Sister's Tentacle 11

二本目 剣士から翼が生えた


 明けて翌日。今日は日帰りの古代遺跡に行くか、それとも少し遠くて野宿が必要な遺跡を目指すか。そんなことを話していた兄妹に声をかける者がいた。

「君たち、ちょっといいかな?」

 声をかけたのは一人の少女。コーヴィアよりやや高い百七十の身長に、黒く長い髪のポニーテール。クールな印象を与える顔立ちで、立ち居振る舞いもどこか涼しげだ。黒の瞳で兄妹を見つめる彼女の腰には、一本の刺突剣が添えられている。コートに隠れた胸はささやかだが、ユィニーよりは少しだけ大きい。

「なんだ?」

「私はリリファという。君の持っているその剣、少し近くで見せてもらえないだろうか」

「構わないが……あんた、剣士だろ?」

「もちろんだ。望むなら、そちらで見せてもらうとしようか? ええ、と」

「俺はコーヴィアだ。こっちは妹のユィニー」

「そうか。ではコーヴィア、町の外に」

 町の外に出たコーヴィアとリリファは互いに剣を抜いて構え合う。数秒の沈黙のあと、今だというタイミングで飛び出たコーヴィアは剣を振り上げる。その剣が振り下ろされるより早く、リリファの刺突剣が彼の剣を握る手を貫いていた。

「ふむ。なるほど……やはり」

 出血するコーヴィアを放置して、リリファは彼の落とした剣を眺めていた。

「しかし、手加減にも程があるのではないか?」

 拾った剣を手渡すリリファから、コーヴィアは出血のない方の手でそれを受け取る。

「対峙した瞬間に、勝てないとわかった相手に挑むほど俺は馬鹿じゃないぜ」

「怪我をしているじゃないか」

「これくらいなら大丈夫だ。鍛えてるからな」

 女王の血を巡らせて治癒能力を高める。その特訓の成果か、彼の傷は普通の人間では考えられないほどの早さで治癒していた。

「鍛えてどうにかなるものでも……なっているな」

 リリファは驚きもせずにその様子を眺める。

「で、剣を見るだけで終わり、じゃないよな?」

「ああ。はっきりとわかった以上、君たちとはもっと詳しく話をしたい」

 道を歩く人に気付かれないよう木陰に移動してから、三人はもう少し詳しく自己紹介をした。リリファは十六歳の少女で、ある目的のために旅をしているという。

「その剣について、君はどれくらい知っているのかな?」

「凄い剣、なんだろ? 素質はあるって言われた」

「それだけかい?」

「十一本の剣を集めると、願いが叶う。そんなことをお母さんから聞いたことがある」

「初耳だな」

「……うろ覚えだけど」

「それで間違いないよ。私は願いを叶えるために、剣を探しているんだ。女王の受け継ぐ十一本の剣をね。私の持つこの剣、氷結の剣と呼ばれいてるこれもその一つだ。君の剣はなにかな?」

「粘液の剣、らしい」

 コーヴィアは肩をすくめて、「どんな力なのかはわからないけどな」と付け加えた。

「それで、だ。君たちには私の願いを叶えるために協力して欲しいのだが」

「断る、と言ったら?」

「力ずくで、とは言わないよ。安心して欲しい」

「そうか。で、その願いってのは?」

「そうだな。君たちになら大丈夫だろう。見てくれ」

 リリファは羽織っていたコートを脱いで、背中の露出した服装を二人の前に晒す。柔らかそうな背中には、小さな透明の羽がついていた。

「今はこの形だが、大きくもできる。私には女王の血が流れているんだ」

 正面を向いて、リリファは語り始めた。

「私の母は怪鳥の女王。町の男どもを攫っては、生命や精を搾取して、恐れらていた女王だ。けれど、ある日のこと、攫ってきた一人の男に一目惚れしたそうで、その男との一人娘がこの私なんだ。今は襲っていないとはいえ、それまでしてきた事実は変わらない。私にもその血が流れている……人間を襲う気持ちはなくとも、襲おうと思えば襲える血が」

「怪鳥の女王、か」

「一つ聞いていい? その女王は、人の姿にもなれる?」

「父はあまり好きではないようだが、私を育てるときはたまにそうしていたな。胸の大きな綺麗な女性だったよ」

「理解した。つまり、あなたの願いは、その貧乳をどうにかしたいと。私は多分あなたより小さいけど、悩んでないから共感はできない。でも、気持ちはわかるつもり」

 ユィニーは大きく頷いて、リリファに笑いかけた。

「鋭いね。人の姿でいるときは自然に変化しただけでも大きな胸なのに、私の胸ときたらとても小さくて悩んでいて――って違うから!」

「でも悩んでる」

「それは、まあ……しかし、私にはもっと大きな悩みがあるんだ」

 リリファは大きく息を吸ってから、力を込めて言葉を発した。

「人間を襲う女王の血。私はその血を消したい。そのために、剣の力が必要なんだ」

「そう……あ、お兄ちゃんのえっち」

 コーヴィアの視線は先程の会話の途中から、妹と女剣士の胸をちらちらと見ていた。その目を覆い隠すように、ユィニーは触手を伸ばして兄の目を塞ぐ。

「今のは……」

「触手」

「なるほど、そうか。君たちが噂の、触手の女王の成した兄妹なのだな」

「ああ。その通りだ。俺たちも、あんたの噂くらいは知ってるぜ」

 触手の女王と怪鳥の女王は仲が良い。二体とも近い時期に人間との子を成したという情報は、彼女の子たちにも伝わっていた。どんな子であるのかといった情報がないのは、どちらの女王も不慣れな子育てに精一杯。子を成したという報告をして以来、一度も連絡をとっていなかったことによる。

「なら、話は早いかもしれないな。君たちも協力してくれないか?」

「なんで?」

 首を傾げるユィニー。

「君は、悩んでいないのか?」

「うん」

 コーヴィアは黙って二人の会話を聞く。彼にも女王の血は流れているが、男である彼には女王の力はない。その彼に二人と同じ感覚を共有することはできないのである。

「これ、便利だし」

 ユィニーは触手を振り回してみせる。鋭く激しい触手の動きは、並の相手なら簡単に翻弄できることだろう。

「まあ、私は協力してもいいけど」

 触手を収めて、ユィニーは兄の顔を見る。

「手伝うくらいならいいが……その前にいいか? 十一本の剣ということは、残り九本あるんだろ?」

「その通りだ」

「その剣の所在は? 集める目処は?」

「この中央大陸に六本、西の小大陸に一本、東の氷海に一本、東大陸に三本。女王がいるところに剣があることはわかっている。けれど、どうやって力を貸してもらうかは考えていない。状況もわからないからな」

「東大陸というと……」

「三体の女王が争っているな」

 東大陸では貧乳の女王、普乳の女王、巨乳の女王――通称三乳の女王が争っていることで有名である。

「他にも、氷海に、西の小大陸というと」

「色々と大変かな」

 詳しい所在や動向がある程度判明している女王にしても、一筋縄ではいかない。簡単に剣をくださいといって、渡してもらえるものではない。

「それに付き合うのはごめんだな。俺にもやりたいことがある。俺のを除いて、残り一本ってなったなら手伝ってもいいぜ」

「そうか。残念だけど、仕方ないかな」

 コーヴィアとユィニーに剣を集める動機がないとわかった以上、その答えは容易に予想できること。リリファはあっさりと引き下がった。

「では、私に君のやりたいことを少し手伝わせてもらえないか?」

「あんたの腕なら頼りにしたいところだが、いいのか?」

「ああ。ここで君に恩を売っておけば、もし他の誰かに剣を渡せと言われても私のためにとっておいてくれるだろう? 仲良くしようじゃないか」

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうぜ? 二人じゃちょっと大変そうな古代遺跡があるんだ。その探索に付き合ってくれ。ただ……」

「確約はできない、かい?」

「ああ。でも、俺は恩を仇で返すような男じゃない。あんたに裏の目的がないなら、最後には協力するぜ。さすがに、出会ってすぐの女の子を信用するほどお人好しじゃないんでね。特にあんたのような、可愛い女の子ならなおさらだ。妹には負けるけどな」

 コーヴィアはリリファに向けて、手を差し出す。

「なら、存分に見極めてくれ。遺跡の中で、ね」

 差し出された手をしっかりと握って、リリファは応える。

(今回は私、楽できるかなあ)

 やる気満々な様子のリリファを見て、ユィニーはそんなことを思っていた。

 三人はそのままの足で、近くの古代遺跡に向かう。規模はそれなりに大きいが、町から近いので日帰りで探索を終了することも可能な遺跡だ。しかし、セントレストに到着して間もない頃に訪れた際、危険な罠の多い遺跡であることが判明したので探索は後回しになっていた。

「危険な罠、というのは?」

 古代遺跡の存在は知っていても、わざわざ罠のある遺跡を探索しようとする物好きは少ない。高度な古代文明の残した罠には、落とし穴のような古典的なものもあるが、もっと危険な罠が存在する。

「擬似魔法だ」

「ほう」

「知ってるか?」

「相手をするのは初めてだ。しかし遺跡のそれは、はぐれ魔物と同じくらいだと聞く。魔物であれば、母の従える魔物と手合わせしたこともあるから、問題ない」

 擬似魔法は古代文明の人間が生みだした、独自の魔法である。核を破壊されると消滅してしまうという欠点がある他は、本物の魔法と変わらない威力がある。だが、遺跡に残る擬似魔法には術者がいないので、その力は各地に現れるはぐれ魔物と同程度だ。

 女王が自らの肉体より生み出す、女王に連なる魔物に比べると、はぐれ魔物は統率もとれず個々の能力も弱い。それと戦ったことがあるなら、擬似魔法を相手にしても劣ることはない。

 コーヴィアやユィニーも擬似魔法を倒す実力はある。しかし、探索に躊躇していたのは古代遺跡に宿る擬似魔法の特性によるものだ。術者はいないが、遺跡の建材に込められた魔力から擬似魔法は自然発生する。つまり、倒しても時間が経てば復活するのである。特に広い遺跡なら魔力も多く、二人ではゆっくり探索するのは難しかった。

「俺も奥に進むときは戦えるが、調べている間はリリファとユィニーに相手は頼むぜ」

「うん。疲れたら交代で休みながら」

「わかった。安心して調べるといい」

 古代遺跡は広い二階建てで、建材は崩れることなくそれなりに綺麗な姿を保っている。それゆえに魔力も強く、擬似魔法の危険も大きい。

 進み始めてすぐ、三人の前に光でできた鳥が数羽現れた。侵入者を撃退する擬似魔法。

「これが……核は、そこか」

 一瞬で核を見抜いて、リリファは刺突剣を突き出して擬似魔法を排除する。

 コーヴィアも一体の核を切り裂いて、ユィニーは三本の触手を伸ばして、三体の核を的確に貫く。前に訪れたときに一度戦った相手なので、倒すのは簡単だった。

「この調子だ。さあ、一気に奥に進むぞ!」

「いいけどお兄ちゃん、擬似魔法にばっかり気を取られて落とし穴に落ちないでね」

 遺跡の中に入ってテンションの上がった兄を諫める妹。リリファも苦笑しながら、早足になっているコーヴィアを追いかける。

「……あれは、宝か! 擬似魔法を生み出す、いやそれとも……」

 適当に擬似魔法をあしらいながらある程度進んだところで、一つの宝箱を見つけたコーヴィアは駆け足でその場を目指す。

「あ、お兄ちゃん」

 と、もう少しで宝箱といったところで地面が崩れ、コーヴィアの体は床下に落下していく。その下には鉄の針が。宝箱で釣っての落とし穴という、非常に古典的な罠である。

 落下するコーヴィアの体を、ユィニーは触手を伸ばして掴まえる。罠を予想して落ちる前から伸ばしていた触手は、コーヴィアの体が床下に消えてすぐに彼を掴んでいた。

「だから言ったのに」

「ユィニー」

「もう確かめてる。中身は空っぽ」

 ついでに伸ばした触手で宝箱を開けたユィニーは、中に触手を這わせて中身を確認していた。

「君たち、息がぴったりだな」

「お兄ちゃんだから」

「よし、次だ!」

 すぐに歩き出したコーヴィアを追いかけながら、ユィニーが答える。リリファは後ろから襲いかかってきた擬似魔法――光の狼を素早く撃破すると、兄妹に続いて奥に進む。

 以降も何度か罠に遭遇しながらも、無事に再奥に到着したコーヴィアたち。その奥にはあからさまに罠があるとわかるような、綺麗な白い石の平たく大きな宝箱があった。

「お兄ちゃん」

「落とし穴、はないな?」

 コーヴィアは慎重に足を進める。落とし穴がなくとも、壁や天上に何かが仕掛けられているかもしれない。しかし、宝箱を目前にしても罠が発動する気配はなかった。

「鍵もかかっていない?」

 蓋に手を触れて力を入れると、蓋はあっさり動いた。重いので少し時間はかかるが、あまりにもあっさりした様子にコーヴィアは周囲を警戒しながら静かに開けていく。僅かに中が見えた瞬間、その隙間から強い光が溢れ出した。

 溢れた光は宝箱の上に集まり、小さな鳥の姿を象っていく。一羽二羽、三羽四羽と増えていき、数秒もしないうちに数百羽、そして最終的には千羽に近い鳥に部屋は埋め尽くされていた。

「とんでもない擬似魔法もあったもんだ」

「お兄ちゃんは下がってて、足手まとい。リリファは……」

「任せてくれ。数を相手にする戦いも、ちゃんと知っている。ユィニー、少々時間を稼いでくれるか? 一気に殲滅してみせよう」

「わかった。任せる」

 襲いかかる擬似魔法の鳥を、ユィニーは数十本の触手でなぎ払っていく。全ての鳥を一撃で倒せるわけではないが、数を蹴散らすにはこの方が効率がいい。

 リリファは刺突剣を構えて、剣先に精神を集中する。剣の周りに冷気が集まり、それは一瞬のうちに氷となって、彼女は氷の剣を手にしていた。ざっと全体を見つめて、剣を一振り。

 すると、剣先から小さな氷の槍が多数飛び出し、数十体の鳥の核を貫いた。

「氷槍よ、舞え! 無数の敵を貫け!」

 飛び出した小さな氷の槍は、核を貫いたところで止まっていた。リリファは氷を纏った刺突剣をタクトのように振る。四拍子、そのリズムに合わせて氷槍は空中を舞い、次々と核を貫いていく。十秒と経たずに剣を下ろしたときには、ユィニーの近くにいる数羽の鳥が残るのみであった。

 それらも触手の一薙ぎで全滅し、擬似魔法による鳥は完全に姿を消した。

「こんなところか」

「お兄ちゃん、さっさと中の確認」

 また復活しては面倒だと、妹に催促されてコーヴィアは宝箱の中を確認する。

「……ふむ」

 中を見たコーヴィアは明らかに落胆したとわかるような声で言った。

「古代の金貨と銀貨だ。路銀にはなるが、それだけだな」

 金銭的な価値が高いので厳重に守る理由はあるが、研究という点では珍しくないよく見かける金貨と銀貨である。これだけの数となると珍しいが、全てを持ち帰るには重すぎるので、コーヴィアは一部だけを持ち出して、その三分の一をリリファに渡した。

「とりあえず、報酬ってことにしといてくれ。じゃ、帰ろうか」

「ああ。気をつけて帰るとしよう」

(私は特に報酬をもらう気はなかったのだが……)

 リリファはそう思いながらも、意気消沈した様子のコーヴィアを見て、何も言わずに受け取っておくことにした。まだ余裕があるとはいえ、路銀が必要なのは事実である。

 擬似魔法が復活する前に、なるべく早く帰還したコーヴィアたちは、ほとんど敵と遭遇することなく遺跡の外に出ることができた。帰りはコーヴィアが周囲に興味を示さず、真っ直ぐに歩いたことも大きいだろう。

「かなり落ち込んでいるが、フォローは必要ないのか?」

「遺跡探索ではよくあること。明日には治ってる」

「そうか。大変なのだな」

「あなたも相当大変なことしてると思うけど」

「違いない」

 小さく肩をすくめるリリファ。そのまま微笑んでいた彼女だったが、ふと真剣な顔を見せた。微笑み返していたユィニーも同じく、表情を変える。コーヴィアだけは落ち込んでいた影響か、二人ほど早くは気づかなかった。

「あら、すぐに気付いたのですね。私がお相手致すにふさわしい方々で、たいへん喜ばしいことです」

 遺跡の屋根の上から、やや変わった敬語を使う少女の声が響いた。

(幻聴か……今日はゆっくり休んだ方が良さそうだな……)

 振り返ってその少女を見るユィニーとリリファ。コーヴィアは遅れていたが、いきなり攻撃を加えてくる様子はなかったので、二人ともそのまま放っておくことにした。

 夕日に照らされるのは、暗い青の髪。飛び降りるのに合わせて、セミロングのポニーテールが揺れて、リリファやユィニーよりは大きな胸がほんの少し揺れる。普乳にはあと一歩届かず、貧乳に入る大きさなのでその程度である。

 身長は百六十ほど。装飾が少なくスカートの丈も短い、動きやすそうなドレスに身を包む少女。彼女は青の瞳でユィニーとリリファを見つめる。勝ち気そうな印象を与える顔立ちで、二人に挑戦的な視線を送り続ける。腰には短剣を添え、その気になればいつでも抜ける姿勢で優雅に立っていた。

「君の剣は、非常に興味深いな」

「奇遇ですね。私もあなたの剣に興味があります。迸る魔力、外にいても感じました。それと一応、そちらの元気のない男の方の剣にも」

「……幻聴ではなかったのか」

 ようやく気付いたコーヴィアが少女を見る。しかし、少女の方は興味がないようで、ならわざわざ関わることもないかと、コーヴィアは黙って後ろで見ていることにした。

「コーヴィア、ユィニー、今日はここで別れるとしよう。私は彼女と話がしたい」

「あら、あなただけですか? 私はそちらの方ともお話を致したいのですが……あの様子ではまた今度にした方が良さそうですね。うふふ、ではお別れの前に、私も名乗っておきましょう。そちらのお兄さんの方がコーヴィアさん、お強い妹の方がユィニーさん、でよろしいのですね?」

 兄妹が違った感情でやる気なく頷いたのを見て、少女は言葉を続ける。

「私の名はミレナ。海魔の女王が一人娘」

 ミレナは腰に添えた短剣をおもむろに抜く。

「そしてこの、闇夜の剣の適応者でもあります」

「ふーん。じゃ、私たちは行くから。お兄ちゃん、さっさと歩く」

「わかってる。幻聴じゃないなら、すぐに立ち直って見せるさ」

 やる気のない返事にやや呆然とするミレナだったが、刺突剣を抜いて構えたリリファに気付くと、彼女にぱあっとした笑顔を向けた。

 ミレナも短剣を構えて、いつでも動けるように準備をする。

 二人が動いたのは、コーヴィアとユィニーの姿が完全に消えてすぐのことだった。

「闇よ、私たちを包みなさい」

 緩やかに振り下ろされた短剣。直後に、夕日に照らされていた遺跡は消え、夜の闇に照らされる遺跡に姿を変えた。

「では、私は氷の花を闇の中に咲かせるとしよう」

 刺突剣をタクトのように扱い、リリファは氷を操る。ゆっくりとした二拍子。氷でできた花が闇の中に舞い、中空で弾けては、再び闇の中に消えていった。

「あなたのお名前を聞いていませんでしたね」

「リリファだ。よろしく頼む」

「良いお名前ですね。お歳はおいくつですか?」

「今年で十六になった」

「私は十七です。私たちのような境遇で歳が近いというのは、運命的なものも感じてしまいますね。……さて、単刀直入にお尋ねします。リリファさん、私たちに協力致してはもらえませんか?」

「私もミレナには協力を頼みたい。剣を集めて、叶えたい願いがあるのだろう?」

「私の、ではないですけれど、協力しているのは事実です。私は一応、四天王とやらに入っているそうなのですが、なんでも、彼は人間を絶滅させたいのだとか。そうなると私も困ってしまうので、多少は譲歩してもらう予定です」

「それはまた、随分とスケールの大きな願いだな」

「リリファさんは?」

「私はこの血を、怪鳥の女王の血を体から消したい。それだけだ」

 リリファの言葉に、ミレナは僅かに目を鋭くする。

「あなたの事情は理解致しかねますが、女王の血を否定するとは……評価を改める必要があるでしょうか。暗き深海の闇よ、大地を閉ざし、喰らいなさい」

 振り上げた短剣に合わせるように、地上を闇が埋め尽くし、リリファに襲いかかる。地上にいる限りは回避するのは難しい、全方位からの攻撃。しかし、その攻撃は怪鳥の女王の娘たるリリファには当たらなかった。

 彼女はコートを脱ぎ捨て、咄嗟に広げた翼で空高く飛びあがり、辺りを包みこんでいた闇を抜けていた。夕日を背に、闇の中のミレナを見下ろす。

「それも、あなたの血の成せる業。嫌う割には、使えるのですね」

「剣を集めるには強さが必要だ。そのために、使える力は全て使うさ」

「ふふ、安心しました。では、今日はこのくらいで。私の今の役目は、剣の所在を確認すること。それだけですから」

「ああ。そうしてもらえると助かるよ。私も、時間が必要かもしれないから」

 明るい声でリリファは言ったが、最後の言葉はやや力が弱くなっていた。

「わかりました。またお会い致しましょう、リリファさん」

 闇が消えたとき、その場からミレナの姿も消えていた。リリファは急降下してコートを拾うと、遺跡から離れたところに着地して羽を収めた。

「思った以上に、悩んでいないものなのだな……」

 リリファは呟くと、セントレストへの道をゆっくりと歩き出した。

 翌日。すっかり元気を取り戻したコーヴィアに、リリファが声をかけた。

「二人とも、私は町を離れようと思う」

「他の剣を求めてか?」

「その通りだ。君たちとも会話をしたし、ここで待つより動いた方が得策だろう。とりあえず、東のトフィン王国に向かおうと思うのだが……君たちは?」

「俺たちはセントレスト周辺の遺跡探索を続ける。まだ、調べてない遺跡も沢山あるからな。たくさん探せば、きっと一つくらいは凄い物が!」

「そうか。私も応援するとしよう。コーヴィア、ユィニー、また会おう」

「ああ、またな。勧誘はしないが、剣の情報があったら覚えておくぜ」

「暇だったら、ちょっとくらい調べておく。期待はしないで」

「助かるよ」

 その言葉を最後に、リリファは東に向けて旅立っていった。高くあげた手を振って見送るコーヴィアに、リリファも背を向けたまま手をあげて応える。ユィニーも一応、小さく手を振って彼女を見送っていた。

 兄妹の出会った一人の女剣士。そして、遺跡で出会った不思議なお嬢様。二つの小さな出会いが、やがて大きな物語となって動き出すことを、このときはまだ、誰もはっきりとは認識していなかった。


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