新しい年が始まりました。去年は色々と、特に私にとってはとっても大きな事件がありましたが、日常生活に変わりはありません。魔法王の血を引いて、凄い魔法の力も使えるようになったけど、この力はお兄ちゃんのために使うと決めています。
だって、魔法の半分は元々はお兄ちゃんのもの。封印されたそのままじゃ使えなかったとしても、お兄ちゃんのものです。
それにかつて魔法王が生きていた時代と、今の時代は違います。この程度の力では、彼のように地上を支配することはできません。そう、この程度の力では足りないのです。
「ん?」
「遥、どうしたんだ?」
「あ、ううん。ちょっと考えごと」
元旦、私はお兄ちゃんと一緒に近くの神社に初詣。空からはふわふわと雪が降っていて、頬にあたるとちょっとひんやりします。
神社で菊花さんや桜さん、それにクーリさん、ツイナさんやポーニャさんと合流する予定ですが、今はお兄ちゃんと二人きりです。せっかくなので、私はお兄ちゃんの腕に抱きついて甘えます。
「何かあったらすぐに言うんだぞ」
「うん。ありがとう」
はっきり理解してからは、魔法の力はしっかり制御できています。魔法が漏れて、ぴりぴりするようなこともありません。自分の部屋でたまに確認しても、結果は同じでした。
それでもちょっとだけ変な感じがするのは、やっぱり完全に目覚めていないからなのだと思います。クーリさんのおかげでほぼ完全に目覚めたけれど、ほぼ、なのです。あとほんの少しだけ、それでいて重要な何かがまだ目覚めていないようなその感覚。
魔法王が王と呼ばれるゆえん。そのための何かがあるんだと思います。きっとそれは、カリスマみたいなものなのでしょう。
神社に到着です。着いてすぐに、菊花さんと桜さん、それとクーリさん――が中に入った、くりぐるみさんの姿が見えました。菊花さんたちもすぐに気付いたみたいです。
「あけまして俊一」
「変なところを省略するな」
新年の挨拶を交わして、私たちはツイナさんやポーニャさんを探します。初詣とはいえ、そんなに人の多くない神社。視界は開けていますが、姿は見当たりません。
「メス幼女風情よ、経過は良好か?」
「はい。そうですね」
到着を待つ間、くりぐるみさんが話かけてきました。白いうさぎの頭をこちらに動かして、とっても可愛いマスコットさんみたいです。
「見たところ、僅かに目覚めていない力があるようだが……」
「わかりますか?」
「わらわは触手族の姫だぞ。一月もその調子で、わからぬわけがあるまい」
「でも、大丈夫ですよ」
「まあ、魔法王の残した残留思念の類ではないようだが……気をつけるのだぞ。わらわとて、なるべくメス幼女風情とは争いたくはない」
「私もです」
触手族と魔法王が争っていたのは過去の話です。魔法王の血を引く者として、確かに私にもその争いの知識はありますが、記憶というにはとても淡いものです。
ちなみにお兄ちゃんもぼんやりと覚えているみたいですが、全ては知りません。私に魔法王の力が集約したのと一緒に、知識も集約されたのだと思います。
「なあ、クーリ、その呼び方どうにかならないのか」
「なんだ、オス人間風情?」
「俺はいいけど、遥は名前で呼んでくれないか」
神社の境内、人の通らない場所に私たちはいます。他の人たちの声にも紛れて、会話の詳しい内容は他の人には聞こえません。約束の時間まではもう少し、ツイナさんとポーニャさんもそろそろ到着するはずです。
「あ、それ、私もちょっと気になってました」
「ほう。だが、わらわに名を呼ぶ理由はないぞ」
「いえ、そうじゃなくて。メスと幼女って被ってますよ」
「ふむ……それもそうだな。しかし、幼女風情では響きがいまいちであろう。よし、幼女遥風情なら俊一も文句はないな」
「いや、そりゃ確かに名前入ってるけどさ」
「お兄ちゃん、私は別に気にしないよ?」
さすがに私だけそんな呼び方だったら気になるけど、くりぐるみさんは菊花さんと桜さん以外の名前は呼ばないから、彼女の癖みたいなものだと思います。
「だそうだぞ。それで、メス幼女風情はどちらがいい?」
「中途半端に名前入れるなら、そのままがいいです」
「了解した」
「あ、来たみたいだよ俊一」
その間も、黙ってツイナさんたちを探していた菊花さんが声をかけます。視線の先を追うと、そこにはツインテールとポニーテールの姉妹の姿がありました。
「ここが神社ね……来るのは初めてだけど」
「私もです。重要な場所ではないですから」
みんなが合流したところで、境内をゆっくり歩いていきます。来るのは初めてでも、ポーニャさんは神社の作法は知っていたみたいで、ツイナさんに教えながら歩いていました。
初詣の途中には他にも色々なことがありました。
「百合、バイト巫女の調子はどう?」
「良好よ。ふふ、この神聖な空気、今夜の儀式は捗りそうね」
巫女さんのアルバイトをしている百合さん――私は桜さんと一緒にいるときに何回か挨拶をしただけです――と桜さんが話していたり、
「や、菊花も来てたんだ」
「うん。真美は健人くんと陽太くんと一緒に?」
「まあね。あっちでおみくじの結果を検討してる」
「仲良し三人組み――一人と二本?」
「いやいや、その数え方はおかしいから」
菊花さんが友人の真美さん――彼女も何度か挨拶しただけで詳しくないです――とちょっとよくわからない会話をしていたり、
「少し雪を浴びてくるぞ」
「あなた、本当に雪が好きね」
「メス尻尾風情は嫌いか?」
「嫌いじゃないけど。菊花、クーリはあたしが見てるわ」
クーリさんがくりぐるみから抜け出して雪遊びに出たのを、ツイナさんが呆れながらも追いかけていたりと、今年の初詣はいつもよりも賑やかで楽しかったです。
「あ、俊一さん。帰る前に少し遥さんをお借りしてもよろしいですか?」
「遥がいいなら構わないが」
「なんですか?」
神社を出たところで、私はポーニャさんに借りられました。少し離れたところで二人きり。彼女と二人になるのは初めてです。
「いえ、一つ確かめておきたいことがありまして」
「確かめたいこと?」
「はい。先日の勧誘は、まだ生きているのかと」
「勧誘? ええと、あ、あれですね」
触手族を倒すために誘ったことを、少し考えて思い出しました。
「今の私にその意思はないです」
「やはりそうですか。では、私たちへの協力の意思も?」
ポーニャさんたちテール族への協力といえば、地球侵略の協力になります。当然、私にはその意思はないので首を横に振って答えます。
「ないです。でも、敵対するつもりもありませんよ。……お兄ちゃんや菊花さんたちに危害を加えないなら」
「遥さんには、私やツイナが彼らに危害を加えるように見えますか?」
微笑みながらじっと見つめるポーニャさんは、優しい雰囲気をまとっています。演技なんかじゃなくて、心からの優しさがにじみでています。
「見えませんけど、他の人はわからないですから」
「そうですね。では、戻りましょうか」
それでポーニャさんの話はおしまいでした。ツイナさんを見ていると、本当に侵略する気があるのかなと思うこともよくありますが、ポーニャさんとこうして話してみると、本気なのだというのがよく伝わってきます。
お兄ちゃんが今でもちょっとだけ警戒しているのも、よくわかる気がします。だって、ポーニャさんは、お兄ちゃんや菊花さんたちに危害を加えないと明言はしなかったのです。
「お待たせしました」
「ああ。遥、何の話をしていたんだ?」
「お兄ちゃんには秘密だよ」
「そっか。ま、変なことじゃないだろうからいいけどな」
ただ、お兄ちゃんが警戒しているのは主にツイナさんで、ポーニャさんへの警戒は緩いみたいです。なので、ポーニャさんへの警戒は私の役目です。彼女自身はともかく、他のテール族がどう動いているのかはわからないですから。
「遥ちゃん、私とも秘密のお話しよっか? お兄ちゃんの秘密教えてあげる」
「お兄ちゃんの!」
「菊花には貸さないからな」
「えー」
せっかくお兄ちゃんの話が聞けると思ったのに。私が不満の声をもらすと、お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれました。手袋越しでも気持ちいいので許します。
「ちぇ。遥ちゃん、生理がきたら教えてね」
「よくわからないですけど、わかりました」
「おい菊花」
「俊一、女の子は誰もが通る道だよ。こういうことはね、変な知識を覚えちゃう前に、正しい知識を教えないといけないんだから。俊一より、私の方が適任でしょ?」
「菊花が一番変な知識を教えそうで怖いんだけどな」
「やだな、そんなことしないよ。五時間くらいかけてじっくり教えてあげるだけだよ」
「なげーよ! どれだけ詰め込む気だ!」
よくわからないけど、五時間もお勉強は大変そうです。でも大事なことらしいので、少しくらいなら我慢しようと思います。