反省
「それにしても、仲直りしたみたいで良かった」
「ええ。お兄様、ご心配をおかけしました」
「ごめんなさい」
翠には謝らない鈴だったが、私には素直に謝ってくれた。
「いや、謝るのは私の方かもしれない」
「そんなことは」
「ない」
二人の妹の言葉が綺麗につながったのを嬉しく思いながらも、私はゆっくり首を横に振ってから言う。
「私は二人が喧嘩しているのを知って、なるべく二人きりにさせないようにしてきた。それが結果的に、仲直りの機会を失わせてしまったのだと思う。喧嘩に気付くのが遅れた上に、対応も間違えた私が一番悪いのだろう」
「それは、その……」
翠はそれ以上の言葉を継げず、鈴も無言で私を見つめるだけになった。そこで口を開いたのは、我らが幼なじみにして親友、火宮まもりだった。
「そうだねー。気付くのが遅れたのは仕方ない事情があるにしても、対応を間違えたのは礼人が悪いよね」
「言っておくが、まもりも無関係じゃないからな」
二人きりにするのを避けていたのは、まもりから守るためという意味もある。
「肯定するよ!」
素早く妹たちに抱きつこうとするまもりの腕を咄嗟に掴んで、動きを止める。
ここまで開き直られるとすがすがしい。とはいえ、これがまもりという女の子だ。彼女のおかげで、暗くなりかけていた空気が明るくなったのは感謝してもいい。もっとも、言ったところで普段通りにしていただけだよ、とはぐらかされるだけなのだが。その普段通りが、無意識でやっているのか、意識してやっているのかは、長い付き合いの私たちでも未だによくわからない。
来訪者
「ふむ。どうやら全て終わっているようだな」
拝殿の外に出た私たちの前に、二人の女性が立っていた。一人は長い前髪をヘアピンで留めて、片方の目を隠したショートカットの女性。一人はロングストレートの黒髪が映える、和風な美人。いずれも長身だが、立ち並ぶと目隠しヘアーの女性の方が五センチほど背が高く、和風な人との差ははっきりわかる。
「そうみたいですね。みなさん、特に怪我もないようですし……」
「無駄骨だったか」
会話を続ける二人の女性に、私たちは少しの間声を失っていた。しかし、二人とも見知った女性ではあったので、私は半歩前に出て声をかける。
「フツキ先生に、霞先生? どうしてここに?」
「何があったのか聞きたいのは私の方だ。が、一部を除いてそちらの方が疑問は多そうだから、先に答えよう」
一部と聞いて全員の顔を見回すと、確かに一部――ユズリ、ヒサヤ、ホカゼの三人――は特に驚いた様子もなく、平然としていた。
「若き風の神が大きな力を使ったと思ったら、今度は若き水の神まで力を使い出した。それだけに留まらず、若き火の神までが二人に比べれば小さいながらも神の力を使ったとなれば、若き神同士が戦いでも始めたのかと思うのも仕方あるまい。なあ、霞」
「戦いに結びつけるのはフツキだけです。まあ、何かあったのではないかと思ってやってきたのは事実ですが」
「というわけで、私たちはここにいる。理解したか?」
「理解はしましたけど、その」
なぜ気付いたのか、なんてことは質問するまでもない。ただ、フツキ先生と霞先生の話だけではひとつ、どうしてもわからないことがあった。
「フツキは若き雷の神です。そして、彼女に願いを叶えてもらったのは私、月宮霞。十五年ほど前になるでしょうか」
私が質問する前に、疑問を汲み取ってくれた霞先生が答えた。
「よくわかりました」
担任教師と親や姉、ユズリやヒサヤが二人を知っているのも当然だ。ホカゼはよくわからないが、気ままな彼女のことだからどこかで出会ったのだろう。
「AAAにD……」
ホカゼの言っていた、一番胸の小さい若き神がフツキ先生で、そのパートナーのDカップの女性が霞先生ということか。
「礼人くん、その情報はどこから?」
ふと思い出して呟いた言葉に、霞先生が鋭く反応した。冷たい声で何だか怖い。
「ホカゼから」
「そうですか。ホカゼさん、このあと、少し時間よろしいですね」
「ボクとしては遠慮したいところだけど……」
「フツキにも追われたいのならご自由に」
「観念するよ」
「ところで、なんでユズリとヒサヤは隠していたんだ?」
「隠すなんて失礼ですね。聞かれなかったから答えなかっただけです。フツキが若き雷の神であること、わざわざ伝えるまでもありませんでしたから」
「フツキ、かーみなーりどーん!」
「任せるがいい」
「ちょ、ちょっと待って、まだ話の途中――」
霞先生の指示でフツキ先生の出した雷に、ホカゼが襲われていた。二人の関係も気になるところではあるが、今は取り込み中のようだから尋ねるのはやめておこう。
しかし、フツキ先生が若き雷の神で、霞先生がそのパートナー。驚きはしたが、同時に納得もする。霞先生が「若き神と仲良くなる部」について協力的だったのも、全て知っていたからだとすれば不思議なことはない。
「フツキ、雷鳴滅殺」
「良かろう」
「ちょっと、それはまずいって!」
「霞先生、神社を荒らさない程度にお願いします」
「わかっています。この程度、まだまだ序の口ですよ」
ホカゼに四方から襲いかかる雷は、地表を焦がさない程度の絶妙な強さだった。
それとこれ
色々あった翌日の朝、私は妹たちと一緒に和神湖の前にいた。
「お兄様、お姉様、綺麗ですね」
「ああ。二人も可愛いよ」
湖の前には、手を繋いだ妹たちが立っている。私はカメラを持つでもなく、ただその姿を眺める。二人が手を繋いだのは私が頼んだことではなく、自然とそうなったもの。私としてはちょっと寂しいが、二人が仲良くしている姿を見られるのはそれ以上に嬉しい。
「お兄様もこちらに」
二人の妹が振り返って、笑顔を見せる。私はゆっくりと歩いていき、手を繋いだまま私に身を寄せてきた鈴と翠の肩を抱く。すると、二人はさらに私に身を寄せてきて、私は二人を支えるためにより力を込める。
仲直りした鈴と翠。仲の良い妹たちと、こうして再び時間を過ごせることを幸せに思う。長引いた喧嘩のせいで、長らくこの感覚は味わえなかった。
「お兄様、美々奈さんのことはどうするのですか?」
「どうするって……」
「わたくしたちの問題は解決しました」
「ふむ。そうだな」
妹たちの喧嘩が続いたままだから、私がああいう返答をしたのは事実ではあるが、それが全てではない。しかし、それでも大きく進展したのは事実であろう。
「お兄ちゃん、はっきりするべき」
「……もう少し時間が欲しいところだな」
見上げる鈴に追撃されて、私は苦笑しながら答える。
「でも、私は急かさない。それよりも重要なことがあるから」
「そうですね、お姉様。わたくしたちにとってはもっと先に、お兄様に決めてもらわなければいけないことがあります」
そんなことがあっただろうかと私は考えを巡らす。しかし、いくら考えても答えどころか、それらしいものさえも見つからなかった。
「私と翠」
「お兄様にとって、どちらが一番大事な妹か……決めてもらわなくてはならないのです」
二人の妹が私を見上げてくる。とても可愛らしいが、その瞳は真剣だ。
「私にとっては二人とも大事な妹だ。二人とも仲直りしたんだから、三人一緒に仲良くではいけないのか?」
「お兄ちゃん……」
「お兄様……」
二人の妹は私を呼んで、大きく息を吸った。そして、声を揃えて一言。
「それとこれとは話は別」
「それとこれとは話は別です」