
「なに?」
「影を追い払うのは〈私〉だけじゃない。〈私たち〉にしてくれないか?」
「そんなの、当然でしょ。緑は怠けるつもりだったの?」
「ならいいんだけどさ。なんだろうな、やっぱり俺たちは、もっと仲良くならないといけないのかもしれない」
「そういえば、一昨日以外はずっと訓練訓練だったよね。あたしたち、お互いのことを知らなさすぎるんじゃないかな?」
緑の言葉を継いで、水樹は織乃に問いかける。織乃は少しの間黙ってから、おもむろに口を開いた。
「具体的には?」
「趣味とか、得意なこととか、弱点とか、あ、異性の好みなんかも楽しそうだね」
「……それ、本気で?」
「もちろん。ということで、明日は訓練はお休みにして、外で遊んじゃおうよ!」
「はは、それもいいかもね。睡蓮さん、どうかな?」
「ちょっと待って。訓練を休むなんて、私はまだ……」
慌てて止めようとする織乃。彼女の言葉を遮ったのは、許可を求められた睡蓮だった。
「わかりました。本部には事後承諾になりますけど、私が命令します。緑くん、水樹ちゃん、織乃ちゃん。明日はみなさん、三人揃って自由に遊んでください。いいですね?」
「了解」
「やった!」
「ちょ、二人ともただ遊びたいだけじゃ……」
「あはは、いいじゃないですか織乃ちゃん。仲良くなるのは大事ですよ?」
「ああもう、わかったわよ。これで何も変わらなかったら、明後日は厳しい訓練に付き合ってもらうからね。緑、水樹、それでいい?」
「望むところだ」
「もちろん。訓練も大事だよね」
こうして、第二訓練施設に集った三人の休日は、誰もが思っていたよりも早く訪れることになった。翌朝、訓練休暇という名目がつけられることになる、初めての休日である。