メリトリアーズ王国は大きな二つの島と、八つの小さな島で構成される国家である。メダヒメ記念大会の予選が行われるのは、北メリトリアーズ南端中央にある王都メリトリア。その北に広がる、王家の管理する広大な平野である。
その予選を突破した者だけが、南メリトリアーズの北端中央にある王国競技場。そこで行われる本選トーナメントに参加できる。南北を繋ぐメダヒメ浮遊橋を、大会の参加者として渡れるのは選ばれた十六人のみ。
衛士を倒して規定ポイントを集める。単純なルールだが、細かい大会規則もいくつかあるので、前夜のうちにサクヤはミコトに詳細を説明していた。
「コノハも一緒か」
「はい。治療係として同行します」
大会側の用意した治療者も複数いるが、それらは第一段階による軽いもの。予選を含めた五日間の大会を戦い抜くため、第二段階の『癒し』のメダルを扱い、二人を迅速に治療するのもコノハの大事な役目である。
もっとも、その役目が始まるのは無事に予選を突破してから。三人はまず予選を突破するために、必要な戦略を夜まで話し合い、明日に備えてゆっくり休んだ。
「はい。ヤマブキ・サクヤさんに、カタヒナ・ミコトさん――確認しました」
大きな帽子をかぶり、王城の前で受付をする女性が笑って言った。ショートカットの赤紫色の髪に、青紫色の瞳、五十七メダル。昨日の夕方、参加の申し込みを受け付けた衛士とは別の人だった。
「予選会場の地図をお渡しします。規定ポイントを集めたら、こちらに戻ってきてください。規定時間は日没まで。ですが、正午までに集めた方は……」
「その時点で予選突破。直接対決による予選は行われない、だったな?」
サクヤに小突かれて、ミコトが確認する。
「はい。開始時間まではもう少しありますが、衛士たちは早朝より待機しています。狼煙が上がるまでの戦闘は禁止ですが、色々と準備をするのは自由です」
受付衛士の説明に、二人は頷いて北へと並んで歩いていく。コノハは宿でお留守番、出かける前には握ったおにぎりを二人に手渡して、応援の言葉を口にしていた。
「作戦に変更はないな?」
「ええ。数を狙う。そのためのタッグよ」
衛士を倒して得られるポイントは、衛士の扱うメダルの段階で決まる。いずれも『槍』一枚であるのは変わらないが、簡単に発揮する第一段階なら一ポイント、秘められた力を柔軟に発揮する第二段階なら二ポイント。十ポイント集めれば予選突破となる。
二人になれば集めるポイントは二十に増えるが、二人による利点もある。衛士は単独で待機している者も多いが、複数の衛士が集まっていることもある。当然、数が多い方が得られるポイントも多いので、彼らをまとめて倒すには協力した方が予選は有利となる。
平野に入ったミコトとサクヤは、周囲の様子を探索しながら時間を待つ。確認するのは衛士の配置と、他の参加者の動き。
予選での参加者同士の戦闘は禁止されているが、衛士を狙っての衝突は許容されている。確実な予選突破が約束される正午までは、余計な衝突を避ける者も多いだろうが、参加者が多く衛士の少ない場所では衝突も起こりやすくなる。
参加者に倒された衛士は、大会の治療者が優先的に回復にあたる。だが正午までに十六人の突破は起きないよう、総参加者数に合わせて衛士の人数や配置も調整されている。その調整は治療者の治療速度にも関係するはずで、準備は必要不可欠である。
「一人、それも第一段階のばかりだな」
「ま、そう簡単に見つかる場所には、配置してないでしょうね」
広い平野には木々も生えているし、川に岩、洞窟もある。普通に平野を歩いて見つかるのは、ポイントの低い衛士がほとんどだった。
狼煙が上がるまでもう少し。とりあえずは二ポイントの衛士を狙うことにした二人は、突風を感じる。自然のものではなく、メダルによる風であることはすぐに分かった。
「兄者! ここからがやはり最速……」
「待て。先客がいるようだ」
風とともに現れたのは、四人の男。それぞれが風を纏い、二人の近くの岩の上に立っていた。
「我は疾風のウィンディ!」
「某は烈風のウィンディ!」
「拙者は突風のウィンディ!」
「ミーは旋風のウィンディ!」
名乗りとともに、疾風が、烈風が、突風が、旋風が空を駆け抜ける。
「風色の髪は風になびき、風を見極めるは風色の瞳――我ら、四つの風!」
長男らしき疾風の言葉とともに、四つの風が吹いた。派手な登場シーンに、ミコトとサクヤだけでなく近くにいた衛士の視線も集中する。
「そこの参加者よ! そちらの衛士は我らは狙わぬ。だが、ここより南、数人の衛士を狙うのであれば、我らとの衝突は避けられぬと覚悟せよ! ウィック!」
「了解。某の烈風で、次の地へ!」
再び吹いた風は、突風ではなく烈風。風が止んだときには岩の上に四人の姿はなく、ミコトとサクヤは、そしてそこにいた衛士も含めて、三人は顔を見合わせていた。
「今の、なんだったんだ?」
「とりあえず、南に戻るのは面倒ってことね。四人で協力、相手にしてらんないわ」
「四人で四十――いや、十でいいのか」
「策としては最上ね。優れた協力者さえ集められれば、だけど」
去っていった風を眺めて、二人は会話する。そのまま眺める視線の先に、狼煙が上がった。
「じゃ、まずは一人!」
素早く槍を構えた衛士に、サクヤはそれよりも素早く近づいて、鎧に手を当てる。
「倒れて、もらうわよ!」
サクヤがその声を発した直後、鎧を通じて走った衝撃で衛士は意識を失う。倒れた衛士が落とした小さな模造メダルを二枚拾って、サクヤはそれらをポケットに仕舞い込んだ。
衛士の落とす模造メダルはポイントの証。衛士を治療する際に、その証も補充される。
「やっぱり凄いな、その『声』の力は」
「でしょ? それより、さっさと次を探すわよ」
サクヤの言葉に、ミコトは頷く。始まりは上々だが、得られたポイントは二。残りの十八を正午までに集めるには、衛士の集団を探すのは必須だった。
予選が始まって数十分。ミコトとサクヤが手に入れたポイントは五ポイント。他の参加者との衝突を避け、近くにいた単独の衛士を倒して得たポイントだ。
ここまでが予選の序盤。見つけやすい単独の衛士が全て倒れてからが中盤であり、正午までの突破を目指す者にとっては終盤である。ここまでに十ポイントを集められるのは、先程の四つの風のような特殊な参加者くらいだろう。
「で、どう?」
ちょうどいい高さの岩に腰を下ろして、サクヤが聞く。
「ああ。そこの洞窟――草でカモフラージュされてるが――に何人かいる。近くに他の参加者の姿はないな」
ミコトの右手では粉雪が小さな渦となって舞う。サクヤが近くの衛士を倒している間、ミコトがやっていたのは平野に広げた雪による探索。その結果をミコトは報告していた。
ミコトの指差した場所を見て、サクヤは笑顔を見せる。
「近いわね。行きましょ」
「ああ。先手は俺が」
目的の洞窟は十数歩、歩いた場所に。ミコトは入口から細雪を放ち、衛士が気付く頃に、洞窟内に侵入。中にいる衛士は三人。第一が一人、第二が二人。他の参加者はいない。
目標を目視すると同時に、ミコトは大量の水を衛士たちに向けて放つ。洞窟内の地形を確認し、逃げ切れないような海流を一瞬で生み出す。強力かつ広範囲の奇襲に、三人の衛士は一撃で倒れ伏した。
「五ポイント。これで十か」
海流を操って、五枚の模造メダルを回収するミコト。
「こっちも、足止めは終わりね」
サクヤも洞窟の中に入り、笑顔を見せる。洞窟という周囲からは見えない場所に集まる、衛士の集団。一人が外に待機することで、他の参加者の襲撃に巻き込まれることはない。
「……足止め?」
サクヤの言葉に、ミコトは疑問を口にする。それに答えたのは、サクヤではなく彼女の後ろから入ってきた二人の男だった。
「君がよく話に聞くミコトか。迅速な勝利、賞賛しよう」
前にいた銀髪の若い男が拍手を送る。五十九メダルのミディアムショートカット。蒼の瞳は真っ直ぐにミコトを見据えている。
後ろで無言を貫く赤毛赤髭五十七メダルの青年も、同じように真っ直ぐに彼を見ていた。
「お前は……イチノミヤ・リオネだったか。それに、クワキリ・ヒトキだな」
「ああ。さすが、よく知っている」
リオネは微かに笑みを浮かべて答える。
「王国競技場の競技者トップ2――メリトリアーズで知らないやつはいないさ。けど、驚いたな。わざわざタッグを組んで、いつものお遊びじゃ今回は勝てないぜ?」
挑発的なミコトの態度に、リオネは表情を崩さず――むしろ引き締めて答えた。
「承知している。制限のある中で、魅せるためだけの戦いも多い競技会。その言葉も偏見とは言えないだろう。だからこそ、俺たちが大会で示さなくてはならない。最低限のルールしかなく、第三の使用も解禁されるこの大会で――メダル競技者の実力がメダル旅人にも引けをとらないことを」
「競技者の本気ってやつか。恥をかかないといいけどな」
「そちらこそ、油断して無名の者に負けないことだ。……昨日のようにな」
ミコトは満面の笑みを浮かべるサクヤを一瞥してから、リオネと睨み合う。そのまま十秒ほど、口を開いたのは彼らを見ていた二人だった。
「本当に競技者と旅人って仲が悪いのね。よく分かったわ」
「ここまでライバル視する者は珍しいがな。リオネ、話は終わりだ。次に行くぞ」
「はい」
ヒトキの声に、リオネは頷いて踵を返す。洞窟を出るまで、二人のメダル競技者は一切振り返ることなく、無言で歩いていった。
その背中を黙って見ていたミコトの横に、サクヤが歩み寄る。
「私たちも次、行くわよ」
「ああ。ところで、サクヤの考えはどうなんだ?」
ミコトは答え、洞窟の外へと歩きながら尋ねる。
「私? 競技者も旅人も関係ないわ。私はメダヒメ様のために生きているんだから」
笑顔で答えるサクヤに、ミコトは苦笑するしかなかった。
集まった六人の衛士を前に、ミコトとサクヤは並んで戦っていた。第一が三人、第二が三人。全て倒せば十九ポイントで予選突破は目前となるが、さすがに三倍の衛士となると簡単には倒せない。守備陣形と、回避陣形を柔軟に切り替え、衛士たちは二人の攻撃を防いでいた。
「厄介ね。仕方ない、こっちも使いますか」
「使うのか?」
「そ、大丈夫よ。あんたは合わせるだけでいいから」
「了解だ」
サクヤの言葉にミコトは頷く。予選突破のために戦略は練ったが、本選では優勝を競い合う相手。互いの能力を全て明かして、戦略を立てたわけではない。
ミコトは深い海で衛士たちの周囲を囲み、雪雲で上部も塞ぐ。開けた戦いの場、誰一人として逃がさないための壁だ。立てた戦略は、あとは私に任せなさい。
「六人ね。数が多くても、私の心は揺るがない。メダヒメ様へのこの気持ち、何人束になっても止められないわよ!」
サクヤはその声とともに、心をぶつける。ひとっ跳びで海を越え、槍を構えた衛士に跳び蹴りを放つ。槍先に左脚が触れる直前、遅れて到着した衝撃がその槍を真っ二つに。
「陣形、崩したり!」
蹴り飛ばした衛士を踏みつけ、サクヤは再び跳躍。投げられた第一段階の槍は、サクヤの周囲で柔らかい何かに逸らされる。
驚く三人の衛士を、彼らを守る二人の衛士も含めて、サクヤは踏みつけるように蹴る。
「私の恋を邪魔する者は――私に蹴られて倒れなさい!」
彼女の蹴りとともに、反対側から襲ってきた衝撃が衛士を襲う。第二段階の二本の槍を折りながら二人の衛士を蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた衛士たちは、衝撃で吹き飛ばされた三人の衛士と衝突する。
決着が着いたのを確認して、ミコトは二つの壁を消してサクヤに近づく。
「なあ、今の俺、必要だったか?」
「え? そんなの当たり前……気付いてなかったの?」
首を傾げるミコトに、サクヤはため息をついてから、優しい笑みを浮かべる。
「気付かないようじゃ、あんたもまだまだね。私の『声』――衝撃を隠すのにあんたの雲と海を使わせてもらったわ。攻撃の声と守りの声、普通に使ったら気付かれるわよ。で、あとは私のメダヒメ様を想う気持ちで、おしまい、っと」
「俺の攻撃を防いだ『心』だな」
サクヤは微笑む。彼女の持つメダルは、ともに第二段階の『声』と『心』。ミコトの『海』と『雪』も第二段階だが、決定的に違うのは彼女の力は目に見えないことだ。
「攻撃も防御も、何でもありだな」
「弱点もあるわよ。教えないけど」
感嘆の言葉を漏らすミコトに、サクヤは指先を顎に伸ばして可愛らしく答える。
「分かってるさ」
ミコトは軽い調子で答えて、二人で模造メダルを回収。集めたポイントは十九ポイント。正午までにはまだ時間はあるが、衛士と戦っているのは二人だけではない。残り一ポイントとはいえ、ここで安堵してはいられない。
「いた!」
「見つけた!」
二人の衛士を見つけて、二人の少女の声が同時に響いた。一つはサクヤのもの、もう一つは同じタイミングで衛士を見つけた他の参加者の声だった。
サクヤと少女の視線が交錯する。金髪で翠の瞳、爽やかリボンのセミロングツインテールに、身長四十八メダルの小さくて可愛らしい少女である。
「こんにちは! 私はナノ……の! なのの! 悪いんだけど、一人譲ってくれませんか。私、あと一ポイントで十ポイント達成なんです」
「奇遇ね。私たちもあと一ポイントよ。仲良く一人ずつ、問題ないわね」
「はい。じゃ、私は左を」
「私は右。一撃で、倒れてもらうわよ!」
二人の少女は、互いに近くにいた衛士を狙って攻撃する。サクヤは声とともに放った衝撃で遠距離から衛士を倒し、なののと名乗った少女は衛士の傍まで疾走し、体当たりを加えて一撃で倒していた。
「やるわね。ナノ……なののでいいの?」
「はい。なののです。あなたこそ、ええと……」
「私はサクヤよ。あっちは協力してるミコト」
「サクヤさんも、凄いですね。それじゃ、私はお先に!」
なののは手を振って、南で待つ受付衛士を目指して平野を疾走していった。時間にはまだ余裕はあるので、ミコトとサクヤも彼女の後を追って南を目指す。
「速いな。メダルは『疾走』か?」
「そうね。メダヒメ様も頷いてるわ」
返ってきた答えに、ミコトはサクヤの横顔を見る。狙い通りとばかりに、サクヤは自慢げな顔で視線に答えた。
「ふふん。私の『声』でこっそりメダヒメ様に聞いたのよ。私とメダヒメ様にしか聞こえない秘密の声……羨ましくてもあんたには無理よ!」
「いや、別に羨ましくはないが、そうか、メダルはメダヒメの加護だから……」
「メダヒメ様は全てのメダルを把握しているのよ。もちろん、大会では使わないし、あんたとの戦いでも使わなかったけどね」
「そのメダヒメメダルの力も使う気はないと」
足は止めずに、二人は会話を続ける。
「当然よ。メダヒメメダルはメダヒメ様の力。一枚でもメダルに力を与えて大きく強化できちゃうし、私のメダル力も消耗しない。でもそんなの使ったら、フェアじゃないわ。それに、使わなくても優勝するのは私よ」
「俺が第三段階のメダルを持っているとしても、同じことが言えるか?」
「メダヒメ様のご褒美ね。持ってるの?」
仮定の話はしないとばかりに、サクヤは尋ね返す。人は一枚のメダルを手に生まれ、十歳のときにもう一枚のメダルを授かる。何もせずに与えられるメダルは二枚で、三枚目となる第三段階のメダルは探して拾わないと手に入らない。
拾うといっても、そのメダルもメダヒメの加護。メダヒメへの信仰と、メダル力を高める努力を怠らなかった者にのみ授けられる、高い力を持つメダルである。
「ま、無理には聞かないわ。どうせ勝つのは私だし」
ミコトの無言は肯定とも否定とも受け取らず、サクヤは同じことを言った。
「そうか」
ミコトはたった一言。以降は無言で南へ歩き続け、二十ポイントを集めた二人は無事に予選を突破したのだった。
「では、こちらが予選突破者の基本情報と、本選のトーナメント表です」
その日の夜、ミコトとサクヤは受付衛士から数枚の紙を受け取った。その表を手に、宿でコノハと一緒に与えられた情報を確認する。
「お姉ちゃんは南、ミコトさんは北ですね」
二人が選んだブロックを、表で確認したコノハが口にする。本選トーナメントは、北、南、西、東の四つのブロックに分けられる。正午までに予選突破した者はブロックを選ぶ権利も与えられ、協力した者との序盤での衝突を避けることも可能だ。
正午以降に直接対決を制して突破した者は抽籤で振り分けられ、ブロック内で一回戦と二回戦が行われる。そして四つのブロックの勝者で再抽籤を行い、準決勝と決勝を戦う新たなトーナメント表が組まれる。
ちなみに正午までに予選を突破した者は、大会側の予想を二人も上回る十人。受付衛士は驚きながらも、予選からの大会の盛り上がりを喜んでいた。
「知った名もあるが、知らない名もあるな」
「そうね。有名な旅人は私も分かるけど」
「競技者は二人だけですね」
基本情報として書かれているのは、予選突破者の氏名と本人提出の情報のみ。人によって情報量に差はあるが、性別や競技者か旅人かといった情報は大半の参加者が提出している。
「旅人は十人だな。残りの四人は、大陸の騎士が一人に、どこかの民族出身が一人――こいつも大陸だな」
「幅広いわね。メダヒメメダルが目当てじゃない人もいそうだけど」
「これだけの大会だからな」
サクヤの言葉にミコトが答える。競技メダル大会発祥の地メリトリアーズで開かれる、メダヒメメダルを賞品としたメダヒメ記念大会。優勝して得られる名声は、今の世においては世界最大といってもいい名声だ。
「あとは詳細不明が一人に、南メリトリアーズ出身が一人か。随分少ないな」
ミコトはサクヤの方を向いて言う。南メリトリアーズ出身というのは、彼女のことである。
「私に情報はないもの。競技者や旅人と違って、目立った実績もないしね。もしかしてスリーサイズでも知りたかった?」
「ミコトさん、ブロックの組み合わせは……」
「そうだな。まずは俺の北から確認しよう」
サクヤの言葉は気にせずに話を進めるミコトとコノハ。サクヤは一瞬だけ呆れた顔を見せながらも、すぐに二人の会話に加わった。
「カタヒナ・ミコト、クワキリ・ヒトキ、ステッチ・リリィ、ゴラン・ゴウラ――北ブロックの四人ね」
「一回戦の相手は、競技者のナンバー2か」
ミコトは淡々と口にしてから、次に南ブロックの情報を確認する。
「南はヤマブキ・サクヤ、フロリア・リアス、ミルティア、ララ・リティアード。女性が多いな」
「リアスって、旅人よね?」
「ああ。パフォーマンス好きな男だ」
フロリア・リアスはサクヤの一回戦の相手。南ブロックでは唯一の男性である。
「イチノミヤ・リオネ、ウィンディ・ウィック、コルトレット・レイミー、キルグラード・エルバート。この四人が西ね」
「残りが東――なのの、ロブスター・ハント、サンドリア・サン、レア・フレック。予選で会ったやつらはみんな別のブロックみたいだな」
「そうね……それにしても」
サクヤは予選突破者の基本情報が書かれた紙をひらひらさせて、言う。
「メダヒメ様を壊そうとする変態に、メダヒメ様を見世物にする変態、メダヒメ様を長年放置する変態に、メダヒメ様で遊ぶ変態……参加してるの、変態ばかりじゃない」
「メダヒメ様のメダル、な」
ミコトが省いた言葉を加えると、サクヤはミコトの方を向いて言葉を続けた。
「ま、あんたは違うけどね。妹好きの変態め」
「好きなのは否定しない」
「ミコトさん……」
二人の世界に入ろうとするミコトとコノハを無視して、サクヤは資料に目を落とす。
「にしても、この子は本当に何もないわね。偽名なのは明らかだけど」
「なののって名前しか載ってないな」
サクヤの呟きに、ミコトが答える。他にも情報が少ない参加者は、サクヤと、もう一人いた。
「ミルティアって女の子も、よく分からないな。旅人、とは書いているが……」
「知らないの?」
意外な顔でサクヤが聞く。
「ああ。無名の旅人にしても、無名すぎる。もちろん俺も全ての旅人を知ってるわけじゃないが、何かを隠しているような気がするな」
「ま、本人提出だからね。切り札はみんな隠してるでしょうけど……」
「気になりますね」
サクヤの胸のあたりが輝き、小さなメダヒメが現れた。
「……お前、どこに入れてるんだ」
「メダヒメ様っ」
空中に斜めに浮いて、メダヒメも資料に目を落とす。サクヤには見えにくそうだが、彼女はメダヒメの背中を見下ろして恍惚の表情を浮かべていた。
「もしかすると、異神信仰を隠して……いえ、それだけなら隠さなくても……」
メダヒメが呟く。メダヒメ以外の神を信仰する異神信仰。珍しいが、それ自体は許されないことではない。
「サクヤさん。念のために気をつけてください。私の姉妹……いえ、妹が関係しているかもしれません」
「姉妹、それに妹というと……」
「妹好きの変態として気になるようね。異神信仰で主なものはメダヒメ五姉妹――タイダヒメ様、メダヒメ様、アサヒメ様、ヤヒメ様、マホヒメ様のことね――だけど」
「ああ。タイダヒメが世界を創り、メダヒメが世界を管理し、アサヒメは太陽を、ヤヒメは月を、マホヒメは世界の秘密を――だったか」
「それがよく知られているわね」
サクヤはメダヒメを嬉しそうに見つめながら、冷静に話していく。
「関係があるとしたら、マホヒメ様ね。これは私とコノハもメダヒメ様から教わって、ほとんどの人間は知らないことだけど、マホコットいるでしょ? あれ、マホヒメ様が作ったから」
「なんでそんなことを?」
「そこまでは私も詳しく聞いてないけど、メダヒメ様は姉妹喧嘩のようなものって言ってたわ。やっぱり気になるのね、妹好きの変態め」
「とにかく、油断はしない方が良さそうだな。コノハのためにも」
「はい。負けないでください、ミコトさん」
「そうね。私のときみたいに、あっさり負けないでよ?」
「そっちこそ」
笑い合う三人の様子に、メダヒメは微かに笑って姿を消した。予選の夜は更けて、明日には本選トーナメントが始まる。橋を渡っての移動、本選初日の朝は早かった。