雪触手と空飛ぶ尻尾

冬の昼下がりに恋する少年――安土ポーニャの観察日記・一


 よく晴れた日曜日のことです。昨日の塔での激しい戦いが嘘のように、爽やかで冷たい冬の風が吹いたその日に、私は二人の様子を観察していました。

 佐宮菊花と檜山俊一。幼馴染みの二人は、菊花の部屋に二人きりです。私はそれを部屋の隅っこから観察しています。テール族最強のポニーテールたる、この安土ポーニャ。本気を出せば二人の精神にちょっと干渉して、存在を認識させないことなど容易いのです。

 無断で侵入するのは良心が咎めるので、ちゃんと桜と遥さんの許可はとりました。二人への報告が交換条件です。

「クーリはいないのか?」

「上にいるよ。屋根に積もった雪のベッドでひなたぼっこ」

「上、か」

 俊一はぼんやりと天井を眺めています。ほんの少しだけ落ち着かない様子。ちなみに、クーリも私たちの協力者です。知らないのは妹のツイナとここにいる二人だけです。

「なあ、菊花」

 彼は視線を菊花に向けて、真面目な顔で呼びかけます。

「そんな顔して、どうしたの俊一? 二人きりだからって襲いたくなった?」

「襲わねーよ!」

「襲っていいよって言ったら?」

「言われても襲うわけないだろ」

「そうだよね。私を襲ったところで、お姉ちゃんの代わりにはならないし」

 二人の会話はいつもと変わらないようです。でも、俊一もそろそろ我慢の限界というのが遥さんの見立てです。もうすぐ変化が訪れることでしょう。

「あー、菊花。それなんだけどな」

 目を泳がせて俊一はなかなか切り出しません。

「ひとつ、菊花に伝えたいことがあるんだ」

「そうなの? 私も俊一に聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ? 先に言っていいぞ」

 優しい態度のようですが、彼はその間に心の準備を整えようとしています。やはり、一息に言う勇気はないようです。

「俊一はさ、いつお姉ちゃんに告白するの?」

「う。よりによってそれかよ」

 しかし、彼の目論見は見事に外れました。残念ながら。私にとっては好都合です。

「はっきりしてよ。俊一、お姉ちゃんに憧れてるんでしょ?」

「ああ。憧れてるよ。桜さんには、同じ妹を持つ者としてな」

「それだけ?」

「それだけだよ」

 菊花は俊一の目をじっと見つめます。俊一は目を逸らさずに見つめ返しますが、十秒くらいで耐えられなくなって目を逸らしました。

「女の子として好きじゃなかったの?」

「ああ」

「そうなんだ。でも、だったら言ってくれればよかったのに」

「いや、それはその、言えなかったんだよ」

 菊花は首を傾げます。俊一は説明を始めますが、遠回しです。

「言ったらさ、菊花、じゃあ好きな人はいるのって聞くだろ?」

「うん。聞くよ」

「そうしたら答えないと不自然だろ」

「そうだね。秘密にするのは俊一らしくない」

「で、俺はいるって答えるわけだが」

「いるんだ。誰?」

「……って、聞くよな、やっぱり」

 俊一は覚悟を決めたように、大きく息を吸ってから口を開きました。

「佐宮菊花。俺が昔から好きだったのは、目の前にいる幼馴染みだよ」

「え?」

 予想外の展開に、菊花はぽかんとしています。さすがの菊花も、この展開には乙女な反応をするものかと思っていたのですが、やはり菊花は菊花でした。

「本当に?」

「冗談で言うかよ、こんなこと」

「それじゃあ、私、俊一の頭の中では何百回も処女を奪われて……あ、待って、俊一的には私が捧げた設定になってるのかな?」

「おい待て、そんなことは……えーと」

「否定できない。やっぱりしてたんだ。具体的には何回?」

「数えてるわけねーだろ!」

 すっかり菊花のペースです。しかし、そのおかげで俊一も少し落ち着いたようです。

「じゃあこれだけは教えて。俊一は前と後ろどっちが好きなの?」

「なんて質問するんだよ」

「だって、いざというときに準備が必要でしょ? 心も体も」

「なんでやる前提なんだよ」

「俊一は振られる前提なの?」

「わかったよ、答えればいいんだろ」

「よろしい」

 俊一は抵抗を諦めたようです。菊花は体をほんの少し前に乗り出して、わくわくしているようです。私もちょっとだけ興味があるのでわくわくです。

「そりゃ、普通に前に決まってるだろ。いきなり後ろはねーよ」

「俊一はお尻より尿道口が好き、と。つまり求めるのはおもらしプレイ。わかったよ、ちゃんと準備しておくね?」

「ちょっと待て! その二択はおかしいだろ!」

「あ、それと私、初めてのときは騎乗位って決めてるから、よろしくね」

「流すな! いや、やっぱり流せ!」

 俊一が完全に翻弄されています。しかし、彼もやはり慣れたもの。数秒で落ち着いて、一番大事なことを訪ねるのは忘れません。

「……で、菊花はどうなんだ?」

「どうって?」

「その、俺のこと、どう思ってるんだ?」

 今まではすらすらと答えていた菊花でしたが、今回ばかりは口が止まります。唾を飲み込んで答えを待つ俊一に、菊花ははっきりと言ってのけました。

「答える義務ないと思うけど」

「は?」

「だって俊一、私のことを好きって言っただけじゃない。付き合ってほしいとか、結婚したいとか、言われたわけじゃないもん。うん。だから答えない」

「ええ、っと」

 予想外の肩透かしに俊一は言葉を失っていました。けれど、菊花の態度はもっともです。彼が幼馴染みから恋人への関係変化を望むと明言しないのであれば、菊花が俊一への気持ちを答えなくても大きな問題はないのです。

 さて、二人の今後の展開も気になるところですが、この様子ではすぐに進展することはないでしょう。俊一の勇気は限界です。

 お腹も空いたので、私はこっそり部屋を出ることにしました。

 観察は継続する予定なので、またいずれ記録することになるでしょう。とりあえずは、今日のことを桜と遥さんに報告することにします。

 せっかくなので、ツイナにも報告しておきましょう。その報告が、結果的に話を進展させることになったのですが、それはまたの機会にします。ごはんが食べたいです。


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