建物を出ると、空には月が浮かんでいた。
「嵐雪」
手帳端末を示され、情報を確認する。比奈理さんと三神さんとの戦いを終える間に、他のところでもゲームは着実に動いていた。
三神さんの攻撃で倒れた、八方唯一と林藤ネイリーン。
さっきの戦いで俺たちが倒した、椋比奈理。
その間に起きた戦いで倒れていた、鞍馬勇馬、中原灸。
そして今、羽頭女涼香のポイントがゼロになった。
これで六人。敗者は半分。
残るプレイヤーは俺たちも含めて、大鎌嵐雪、板前神奈木、重三神、舞鳥三千花、古宮杜梓葉、能海川リアネラの六人。
特に目立つのは、未だポイントを3も残している三神さんと、梓葉の二人。とはいえ、三神さんは契り相手を失って、一人で戦わなければならない状態だ。ポイントは1とはいえ、リアネラが残っている梓葉が一番の強敵だろう。
「三千花さんも気をつけた方がいいか」
「漁夫の利ね」
ネイリーンがポイントを失って、一番最初に契り相手を失った三千花さん。それゆえに早い段階で戦いを避けるのに特化したのか、ポイントは動いていない。三神さんの『潜伏』でダメージを受けたときに確認した、2ポイントのままだ。
推測するに、勇馬と灸を倒したのは梓葉とリアネラの二人。そこに涼香も含めた乱戦が始まり、つい先程決着が付いたといったところか。
「どうする?」
「とりあえず、戦略ルームで調整しよう。このままじゃ、嵐雪は三神さん相手に役立たず」
「そうだな。そうするかー」
戦いを急ぐ必要はない。今は距離をとって、梓葉・リアネラの二人に三神さんが出会うのを期待しつつ、次なる戦いの準備をじっくり整えよう。
ただ……。俺の攻撃カード2『端末』の条件は、対象の端末を手にして、特定の場所に十五分間置き続ける、というもの。この条件を満たすのは、知られている『接触』よりも困難のはずだ。男の俺が「可愛い」と言われなくてはならない、『言語』の攻撃1も似たようなものだが、『視覚』よりはいいだろう。この条件は三神さんだけでなく、ネイリーンと契っていた三千花さんも知っている。さらに、リアネラにも使ったのだから、当然梓葉も知る情報。もちろん神奈木も知っていて、残るプレイヤー全員に俺の攻撃1は『視覚』だと知られている。
ならば『言語』に変えるのを迷う必要はない。問題は防御カードだが、不意討ちを警戒する意味で『追跡』にしておこう。
戦略ルームに到着する前にそこまで考えて、俺は素早くカードを入れ替えた。
神奈木が戦略ルームを使用したのは、次の移動先エリアに近付いた頃。あちらもカードを入れ替えたのだろうが、何のカードを持っているのかは俺にはわからない。
多分、攻撃1は『視覚』なのだとは思う。もう一つが『端末』であることは、唯一への攻撃で確認した。攻撃2は、二枚のどちらも見たことがない。防御は一つが『設置』であることはわかっているが、二種類目は不明だ。
そして俺たちは、橋を渡って次のエリアに移動した。マップの中央、エリア3へ。
エリア3に到着して思う。最初にこのエリアに来たときとは、だいぶ状況も、心境も変わったものだと。太陽は沈み、月が浮かぶ空。状況確認のために手帳端末を開く。
「減ってるな」
「理想的な形、とは限らないけど」
古宮杜梓葉と重三神のポイントが、それぞれ一つずつ。2ポイントに減っていた。問題は、そのまま戦いが続いているのか、どちらかが退却して一時的な交戦で終わったのか。
「ま、考えても仕方ないか」
「うん。出会ったら戦うだけ」
それから状況を見て、どうやって戦うかを選べばいい。最後に勝ち残るための戦い方を。
月明かりの中、暗くなったマップには淡い照明がいくつか見えるだけ。目に見える照明の数は少ないのに、まんべんなく照らされているように感じるのは、気のせいではなく間接照明の効果だろう。この明かりが闇を照らしている間は、問題なくゲームは続けられる。
とはいえ、やはり昼間より視界が狭まるのは変わらない。太陽の下では遠くまで見えた場所でも、月の下ではぼんやりと見える程度。俺たちは慎重にエリア内を移動していた。
ずっと遠くに人影らしきものを見つけて、足を止める。神奈木も気付いたのか、半歩前で同じように足を止めた。人影は一つ。動きはなく、見間違いの可能性もある。
目を凝らしてじっと眺める。その影は少しすると動き出して、木々の陰に動いていった。人影であったのなら、手帳端末を確認していたのだろうか?
「追うか?」
「無理はしない。まだ……もう少し」
手帳端末を開きながら、神奈木は答えた。俺は頷いて、再び慎重に移動を開始する。
またしばらくして、人影が現れた。いくつか並んだ建物の先、岩陰から飛び出すように。今度は遠くではなく、その姿から人影の正体は判別できる。
「ふう……あら、お二人もここにいたのですね?」
俺たちよりほんの少しだけ遅れて、自分以外の存在に気付いた梓葉は笑顔を見せた。
「こんばんは。リアネラは?」
「ラークもいないみたいだな……」
答える神奈木の声を聞きながら、周囲を確認する。彼女が引き連れていた機械、リアネラが操縦していたラークの姿は見当たらなかった。暗闇の中に隠れているなら、見つからないのも納得だが……。
「さすがに、ポイントが1ではリアネラも私を守るので精一杯でした。三神さんはなかなか手強い相手でしたよ」
端末を操作して確認する。確かに彼女の言葉通り、能海川リアネラと重三神、両名のポイントはゼロになっていた。目の前の梓葉と、三千花さんのポイントは2のままか。
とすると、少し前の人影は三千花さん――封鎖ルームを目指して移動する、三神さんやリアネラの可能性もあるか。これだけの情報で、断定はできない。
「それにしても、ふふ。あれだけ参加を渋っていたのが、嘘のようですね。もしかしてあれは全て、他のプレイヤーを欺くための演技だったのでしょうか? だとしたら、可愛い顔して、えげつないことをしますね、嵐雪さん」
「あれは本気だよ。それより、今」
「嵐雪さんは可愛いですね。食べちゃいたいくらい、ですか?」
「食べるって」
「あら、言わせるんですね? ふふ、それがあなたの趣味ですか」
「嵐雪の性的嗜好6。女の子に言わせたい」
「五つも披露したか?」
「嵐雪。これは大事な心理戦。負けたんだから黙ってて」
「いや、負けたって……ん?」
ふと気付く。今の会話をしている間に、間違いなく十秒は経過したはずだ。なのに梓葉の手帳端末から、高く澄んだ鈴の音が鳴り響くことはない。それはつまり……。
「はい。嵐雪さんの、今の攻撃カードは『言語』の攻撃1。『視覚』ではないとの読み、当たったようですね」
「『言語』の防御カード、持ってたのか」
「ちなみにもう一種類は『視覚』防御です。嵐雪さんの攻撃は、読みさえ当たれば私には通じません。あっさり教えてくれて、助かりました」
「ね?」
確かに心理戦で俺は負けていた。梓葉はこのゲームの主催者。つまり、このゲームのルールを考えて決めた人物。たとえゲーム中に確認していないカードでも、彼女は全てのカードの効果を知っている。そのことを念頭に置いた上で、もっと慎重に話すべきだった。
「でも、おかげで梓葉さんの情報もわかった。『言語』以外は全て有効」
「そうですね。けれど、『視覚』も難しいですよ? そちらの抱きつき魔さんにも、油断はしませんわ」
「抱きつき魔はひどいなー」
「でもどうせ楽しんでいらしたのでしょう? ふふ、それを私に狙うなら、相討ち覚悟でお願いしますね? 十秒以内なら同時……それは反撃にも有効です」
「無理しないでね。三千花さんを、この場に誘き出すまでは」
「わかってる」
目の前に立っているのは強敵だが、最後の敵ではない。そしてそれは目の前に立つ、梓葉にとっても同じ。この戦いは、見えない三千花さんも含めた三つ巴の戦いだ。
同じエリアにいるなら、三千花さんも黙って見てはいないだろう。三人まとめてダメージを与える機会を狙っているかもしれない。そして梓葉は、その三千花さんの行動を利用して、自分が有利な状況を作ろうとするだろう。
俺たちも同じように利用してもいいが、二対一というだけで有利な状況。誘き出すだけでも梓葉の作戦を封じ、有利な状況を作らせないことは可能になる。無理はしない。
「ふふふ。理解はしているようですね。それでこそ、最後の相手に相応しい」
とても楽しげな、美しい笑みを浮かべる梓葉。実際に、彼女は心からこのゲームを楽しんでいる。楽しむためにこんな舞台を用意したのだから、きっとそうに違いない。
「それじゃ、少し散歩にでも付き合ってもらおうか」
俺は多少の危険は承知で、梓葉の横を抜けるように駆け出した。神奈木も続いて走り出したのを見て、速度を少しだけ緩める。
梓葉とすれ違うときには、ちょうど間に神奈木が入っていた。二人の横顔を見ながら、俺は次のエリアを目指して駆けていく。神奈木と手を繋がないと行けないエリアだが、ここからではまだ遠いので、そこまでは別行動だ。
この読みが外れたら、俺にできる行動は他にない。読みといっても、ほぼ消去法で辿り着いた選択肢。俺の所持カードを知る神奈木は、すぐに理解してくれた。
「散歩にしては、随分疲れそうですが……いいでしょう」
最大の懸念、梓葉も乗ってくれた。とはいえ、この段階で全てを信じるには早い。
しばらくの間、散歩を続けて目指すエリアが見えてくる。エリア1。神奈木が目覚めたエリアで、俺はまだ一度も足を踏み入れていないエリア。
「一つ教えておきましょう。私の移動カードは『穴』です。さて、どうなるか……お先に失礼しますね」
移動カード『穴』で移動できるトンネルは、橋より近い場所にあった。言葉通り先に移動する梓葉を横目に、俺と神奈木もエリア1を目指す。散歩にしては早いが、全速力というわけでもない。後ろに注意を払いつつも、先に移動した梓葉の待ち伏せにも気をつけないとならない。
橋が近付いたところで手を繋ぎ、神奈木の『橋』でエリア1へ入る。手は繋いだまま走り抜けて、梓葉の攻撃を警戒しつつも、素早く手帳端末を確認する。
「どう?」
「よし……神奈木も大丈夫か?」
「うん。私も同じだから」
瞬時に確認したのは、確認したカードリスト。そこには未知の攻撃カードが一枚、橋を渡って十数秒は過ぎた頃に記録されていた。『追跡』の攻撃カード1。条件は、対象がエリアを移動してから、三十秒以内に攻撃者も同じエリアに移動する。
三千花さんも『橋』で移動して、攻撃を狙った証拠だ。だが、俺の防御カードは『追跡』で、神奈木も同じだという。この攻撃は通じない。
それに彼女も気付くまで、猶予は短くて十秒。安全な場所で確認するとしても、長くて一分といったところだろうか。この間に彼女を見つけて、可能なら反撃も狙う。
「こちらへ!」
「え?」
突然横から聞こえてきた声に振り向く。物陰に隠れていたらしい梓葉が手を伸ばして、どこかへ案内しようとしていた。
目的は同じ。一時的にだが共闘はできる。咄嗟に手を伸ばした俺の手を、神奈木が弾いた。
「私に任せて」
「……あら。まあ、とにかく急ぎますよ。居場所は――そこです!」
神奈木の手を掴んだ梓葉は近くにあったハンバーガー屋台を目指す。その裏に潜んでいるはずの誰かの逃げ先を予想して、俺は別の方向から回り込むことにした。
そしてもうすぐ回り込めると思ったときに、誰かの手帳端末が音を鳴り響かせた。
「っと、こっちは――」
「……もう逃げられない。私は空に届かない」
両手を広げて進行を塞ぎつつ、あわよくば『接触』による攻撃も狙おうとしたが、そのどちらも意味はなかった。視線の先の三千花さんは、あっさり梓葉に腕を掴まれていた。
「ああ、もう掴まえましたよ? それと……」
再び誰かの手帳端末から、高く澄んだ鈴の音。神奈木に梓葉、三千花さん。三人とも近くにいるのでわかりにくいが、少なくとも梓葉ではないと、彼女の態度が示している。
余裕の笑みで手帳端末を確認する梓葉に、こっそり神奈木が後ろから近付いていた。気付いたことを悟られないようにしながら、俺は状況確認の質問をする。
「何があったんだ?」
「それは、ご自分の目でお確かめになれば……」
ほんの少しだけ俺に注意が向いた瞬間、後ろから神奈木が手を伸ばす。指先には一本のタッチペン。あの距離なら、さすがの梓葉もかわせない。
「えい」
「……あら?」
ほんの少しだけ、梓葉の端末に触れた神奈木のタッチペン。
「ああ、この距離なら『端末』も警戒するべきでしたね」
「うん。おあいこ」
三人の動きを見逃さないようにしながら、手帳端末を開く。視界の端で咄嗟に確認したのは、新たに記録された『接触』の攻撃1の条件。対象と攻撃者が直接(肌を重ねて)手を繋ぐ。とても短い文章で、しかしその全てを理解する時間は与えてくれなかった。
「嵐雪!」
「っな! もうここまで!」
梓葉が前に動いたのは見えていた。しかし、その動きは見た目以上に速く、気が付いたときには俺のすぐ目の前まで彼女はやってきていた。
「っく……なら!」
「相討ち覚悟――いいでしょう!」
梓葉は左腕を伸ばして俺の背中に回し、片腕で抱きつくような形で俺を拘束し、同時に右腕で俺の左手を掴みかかる。咄嗟に俺も右腕を彼女の背に回して、彼女の勢いもあって俺たちは抱き合う体勢になる。
「これでも……有効なのか?」
「……ふふ。片腕でもちゃんと抱き合っていますから」
そのまま五秒。言葉を交わす。
「なら良かった。反対側は?」
「あの一瞬での判断、お見事です」
俺の左手と、梓葉の右手は繋がっている。ただし、破れるのも構わず咄嗟に伸ばした服の袖越しに。これなら直接、肌を重ねての条件は満たされないと信じて。
そしてその答えは、高く澄んだ鈴の音が知らせてくれた。鳴り響いたのは、梓葉の手帳端末一つだけ。袖越しに繋がれた手が離れて、梓葉は微笑む。
「……ふう。こっちは大丈夫だ」
梓葉の肩越しに、神奈木に声をかける。彼女は三千花さんと向き合って、手帳端末を操作していた。
「うん。こっちも大丈夫。三千花さんは降伏」
一対一なら、彼女もまだ諦めなかったかもしれない。だが、状況は二対一。全員のポイントは1しか残っていないとはいえ、ここまで接近した状況では、戦略ルームを利用して戦い方を変える余裕はない。そんな隙を与えるつもりはない。
十秒後。
三千花さんの端末から、高く澄んだ鈴の音が鳴り響いた。
「ところで、いつまで抱き合ってるの? 抱き心地、気に入った?」
そんな素朴な疑問の言葉と一緒に。神奈木の声は楽しげで、そして少し冷たかった。
仲良く封鎖ルームに向かった梓葉と三千花さんを見送って、俺たちは屋台の前、ハンバーガーは手に取らずに席に座って休んでいた。
開いた手帳端末には、残りのプレイヤーが表示されている。
大鎌嵐雪。残り所持ポイント1。
板前神奈木。残り所持ポイント1。
たった二人の、契り相手と自分の名前。戦いは終わったかもしれないが、ゲームはまだ終わっていない。この『封鎖の契り』の勝者は、一人だけ。
「それで、どうするんだ? 最初の予定通り,俺が譲ろうか?」
「本当に譲るつもりなら、そんなこと聞かなくても実行すればいい」
その通りだ。手帳端末を渡すだけでいい。でも、俺がここまで生き残れたのは神奈木のおかげ。さっきだって、神奈木がカバーしてくれなければ、伸ばされた梓葉の手を握った時点で負けていた。
だから、彼女に譲る気持ちは嘘じゃない。
「せっかくだから、ゲームは最後まで楽しみたいな。俺が勝っても、願いは神奈木のため。それで譲ることにならないか?」
「そう。私も同じ気持ち。嵐雪とは……嵐雪は大切な人だから、もう少し一緒にいたい」
「……え?」
ほんの少しだけ、神奈木が目を逸らしたように感じた。気のせいかもしれない。開いたままの端末を確認して、最後の戦いの作戦を練っているだけかもしれない。
「私ね、嵐雪が他の女の子を抱いているとき、実はとても悲しかった。私という生涯の契りを交わした相手がいるのに、他の色んな女の子と、嵐雪は抱き合っていた」
「誤解を生みそうな言い方やめてくれないか」
「誤解する人間なんてこの場にいない。ここにいるのは、私と嵐雪。二人だけ」
「それは……」
そうだけど。あるいは、どういう意味で。彼女の真意がわからず、言葉が続かない。出会った頃から、彼女の真意なんてこれっぽっちもわかっていなかった気もするが、それとこれとはまた話が違う。
「だから、私も嵐雪に抱いてほしいな。だめ?」
潤んだ瞳で見つめる神奈木。口調も態度も、初めて見る神奈木。
「抱くって、どういう意味で?」
「さあ? 自分で考えたら?」
ここはいつもの神奈木だった。頭が混乱してどうすればいいのかわからない。そもそも、俺が抱いて――『接触』の攻撃カード2で攻撃するという意味で――しまったら、ゲームにならないのではないか。最後に残った二人だし、梓葉も文句は言わないと思うが……。
「決められないんだ。優柔不断の浮気者」
「神奈木。俺は……」
どうしたらいいかわからない。素直にそう告げようとして、迷う。告げてしまっていいのか、時間があるのだから、結論を急ぐ必要はないのではないか。
「……時間は、ないよ?」
「え?」
言葉の意味がわからず、尋ねようとしたときだった。
俺の手帳端末から、高く澄んだ鈴の音が鳴り響いた。聞き間違えるはずのない、その音が。
「だから言ったのに」
「いや、言った時点で時間切れだったんじゃないのか」
「……うん」
認めた。あっさり認めた。確認したカードリストに追加されていたのは、『追跡』の攻撃カード2。条件は、対象の半径五メートル以内に、一時間半以上留まり続ける。
「屋台の裏に回ったときは心配だったけど、良かった」
「なあ」
「敗者は封鎖ルームに行かないと、怒られる。梓葉さんもきっと見てる」
「そうだなー。叶えてもらえたい願いも、聞けないのか?」
「うん。それは今も考え中だから」
神奈木は笑ってみせた。今の神奈木はわかりやすく、嘘はないと直感に伝わってくる。
「じゃ、行くとするか。どうせすぐにまた会えそうだけど……」
「そうね。また会える」
椅子から立って、敗者の手帳端末に表示された地図から、示された封鎖ルームの場所を確認する。どうやら各エリアに一つしかないようで、ここからだと結構遠い。
まあ、急ぐ必要はないか。主催者の梓葉も歩いていたし、急いで移動しないといけないとも書かれていない。そうしてゆっくり歩き出した俺の背中に、聞き慣れた声がかけられた。
「あ、嵐雪ー! さっきの言葉は、嘘じゃないから!」
聞こえた言葉に振り向いて、言葉を返す。
「さっきの言葉って、どの言葉だ?」
「言わせたい?」
「……言わないんだな?」
大げさに肩をすくめた俺に、返ってきたのは大きな笑顔。これで俺の『封鎖の契り』は終わったが、神奈木との関係はまだまだ続きそうだ。気のせいかもしれないが、これはきっと気のせいじゃないと思う。彼女の気持ち同様よくわからないが、そんな気がした。
封鎖の契り編 完