雪触手と空飛ぶ尻尾

触手とテールとクリスマスパーティ――佐宮菊花の手記・六


「いよいよだな。クリスマスパーティとやらは」

 クリスマス・イヴ。私の家で今夜、みんなを集めて行われるクリスマスパーティを控えて、クーリは触手の先っぽをゆらゆら揺らしながら待っていた。

「楽しみ?」

「菊花にそう見えるなら、そうなのだろうな」

 クーリは素直に答えなかったけれど、否定もしなかった。

「パーティか……ふふ、どういうものなのだろうな」

 クリスマスということはどうでもいいらしい。私もキリスト教徒ではないし、単なるイベントとして捉えているから、気持ちとしては似たようなものだ。でも、クーリの場合はちょっと違う。彼女にとって、このようなパーティをするのは初めてなのだそう。

 触手族にもパーティの文化はあるみたいだけど、クーリはお姫様だ。彼女の立場はパーティの中心であり象徴。格式ばったものではなくても、気楽に過ごせる立場ではない。

「クーリ、これ、天井に飾りつけてもらえる?」

「任せるがいい、桜」

 私たちは今、リビングの飾りつけをしている。最後の仕上げとして、ひらひらした紙のリボンを天井にちょっとだけ。去年までは大変だからやってなかったけど、今年はクーリがいるから簡単だ。クーリは触手力でふわふわ浮かせて、ひらひらを飾りつけていく。

 二メートルに成長したとはいえ、天井の高さは二メートルより高い。身長二メートルの人間なら手を伸ばせば届くけど、クーリは全長二メートルだから届かないのだ。

「よし、こんな感じでいいか?」

「そうね。上出来よ」

「へえ、綺麗な飾り方だね」

 私たちのイメージする飾り方とはちょっと違う、独特でどこか不思議、儀式めいたものも感じる飾り方だ。触手族のお姫様のセンスは素晴らしく興味深い。

 そうして無事に準備は完了。あとはみんなの到着を待つだけだ。

「菊花、来たぞ」

「こんばんはー」

 最初にやってきたのは俊一と遥ちゃん。こういうパーティは昔からいつも一緒の幼馴染み。前に大きな事件はあったけれど、それ以来の遥ちゃんはいつもと変わらない。

「来てあげたわよ、菊花!」

「お招きいただき感謝します、桜」

 それから少しして、ツイナとポーニャさんもやってきた。これで全員だ。

「ほう、メス尻尾風情が到着したか」

「ええ、菊花に呼ばれてね」

 リビングに入ると、クーリが触手の先っぽをツイナに向けて言った。ちょっと紛らわしいけど、クーリが呼ぶのはほとんどツイナだから、不便は特にない。

「そうか。では、わらわからプレゼントをやろう」

「プレゼント? なによ、変なものじゃないでしょうね」

 クーリはソファの裏に隠していた、小さな箱をふよふよと浮かばせてツイナに届ける。彼女は怪訝そうな顔をしながらも、それを両手で受け取った。

「クリスマスはプレゼントを渡すものだと聞いた。ありがたく受け取るがいい」

 クーリは触手の大部分をソファの裏に隠して、先っぽだけをソファの上から出す。

「怪しいわね。爆弾でも入ってるのかしら?」

 そんなクーリの様子を見て、ツイナはさらに疑惑を深めたようだ。箱に封をしていたリボンを解いただけで、蓋を開けようとしない。ここで私がすかさずフォローを入れる。一緒に暮らして一か月、クーリの感情を読むのはもう慣れたものだ。

「クーリは照れてるんだよ」

「は? 照れてる?」

「うむ。わらわは照れているだけだから、気にするな」

「自分で言うなんて怪しいけど……ま、菊花が言うなら信じるわ」

 ツイナはようやく蓋を開けて、小箱の中身を確認する。くしゃくしゃにされた薄い紙の中に入っているのは、雪の結晶の形をした銀のブローチだ。

 クーリのプレゼント選びには私も付き合ったから、中身はよく知っている。地中に潜って銀鉱石を採掘するところから、ブローチにするまでの触手力の繊細で豪快な使い方は目を瞠るものがあったけれど、長いだけなので記すのはやめておく。

 ソファの影から先っぽをちらちらと動かして、そわそわ様子を確かめているクーリ。ツイナは銀のブローチを手にとって、じっと眺めたまま動かない。

「これを、あたしに?」

「そのようですね。ツイナ、いい機会だと思いますよ?」

「お姉ちゃん。う、うん。わかった」

 ツイナはごそごそと鞄から何かを取り出して、右のテールで優しく弾いてソファの裏にいるクーリに投げ渡す。細長い小さめの箱だった。

「受け取りなさい!」

「む、なんだ?」

 床に落ちる音はしなかったから、クーリはしっかり受け取ったようだ。ソファの後ろに回って見ると、丸めた尻尾の上にツイナの箱が乗っていた。

 クーリは迷うことなく器用に箱を開ける。覗くまでもなくクーリは中身を浮かせてみせて、そこにあったのはレースの刺繍がされた長いリボンだった。

「もらうだけじゃ不公平だから、あたしからもプレゼントよ。テール族伝統の刺繍、わかりにくいから尻尾の方にでも巻いておきなさい!」

「メス尻尾風情が偉そうに。ならば、交換条件として、わらわのブローチを身につけてもらおうか」

「いいわよ。交渉成立ね」

 早速、クーリは触手の後ろの方に、ツイナは服の胸の部分に、受け取ったプレゼントを身につけていた。お姉ちゃんやポーニャさんは微笑んで、遥ちゃんは満面の笑みでその様子を見つめる。私もそれを微笑ましく見ながら、同じく笑っている俊一に視線を向ける。

「じゃあ次は俊一の番だね」

「ああ。まあ、あるにはあるが」

 今回のクリスマスパーティ――というかいつもだけど――では、集まる時間と場所、一緒に食事をとることを決めただけで、プレゼントに関しては何も指定はしていない。プレゼントをみんなが用意していた年もあれば、誰も用意していなかった年もある。

 ちなみに私とお姉ちゃんはほとんど用意することはない。いつも場所は私たちの家と決まっているから、二人の豪華な手作り料理がプレゼントだ。

「クッキーを焼いてきた。全員分ある」

「媚薬は?」

「入ってねーし、持ってもいねーよ」

 俊一はみんなにクッキーを渡す。焼きたてなのか少し暖かい。枚数は十枚くらいだけど、ざっと見た感じ私のだけ一枚多い。クッキーは細長い容器に綺麗に並べられている。でも、私の容器だけ、はみ出た一枚のクッキーが上に乗っかっていた。

「なんで私だけ一枚多いの?」

「割り切れなかったんだよ」

「えへへ、私がちょっとつまみ食いしすぎちゃいました」

 分量が決まっていて、俊一にとって作り慣れたクッキーだから不思議だなと思ったけど、原因は遥ちゃんだった。ちなみに彼女が食べたのは十六枚。結構なつまみ食いである。

「クーリも食べれるんだよな」

「ふむ、前に質問したのはこのためだったか。あのときの言葉に偽りはないぞ」

 クリスマスの一週間前くらい、俊一はクーリに食事をできるのかと聞いていた。そのときの会話をまとめよう。

「地上の食物を摂取する必要はないが、栄養として吸収することは可能だ」

「味や食感はどうなんだ?」

「味覚はあるに決まっているだろう。もっとも、人間族のおいしいとわらわのおいしいは別かもしれんがな。食感は直接吸収するからわからぬな」

「そうか。ありがとな、クーリ」

 それを聞いて、家で試しに見せてもらったところ、クーリは触手の先っぽを食べ物に触れさせて、淡い光で包んでから一瞬で体内に吸収してみせた。お姉ちゃんの作ったカレーライスを一瞬で。皿は真っ白で洗う必要もほぼないくらい綺麗なままだった。

 味の感想は「これが人間族の食事か。なかなか悪くないな」とのこと。今日のクッキーは一枚ずつ淡い光に包んで吸収していた。他のみんなにペースを合わせているようだ。

「俊一はつまみ食いしたの?」

「味見は五枚したぞ。焼いた回数分だな」

「じゃあ、俊一は食べた枚数が少ないんだね」

「ま、プレゼントだしな。菊花と桜さんには、料理を用意してもらってるんだ」

「はい、あーん」

 私は一枚のクッキーを手にとって、俊一の口に差し出す。

「な、なんだよ」

「俊一、少ないから。そして私は一枚多い。これで公平だよ」

「いや、いいよ」

 俊一は手を横に振って、口を大きく開かない。言葉も少ないので隙がない。

「つまり、この一枚に媚薬が入ってるんだね。私が喜んで食べたところを……」

「だから入れてねーよ! 大体ここには菊花以外にも――もぐ」

 喋った隙に、俊一の口に勢いよくクッキーを挿入。苦しくないように加減はしたから、多分大丈夫のはず。

「ん、む……」

 俊一は抵抗せずに、慎重にクッキーだけをくわえて、口の中に送り込んだ。私も自分のクッキーをつまんで、口の中に放りこむ。甘くておいしい、いつもの俊一のクッキーだ。

「ったく、恥ずかしいことするなよ」

「幼馴染みにあーんされたくらいで?」

「女の子だからな」

「でもお兄ちゃん、私のあーんには照れないよね?」

「う、そりゃ、妹は別だ」

 遥ちゃんの指摘になぜか慌てる俊一。よくわからない反応だ。憧れのお姉ちゃんならまだしも、その妹である私にされて何が恥ずかしいのだろう。もしかすると、俊一のことだから、クッキーを無理やり挿入という動作に反応したのかもしれない。いや、そうに違いない。

「自重してよ、俊一」

「え?」

 とぼけても無駄である。でも、遥ちゃんの前だから私は自重して追及しない。気が向いたら二人きりのときにでも確かめるとしよう。

「あはは、菊花さんは変わらないですね」

「うん。変わらないよ」

 私たちを見て遥ちゃんが、困ったような表情で笑っていた。

「何かおかしかった?」

 その様子が気になったので、私は遥ちゃんに尋ねてみる。

「いえいえ、こちらの話です。正確にはお兄ちゃんの問題です」

「おい、遥」

「わかってるよ。気にしないでください、なんでもないですから」

 私は首を傾げるだけだ。視線を向けると、お姉ちゃんも私たちを見て微笑んでいた。ポーニャさんは、ソファで向かい合って楽しそうにいつもの調子で会話をする、ツイナとクーリを見守っている。ここからじゃ表情は見えないけど、多分お姉ちゃんと同じだと思う。

 この日からしばらくして、俊一と遥ちゃんの態度の意味を私も理解することになったのだけど、やっぱり恥ずかしいので記す気はない。


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