異世界からの誘拐犯は裁けない

プロローグ 誘い


 三日後。それは一人の男子高校生、戸辺明日花(とべあすか)にとって重要な日。彼のこれからの人生を大きく変える、重要な日となる。

 控えるは高校の卒業式。彼にとって重要な出来事は、それが終わってから始まる。

 愛の告白。

 高校三年間、同級で一緒に過ごした意中の女の子への告白。中学校も、小学校も、常に同じクラスではなかったとはいえ、長年近くで過ごしてきた、幼馴染みの少女へ。彼は自分の気持ちを伝えようとしていた。

 芽生えはいつだったか覚えていない。でも、一緒にいる期間が長すぎて、告白するタイミングを何度も逃したのは覚えていた。

(今度こそ、あいつに――)

 残雪の目立つ帰り道、明日花は来るべき日に備えて、心を固めていた。告白するためのシミュレーションは何度も頭の中で済ませてある。彼女に卒業式後の用事がないのも確認済み。結果はどうあれ、告白までは失敗するはずのない完璧な予定だった。

「そこのお方、少しよろしいですか?」

「ん?」

 後ろから聞こえてきた若い女性の声に、明日花は振り返る。辺りを見回しても他に人影はないから、声はおそらく自分に対して向けられたもの。

「俺、でいいんだよな?」

「はい。よろしいですか?」

「ああ、いいけど……」

 三日後は忙しいが、今日は時間に余裕がある。話をするくらいなら支障はなかった。

 明日花は改めて、声をかけてきた女性の姿を確認する。そしてその女性の姿に、彼の言葉は途中で止まる。

 身長は彼より三センチ高い。といっても、一メートル七十五センチ。女性として特別に高いわけではない。顔立ちも整っていて、美しい女性ではあるが、それに見とれたわけでもない。服装はスカートの長い、露出を抑えたメイド服。珍しいものだが、彼の言葉を止めた要因は別にあった。

 メイドカチューシャをつけた、ロングストレートの滑らかな髪。その色は濃い緑色で、日本人のものとは思えなかった。そして彼を見つめる瞳の色は、薄い緑。

(コスプレイヤー、か?)

 近所で何らかのイベントがあるのかもしれないし、単に趣味でそういう格好をしているのかもしれない。全ての情報を網羅するほどハマッてはいないが、彼にもそういう知識はある。きっかけは意中の女の子で、幼い頃から一緒にいれば自然と染まっていく。

「で、用件は?」

「はい。私について来てもらえませんか?」

「は?」

 道案内のような質問を想定していた明日花にとって、彼女の発言は予想外だった。彼は訝るような視線を女性に向ける。その反応は予想通りだったのか、メイド服の女性は微笑みながら言葉を続けた。

「私はリルカ・フィーリーと申します。我が国を救うため、貴方の助けが必要なのです。若い男性である、貴方の助けが」

「ええと、何の設定だ、それ?」

 コスプレイヤーどころではなく、ちょっと、いやかなり痛い人かもしれない。彼がどうしようかと迷っている間にも、女性の言葉は続いていた。

「設定ではありません。事実です」

「はあ、で、そのフィーリーさんは何で俺に?」

「ちなみにリルカが名字で、フィーリーが名前です」

「ああ、それじゃあ、リルカさん?」

「いえ、フィーリーで結構です。貴方はこれから我が国の王となる者。そして私は国に仕えるメイドリーダー。一応、立場は貴方が上です」

「うん、じゃあ、フィーリー」

 面倒な相手に捕まったなと思いつつも、彼女にとってはせっかく見つけた話し相手。すぐに逃げるのもかわいそうかなと思い、明日花はもう少しだけ付き合うことにする。

「ご理解いただけて何よりです」

「ああ、でも、俺じゃなきゃダメなのか?」

「そういうわけではありませんが……」

「そうか。だったら俺は、用事があるからそろそろ……」

 頃合だろう。そう思って背を向けて逃げ出そうとした明日花に、フィーリーの声が後ろからかけられる。小さな笑みとともに。

「残念ながら、貴方に拒否権はありませんよ?」

「どういうことだ?」

 振り向いた彼が見たのは、フィーリーの手に集まる淡い光。まるで魔法のような、そんな光だった。

「この世界でも、ええと、これくらいなら……とりあえず、眠ってもらいます」

「え……?」

 彼女の手から淡い光が放たれて、明日花の体を包み込む。そして一秒と経たない間に、彼の意識は闇に沈んでいた。深い眠りという、抗いようのない闇に。


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