しましまくだものしろふりる

第二章 大陸中部精霊記


 次の日は空に雲ひとつない快晴だった。足場の悪い渓谷で戦う条件としては、最良ではないが悪くない天候だ。光の反射や逆光が気になるところだが、雨で川の水が増えたり足場が滑りやすくなるよりは遥かに戦いやすい。

 六人は滝の下に集まっている。ミリィとエリの二人と、レフィオーレ、スィーハ、チェミュナリア、シェーグティーナの四人は対岸で向かい合う。

 時刻は朝。滝の付近ということもあって周囲の空気は涼しく、目的が違えば楽しい時間を過ごせたことだろう。

「みなさん、準備はよろしいですか?」

「今から精霊の力を解放するよ。暴走するのは間違いないけど、絶対に止めてね!」

 四人が頷いたのを見て、ミリィとエリは互いに手を合わせて目を瞑る。淡い光が二人の体を包み、その光は時間が経つにつれて眩さを増していく。そして十秒ほど経った頃、光が大きく揺らめいたかと思うと、二人を包んでいた光は一気に弾けた。

 光が消えたあとも二人は手を合わせたまま。だが、その二人の纏う雰囲気はそれまでと大きく違う。神秘的でありながら、どこか危うい感じの印象を与える不思議な雰囲気。かつてのピスキィが纏っていたものと同じ、暴走の証。

 振り向いて四人を見つめるミリィとエリの瞳からは輝きは失われ、顔には表情が浮かんでいない。そして無表情のまま、二人は揃って対岸に立つ者たちに駆け出した。

「それじゃ、予定通り」

「了解!」

 シェーグティーナの言葉に、三人が同時に答える。スィーハが先陣を切って駆け出すと、チェミュナリアは彼女についていく。レフィオーレは動かずにシェーグティーナの後ろで待機。

 スィーハとチェミュナリアが彼女たちを誘き寄せて、背後からシェーグティーナが突撃して挟撃。もちろん、それは成功しないだろうが、前後から攻撃されれば当然二人は分断することになる。その間にレフィオーレが割って入り、ミリィとエリを分断するという作戦だ。

 しかし、誘き寄せる二人にミリィとエリは散開して、左右から攻撃を仕掛ける。二人を分断させるかのような行動だが、守りに長けた二人ならすぐにやられることはなく、こちらから積極的に攻めなければ分断されることもない。

 戦っている最中に、エリの背後からシェーグティーナが攻撃を仕掛け、それに合わせるかのようにスィーハがミリィを攻めて相手との距離を縮める。二人の合流地点にレフィオーレが割って入り、分断作戦は成功した。

 だがこれは対等に戦うための前提条件を整えただけ。それでも、成功させないと不利になるのは確実だったので、無事に済んだことに四人はほんの少しだけ安堵する。

 スィーハとチェミュナリアは分かれてからも防御に徹しつつ、隙があれば攻撃も仕掛ける。狙いは注意を引くことでで、ダメージを与えることを目的とはしない。チェミュナリアが装飾の付いていないしろぱんつ、スィーハが白無地のふりるぱんつと、攻撃性能の最も低いぱんつをはいていることからもそれは明らかだ。

 最初の二対二の状況では短時間が限界だったが、相手がミリィ一人なら長時間でも苦戦はしない。今はとにかく長い間分断状態を維持することが何よりも重要だ。

 レフィオーレとシェーグティーナの二人はその時間を利用して、エリにダメージを与えることに集中する。レフィオーレが前線でソードレイピアを振るい、シェーグティーナは後ろから攻撃の援護と合流を防ぐことに集中する。

 戦闘経験と精霊を宿した彼女の力はぱんつの力を完全に引き出す者に匹敵するが、精霊にダメージを与えるという点では大きく劣る。ぱんつをはいているだけで武器にも体にも自然と力の宿るレフィオーレたちと違い、シェーグティーナの精霊の力は意識しないと体に宿らない。

 正確には、アルシィアを受け入れているだけで常に微量の精霊の力は宿っているが、その力は身体能力の向上と、精霊と同じように濡れたり汚れたりしないように体を防護するためのもの。後者はぱんつの力と同じなので、結果的にぱんつの力を引き出せないことをカムフラージュするのにも役立っている。

 攻撃するときにも弱い魔物や男が相手ならその身体能力だけで充分な威力になるが、少し強い魔物に対しては攻撃する武器や体に精霊の力を込める必要がある。

 シェーグティーナが左腰に携えている剣を抜かずに戦うのもそのためだ。体には常に力が宿っているのでその力を一箇所に集中させるだけでも少しは戦えるが、武器には新たに精霊の力を流しておかないと本来持つ武器以上の力は発揮できない。

 武器そのものは以前に実力のある武器職人に作ってもらったものなので、切れ味は鋭く簡単には折れない強度もあるが、ぱんつの力や精霊の力を破るには足りない。

 ぱんつの力同様、精霊の力も消耗する。精霊なら回復も早いのでそうそう枯渇することはないが、常に精霊の力を体に宿しているシェーグティーナはその分回復が遅れる。戦いながら回復できるのは利点だが、回復にかかる時間は一晩とぱんつの力と変わらない。

 通常の状態でそれなのだから、常に武器に精霊の力を込めていては力の枯渇も早い。とはいえ体に宿った力を集中させる程度では精霊には僅かなダメージしか与えられない。どちらにせよ、精霊にダメージを与えるには多くの精霊の力を使わなくてはならず、消耗も早い。威力を求めないならそれでもいいが、チェミュナリアのしろぱんつと同じくらいの威力では時間稼ぎにしかならない。

 精霊の動きに対してレフィオーレは即座に反応するが、不規則な動きと弱いながらも放たれる精霊の力に翻弄されて攻撃はあまり届かない。ピスキィのように大きな力は放出せず、小さな力の連発。威力は弱いが力の消費も少ないため、合流するための牽制としては充分だ。

 しかし、エリの相手はレフィオーレ一人ではない。合流しようと距離をとろうとすれば、シェーグティーナが素早く先回りする。剣に手をかけ、いつでも抜く準備は万端だ。エリも気付いているから、強行突破は試みない。

 強行突破なしでの合流を考えるなら、時間はかかるがエリよりミリィの方が簡単だ。飛び道具もなく攻撃力の低い二人なら、失敗してもリスクは低い。

 だがレフィオーレたち四人も合流を防ぐことを第一に考えているため、ミリィもエリも脱出しての合流は叶わない。じわじわと与えられる攻撃も一撃は軽いが、蓄積すれば大きなダメージとなる。

 精霊特有の空中での移動や遠距離からの力の放出による攻撃も、二人に分かれているせいか高さも距離もピスキィより劣り、彼女と戦闘経験のあるレフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアには通用しない。

 時間はかかるが、このまま戦い続ければいける。レフィオーレたちは確信するが、油断はしない。幼い双子の精霊たちに脱出する手段は残されている。

 そして、ミリィとエリは互いに合図を交わすこともせず、ほぼ同時のタイミングで強行突破を試みた。ミリィをスィーハが追いかけ、シェーグティーナはエリを待ち構える。

 ミリィとエリは精霊の力を放って、突破を狙う。狙う相手はそれぞれが追われる相手ではなく、ミリィの攻撃はシェーグティーナを、エリの攻撃はスィーハを狙っていた。

 牽制として使っていた弱い力ではなく、より強い力は遠くまで届く。スィーハにとっては前方から来る攻撃なので回避するのは容易だが、シェーグティーナにとっては背後から来る攻撃だ。一撃ならともかく、連発されれば構えたまま避けることはできない。

 そして構えを解いた瞬間を狙って、素早くエリが飛び込んでいく。それを見てスィーハは足を止め、シェーグティーナも防御に徹して突破を許す。

「あの距離では分断したことにはならない、ということですか」

「二度目はないけど、もう一度分断させるのも簡単じゃないね」

 ミリィとエリが別の相手に精霊の力を放ったのを見て、突破されると直感したチェミュナリアとレフィオーレは彼女たちに合わせるように合流していた。

「でも、みんな諦めたわけじゃないよね」

「大丈夫。この程度で勝てる相手なら、そもそも作戦なんていらない」

 遅れて合流したスィーハとシェーグティーナが会話に参加する。四人とミリィとエリの距離は離れていて、先程の精霊の力でもここまで攻撃は届かないだろう。

 しかしそれが油断だったことに彼女たちはすぐに気付く。対岸で手をつないだ幼い双子の精霊が放った精霊の力は、二筋の光となって左右から挟み込むように襲いかかる。

 揃ったことによる精霊の力の融合。そして、自由自在に曲がって襲いかかる精霊の力。一筋一筋の光は細く、離れている四人に当たっても威力は低く足止めにしかならないが、それだけでも近づくには大きな障害となり、何とか近づいても曲がる光は後方からも襲いかかるため、四人の攻撃が届く距離までは近づけない。

 それだけでなく、ミリィとエリは攻撃しながら位置を変え、滝の裏へと隠れようとする。水煙によって軌道が見えにくくなる効果もあるが、大きな狙いは後方からの不意打ちを防ぐことにあるのは誰もが理解していた。

 精霊の力が遠くまで届くとはいえ、渓谷はそれよりももっと広い。四人が分散して四方から攻め込めば、誰か一人は近づくことはでき、その者が撹乱すれば遠距離攻撃も弱まり包囲攻撃が成立する。

 阻止しようにも激しい攻撃を切り抜けることは簡単ではなく、移動中の隙を狙うにしてもゆっくりと移動しているため大きな隙は見つからない。

「みんな、一旦離れて」

 シェーグティーナの言葉に、三人は射程外に退避する。それに続いて、シェーグティーナも退く。ミリィとエリは次の手を警戒してか構えを解かなかったものの、近づいて来ないのを利用して滝の裏へと隠れていった。

「作戦、あるんだよね?」

「私にはない。けれど、多分……」

 スィーハに聞かれて、シェーグティーナはレフィオーレを見る。しまぱん勇者はすぐに頷いて、これから行う作戦を口にした。

「後ろがだめなら上からいけばいい」

 レフィオーレは滝の上に視線を向ける。その言動にチェミュナリアは笑顔を見せて一言。

「本当に、あなたは無茶をしますね」

「でも、今回も私一人じゃ無理だよ」

 レフィオーレも笑顔を返す。理論上は四方からの包囲攻撃と同じだが、滝上から攻める者は攻撃を回避できないから非常に危険だ。滝上から突破すれば問題ないが、それを読まれてしまえば突破は叶わないだろう。

 安全策をとるなら、空中でも回避できるシェーグティーナが滝上から攻めれば良い。だがそれだと他の三人を視認した時点で、作戦が読まれてしまう可能性が高い。

 レフィオーレには水色と白の縦じましまぱんもあるが、川の上でも戦えるくらいの浅い川では効果がない。滝を下っている間は水中ともいえるが、水色白の縦じましまぱんでも急流に逆らって移動する力は得られない。息の問題も、滝を下る時間くらいなら余裕で保つ。

「レフィオーレが攻撃したら私が続く。チェミュナリアとスィーハは逃がさないようにして」

 二人が頷いて、四人は行動を開始する。シェーグティーナは一人その場に残り、レフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアの三人は木々の間に身を隠す。

 川の中心から近づいていくシェーグティーナに放たれる激しい攻撃を、彼女は紙一重でかわし続ける。長時間は保たないが、その間に木々を抜けたスィーハが右方から、チェミュナリアが左方から回り込んで滝下を目指す。

 二人に放たれる攻撃の隙をついてシェーグティーナが向かおうとするが、曲がる光は当たらなければ複数の相手を狙うことも可能だ。それもあって、彼女たちは一定以上の距離に近づくことはできない。

 そうしているうちに、木々を抜け渓谷を登り、滝の上に到達したレフィオーレが滝に飛び込む。ソードレイピアは滝裏の岩壁に引っかけて、落下する速度を抑える。そしてミリィとエリの姿が視認できたところで剣を離し、着地するタイミングに合わせて素早く振るって攻撃を仕掛ける。

 狙いはミリィとエリのつないだ手。突然の上空からの奇襲に、双子の精霊は即座に反応できずそれぞれの手に攻撃を受ける。血はでなくてもダメージを受けたのは明らかだ。

 それを待っていたとばかりに追撃をするレフィオーレと、シェーグティーナ。彼女たちから逃れるように移動した先には、スィーハとチェミュナリアが待っている。

 作戦は成功。けれど完璧な成功ではなく、半分成功といったところだ。

 ミリィとエリは逃れるときに別々の方向ではなく、僅かに時間をあけてチェミュナリアの方へと二人とも逃げていった。しまぱんの力を完全に引き出すレフィオーレと、精霊の力を宿すシェーグティーナでも滝の水圧と水煙の中では視界や行動も遮られ、思うように動けない隙を突かれたのだ。

 それでも、チェミュナリアが対峙しているので再び遠距離からの攻撃を繰り返されることはない。一対二となるチェミュナリアは押されながらも突破は防いで時間を稼ぐ。

 防御に徹さないとダメージを受けるのは必至だが、このまま突破されてはまた遠距離からじわじわ削られていくだけだ。滝上から攻めるという手はもう通じない以上、別の手で再び近づけたとしてもまた突破され、また近づいては突破されを繰り返す消耗戦になれば、回復力の高いミリィとエリが優勢になる。

 防戦一方のチェミュナリアに、レフィオーレとシェーグティーナが加勢する。やや遅れてスィーハも参戦し、戦いは四対二の乱戦となった。

 数で勝るレフィオーレたちだが、連係して的確な攻撃を繰り返すミリィとエリに押され気味だ。攻撃は両者とも当たっているが、レフィオーレたちが一発当てる間に、十発以上の攻撃を受けるのでは圧倒的に不利。

 それでも、誰も乱戦から抜け出そうとはしない。そうしているうちに、複数の攻撃を受けていたチェミュナリアの動きが鈍ってくる。それに続くように動きを鈍らせたのはスィーハ。動きを鈍らせた三人目は、レフィオーレでもシェーグティーナでもなく、二人に分かれたミリィエリの片割れ、エリだった。

 今度の作戦は半分ではなく、完全に成功した。一発に対し十発の攻撃でも、一発を放つのがレフィオーレかシェーグティーナで、当てる相手を片方に絞り、攻撃を受けるのもなるべく防御と回避に長けたチェミュナリアとスィーハになるようにすれば効果は大きい。

 狙う相手がミリィではなくエリなのは、最初に分断したときに与えたダメージの蓄積を考えてのことだ。

 しかしこの戦法も守り手の二人がダメージをかなり受けたので、これ以上は続けられない。乱戦を解消すればミリィとエリとの距離も離れることになるが、無理はできない。

 再び対岸で対峙することになった四人と二人。ミリィとエリは手を合わせているが、射程内のはずなのに遠距離攻撃を仕掛けてくることはなく、四人が態勢を立て直したのを見ると二人揃っての攻撃を仕掛けてくる。

 意外な行動にレフィオーレたちは驚いたが、やることは決まっている。ダメージを受けているエリを狙い、こちらは四人に攻撃が分散するようにして消耗を避ける。

 そうすれば確実に勝てるはず。レフィオーレたちはそう思っていたが、なぜかエリにはなかなか攻撃が当たらない。それどころか、動きが早くなっているようにも見える。

 少し離れている間に回復したにしても、その回復量は異常だった。

 徐々に押されていく四人。何か変だとは思いつつも、何が変なのかがわからない。そうしているうちに、レフィオーレの動きも鈍り、相手の攻撃は激しくなっていく。小さな体から放たれる蹴りで足を削られ、至近距離で放たれる精霊の力は上半身を狙う。

 このままではまずいとレフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアは一旦退いて態勢を立て直そうとしたが、放たれた光が後方から襲いかかり彼女たちを包囲する。

 その瞬間だった。体術を駆使して戦っていたシェーグティーナが左腰に携えた剣に手をかけて、勢いよく引き抜いたのは。

「はあっ!」

 初めて聞くシェーグティーナの掛け声。それとともに放たれた鋭い一撃は、ミリィの体を斬り抜いた。

「エリをお願い!」

 距離をとろうとするミリィと、それを守ろうとするエリ。それよりも早くシェーグティーナは駆け、距離を詰める。レフィオーレ、スィーハ、チェミュナリアの三人は言われるままに、追いかけるエリの妨害に徹する。

 動きが鈍ってはいても、三対一ならレフィオーレたちも対等に戦える。その間にミリィに追いついたシェーグティーナは、抜いたままの剣を左に振り上げると、力を込めて袈裟に斬りつける。

 直撃を受けたミリィは小さな悲鳴とともに、その場に崩れ落ちる。シェーグティーナは剣を鞘に戻すと、振り返ってエリたちを見た。

 そしてエリに隙ができた瞬間に、素早く駆け込んで鞘から剣を抜き、一閃。

 攻撃を受けて足が止まったエリに、チェミュナリアが杖を振って足を崩す。その浮いた体をスィーハが投げ倒し、そこに放たれるのはレフィオーレの鋭い突きの一撃だ。

 再び響く小さな悲鳴。連続攻撃を受けたエリはそのまま起き上がらなかった。

「やった……んだよね」

「そう、みたいだね」

 レフィオーレは武器を下ろし、スィーハは構えを解いて大きく息をつく。チェミュナリアも静かに杖を下ろすが、シェーグティーナは剣を鞘に収めなかった。

 剣の落ちる音が響いたかと思うと、続いて誰かが倒れる音が響く。倒れたのはアルシィアを宿した少女、アーリアスト・シェーグティーナだ。

 慌てて駆け寄るレフィオーレたち。息があることに安堵するとともに、シェーグティーナの顔に笑みが浮かんでいることに気付く。その後、彼女に続いて先に倒れたミリィとエリも介抱した三人は、静かに彼女たちが目を覚ますのを待つことにした。

「みなさんのおかげで助かりました」

「ありがとう! 岩場に寝かされたからちょっと痛かったけど。戦闘中は暴走していたせいか痛くなかったんだけどね」

 十分ほどして目を覚ましたミリィとエリは、すぐに感謝の言葉を述べた。シェーグティーナは二人が目覚めるより少し先に、目を覚ましている。

「最後の作戦は誰が考えたのですか?」

「みんな見破ってたんだよね?」

 レフィオーレとスィーハ、チェミュナリアの三人は揃って首を傾げる。ただ一人、シェーグティーナだけは平然として質問に答えた。

「見ての通り、他の三人は気付いてなかった。だからこそ成功したとも言えるけど」

 そう前置きしてから、シェーグティーナは最後の作戦について解説する。乱戦のあと、ミリィとエリが対岸に渡ったときに傷ついたエリは、ミリィから力を受け取っていた。それによりエリは急速に回復することができた。

 その可能性に気付かないレフィオーレたちは押されていたが、精霊と同化しているシェーグティーナだけはその可能性を考えていて、戦っている最中にミリィが消極的になっているのを見て確信した。

 エリが回復すれば、それだけミリィの力は減っている。だからシェーグティーナは相手に作戦が見破られたことを気付かないようにぎりぎりまで待ち、油断したところで精霊の力を強く込めた剣の一撃を放ち、素早く追撃して片方を倒した。

 また合流して回復されては困るので、残る精霊の力を全て込めた剣の一撃でエリの体力を大きく削り、あとはレフィオーレたちに託すことにした。

 戦闘終了後、シェーグティーナが倒れたのは精霊の力を使いすぎたためである。

「……なんで教えてくれなかったのさ」

 話を聞いて不満の声をあげるスィーハだったが、あの状況で作戦を伝えることが難しかったのは理解している。けれど、その可能性があるなら事前に伝えておくことはできたはずだ。

「高いものから低いものまで、全ての可能性を話したらキリがないから。あと、スィーハに隠し事は難しそうだと思ったのもちょっとだけある」

「なんでボクだけなのさ」

「なんでって、言っていいなら言うけど」

 シェーグティーナはレフィオーレを一瞥する。それだけで、スィーハは何が言いたいかを理解する。

「言っちゃだめ」

「了解。納得してくれたみたいで嬉しい」

 シェーグティーナは破顔する。そんなものを見せられてはこれ以上の不満を口にすることはできず、スィーハは肩をすくめて微笑み返すだけだった。

「とにかく、ミリィとエリも無事だし、シェーグティーナとも仲良くなれて一石二鳥だね」

「何のこと?」

 シェーグティーナは軽くあしらうが、強く否定はしない。レフィオーレは視線を精霊を宿した少女から、幼い双子の精霊に向けると、一つ気になっていたことを口にした。

「ところで、ミリィとエリは今なら精霊の力を普通に使えるの?」

「使えはしますが、以前のようには使えませんね。二人揃って集中すれば可能ですが、常にそうするわけにもいきませんし」

「暴走する心配はないけど、不便だよね。使う機会なんてそうそうないと思うけど」

「一つに戻りたい、とは思わないのですね」

 明るく受け答えするミリィとエリに、チェミュナリアは素朴な疑問を口にする。それに考えるような仕草を見せることもなく、二人は即答する。

「長年生きていますから、新鮮で楽しいですよ?」

「会話相手にも困らないしね。戻ろうと思っても戻れるものじゃないし、だったら楽しまなくちゃ!」

 幼い姿から発せられる達観したような台詞に、レフィオーレ、スィーハの二人は改めて精霊という存在が特別であることを意識する。チェミュナリアはどこか懐かしそうな表情を浮かべて、シェーグティーナは表情こそ変わらないもののため息一つ。

 そして訪れるどこか心地よい沈黙。このまま浸っていたいところだが、そうもいかないとレフィオーレが沈黙を破る。

「チェミュナリアはこれからどうするの? アルシィアも見つかったし、国に戻る?」

「そうですね。当初はその予定でしたが、できればあなた方に同行したいと思います。気になることもありますし」

「ボクたちは構わないけど、ピスキィに伝えなくていいの?」

「それが問題です。ここでは魔物を呼び寄せることもできませんから」

 困り果てたような表情を浮かべるチェミュナリアに、双子の精霊から明るい声が飛ぶ。

「それくらいなら私たちに任せてください。ピスキィは精霊国にいるんですよね?」

「詳しい場所を教えてもらえば、私たちの魔物に手紙を持っていかせるくらい簡単だよ!」

「本当ですか? でしたら、お願いします」

 ミリィとエリに案内されて、手紙を書くためにチェミュナリアは奥の部屋へと向かった。残されたのはレフィオーレ、スィーハ、シェーグティーナの三人だ。

「ねえ、レフィオーレ。気になることって何かわかる?」

「私も気になっていたんだけど、世界の危機についてじゃないかな」

「それなら、ボクたちが暴走したピスキィを止めて……あ、そっか」

 そこまで口にして、スィーハは彼女が何を言いたいのかを理解する。精霊の暴走が世界の危機であり、それを止めるのがしまぱん勇者とその仲間だと今までは思っていた。

 だが、ピスキィが暴走するよりずっと前、レフィオーレたちが生まれるより前ににアルシィアは暴走していたし、ピスキィと時期を近くして暴走したミリィエリを止めたのは、しまぱん勇者とその仲間ではあるが、くだものぱんつの力を完全に引き出す者――ルーフェの姿はなかった。

 世界の危機を救うのは、四人のぱんつの力を完全に引き出す者。世界の危機が精霊の暴走であるとすれば、おかしな点がいくつもある。

「ルーフェかフィオネストに会えればいいんだけどね。念のために確認してもらうこともできる――ううん、きっと彼女なら自分で調べてると思う。そういう人、だよね」

「普段はあの調子だけど、そういうことはちゃんとしてそうだもんね、お姉さんは」

 二人の会話が聞こえたシェーグティーナは、不思議そうに首を傾げる。しかしそれだけで二人に対して質問をする様子はなかった。

 そうしているうちに、チェミュナリアたちが戻ってくる。そこで改めて気になることについて尋ねると、帰ってきた答えはレフィオーレの気になっていたことと同じだった。

「ミリィとエリは何か知らない?」

 問いかけられた二人は視線を落として考えるような仕草をとってから、首を横に振った。そして視線をシェーグティーナに向けるが、彼女も同じく首を横に振る。

 世界の危機とは何なのか、世界の危機は解決したのか、ここにいる誰もが――精霊であるミリィエリやアルシィアでさえも、その答えは持っていなかった。ただ、答えはなくとも手がかりはひとつだけあった。

「南の山脈を抜けた先にある土地、そこに住まう精霊なら何か知っているかもしれません。彼女の知識は精霊の中でも随一ですから」

「名前は、えっと……なんだっけ? ずっと会ってないから忘れちゃった。けど、南に行けばきっとわかるよ」

 その土地はこれからレフィオーレたちが元々向かおうとしていた場所でもある。北へ戻るのは大陸を一通り見て回ってからだ。

 目的も変わらない。レフィオーレとスィーハが幼い頃に交わした約束。大きくなったら、一緒に世界を救おうね――元々、彼女たちの旅の目的は世界を救うための旅だ。世界の危機がなんなのかはっきりとわからなくても、それらしい事件を解決し続ければいいだけ。

「南へ行くなら、案内してもいい」

 と言ったのは今まで会話に参加していなかったシェーグティーナだった。

「一緒に行ってくれるの?」

「違う。案内するだけ。一応、私は南へ行ったこともあるから。必要ないと言うなら別にいいけど」

 シェーグティーナがアルシィアを受け入れてからの二百年間。詳しくは語らなかったが、北部へは戻りにくいにしても、南部へ向かうのに障害は何もない。

 シェーグティーナによると、北部と南部をつなぐピスシィア山脈と違い、南の山脈はそれほど険しくはない。だが、越えた先にすぐ街があるわけではなく、最初に辿り着くのは小さな森林。案内する者がいた方が迷う心配がなくていいと思う、とのことだ。

「私たちに断る理由なんてないよ。ありがとう、シェーグティーナ」

「別に、感謝はいらない。私も南に用があるから、ついでに案内してあげてもいいって思っただけ」

 それだけ言うとこれ以上の言葉はいらないとでも言うように、シェーグティーナはレフィオーレたちに背を向けて洞窟の外へ出て行こうとする。

「先に渓谷を降りてる。またここに泊まるのも悪いし。行く時期はいつでもいいから、準備ができたら探して」

 去り際に口にした彼女の言葉通り、そろそろセグナシア渓谷を降りないと、コルトラディにつくのは夜遅くになってしまう。

「そうですね。エリ、私たちも降りましょう」

「うん。久々にコルトラディを見て回ろうね」

「せっかく戻ってきたのに、ここにいなくてもいいの?」

 スィーハが驚いたように言う。レフィオーレたちも、彼女たちがこんなことを言うとは思っていないので、口には出さずとも顔には驚きの色が浮かんでいる。

「最初はそのつもりでしたが、あなたたちにはもう一人仲間がいますよね?」

「その人が大陸中部に来たときに、降りていた方が便利かなって。見て回りたいってのも本当だし、もし何かあったとしたら来るまでそんなに時間はかからないでしょ?」

「確かにその通りですね。ピスキィのことといい、ありがとうございます」

 レフィオーレたちも続いて感謝の言葉を述べるが、ミリィとエリは暴走を止めてもらったのだからこれはお礼みたいなものだと、軽く返す。

 そこで一旦会話を終えた五人は、セグナシア渓谷を降りながら話を続ける。といっても、重要な会話はルーフェの容姿や性格、服装などを伝えることくらいで、あとは昔話や大陸中部の地理や観光案内など、他愛もない話題だけだ。

 日が傾いてから時間も経ち、ゆっくりしていては日が暮れてしまう。ただ、ぱんつの力を完全に引き出せる三人と、暴走の危険がなくなり精霊の力を使えるようになったミリィとエリにとって、渓谷を抜けることは造作もない。

 向かうときよりもやや早いのは、ミリィとエリが力を使って最短の距離を進んでいるのと、一度通った道ということもあり大体の道を覚えているからに他ならない。

 セグナシア渓谷を抜けたところで、ミリィとエリは飛行型の魔物を呼んでチェミュナリアの手紙を運ばせる。チェミュナリアを乗せた魔物がそうだったように、普通の魔物が高い山脈を越えるには精霊の手助けが必要だ。山の中を越えさせるより、なるべく平地を飛ばせた方が与える力は少なくて済む。

 一応、セグナシア渓谷から精霊都市アルシィアを抜けて向かうという手もあるが、精霊国の南より高い山が連なっているため、多くの力を与えなくてはならない。精霊の力は回復が早いとはいえあれだけ激しい戦いの直後では、ほとんど力は残っていない。そこで無理をするよりも、渓谷を降りながら回復を待った方がいい。

 降りるときにも力は使っていたが、セグナシア渓谷はミリィとエリにとっては慣れた場所。使う力の量も使う回数も、必要最低限で済ませられる。

 飛び去っていく魔物を少しの間眺めてから、五人は再び歩き出す。コルトラディに着いた彼女たちを迎えるのは、ルトラデ湖の湖面に反射する夕日。レフィオーレたちはその光景に思わず見とれてしまう。

 その日の宿は最も近い北部の宿に泊まり、翌日はミリィとエリと一緒に、前はゆっくりできなくて行えなかったコルトラディの観光をした。シェーグティーナも誘ったが、慣れ合うつもりはないしここを案内するとは約束していない、と断られてしまった。

 観光を終えた次の日、レフィオーレたちはミリィとエリと別れ、コルトラディを旅立つ。案内するシェーグティーナはもう少し観光しても構わないと言ってくれたが、あまり長く観光すると他の街も見たくなっちゃうからと、すぐに出発することを選んだ。

 目的地はここより南の山脈を抜けた先にある、大陸南部。そこに待ち受けるものが何なのかはわからない。けれど、北部、中部と続けて騒動があったのだから、南部でもきっとまた何らかの騒動になるのだろう。しまぱん勇者とその仲間――ルーフェがいないので一人足りないが――はそんな曖昧な確信を持って南へと歩む。

第二章 大陸中部精霊記 了


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