十日後。
明日花たちは再び、あの平原に集まっていた。戦争風のお祭りに対して、百合の国の民の反応は概ね好意的だった――というのは、行きつけの喫茶店でリリが得た情報だ。
お祭りということで楽しみにはしているものの、和平については大半が半信半疑。単に戦争の結果に関わらず、お祭りが行われるようになっただけ。アスカ王は自分たち以上にお祭りが好きだったのかな? といった程度の認識である。
ハイリエッタが連れてきたのは、中型の魔法人形十体に、五体の巨大な魔法機械、さらに一体の超大型の魔法人形が一体と、今までで最多の数である。最後の超大型は今回のお祭り用に調整したものだ。
今回はお祭り。いつものよりも多くの民が、戦いの様子を見ている(今までは戦争の結果を確認する者や、魔法人形や魔法機械のマニアが眺めている程度だった)。双眼鏡を使う者もいれば、肉眼で見る者もいる。そのどちらにも、見ていて迫力のあるのが超大型の魔法人形だった。
見た目の割に魔力は使わず、戦闘能力も高いのだが、素材も多く使う。そのため、予算の都合上、実戦での採用は控えられてきた。
その背中に王であるアスカ、近衛兵のリリとローゼが乗る。戦争でもお祭りでも、王は国の象徴。可能な限り、目立つところで指揮をする。これは明日花からの提案だった。乗るための場所は高めに広く作られており、前方も目視できる。
ハイリエッタは十体の魔法人形を横に並べて、前線に立つ。今回、彼女が操るのはその魔法人形のみ。超大型の魔法人形を動かしているのは明日花だ。複雑な指揮を遠隔操作で行うのは難しいが、背中に乗って歩かせるくらいなら明日花でも簡単だ。
後方支援の魔法機械を動かすのは、フィーリー、ココット、メイシアのメイド三人。基本的には砲撃支援をするだけなので、戦場に不慣れな彼女たちでも十分に操れる。戦況によってはそれ以外の操作も必要となるが、異世界に誘拐された明日花と違って、彼女たちは元々トゥーグリッサの住民。
特にフィーリーは、異世界へ渡る高度な魔法を使いこなすスーパーメイドリーダー。きちんと学べば、彼女一人で五体の魔法機械を動かすのは造作もないことだった。
「ココットとメイシアはやらないのか?」
というのは、その作戦をハイリエッタに聞いたときの明日花の反応。三人いるなら分担した方が負担がないのではという、自然な考えである。
「あー、それはねー」
「私は魔法、苦手なんです。たしなみとして多少は使えますが、今ならもうアスカさんの方が上手かと」
「私はそこそこ使えるけど、ココットが指揮して、フィーリーがまとめて動かした方が効率的だよね?」
「メイシアには補助を任せるつもり。フィーリーが襲われて、指揮系統が乱れたときのために」
「ということで王、後ろは私たちにお任せください」
笑顔で胸に手をあてて、そう言ったメイドリーダーに明日花は確認する。
「怪我しないようにな」
「心配してくれるのですか?」
首を傾げたフィーリーに、明日花は微笑んで答える。
「ああ。ココットが怪我したら、国が危ない」
「アスカさん……はい。了解しました」
「ここでアスカの口説き!」
「……ふむ。ローゼはボクが守るからね!」
「私たちが守るのは、アスカ……です」
そんなこんなで、全員納得の上でメイドたちも参戦することになった。ここまでする理由は、必ず成功させたいお祭りであり、相手に魔法少女がいるからでもあるが、さらにもうひとつ。
待ち構える縫いの国。あちらにも魔法機械が配備されると予測されたからであった。
今までもたまに使われることはあったが、お祭りとなれば必ず配備するだろうというのが、ハイリエッタの読み。それは見事に的中し、平原の先には十五体の魔法機械が配備されていた。大きさは中くらいで、四足歩行の平らな機械だった。
それぞれの機械の周囲には、ワタヌノ族の兵士が七十~八十人。全てあわせると千人近い兵士が平原に集まっていた。
先頭に立つのは当然、白ネコの勇者ヴィクセン。中央の魔法機械の上に立つのは、黒トリの軍師ドックス。ワタヌノ族も魔法は使えるが、十五体もの魔法機械を戦略的に操れるのは、軍師である彼しかいない。
「あれは、なんなんだ?」
明日花が聞く。魔法人形の背中からだが、戦闘用の魔法人形。人形を介して魔法で声が届くようになっているので、魔力を流せば明日花でもハイリエッタに声を届けられる。
王城の地下室では見たことのない形の魔法機械。ハイリエッタの作る魔法機械は、大別すると以下の二種。後方支援用の魔法を放つ砲台を中心とし、周囲に移動や迎撃用の機械を取り付けたもの。それから派生し、移動と迎撃に特化したもの。
他のものも試作機としていくつか見かけたが、それらは使用者の魔力に依存する魔法人形の方が高性能であるため、実戦に耐えうるレベルで完成したものはなかった。
ドックスの乗っている魔法機械は、試作機でも見かけたことのない形をしていた。平らな上部は広く、ワタヌノ族なら百人、ツチヒト族などのヒト族でも数十人は乗れそうだ。
「移動用の魔法機械だと思う。歩いて、走って、多分、空も飛べる」
「空も?」
「見た感じ、収納できそう。アスカ王、奇襲には気をつけて。相手には……」
「わかってる。魔法少女もいるからな」
超大型の魔法人形。上にはアスカの他に、リリとローゼもいる。見え見えの突撃なら簡単に迎撃できるが、魔法の煙幕で視界を遮られたらどうなるかはわからない。
その魔法少女――夕衣の姿は今のところ確認できなかった。これまでの戦いから、またどこかで突然登場するのだろうが、前回のように警戒しすぎることはない。明日花は幼馴染みとして、ハイリエッタたちも前の戦いで、彼女の性格はよく理解している。
魔法少女は唐突に現れるだけ。現れた瞬間には勝負が決していた、というような戦い方は好まないし、頼まれても断る。派手に、美しく、魅せること。それが魔法少女だ。
「ふ、到着したようだな! アスカ王よ! 和平を結ぶかどうか、この戦いで決しようではないか!」
声を張り上げるヴィクセンに、明日花も魔法を使わず肉声で答える。
「ああ! 全力でぶつかって、認めさせてやるさ!」
全ては、彼女に想いを告げるため。明日花にとって、大きな一戦が始まろうとしていた。
両者が動いたのは同時だった。ハイリエッタを後方に、中型の魔法人形全てを操って突撃する百合の国と、ヴィクセンを先頭に、半分の兵力を突撃させる縫いの国。
二つの部隊がぶつかり合う直前に、後方からの砲撃が放たれる。着弾に合わせてハイリエッタは魔法人形を分断し、魔法機械に乗って散らばるワタヌノ族の兵士を狙う。兵力は半分だが、魔法機械は十体。ちょうどハイリエッタの魔法人形の数と同じだ。
残りの兵士たちは、足を折り曲げ飛行する魔法機械に乗っていた。ドックスは中央の魔法機械に乗ったまま、何事かを喋って兵士たちに指揮を伝える。
「数も多いし、あの機動力。ま、問題ないよね」
前線を迂回して、超大型の魔法人形――明日花のところを目指すドックスたちを、ハイリエッタは追わない。後方の砲撃支援も全てが前線に集中している。こちらはココットの判断だが、事前に想定された展開の一つでもある。兵士の数で勝るワタヌノ族がとる作戦としては、一番可能性の高い作戦だった。
「ほう、自信満々だな」
「うん。お祭りだし、正面衝突を避けないのは予想通り。それから、あなたも」
魔法機械一体に、魔法人形一体。直接指揮による魔法人形の動きは鋭く、拳一振りで数人のワタヌノ族を魔法機械から落とし、弱いが範囲の広い魔法で魔法機械の動きを阻害する。それだけを見れば、ハイリエッタ有利の状況だ。
「だが、ハイリエッタよ。貴様一人で、この私の相手をするのは無謀ではないか?」
「何が?」
「後方支援は期待できんぞ。あの大きさは想定外だったが……問題はないからな」
「そう。だったら、それまでは動かない?」
「まあな。さすがに、五体の砲撃を集中されては、勇者の私といえども回避で精一杯だからな」
ハイリエッタは魔法人形を操ることに集中し、ヴィクセンは砲撃の回避に集中する。戦局が動いたのは、ドックスたちが明日花の操る魔法人形の前に到着したときだった。
「来たみたいだね」
「アスカ……迎撃、出る?」
「いや、ドックスたちは前に集中してる。ここは俺がやるよ。多分、彼女もそれを待っている」
明日花は魔力を注ぎ、ドックスたちに向けて特大の魔法を放つ。魔法人形を介し、増幅された魔法のビーム。五体の魔法機械を全て捉える強力な一撃。しかし、それは魔法機械に当たる直前で消滅した。
輝く魔法とともに現れた、一人の魔法少女。彼女の放った、虹色のビームによって。
「魔法少女ユイ、参☆上! 明日花たちの相手は私だよ!」
「じゃ、僕たちは失礼させてもらうよ」
その隙に、ドックスたちは超大型の魔法人形の横をすり抜けて、後方の魔法機械とメイドたちへと進路を変えていた。
「最初からこれが狙いか?」
「うん。さ、明日花。私たちが主役、派手にやるよ!」
明日花の問いに、夕衣は元気に答えた。笑顔を見せる彼女に対し、明日花も笑みを浮かべる。明日花の隣にいる二人、リリとローゼも臨戦体勢を整えていた。
「最初からあれが狙い?」
「ふ、その通りだ。もうすぐ、砲撃は止む!」
ハイリエッタの問いに、威勢よく答えるヴィクセン。ドックスたちが魔法機械に近づけば、フィーリー、ココット、メイシアの三人は、迎撃に集中することになる。近づくドックスを砲撃で狙おうにも、基本は支援砲撃。動きの速い相手を狙い撃つには向かない。
「ふーん。策は、それで終わりだっけ?」
「む。そうだが……まさか、伏兵でもいるのか?」
ヴィクセンは最後の砲撃を回避しつつ、周囲を確認する。ハイリエッタは首を横に振り、目の前の勇者に告げた。
「良かったね、ヴィクセン。私の本気を見られて。十体の魔法人形は、全て私の魔法。貴方が私を攻撃する隙なんてないよ?」
ハイリエッタは笑って、魔法人形を操る。素早い動きで翻弄し、数体の魔法人形を器用に操り、隙のない完璧な陣形を維持する。
ワタヌノ族の兵士も、魔法機械を盾にして、魔法や体術で立ち向かう。これだけ距離が離れていては、ドックスも正確な指揮はできない。注がれた魔力による、自律行動。複雑な行動は難しくとも、守りに撤するだけなら簡単だ。
「水と風、水の竜巻」
「その程度の魔法、当たらぬぞ!」
ハイリエッタの手から放たれた、小さな水の竜巻。速度はそれなりだが、直線的でわかりやすい魔法を、ヴィクセンは軽やかに回避する。
「次は、大きいの。たくさん来るよ?」
「なんだと? 貴様にそれほどの魔力は……いや、そうか!」
再び放たれる水の竜巻。それを放ったのは、兵士を相手にしていた五体の魔法人形。囲むように放たれた魔法を、ヴィクセンは素早い動きで、隙間を縫って回避する。
「魔力の増幅、それも複数体同時! よもや、これほどのことができたとは、な」
「うん。言ったでしょ、彼らは全て私の魔法。逃げてもいいんだよ?」
「全軍! 狙いを一体に絞れ! 私も戦う!」
「む」
ヴィクセンは狙いをハイリエッタから、一体の魔法人形に変えて、突撃する。重い剣の一振りに魔法人形は軽く吹き飛ばされ、陣形が乱れる。
各個撃破に切り替えた勇者に、満面の笑みを浮かべる戦闘狂の隊長。予想していた行動ではあったが、ここまで機敏に対応されるとは思ってもいなかった。
(勇者を甘く見てた、かな?)
自身の失敗を認めながら、ハイリエッタは冷静に陣形を立て直す。吹き飛ばされても、魔法人形は壊れてはいない。こちらの数も多いが、敵の数も多い。持久戦になりそうな気配だが、相手は勇者。守りには入らず、苛烈な攻めを展開するだろう。
これから行われる戦いは、激しい持久戦。一瞬の油断が勝負の流れを大きく左右するような展開が、何度も起きることだろう。
「ふふ……あははは……最高だね」
そんな状況を、ハイリエッタは心から楽しんでいた。
(あとで、アスカに感謝しないと。お兄ちゃんって呼べばいいかな?)
そして同時に、この状況を作ってくれた明日花のことを思う。ちらりと後ろを見ると、彼も魔法少女と激しい戦いを繰り広げていた。
「これなら、どうだ!」
「遅いよ、明日花!」
超大型の魔法人形。繰り出される大振りな拳を、夕衣は華麗に空を飛んで回避する。
「今度こそっ!」
「はずれ!」
蹴りと一緒に魔法のビームを撃ってみるが、魔法少女には掠りもしない。先ほどからずっと、同じような光景が繰り返されていた。
遊んでいるようにしか見えない魔法少女に、ひたすら攻撃を加える王。
「それだけ、明日花?」
「見ての通りだ」
「ふーん……本当みたいだね」
夕衣は魔法人形の頭上を越えて、明日花たちの乗る背中――半円の大きな足場、その端に着地する。リリとローゼ、明日花がいるのは反対側の端、直線になっている部分。戦うには十分の広さだ。
「今のところ、明日花に秘策はなし、と」
「俺に秘策があるなら、二人も守りを用意なんてしないさ」
「そうだよね。それじゃ、天使さん! 淫魔さん! リベンジ、させてもらうよ!」
リリとローゼを指差して、夕衣は大声で宣言する。状況は違うとはいえ、どちらも一度敗北した相手。魔法少女ユイにとっての、雪辱戦である。
「勇ましいね。でも、二対一でどこまでやれるかな?」
「油断は、だめ……ですよ。彼女は確実に、強くなって……います」
「わかっているさ。ボクとローゼの初めての共同戦線。愛を深めるためにも、負けられないね!」
「愛……は、不要です」
翼を広げて軽く浮き上がるリリと、刀を抜いて下段に構えるローゼ。ゆっくり歩いてくる夕衣に、彼女たちもやや前進する。明日花はその場から動かず、三人の戦いを見守ることにした。
先に動いたのは、魔法少女ユイ。自らの側面に風の刃を生み出し、リリとローゼを目がけて放つ。直後に駆け出して、魔力を溜めて次の一撃を準備する。
「ローゼ、まずはボク一人でいいかな?」
最小限の動きで魔法の風を回避しつつ、リリはもう一人の近衛兵に尋ねる。
「今の彼女の実力を、確かめたい……ですね?」
風の魔法を魔力を込めた刀で切り払い、安全を確保したローゼが答える。
「さっすがローゼ! ……と、褒めてる場合じゃないね!」
向かってくる夕衣に対し、リリは飛翔して空中から接近する。夕衣はローゼを一瞬見たあと、視線をリリに留めて、溜めていた魔力を解き放った。
激しい暴風となって、天使に襲いかかる風の魔法。範囲も広く、直撃したら痛いだけでは済まない魔法を、リリは初めて夕衣と戦ったときのように高速で回避する。放たれる小さな魔法を回避しながら、上空からの降下。高度は違うが、これも前と同じだ。
「さあ! 今度は受けてくれるね?」
空からの鋭く、重い飛び蹴り。夕衣は水の魔法で壁を作り、リリは勢いに任せてそれを突き破る。しかし、彼女の脚の先に待っていたのは地面だけだった。
防御の魔法で僅かな時間を稼ぎ、その隙に自身にも魔法をかけて回避。単純な方法ではあるが、一直線に突撃してくる相手には最適な方法だ。
「今度は、こっちの番だよ!」
「ふふ。期待通りで嬉しいよ!」
衝撃とともに着地したリリ目がけて、巨大な炎の魔法を放つ夕衣。対して、リリは衝撃を全身に流して、低く跳びながらの回し蹴り。
「はあっ!」
強烈な炎は、強烈な回し蹴りに掻き消され、二人の間に僅かな沈黙が訪れる。
「……魔法って、蹴って消せるのか?」
「威力があれば、可能……です。でも、効率は……」
「悪いのか?」
「常人……でしたら」
その様子を見ていた明日花が、ローゼに尋ねていた。会話が終わるのを見計らったかのように、再び二人が動き出す。
低空から接近し、ローキックを放つリリに、魔法の氷で砕けやすいが堅い壁を作り、受け止める夕衣。
蹴りと魔法の応酬。空を飛び縦横無尽に襲いかかるリリの攻撃を、夕衣は難なく回避し、防御し、反撃する。それらも全てリリの蹴りに掻き消されるが、繰り返すうちに反撃の精度も威力も上昇していた。
「ローゼ!」
「もう……動いて、います」
リリが魔法を蹴り飛ばした瞬間、接近していたローゼが大きく踏み込んで刀を振る。彼女の動きは夕衣はもとより、明日花も把握できるほど露骨なもの。切っ先にかけた切断と衝撃の魔法を、夕衣は準備していた柔らかいクッションのような魔法で防御する。
「でしたら……これで」
リリが飛翔するのを横目に、再び放たれる斬撃。かけられた魔法は、あらゆる盾や鎧を排除する、破壊の魔法。人体への威力は下がるが、並の魔法の盾では防げない。
「刀なら、私だって!」
夕衣は瞬時に魔法の刀を生み出し、ローゼの刀を受け止める。つばぜり合い。重い刀を魔力の塊でしかない魔法の刀で受け切るのは不可能だが、込められた魔法の力と、勢いを削ぐには十分だった。
魔法の刀を放棄して、足にかけた魔法で素早く回避する夕衣。
その彼女に、上空からリリが接近する。
「それくらい!」
「ふふ、ボクだって考えるよ!」
咄嗟に防御の魔法を展開した夕衣。リリはまっすぐ彼女には向かわず、直前で方向を変えて後ろに回り込み、鋭いローキックを放つ。
「っ……危な……きゃあっ!」
素早く跳んで回避した夕衣に、ローゼの放った魔法が届く。振った刀から放たれた水の刃は、魔法少女の体に衝突した瞬間に弾け、彼女を吹き飛ばす。
体勢を立て直そうとする夕衣の前に、リリが現れる。速さを重視した回し蹴り。
「せいっ!」
「痛っ……くはないけどー!」
夕衣の体はさらに吹き飛ばされ、着地点に広がるのは空。超大型の魔法人形から放り出された魔法少女は、地面へと落ちていく。
「ええと……」
「はは、心配はないさ。アスカには、この程度で倒れるような相手に見えたかい?」
「時間は……稼げる。次は、最初から……二人で」
「二対一、か」
自分のことは戦力外と計算して、足場の端から落ちていく夕衣を眺める明日花。表情はよく見えないが、落下速度の遅さはわかる。魔法でゆっくり降りながら、勝つための作戦を練っているのは間違いなかった。
二対一という状況は有利だが、戦場はここだけではない。地上を見渡すと、前線ではハイリエッタがヴィクセンたちを押していた。こちらは問題なさそうだと判断して、次に見たのは後方。
「五百対三、だよな……大丈夫かな?」
五体の魔法機械は、砲撃と迎撃に特化したもの。相手の魔法機械は移動に特化したものだから、実質的には三人以上の戦力はあるのだが、それにしても人数が多い。
「心配ないよ。古くからの友人として、彼女たちの力はボクが知ってる。魔法機械は危ないかもしれないけどね」
「そうか。なら、夕衣に集中しよう」
視線を移すと、緩やかに落下していた夕衣は、緩やかに浮上していた。速度を見るにまだ考えている途中なのだろうが、到着する頃には考えもまとまっているはず。明日花は後方に待機し、魔法少女に備えることにした。
戦場の後方。五体の魔法機械を操るフィーリーと、二人のメイドの前に、軍師ドックスが到達していた。率いるは、五百人のワタヌノ族の兵士と五体の魔法機械。
「やあ、メイシア。戦場では初めまして、かな?」
「そうだねー。外交では何度も会ってるけど」
「他の二人とは会談以来だね。勝利のためとはいえ、ちょっと心苦しいね」
和やかに会話するドックスとメイシア。兵士の多くは地上に降りていて、魔法機械に乗るのはドックスと数人の兵士のみ。迎撃で対応するには分散しすぎていて、このまま戦いを始めればフィーリーたちに勝ち目はない。
「お心遣い、感謝いたします。しかし……私たちも覚悟なく、戦場に立っているわけではありません。メイシア、魔法機械の指揮をお願いします」
「了解。あ、ドックス、私は狙わないでくれると嬉しいなー。二人に比べて弱いから」
フィーリーに任せられたメイシアは、朗らかに笑ってドックスに言った。
「うん? 弱点は君だけなのかい?」
「ココット、準備はいいですか?」
「はい。こういうのは初めてですが……一応、リリから学びましたから」
装飾の施された長い木の棒。近くの魔法機械に立てかけていたそれを両手で握り、構えるココット。その構えに隙はない。
「へえ……でも、そんな覚えたてでどうにかなるかな?」
「いいから、かかってきたらどうですか?」
フィーリーの挑発に、ドックスは微笑んで、そのまま兵士を動かす。五体の魔法機械の激しい迎撃。しかし、五百人の兵士は分散していて、回避に徹されては数も減らない。その間に、飛行する魔法機械に乗った五人の兵士が、上空からメイドたちを目指す。
「指揮者を止めれば勝利だ! 一気に決めてしまおう!」
「でしたら、こちらもそうしましょうか」
細く鋭い風の矢。フィーリーはドックス目がけて、何十本もの魔法の矢を放つ。魔法機械の機動力を活かすドックスに対して、メイドリーダーは正確に狙撃する。
「おっと。意外とやるね!」
威力自体は大したことがないので、ドックスの防御魔法で簡単に防がれるが、それだけでも十分な牽制になる。
「貴方に魔法を使われては困りますから。防御に徹してもらいます」
「はは、そうさせてもらうよ。でも、僕一人を止めたところで……」
五人のワタヌノ族の兵士は魔法機械から飛び降り、魔法機械を操るメイシア目指して駆け出していた。そんな彼らの前に、ココットが立ちはだかる。
剣や槍を手に、囲むように襲いかかるワタヌノ族の兵士。二人は魔法による後方支援を行うが、フィーリーの魔法に比べて威力は高いが狙いは甘い。
「ええと、こう、でしたっけ?」
華麗なステップで全ての攻撃を回避し、素早く振った棒で近くの兵士を吹き飛ばすココット。飛ばした方向は、メイシアの操る魔法機械の迎撃範囲。
さらに襲いかかる兵士に対しても、ココットは冷静に対応し、迎撃範囲に吹き飛ばしていく。棒捌きは慣れたもので、見つめるドックスは言葉を失っていた。
「どうしました?」
近くの障害を全て排除したココットは、一息ついてから、小首を傾げて尋ねる。黙ったまま魔法の矢を防ぎ続ける軍師に。
「君、覚えたてにしては……」
「はい。多数を相手にするのは、学んだばかりですよ」
「それじゃあ、棒術は?」
「昔からの得意分野です」
「ふふ、勘違いしたのは貴方ですよ?」
「作戦成功だね! ドックス、ココットは凄いんだよ!」
「魔法は苦手ですけれど」
自嘲するような笑みとともに、用意していた最後の言葉を口にするココット。
「なるほど。だから、僕を狙ったんだね」
内政担当のココットは、頭脳明晰剣術棒術スポーツ万能。百合の国でもっとも優秀なメイドである。それをよく知っているのは、本人を含む幼馴染み三人と一人の天使。フィーリー、ココット、メイシア、リリの四人だけである。明日花や国民の一部も彼女が優秀であることは理解しているが、どこまで優秀なのかはわかっていない。
苦手な魔法は、ココットにとって唯一のコンプレックス。それを隠すために他の部分も隠しているのだが、それを知るのも当然、先ほどの四人だけだ。
「作戦変更! 狙いは魔法機械に集中しよう!」
「了解!」
ドックスの指示で、兵士たちの行動が変化する。魔法機械の迎撃は火力も高く、数の差を活かせない戦い方。しかし、少数の兵力でココットの守りを突破し、メイシアを狙うのはもっと困難だった。
空中から魔法機械に乗せて多数の兵力を投入すれば、迎撃の格好の的になるだけ。正確無比なフィーリーの魔法で狙われては、狭い足場に密集した兵士はひとたまりもない。
ドックスが魔法を使えば、本人を狙われるだけ。五体の魔法機械を自由自在に操作するには、それなりの魔力と集中が必要になる。その中で、自身を守る魔法と、兵士を守る魔法を同時に使うことはできなかった。
「平凡な策ですね」
「はは、少々、甘く見すぎていたみたいだよ」
フィーリーの指摘を、ドックスは素直に認める。ちなみに、彼が意外性に弱いのは、メイシアらからの情報で全員に伝わっていた。想定外の強敵に対し、慌てて崩れることもなければ、臨機応変に突破することもできない。それがドックスという軍師である。
縫いの国の軍師や勇者に足りない、意外性への対応。それを現在、たった一人でこなす者――異世界から召喚されし救世主、魔法少女ユイ。
彼女は超大型の魔法人形の上部を目指して、ゆっくりと空を飛んでいた。大体の作戦は落下している間にまとまった。急がないのは、魔力を全身に溜める意味もあるが……。
(ふふふ……明日花、驚くかなあ。驚くよね、きっと)
派手な魔法を使った際の、幼馴染みの反応を考えていて、速度を上げるのを忘れているというだけでもあった。事実、今の二倍の速度で飛翔しても、魔力を溜めるには十分。彼女が魔法人形の腰あたりに到達したときには、既に必要な魔力は溜まっていた。
(怪我しないといいけど……ま、治癒魔法も覚えてるから大丈夫だよね)
しばらくして、魔法少女が明日花たちの前に現れる。
「魔法少女ユイ、復☆活!」
派手な魔法の炸裂とともに、ポーズを決めて着地する夕衣。
「到着したみだいだね。それで、策はあるのかな?」
「私は可憐な魔法少女。策を弄して戦うより、派手に可愛く格好よく! 今度は、躊躇なく全力で戦わせてもらうよ!」
天使の問いに答えて、夕衣は巨大な竜巻を放つ。背中の足場の半分以上を埋め尽くし、全てを巻き込む風の魔法。
「これは!」
「アスカ、じっとしてて……ください」
リリは空高くに飛翔して竜巻を回避し、ローゼは明日花の前に立ち、魔力を込めた刀で竜巻を切り払う。竜巻を掻き消すことはできないが、身を守るだけなら一部を弱めれば十分。強風がローゼのコートを揺らし、二人の髪が大きく揺れる。
「明日花ー、大丈夫だったー?」
「大丈夫って、夕衣!」
大きく手を振って、呑気に聞いてくる夕衣に、明日花は大きな声で返す。
「ごめんね、明日花を狙う気はないんだけど……加減してたら、勝てないから。あと、こっちの方が魔法少女っぽいし!」
「後半が本音だな!」
「もちろん! ということで明日花、怪我しないように適当に避けてね!」
(なんて無茶なことを……)
明日花はそう思いながらも、幼馴染みの要求にはっきりと答えた。
「わかった! やれるだけやってやるさ! リリとローゼも、そうしないと困るだろ?」
「そうだね。君を守りながらじゃ、かなり辛いかな。それに、ボクも全力で戦いたい」
空から返事をするリリ。最初こそ苦笑混じりだったが、最後は楽しそうな顔で。強敵相手にわくわくしているのを、彼女は隠そうともしていなかった。
天使に続いて、淫魔も振り返って返事をする。
「はい。しかし……近衛兵として……」
「気にしなくていい。これはお祭りだ。全力でやってくれ!」
ローゼの言葉を遮り、明日花は笑顔を見せた。それを見たローゼは一瞬の沈黙ののち、大きく頷いて再び前を向いた。視線の先には、微笑みながら構える魔法少女。
これから目の前で繰り広げられるのは、今までにない激しい戦い。正直、無傷でいられるかどうか自信はない。が、明日花はスポーツの審判のようなものと考えて、気楽に観戦することにした。判断不要で避けるだけ。本物に比べると簡単なことだ。
「いっくよー! しゅーてぃんぐすたー!」
夕衣は自身の上空から、多数の小さな魔力の塊を落とす。魔法人形の背に当たった魔法は爆発し、足場が僅かに揺れる。リリは空中を飛び回り避け、ローゼは塊を刀で弾いて防ぐ。明日花のところまで届くものはないが、揺れる足場には注意を払い様子を見る。
激しい魔法の雨をかいくぐって、夕衣に接近するリリ。それに合わせて、夕衣は分厚い氷の壁を作り、天使の蹴りを守る盾とする。
その間に足場を駆け、側面から襲いかかるローゼには、風の魔法――最初に見せたのと同じ巨大な竜巻で牽制する。
復活するまでに溜めた魔力は、先ほどの流星のような魔法で全て使っている。以降の魔法は短時間で溜めて放ったものだが、それを難なく使いこなせることが、彼女の力の高さを示している。
「これは、ふふ……やるじゃないか」
「だいぶ慣れて……いますね」
魔法を使うのに何より重要なのは、いかに素早く効率よく、自分の体に流れる魔力を魔法に変換するか。魔法の強さは知識や本人の魔力に依存するが、効率のよい魔力の流し方は人によって違う。感覚に頼る部分が大きい、魔力と魔法の扱い。それを学ぶには、実際に使ってみること――戦闘用の魔法であれば、強敵との実戦が一番である。
魔法少女ユイは、この戦いの中でも成長している。それもリリやローゼが驚くほどの、凄まじい速度で。既に彼女の実力は、二対一でも二人を凌駕しているだろう。
「ローゼ、道を作れるかい?」
「狭くても……いいなら」
「上出来さ」
リリとローゼは並んで夕衣に突撃する。回避されたら危ないが、彼女の性格からして真っ向勝負を挑んでくる。そう考えての行動だった。
夕衣は微笑んで、巨大な炎の渦を前方に生み出して、放つ。
一歩前に出たローゼが刀を振り、渦の中心に道を作る。そしてその道を、リリが高速で飛んでいく。ローゼが魔法を回避したのと、リリが夕衣を狙って、ローキックを放ったのはほぼ同時。
回避したところへの回し蹴りを、夕衣は空に浮くことで回避する。思ったよりも高く浮いた魔法少女に、リリは何かを感じとってすぐには追いかけない。
魔法少女と天使と淫魔。三人の激しい戦いを、明日花は何とか無事に観戦していた。先ほど二人が回避した炎の魔法が、そのままの勢いで飛んできたときは驚いたが、距離があったので回避も間に合う。
しかし、次の一撃ばかりはそうもいかないのではないか。笑顔を浮かべて明日花たちを見下ろす夕衣の様子に、明日花ははっきりと身の危険を感じていた。
「さすがだね。でも、これはどうかな? 見せてあげる、私の必殺技!」
夕衣の周囲に魔法の風がそよ風のように流れ、魔法少女は神秘の雰囲気に包まれる。虹色に輝く魔法の水は彼女を囲む水滴となり、神々しさも醸し出す。
当然ながら、それらは全て魔法を使う前の演出。といっても、近づく者への反撃も兼ねているので、決して無防備というわけではない。目を瞑って、しばらくの間その雰囲気に包まれていた夕衣が、ゆっくりと目を開く。
そして、魔法少女の伸ばした右手から、虹色に輝く光線が放たれる。明日花たちのいる足場全てを包み込むほどの、魔法少女ユイ最大の魔法だ。
「爽やかな風が私を包む。清らかな水が世界を覆う。届け! 私の想い! 熱く、全てを白く染めあげて! じゃぱにーずれいんぼー……えいっ!」
発射。
閃光。
直撃。
爆発。
退避。
静寂。
「やりすぎちゃったかな……明日花ー、大丈夫ー?」
空に浮かぶのは、魔法少女ユイと、淫魔を抱えた天使だけ。リリは当然のようにローゼをお姫様抱っこして、夕衣の必殺技を回避していた。
魔法の光が消えたとき、そこに明日花の姿はなかった。
「一瞬でも遅れたら、危なかったよ」
「あれ、これ、魔法だよね? どこにいるの明日花?」
周囲を見回して、疑問を口にする夕衣に、明日花は落ち着いて答える。
「目の前の丈夫な魔法人形の中にいるよ」
夕衣の魔法が直撃する寸前、明日花は魔法で閉じられた背中の扉を開け、超大型の魔法人形の中に入っていた。小さな部屋からは声も届くし、音も聞こえて、外も見える。が、動かして魔法人形を操作するようなレバーはなく、大きなオーブが一つあるだけ。
「中って……明日花、秘策はないって言ってたのに!」
「俺には、な。これはハイリエッタの秘策だ。最後の手段として、使えって……な!」
夕衣と話しながら、明日花はオーブに魔力を送る。ハイリエッタから教わった、最後の手段の起動方法。単純明快にして、とてつもなく派手な最後の一撃。
(大丈夫だよな……信じてるぞ、ハイリエッタ!)
閃光。
爆発。
放出。
豪快な光と音が戦場に響き、超大型の魔法人形は粉々に砕けて自爆する。明日花の体は爆発とともに投げ出され、落下する途中でパラシュートのようなものが開く。「大小様々の破片が大量に振ってくるけど、魔法のパラシュートは丈夫だから安心して」と、ハイリエッタからは聞いていたが、着地の瞬間まで明日花は気が気でなかった。
突然の爆発に他の場所で戦う者の多くが驚く中、作戦を把握していたハイリエッタと、フィーリー、ココット、メイシアのメイド三人は、冷静に行動を開始する。ドックスやヴィクセンが爆発に気をとられているうちに、素早い動きで彼らを制圧。
夕衣だけはリリやローゼと向かい合ったままで、勝負が決することはなかった。だが、これ以上の戦闘を続ける意思は、誰一人持ってはいなかった。
「私の見せ場が……明日花に奪われた……むー……」
「ええと、ごめん。でも、きっとまた機会はあるから、な?」
落ち込む幼馴染みの傍で、彼女を慰める明日花。こうして、百合の国と縫いの国。初めての大きなお祭りは、静かに終結を迎えた。