異世界からの誘拐犯は裁けない

第二話 隣国


「アスカ王。王となったことで、ある程度の権利は与えられましたが、政治に関しては基本的にココットとメイシアに任せるようにお願いします」

 誕生祭から明けて翌日。王城の執務室に明日花と三人のメイドが揃っていた。

「ああ。その方がいいんだよな?」

「はい。腐っていても、最低限の仕事はしていますから」

「私は元々、やることあんまりないけどねー。基本的に、隣国くらいしか相手しないし」

「ああは言っていますが、ココットは優秀です。私よりも遥かに」

「国が潰れるほど腐ってはいけませんから。そうですね、納豆やチーズのように発酵した国でなくては」

「発酵国!」

「どんな国だよ」

 というか、この世界にも納豆やチーズはあるんだな、と明日花は思う。もっとも、昨日のお祭りで見た食べ物も、元の世界で見たものが多かったから、驚きはしない。建物の様式こそ違うが、言語だけでなく、基本的な文化も日本に近いようだ。

「俺にやれることは何かあるのか?」

 明日花はココットに尋ねる。問われたメイドは少し考える仕草を見せてから、王に答えを返す。

「特にないですが、人材確保をお願いします。近衛兵は必要ですね」

「近衛兵?」

「はい。そのあたりは、彼女に聞くのが早いでしょう」

「ああ、もう一人いるっていう、女の子か」

「私が案内するねー。一応、私もちょっと関わってるから」

「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ、アスカ王」

「……王城の中なんだよな?」

 明日花の問いに、メイドたちは微笑むだけで答えなかった。近衛兵に、外交担当のメイシア。それだけで何となくは推察できるが、確信は持てない。

(ま、行ってみればわかるか)

 何が待っているのかはわからないが、驚かせようとしてるなら、今はそれに乗っておくのが正解だ。楽しみにしていいのかはわからないが、少なくとも誘拐して脅迫してフェントゥーグを切り落とそうとする、誰かさんより危険な人はいない。明日花はそう考えて、楽な気持ちでメイシアのあとについていった。

 廊下の先の大きく重厚な扉が開かれ、明日花たちは長い螺旋階段を下りていく。蝋燭らしきものが壁についているが、蝋燭にしてはとても明るい。

「これも魔法か?」

「うん。魔法の蝋燭だよー」

 向かう先は王城の地下。下りきったところにある扉を開くと、そこには大きな部屋が広がっていた。地下室というから薄暗い部屋を想像していた明日花だったが、目の前に広がる部屋は地上と同じくらいに明るい。

「魔法、にしては自然な感じがするな」

「太陽光も取り込んでるみたい。詳しいことはよくわかんないんだけど」

「なるほどな」

 部屋の天井は高い。螺旋階段の長さからすると、想定していたよりは低く感じるが、地上に比べても特に高い天井は、この部屋が特別であることを示していた。

 そしてその特別は、既に明日花の視界に入っている。

 部屋の奥、遠くてはっきりとは見えないが、巨大な人形のようなものが数体並び、大きな機械も部屋の色々なところに散らばっていた。その中の一つ、明らかに未完成とわかる機械の陰から、小柄な少女が姿を現した。

 明るい赤の髪はロングのサイドテール。髪をまとめるリボンは水色。身長は百五十にも満たない、百四十四センチ。襟なしのゆったりとした服に隠れた胸の膨らみは、ココットと同じくらいに小さい。

 瞳は暗い赤で、少女の視線はじっと明日花に向けられていた。

「メイシア、それが?」

「うん。できたてほやほやのアスカ王」

「戸辺明日花だ。君は?」

「ふーん……これが」

 少女にじろじろと体を見回されて、明日花はどうしたらいいのかとメイシアを見る。メイシアは肩をすくめるだけで何も言わない。諦めて彼女からのアクションを待つしかないようだ。

「あ、名前だっけ? リグラ・ハイリエッタ。王国魔法士隊の隊長やってる」

「小さな隊長だな」

 ようやく名乗ってくれた隊長に、明日花は素直に思ったことを口にする。

「む」

「あ、っと。すまない、気にしてたか?」

「や、どっちの意味かなって」

「どっちって、そりゃ」

「胸ならココットよりワンランク上。やっぱり身長?」

「ワンランクか」

「Aが一個とれる。でも、ココットは十七、私は十四。成長の余地あり。別に成長しなくても構わないけど」

「ところで、隊員はどうなってるんだ?」

「王なのに、聞いてない?」

「その辺は、ハイリエッタに任せた方がわかりやすいと思って」

 そう言ったメイシアに、ハイリエッタは軽くため息をついた。

「まあ、事実だけど。見ての通り、隊員はそこ」

 ハイリエッタは部屋にある巨大な人形や機械を手で示す。

「魔法人形に魔法機械。あれが私の自慢の隊員たち。鮮血飛び散る戦場で大活躍」

「戦場……メイシア」

「うん。この国は、隣国とたまに戦ってるんだ。西の平原をどちらの領土とするか、争いは何十年も続いてます」

「もしかして、王がいないからなのか?」

「きっかけはそうだねー。でも、今はちょっと違うかなあ」

「お祭りの口実として何となく継続中。私は興味ないけど」

「何となくって、そんな理由で戦争は……」

「大丈夫、両国とも死者は出てない。物資も無駄に消耗しないようにしてる。今の魔法技術なら、人が直接出なくても戦いはできる。でも、才能ある魔法使いには負ける。だからとても歯がゆい」

「話し合いで解決はできないのか?」

「うーん、数年前ならできたかもしれないけど、今はねえ」

「話し合いで解決なんてしてもらったら、私が困る。隣国との戦、魔法の飛び交う戦闘、あっちの軍師もなかなか優秀――新たな王は、この最高の環境を私から奪いに来た?」

「ええ、と」

 戦いのことを語るハイリエッタの目は輝いていた。横目にしたメイシアはやっぱり肩をすくめるだけ。

「好きなのか?」

「大好き。このために私は生きてる。そのために王城に来た」

(戦闘狂ってやつか……)

 明日花は心の中で、彼女の性質をよく理解する。

「奪いに来た?」

「いや、今のところはそのつもりはないけど、事情も詳しく知らないし」

「そう。なら先に交渉しておく。私を支援してくれるなら、元の世界への帰還方法、考えてあげる」

「支援って?」

「とりあえず、自由にしてくれるだけでいい。それと、一週間後の戦いには、一緒に来てもらいたい。王の威光があれば、今までにできなかったこともできる」

 沈黙。

 思案。

「わかった。好きにしていいぞ、ハイリエッタ」

「あー、認めちゃったー」

「感謝する。メイシア、これで文句は言わせない。王のお墨付き」

「まあ、いいんだけど……暇な外交もちょっとは楽しくなるかもしれないし」

 帰還方法を探る協力者が得られるというのなら、決断に時間は要らなかった。ただ、この場で結論を出したことを、明日花はすぐに少しだけ後悔することになる。

「というわけで、アスカ王。これから我が隊の規模や基本的な戦略について、学んでもらいたいのだけど。メイシア、王は暇だっけ?」

「暇だね」

「人材確保や、近衛兵探しはあったと思うんだが」

「それなら、急がなくても問題ない。そもそも、この国にそれほどの実力者はいない。名目上、私は国を守る魔法士隊の隊長。国民の戦闘能力は大体把握してる。つまり、雇うとしても他国から。でも百合の国と隣国の戦争が一週間後に迫っていることは、他の国にも知られている。訪れるような旅人はいないはず」

「戦争のときは大丈夫なのか? まさか、一週間で俺を鍛え上げるとか言わないよな?」

「もちろん。最低限の魔法くらいは教えるけど、国民が受ける基本的な魔法教育を私なりにアレンジした程度。戦場では私がずっと側にいて守ってあげる」

「わかった」

「何より。じゃあ、話を始める」

「……ああ」

「がんばってねー、アスカ王!」

 軽く手を振ってメイシアはさっさと帰っていってしまった。それから、明日花が解放されたのは夕日が空を赤く染める頃。帰還方法を探ってくれる協力者も得られたし、この世界の魔法についての知識も得られたとはいえ、一日かけて教えられればさすがに疲れる。

 そして彼が少し後悔したのは、帰り際のハイリエッタのこの言葉。

「明日からは最低限の魔法を教える。普通なら二年かかるけど、私の教え方なら一週間で一気に覚えられるから効率的。戦いの準備の傍ら、朝から夕方までかけるから、用事は夜に済ませておいて」

「ああ、了解だ」

 しかし、後悔はしても不満はなかった。この世界や魔法についてよく知ることは、帰還方法を探るにも役に立つはずだから。

 そして彼女なりにアレンジした教え方は、非常にわかりやすく、学んでいて楽しいものだったので、一週間が過ぎるのもあっという間だった。

 隣国との戦を明日に控えた夜。最後の調整は一人でするというハイリエッタと別れて、明日花は一人、王城のお風呂へと向かっていた。

 王城にある大きなお風呂は、近くの山から源泉を引いた天然温泉である。ベッドも大きく寝心地もいいし、王らしいことはほとんどしていないのに暮らしは優雅。ベッドメイクや清掃など、王城の管理はフィーリーが一人でやっている。

 本人曰く、

「メイドリーダーとして当然のことです。リーダーですから」

 とのこと。暮らし始めてすぐに気付いたのだが、フィーリーはリーダーという単語にこだわりがあるらしい。似たようなものだろうと明日花がメイド長と呼んだら、彼女は即座にリーダーですと訂正してきた。

 これだけ広い王城を一人でというのは大変なようにも思えるが、多くの作業は魔法を駆使して行われている。そこまで楽になるものなのかと、明日花も最初はいまいち理解できなかったが、ハイリエッタから知識を学んで何となくは理解できるようになった。今の明日花には到底真似できないが、高度な魔法を使えば想像以上に簡略化できる。

 風の一撫ででほこりを舞い上げ、払い集めて、ついでに微かな水の魔法でガラスや陶器なども輝かせる。重要なのは繊細な調整であって、僅かでも失敗すると埃が吹き上がり、絨毯はびしょ濡れになってしまうのだが、フィーリーの調整は完璧だった。

 お風呂の前に辿り着いたところで、明日花は三人のメイドと出くわす。

「フィーリー? それにココットとメイシアも」

「ああ、アスカ王。王もお風呂に?」

「フィーリーたちもか。じゃあ俺は後で……」

 王城の大きなお風呂は、とても広くて気持ちがいいものだが、浴槽は一つだけ。当然ながら、男女別に分かれてはいない。広い王城、小さなお風呂も他にいくつかある。だが、現在それを利用しているのは、遠いから面倒というハイリエッタただ一人。

「何を言いますか。王がメイドに譲る必要などありません」

 そもそも王とメイドが同じお風呂を使っていること自体、どうなのかとは思わない。たったの十日とはいえ、それがこの世界、この国での当たり前であることは、もう理解している。それに立場はどうあれ、実際に役立っているのは彼女たちの方だ。

 だからこそ自分は後でと言ったのだが、メイドリーダーの少女から返ってきた答えは予想外のものだった。

「でも、俺が先というのは……」

「そうですね。一緒に入りましょう。私は問題ないです」

「ちょっと待て」

「アスカさんがいいなら、私も。じっと見ないでくださいね」

「私はココットで隠すから、いくらでも見ていいよ?」

「ほら、二人も言っています」

「いや、でもそれは」

「私も見てもいいですよ。ただし、大きくしたら綺麗にスパーンと」

「リスク高いよ!」

「ふ、甘いですねアスカは。意中の相手がいるのに、他の少女の裸を見た程度でフェントゥーグを大きくするなど、それでも貴方の愛は本物だと言えるのですか!」

「黙れ誘拐犯」

「では、そのときと同じように魔法でお連れしましょうか」

「わかったよ、一緒でいいんだな?」

「はい。では向かいましょう。ちなみに配置は、私が正面、ココットが右、メイシアが左になりますので、万一の時も安全です」

「残りの九千九百九十九に危険がいっぱいだけどな!」

 ココットとメイシアに両腕をつかまれて、明日花はお風呂場に連れていかれる。右腕は膨らみが微かすぎて心配ないが、左腕の膨らみはちょっと恥ずかしい。

 これは彼女への愛が試される試練である。フィーリーの挑発に乗るわけではないが、明日花はそう思い込むことで、平静を保とうとした。幸い、襲ってくるのは視覚情報と聴覚情報のみ。直接的な刺激を与える、触覚情報がないなら多分耐えられる。

 数分後。大きなお風呂の端に陣取った明日花。右にココット、左にメイシア。そして正面にはフィーリー。メイド服を脱いだ三人のメイドに囲まれていた。

 澄んだ色の温泉に、湯気も程々。目の前には肌を全く隠す気のないフィーリー。目のやり場には困るが、こうも堂々とされると、こちらも同じように堂々とできる。

「どうですか?」

「最高の湯加減だな」

「そうですか。あ、背中は流しませんので」

 さらに数分後、左のメイシアが動き出した。わざわざ明日花の前を横切って、右のココットの後ろに回りこむ。動くものに視線がいくのは仕方のないこと、明日花はぼんやりとそれを追ってしまった。

「ココットのおっぱい!」

「……メイシア、それを私にやりますか」

 ココットの小さな胸に、メイシアが後ろから手を回して抱きつく。気付いて何かが見えそうになった瞬間、明日花は咄嗟に視線を逸らした。今は誰もいない、左の安全地帯へ。

「見ないんですね?」

「邪魔したら悪いからな」

「そういうことにしておきましょう。あ、ちなみに私はやりませんので」

「助かるよ、とでも言えばいいのか?」

 そんなこんなで、アスカ王と三人のメイドの混浴は特に大きな事件もなく、無事に終了した。フィーリーが積極的に動かないのは明日花も予想していたので、気をつけるべきは悪戯好きのメイシアだけ。

「アスカ王は紳士王、と」

 お風呂上り、フィーリーが明日花に声をかけた。

「フェントゥーグを切り落とされたくないからな」

「呼び名、慣れましたね」

「何度も耳にしてればな」

「ちなみに襲われても、私たちは抵抗しないつもりでした。男として最後の初体験、事が終わるまで待ちましたよ?」

「あいにく、初めては好きな相手とって決めてるんでな」

 前半に少しどきどきしながらも、直後に続いた言葉で明日花は冷静さを取り戻す。

「アスカ王は乙女王、と」

「あー」

「ちなみに、まだアスカにはお伝えしていませんでしたが……」

「なんだ?」

 王とつけたりつけなかったり、気まぐれなフィーリーたちの呼び方にはもう慣れた。そして王とつけるのは真面目な話をするとき、つけないのは何かを企んでいるときや気が抜けてるとき、というのも大体理解している。

「こちらの世界での女性器はクレアリッサと呼びます。では、明日に備えて今日はゆっくり休んでくださいね」

「ああ……」

 明日花は返事をしながらも、そんなことを教えられても困るという気持ちでいっぱいだった。ただ、やはり、卒業式には出られなかったとはいえ、高校を卒業したばかりの元男子高校生。

「クレアリッサ、か」

 明日花は言葉を繰り返して、とりあえずその名前を覚えておくことにした。

 決戦当日。支度を整えた明日花は、ハイリエッタとともに戦地となる平原へと向かっていた。王城での仕事はメイドたちに任せてある――そもそもやることがないので、いてもいなくても変わらないとも言えるが。

 ハイリエッタは三体の巨大な魔法人形と、一機の大きな魔法機械を引き連れている。詳しい仕組みの違いはよくわからないが、前者は一対一、後者は多対一に優れた兵器、と明日花は彼女に説明された。

「来たようだな。百合の国の魔法使い!」

「じゃ、今日もよろしく頼もう」

 平原で明日花たちに対峙したのは、小さなぬいぐるみのような生物だった。剣を片手に威勢のいい言葉を口にしたのは、白いネコのぬいぐるみ。三十五センチ。よく見たら剣は手に触れていないので、魔法を使っているようだ。黒い瞳はつぶらで可愛い。

 能天気な声を出したのは、黒いトリのぬいぐるみ。三十三センチ。片手というか、片翼というか、ともかく右の方に本を魔法で浮かばせている。白の瞳は綺麗に輝いている。

 隣国に住むのは、ぬいぐるみのようなワタヌノ族。ハイリエッタから話には聞いていたが、直接見るとやはり不思議な感じがする。

「それで、そちらの彼が、新たな王かな?」

「ああ。戸辺明日花だ」

「ふ、礼儀は弁えているみたいだな。我が名はレンドバーグ・ヴィクセン! 縫いの国の勇者と呼ばれている」

 剣を掲げて、ヴィクセンは格好良さそうなポーズをとる。かわいいけれど、持っているのは真剣だ。

「僕も名乗ろうか。ウィンリー・ドックス。軍師をしているよ。そちらの彼女とは、いい競争相手として楽しませてもらっている」

 翼をはためかせて、それっぽいポーズをとってみせるドックス。よくわからないが、彼らはポーズをとるのが好きなようだ。

「こちらこそ。それより、二人だけ?」

「……ふ、今のところはな」

「そ」

 微笑むヴィクセンに、ハイリエッタは迷わず三体の魔法人形を突撃させる。ヴィクセンは華麗なステップでそれを回避し、剣一本で見事に渡り合う。さすが、勇者の名は伊達ではないようだ。

 しかし、と明日花は思う。あの巨体でぬいぐるみ――のような生物を殴っても、大丈夫なのだろうか。

「心配ない。彼らはワタヌノ族。ボロボロになっても縫えば治るし、縫って繁殖もする。普段はそんなのがいっぱいに、他にも色々あって大変だけど……今日は楽勝かも」

「はは、つまらなそうな顔だね? でも、油断は禁物――おっと!」

「まあ、だからといって、手は抜かないけど」

 魔法機械がドックスを狙って、砲撃を放つ。魔法の爆発。ワタヌノ族は黒焦げになっても大丈夫なのだろうかとぼんやり考えながら、明日花は戦いの様子を見守る。

 最初こそ対等に渡り合っていた勇者ヴィクセンも、三体の巨体を相手に押されている。ドックスの方は、距離をとって魔法機械を引きつけているだけ。圧倒的に有利な状況。隣のハイリエッタを見ると、あくびをしながら操作していた。

 基本的な部分は簡略化されているとはいえ、それだけで戦える、戦争というには小規模な戦い。まあ、この程度なら止める必要はないかと、明日花は気楽に見守っていた。

「くっ、さすがに――私は大怪我をする気はないぞ? ドックス、彼女はまだか!」

「そろそろ来ると思うよ? 劣勢の演出、もう十分なはずさ」

「アスカ王、一応、気をつけて」

「ああ、もちろんだ」

 一分後。ドックスが魔法機械の放った魔法に吹き飛ばされて、砲撃と魔法人形の拳が同時にヴィクセンを襲う――そのときだった。

 上空からの、特大の魔法。ヴィクセンを守りながら、魔法人形を吹き飛ばすほどの強烈な魔法が飛んできた。同じ魔法が魔法機械を牽制し、自ら生み出した静けさの中、戦場の中心に降り立ったのは一人の少女。

「お待たせ! 苦戦してるみたいだね?」

「ふ、来たようだな。ハイリエッタ、そしてアスカよ! 我らが救世主の到着だ!」

 笑顔でふわりと、自ら放った魔法の霧が徐々に晴れる中、少女は明日花たちの方へ歩き出す。ハイリエッタは明日花に視線を送り、明日花も頷いて身構える。何者かはわからないが、今の魔法がとても強力なものであることは明日花にも理解できた。

「可愛いマスコットたちの国を襲う、隣国の脅威。彼の者たちを救うは、異なる世界より召喚されし、美しく可憐な魔法少女――」

 霧が晴れていく。銀の長い髪はツインテールに、ファンシーな赤いリボンで。フリルいっぱいの可憐な魔法少女服に身を包み、グレーの瞳が明日花たちを見つめる。身長は百六十六センチ。小さめだが、しっかり自己主張はしている胸の膨らみ。

「異世界トゥーグリッサで開花し、絶大なる魔法の力。それを振るい、脅威を絶つ。世界よ、私に力を貸して!」

 杖はなく、魔法の光を右手に輝かせ、軽く上空に放り投げて炸裂させる。

「じゃぱにーず魔法少女! 魔法少女ユイ! ここに、参☆上!」

 きらきらと光る魔法の小さな星。その中心で、彼女は笑顔でポーズを決めていた。

「さあ、危ない国の王様は、ど、んな……?」

 沈黙。

 凝視。

 赤面。

「え? え?」

「あ、れ?」

 目をぱちくりさせて言葉を失う魔法少女に、予想もしていなかった出会いに夢でも見ているのかと思う王。髪の色や瞳の色は違うけれど、見間違えるはずもない顔、体、そして声。

「夕衣、だよな?」

「あ、あす、あす、明日花……え? ちょっと待って、アスカ王って……」

「ああ、一応、そうなってるが、夕衣」

 再びの沈黙。

 そして魔法少女は叫ぶ。

「明日花に見られたー!」

 煙幕のような魔法を放ったかと思うと、明日花たちに背を向けて平原を飛んでいったのは、澄川夕衣(すみかわゆい)。明日花のよく知る、幼馴染みの女の子だった。

「救世主様!」

「あれ。よくわからないけど……ヴィクセン、撤退!」

 彼女を追いかけるように、ヴィクセンとドックスも隣国へと逃げていった。

 残されたのは、明日花とハイリエッタ。それに、傷一つついていない、三体の魔法人形と一機の魔法機械だけだった。

「大勝、だったね。で、アスカ王、彼女と知り合い?」

「知り合いも何も、ちょっと待ってくれ、これは現実か?」

「とりあえず、戻ろっか? 勝ちは勝ち。報告しないと」

「ああ、そう、するか」

 混乱しながらも、明日花はハイリエッタと一緒に国へ戻ることにした。平原を歩いている間に、少しは混乱も落ち着くと期待して。


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