すいすずユズリ

三話 湖守兄妹の親友


木々の間を抜けて

 和神神社の周囲に広がる小さな森林。その森林を南に抜けて、真っ直ぐに歩いた先に私たちの通う高校、和神私立高等学校がある。名目上は私立だが、かつてこの地に生まれた若き神が創立したと言われており、私立にして神立、それが私たちの通う高校である。

 中学校や小学校も由来は同じで、学校は近いところに並んでいる。現在は幾人かの神と加護を受けた者たち――過去に神と縁のあった者や、縁のある者――が運営していて、近くにあるためか連携をとることもあるが、一貫教育というわけではない。

 立ち並ぶ木々の間を抜けてから、二、三分。私たちは一軒の家に辿り着く。その家の前では一人の女の子が待っていた。彼女は私たちに気付くと、軽く手をあげてきたので、私たちも同じ仕草で挨拶をする。

 スポーティなショートカットの、活発そうな印象を与える少女。背は妹たちより少し高く、私よりは少し低い。火宮まもり。彼女は私たちの親友であり、神火の前、両親が生きていた幼い頃からの馴染みである。

 彼女は私たちと同じ制服を着ていて、学年を示すりぼんの色は青。私と同じ、二年生であることを示す色だ。ちなみに妹たち一年生のりぼんは緑で、三年生は赤。

「おはよう、礼人! それに鈴、翠!」

 近づいたところで、大きな声と笑顔で挨拶するまもり。

「おはよう」

「おはようございます」

 私と翠は言葉で挨拶を返し、鈴は笑顔で大きく頷くことで挨拶を返す。

「今日も仲良く手繋ぎ登校、ほんと、礼人たちは仲良しだよね。羨ましいなあ」

「まもりも混ざるか?」

「礼人と? ごめん、遠慮しとく」

 まもりは軽く手を振って拒絶する。こちらも冗談で言っただけだし、そもそも両手は塞がっていて混ぜるのも難しいので、私は「そうか」と軽く返事をする。

 鈴や翠はその対応に怒ることはない。まもりが私に異性としての興味がないからこそ、妹たちはまもりを兄を巡るライバルとして敵視することなく、平和に仲良くしていられるのである。

「でも、礼人抜きなら……」

「残念ですが、わたくしはお兄様だけのものです」

 続くまもりの言葉に、翠が即答する。鈴もこくこくと頷いて、同意を示す。

「だよねー。じゃ、行こっか」

 あっけらかんとして、まもりはさっさと歩き出す。私たちもあとに続いて、通学路を歩んでいく。朝は寝坊してしまったけれど、それ以降はほぼいつも通りの日常に安心しながら、私は歩を進めていた。

五月の連休明けに

 高校に到着した私たちは、階段を上りきった先の廊下で一年生と二年生に別れる。一年と二年の教室があるのは二階。学級数は二つしかなく、二階建ての低い校舎だが、土地の広さを活かしてか、横の長さはそれなりにある。特別な事情がなければ、妹たちとは昼休みまでお別れだ。

「寂しいね、礼人」

「まもりは慣れないな」

 三人の時間よりは短いが、幼い頃から四人でいることの多かった私たちだ。まもりが寂しいと思う気持ちはよくわかるが、もうそろそろ慣れてもいいのではと思う。

 私たちは二年二組、同じ教室の席につき、軽く授業の準備を整える。オリエンテーリングの終わった五月の連休明け、授業開始の本番だ。といっても、最初はショートホームルームなので、幾許かの余裕はある。

「おはよう。今日も遅刻、欠席はないな?」

 その時間、静かに扉を開けて入ってきた長身の女性教師が、ざっと教室を眺めてから言った。私たち二年二組の担任、稲田フツキ先生である。去年から二年目、去年は副担任として新任の月宮霞という女性教師がついていたが、今年はいない。彼女も今年から担任持ちで、一年二組、私の妹たちの通うクラスの担当だ。

 教えていたフツキ先生も若い先生で、長い前髪で片目を隠したショートカットの綺麗な女性である。男子生徒からの人気も低くはないが、玉砕した男子が女性恐怖症となって帰ってきたという話が噂となり、告白する勇気のある男子は今ではほとんどいない。

「本日は特に連絡事項はない。が、一つだけ言っておこう。連休明けだからとダレている者がいたら、今のうちにしゃきっとしておけ。自分一人ではどうにもならないという者がいるなら、このあと廊下に来るといい。私が元気にしてやる」

 そういって微笑んでみせるフツキ先生。その後、幾人かのぼんやりした生徒が彼女の後についていって、帰ってきたら元気になっていた。去年から私たちのクラスでは連休明け恒例の光景である。特に、夏休み、冬休み明けはお世話になる生徒も多い。

 あいにくと、私は一度もお世話になったことはないので何をしているのかは不明だが、経験者から聞いた話によると、「しゃきっとしろ!」という先生の言葉の直後、体を何かが駆け抜けるような感覚があって、気がついたら元気になっているのだという。まるで魔法のような出来事だ。

 廊下側でなくともその声だけは聞こえるが、教室内の生徒には何も影響はないので、何か別のこともしているのだろう。有力なところでは、やはり表情や動きだろうか。心理学的な何かを駆使しているのかもしれない。

 ともかく、フツキ先生のおかげで連休明けにも拘らず、私たちのクラスは誰一人と休みボケすることなく、今日の授業を迎えられた。

火の神様のお弁当

 昼休み。私たちは中庭に集まっていた。三人掛けの簡素なベンチに座り、鈴と翠が私の両隣にぴったりとくっつくように座っている。家のソファに腰掛けるときと同じく、右に鈴、左に翠という位置は変わらない。

 ベンチの前の芝生には、ランチョンマットを敷いたまもりが陣取っている。広い中庭には私たちの他に、人の姿はほとんどない。五月になったといえど、北海道の春はまだ少し肌寒い。わざわざ外で食べようという生徒が少ないのも当然である。

 私と妹たちは膝の上に弁当箱を広げ、まもりはランチョンマットの上に広げる。一人には余る広さだが、いつものことである。

 一人だけ芝生の上というのが気になって尋ねてみたこともあるが、本人がこの場所がいいと言うのだから、私から言うことは何もない。

「お兄様、あーん」

 翠が差し出す唐揚げを口に運ぶ。声に出すのはちょっと恥ずかしいので、静かに口を開いて咀嚼し、味を楽しむ。

 鈴も小さく口を開いて、私に唐揚げを差し出してくる。こちらの唐揚げも美味である。

「どちらの唐揚げが美味しいですか?」

 翠が笑顔で尋ねてくる。自信が顔に満ち溢れているような笑顔だ。鈴は祈るような目で私をじっと見ている。二人の妹の手作りお弁当、となればさすがの私でも返答に困るところだけれど、幸い、妹たちのという部分は当てはまらない。

「どっちも美味しいよ。ユズリの作る唐揚げは火加減も完璧だ」

 そう。私たちのお弁当は全て、ユズリの手作り弁当である。三人とも中身は一緒。妹たちの方が若干多いのは、恒例のあーんを見据えてのことで、量も適切。

 妹たちはふくれることなく、揃って笑顔をみせる。二人曰く、いつか手作りの料理を作ったときのための予行練習、なのだそうだ。中学生の頃から言われ続けていた言葉で、その日がいつくるのか楽しみである。中学校は給食だったから別として、家でも一度もなかったのは、料理を教えているユズリの評価が芳しくないことが理由らしい。

「礼人、私のも食べる?」

 言って、まもりは手作り弁当の中から一枚のレタスを差し出してきた。唐揚げのあとのバランスとしてはちょうどいいので、ありがたくもらっておくことにする。

「はい。鈴と翠にはまもり特製玉子焼き」

 まもりから差し出された玉子焼きを、妹たちはいつものように口に入れる。目を瞑ってじっくり咀嚼してから、鈴は小さく頷いて、翠は微笑んで言った。

「美味しいですけど、ユズリの方が上手ですね」

「やっぱ、まだ勝てないかあ。強敵」

 肩をすくめて苦笑するまもり。連休中、練習に付き合って試食したときは結構いい感じになっていたと思ったが、妹たちの舌にはまだ足りないようだ。私も味覚がダメではないが、妹たちの味覚は私よりも優秀なのである。

「人と神の差、ってところだな」

「愛情なら負けてないつもりなんだけど」

「お兄様への愛情ならわたくしが一番です」

「……それは私」

 翠の言葉に、きっと睨んで即座に反応する鈴。さすがの鈴も、ユズリの作ってくれた弁当箱を投げ出して、私にくっついてくるようなことはしない。しかし、喋ったということはやる気は満々のようだ。

 このままではちょっと面倒なことになりそうなので、私は大げさに首を横に振ってから言い放つ。

「甘いな。私の鈴と翠への愛は、もっともっと上だ。何せ、二人分だからな」

「二倍の愛ってやつだね」

 まもりも状況を察知したのか、私の援護をしてくれる。

「ということで、食事の続きだ」

 少々無理やりな感はあるが、勢いを削がれた妹たちは黙って食事を再開した。私とまもりもそれに続くように箸を動かし、そのまま昼休みの時間はゆっくりと過ぎていった。


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