部員勧誘
そして放課後、私は渡さんを部室(予定)の部屋に案内した。まもりや妹たちもいるのでゆっくり話をするには適さないと思ったが、彼女にその旨を伝えたところ、返ってきたのはこの言葉。
「構わない。むしろ望むところ」
青緑のりぼんで纏められた長いツインテールを揺らし、不敵な笑みを浮かべる渡さん。素っ気ない態度しか見たことのない彼女の、強気な態度を近くで見て少し驚く。もっとも、見たことがないのは彼女と親しくなかったからで、これが彼女の素であるらしいことは、クラスメイトの一人として知っている。
「湖守くん……じゃなくて、礼人でいい?」
廊下を歩きながら、渡さんは言った。
「妹もいるからな。名前で呼ぶのは構わないが……」
いきなり呼び捨てになるのはちょっと不思議な感覚だった。私がはっきりと承諾しないでいると、それを見越したかのように渡さんは言葉を続けた。
「私も美々奈でいい」
「それはまた、随分と積極的だな」
「いや?」
私は頭を振って答える。
「礼人でいいよ、美々奈」
「……うん」
私が名を呼ぶと、美々奈は目を伏せた。私としても、いきなり名前で呼ぶのはちょっと恥ずかしいので、互いに顔を合わせなくて済むのは好都合である。
無言のまま廊下を歩き、部室予定の部屋に到着する。扉を開けて中に入ると、椅子に座ってくつろいでいる妹たちとまもりの姿があった。まだ正式に部室として認められてないのだが、既に彼女たちは家にいるときと同じような態度である。
「この部屋って」
「ああ、色々と説明しよう」
私たちが部屋に入っても、妹たちはこちらを一瞬見ただけで、すぐに視線を戻した。まもりは苦笑いを浮かべながら、軽く手を挙げる。まあ、元々私から説明するつもりだったから別にいいのだが、妹たちの無関心な様子は少し不思議だった。
私は美々奈に、昨日妹から聞いた話を繰り返す。二人の話したことはちゃんと覚えているから、話すのは簡単だ。
「若き神と仲良く?」
美々奈は訝しそうに、私をじっと見つめてきた。そしてその視線はすぐに妹たちへ。彼女の気持ちもわからなくはない。和神町は若き神の生まれる町。ほとんどの人がそれを理解しているとはいえ、信じているかどうかはまた別の話だ。よくある伝承の一つとして捉えている人もそれなりにいる。
あるいは、深く信じているが故の反応とも考えられる。本来の目的は別にあることも包み隠さず伝えたので、反発があってもおかしくはない。
「……まあ、それは今はいいかな」
柔らかい微笑みを浮かべて、美々奈は私に言った。それから、顔を引き締めて妹たちを見る。
「それで、そろそろ挨拶してもいい?」
「入部試験が終わってからで結構です。これを突破できないような方とは、友好的な関係は築けませんから」
目をつむって薄笑いとともに言った翠に、鈴も大きく頷いて同意を示す。基準に違いがあるとはいえ、そのあたりは共通しているようだ。
入部試験
「渡美々奈さん、でしたね。まず確認しますが、お兄様のことは本気で?」
机を向かい合わせて座る三人の姿は、まるで三者面談のようだ。ちなみに私とまもりは離れたところで同じように机を向かい合わせて、今日の授業の復習でもしながらぼんやりと話を聞いている。しばらくは彼女たちに任せるしかないとはいえ、さすがに放置はまずいと思うので同じ部屋にいることにした。
「うん。好き」
「そうですか。安心しました」
なんだか聞いているだけでこそばゆくなる会話である。正直、まもりが一緒にいなかったら何らかの理由をつけて逃げ出していたかもしれない。もっとも、その親友はにやにやと私を見つめているのだけど、それくらいの方が気が紛れる。
「では、わたくしたちのことも、当然ご存知ですよね?」
「湖守鈴に、湖守翠。二人とも、礼人の大事な妹」
「正解です」
「そして将来は、私の義妹になる二人」
「……む」
「言いますね」
美々奈の発言に、真っ先に鈴が反応した。初対面で鈴の言葉を引き出すとは、彼女もなかなかやるようだ。翠の言う、覚悟というものは既に示せているような気もする。
「お兄ちゃんと一緒になっても、私たちは離れないけど」
「そんなの、言われるまでもない。あなたたちの関係を崩してまで、私の気持ちを通そうとなんて考えてないよ」
「なら、いい」
鈴はあっさり引き下がった。優しさ、という点でも十分ではないだろうか。
「お兄様との子供ができても、同じことが言えますか?」
「こ、子供って……その、えっと」
見ると、美々奈は真っ赤になって答えに窮していた。翠はなんてことを聞いているのだろうと思ったが、まあこれくらいなら放っておいてもいいだろう。
「子作りをする気はないのですか?」
「や、そういうわけじゃないけど……あ、でも別にしたいってわけでも……ええと」
翠の声には厳しさは残るものの、最初よりもかなり優しくなっている。からかい半分なのは明らかだが、半分は本気が混じっているから止めるわけにはいかない。
「さて、最後の質問です」
何事もなかったかのように切り替える翠。彼女たちの会話が気になりすぎて復習は全く進んでいないが、特に急ぎでもないので問題はない。
「あなたはお兄様に告白しました。しかし……」
「返事、聞かないの?」
翠の言葉に、鈴が続く。息の合った二人の連携に空気が緊張する。その言葉は美々奈だけでなく、私にも深く関わることだから。
もしもここで返事を求められたら、私は確実に断るだろう。美々奈の気持ちは伝わったとはいえ、私は彼女のことをよく知らない。だから断るといっても、少し考えさせてほしいというものになるのだが、それはそれで関係がぎくしゃくしそうだ。彼女がどうかはわからないが、少なくとも私はそうなる自信があった。
妹たちとはずっと一緒にいるし、まもりともずっと一緒にいる。しかし、妹は妹であって、幼馴染みは親友である。異性と認識はしていても、意識するような相手ではない。ここまで踏み込んできた女の子は初めてだから、私に免疫はない。
表情には出ないように気をつけながら、私は美々奈の返事を待つ。数秒の沈黙のあと、彼女ははっきりと答えた。
「今はいらない。……返事を聞くの、怖いから」
しかし、それは最初だけで、後半は弱々しい声になっていた。誰かを好きになったことのない私にその気持ちはよくわからないが、漫画や小説など、物語の中では見たことがあるから、知識の上では理解できる。
返事を聞くのが怖いにしては、かなり大胆な告白だったと思うのだが、とりあえず今は置いておこう。彼女が返事を求めないのは私にとっても好都合である。
「わかりました。では、こちらに」
言って、翠が差し出したのは入部届だった。鈴も止めない。どうやら、妹たちは美々奈を認めたようである。美々奈は黙って入部届けに必要事項を記入し、五人目の入部が決まった。あとは霞先生に届ければ部活として正式に認められるだろう。
顧問
「はい。ということで、『若き神と仲良くなる部』は正式な部として認められました。顧問は私、月宮霞が務めます。自己紹介は不要でしたね?」
翌日、霞先生がやってきて、部室予定は正式な部室になったことが告げられた。そして放課後、私たちは部室に集まって先生の挨拶を聞いていた。
去年は私たちの副担任、今年は妹たちの担任である、月宮霞先生は黒髪の映える、綺麗な先生だ。前髪を切り揃えたロングストレートで、立ち居振る舞いはおしとやか。男子からは和風美人として人気が高く、理想の女性として憧れている女子も多いという。
副担任の頃から信頼を得ていた先生で、温厚なだけでなく叱るときは叱り、生徒からの信頼も厚い。フツキ先生とは仲が良いみたいだが、去年の縁からというわけでなく、もっと昔からの知り合いであるらしい。
こういうタイプの先生は、お調子者の男子に性的なことでからかわれやすい。実際、去年の入学直後に、私のクラスでもそれが起きたのだが……霞先生は、笑顔で叱るだけだった。が、目は笑っていなくて、人を殺しそうなほど鋭い目で男子を睨んでいた。それから誰も、そういうことで彼女をからかわなくなったのは言うまでもない。
「さて、私がこみょ――顧問を務めるからには、あなたたちにはちゃんとした部活動としてもある程度は活動してもらいます。湖守さんの兄妹仲が良いのはわかっていますが、爛れた性生活を営むようであれば、教師としてしっかり注意せねばなりません。よろひ――よろしいですね?」
霞先生も初の顧問として、それなりに緊張しているようだ。緊張すると噛むのはいつものことなので慣れているから、私は他に気になることを妹に尋ねる。
「翠、なんて説明したんだ?」
「お兄様と一緒に愛し合いたい、と」
「霞先生、それは勘違いです! 私はこれっぽっちも礼人に興味はないですから」
「まもり、最後の一言は必要か?」
事実ではあるが、わざわざそれを強調しなくても霞先生には伝わるだろう。
霞先生は私たちの顔を見回す。私に鈴、翠、そして美々奈が頷いて、同意を示す。霞先生は納得したように大きく頷いてから、私を見て言った。
「理解しました。礼人くんが部長ですし、心配はなさそうですね」
「……はい?」
初耳である。しかし、特に文句はなかったので、私は軽く妹たちを睨むだけにする。二人は露骨に目を逸らしていたが、今は許そう。ちなみに、副部長はまもりらしい。学年だけで決めたようなものだが、まあ部活としては自然だろう。
「ところで活動というのは?」
「ええ。この部屋を使う以上、それなりの活動報告はしてもらわないといけませんから。もっとも、部費を求めるわけでもないでしょうし、最低限で構わないですよ」
「わかりました。それくらいなら」
活動実績まで求められないのであれば、特に悩むことはないだろう。もっとも、悩むのは私ではなくて、発起人の妹たちになるのだが、二人の兄として、そして一応、部長である以上は私がしっかりとしないといけない。
「では、私は戻りますね。お仕事がありますから」
丁寧にお辞儀をして、霞先生は職員室に戻っていった。
若き神と仲良くなる部
「最低限の活動って、どうするの?」
五人だけになった部室で、まもりが口を開いた。
「そうだな……」
ユズリやヒサヤがいるから、活動自体は簡単だ。普段通り生活するだけでもいいのだけど、問題はそれを信じてもらえるかどうか。まあ、何となく霞先生なら大丈夫だとは思うのだけど、もう一人は難しい。
さすがに隠し通すわけにもいかないが、かといって明かしたところで理解してもらえるかどうか。まもりのように信じてもらえない可能性が高い。
当人である美々奈は、妹たちと何やら楽しそうに話をしている。断片的に聞こえる内容の半分くらいは私に関わるもので、気が合うというか、探っているというか、どちらともとれるような会話だ。
だが、彼女が加わったことによって、鈴と翠が楽しそうに会話をしているのはいいことだと思う。このまま仲直り、とはさすがにいかないだろうが、大きな進展であることに変わりはない。
あれだけ積極的に告白しておきながら、返事を求めない理由が気になるところではあるが、今すぐに返事をしたいというわけではないから聞くのはやめておく。さすがに、いつまでもこのままでいいとは思わないけれど、こちらから動くのはそれなりの理由ができてからにするべきだ。
妹たちのことは別にして、彼女のことを好きかどうか。今は妹たちのことを優先しているから考えられない、などという一言で終わらせてはいけないと思う。
真摯な気持ちを打ち明けられた者として。そして、その気持ちをいくらか利用してしまっている者として。色々と考えないといけないし、やらないといけないこともある。正直言って私一人では荷が重いから、機会を見てまもりやユズリに相談することにしよう。
「とりあえず、家の文献をあたってみよう。まもりの家にもあるだろう?」
「そうだね。研究なら、それでも十分かも」
それより今は、部活動としての活動内容をしっかりと決めないといけない。妹たちに考えさせてもいいのだけど、せっかく仲良く会話しているのを邪魔したくはない。何が仲直りのきっかけとなるかはわからないのだから。
そうして私とまもりは、一応の部長と副部長として、若き神と仲良くなる部の活動内容についての話し合いを続けた。といっても、そう多く決めることはなかったので、途中から授業の復習になったのだけれど。会話が落ち着いたところで、鈴や翠、美々奈にも伝えて、三人にも話し合った内容を簡単に伝えておいた。