四月 第二章 四つの触手


第一話 川の向こうの合宿・自由施設


 四月も中旬に入って、いくら春の遅い北海道といっても暖かさを肌で感じられる季節になってきた。桜が咲くにはまだもう少しの時間が必要だけれど、蕾は大きくなって色付き始めている。

 成ちゃんといっしょに通学路を歩いて、学校にもうすぐ着く頃、校門の近くに鞠帆ちゃんの背中が見えた。そして彼女の頭の上には、月星ちゃんが静かに乗っていた。

「あれ、どうなの? 堂々としてるけど」

 遠くでもはっきり見える月星ちゃんの姿に、成ちゃんが複雑な顔で言う。

「見えない人は気付かないし、見える人は気にしないし、いいんじゃないかな?」

 鞠帆ちゃんと月星ちゃんの背中を見ながら、私たちも校門を抜けて教室へ向かう。頭に乗った月星ちゃんには他のクラスメイトは気付くことなく、見えている鋭刃くんは一瞬視線を向けただけで表情を変えることはなかった。

 屋上で会ったあの日、水筒に入ると言い出したのはンリァスちゃんだそうで、彼女の行動に慣れている彼からすると一人と一触の姿は温和しく映るのかもしれない。

「ところで、灯?」

「うん。午後には準備するって」

 他のクラスメイトもいる中、名前を出さなかった成ちゃんに私は答える。ンレィスは煙突からいつでも外に出られるから、必要がないときはいっしょに登校する気はないという。といっても、その必要の条件は緩くて、私がいっしょにいきたいと言えば快く承諾してくれるらしい。

 第一生物部の活動は何もないから、ンレィスが部室に現れるかどうかは彼女次第で、それは月星ちゃんやンリァスちゃんにも言えることだ。

 だけど、今日はちょっと事情が違う。昨日のうちに鋭刃くんから、私と鞠帆ちゃんはンレィスと月星ちゃんを連れてきてほしいと頼まれていた。話をするために部室に集うのは放課後だから、それまでに集まればいいとの話である。

「それでね、また現れたっていうから、やっぱりしばらく様子を見るんだって」

「……正体不明の怪奇現象。ただの、点検不足の可能性もある」

 教室にはいなかった、千草ちゃんと晴虎ちゃんの声が廊下から聞こえてきた。

「晴虎って、オカルト好きなのにそのへん真面目だよねー」

「……あのね。オカルト好きは、なんでもオカルトにこじつける人ばかりじゃないの」

 笑う千草ちゃんに、呆れる晴虎ちゃん。二人が席に戻ったところで、私は尋ねる。

「何の話?」

「ああ、ほら、この学校には合宿・自由施設があるでしょ?」

「うん。川の向こうでちょっと遠いから、行事でしかいったことないけど」

「確か、部活の合宿ではよく使われてるらしいわね」

「そうそう、そうなんだけど、私、よくその部活の助っ人をするから色んな部活の生徒から聞いたんだけど、最近ちょっと危ないことが起こるって話でさ」

 私と成ちゃんが首をかしげて続きを待っていると、晴虎ちゃんが話を継いだ。

「壁板が剥がれ落ちたり、LED電球が切れたり、蛇口を開けようとしたら開きすぎて水が勢いよく飛び出たり……そういった現象ね。普通なら、点検不足や整備不良を疑うところね」

 千草ちゃんは小さく肩をすくめて、晴虎ちゃんの話をさらに引き継いだ。

「実際、野球部が最初に遭遇したときはそれを疑って、学校が調査したんだけど何もなし。それで安心とテニス部や水泳部が合宿をしようとしたところ、似たようなことがまた起こって、今度は生徒会も調査に乗り出したんだけど……」

 千草ちゃんはちらりと鋭刃くんを見る。どうやら彼も参加していたらしく、視線を向けられた鋭刃くんは私たちを一瞥して大きく頷いた。

「今度も問題なし、で調査を終えようとしたときに、屋根の上から中くらいの石が落ちてきて会長が怪我しそうになったって。ま、会長は動じることなく、拳を握って砕き散らしたって話だけど、いくら神尾塚会長でも、これはちょっと眉唾かな」

 苦笑する千草ちゃん。ちらりと鋭刃くんを見ると、彼はそれ以上に苦笑していた。どっちの意味にもとれるけど、放課後にも機会はあるしそのときに聞いてみよう。

「ま、そういうわけで、しばらく施設を使って合宿するのはやめることにしたんだって。業者を呼ぶのかお祓いをするのか、何をするつもりか知らないけど、生徒会の預かりで」

「学校じゃないんだね?」

「そうね。確か、あの合宿・自由施設って、名目上は学校の施設でも所有は神尾塚の家じゃなかったかしら?」

「……ええ。だから、神尾塚の一人娘である、神尾塚里湖会長にも権限はある。そういうことね」

 成ちゃんと晴虎ちゃんの説明に、私と千草ちゃんは納得して頷く。どうやら千草ちゃんもそこまでの事情は知らなかったらしく、私に視線を向けて照れ笑いをしてみせた。

 私が微笑みを返していると、不思議に思った成ちゃんが大きく首をかしげていた。

 放課後。

 授業中も月星ちゃんを頭の上に乗せたままだった鞠帆ちゃんが、鞄を片手に私たちのところにやってきた。もちろん、今も頭の上に月星ちゃんは乗っかっている。

「重くないの?」

「ええ。軽くもないけど」

 知らない人に聞こえても不自然にならない言葉で尋ねると、鞠帆ちゃんはそっと髪の上の月星ちゃんに手を触れながら答えた。遠目には黒髪を撫でているような動作で、優しく月星ちゃんの足のような触手を撫でている。

 月星ちゃんはくすぐったそうにしながらも、とても嬉しそうな様子が上の触手の動きで伝わってくる。

「それより、早くいきましょう。何の話かわからないけれど」

 きっと大事な話だと思うと言いたげな真剣な顔で、鞠帆ちゃんは言った。私と成ちゃんは頷くと、三人と一触揃って第一生物部の部室へと向かう。

 階段を上って到着した部室の扉を開けると、中ではンレィスとンリァスちゃんが待っていた。鋭刃くんの姿はないけど、彼は教室を出るときにはまだ中に残っていた。先生に声をかけられていたから、副会長としての役目もあるのだろう。

「おお、やっぱりこの塊は面白いね! 触塊の子とはあなたが初めてだから、興味深いよ!」

「わたくしも触液種とは初めましてですから、気持ちはわかりますわ。でも、一本一本確認するのはやめていただけます?」

「なんでー? 気持ちいいでしょ!」

「否定はしませんが、疲れますわ。動かしているのはわたくしですのよ?」

 少しの棚と机に椅子しかないような質素な部室で、ンレィスとンリァスちゃんがじゃれあっていた。ンレィスが一本ずつ触手を伸ばして戻して、待ち構えるンリァスちゃんが液体のような触手で触れている。たくさんの触手を動かしているのはンレィスで、確かに疲れそうだ。

 だけどンレィスも次の触手を差し出して、迷惑そうな様子は見せていない。微笑ましく二触の様子を眺めていると、部室の扉が開いて鋭刃くんが入ってきた。

「やあ、遅れてすまないね。少し会長に伝言を頼まれてね。ついでに今日のことも確認しておいたから、早速話を始めていいかな?」

 慌てた様子はないけれど、すらすらと淀みなく言葉を続けた鋭刃くんに、私たちは揃って頷く。彼も頷き返すと、話はすぐに始まった。

「まずお願いがあるんだけど、ここにいる僕たちで合宿にいきたいんだ。今週の土日を利用して、二泊三日でね。金曜の放課後から、それだけあれば大丈夫との話だ。予定があるなら無理にとは言わないけど、問題ないかな?」

「質問はしてもいい?」

 鞠帆ちゃんが言い終わってすぐに聞いた。鋭刃くんは「もちろんだ」と即答して、鞠帆ちゃんは尋ねる。

「その大丈夫と判断したのは、神尾塚会長?」

「里湖さんもだけど、もう一人いるね。刈霧正五〈かりぎり せいご〉という人で、探偵をしているのだけど、僕もまだちゃんとした面識はない。彼にも協力を頼んでいるそうだ」

 私は成ちゃんと顔を見合わせる。鞠帆ちゃんを見ても首を横に振って、誰もその刈霧正五という人は知らなかった。

「刈霧正五さんはこの村の生まれだけど、事務所を構えているわけではないからね。僕も名前だけは昔から知っているけど、特に頼みごとがあったわけでもないし、君たちが知らないのも無理はないさ。守月神社も今の巫女さんは優秀だから、あまり縁はないだろうしね」

 その優秀な巫女さん鞠帆ちゃんは、褒められても気にした様子はなく頭上にいる月星ちゃんの触手を見上げていた。

「合宿って、やっぱりあの施設を利用するのかしら?」

 これ以上の質問はなさそうな鞠帆ちゃんに代わって、成ちゃんが聞く。

「うん。話は聞いていると思うけど、あの問題には閃穴が関わっているのは間違いない。里湖さんには今後のために親睦も深めてほしいという気持ちもあるようだよ」

「会長はこないの?」

「そうだね。生徒会の仕事も忙しくてね。今回は難しいそうだけど、代わりに助っ人は頼んでおいたから食材の準備や施設での宿泊に関わる諸々は心配しなくてもいいと言われたよ。施設にも多少の備蓄はあるけど、普通はこんな急に合宿をすることはないからね」

「缶詰しか出ない合宿なら、さすがに灯といっしょでも断るわね」

 成ちゃんの言葉に、私も微笑んで同意する。鞠帆ちゃんも同じ気持ちだったのか、それならといった様子で鋭刃くんに視線を送っていた。

「まあ、そういうわけなんだけど、みんな問題ないかな?」

 鋭刃くんの確認に、私と成ちゃん、鞠帆ちゃんの三人は大きく頷いて、承諾の返事をした。鞠帆ちゃんの頭上で月星ちゃんも頷いていて、ンレィスはというと今もンリァスちゃんに触手を触られている。

「ンレィスは?」

 私が聞くと、ンレィスは触手を振り向いて答えた。

「ああ、わたくしならンリァスから、もう聞いていますわ。灯が問題ないなら、わたくしも問題ありません」

「そっか。じゃあみんないっしょだね」

 私が微笑むと、鋭刃くんも安心した様子でゆっくりと大きく頷いていた。

「成ちゃん、楽しみだね」

「ええ。聞いた話だと、あの合宿・自由施設って温泉も広いらしいじゃない。日帰りで利用できるわけでもないし、合宿としてゆっくり楽しめるなら歓迎よ。……それくらいの時間は、あるんでしょうね?」

 念のための成ちゃんの質問に、鋭刃くんは柔らかく笑って肯定した。

「夜遅くまで、騒ぐのでなければね。そこまで緊急の話なら、里湖さんが自ら動かないのはありえないさ」

 そういうことで、私たちは第一生物部の合宿という名目で合宿・自由施設に二泊三日で訪れることになった。出発は今週の金曜日の放課後、仕度にかけられる期間は三日もないけど、必要な準備は多くないので気楽なものだった。

 木曜日。

 金曜日。

 放課後。

 あっという間ではない数日が過ぎて、出発の日になった。放課後すぐにというわけではなく、まだ時刻には余裕がある。

 帰宅して着替えを終えて、ンレィスといっしょに家を出た私は、まず成ちゃんの家に向かって彼女と合流する。それから、次に向かうのは鞠帆ちゃんの待っている守月神社だ。

 鳥居の下で待っていた鞠帆ちゃんは、私服姿で頭に月星ちゃんを乗せていた。

 目的の合宿・自由施設は、ここ守月神社の北に流れる川を越えた先にある。砂和里手湖の下流は広くて浅い流れの緩やかな川で、架かる橋は広くて歩きやすい平らな木造の橋だ。

 穏やかに沈んでいく太陽を背に、その橋を私たちは並んで歩いていく。

「そういえば、鞠帆ちゃんの私服って初めて見る気がするね」

「そうね。神社にいるときは巫女装束が多いし、学校では制服だし」

 小さな村ではあるけれど、橋の先まで向かうとなると黙って歩き続けるには退屈な距離がある。私と成ちゃんが何気なく振った話題に、鞠帆ちゃんは冷静に答えた。

「初等部の頃は私服だったから、気のせい」

 確かにその通りなのだけど、私は鞠帆ちゃんの私服姿にどこか違和感を覚えていた。私服が初めてというのは気のせいでも、気のせいじゃない何かがある気がする。

「……あ、そっか。スカートだ」

「スカート?」

 鞠帆ちゃんが繰り返す。スカートにそっと触れる手を横目にして、私は言葉を続けた。

「鞠帆ちゃんって、初等部の頃は巫女っぽい服が好きで、ズボンやショートパンツばかりだったよね。たまにロングスカートははいてたけど、今日みたいな膝が見えるスカートは見たことがないよ」

 初等部の頃は適当なサイズの巫女装束がないから、と巫女っぽい私服を彼女が着ていたのは有名な話だ。制服になって三年以上、すっかり忘れていたことを思い出すと、答えも出てくる。

「……灯、よく見てるのね」

 成ちゃんは感心した声でそう言った。成ちゃんもスカートくらいまでは思い出せたのだろうけど、長さまでは覚えていなかったみたいだ。その成ちゃんが、初等部の頃にスカートの長さを色々試していたから私は覚えていたのだけど、言うほどのことでもないので私は成ちゃんを見て微笑むだけにしておく。

 鞠帆ちゃんは黙ったまま触れたスカートをひらひらさせて、長さを確かめるような仕草をしている。そんな姿は間違いなく、初めて見る鞠帆ちゃんの姿だ。

「合宿では頼まれたこともあるけど……」

 私はそっと鞠帆ちゃんに視線を向けて、言葉を告げる。

「何? 灯さん?」

「鞠帆ちゃんには、灯さんじゃなくて、灯って呼んでもらうようにするから。ね、成ちゃん」

 視線は鞠帆ちゃんに向けたまま、成ちゃんの名前を笑顔で呼ぶ。

「ま、灯がしたいなら好きにすればいいわ。私はどっちでもいいけど」

「そう。どっちでもいいなら、今から灯と成と呼ばせてもらう。……いい?」

 最後の一言を口にするときだけ視線を私たちに向けて、鞠帆ちゃんは言った。

「……あれ? もう目的達成しちゃった?」

「みたいね。おめでとう、灯」

 私と成ちゃんは笑顔で顔を見合わせて、最後の一言に答えるように小さく頷く。鞠帆ちゃんの表情からはそれで納得したのかよくわからなかったけれど、頭の上の月星ちゃんの様子はとても嬉しそうに見えた。

 ちなみに私の肩の傍に浮かんでいるンレィスは、黙って触手を色んな方向に向けていて、ときたま伸ばしては短くしてを繰り返している。どうやら閃穴を食べているらしい。

 そんなンレィスが口を開いたのは、学校の校舎にも引けをとらない大きさの建物が目に入った頃だった。木の橋の先にはもちろん、そんな建物は一つしかない。

「あれが問題の合宿・自由施設ですのね。閃穴があると聞いて軽く前菜をいただいていましたが……見たところ、普通ですわ」

 失望や落胆の色はないけれど、歓喜も感じさせない声でンレィスは言った。

「……うん。でも、あれ」

 同じく閃穴を探していた月星ちゃんが短い言葉で話を継いで、蛇のような太い一本の触手をまっすぐにある場所に向けていた。

 彼女が示した先には、予想ができなかったわけじゃないけど、予想もしていなかった人物が立っていた。

 合宿・自由施設の入り口の前に立っているのは、誰あろう、ピッツァカフェ ン・ロゥズの店長にして、私とンレィスの出会いのきっかけを作った人――花見櫓恋凜さんである。鋭刃くんから聞いていた、合宿のお世話をしてくれるという助っ人だ。

 生徒会の仕事はないけれど、会長と少し話をするため遅れてやってきた鋭刃くんから聞くまでもなく、私たちはその姿を見るだけで彼女の立場を察することができた。

「ねえ、恋凜さん。あなたがいるなら、あなただけでも問題は解決できるんじゃないの?」

「私は事件解決を頼まれていませんから。難事件を解決するのは、名探偵の役目ですよ。そういう案件だと、里湖さんは判断したのでしょうね」

 だけど、鞠帆ちゃんと恋凜さんの今の関係を私たちが察することはできなかった。ただ、聞こえてきた事件という言葉と、恋凜さんなら解決できるという言葉の意味は、ほんのりとだけど察することができる。

「ま、私もあなたがどれほどの力を持っているのか知らないし、気になることもあるけれど、とりあえず……」

 鞠帆ちゃんは私の方を見て、言葉を促した。私も成ちゃんも、きっと鞠帆ちゃんもちょっとは気になっていることだと思う。

「恋凜さん、ン・ロゥズは空けてもいいんですか?」

「ああ、それなら……ふふ、大丈夫ですよ。うちの店員は優秀な娘ですから、ピッツァはさすがに許可できませんが、コーヒーならとても上手に淹れられるようになったんですよ」

 ということらしい。ピッツァカフェの後半しかないけれど、お店としてはそれでも問題ないみたいだ。そもそも、商売っ気のあまりない喫茶店だし、自営業ということもあって色々と自由が利くのかもしれない。

 恋凜さんとの会話が一段落して、私たちの興味は彼女の後ろの合宿・自由施設の外観に移る。

 近くにきて実感するのは、単なる合宿施設ではなく自由施設でもあるためか、豪華ではないけれど質素でもないお洒落な装飾が随所に散りばめられていることだった。その多くは木製の装飾で、鉄筋コンクリートの四角いシンプルな建物を魅力的に彩っている。

 施設は広い敷地に建てられた広い建物で、二階建ての一階部分に食堂や集会室などがあるらしい。詳しい設備はよく知らないけれど、温泉のお風呂があるのもその一階だ。

 宿泊部屋は一階と二階に分かれていて、一階が女子、二階が男子ということになっているそうだ。男女合同で合宿することになると男子の一部が色めくけれど、女子部屋と男子部屋のある位置は微妙にずれていて、階段を通るときに覗くこともできない事実を知ってため息をつく、という話は学校でそこそこ知られた話だ。

「さて、まだはっきりとお伝えしていませんでしたね。今日から二泊三日、食事やベッドメイク、お風呂のお掃除など、みなさんのお世話をさせていただく花見櫓恋凜です。今回の合宿や調査に必要そうなものは揃えてありますので、困ったことがあれば何なりとお知らせください」

 にっこりと笑う恋凜さんがそう挨拶をしたのをきっかけに、私たちは合宿・自由施設の中に入る。大きな扉がゆっくりと開いて、広い玄関の先には廊下や部屋が並んでいる。

 恋凜さんの案内で廊下をまっすぐ進み、示された部屋には食堂と書かれていた。

「荷物は私がお部屋に運んでおきますので、みなさんはこちらでお話しください」

 私と成ちゃんと鞠帆ちゃんと鋭刃くん、四人分の荷物をどうやって一人で運ぶのかが気になりつつも、次の言葉が耳に届くよりも早く私たちは彼の姿を目に留めていた。

 その驚きは、恋凜さんに不思議を聞いてみるのも忘れるほどで……。だけど、どこか、とても納得できるものでもあった。

 食堂の椅子に座っていても、背の高さははっきりとわかる男性。その鋭くて理知的な目が、部屋に入ってくる私たちを観察するように捉えているのだった。


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