学園帰りの総合ショッピングモール。慣れた場所で出会ったいつもの少女、檜山遥は今日も夕飯のメニューで悩んでいた。ハンバーグのつけ合わせの野菜を何にするか、量を選ぶか彩りを選ぶかの二択である。
「桜さんはどう思います?」
「そうね、ここは調理法でカバーするのはどう?」
「え、でもそれは」
「難しいなら私が教えるよ。遥も、包丁捌きは上手でしょう?」
私の提案した切り方はちょっと難しいけれど、遥の腕なら練習すればすぐだ。
「いいんですか?」
「ええ。短時間で済むはずよ」
「ありがとうございます、桜さん」
「どういたしまして」
食料品と日用品を手に、家への道を並んで歩く私と遥。いつもと変わらない様子の遥。でも彼女の中には、小さな女の子には大きすぎる力が眠っていた。そしてその力は今、目覚めて彼女の中に渦巻いている。
制御はできているというのだけど、長年にわたって封印され続けていた力を、覚醒してすぐに制御できるというのは怪しいものである。遥の言葉は信じるとして、彼女も知らない何かが眠っている可能性は否定できない。
「遥、魔法のことだけど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。ほら、この通り」
遥は風で雪を舞わせて、自分の周りを一周させてから元の場所に戻していた。完璧な風の操作、それも自然な形で、周囲には怪しまれない程度のものだった。
「そのくらいなら制御はできるのでしょう。けれど、より大きな力を使ったらどうなるかはわからない。力に支配されてはいけないよ」
「わかっていますよ。それくらい……支配なんて」
遥の足が止まった。私も足を止めて、遥を見る。表情から察するのは、何かに気付いたような彼女の様子。
かつて魔法王は地上の覇権を握り、地球の覇権を握るために触手族を襲ったという。それだけの力、それだけのことを成し遂げようとする意思、それは支配に他ならない。
「そうですよ。力に支配なんてされません。支配するのは、私、です……」
「遥、落ち着きなさい」
私は遥の肩に手を置いて、声をかけた。けれど彼女は微動だにせず、彼女の体からは風でもない何か――おそらくは魔法力そのものが溢れ出していた。その力は静かに、それでいて確実に私への圧力となり、肩に手を置き続けることはできなかった。
「離れて、下さい。怪我、させるかも、です……」
「わかったよ。遥、できる限り説明しなさい」
この状況、私にはどうにもならないことを悟れば、やるべきことは決まっている。私が全てのきっかけか、偶然最後のトリガーを引いてしまっただけなのか、そんなことを考えて後悔するのは今ではない。何もできずにただ見逃すのではなく、可能な限り情報を引き出して、解決の役に立てる。まだ遥には意識があるから、可能なはずだ。
「はい……でも、わからないです。ただ、力が凄くて、これは……やっぱり、人間には、過ぎた力なんだと、思います」
魔法王の力は人間としては異常なほど強かったという。それほどの力であれば、魔法王でさえもどこまで制御できたか疑わしいものだ。
「あ。……側近が、いれば、多分、それで……ごめんなさい、もう!」
遥の体から魔法力が溢れ出し、気が付いたら私は雪の上に吹き飛ばされていた。遥の姿はそこにはなく、お兄ちゃんと選んだ可愛らしいエコバッグが中身入りで残されるのみ。
私は雪をほろって立ち上がり、雪道に残された彼女の荷物を手にとる。軽いものが多いので負担は少ない。歩きながら遥ちゃんの言葉の意味を考えて、何が重要かを判断する。そしてそれはすぐに、彼女が最後に言った側近という言葉で決まった。
魔法王にいたという側近。それは魔法王の単なる部下や仲間ではなく、彼の力を制御するための役割もあったのではないか。
「ともかく、伝えないとね」
それに気付いたところで、解決するのは私には不可能だ。だから伝えるべき人たちに伝えるため、私は雪道を歩み続けた。