飛都国

ウガモコモ篇


   チカヒミの少女 その一

 その日、川澄にやってきたのはカザミだった。今日の修行が始まるずっと前、ヒミリクもシララスも川澄を訪れていない時間の訪問であった。

「あ、カザミさん。ヒミリクさんとシララスならまだですよ?」

 もちろん店が開いているのだから、ウェイトレスのシズスクは中にいる。マスターのレフフスも奥にいるが、普段から客の相手はシズスクがしているので、彼は奥にいるままだ。

「では、待たせてもらいましょう」

 カウンターに座ったカザミは、黙って二人の到着を待つ。何も注文がないのでシズスクは黙って見守り、何か急ぎの用があるのだろうとぼんやり考える。

 少しして、シララスとヒミリクが一緒に川澄にやってくる。二人がカザミの姿を確認すると、カザミも二人の方を向いて微笑した。視線は一瞬シララスを捉えてから、ヒミリクに動いて固定される。

「カザミ、何かあったのか?」

 その視線に答えて、ヒミリクから尋ねる。

「はい。チカヒミに気になる動き――と言えばいいのか、ともかく気になることがありまして。こうして伝えに、それから迎えにきました」

 質問に答えつつ、最後の一言だけはシララスに視線を向けて。視線と言葉の意味を彼が理解するより早く、ヒミリクが言葉を口にした。

「再び攻める動きを見せてはいないのだな?」

「今のところは。今までと変わらず……と、ここでシララスに質問です」

「え?」

 今度は声までかけられて、シララスはやや驚く。

「わたくしたちカカミ、ココカゼ、マコミズ三国と、チカヒミとの戦況は理解していますね?」

「ええと……」

 シララスはすぐには答えられない。それは戦況を理解していないという意味ではなく、突然の質問に戸惑いを見せただけだ。

「戦況は拮抗していると聞いています」

「それだけですか?」

 なおも続く質問に、シララスは何を答えるべきか迷いつつ、思いついた順に答えていく。

「これは今に限ったことではなく、チカヒミが宣戦布告をしてきた六年前からで、その理由については――」

「ふむ。一つ間違っているな」

 シララスの言葉を止めたのは師匠のヒミリクだった。

「確かに、チカヒミから書状が送られてきたのは六年前だ。その内容はもちろん、覚えているな?」

 シララスは頷く。チカヒミによる一方的な、統一国家の提案。もっとも、詳しい文面までは覚えていないが、重要な部分は間違いなく覚えているはずだ。

「全ての飛行都市をチカヒミの管理の下、統一国家としたい、でしたよね?」

「ああ、それでいい。それをココカゼ、カカミ、マコミズは断った。それからチカヒミが武力行使に出たのは半年前のこと、つまり正確には五年半前が戦いの始まりとなる」

「些細なことではありますが……」

「戦っている相手と、戦う理由を理解すること――それが戦う上での大前提だ。師匠から何度も聞いています」

 戦いは相手がいてこそ成り立つもの。相手がいるなら、相手にも戦う理由がある。その理由を理解できれば和解の道もあるのだが、チカヒミが戦いを始めた理由は未だ不明であった。

「戦況が拮抗している理由は、わかりますか?」

 続く質問には、迷うことなくシララスが答える。

「チカヒミの戦い方は戦線維持を第一とし、激しい侵攻はしてこないから。それゆえに、こちらから侵攻することもできない。国を守る心生み、神代り、真者がいなくなれば、数多くいるチカヒミの将に攻め込まれてしまうから」

「ええ、その状況も近々大きな変化が訪れるでしょうが……その前に、チカヒミ側に変化が訪れたというわけです」

「ふむ。どんな動きだ?」

 シララスへの確認が終わり、カザミとヒミリクは話を進める。

「チカヒミの飛行都市に、神橋が架けられるようになりました。先日の戦いが終わってから少し、それからずっと」

 チカヒミの動きを監視するのは、主にカザミの役目だ。ヒミリクやシァリもしてないいわけではないが、ヒミリクはシララスを、シァリはクゥラを鍛えるのに忙しい。カザミもカザミでやるべきことはあるのだが、他の二人よりは余裕があった。

「それはまた、面白いことだな。チカヒミの者が気付いていないのか……」

「あるいは、わたくしたちを誘い出す罠か。さて、どちらでしょうと考えたのですが、わたくしたちの誰かが偵察に向かうわけには参りません」

 もし罠であれば、その時点でチカヒミは大きく動き出す。そのための罠なのだから。

「ということで、シララスとクゥラのお二人に偵察をお願いしようかと……こうして迎えにきました。あ、あちらにつくまではわたくしもご一緒しますよ。万が一、待ち伏せがあったとしてもすぐに撤退できるように」

「俺が、偵察?」

「はい。ですから、ヒミリク」

「今日の修行はお休みだな。シララス、いけるな?」

 師匠に見つめられて、シララスは小さく、しかしはっきりと頷く。直接的な戦いでなくとも、チカヒミとの戦いに参加できる。待ちに待ったこの機会を逃すつもりはない。

「ふふ、では急ぎましょう」

 川に面した扉から出ていくカザミに、シララスもついていく。そして彼女が架けたカカミへの神橋に、彼も足を踏み入れた。見えずとも感じられる橋を数十歩。到着したのは、カカミの中心――カカミ神社だった。

 林に囲まれた小高い丘の上に立つ、神代りの鎮座する神社の神殿。シララスもこうして、近くで見るのは初めてだった。彼も同盟国の心生みといえど、その同盟の主役はヒミリクとカザミ。シララスが自由に訪れることができる場所ではない。

 格調高い、神聖な雰囲気に包まれた神殿。その雰囲気に呑まれそうになっていたシララスに、カザミは気軽に声をかけた。

「カカミ神社にようこそ。少々お待ち下さいね」

 再び神橋を架けて、カザミはシララスを残してマコミズへ向かった。

 数分後。

 カカミ神社を眺めていたシララスは、神橋の気配を感じて振り向く。あるいは、彼女の架けた真橋か――ともかく、そこを歩いてきたのはクゥラを連れたカザミだった。

「さて、とりあえずお連れしましたが……クゥラにも質問です」

「はい。私で答えられることでしたら」

 微笑んで答えたクゥラの姿に、ちょっとした違和感を覚えながらシララスは黙って待つ。違和感の正体は明らかだが、今は聞くべきではない。

 カザミからクゥラへの質問は、シララスにしたのと同じもの。チカヒミとの戦況に関する質問に、クゥラはすらすらと完璧に答えていった。その知識の正確さに、シララスは心の中で感嘆し、自分も負けていられないと少しの対抗心を燃やす。

「知識に問題はないですね。では……」

 それからカザミが告げた内容も、シララスに伝えられたものと同じ。若干省略されている部分もあったが、それはマコミズで既に伝えているのだろうと理解する。

「シララスさん、準備はよろしいですね?」

 そしてその中には、偵察への承諾も含まれていたようだ。クゥラの言葉にシララスは頷きつつ、今なら大丈夫だろうと違和感について尋ねる。

「ところで、その髪」

 今日のクゥラはツインテールではなかった。ストレートに下ろされた、セミロングのスノーシルバーの髪。あれ以来、何度か彼女と会ってはいるが、ツインテール以外の髪型をした彼女を見るのは初めてだった。

「普段はこうしているんです。ツインテールの方が好きですか?」

 笑顔で他意のない、と思われるクゥラの問いに、シララスは困った顔でカザミを見る。しかし、カザミも笑顔を見せるだけで経過を見守っていた。

「戦いのときにする髪型?」

 シララスは質問を受け流し、こちらから疑問をぶつけてみる。功を奏した。

「他にも大切なときに。今日は偵察ですから……どちらにしましょうか」

 クゥラはシララスを見て、続けてカザミを見て、少し迷った様子を見せたが、程無くしてポケットから金の紐リボンを取り出し、髪を結っていく。三十秒ほどで作業は終わり、シララスの見慣れたツインテールのクゥラがそこにいた。

「どちらが好きですか?」

 覚えていた。またも笑顔で他意のない、と思われるクゥラの問い。

「その質問の意図は?」

「お兄様以外の異性に、下ろした髪型を見せるのは初めてですから、興味本意です。もしかして、答えにくい質問でしたか?」

 他意がないことを確認し、安心したシララスは大きく息を吐いて、笑顔で答える。

「いや、俺は別にどっちでもいいよ。あんまり気にしない」

「……そうですか」

 少しの沈黙から、クゥラは微笑みとともに。

「ふふ、ヒミリクから聞いた通りですね」

 続いてカザミがくすくすと。

 二人の反応にシララスは何かを間違えたかと思ったが、二人からそれ以上の言葉も反応もなかったので、とりあえず心橋を架け始めることにする。待っている間、大体どのあたりに心橋を架けられるかは確かめておいた。

「あっちで問題ないですよね?」

「ええ」

 カザミの答えを聞き、シララスはチカヒミの飛行都市に向けて心橋を架けた。肩を並べてクゥラも真橋を架け、二つの繋がった幅の広い橋がチカヒミに架けられる。

「わたくしが先頭を努めます。万が一に備えて、走れるようにしておいて下さい」

 一歩前に出て、心橋と真橋の組み合わされた架け橋の前にカザミが立つ。歩いて数十歩、走ればその移動時間はかなり短縮できる。待ち伏せがいたとしても、カザミが魔法で目を眩ませてすぐに撤退できるように。

 三人は心橋を渡り、一歩、二歩……十歩、二十歩……流れていくような空の景色を横目に、チカヒミの飛行都市へと歩いていく。三十歩、三十五歩……次に踏み出した足は、チカヒミの地面を踏み締めていた。

「う、ん?」

「……これは?」

 その感触にシララスとクゥラが地面を見る。踏み締めた地面は、とても柔らかかった。そして目に映った地面は、真っ白に輝いていた。

「雪が積もっていますね。そんなに寒くはないようですが」

 カザミの言葉に二人は視線を上げる。彼らの目の前に広がるのは、一面の雪――だけではなかった。雪の中にちらほらと、咲いているのは真っ白な花。

「こんなに積もった雪、初めてだ」

「マコミズでも、この時期にはここまで積もりませんね」

 広がる真っ白な地面の先には、小さな都市のようなものが見える。その都市の奥には大きな建物も見えるが、ここからでは遠くて詳細はわからない。

「さて、罠はないようですし、わたくしは戻りましょう。偵察、お願いしますね」

 カザミの言葉に二人は頷き、顔を見合わせてから雪の上を歩いていく。積もってはいるが固めの雪は靴が半分沈む程度で、比較的歩きやすい。足跡はないが新雪ではないようだ。

「固雪ですね」

「へえ、そう呼ぶのか」

 火山と温泉に恵まれ、地熱により雪が溶けやすいココカゼ。雪が降ることはあっても、ここまで積もることは滅多にないし、あったとしても固雪になるほど長く残ることはない。

 都市の近くまで進んで、警戒しながら二人は歩を進める。しかし、その警戒は長くは続かなかった。

「誰も、いない?」

「……のようですね」

 人影はなく、美しい姿の建物だけが彼らを迎えていた。都市に足を踏み入れると、柔らかい雪と芳しい花の香りが届く。しかし、物陰から人が飛び出してくるようなことはなかった。

「放棄されたから、心域もないのかな」

「拠点にされたところで、困る場所でもない……可能性はありますね」

 シララスとクゥラは声を響かせて会話する。どこか別の場所に人がいて、この声に気付いて動きがあれば、彼らにも察知できるかもしれない。そう判断しての無意識の協調だったが、やはり他の誰もこの近辺にはいないようだった。

 二人はさらに歩を進め、奥にある大きな建物を目指す。外と違い柔らかな雪の中、都市の奥に建っているのは白い石で造られた美麗な建物。一目見て、この都市において大事な建物であることがわかる姿であった。

「あれも、神殿かな?」

「かもしれません」

 カカミで見た神殿とは全く違う様式。建材からして共通点はない。だが、その建物の位置する場所、そして手入れの行き届いた様子から、似たような役割であると想定するのは、簡単かつ自然だ。

 もちろん、それを利用した罠という可能性も否定はせず、少しの警戒は残しておく。直接的な攻撃はなくとも、どこか遠くから監視されている可能性はまだ残っている。

 と、神殿らしき建物から一人の少女が姿を現した。

 ショートのさらさら流れるような、アクアホワイトの髪。小さな少女であり、クゥラと並んでも肩が並ぶくらいであるが、少女は数段高い場所に立っているので、二人は見下ろされる形となる。

 小さな少女はゆっくりと階段を下りて、まっすぐに二人の方へと歩いていった。彼女が近付いてくるのを見て、先に声をかけたのはシララスだった。

「君は? チカヒミの人か?」

 小さな少女はこくりと頷く。警戒の色はないが、かといって友好的な色もない。

「ここには、君以外の人はいないのか?」

 だからまずは無難な質問から。

 小さな少女はまたも、こくりと素直に頷いた。

 対話はできることを確認して、シララスはクゥラに視線で促す。クゥラも小さく頷いて、こちらも警戒はしていないという意志を込めて言葉をかける。

「私たちはチカヒミの様子を確かめるために、カカミよりやってきました。できれば知っている情報を教えてもらえますか?」

 クゥラの口から出てきた言葉に、シララスは彼女の顔を見る。しかしクゥラは微笑みを返すのみで、当然といった表情をしていた。仕方なくシララスも、平然を装うことにする。

 小さな少女は二人の顔を交互に見て、困った顔を見せた。

「もしかして……」

「喋れないのか?」

 声を合わせるような二人の言葉。

 小さな少女は首を傾げて、静かに首を横に振った。

「……ルーンカ」

 そして小さな声で、小さく口を開いた。続く言葉は、少し待ってもない。

「君の名前かな?」

 小さな少女は頷く。それを見て、シララスも言葉を続けた。

「俺はシララスだ。よろしくな、ルーンカ」

「私はクゥラです。初めまして、ルーンカさん」

 二人が名乗ると、ルーンカも小さく笑って答えた。

「ところで、他に知っている情報はありますか?」

 ルーンカは小さく頷く。

「チカヒミと、カカミは戦ってる」

 彼女の口から告げられたのは、たったそれだけ。それだけでも、彼女の言いたいことは二人にちゃんと伝わった。ルーンカの表情は柔らかいが、瞳はまっすぐに揺らがない。

「敵国の偵察に、話す情報はない……」

 クゥラが言い切るより早く、ルーンカは頷いた。

 人のいない都市に、たった一人の少女。まるで待っていたかのような様子だが、積極的に会話をするわけでもない。やはりこれは罠であったが、罠にかけるべき相手として自分たちは不適当だから、こういう結果になっているのだろうか。

 シララスは考え、クゥラもまた同じように状況を考えていた。その考えは細かい差異こそあれど、彼女に何らかの目的はあるが、その目的は不明という一点では同じだった。

「君はどうして、ここに一人で?」

 それでもなお、シララスは質問する。目的は不明でも、今の彼女に敵対する意志は見えない。ならば偵察として、少しでも引き出せる情報は引き出しておきたかった。

 ルーンカはシララスを見て、次にクゥラを見た。そして小さく優しく笑う。

「ええと」

「その……」

「私のため」

 困った様子を見せた二人に、ルーンカは最後の一言を告げた。そして、もうこれ以上は話すことはないと言うように、二人に背を向けて神殿の中に戻っていく。

「あ!」

 背を向けたルーンカを追いかけて、シララスも一歩足を踏み出す。

「シララスさん」

 後方からクゥラが声をかけたのと、シララスが二歩目の足を戻したのは同時だった。心域を広げられるシララス。真域を広げられるクゥラ。二人はすぐに気付いた。ルーンカを追わせないように、二人の目の前にシンイキが広げられたことを。

 誰かがこの状況を監視している。そして、もしこれ以上踏み込めば、その誰かが動き出す。

「戻りましょう」

「ああ。偵察は十分だ」

 二人は踵を返して、チカヒミの神殿都市を出ることにした。監視する誰かが追いかけてくる様子はなく、また他に姿を現す者もいない。念のために二人は神殿都市から少し離れた場所まで移動してから、心橋と真橋を架けてカカミへ帰還するのだった。

「偵察、お疲れさまでした」

 カカミで二人を迎えてくれたのは、カザミと二人の人物――二人の師匠と兄、ヒミリクとシァリだった。

「師匠、どうしてここに?」

「シァラーゼお兄様も、なぜ?」

 二人からの当然の疑問に、答えたのはカザミだった。

「あ、お二人をお呼びしたのはわたくしです。偵察でお疲れのお二人を、温泉に連れていってもいいかとの許可を……結果、ヒミリクには断られました」

「当たり前だ。そもそも、私の前に彼女が断るだろう」

「そうですか? ともに偵察した仲間同士、一緒に全てを曝け出して親睦を深めるのも、よろしいかと思ったのですが」

 交わされた会話で大体の事情を理解するシララスとクゥラ。そして、クゥラの視線は兄の顔を捉えた。

「お兄様、許可したんですか?」

「我はクゥリットの意志に任せる、と言っただけだ」

「はあ……それならよろしいのですが」

「というわけで、別々になります。残念でしたね、シララス」

「いや、そこで俺に言葉を求めないで下さい」

 どう答えてもいい状況にはならないことは、さすがのシララスも察している。

 時と場所を変えて。

 ココカゼの温泉宿。シララスとヒミリクが普段から暮らす宿の、露天風呂。温泉に浸かり疲れを癒していたのは、クゥラだけではなかった。

「もしシララスが覗いたら、私が殴り倒すから安心してね!」

「いえ、大丈夫だと思いますが……」

 護身という目的でついてきたシズスク。クゥラは全く心配していなかったが、シズスクの警戒は本気だった。が、九割くらいは温泉に浸かるのが目的である。

「いやいや、クゥラちゃん可愛いから、念のため念のため」

「シズスクさん、覗かれたことあるんですか?」

「んー、ないね。でも一緒に入ったことはあるよ。あ、小さい頃の話ね。十歳くらい」

 温泉のお湯を肩からかけて、ぷかぷかと体勢を変えながらシズスクが言う。落ち着いて温泉に浸かっているクゥラと違い、彼女はちょっとだけ移動範囲が広い。それがシララスを警戒してのものなのか、普段の楽しみ方なのかはクゥラにはわからない。

「クゥラちゃんは、お兄さんと一緒に入ってるの?」

「はい。ごく稀に、ですが。お兄様も忙しいですし、私も修行で忙しいですから」

「ふーん、じゃあ見慣れてるから、もしかして気にしなかった?」

「いえ、お兄様はいつもシャワーで済ますので、見ている時間はさほど」

 ぷかぷかシズスクが少しぷかぷかしてから、「ふーん」と呟いて答える。

「それに、私も基本はシャワーです。……こういう場所がマコミズにもあれば、また違う習慣になっていたでしょうけれど」

 兄から話に聞いている間は、そこまで魅力には感じていなかった温泉。しかしいざ浸かってみると、兄の感想は間違いでなかったと思う。むしろ、兄の感想は甘い。兄が話していたよりも、もっと気持ち良く、心地好い。素晴らしいものだ。

「だよねー。いつでも来れるようになるといいね」

「はい。チカヒミとの戦いが終われば、真橋ですぐです」

「ふふ。そのためにはシララスにも強くなってもらわないとね。クゥラちゃんのために、シララスにも教えてあげようかなー」

 シズスクの真似をするように、クゥラもぷかぷかしてみる。試してみたら、思ったよりも気持ち良かった。濡れた髪が浮いて広がる感触も、心地好かった。やはり温泉は素晴らしい。


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