約束の土曜日、あたしは菊花の家の前に立っていた。ここ日本は侵略上の要所ではないけれど、菊花と一緒にいる触手族のお姫様、クーリの存在は捨て置けない。お姉ちゃんには、触手族についての調査が終わるまでは大きく動かないようにと指示されている。同時に、それさえ守れるならと、クーリへの対処はあたしに一任してくれた。
今回の行動はそのための第一手。クーリをあたしの領域におびきよせて、彼女の力量のほどを量らせてもらう。決して、ついでに菊花と仲良くなれたらなんて考えてはいない。これはあたしたちテール族にとって重要な作戦のひとつなのだ。
そのために人間族と仲良くなっておくことは、情報収集に役立てるのが目的で、断じてあたしが個人的に仲良くなりたいと思っているわけではない。
「ええと、確か……えいっ!」
あたしは全力でインターホンを押してみた。ちょっと強く押しすぎたみたいで指が痛いけれど、マイクを通して菊花の声が聞こえてきたから呼び出しは成功だ。
「はーい」
「ツイナよ。迎えにきたわ」
「うん。今いくねー」
しばらくして、菊花がバッグ片手に家から出てきた。クーリの入ったぬいぐるみはその中央に鎮座している。この宇宙には様々な力があるけれど、どれも本質は同じ。あたしのテール力をもってすれば、あれだけの触手力を持つ存在を察知するのは簡単だ。
もちろん、察知されないように隠していたら話は別だけど、今はあたしにもクーリにも隠す理由はない。
「じゃあ、次は俊一ね」
ちなみに二人の家は転校する前に、お姉ちゃんが調査済みだ。
迷うことなく到着した俊一の家。今度は力加減を考えて、インターホンをプッシュ。
「ああ。待っててくれ」
俊一の呼び出しにも無事成功した。
「揃ったわね。ついてきなさい」
「ふん、メス尻尾風情が偉そうに」
クーリは文句を言いながらも、大人しくあたしについてくる。偉そうでもなんでも、あたしの家を知らない彼女はついてくるしかないのだ。
あたしは西に向かって雪道を進んでいく。故郷の星にも降るものらしいけど、こうして踏み締めるのは地球に降りてからが初めてなので、まだ少し慣れない。しばらく歩き続けた頃、あたしたちの視界に高い塔が入ってくる。
「なんだ、あれ?」
「いつの間にできたんだろうね?」
「ふむ。あれだけ目立つ塔、二人も知らぬということは……」
「ふ、その通りよ。あれがあたしたちの家、安土塔よ!」
完成したのは昨日で、それまではテール力を注いで完璧に隠していた。今もその力は残っていて、知らない人には大きな木のようなものとしか認識されない。緩やかに力を減らしていって、気がついたらあって当然のものになっている寸法だ。
塔の前に到着したあたしは、豪華な扉を開けてみんなを案内する。
「さあ、入りなさい。あ、下駄箱はそこにあるから」
広い廊下が真っ直ぐに伸びた安土塔の一階。左には居間や食堂があるけど、あたしが菊花たちを連れていくのは上の階にある自分の部屋だ。
「高い塔だよね。部屋は何階?」
廊下を歩きながら菊花の質問に私は即答する。色々聞かれるであろうことは想定済みだ。
「二階よ」
「二階って、外から見たら十階はあるように見えたぞ」
「ええ。でも、居住スペースは一階と二階よ。三階以上にも色々あるけど……そうね、今は最上階に宇宙テールが収納されているってことだけ教えてあげるわ」
「宇宙テールって、宇宙船みたいなもの?」
「人間族のもので喩えるなら、そうなるわね」
「……テール族って、なんでもテールつけたがるのか?」
「それがあたしたちの誇りよ」
答えながら要注意観察対象であるクーリを見ると、彼女はチャックを開けてぬいぐるみを脱いでいた。真っ白で綺麗な長い体が背中から出てきて、床に着地する。
「菊花、抜け殻はバッグの中でいいか?」
「うん」
「それ、脱ぐのかよ」
「この場で人目を気にする必要もなかろう? よもや、他種族の脱衣に興奮したのか?」
「俊一ならありえる」
「ありえねーよ!」
菊花たちはなんだか楽しそうに話していた。あたしも混ざりたい……じゃなくて、あたしも溶け込んで情報収集に有利な状況を作らないといけない。これは作戦のひとつなのだ。
廊下の奥にある階段を登って、再び真っ直ぐに伸びた廊下を進む。右手にあるのがお姉ちゃんの部屋で、左手にあるのがあたしの部屋だ。
「うわあ、広い部屋」
「凄いんだな」
「そう?」
あたしの部屋を見た菊花と俊一は驚いていた。テール族にとっては至って普通の広さなのだけど、日本人からすると驚く広さらしい。
「さてと。荷物を置いたら三階についてきてくれる? それとも休憩が必要?」
階段は一階分しか登っていないけど、菊花たちの家からは結構歩いたと思う。
「三階なら大丈夫だよ」
「荷物は大丈夫なんだろうな?」
「見たところ、罠の気配はないぞ。安心しろオス人間風情」
「俺はまだクーリのことも信用してないんだけどな」
「あたしはそんな卑怯な手は使わないわ。奪うなら力尽くよ!」
「だそうだ」
「……ま、信じてやるよ」
疑り深い俊一がようやく納得してくれた。クーリと共同になったのはあまり気分が良くないけど、今はよしとする。とにかく三階まで連れ込めばこっちのものだ。
三階に廊下はなく、階段を登ってすぐの小部屋の奥には大きな両開きの扉が一枚。
「ここよ!」
「いかにもなにかありそうだね」
「本当に大丈夫なのかよ」
「しつこいわね。言ったでしょう、卑怯な手は使わないって。この部屋に入ったら鍵をかけて出られなくするから、さっさと入りなさい」
「トイレは?」
「あるわ。心配しないで」
「いや待て、閉じ込める気なのかよ」
「ええ。でもあたしも一緒よ? 軟禁してどうこうするつもりはないわ」
「オス人間風情は文句が多いな。そんなもの、中に入ってから考えればよかろう」
触手の先っぽを持ち上げて、クーリがさっさと動き出した。尻尾の部分で力強く右の扉を弾き開けるを見て、あたしも左の扉に近づいて左のテールで弾いて押す。案内するのはあたしなのだ。先を越させはしない。
「お前ら、手を……えーと」
「わらわは全身が手のようなものだ」
「あたしのテールは手よりも便利よ」
あたしとクーリを先頭に、菊花、俊一とついてくる。扉の先はカーペットの敷かれた明るく広い部屋。奥の小さな扉は四階への階段へと続いていて、壁一面には色々なものが収納された棚が並んでいる。
あたしは俊一が入ったのを確認して、自然と閉まる扉にテール力を飛ばして鍵をかける。これで準備は万端だ。
「ようこそ。ここがあたしたちテール族のプレイルームよ」
何もない部屋にきょろきょろと辺りを見回す菊花と俊一。クーリだけは平然と私の方を見つめていた。入った瞬間に収納の存在は確かめていたようだ。やはり侮れない。
程なくして、菊花たちも壁の収納に気付いてあたしの方を向いた。
「クーリ、菊花、それと俊一。あたしと勝負よ!」
「危険な勝負じゃないだろうな」
「俊一はえっちな勝負しかしないって言ってるよ」
「言ってねえ!」
「普通に遊べば危険はないわ。負けを認めたくなくて、暴れたりしなければね」
「わらわだけではないのが気になるが……メス尻尾風情、説明するがいい」
あたしは微笑んで、壁際にある一つの棚へと歩いていく。テール認証で鍵を解除して、ゆっくりと棚を引き出し、中にある小さなボードとカードセットを取り出す。それから壁にあるボタンを押して、部屋の中央に大きな台を出現させる。菊花たちに「下から台が出るから気をつけて」と注意するのは忘れない。
菊花たちのところに戻り、あたしは台の下にあるボタンを押して、出てきたスロットに小さなボードを入れる。すると、台の上にはゲームのための模様が浮かびあがっていく。
七×七マスに区切られたボード。これがあたしたちの戦いの舞台となる。
「ま、これを見れば大体察しはつくと思うけど……カードゲームとボードゲームといったところね。基本的なカードはこれ」
あたしは菊花たちの隣に移動して、三枚のカードを見せる。絵の欄は空白で、文字だけの書かれた二枚のカードと、絵の欄も埋まっているカードが一枚。
「絵のない二枚は、キャラクターカードと覚醒キャラクターカード。ボード上を移動して攻撃するカードよ。そしてもう一枚、これはボードに設置して時間で発動する術式カード。時間といっても、ゲーム中の時間だからリアルタイムではないわ」
「ふむ。つまり、この二つのカードを駆使して相手のキャラクターを全滅させれば勝ち、といったところか?」
「そうね。キャラクターをすべてエリア外に出すのも一つの勝利方法。もう一つ勝利する方法はあるんだけど、その前にエリアの説明が必要ね」
今度はボードを指差して、あたしは説明を続ける。
「ボードの両端、それぞれのプレイヤー側の七マスはキャラクターエリア。キャラクターカードはここに配置するわ。そして真ん中の五×五マスが術式エリア。術式カードはここに設置するのよ。そして残る左右の五マス、ちょっと暗くなっている部分はイレギュラーエリア」
あたしはそこにキャラクターカードを一枚置いて、隣接する術式エリアに術式カードを一枚置いてみせる。
「このようにキャラクターは移動できて、術式カードを設置できないエリアよ。ただし、術式の効果範囲に入っていればダメージを受けるから、無敵になれるわけじゃないわ。
さて、ここで勝利条件をまとめるわね。ひとつは相手のキャラクターをすべてエリア外に出すこと。もうひとつは、自分のキャラクターカードを相手のキャラクターエリアに二枚到達させて、直後の相手のターンが終わるまで生き残らせること。排除か突破か、ってところね。どうかしら、これで賢いあなたならイレギュラーエリアの意味もわかるでしょう?」
あたしはクーリに視線を向けて、答えを待つ。別に説明してあげてもいいんだけど、戦う前に彼女の推測力を探っておけば、いざ戦うときに役に立つ。
「相手のキャラクターエリアを目指すには便利なエリアに見えるが、当然デメリットもある。メス尻尾風情が二度も言った、エリア外に含まれるといったところだろうな」
「その通りよ。エリア内はキャラクターエリアと術式エリアの二つだけ」
「ふん。わらわを試すにしては簡単すぎるな。さっさと説明を続けるがいい」
「わかったわ。その他のカードの説明はあとにして、場と各ターンの流れを説明するわね」
あたしは素直に従う。説明は聞かれる前に、あたしの決めた順でやらなくては意味がない。
「場には他にもエリア外となる場所があるわ。ツイン、ポニー、サイドの三つね」
あたしは十枚のカードを裏向きに重ねて、キャラクターエリアの手前、右側に配置する。
「ここがツイン」
その隣――もちろん左側だ――に表にしたカードを何枚か重ねて置く。
「ここがポニー」
さらにその隣に、三枚のカードを表向きに、一枚一枚が見えるように並べて置く。
「そしてここがサイドよ」
「菊花、通訳を頼む」
「うーん、俊一の方がゲームに詳しいから、はいどうぞ」
「俺かよ。えーと、ツインが山札、ポニーが捨て札、サイドが手札ってところか?」
「ふふ、解釈としては半分正解ね。詳しく説明してあげるわ。サイドは常に表向き。両者とも相手が使えるカードは確認可能よ。ツインとポニーに関しては、各ターンの流れを説明するときに一緒に解説するわ」
「その名称も誇りとやらか?」
「は? そんなわけないじゃない。これはただの制作者の遊び心よ」
一般的なカードゲームの山札や捨て札とは違う要素もあるから、混同しないようにという意味もあるらしいけど、本人に聞いたわけではないのでよくわからない。
「続けていい? 両者が使うカードの枚数は二十枚よ。ゲームの準備として、各プレイヤーはキャラクターエリアに『キャラクター』を三枚配置するわ。先攻プレイヤーが配置を終えてから、後攻プレイヤーの配置ね。それから対応する『覚醒キャラクター』三枚をサイドに加えるの。そして、残りの十四枚をシャッフルしてツインに置いて、そこから二枚カードを引いてサイドに。初期のサイドは五枚になるわね。
一つのターンは六つのフェイズに分かれているわ。順番に説明するわね。
最初はキャラクターフェイズ。キャラクターの配置と移動を行えるわ。それぞれ一枚のみしか行えないから、注意が必要ね。
二番目はポニーフェイズ。ポニーの一番上から一枚引けるわ。
三番目。ツインフェイズ。サイドからポニーに好きなだけカードを入れて、同じだけの枚数ツインからカードを引けるの。
四番目のアタックフェイズには、攻撃を行えるわ。キャラクターフェイズと違って、全てのカードで攻撃可能よ。攻撃範囲内に相手のカードが二枚あっても、攻撃できるのは一回だけだから、どちらを狙うのがいいかじっくり考えなさい。
五番目、術式フェイズ。術式カードを設置できるわ。術式の発動待機時間が減るのもこのフェイズね。完全になくなったら術式が発動して、効果を発揮するわ。
最後は強化フェイズ。キャラクターカードの覚醒と、装備カードの装着が可能よ。覚醒は条件を満たせばいつでもできるけど、装備カードは自分のキャラクターエリアにいるキャラクターにしかつけられないから注意してね」
「なるほどな。よし、さっさと次に進めるがいい。カードについての説明なのだろう?」
「ええ。術式カードは何となく察しがつくとは思うけど、広範囲にキャラクターを攻撃できるカードよ。範囲も威力も様々で、中には特殊な効果を持つものもあるわ。効果範囲内なら、自分のキャラクターカードもダメージを受けるから、先の先まで読んで設置するべきね。
装備カードはその名の通り、キャラクターカードに装備させて能力を強化するカードよ。
キャラクターカードと覚醒キャラクターカードは二枚一組ね。キャラクターカードはそのままでは戦闘能力の低い非戦闘カードが基本だけど、カードごとに定められた特定の条件を満たして覚醒することで、高いHPと攻撃力を持つ戦闘カードになるわ。条件を満たしていても、覚醒キャラクターカードがサイドになければ覚醒できないからそこは注意ね」
あたしはそれぞれのカードの実物を見せて、順番に説明していく。ただし、キャラクターカードだけは絵柄が空欄のものだ。
「頭脳戦でわらわに挑むか。まあ、どんな勝負でも結果は変わらぬがな」
自信を見せるクーリに、あたしは最後の説明をする。
「それでね、キャラクターカードは生物を元に生成されるのよ。そのためのデータは、説明している間に集めておいたわ」
「……ほう」
「キャラクターカードの能力は、元にした生物の力に依存する。さあ、そろそろカードが完成する頃ね」
あたしは台の裏にあるボタンを押す。台の中心が開き、中から六枚のカードが出てくる。カード名の欄には、『クーリ』『佐宮菊花』『檜山俊一』と書かれたものが。
「クーリ。あなたは強いでしょうけど、他の二人はどうかしら?」
あたしは出てきたカードを手にとって、焦らすように一枚ずつ見せる。まずは『クーリ』のカードを二枚。キャラクターカードは今のクーリの姿で、覚醒キャラクターカードには十メートルくらいに伸びた姿のクーリが描かれていた。
「クーリ、龍みたいだね」
「うむ。わらわも成長したらこうなるだろう。能力は、高い方なのか?」
「ええ。悔しいけど、あたしよりちょっと強いわね。お姉ちゃんと同じくらいかしら」
移動力、HP、攻撃力が総じて高く、所持スキルも優秀。これは予想通りだ。
「次は菊花ね」
あたしは『佐宮菊花』と書かれた二枚のカードを見せる。キャラクターカードには私服で立っている菊花の絵。覚醒キャラクターカードには本に囲まれた菊花の絵が描かれている。
「クーリに比べると、能力が低いや」
「そのようだな。しかし、覚醒前でも移動範囲がステップというのは強みではないか?」
「ええ、スキルも使いやすくはないけれど、ハマると強いタイプね」
こちらも概ね予想通りの能力だ。菊花の性格によく合っていると思う。
「さて、最後は俊一よ!」
あたしは『檜山俊一』のカードを二枚出す。キャラクターカードは私服の立ち絵、覚醒キャラクターカードは格好つけた立ち絵が描かれていた。
「ふふ、どうせ能力は低くてスキルも……あら?」
確かに俊一のカードは、覚醒後も含めてHPも攻撃力も低い。移動範囲も特色はないのだけど、一つだけ不思議な項目があった。覚醒キャラクターカードの攻撃範囲だ。
「なんで魔法が使えるのよ」
魔法は最も遠くを攻撃できる攻撃範囲だ。一マス離れた相手を攻撃できる、間接よりも遠い攻撃の総称で、テール力を使いこなすあたしや、触手力を使いこなすクーリのカードにも記載されている。
「俊一、魔法なんて使えたの?」
「使えるわけねーだろ。能力が俺たちに依存するって、本当なのか?」
「当然よ。でもおかしいわね、故障しているなら俊一だけというのも……ま、いいわ」
確かに攻撃範囲は魔法だけど、攻撃力は1という最低値だった。
「この攻撃力だと、どうせ大した秘密じゃないでしょう。気合かなんかじゃない? 凄い気合ならそれくらいになることもあるわよ。多分」
「投げやりだな、おい」
「ええ。ちょっと予想外のことはあったけど、計画に支障はないわ」
「ふん。計画か。メス尻尾風情のカードをさっさと見せるがいい」
「言われなくても、用意してあるわ」
あたしはポケットから六枚のカードを取り出して、菊花たちに見せてあげる。
「ツイナだけで六枚なんだ?」
「RPGのラスボスかよ」
「ふん。やはりな」
あたしのキャラクターカード、『安土ツイナ』『ツインテール(右)』『ツインテール(左)』を見て、各々が感想を口にする。あたしの名前の書かれたカード、キャラクターカードは地に立つあたしが、覚醒キャラクターカードには空飛ぶあたしが描かれている。
二枚のツインテールは、あたしの側面をアップにしたもの。キャラクターカードは自然のままのテール。覚醒キャラクターカードはテール力が込められて光って浮いたテール。
「ふふ。どうかしら、クーリ?」
「能力が俊一や菊花よりも明らかに高いな。ふ、わらわに一人では勝てぬからと、こんな手を使うとは弱気なものだな」
「否定はしないわ。でも、このゲームはあたしにとっては慣れたゲームだけど、あなたにとっては初めてのゲーム。細かいルールの説明のために手加減してあげるわよ」
「舐められたものだな。手加減は不要だ。わらわが全力で打ちのめしてやる」
「いいの? 確かに、この程度の戦力差なら勝ち目はあると思うけど」
このゲームはキャラクターの能力差だけで決まるゲームではない。力押しが通るのはよほどの能力差がある場合のみだ。重要なのは戦略。キャラクターの配置と、術式の使い方。そして先を読む能力が勝負を決める。
「ゲームに慣れたメス尻尾風情がそう言うのならば、問題はないな。かかってくるがいい」
「それはこっちのセリフよ。自信過剰なあなたの心、折ってあげる!」
あたしとクーリはボードを間に向かい合って、戦いの準備を始める。クーリはカードを一枚一枚見ながら、時折あたしに質問をしてくるので、あたしは丁寧に答える。ルールについての説明不足で負けたと言い訳はさせない。
「私たちもやりたいなあ」
「この勝負が終わったら菊花にもやらせてあげるわ。ついでに俊一にも。メインは自身のカードって決まってるけど、他はなんでもいいから、同能力の汎用キャラクターカードを入れれば対等よ」
「だってさ。俊一」
「ああ。菊花がやりたいなら構わないぜ」
クーリはカードをボードに並べて、触手をひねらせている。あちらの戦略がまとまるまではもう少しかかりそうだけど、彼女ならそこまで長い時間はかからないだろう。
「それまでは観戦しているといいわ。見ていてるだけでも楽しいゲームだってことを証明してあげるから。あたしの華麗な勝利でね」
クーリからの返事はない。考えることに集中している証拠だ。
「記憶に残る戦い……ねえ俊一、記録にも残してみない?」
「記録ってなんだよ」
「観戦記」
「ああ。で?」
「書いて」
「俺がかよ」
「だめ?」
「あー、ま、考えといてやるよ。記録に残すに値する名戦ならな」
菊花と俊一がそんな会話をしている間に、クーリの準備は整っていた。触手を振ってあたしを招くクーリに、あたしは自信に満ちた笑みを返す。彼女がいくら優秀でも、知識と経験の差はすぐには埋まらない。油断しなければこの勝負、あたしに負けはない。